その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

2017年02月

「加山さん連れてくるのは勘弁してください」
「じゃあ、もう少しまけて」
 みきちゃんは立ち上がり、「こういうのをパワハラっていうのよ」と亜夢に向かっていった。
 三人はレジに向かい、さっき言っていた金額よりさらにおまけした金額で清算した。
「亜夢ちゃんは、そこで着替えちゃって」
 試着室に上がると、亜夢が靴をみてから清川の方を見た。
「そのローファーでも似合うわよ」
「残念だけど~、靴は違うお店で買ってね♡(ハート)」
「なにその言い方。ちっとも残念そうじゃないじゃない」
「(値切りが酷いからでしょ)」
「なんか言った?」
 みきちゃんは手を振って「何も言ってないから」と言って否定した。
「今日のことを考えると」
 亜夢が言った。
「運動靴がいいですね」
「うんどーぐつ、って…… まあ、そうね」
 清川は亜夢の恰好を見ながらそう言った。
 みきちゃんが通りの奥を指さして「あそこ」と言い、
「あの店なら欲しい靴あるんじゃないかしら?」
 と言った。亜夢はその方向を見て「ありがとうございます」と言って歩き始めた。
 清川はみきちゃんをつついてから、亜夢の後を追った。
 みきちゃんは、笑顔で、「ありがとうざいました~」と言った後、
「(二度と来んな)」
 と吐き捨てた。
「亜夢ちゃんちょっとまってよ」
 人混みに邪魔されてなかなか追いつけなかった清川が、声をかけた。
 亜夢は振り返って立ち止まり、
「あ、ごめんなさい」
 と言った。
「靴がないと、やっぱり捜査の時は歩きますからね」
「そうね…… この服なら、スポーツシューズ系でも合わせられそうだし」
 二人で歩き出した。
「さっきのみきちゃん、って人、何者なんですか?」
「幹夫くんのこと、気になるの? みきちゃんはね、ちょっとね…… 詳しくは言えないけど、いろいろ捜査協力してもらったり、その逆だったり」
「その逆ってなんですか?」
「やばいところからお金借りたりね、悪い集団にかかわったりしてるから、もめごと多かったのよ」
 亜夢はさっきの店の方を振り返った。
 看板に『Suger Boy』と書いてある。
「あれ? あのお店、男の子向けでした?」
「違うわよ。なんで? 思いっきり店の中見てたじゃない?」
「けど…… ほら、この袋も、店名も『Suger Boy』って」
「ふつうじゃない? ま、気にしないで」
 清川は亜夢の肩を押して、通りを進んだ。
 結局、シューズも黒系でワンポイント色の入ったものを買い、その場で履き替えた。
 他にも必要な衣類をそろえてから、署に戻ったころには、夕方になっていた。
 清川が制服に着替えに行って、亜夢が一人で一階のフロアで待っていた。
「おお、乱橋くん、戻ってきたか」
「加山さん。どうでしょうか?」
 加山は近づいてきて、亜夢の足先から頭までゆっくりと見た。
「似合うよ。健康的でいいんじゃないかな。それより、そうだ。宿泊のことだが、今日まで悪いが、署にとまってくれ。明日からは近くのビジネスホテルで泊まれる。さっき、ようやく許可が下りた」
「ありがとうございます…… そうだ、私の捜査協力って、いつまでなんですか?」
「学園には、一週間と言ってある。容疑者が捕まえられるとか、特定できたら、もっと早く帰ってもらえるが」
「そうなんですか…… あ、この服『みきちゃん』って人のところで買ったんです」
 加山の手が強く握られた。
 強く握られた手が、震えたように見える。
 亜夢は加山の手を見て、尋ねた。
「ど、どうしたんですか?」
「いや、幹夫は、どうも苦手でな」

 
 
 
 部屋に戻ると、二人は何を話すわけでもなくお互いのベッドに入り、寝てしまった。
 そのうちにミハルとチアキが戻ってきて、二人とも起こされたというか、自然に目覚めていた。
 私達は今までの経緯を二人に話し終えた。
「……それか」
「チアキ、それか、ってなによ」
「さっきのスポーツカーの話」
「成田のおじいさん?」
「帰りのバス、めちゃくちゃ機嫌よかったもん。鼻歌歌ってた。初めて見たよ」
「マジ?」
 ミハルもうなずいた。
「何の歌かはしらないけど」
「え~ なんか見てみたかったな」
「そっちのスポーツカーに乗ってみたいよ」
「乗り心地は最悪よ。成田さん、めちゃくちゃスピード出すし」
「……」
 チアキが言った。
「まあ、とにかく」
 立ち上がって、両手を広げた。
「よかったわね。二人とも無事だったし」
「チアキ、どうしたの?」
「わからないの? ハグでしょ、ハグ。こういう時は抱き合って涙を流すものでしょ?」
「……はい」
 私はチアキに抱き着いた。
 顔を見せないからよくわからなかったが、チアキは泣いているようだった。
 そして、何度も頭を撫でられた。
「良かった……」
 私の体を離すと、チアキは今度はマミの方へ行った。
「わ、私もなんだ」
 マミの方が背が高いので、甘えているようにしか見えないが、チアキは必至にマミの頭を撫でていた。
 チアキがマミから離れた。
「……あれ? ミハルとキミコはしないの?」
「……」
「私とミハルもしろって?」
「マミとミハルもよ。わかるでしょう?」
 わざわざそんなことを強制しなくても、と私は思ったが、両手を広げてみた。
「ミハル、ほら」
 意外にもミハルが、ゆっくり立ち上がった。
 まさか、マジか……
「……」
 抱きついてきた。
 私がチアキがしていたように、ミハルの髪を撫でようとした時。
「頭はイヤ」
「ごめん」
 おそらくカチューシャがあるからだ。
 ミハルのこのカチューシャは……
「もういい」
 あっけなく私から離れ、ミハルはマミに抱きつきに行った。
 チアキの時そうだったように、マミがミハルの頭に触ろうとすると、パチンと乾いた音がした。
「痛いっ!」
「ごめん……」
 抱きつき終わると、ミハルが言った。
「これでいい?」
「もちろん」
 チアキは満足げだった。
「チアキ、学校の方はどうだったの?」
「別になんてことはないけど。合宿のプリントが配られたわね。期末テストの結果を合わせて合宿参加メンバーを決めるみたいだけど」
 私は重要な事実に気が付いた。
「あ……」
「キミコどうしたの?」

 私は、今気が付いたようにマミの顔をみて、言う。
『ん?』
 髪をまとめてアップにしているマミが顔を寄せてくる。
 そのまま軽く唇を合わせる。
『んんん……』
 マミは違う、という感じに首を振る。
『ん?』
 私は首をかしげてそう言う。
 すこしして、もう一度、私は唇を合わせる。
 今度は、体も強く抱きしめながら。
 深く、長く、奥へ。
 恋人同士の甘く、官能的なソレ。
 
「キミコ? 早く着替えないと皆戻ってくるよ」
 濡れた髪をもう一度ツインテールにしようと髪をタオルで揉みながら、固まっていた。
「えっと……」
 いや、そんな妄想はいい。
 とにかく、ここにマミがいる。
 私はマミを取り返したのだ。
 チラっと、横をみると下着姿のマミと私が、同じ鏡に映っている。
「マミ」
 髪を拭いていた手を止めて、手招きする。
「どうしたの?」
 マミが近づいてくる。
「向こうを向いて」
 背後から近づく。
 マミの、大きめだけど形のいいおしり。
 そうじゃなくて……
「き、キミコ?」
 私は後ろから抱きしめた。
 マミの背中に頬をすり寄せた。
「良かった。本当によかった……」
「あ、うん。なんか私自身は連れ去られた実感ないんだけどね」
「帰ってきてくれてありがとう」
「キミコのおかげだよ。ありがとう」
 マミが私の手を触ってそう言った。
「ギュってして」
 マミが、私の方に向き直った。
「いいよ」
 私はマミの胸に飛び込んだ。
 背中に回した手で引き寄せた。
 マミは私の優しく包み込んでくれた。
 涙が、自分の意識とは違うところから流れているようだった。
 マミの胸に落ちた。
「キミコ……」
 もう一滴。
「キミコ、心配かけたね。ごめんね」
「いいの、ちがうの」
 声を聞くと何も喋れなくなる。
「あやまるなら…… あやまるなら私の方。巻き込んでいるのは私の方なの……」
「キミコ、大丈夫だから」
 私達はそうやって抱き合っていた。
 気持ちが落ち着いてきて、私は目の前のマミの胸が濡れているのに気付いた。
「マミ、胸のところ濡れちゃってる」
「うん」
 私の頭に引っ掛けていたタオルを使って、お腹の方から谷間に向けて指を動かして拭いた。
「さわってもいい?」
「ダメ」
「じゃあ、吸ってもいい?」
「もっとダメ」
「じゃあ……」
「ほら、もう着替えて部屋帰るよ?」
 顔が怒ってる。
「はい」

