その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

2017年03月

 振り上げた腕のうごきが鈍った。
 新庄先生を狙って振り上げた腕が、今度は腕の付け根に刺さっている私に向かってくる。
 叩きつぶそうというのか。
 鳥になっていた足を人間のそれにもどし、E体を蹴って飛び立つ。
 パチン、と自分で自分を叩く。
「大丈夫?」
「大丈夫です」
 高く飛び上がって、E体の攻撃圏内を抜ける。
 E体は靴下を脱ぐように足に絡みついている新庄先生を押し下げる。
 足を離さないよう、新庄先生はより強く締め上げる。
「コアは中心にあるのよ!」
 私は下に向かって羽ばたき、勢いをつけたまま体を回転させ、足先を転送者の中心に向けた。
「貫けぇ!」
 恐怖を抑えるため、声を振り絞る。
 〈転送者〉の頭頂に足がぶつかると、衝撃が全身に走った。
 瞬間の衝撃が去ると、ナイフで果物を割るように〈転送者〉の間を割り入っていく。
 勢いが完全になくなったその時、〈転送者〉の体を抜けた。
 着地し、翼を畳んで振り返ると、Vの字に割れた〈転送者〉が見えた。
 しかし、新庄先生はまだ、片足を締めあげている。
「倒したの?」
 私は確証が持てなかった。
 あまりに簡単に切り裂かれ過ぎだ。
 見るとVの字に割れた体が、まるで逆再生をするかのように接合されていく。
「コアがなかった?」
 そう言えば、私はさっきのことを思い出していた。インパクトの瞬間、赤い目が腕の方へ動いていった……
 赤い目の下に『それぞれ』コアがあるのだとしたら?
 考えている暇はなかった。
 〈転送者〉の打撃を避けるために、再び舞い上がると、赤い目の動きを追った。
 赤い目はこっちを見ている動く。
 が、一つだけで追うときもあるし、両方で追ってくることもある。
「なんだろう……」
 目の動きと、腕の動き?
 目と足の連動?
「わからない! から、もう一度!」
「気を付けて、狙っている!」
 もっとスピードを上げれば!
「貫けぇ!」
 足先を先にする時間をギリギリまで後に持っていければ、スピードは上がる。
 〈転送者〉の両腕が私を挟むように迫ってくる。
 翼を完全にしまって体を回転させる。
「やった」
 腕に挟まれることなく、頭頂へ足を突き立てる。
 激しい衝撃、再び避けていく〈転送者〉の体。
 抜けて振り返るとさっきと同じようにV字に裂けていた。
「ここだ」
 赤い目が避けた体の双方に一つずつ。
 〈転送者〉の赤い目の一つを狙って拳をぶち込む。
 赤い目は、スルリと攻撃をかわして移動していく。
 羽ばたき、腕の攻撃をかわしながら、目を追う。
 接合が遅れている。
 赤い目が止まると、V字に分かれた〈転送者〉の結合が始まる。
 この赤い目を潰せれば……
 必死で、赤い目の動きを追うが、次第に接合は進み、再び〈転送者〉が動き始める。
 振り回す腕の届かない位置まで飛び上がると、また新庄先生への攻撃を始める。
「どうしたら……」
『どうだ?』
『鬼塚刑事!?』
 寮方向に車が見えた、と思うと次の瞬間、〈転送者〉の片足へ突っ込んでいた。
 よけきれない〈転送者〉は、足をすくわれ、ひっくり返ってしまう。
「貫けぇ!」
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「奈々はアキナとキスしたかったの?」
 途中まで横になって聞いていた亜夢は、起き上がってそう言った。
『そこは重要なところじゃないでしょ? 小林が襲ってきたのよ』
「確かに小林が留置所にいるんじゃなくて、学校に来た、ってのはびっくりしたよ。それと、アキナが宙を飛んでその小林を蹴り飛ばしたのもすごかったけれどね。だけど、最後の最後、キスの話がもってっちゃったよ」
『私がアキナとキスしたら嫌だった?』
 亜夢のこめかみがぴくっと動いた。
「う〜〜ん。嫌、嫌だった、嫌だったような気がする」
『嫉妬? それって嫉妬?』
「えっ…… なんか不潔っていうか」
『なにそれぇ。不潔じゃないでしょ?』
「嫉妬でもないような気がするよ。だって……」
『えっ? だってってどういうこと?』
 亜夢は指をおでこにあてて、何か思い出そうとしていた。
「うん、いや、違う。奈々のことは好きだよ。好きだけど…… 好きよ。嫉妬…… やっぱり嫉妬なのかなぁ?」
 亜夢は首をかしげていた。
『嫉妬なのね。よかった。亜夢の為にファーストキスは残しておくね』
「えっ…… あ、うん。ありがと」
 亜夢はさらに困惑したような表情になった。
「じゃ、じゃあね。明日、捜査協力で早いから、寝るね」
『うん。また明日も電話してね』
「あ、うん。じゃあね、奈々」