 亜夢は理解できていないようだったが、首をゆっくり縦にふった。
「もしかして、この|娘(こ)の服を買いにきたのね?」
「するどいわね」
「だって…… この制服…… (ヒカジョ)でしょ」
 みきちゃんは『ヒカジョ』だけ、聞こえないように小声でそう言った。
「えっ、なんでわかるんですか?」
「一応、アパレルの隅っこで仕事させてもらっているから」
 みきちゃん、は亜夢のスカートのすそを持ち上げてみたり、上着の裾や、布を触ったりした。
「もしかして、洋服として、特殊なんですか?」
「デザイナーの内田杏ってご存知?」
「知ってる知ってる、昔、低価格ブランドで有名になったけど、今はイタリアの高級ブランドでデザインしてるのよね」
「あんたには聞いてないんだけど、そうね。その内田杏。その娘がね。日本で暮らしていた時に、不眠症になっちゃって」
 亜夢の体が、ビクッと動いた。
 亜夢の表情が固まったように、真剣になる。
 その昔、都心暮らしだった亜夢も、不眠症で病院に行くと、そのまま判定機にかけられて家に戻ることなく、『非科学的潜在力女子学園』の寮に入れられたのだった。
 まるで自分のことを言われているようだった。
「で、病院に通っていると娘に(超能力)があることがわかるわけ」
 その瞬間、「えっ!」と清川は声を上げた。
「……」
 亜夢はおどろかなかった。
「で、娘は『非科学的潜在力女子学園』、ヒカジョね。ヒカジョに強制移送されるの」
「いつ頃の話ですか?」
「結構前よ。超能力の存在が知られ始めて、航空機や列車の乗り込む制限され始めたころだから」
「……」
 亜夢の顔は真剣な表情を崩さない。
「まあ、そういうことで、酷くショックを受けたらしんだけど、内田杏は娘に合いに何度も会いにいくわけね。そこで『ヒカジョ』の制服をみたわけ。ひどく田舎くさいというか、だっさい服だったらしいの。実際、制服があるんだか、ないんだかわからないぐらい、全員がバラバラだったらしいわ」
 みきちゃんが手を広げてお手上げ、というような表情をする。
「デザイナーである内田の親心として、そのヘンテコな恰好が一番かわいそうに思えたのね。だから、娘の学校のために制服を『タダで』デザインしたのよ。新聞やテレビでは一切話題にならなかったけど、ネットとかで話題になってた。デザインだけの安っぽいつくりじゃなくて、しっかり考えて作ってるって、たぶん娘の為、だからなのね。内田杏から、全員分の制服と、学校への寄付金まで入って。県や学校側は、相当びっくりしたらしいけどね」
「その内田杏の娘って、まだ学園にいるの?」
「いるわけないでしょ? 学園にいたってのは、結構昔の話よ。たぶん、娘も今は海外暮らしでしょ。この国じゃ超能力者は暮らしにくいもの」
 亜夢は飛行機も列車も乗れない超能力者がどうやって海外へ行き、そこで生活するのか興味があった。
「どうやって海外へ?」
「さすがに、どうやって連れ出したかまでは知らないけどね。海外じゃないかってうわさよ、噂。超能力者に自由が認められている先進国もあるし」
 みきちゃんは、清川と亜夢の肩を叩いて、店内を向かせた。
「ほら。うちで好きな服買って。すぐ着替えるといいわよ」
「おまけしてよね」
 三人は、店内を何周も回りながら、服を選んでいった。
 薄手の黒いジャケット、明るめのグレーのTシャツ、短いデニムのパンツ、ニーハイまでの黒ソックス。
 小さなテーブルに順に並べていく。
 清川がそれを重ねてみて言う。
「なにこれ、真っ黒じゃない」
「捜査するんだったら、黒の方がいいのよ。それにパンツもTシャツも、黒じゃないでしょ? ねぇ、乱橋ちゃん言ってやって」
「あのさ。無理やり金額を合わせるために、売れ残りをピックアップしたんじゃないでしょうね?」
「何ってるのアユちゃん。誓って売れ残りじゃないわよ」
「じゃあ、加山さん連れてこようか?」
「ひっ…… あの、それだけは……」
 みきちゃんは、頭を抱えてしゃがんでしまった。
「どうしたんですか?」

「〈鳥の巣〉近辺には人がおらんから大丈夫じゃ」
 いや、大丈夫じゃないだろ、と思ったが、成田さんはスピードを緩めなかった。
 今回は授業中で、シャトルバスの運行がない時間だったとは言え、わざわざ病院に迎えに来てくれたのは、この車を運転したかったらのように思えた。
 ほんの何分かの出来事だったが、ちょっとの路面の凸凹でも大きく揺れて、私とマミは体をぶつけ合った。
 寮について、車を降りるころには体が痛くなっていた。
 車を降りると、マミが言った。
「はぁ~ きつかった。けど、面白かったね?」
「そうだね」
 私にとって車自体は面白くもなかった。が、車が揺れるたび、マミの体の柔らかい部分に、ナチュラルに触れることが出来たことで、私は満足していた。
「成田さんありがとうございました」
 寮監と私たちはお礼を言うと、成田さんはガレージに車を戻しに向かった。
「部屋でゆっくりやすみなさい。病院じゃ入れなかったろうから、お風呂つかってもいいわよ」
「はい」
 そう言って、私たちはとりあえず部屋に戻った。
 部屋に入ると二人は黙って替えの下着をそろえて、お風呂へ行く準備をした。
 マミは、何か深刻な表情をしていた。
 私はその表情にかける言葉がなかった。
「キミコ、あのさ」
 来た、と私は思った。
「私、この新交通に乗った後ね」
 どこまで覚えているのだろう。私の翼、私の変身の記憶はあるのだろうか。
「〈扉〉の支配者とかいう、あの女に連れられてさ……」
「うん」
「〈転送者〉の世界というか、〈扉〉の向こうに行ったんじゃないかと思うんだよね」
 支度をしていた手が止まる。
「……どうしたの?」
「〈扉〉の向こうで見たのか、こっちで見たのか、記憶があいまいなんだよね」
「な、何か見たの?」
「私、黒い羽根に包まれたの。いつだったのか、とか。つながりが、よくわからなかったけど…… 天使。そうだな天使なんだとおもった。私を助けてくれる天使」
 黒い羽根…… ダメだ…… 見られた。
 ただ、こちらで見たのか、〈扉〉の向こうだったのかが分からないだけ。
 きっと、気が付いてしまう。
「キミコ?」
「ううん。何でもないよ」
 マミは小さなバッグに支度をすませると、天井の方を見上げ、手を胸の前で合わせた。
「〈扉〉の向こうだったと思う。ものすごく寒かったの。けれど、その天使が現れて、私を包んでくれた…… 暖かった。その黒い羽根の天使がおかげだと思う。そして、向こうの世界から救い出してくれたんだと……」
 それは私…… と言いかけたが、〈扉〉の向こうの世界だ、と思ってくれたほうが、私とっては都合がよい。
 知らないふりをして、マミにたずねた。
「〈扉〉の向こうも対立しているのかな?」
「……そうなのかな。それとも〈扉〉の向こうまで助けに来てくれたのかも知れない。なんか向こうの世界の人って、みんな〈転送者〉みたいなんだもん。それと、サーバーみたいなのがいっぱい立ってて、LEDがピカピカ光ってた」
 きっと、セントラルデータセンターでのことを言っているのだ。
 〈転送者〉に取り込まれていたマミに、かろうじて残った記憶。
「とにかく、助かってよかった」
「鬼塚さんが、キミコが探し出してくれたからだって」
 鬼塚が言っていた通りだった。
「マミともう一人の女の人、鬼塚さんが肩に載せて運んでくれたんだよ。本当に力あるよね~」
「鬼塚刑事の身長体重聞いちゃった」
「2m200kgでしょ」
「なんだ~ 知ってるの。つまんない」
 私もお風呂へ行くしたくを終えた。
「さ、おふろ行こ。みんなが帰ってきちゃうと、お風呂のスケジュールに違反することになっちゃうし」
「そうだね」
 
 
 