『おやすみなさい、亜夢』
 亜夢は電話を切ると、スマフォの電話帳から今度はアキナを呼び出した。
「もしもし、アキナ?」
 相手が出ると同時に、亜夢はベッドに仰向けになる。
『亜夢、今日、ちょっとびっくりすることが』
「奈々とキスしたこと?」
『えっ……』
 しばらくの沈黙。
『あの、さ……』
「だから…… 奈々と…… キスした?」
『してないよ。触れそうになっただけ。絶対キスなんかしてないから』
 アキナの慌てた声。
 亜夢はさらに追及する。
「けど抱きしめた」
『うん』
「どうして抱きしめたの?」
『だって…… あの場にいれば抱きしめたよ。だって奈々泣き出しちゃったんだもん。友達としてだよ』
「キスしようとしたのに?」
 亜夢の口元はいたずらな笑みがみえる。
『あ、あのさ。正直いうとさ。私、初めてさ。女の子を…… というか女の子で、というか……』
「えっ?」
『感じたっていうか。あのさ、奈々ってなんかそういう|超能力(ちから)あんじゃない? だから測定できないんだよ。きっとそう』
「……それ、マジ?」
『いや、わからないけどさ、そんな|百合力(ちから)があるなんてさ』
「いや、そうじゃなくて、アキナは感じちゃったの?」
 再びの沈黙。
 さっきより少し長い。
『……そうだよ。感じたよ。感じた。濡れた』
「マジ?」
『いやいや、うそうそ。洒落だよ、冗談。こんなのマジなわけないじゃん。信じないでよ……』
 慌てぶりが尋常ではない、と亜夢は思った。
「なるほどね。わかったわ」
『それよりさ、そこにいるとちっともテレパシー届かないね』
「いや、たまに聞こえるような気がするんだけどね。とにかく変なのが多くてさ」
 亜夢は耳の後ろにずらしているキャンセラーを指で弾いた。
「へんなのを消す装置は借りてるんだけど。これやると逆に何も感じれない」

 ガンッ、と音がして、E体は両腕を前についた。
 そのまま蹴って体を持ち上げる。短足なE体が逆立ちをするような恰好になった。
「前に!」
「えっ」
 E体は逆立ちをするのではなく、腕で体を弾くと宙を舞った。
「踏みつぶされる」
 一体、どこが落下地点かわからなかったが、私と新庄先生は全力で前進した。路上の大きな影とスッとすれ違う。
 バチィーン、と大きな音がして、E体が着地する。
 私は走りながら後ろを振り返る。見ると、あの場にとどまっていたら確実につぶされていたことが分かる。
「こっちを追ってくる?」
「!」
 追ってこない、ならE体は学校へ行ってしまう。
 しばらくの沈黙から、ゆっくりとE体が振り返った。
 新庄先生は両手を上げて大きく左右に振り始める。
「あなたもアピールして」
「えっ?」
「こっちを追いかけてもらわないとまずいでしょ!」
「はっ、はい!」
 私は大声を張り上げながら、腕を大きく振った。
 E体の赤く大きな目で、こっちを見ているのかはわからなかった。
「なに、なんなの?」
 新庄先生は、固まったように動かないE体に苛立った。
「ほら、こっちよ。こっちにいるわよ!」
 私も激しく手足を動かす。
「かかってきなさいよ、ぶっ倒してやるんだから」
 E体の赤い目が消えた。
 まるでまぶたをとじたように。
 再び赤い目が現れると、両腕をアスファルトに突きたてながら、ゆっくりと転回した。
「まずい!」
 新庄先生がE体の方向へ走り出した。
「あなたは飛びなさい!」
 言われるまでもなく、私は翼を広げていた。
 少し助走をつけると、飛び上がる。
『どうなっている?』
 鬼塚の声が聞こえる。
『早く来てください。E体が学校を狙っている』
 なぜ、なぜ学校を狙う。
 学校には…… マミがいるのに。
「?」
 私の中に単純な答えが浮かんで、すぐさま否定されて消えた。
 ありえない。
 腕を使って四つ足のように走るE体を追い越すと、急旋回し、腕の付け根を狙って急降下した。
 首なしのE体は、この態勢だと上が死角になるはず。
 腕の付け根に私の蹴りが食い込めば、腕がちぎれないまでも、攻撃力が半減するだろう。
「あぶない!」
 新庄先生が叫んだ。
 私はE体に突っ込むのをやめて、急上昇する。
 E体の背中に、赤い目が移動してきた。
「見えているのよ」
 見えないふりをして、油断させていたというわけか。
 反撃は回避したが、どんどん学校に近づいてしまっている。
 この翼は見せられないし、見せなければならない事態になったとしたら、学校の危機だ。
 新庄先生がE体に追いついた。
 下半身を蛇化し、E体の短い脚に絡みつける。
 一瞬、E体の動きがとまったが、E体が両腕を同時に使うと、新庄先生は足を取ったままの状態で引きずられてしまう。
 新庄先生を引きはがそうと、E体は足で立って腕を振り上げた。
「今だ!」
 私は振り上げた腕の付け根に降下して、足の爪を突き立てた。
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 VRゴーグルを外すと、奈々の頬を涙がすっと流れた。
 研究者達はいら立ったように測定器を何度も操作していた。
『ちきしょう、なんで何も反応がないんだ』
『とんだ誤報だ。最初の期待が大きすぎるんだ』
『どうやって測定器をごまかしたんだ……』
 怖い。奈々はそう思って立ち上がった。
『研究者が失望したのは、君のせいじゃない。君は何も悪くない』
 学園長はそう言って微笑んだ。
 そして立ち上がると、研究者達に向かって言った。
『この子は、うちの学園であずかります』
 
 
 再びアキナの体が屋上めがけて上昇し始めた。
 風、ものすごい上昇気流、いや、空間のゆがみなのか……
 まるで、地面に落ちるかのように空へ加速しながら上昇していく。
『すごい!』
 アキナは、屋上にいる二人の上空へ達した。
 奈々は、太陽の方に影が見えた。
 影は両手を真横に開き、足をそろえて伸ばしている。
 体がひねられると、回転のスピードが上がっていく。
 奈々はその軌跡が描く先に気付いた。
「!」
 奈々の予想通り、小林の頭の上にアキナのかかとが振り下ろされた。
 落下してくるスピードに、スピンの力が加わっている。
 瞬間、小林の動きが止まった。
「えっ?」
 奈々が驚いた声を出すと、小林がすがるように倒れてきた。
 それをかわすと、小林はどうすることも出来ず、そのまま床に倒れてしまう。
 奈々はアキナにたずねる。
「なんで? どうやってあんなに飛んだの?」
 アキナは首を振る。
 倒れた小林の背中にのしかかり、アキナはその両腕を引っ張って縛り上げた。
「分からない。自分でもびっくりした」
 小林は何が起こったのかわからないようで、足をバタバタしているだけだった。
「足も縛るから手伝って」
 男の足の力は奈々とアキナには少々厳しかったが、全身を使って抑え込むと、何とか縛り終えた。
「こら、ほどけ、お前らも同罪だぞ」
 アキナは小林に言った。
「勝手に騒いでろ」
 アキナが奈々の後ろに回り肩を叩く。
「奈々、大丈夫だった? 大変だったね」
 奈々がアキナの方を振り向く。
「……」
 目に涙がたまっているのが分かる。
「う…… うぇっ…… ふぇっ……」
 目を閉じた奈々がアキナに抱きつく。
 唇が触れ合うか、と思うところを、ギリギリかわしていく。
「えっ……」
 アキナは奈々が抱きついてきた意味が分からなかった。
 今まで奈々に対して抱いたことのない感情が湧き上がってきていた。
 そのせいで、奈々の体に触れることができない。
「ど、どうしたの、奈々」
「怖かったよぉ……」
「あっ。うん。そうだね、怖かったね」
 アキナはようやく奈々の体に手を回し、抱きしめた。
 抱きしめているうち、アキナの頭は混乱していた。
「奈々…… ほら、泣かないで」
 アキナは奈々の頬に触れ、そっと指で涙をぬぐった。
「奈々」
 アキナはそのまままぶたを閉じて、唇を寄せていく。
 奈々も待っていたかのように、目を閉じてそれを受け入れる。
「何やってやがんだ、女同士で!」
 唇が触れたか触れていないか、というところで、小林が騒いだ。
 アキナはまるで今気づいたかのように、奈々の顔をみてびっくりする。
「な、なに?」
 アキナがしばらく奈々の顔を見ていると、再び目を閉じて唇を寄せていく。
「ふざけんなよ!」
 小林が騒ぐと、アキナは目を開け、今気づいたかのように驚く。
「な、なんで、また?」
 奈々は小林の声など全く聞こえないかように、ひたすら口づけを待っている。
 すると、サイレンの音がした。
 アキナは奈々の体を引きはがすようにして離れ、屋上の端に向かった。
「奈々、警察が来た」
 奈々もようやく閉じていた目を開け言った。
「よかった」 

「ありがと」
 完全にバスが停車すると、下からガキャガキャと騒がしい機械音がして、バスはバックし始めた。
「誰か後ろに何かないかみてくれ!」
 成田さんが叫ぶ。
「何が起こったんですか?」
「後ろは大丈夫か?」
「大丈夫です」
 バスの勢いが弱まると、床下からガキャガキャという音がする。
「〈転送者〉が出た」
 ものすごいエンジン音以外、何も聞こえない。
 成田さんがちらっと車内を振り返り、怒鳴った。
「これから、横をすり抜ける。掴まってろ!」
 ガンッ、と床下から聞こえてくると、バスは今まで出したこともない加速を始めた。
「うわっ!」
 確かにE体 がいた。今まで出会ったことのない大きさの……
 バスと同じぐらいの背丈、片側の車線をはみ出すほどの幅。
 これの横をすり抜ける?