 湯船につかりながら、ぼんやりと天井をみていると、ざぁっと音がしてマミが近づいてくる。
 洗ったばかりの肌がお湯の中で絡み合う。

 ぐいっと引っ張られ、亜夢は少しよろめいた。
「さあ、お買い物いきましょう。予算は一万円だけど、安いの探せば二着分ぐらい買えるわよ」
「えっ、本当ですか?」
 警察署の裏手から出ていくと、見張りで立っていた巡査が呆れた顔で二人を見ていた。
「ちょっと歩くけどいいよね?」
 亜夢はうなずいた。
「亜夢ちゃんは私服は可愛い系? かっこいい系? キュート系? トラッド系?」
「えっと……」
 亜夢が答えに悩んでいると、清川が言った。
「スマフォもってるでしょ? 亜夢ちゃんの自撮り写真とかないの?」
 隠すようにしてスマフォを操作し、清川に見せる。
「へぇ…… カッコいい系だね。あんまり詳しくはないけど、大体わかるよ。ついてきて」
 警察署から少し歩くと、繁華街だった。
 大きい通り沿いは、ガラス張りの高級アパレル店が並ぶ。
「すごいですね。名前だけは聞いたことある店がいっぱい」
「ほしくなることはあるけど、値段みたら買わないよね~」
 店の中にはキラキラした女性たちが優雅に靴や服を見て回っている。
「ガラス越しに見ていると、貴重な種類の熱帯魚みたいですね」
「……ああ、あの人なんか目も離れてるしね」
「そういう意味じゃないんですけど」
「わかってるわよ。我々庶民が、あっち側の世界に行くにはお金持ちの男のひとと結婚ぐらいしかないわね。あるいは、お金持ちの親に養子にもらってもらうとか」
 亜夢は、偶然、ガラスの向こう側を漂っている女性と目があった。
 気づいた相手は目をそらした、亜夢はそれを不思議そうにみているだけだった。
「どうした?」
「あの。こんなところじゃ買えないです」
 清川は「当たり前じゃないの」と言って笑った。
「私たちがいくところは、ここの一本も二本も裏よ。けど、悪いものを売っている訳じゃないのよ」
 信号もない小道があり、大通りから中へと入る。
 歩いている人の数は大通りと変わらないか、道幅が狭い分、多いように見える。
「こっちにもお店があるんですね」
「うん。中に入ると、狭くて不便だから、地価も安いの。だから、売っているものもそれなりに安いわ」
「でもこんなに人がくるなら、大通りにお店を出してもいいんじゃないですか?」
 亜夢がキョロキョロと辺りを見ながら歩いているのに対し、清川はわき目もふらずに、どんどん先に進む。
「これだけ人がいてもね、結構『見てるだけ』のお客が多いみたいよ。だから見かけほど儲かってないんだって。だから大通りには出れないんじゃない?」
 亜夢は人を避けるのに苦労しながら、清川の後を追った。
「あ、ここだ。亜夢ちゃん、ここ、ここ」
 清川が手を振って呼ぶ。
 亜夢が人混みをよけながら、ようやく追いつくと、清川は休む間を与えず店に入る。
「あら、アユちゃん!」
 清川が振り返る。
 その先には、うっすらと髭を生やした短髪の男がいた。
「みきちゃんじゃない。どうしたの? 店はいいの?」
「店はいいの、って、今あたしここに勤めてんのよ」
「えっ? マジ?」
 亜夢は『みきちゃん』と呼ばれた男を見たまま立ち尽くしていた。
 清川とみきちゃんと呼ばれた男が話を続けているのだが、そのしぐさと声に驚いているようだった。
 みきちゃんの手首の反らし方、立てている小指、妙に高く出す声。
 亜夢の姿は、初めて見る動物を観察しているようだった。
「で、この|娘(こ)は誰なの?」
「ああ、この子は乱橋さん。ちょっと捜査協力してもらっているのね」
「そんな|娘(こ)とお買い物?」
 声には出ていないが、亜夢の口がもごもご動いていた。
 清川は亜夢の方へ体を寄せ、耳を傾けた。
 亜夢は耳打ちした。
「(わ、わたし、おかまの人って初めて見ました)」
「ちがうわよ、みきちゃんはおかまじゃないの」
「そうよ、乱橋ちゃん。おねぇよ、おねぇ」
「おねぇ? おねぇって、何が違うんですか?」
「亜夢ちゃん、それを言ったらおしまいよ。とにかく、みきちゃんは『おかま』じゃないの」

 こんなエンジン音はあのバスしかないだろう。
 すると、見えてきたのは真っ赤なスポーツカーだった。
「あれ?」
 マミは何かじっと赤い車の方を見ている。
「音はそれっぽかったけどね」
「いや、あれ」
 マミの視線の方を追ってみると、やはり赤いスポーツカー……
「あれ?」
「そうよ、あれ、運転手の成田さん。横は寮監」
「えぇ〜〜〜」
 待合室の周りの人から白い目で見られながらも、声を出し続けずにはいられないほど意外だった。
「つーかさ、あれの後ろに乗れんの?」
「ほんとだ、ドア二つしかないね」
 車体も低い。
 これも完全に化石燃料を使う、ビンテージカーに違いない。
 寮監が降りると、まっすぐに病院に入り、待合室へやってきた。
「白井さん、木更津さん、具合はどお?」
「もう平気です」
「大丈夫です」
「よかった。退院手続きは、どこですれば」
 寮監を案内し、退院の手続きが終わった。
 三人で病院の外に出ると、成田さんのスポーツカーがまだ病院の前に止まっていた。
「あら、成田さん病院の人ともめちゃったのかしら?」
 見ると、車を降りた成田さんが白衣を着た先生と話し込んでいる。
 近づいていくと、そのお医者の先生も成田さんもにこやかに笑っている。
「あ、もうお帰りですか。今度はぜひ、乗らせてください」
「学校の仕事がありますから、いつとは約束できんが、機会があれば」
 医者は私を見て言った。
「今度入院することがあったら、また成田さんに迎えに来てもらえないかな? この車、ぜひ運転したいんだ」
「……」
「あ、ごめん、ごめん。もう入院なんてしたくないよな」
 先生は頭を掻きながら笑った。
「ありがとうございました」
 私とマミは先生にお辞儀をして、車に乗り込んだ。
 寮監と運転手の成田さんが乗り込むと、私とマミはさらに窮屈な恰好になった。
「せ、狭いですね」
「一応、四人乗りじゃが、後ろは人が座るシートではないからな」
「えっ?」
「出発するぞ」
 ボンッと表現するのがぴったりくるような、大きな爆裂音がして、エンジンがかかった。
 外で見ている先生は耳を押さえながらも、ニコニコしている。
「男の人って」
「なに!」
 マミはすぐ隣なのに聞こえないみただいった。
「男の人って、車とか好きだよね!」
 私も耳を押さえながら、外のお医者さんを指さす。
「そうだね!」
 マミも耳に指を突っ込みながら、うなずいた。
 ものすごい音と、振動が伝わってお尻がビリビリした。
 病院の車回しを出るとき、急にスピードをおとしてゆっくりと進んだ。
 成田さんが何か言った。
「段差があると、腹をするからな」
 車が完全に病院を出ると、背もたれにぐっと押し付けられるほど加速した。
 さっきまでの低い音だけではなく、モーターのような高い音も交じり始めた。
「スピード出しすぎじゃないですか?」
「あ?」
 成田さんは聞こえないようだった。
「スピード違反で捕まりますよ?」
「早よ帰らんとシャトルバスの運航に間に合わんのじゃ」
「だから、つかまりますって!」

『カクヨム』と『なろう』どちらにもちょこっと載せてみたことがありますが、なろう、は連続していれている内は7〜8人の読み手がいて、大体終わるまでその人数が読んでくれます。
一方カクヨムは1〜2人、パラパラと。若干連続投稿した方が気がついてくれるようですが……
現状は、『なろう』と『カクヨム』って、このくらいのアクセス差がある、ってことだと思います。

カクヨムはきっとちゃんとレビューが付くくらいの腕前の人しか読んでもらえず、なろうはレビューはつけないけど読んでみることは読んで見る、人がいるのかもしれません。
まぁ、載っけたやつはレビューっぽいのはついたことないですが。
通報はされたようですけど(なろう、もカクヨム、も運営から削除するか修正するか連絡が入ったことがありますカクヨム掲載2日で……ちょっとやらかしたっぽい) 