 成田さんが言ったこととは違い、バスはE体 の真正面に向かって進んでいる。
「当たる!」
 私は座席の背もたれをぎゅっとつかんだ。
 E体は大きく腕を上げてバスに振り下ろしてくる。
 ガッ、と再び床したから音がすると、成田さんは振り上げた腕の逆方向へ体を傾けた。
 バスは激しくロールしながら、曲がり始めると成田さんはすぐに逆にハンドルを切った。
 横の窓を巨大なE体の影が通りすぎる。
 睨むように赤い目が獲物を見るようにこっちを追っているのが分かる。
 私は座席にしがみつきながら、後ろを確認する。
 〈転送者〉が追ってこないか、更に増えていないか。
 E体は大きな腕を前足のように使い、四ツ足のケモノのように追いかけてくる。
「こんな大きなものが転送されてくるなんて……」
「今のスピードじゃ振り切れないよ」
 マミが心配そうに言う。
 新庄先生も、後ろの〈転送者〉をしばらく見てから、すっと立ち上がった。
「学校が危ない」
 そのまま、バスの通路を前に進み、成田さんに何か話しかける。
 そして、車内に向き直ると大声を張り上げた。
「全員前の椅子に頭をつけて! 衝撃に備えて!」
 皆が伏せるように頭を前の椅子に付けた。
 瞬間、タイヤがキィーと音を立ててブレーキがかかった。止まりかける一瞬前に、床下から、エンジン音と、続けてガッと歯車がかみ合う音がした。
 私は後ろの〈転送者〉が気になり、体を起こして後ろを見る。
 バスはバックし始め、〈転送者〉との距離が急速に近づく。
「ぶつかる!」
 成田さんが「くそったれ!」と叫ぶのが聞こえる。
「間に合わない!」
 バンッ、と大きな衝撃音がして、バスは停止した。いや、それどころか反動で少し前進した。
 後ろのガラスは細かくヒビが入って白く濁ったようになった。
 〈転送者〉の黒い影とバスの距離は離れた。〈転送者〉をふっ飛ばしたのだ。
『白井!』
 新庄先生の内なる声が聞こえた。
『二人でやるしかない』
 クラスメイトが伏せて泣き叫んでいる横を、皆に気が付かれないよう静かに走り抜け、新庄先生とともにバスを降りる。
 成田さんは見て見ぬふりをしてバスを前進、加速させる。
 バスが小さなカーブを曲がり、見えなくなる。
 正面で、倒れていたE体がゆっくりと立ち上がる。
「こんな大きさの〈転送者〉を|殺(や)れるのかしら」
「選択肢はないのよ」
 私はうなずいた。
「鬼塚はさっき呼んだわ。それまでは少なくとも学校に入らないように抑えることが重要よ」
 学校に入られたら、チアキ、ミハル、そして何よりマミが危ない。
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「しばらくの間だけよ。その代わり給料が良いって言うから」
 成田さんがバスを寮の玄関に回して、止めた。
 相変わらずの大きな音。
 クラスの連中が順に乗っていく。新庄先生は私達の後ろに並んだ。
「あれ? このバスに乗るんですか?」
 またその笛のようなものを加えていた。
 答えるために、また手を口にもっていって、その笛を指で挟んではずす。
「学校までの道に〈転送者〉が出るって話で、歩くの禁止なんでしょ?」
 口に咥えると、その笛のようなものを『すーはー』とした。
「さっきからやってるそれなんですか? 火はついてないから、タバコじゃないですよね?」
「ん? あっ、これ? ミント系のパイプだよ」
 新庄先生は、はぁー、っと私に息をかけてきた。
「あっ、確かにミント系の匂い……」
 先生はにっこりと笑った。
 バスに乗り込むと、私達はいつもの後ろの席に進んだが、新庄先生もそのままついてきた。
 新庄先生の顔をみてか、バスの中がざわついていた。
 新庄先生もパイプを咥えているせいか、何も話さない。
 後ろの座席の、私と佐津間の間に、新庄先生はドカッと座って腕を組んだ。
 これは何も説明する気がないな…… 私は決意した。