それとも通報じゃなくて、運営の人が読んでくれるのかな。それはそれで凄いと思うな。まあ、エロは論外ちうことで。 

 奥に鬼塚刑事が見え、私はとっさに【閉める】ボタンを押し、フロアのボタンを押した。
「あら、あら……」
 エレベータ前の女性がどうやって扉を開いていいのか迷ったように声を上げた。
 エレベータが動き出し、上のフロアで止まった。
 フロアの案内図を見ながら、病室を探す。
 病室の入り口に近づくと、中に人の気配を感じて立ち止まった。
 そっとドアを開く。
「山咲!」
 砂倉署で会った、山咲を騙る男だった。
 私は石膏と包帯でくるまれた足を下した。
「止まりなさい」
 後ろから声がした。
 スーツの女性が銃を持っている。
 短い髪の頭頂には、赤黒のカチューシャが付けられている。
 鬼塚刑事と一緒に来た警察官なのだろう。
「止まらないと撃ちます」
 山咲が笑う。
「悪いが、この女にはもう少し用があるんでな」
 そういうと、ベッドから女性が立ち上がる。
 すでにカチューシャがつけられてしまっている。病衣のまま、立ち上がって山咲の後ろに入る。
 山咲が言う。
「そこをどけ」
「どかないと撃つ」
 スーツの女性がいう。
 この距離で弾丸を避けることは出来ない。
 普通の人間なら躊躇するだろうが、カチューシャをしている人に理性はない。
 鬼塚刑事のいうことに従わなかったのは自分だ……
『鬼塚刑事、ごめんなさい』
 伝わるかわからなかった。
「早くどけ。本当に撃たせるぞ」
「教えて、あなた何が目的なの?」
 山咲は笑った。
「そんなことをここで言うのは小悪党だけだ…… もっとも、チャンスとみたら瞬間的に撃たせいたのが本当の悪党だから、|他人(ひと)のことは言えんが」
 ピクッと女刑事の銃が動いた。
 撃たれる…… 身構えたその瞬間、山咲が間合いを詰め、私の腹を蹴った。
 廊下の壁に飛ばされ、強く背中を打った。
 女刑事の銃口はぴったりと私を狙い続けている。
「……」
 山崎は長い髪の女を…… 病衣のまま、連れ去ってしまった。
 私は立ち上がれずにいると、看護師がこちらに気付いて声を上げた。
「どうしたんですか?」
 近寄ってくる看護師が、刑事が構えている銃に気付く。
「あ、あの、病院で銃……」
 刑事に睨みつけられ、看護師は声を失う。
「!」
 大きな手が女刑事の頭をつかむように覆いかぶさる。
 パキッと音がしてカチューシャが割れると、刑事は倒れ込む。
「鬼塚刑事!」
 倒れかけた刑事をそのまま受け止める。
「山咲が…… 山咲さんを騙るヤツが!」
「……」
「刑事、山咲を追いかけないと」
「……わかった。とにかく、お前はじっとしていろ。余計なことはするな」
 私はうなずくしかなかった。
「あと、木更津のことだが……」
 マミに何と伝えたのか…… 〈扉〉の向こうからこの病院に戻るまでの口裏を合わせておかねばならなかった。
 一通り伝え聞くと、鬼塚刑事はスマフォで連絡を取りながら、女性の刑事を肩に載せて、病院を出ていった。
 
 
 
 翌日に私とマミは退院することになった。
 退院の手続きの関係で、日中、授業をしている時間帯に寮へ戻ることになった。
 学校から連絡があり、病院には寮監とスクールバスを運転するおじいさんが迎えにくることになっていた。
 私たちはほぼ準備を終え、寮監がする事務手続きがあれば退院できる状態だった。
 病院の待合室で、ぼんやり外を見ていた。
「マミ。あのおんぼろスクールバスで迎えに来たら私は泣くよ」
「けど、それ以外に自動車みたことないけど。それより、寮監とあのおじいさん、という組み合わせもあんまり想像がつかない」
 しばらくすると、大きなエンジン音が聞こえてきた。
「あ、これじゃない?」
「やっぱりあのおんぼろバスか……」

「その後ですね。映像に残っていたのはその電撃まででしたよね」
「……そうだ、パトレコは付けていなかったんですか?」
「たぶん、全員つけてました。全員のパトレコが電撃でいかれてましたけどね。技術担当の知り合いがいるんですが、メーカー名を言いながらブツブツ文句言ってましたよ。こんな簡単に壊れて記録がなくなるんじゃ意味ないって」
 亜夢は映像を思い出してから聞いた。
「パトレコって、どこにつけてましたか?」
 男は服を着替えるかのように自身の体を触った後、言った。
「自分は右肩のあたりですね。全員つけてる場所は違うと思いますよ」
「……そうですか」
 亜夢が手帳と取り出し書き込み始めた。
 ベッドの上の男はどうしていいか迷っていたが、亜夢に向かっていった。
「もう少しあるけど、話していいかな?」
「お願いします」
「電撃で全員がしびれて倒れてしまった。自分はそういうのに抵抗力があるのか、よくわかりませんが、他の人より早く立ち上がれるようになったんで、追いかけたんです。そして肩をつかんだかと思った瞬間に、こんな風に、ふわり、と」
 手で体が持ち上げられたことを表現していた。
「人生の中でこんなに軽々投げられたことはないです。それくらい『ふわっ』と投げられました。落ちるときは普通のスピードだったんですが。後で容疑者は超能力者だ、って聞いて納得しましたが」
「それでこの怪我を負った、ということですか」
「はい」
「他に容疑者の特徴はわかりませんか?」
 男は目をつぶって腕を組んだ。
「何度も聞かれて話してるんですけどね。あまり特徴的なことは思い出せない」
「では、他に容疑者に近づけた人っていますか?」
「う~ん、どうだろう。自分より近づけた人はいないんじゃないかな。最初の騒ぎの時に、声を聴いているらしいけど、男じゃないような、とは言ってた。自分も体格とか、手とか指の細さとか、男じゃないような気はするけど」
「確かに映像でも男か女かはわかりませんでした」
「いや、まあ、男だってことになってるから」
「……」
「いや、男だったんだけどね」
 男が一瞬で発言を取り消した。亜夢は視線の先を追って振り返った。
 加山が立っているだけだったが、別に何をしていたようでもなかった。
「……」
 真夢が全員の顔を見回し、同意をとった。
「もういいです」
「他にも話聞けるが、どうする?」
「加山さん、ちょっと話があります」
「なんだ?」
「ちょっと私と廊下に出てもらっていいですか?」
 亜夢は廊下を指さした。
「ああ」
 加山と亜夢は廊下に出てから、誰もいない端の方へ進んだ。
「なんだ?」
「なぜ男だと決めつけているんです? おかしい気がします」
「わからんが、あの日のテロの容疑者は男だ。しかも、その男は超能力者でもある」
「あの映像の中心に映っていた人物を捕まえるのではないんですか?」
「そうだ」
 亜夢は口を尖らせた。
「大抵の超能力者は女性だという事実を知ってですか? 映像の中心にいた人物が超能力者かどうかはわかりませんが、現場で超能力をつかったのも女性でしょう」
「超能力者が女性だけとは限らんだろう。そっちのほうが決めつけじゃないのかな」
 加山も強い口調で反論した。
「……」
「もういいかな。乱橋くん。もう話を聞く必要がなさそうなら、清川巡査と帰って、服を買いなさい。服の購入費用は警察で持つが、あまり高い服を買うなよ。高い服を買う場合は、後で君か、最悪学校に請求が行くぞ。まあ、とにかく、その学校の制服を着て捜査協力は危険だ。いいね? 繰り返すよ、明日以降、制服禁止だ」
 
 
 
 署に戻った後、清川巡査が私服に着替えて、やってきた。
 制服の時薄かったメイクも濃くなっていた。帽子をかぶるためにまとめていた髪型も、ふわっと垂らしていた。
「なんか雰囲気ちがいますね。若返ったみたい」
「……それは制服の時にババアに見えるって意味?」
 亜夢は手の平を回すようにして否定する。
「違うんです、そういう意味じゃなくて、ごめんなさい」
 清川は、スッと亜夢の腕に手を入れた。
 組んだ腕で引っ張るように歩き始める。
「ウソウソ。気にしてないから。亜夢ちゃんからすれば私はババアなのは間違いないんだし」
「あの、だから」