「あ、ちょっと静かに」
 しかたがない。私が説明するしかない、そう思った。
「あの、女子寮の寮監なんですけど、急病で入院していまして…… 急きょ寮監代行を新庄先生が担当されることになった、ということです」
「先生、男子寮の寮監に来てくださいよ」
「一緒のバスに乗れるなんて光栄です」
「ちょっと男子何言ってんの?」
 余計に騒がしくなった。
「コラッ! 静かにしろ! 出発できん」
 バスの車内をの方を向いて、成田さんが怒った。
 普段のおとなしい成田さんを知っているだけに、握った拳、その立ち姿に驚きがある。 
 車内が急に静かになる。
 運転席に戻って、いつもの冷静な声で言った。
「出発する」
 ガラガラといつものエンジン音が響く。
 騒いでいても変わらないじゃないか、と私は思う。
 いつものように音に見合わないスピードで道を進んでいく。
 エンジン音に交じって、ゴウゴウといびきが聞こえる。
「あれ?」
 マミがこっちをみる。
「?」
 マミが指をさす。
 ようやく新庄先生が大きないびきをして寝ていることに気付く。
 新庄先生の反対側に座っている佐津間が呆れたような顔で見ている。
 木場田と鶴田は新庄先生の体の方をじろじろ見ている。
「何よ」
 佐津間が言い返してきた。
「なんだよ」
 佐津間が背もたれから体を起こした。
 木場田と鶴田は急に窓の外を見始めた。
「新庄先生、突然寮監代行になったから、疲れているのよ」
「別にうるさいとも何とも言ってないだろ」
「顔が言ってるのよ」
「顔はしかたないだろ?」
「木場田と鶴田みたいに、あっち見てればいいじゃない」
「うるさいなぁ……」
 新庄先生が片目を開けた。
「!」
 シャトルバスが急ブレーキをかけた。
 ミハル、チアキ、マミは前の椅子の背もたれで腕を突っ張る。
 新庄先生は通路に飛び出しそうになり、私は慌てて服を掴んだ。
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 奈々が小声で言った。
 小林は慌てたように用具入れの扉を開けた。
「いない!」
「だからいないの。亜夢は今日は学園にいないの」
「うるさい! こっちにこい」
 小林は奈々の後ろで縛った手を強引に引っ張って、教室の外へ向かった。
 奈々は引っ張られ、後ろ向きに歩きながら、よろよろとついていった。
 残された生徒は、呆然とそれを見ているだけだった。
 声には出さず、テレパシーの交換が始まる。
『どうしよう!』
『誰か、小林の居場所わかる?』
『私は小林の視覚を感じれるわ。屋上。あいつと奈々は屋上にいる』
 テレパシーで複数の女生徒と交信しながら、アキナは助ける方法を考えた。
「警察は……」
 学校の外をみても、パトカーの姿はない。
『じゃ、あのサイレンは何だったの?』
『下のクラスの子がスマフォで鳴らしたみたい』
『あいつは、屋上は安全だと思っている』
『作戦がある』
 いくつものテレパシーが交わされるなか、その作戦が具体的に決定した。
 アキナが実行役になり、他のみんなはサポートに回ることになった。
 アキナは胸のあたりまである髪を後ろでまとめ、外側の窓に足をかけた。
「みんな、お願いね」
 そのままアキナは立ち上がり、窓の上の枠を掴んだ。
「アキナさん、危ない、いったい何を……」
 近くの生徒が、叫ぶ先生の口を慌てて抑えた。
 アキナはうなずき、足を曲げ伸ばしした。
 これからスカイダイビングでもするかのようだ。
 フロアは三階で、下はアスファルトの通路。飛び降りたらただでは済みそうにない。
「いくよ」
 小さい声でつぶやくと、アキナは勢いよく飛び出した。
 外、というより、上へ。
『お願い!』
『風! 風吹いて』
 アキナの足の力で飛び出した勢いが止まり、上昇も止まった時。
『お願い!』
 アキナは背中の方向へ空気を呼び寄せるように、強くイメージした。
 