 目を開けると、女性の看護師が立っていた。
「起こすつもりは無かったんですが、あまりに苦しそうなので」
「す、すみません」
 身体を起こそうとしたが、思うように足が動かない。
 みると怪我した方の足が動かないように固定され、釣られている。
「そうだ、あなたと一緒に運ばれてきたひとも、元気ですよ。お友達って聞いていましたから、伝えておこうと思って」
「マミは無事なんですか?」
「はい。もう一人の方も入院中ですが、お元気ですよ」
「もう一人のかたって?」
「お友達だって聞いてましたけど……」
 違う、と言いかけて止めた。一人はマミで間違いないが、もう一人は…… あの女だ。カチューシャをつけて、〈扉〉の支配者にコントロールされていた女。ならば、
「……そうです友達です。二人は何号室と何号室なんですか?」
 私は二人分の部屋の番号を覚え、身体を起こそうとした。
「!」
「まだ無理しないでください」
 看護師に止められた。
「スマフォ、は使えますか?」
「いいえ。病院ですので」
「航空機モードでも? メモをしたいんです」
「それなら」
 看護師にスマフォを取ってもらい、さっきの病室の番号を控えた。
 足は動く。痛みはない。どちらかというと、今はかゆみの方が強い。
 新庄先生に言われた時と同じで、運び込まれた時から今までの間に、私の足は治ってしまっているのだ。
 他の二人がどういう状況かを知りたい。
 このまま動いたら、目立ちすぎるだろうか。
 ベッドの横に松葉杖があり、おそらくこれを使えということなのだろう。 
 私は釣っている足を外してから、松葉杖をとり、病室を抜けだした。
「あら? 白井さん? でしたっけ?」
 病室を出ると、いきなり違う看護師に声をかけられた。
「杖の使い方は……」
 看護師に杖の使い方を教えられた。
 動く方の足の側に杖をつくのであって、反対側ではないのだそうだ。
 私が迷っていると、看護師は指をさして言った。
「トイレならあっちですよ」
「ありがとうございます」
 トイレに行く気はなかったが、とりあえずその方向に進み、看護師と別れた。
 看護師を気にしながら進んでいると、ぶつかってしまった。
「すみません」
 黒いスーツのお腹が見えた。
「もう立てるのか?」
「鬼塚刑事。あの、長い髪の女」
「今、調べている。まだ身元は分かっていない」
「よかった。ほったらかしじゃないんですね。で、マミは? マミは大丈夫なんですか?」
「心配しなくていい。お前は自分の身体を治すことを考えろ」
 ふっと身体が浮いた。
 子供のように軽々と抱えられ、病室の方へ運ばれる。
「鬼塚刑事、あの、えっと、私、トイレに行こうとしてたんです」
「すまん」
 鬼塚は私を抱えたまま踵を返した。
 トイレの前で降ろされ、私は中に入った。
 この感じだと、鬼塚刑事がトイレの外で待っているような気がする。
 せめてマミの様子だけでも見ておきたい。
 トイレは両側の通路から入ってこれるように出入り口が二つあるようだった。
 反対から出れば、鬼塚刑事に気づかれないだろう。
 私はトイレのふりをして、反対側から抜け出し、エレベータに乗り込む。
 フロアのボタンを押そうとしたとき、二つの病室番号のどちらがマミのものか、わからなかった。
「うーん」
 エレベータ内で悩んでいると、エレベータの扉が開いた。
 お見舞いに来ていた中年の女性の人が立っていた。 

『はい』
 二人は声を揃えて返事をした。
 少し坂を登って、お寺の駐車場につくと、加山が住職に挨拶に行った。
 残りの三人はパトカーに乗り込んで待っていた。
「ほら、これがパトレコよ。こうやって、一般的なスマホにつないで映像をサーバーに送れるの」
 クリップ状の円形のものをスマフォのUSBに接続してみせた。
 スマフォの画面がすぐに変わって、アプリが立ち上がる。
「なんですか? これ」
「これはね……」
「清川巡査」
 中谷が遮った。
「警察のアプリなんだけど内容については説明できないんだ。さっき言ったようなことをするためのものだよ」
「なるほど。秘密なんですね」
「私だって言わなかったわ」
「いや、言いそうだった」
「言いません。一般の人に話したらいけないことは知ってます」
 亜夢を挟んで睨み合いを始める。
 このまま喧嘩でも始めようかという表情。
「やめてください」
「その通りだ。清川巡査、警察病院に向かってくれ」
 加山がそう言うと、中谷がスマフォを見た。
「時間が時間だから、途中で食事にしませんか?」
「それなら、私」
 と清川が話そうとするところを中谷が遮る。
「乱橋くんの食べたいものを聞こうか」
「……」
 亜夢は頭に浮かんだ食べ物があったが、言い出せなかった。言い出せる雰囲気ではなかった。
「乱橋さんはめちゃくちゃ食べるんだから。私、いい店知ってるよ」
 亜夢は間髪入れずに応えた。
「清川さん、それいいですね」
「バイキング形式で時間で値段が違う食べ放題の店なの」
「すごい! 決まりですね!」
 ルームミラーに映る清川は満面の笑顔をたたえていた。
 
 
 
 食事の後、再びパトカーで移動して、警察病院についた。
 面会の手続きを取ると、事件の被害者である警察官のいる病室をたずねた。
 その男性警官は何箇所かのやけどと、投げ飛ばされた時に骨にヒビがはいったらしい。
「何度も同じことをきいてすまないな」
「これも仕事ですから」
「まずは、当時のことを初めから話してもらっていいかな」
「はい」
 男は話し始めた。
「その日の勤務は、日勤で付近の巡回をすることになっていました。しかし、テロ事件が入り道路封鎖をするために車両をつかって坂の下の道に集合しました」
 中谷は話を聞きながら何かパソコンを操作していた。
「封鎖しているところに例の映像の人物が現れ、何か話してました。私のところからはよく聞こえなかったんですが、すぐそばの仲間から後で聞いたのですが、警察官を馬鹿にするような言葉で罵ったそうです」
 男は、ベッドの横に置いてあった水を少し口に含んだ。
「その後、そいつが封鎖のためのバリケードを勝手にどかそうとしたので、何人かが抑えにかかりました。すると、まるでワイヤーでつっているかのようにふわっと飛び上がり、逃げ出しました。そのとき、全員にその人物を捕まえろ、という指示が入りました」
 男は手で飛び上がるさまを表現してみせた。
「自分らがその人物を追いかけていくと、今度は光る光線、今考えれば雷だったんですが。被疑者は雷を追いかけてくる警官に撃ちました。次々に何人も倒され、これは銃で撃たないとやられる、少なくとも私はそう思いました。考えたあげく銃を抜きました」
 加山は窓の外を見ながら、「なるほど」と言った。
「私は銃を抜き、まずは上空に向けてから『止まれ、止まらないと撃つ』と言いました。被疑者は振り返りましたが、こちらの指示を無視しました」
「それはどこら辺での話ですか?」
「もう、あのビルの映像の近くですね。自分がそう言った直後、何人かが撃っています」
 亜夢は、「私が見た映像では、狙った人物が弾丸をはじいたようには思えなかったんですが、他に誰かいませんでしたか?」と問う。
「えっ? 自分も見たのは、あの中央に映っていた人だけでした。だれかが周囲にいたら、銃は撃たなかったと思います。だから、あの被疑者が弾丸を弾いたのだと思いますが」
 男はびっくりしたように目を丸くしていた。
 そして何か気づいたように、「君、もしかして超能力者?」と言った。
「すまない、そこは話せない」
 加山が言うと、男は話をつづけた。
「立ち止まっていたので、全員で一斉に捕まえることにしました。声をかけて、同時に飛び込もうとすると、再び電撃が走りました」
「そこで怪我を?」

 何も起こらない。
 廊下にあふれる程の〈転送者〉がこっちに向かってくる。目の前の〈転送者〉腕を振りかぶっている。
「倒れろ!」
 無意識に翼が広がった。
 黒い羽が幾つか飛び散る。
 突き出した腕から、閃光が走る。
 稲妻のような光は、E体のコア…… 〈転送者〉のコアを結ぶように、貫いていく。
 廊下にいたE体の動きがとまった。
 最初に貫かれた近くのE体から、順に黒い霧になり、消え去っていく。
「なんだ? 何をした」
 私は身体を支えられなくなって、その場に手をついた。
 そして、手でも支えきれなくなり、そのまま突っ伏した。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 全身の力が抜けていく。
 倒れることも出来ない状態で、無理やり十キロの坂を全力で下っていったような……
 一切の筋力を使い果たしたような。
「どうした? 立てるか?」
 鬼塚の声も遠くに聞こえる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 私は首をふることも、手をふることもできなかった。
 鬼塚は二人を抱えたまま、廊下を進んでいった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 呼吸をするしか出来ない。
 全く力が戻ってこない。
 仰向けになろうと身体に力を入れると、背中や腕が拒否したように痛みが走る。
「どぉ、はぁ、して…… うご、はぁ、いて、はぁ、はぁ……」
 翼は勝手に身体に収まっている。
 息をするだけで精一杯で、次第に眠気が襲ってくる。
 ああ…… もうだめだ…… さすがにここで寝てしまったら、寒さと、やがてやってくる〈転送者〉のどちらかによって私は死んでしまうだろう。
 鬼塚刑事、マミを、マミを頼みます……
 