「おい」
 手を縛られた奈々は振り返った。
「お前はどんな超能力が使えるんだ? 亜夢とかいう女なら、とっくにロープをほどいているはずだ」
 奈々は小林の目をみた。
「知らない」
「ふざけてんのか? この学校は超能力がある奴が入れられてんだぜ。何もないやつがいるわけねぇ」
「だから、知らないんだって」
「馬鹿にするなよ。ここは超能力者のみの学校だってのは知ってんだ」
 小林は奈々の襟を持って、首を絞めた。
「乱橋がいないってのもの嘘だろ。わかった。そういう嘘をつく超能力かなにかか。役に立たない奴だ」
「……」
 奈々は小林をにらんだ。
「くやしいなら、能力を言ってみろ」
「知らない」
 奈々は思い出していた。
 VRゴーグルを取ると、そこは何かの実験室のようだった。
 白衣を着た研究者風の男数名と、不眠の相談に通っていたお医者さん、そして、ここの学園長が座っていた。
『八重洲奈々くん、だね?』
 生年月日を問われ、答えると、白衣の男の人が銃のような器具をこちらに向けた。
『何をするんです!』
『怖がらなくていい。君の超能力を測定する装置だ』
 パソコンと接続すると、白衣の男が画面に顔を寄せ、声を上げた。
『おお…… まさか』
 研究者の一人が笑顔で近づいてくる。
『すごいね。君。私も何人も見ているけど、君みたいの初めてだ。次のテストをするよ。さっきはずしたばっかりだけど、もう一度VRゴーグルをつけてもらうよ』
 
「おい!」
 小林はいら立っていた。
「さっきパトカーの音がしたはずだよな?」
 確かにした。奈々もうなずいた。
 小林は屋上から門の方をみるが、パトカーが止まっている様子はない。
「どこに行った? 本当に警察くるのか?」
 小林は奈々の胸倉をつかんで大声で言った。
「だましたのか?」
 奈々は、強い衝動を感じた。

「……」
 まさかキミコと呼んでくると思わなかったので、一瞬言葉に詰まってしまった。
「新庄先生がいらしてまして、代わります」
「えっ……」
 市川先輩の反応は少し変だったが、私はすぐに受話器を新庄先生に差し出した。
「そう…… わかった…… 食堂でね…… あ、場所はこの|娘(こ)達にきくわ…… うん。それじゃ」
 受話器を渡されると、私は電話器に戻した。
「食堂ってのが、すぐ近くにあるって。案内して」
 マミが手を伸ばして、『食堂』と書いてあるプレートを示した。
「あ、ここ?」
 私は、市川先輩がくる前にここを立ち去りたかった。
「じゃ、私たちはここで」
「キミコ、一緒に話聞かなくていいの?」
「ん、なに、白井さんも生徒会なの?」
「いや、違います」
「さっき市川副会長の秘書って……」
「マミ……」
 私は先生に見えないようにマミに向かって、口の前に指を立てた。
 それを言わないで……
「えっ…… ごめん」
「?」
「あっ、なんでもないです。とにかく私達は宿題とかあるんで部屋戻りますね。これからよろしくお願いします」
 新庄先生は会釈をしてから、軽く手を振った。
「よろしく」
 市川先輩とすれ違わないように、一階の通路を奥まで入って、そこから階段を上った。
 これで真下に降りてくるであろう先輩とは使う階段が違うはずだ。
「なんでこっち回るの?」
「市川先輩に会いたくないんだよ」
 マミと一緒にいる時には特に。
「ふーん」
 マミはそれ以上きいてこなかった。
 市川先輩の話に興味がないか、私の気持ちを察してくれたのか、それはわからない。
 どっちの理由にせよ、この話題が終わったので救われた。
 私とマミは部屋に戻り、チアキたちに寮監代行が新庄先生であることを話した。
 消灯時間を過ぎ、部屋の皆がベッドについたころ、寮生全員のタブレットへ通知が来て、寮監代行が新庄先生になったこと、寮監はしばらく入院して様子をみなければならなくなったことが伝えられた。