 
 
『……さっき質問したツインテールの子、声がババアですね』
 クラスが爆笑した。
 一人一人の笑う仕草が、スローモーションのように何度も自分に襲いかかってくる。
 そもそもクラスで目立つ方ではなかったのに。
 まさか、クラス全員に笑われるなんて……
『キミコ、気にしちゃだめよ』
『マミっ!』
 振り返ると、マミは水着をきていた。
 確か、佐津間が転校して来たとき、マミは入院していたんじゃ?
『キミコ、これを使って』
『ナックルダスター?』
 マミが手渡したのは、ピンク色の丸いものに、ケーブルがついている器具だった。
『マミ、これって……』
 言いかけてやめた。教室でそんな発言をしたら変態だと思われてしまう。
『ほら、私が見てるから、やって見せて』
『マミ、だってここ、教室だよ』
『大丈夫よ、ふたりきりだもの』
 確かにさっきまでいた、と思っていたクラスメイトが誰もいなくなっている。
 ……というか、場所自体、寮の部屋になっている。
『ほら、使い方分かる? 服は私が脱がしてあげる』
 マミが後ろに回って、制服のボタンを外してくれる。
 ブラに手を掛けて、首すじにキスをしてきたとき、私の乳首が反応した。
『マミ…… どうしたの? なんでこんなことするの?』
 まさかマミからこんなエッチなことを要求してくるなんて、何か変だ。
『キミコこそどうしたの? 大丈夫?』
 
 
 
「大丈夫ですか?」
 マミの声じゃない。
「えっ?」

 マミの胸に耳をあてて、呼吸が、心拍が戻っているかを確認する。
「……さむい、よね?」
 マミが裸で横たわっていることに気づき、私はマミを翼で丸く囲むようにした。
 口から息を入れる。胸骨圧迫。
 お願い…… マミ…… お願い。
「白井!」
「鬼塚さん!」
 私は翼をたたむ。
「そこか」
 AEDを開くと、音声ガイダンスが流れた。
 その通り順番に行って、いくと、急にマミの呼吸が戻った。
「マミっ!」
 鬼塚が手を伸ばして私を制した。
「それより翼で覆ってやれ。この状態はかなり寒いはずだ」
 鬼塚は、自身の上着を脱ぎ、マミに着せた。
「鬼塚刑事、それなら私の上着を貸します」
「無理するな」
「サイズが違いすぎて、それじゃ、温まりません」
 私も上着を脱ぎ、マミの腕を通して着させる。
「全部やった、のか?」
「あっ、もう一人」
 私はさっき倒した、カチューシャの女の方を指さした。
「そっちに女性が、〈扉〉の支配者にコントロールされていた女性が、倒れています」
「早く言え」
 鬼塚が、手で押さえるように私に指図し、足早にその女性の方へ向かった。
 鬼塚の指示通り、私はマミを翼で覆って待っていた。
「よし。そしたら、また下のフロアに戻るぞ」
 鬼塚は女を左肩に載せていた。
 そしてマミも軽々と片手で持ち上げ、右肩に載せた。
「〈転送者〉はお前がやれ」
 私はうなずいた。
 凍りそうな寒さの中、フロアをでて、階段を下りていく。
 通路にも何体かの〈転送者〉があふれ出てきている。
「お前が言った通り、少し扉を壊しておいた」
 振り返って、鬼塚刑事のおなかに軽くパンチして、笑った。
「だから、なかなか来てくれなかったのね」
「気を付けろ〈転送者〉だ」
 通路に向き直って、私は拳を固める。
 簡単に倒すには、蹴り抜くべきだったが、足の痛みが酷くて、十分に蹴ることができない。
「こいつ!」
 ガッと、〈転送者〉の体を貫き、コアを破壊した。
「あっ……」
 しかし、私はそのままよろけて、倒れてしまった。
 拳を突き出したときに、足が耐えられるかは考えていなかったのだ。
「怪我してるのか」
「大丈夫です……」
 〈転送者〉を鬼塚に近寄らせたら、マミが危ない。
 痛みを我慢して、ふんばり、立ち上がった。
「なんだ、温度が上がったのか?」
 鬼塚が言う。
 温度が上がれば、〈転送者〉がより多く転送されてくる。逆に低温であれば〈扉〉の機能が低下するのか、〈転送者〉が鈍くなるのか、発生数が減る。
 扉を減らしたはずなのに、もう廊下にはこれだけの数の〈転送者〉がうごめいている。
「……」
 鬼塚は、肩に載せた二人を下ろそうとした。
「待って」
 もう一度、あの力を……
 腕が光った時のように、回りの〈転送者〉を一度に破壊する力。
「お願い!」
 ギュッと目を閉じて、あの時と同じように力を込める。

 亜夢に腕を叩かれた男がボソっと言った。
「ヒカジョ」
「なんだって?」
「この女の制服、ヒカジョだってんだよ。逃げるぞ」
「えっ? まじかよ」
 男たちは逃げ出す。
 中谷はまた後ろをチェックすると、その二人も血相を変えて逃げ出していた。
「あれ?」
「待て」
 加山は腕を取っていた男に言った。
「お前にはちょっと話がある」
「助けて……」
 男は天を仰ぐようにそう言う。
 すると、加山には、キン、と頭の奥で何かが響いた。
 固くて重い金属の玉をぶつけられたような感覚が頭を襲う。
 加山は平衡感覚がなくなり、よろけてしまう。
「待てっ!」
 掴まれていた腕を振りほどいて、男は先に逃げた二人と同じ方へ逃げ去った。
「追いかけろっ、中谷、清川」
「頭になにかぶつけられました」
「クラクラして立てません」
 加山が振り返ると、中谷も清川も同じように腕で頭を抱え、倒れている。
 亜夢は立ったまま男たちが逃げ去った方を見つめていた。
「……」
 アスファルトに腰を落としたまま加山が言った。
「乱橋くん、君にはこの頭痛がないのか?」
「はい。おそらくですが、その頭痛はテレパシーで与えられた錯覚です」
「テレパシー? それって言葉を使わずに考えを伝えたりするやつ?」
 中谷が言った。
「感覚を与えることもできます」
「乱橋くん、誰が超能力者かわかるか?」
「いいえ。もし可能性があるとすれば後ろの二人」
 清川がこめかみをマッサージしながら言う。
「なんで後ろの二人なの?」
「前の二人は私の超能力が簡単に通用したからです」
「あれ、超能力だったのね」
「都心は干渉電波が強すぎて、力をコントロールすることが極端に難しいから、身体のすぐ近くとかで、イメージのつきやすいことしかできないです」
 清川の足の下に空気を送り込んで浮かせて引張、自分の手の周辺の空気を圧縮してナイフを持つ手を抑え、木刀で叩かれる自分の身体を硬化して、木刀を割ったのだった。
「そうなんだ。よくわからないけどすごいね」
 加山が亜夢の制服を見て言った。
「清川。あとで乱橋くんを連れて買い物に行ってくれ。ヒカジョの制服のままでは危険だ」
「……よろこんで」
「?」
 清川の返事に、亜夢は首をかしげた。
 しばらくして、全員が立ち上がれるようになった。
 加山が清川の格好を見て、びっくりしたように言った。
「清川巡査、君、パトレコは?」
「あ…… とつけていません」
「パトレコは付けなきゃいかんじゃないか」
「お言葉ですが。プライバシーの問題があるので、パトレコの装着は任意だったはずです」
 加山は中谷を見た。
「そ…… そうですね。確か」
「じゃあ、さっきの連中を手配できないぞ」
「……こ、これからはパトレコ付けます」
 亜夢が割って入る。
「パトレコってなんですか?」
 清川が口を開きかけたのに、中谷が早口で始める。
「パトロールレコーダー。ドライブレコーダーの人用だね。直近何時間かの動画を常に記録している。何かあった場合に映像を取り出して保存するのさ。さっきみたいな事案があった時なんかは、映像を抜き出して署に送ったりする」
「常に行動を録画しているから、嫌なのよ」
「ボクがつけていたころは、とんでもなく大きかったから恥ずかしかったけど、今はボタンの大きさだからね」
「へぇ~」
 亜夢が感心すると、清川が言った。
「乱橋さん、別に中谷さんが小さくしたわけじゃないのよ。電気メーカーが優秀なだけ」 
「ボクが小さくしたなんて言ってないだろうが」
「乱橋さんの気をひこうと格好つけるからよ」
「な、なに妙なこと言い出すんだ」
「清川、中谷、いい加減にしろ。後、清川。お前車に戻ったらすぐパトレコつけろよ」

「まずい」
 頭のなかで何度も鬼塚を呼ぶが、まったく手ごたえがない。
「鬼塚さん!」
「ふん、こんなところに助けなんぞこない」
 動く方の足を使って、なんとか少し後ろに進むが、カチューシャの女はもうこちらのラックの列に入ってきていた。
「頼むから動いて……」
 祈っても足は動かなかった。
 女はもう目の前に来て、棒を突いてきた。
 足。
 また足を狙ってきた。
 ガツン、棒が床に叩きつけられると、私は素早く足で棒を抑えた。
「なにっ?」
 女は棒を取り返そうと、両手で棒を引っ張ろうとするが、私は足の爪で棒をつかんで離さない。
「翼よ!」
 背中のつばさを突き出して、棒の先を踏みながら体を起こす。
 そのまま、女の顔面へ右拳を突き出す。
 棒をつかんでいた手を放して、拳を抑えにくる。
 今だっ、と私はそのまま右手をつかませて、左手の掌底を女の頭頂へ運ぶ。
 パキッ、と乾いた音が響いた。
 私は足でつかんでいた棒を、後ろに放った。
 背中の翼をしまうと、打たれた足に激痛が走った。
 サーバーラックに手をついてなんとか倒れることは免れた。
「……」
 カチューシャを割られた女は、白目をむいて、フラッっとこちらに倒れ込んできた。
 足の痛みを我慢しながら、女を支え、ゆっくりと床に寝かせる。
 まずい…… この|女(ひと)をほっておいたら、凍え死ぬ。
 それより優先しなければならない|女性(ひと)がいることに気付いた。
「マミっ!」
 片足ではねるように進むと、マミを取り込んだ〈転送者〉のところについた。
「えっ?」
 外に見えていたはずの、マミの顔がない。
 そこには変わりに灰色のゼリーのようなものが浮いている。
「マミっ!」
 これは、〈転送者〉を切り裂いたときに中にあったものだ。
 つまり、マミの顔が〈転送者〉の中に沈んだ……
「マミ!」
 〈転送者〉の縦にすべて切り裂き、外側の硬い殻を開く。
 灰色のゼリーが床に広がる。
「うっ……」
 腐臭が鼻を突く。
 光っているコアが姿を現す。
 手で避けると、その下にマミの体が現れた。
「まさか、裸?」
 両手を突き刺して触っていた時には気づかなかった。
 丸いコアを避けると、その下に、まったく服を着ていない白い肌が現れた。
「マミ、マミっ……」
 この灰色のゼリーに包まれていたら、呼吸もできないだろう。
 早く取り出さなければ。
 私は翼出して、強く払った。
 黒い羽根に、灰色のゼリーがまとわりつく。
 無意識に体が羽根を振るわせて、ゼリーを飛ばそうとする。
 手と翼をつかって、ようやくマミの体が現れた。
「マミ、マミ、わかる?」
 息をしていない。
 私はあわてて気道を確保し、胸骨圧迫を始めた。
「お願い、お願い!」
 同時に、鬼塚刑事にも呼び掛ける『早く来て、鬼塚刑事、どこにいるの? AED、AEDが必要』。
 マミの鼻をつまんで、口から息を吹き込む。
 何度かやって、ふたたび胸骨圧迫。

「黒焦げって、もしかして電撃で?」
「……そう。もしかしたら、あの映像に映った電撃する人物は、そっちの犯人と同じかもしれないのさ」
「清川さん、さっきのお家って、その被害者の家ですか?」
「なんの話?」
「清川さんと不審者を追いかけて見失ったあたり…… と言ってもちょっと離れているんですけど、そこに警察が詰めているお家があって」
「……あ、ああ。きっとそ」
「中谷っ!」
 加山が遮った。
 亜夢は「えっ、なんで話せないんですか?」と加山を睨んだ。
「中谷がいつものクセで、わからないことをいい加減に答えようとするから、釘をさしたまでだ。おそらくだが、そこは要人の家だろう。黒焦げの事件のことを知っているか? 被害者は元外交官で、今度は野党から選挙に出る準備をしていた。こういう事件の後だから、要人の家には警察が詰めているんだ」
「その場所、地図上の位置はわかりますよ」
「要人だと誰の家とか機密事項だからな、我々でも判らん。……まあ気にするな」
 すると、突然、中谷が立ち止まった。
 亜夢たちの方を向いて歩いていた加山が中谷にぶつかる。
「ん? どうした?」
「なんか変な奴らが……」
 見ると、道の前に三人の男が立ってこっちを見ている。
 亜夢が後ろを向くと、その方向にも二人、道を塞ぐように立っている。
 一人一人の体格も格好もバラバラだったが、共通していることがあった。
「全員、何か持ってます」
 ナイフ、チェーン、木刀……
「あなた達、どういうつもり?」
「……」
 中谷が言った。
「清川の制服をみてもビビってない、ってことは……」
 中谷と加山は私服だが、清川はひと目で警察官だとわかるはずだった。
「奴らは覚悟を決めてるってことだ。乱橋くん、注意だ」
 亜夢はうなずいた。
 中谷は足が震えだした。
「やばいっす」
「大丈夫よ」
 清川はそう言って、先を塞いでいる三人の方へ進んでいく。
 亜夢が清川の腕を引っ張ってそれを止めようとする。
 お構いなしにどんどんと前に出て、三人の目の前に立つと、
「ほら、どきなさいよ、警察なのよ。どかないと公務執行……」
「危ない!」
 清川の腕を亜夢が思い切り引っ張って、男のナイフを避けた。
「何すんの!」
「だから、危ない!」
 亜夢が手を出すと、男のナイフは掴まえてくださいとばかりにスローになる。
 亜夢はその腕を思い切り、拳で叩くと、ナイフが道に落ちる。
「!」
「危ないから下がって」
 加山が亜夢の正面に回って手を広げる。
 そして落ちているナイフを拾われないように踏みつけた。
「君たちは何が目的だ?」
 亜夢と清川はゆっくり下がる。
 中谷は後ろの連中をみる。
 間合いは詰まっているが、襲ってくる感じはない。
「うるせぇ!」
 左にいた男がチェーンを巻いた拳を構える。
 加山はその腕を抑えて避け、膝を腹部に叩き込む。
「加山さん!」
 そのすきをついて、右にいた男が木刀で加山に襲いかかる。
 亜夢が前に出ると、木刀に自分の腕を合わせる。
 腕に木刀があたり、亜夢の顔が歪む…… と思った刹那、パキン、と乾いた音がして木刀が割れてしまう。
「なんだこの女?」

 天井につかえてしまい、振り下ろすように縦には振れない。
 広い方向の、横に振るしかないが、今度はサーバーラックがあって、それもうまくいかない。
 まっすぐ突くしかないが、突くしかないと分かっていれば避けることは出来る。
「突くだけならなんとでもなると思っているのか」
 すばやく、何度も棒で突きをいれてくる。
 距離をとるために、素早くさがる。
 同じように距離をつめてくるが、サーバーラックをぐるっと回れば棒の影響範囲外になる。
 同じラックに回り込んで追いかけてくるが、やはり同じことの繰り返しだった。
「ふん、ただ逃げ回っているだけならいずれ私が勝つ」
 確かにそうだ。
 私は、突いてくるのと同時にその棒を掴んでしまうことを考える。
 突くスピードと、引くスピードが変わらず、なかなかうまくいかない。
 すこしずつ、後退して、また別のラックの列に逃げ込む。
「さぁ、今度こそつかめるかな」
 口元に笑みがうかぶ。
 何度も突いてくる。だんだん、手の平があたるようになってきた。
「よし、今度こそ」
 突いてきた棒が、体に当たらないところまで避けたと確信し、手で取りにいった。
「!」
 ガツン、と音がして、私は転んでしまった。
 引き戻る軌道と思っていた棒は、そのまま真下に振り下ろされた。
 足。
 初めからこちらの足を狙っていたのだ。
「あああっ……」
 私は大声を出した。
 棒は何度も私の体に振り下ろされた。
「真上から振り下ろさなくとも、このくらいの距離があれば十分威力はあるんだよ」
 カチューシャの女に、また笑みが浮かぶ。
 私は痛い足を我慢して動かし、懸命に後ろに下がった。
 これ以上足を叩かれたら動けなくなる。
「くっ! 何度も同じ手が通じるか!」
 同じ軌道を繰り返す棒を右手で掴まえ、左手で端を押して突き返した。
 相手の虚をついたのか、棒が肩へぶつかった。
 カチューシャの女は肩に手をあてた。
「ちっ!」
 私は隙をみて、素早く後ろに下がってラックの裏に回り込んだ。
 冷たさと、痛さで、足の感覚がない。
 おそらく血が出ているだろう。
 敵から目を離すわけにいかなかったし、それに、傷口をみたら恐怖に支配されそうだった。
 女はガツン、とラックを叩いた。
「ほら、行くよ!」
 女がこっちに一歩踏み出せば、私も逆方向へ一歩動く。
 二人はラックを中心にして、回るように動いていた。
 その時、背後のラックが光りはじめ、カチャリ、とロックが外れて扉が開いた。
「……」
 ぬるっとE体が扉を押し開け、出てきた。
「見たか、じっとしてればまた〈転送者〉がやってきて元通りさ」
 ただ、寒さのせいか、E体は小さく、今までいたものよりずっと動きが鈍かった。
 とはいえ、このまま何もしないでいると、E体がマミを取り込んだ〈転送者〉を連れ戻してしまう。
 早くなんとかしなければ……
「!」
 視野の隅に女の棒が映った。
 とっさに上半身だけ傾けて避けた。
 たまたま、こっち側のラックの扉が開いていたところに、女が向こうのラックの扉を開けて、棒を打ち込んできたのだ。
 棒を手で取ろうとしたが、同じように素早い棒さばきで、つかむことはできなかった。
 ただ、引いた棒をラックから抜くのに苦労しているようだった。
 私は走った。
「あっ……」
 まったく予想しないところで転んでしまう。
 立ち上がろうとするが、足の感覚がない。