 寮監が知らない救急車に運ばれ、連れ去られたのではないと分かっただけで、私は安心していた。
 通知にはさっき食堂で話したような寮生による作業の分担はいったんなくなった、とも書かれていた。
 私は思わずタブレットに向かって声を出した。
「新庄先生に寮監業務が出来るのかしら?」
 上のベッドでマミが答えた。
「いやぁ…… 不安だよ……」
「そうだね…… おやすみ」
 
 
 
 翌朝、私たちは寮監の業務をてきぱきとこなす新庄先生に少しびっくりしていた。
 朝食の準備はしていたようだし、テキパキと配膳するし、入れた傍から食器を洗っているようだった。
 食事をしていると、マミが言った。
「すごい。まるで寮監やってた人みたい」
「聞いてみようよ」
「寮監代行して、学校の保健室はどうするのかしら」
「えっ…… そっちは別の人がやるんじゃない?」
 私達が食器を片付けると、忙しそうに動いているので挨拶だけして部屋に戻った。
 クラスがバスに乗る時間が来て、寮の前に出ると、後ろから新庄先生が出てきた。
「新庄先生」
「ん……」
 新庄先生は何かを咥えているようで、そう言うと玄関を締めて、鍵をかける。
「えっ? 出かけるんですか?」
 先生は細くて短い笛のようなものを咥えていたが、それを手に取った。
「保健室だよ」
「寮監代行だけじゃないんですか?」
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「奈々!」
 奈々が扉に立っている。
「……先生、開けます」
「や、やめなさい」
 鈴木先生の制止を振り切って、奈々は扉の鍵を回した。
「よお。覚えてるぜ」
 人質に取っていたヨウコを放し、いきなり奈々の襟元を掴んで引き寄せた。
「お前の方がいい。あの亜夢とかいう女も出てきやすいってもんだ」
 ヨウコは突き飛ばされると、そのまま振り返らずに走って逃げた。
「……亜夢はいないわ」
「嘘つけ、お前と同じ学校だろうが。ここにいるんだろ?」
「昨日、今日は、亜夢、学校にきてない」
「昨日は学校に行ったろうが、俺の記憶力なめてんのか?」
 奈々ののど元にナイフを突き立て、教室へ押し込んだ。
 教室に入ると、小林は後ろ手に扉を閉める。
「こら、席につけ」
「やめなさい。罪が重くなるわよ」
「お前は先公だな? 先公は、この奈々とかいうやつの席につけ」
「いずれ警察がきて、あなたは捕まるのよ。逃げ切ることは出来ないわ。今その子を離せば罪は軽く……」
「いいから席につけ! 血を見たいのか?」
 奈々の肌に触れるか触れないか、というところにナイフを持っていく。
 小林は奈々の手をもって背後に回り、手首を後ろで縛った。
「最後に警察につかまるとか、そんなことはどうでもいい。亜夢ってやつに復讐しにきたんだからな。それさえすればさっさと出てってやるよ。ほら、亜夢ってやつを匿ってないで、早く教えろ」
 教室は静まり返った。
「ほら、あの席が空いているでしょう? 亜夢は今日いないのよ」
「ふん。どうせ、どっかに身を潜めてるんだろう? そこの掃除用具入れとか。そこのテーブルのしたとか」
 奈々を突き飛ばして、テーブルにぶつけた。
 テーブルは教壇と同じように、三面に目隠し用の板がついていた。
 手が動かない奈々はぶつけられると、そのまま折れ曲がるようにテーブルの上に上体をぶつけた。
 小林がやってきて、ガン、と大きな音が出るほど強く、テーブルの目隠し板を蹴った。
「だから、居ないって」
「うるせぇ!」
 奈々の短い髪を引っ張り、立ち上がらせると、膝で腹を蹴った。
 はねるように体をくの字に曲げ、そして床に倒れた。
「何するの!」
 鈴木先生が立ち上がる。
「知ってるぞ。お前ら超能力者だからな。どんだけやったって堪えやしないんだろう?」
「奈々は……」
 言いかけて、アキナは真実を言うべきか悩んだ。
 ほとんど能力がない、ことがばれたら余計酷いことをされるだろうか?