 マミはまだ目をつぶっている。
「お願い!」
 力を抜いて、力をいれる。
 少し押し込んでから、強く引き抜く。
 背筋と、翼に力を込める。
「抜けろおぉ!」
 自分が目を閉じた瞬間、何かが起こった。
「!」
 閉じた目に光が入ってくる。
 分からず目を開けると、腕が抜けている。
「光っている?」
 腕が光っている。辺りにいたE体が横一文字に光が走り、輪切りになっている。
「な、なにが起こったの?」
「なんだ今のは」
 長い髪にカチューシャをした、〈扉〉の支配者の代弁者がよろよろと立ち上がった。
「〈転送者〉だけに効果があった、ということなのかな」
 輪切りになったE体から、光るコアが浮き上がって、吸い寄せられるように飛んでくる。
「いやっ!」
 腕にガツガツと当たっては消えていく。
「コ、コアが……」
 カチューシャの女も呆然とこちらを見ているしかなかった。
 頭を下げて、腕だけを高くかかげた。
 そこにコアが飛んでくるからだ。
 腕は光ったままで、まぶしかったが、中に青く文字のようなものが浮かんでいる。
「何? なんて……」
 また何個かコアが飛んでくる、私は怖くて顔をそむけた。
「えっ?」
 下にはマミが取り込まれた〈転送者〉が横たわっていた。
「何が起こったの?」
 倒れている〈転送者〉の体の一部が、光る私の腕に呼応しているのか、中で何かが光っているようだった。
 〈転送者〉の足の付け根あたりだ。
「コアが光ってる?」
 輪切りになったE体のコアも光っていた。
 おそらく、マミを取り込んだ〈転送者〉の体の中のコアも光っているに違いない。
 私は光ったままの腕を振り上げ、拳でそのコアをつぶそうと思った。
「まて、木更津マミがどうなってもいいのか」
 カチューシャの女が震える声でそう言った。
「……」
 確かにコアを破壊してマミがどうなるのかはわからない。
 マミが眠れば〈転送者〉の活動も止まる。
 逆も真、なのかもしれない。
「なら、マミを先に取り出すだけよ」
 私は足の爪を使って、〈転送者〉の体を裂いた。
 灰色のゼリーのような物質が裂け目からみえている。
 手をかけた瞬間、殺気を感じた。
「!」
 床に伏せると、女の持っている棒をかわした。
 もう一度、反対方向から同じスピードで返っていく。
「木更津マミは渡さない」
 〈転送者〉の体上を転がり進み、カチューシャの女との距離をとる。
 棒が届かないことを確認して、立ち上がる。
「あなたに勝てばいいのね?」
「うるさい!」
 また、棒を水平に振るってきた。
 サーバーラックを盾にするように後ろにさがると、ガツンと、ラックに棒があたった。
「ここでは棒は不利ね」
「うるさい!」
 今度は、まっすぐ突いてきた。
 寸前で避ける。
「もう、あなたが手詰まりなのはわかったわ」

 坂を登っていくと、大きなお屋敷ばかり並んでいた。
「まだわかりませんか?」
「……」
 清川が見つめている先に、大きな屋敷があり、その前には小さな建物が立っていて、警官が警棒を持って立っていた。
「ポリボックス?」
「誰だっけこの家」
「同じ警察なんですから、そこに立っている人に聞いてみたら?」
 亜夢は言うが、清川は近寄ろうとしない。
「なんか嫌な思い出があるんだよね」
 清川は踵を返す。
「えっ、どうするんですか? せっかくここまで来て」
「追いかけてる人は見失っちゃったんだし、事件と関係ないことを思い出しても無駄だしさ。加山さんのところに戻ろう」
 亜夢は屋敷の方向を見て、スマフォの地図を確認した。
「……」
「ほら、戻ろう」
 二人は防犯カメラのあったビルに戻り、四人で粗男子ながら、結局、そのビルの角の二箇所にカメラを仕掛けることにした。
 かんたんな粘着テーブで、いたずらされにくい高さに貼り付ける。
「通常の防犯カメラの死角側を捉えるから、もし一週間以内にまたここを通るようなら映っているだろう」
「一週間というのは?」
「カメラの記録限界さ。一応、通信で送らせることも出来るけど、それやると電源が必要だからね」
 そう言って、中谷は取り付けたカメラが撮影する映像を、タブレットで確認しながら調整している。
「私がここで待っている、というのは?」
「張り込みってヤツだね。映像が犯人だって判ってからならできなくはないけど」
「そうですか……」
 加山は亜夢の様子をじっとみている。
「今日は、これから被害者…… 全員警官だったんだけどね…… の話を聞きに行くって」
「皆さん、回復したんですかね?」
 清川が言った。
「結構、ひどい怪我だったって聞きました」
「命に別状はなかったし、もうだいぶ回復している。現に何度か事件当時のことを聞きに行っている。今日は、乱橋くんが話を聞くことに意味がある。こっちの質問が変われば、連中も別のことを思い出すかもしれない、という訳さ」
「なるほど。亜夢ちゃん、責任重大ね」
 清川が肘で亜夢をつついた。
「……」
「そんなに真面目に反応すると思わなかったわ。軽い冗談よ。亜夢ちゃんの思ったことを聞けばいいわ」
「それでいい」
「行きますか?」
「じゃ、車を回してきます」
「車を止めたのは寺だろう? 全員で歩いてこう」
 警備室を出ると、全員で車を止めているお寺の方へ歩いた。
 歩きながら、亜夢は誰にというわけではなく訊ねた。
「電撃を出した、と思われる、あの映像の中心にいた人物ですが、何か容疑があるんですか?」
「公務執行妨害と、傷害容疑だ」
「それは以前にやったことですか?」
「いや。あの映像でやったことだ」
「けど、周りを警官で囲ったってことはあの映像以前にも何か容疑があったのでは?」
 加山は大きく、ゆっくり息を吐いた。
「いや。この周辺で別件があってな。道路を封鎖してたんだ。そのとき、あの男がいきなり警察官を殴ってきて」
「あの男?」
「乱橋さん、あの人が男じゃない、とか思ってるの?」
「警察署でも誰かが男、って言ってましたけど、すこし疑問です」
「……まあ、それで周囲にいた警官が慌てて追いかけたんだ」
「そうしたらあそこで電撃を?」
「そうみたいだな。封鎖していた方の事件も結局犯人を捕まえられなかった」
「ちょっと待って。清川さん。なんで乱橋くんの腕に掴まってるの?」
 振り返った中谷が、亜夢と清川が腕を組んでいるのに気づいた。
 先頭を歩いていた加山も立ち止まって振り返った。
「え? 変かな?」と清川。加山がたしなめるように言う。
「女の子同士でショッピングをしているんじゃないぞ。今は勤務中だからな」
「はい」
 清川は亜夢の腕を離した。
「その道路を封鎖していた事件というのは?」
「殺人だよ。黒焦げ殺人、つい最近ニュースになったろう? 知らないかい?」
 中谷は亜夢の方を向いて手を広げた。
 亜夢は何か気づいたように中谷の目を見た。

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