 それとも能力がある、と思われている方が、今みたいに乱暴されてしまうのだろうか。
「ほらぁ、立てよ」
 奈々は髪の毛を引っ張られ、また、無理やり立たされた。
「こんどはあっち」
 小林は用具入れを指さした。
 背中を蹴られながら、奈々は教室の後ろに進んでいく。
 アキナは頭の中で、男の蹴りと奈々の背中の間にものを挟むように力を働かせた。
「ほら、そこだろ?」
 アキナはもう一度強く働きかけた。
 しかし、奈々は強く蹴飛ばされ、勢いよく用具入れにぶつかった。
 ぶつかって跳ね返るように、奈々は床に倒れた。
「んっ……」
「ほら、わかったか? そこから出てこい。そうしたらこの女はここまでにしといてやる」
「だ、だから、亜夢はいないわ……」
 奈々は床に転がりならが、そう言った。
「奈々……」
 アキナは奈々を助けようと席を立ちかけた。
「ほら、席を立つな。座ってろよ? こいつがどうなってもいいのか?」
『アキナ、座って』
『けど、助けたい!』
『亜夢ぐらい力があれば、これくらい距離があっても出来るかもしれないけど、私たちには無理だよ』
『みんなの助けがあれば』
『失敗したら、奈々はナイフで傷つくのよ』
『……』
 また、奈々は髪を強く引っ張られ、立たされ、ナイフを突きつけられた。
「座れって言ってんだろうが!」
 大きな声に屈するように、アキナはゆっくりと席に座った。
 その時、校舎の外からパトカーのサイレンが聞こえてきた。
「警察」

「蛇の道はへびというやつね」
「?」
「教えるつもりはないわ、あたりまえでしょ」
「最後にひとつだけ…… なぜいま胸があるんですか?」
 市川副会長は急に大声を出して笑った。
「……話してあげる」
 
 
 
 
 私は部屋に戻ると、チアキに声をかけられた。
「なんだったの?」
「……よくわかんない。ただ傍にいただけよ」
「学校から電話でもかかってきたんじゃないかって」
「かかってきたわね。なんでも、寮監代行がくるんだそうよ。さっきのシフト表みたいのも作り直しだとか言ってた」
 上のベッドからマミが顔を出した。
「寮監代行? こんな急に決まるの?」
「確かにね。一日二日、なんなら一週間ぐらいいなくても困らないのにね」
 マミはベッドの階段を降りながら言った。
「もしかして、病気悪いのかしら」
「そっちの情報は聞かなかったんだよね」
 チアキが立ち上がって言った。
「で、代行ってだれ? まさかオレーシャとか?」
「えっ? 学校の先生がやるの?」
 マミは椅子の背もたれに胸を付けるようにして座った。
「可能性はあるんじゃない? オレーシャに寮監ができるかは別として」
「そ、そうなのかな」
「うちの学校人使い荒いから」
「今の寮監はどうなってるんだろう。ちゃんと病院についたのかな?」
「そっちが重要な気がするよね」
 外から大きなエンジン音がした。
 特徴的なリズムの爆音。
「……また成田さん?」
「あっ、この音のこと? 確かにあの赤いスポーツカーの音みたい」
 マミが窓に向かう。
 私も追って寄り添うように窓の外を見る。
「止まった」
「あれ、成田さんが助手席に向かった」
「誰か降りてくるね…… あれ?」
「新庄、先生」
 私とマミは顔を見合わせた。
『新しい寮監って新庄先生?』
 声がそろってしまった。
 長い髪と露出度の高い服。間違いない。
 私とマミは慌てて部屋を出て、玄関に向かった。
 爆音が再び響いて、成田さんの赤いスポーツカーは走り去っていった。
 私とマミだけが玄関に立ち、暗い外からやってくる新庄先生を迎えた。
 近づいてくると、こちらに気付いたようで、小さく手を振った。
「寮監が倒れたんだって?」
「新庄先生は何で寮に来られたんですか?」
 口元がにやりとした後、
「……なんだと思う?」
 と言った。
「もしかして寮監の代わり、ですか?」
「ふっ…… あたり。つーかそれしかないでしょ?」
 靴を脱いでからそろえると、新庄先生はスマフォを取り出した。
「ついたら電話しろって言われてたんだ」
 どうやら学校に連絡しているようだった。
 なんか色々と話した後に、電話を切った。
「二人にきくけど、市川さん知ってるかな、市川さんと一緒に寮の運営決めてくれって」
「知ってますよ」
 私は玄関にある内線電話を操作して市川さんの部屋にかけた。
「はい? あら、どうしたのキミコ」
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 耳元に吐息をかけるように、顔を寄せてくる。
 熱っぽい体といい、別の意味で様子が変だ。
「市川先輩、あの…… 私、なんで抱きしめられているんですか?」
「えっと…… 私…… あ、先輩はやめて。はるこ、って呼んで」
「え? いや、そんな……」
「私仲良くしたいの。あなたと仲良くしたい」
 急に正面で向き合って、唇を近づけてくる。
「私のこと、嫌い?」
 そんな馬鹿な。
 この流れで、嫌い、というわけにはいかない。
 そんなことを言えば、またさっきみたいに泣き出してしまうだろう。
 それに、どうでもいい、と思っているひとを、嫌い、というのも何か悪い気がする。
「そんなことないです」
「ありがとう」
「!」
 抱きついたまま、市川先輩は体をひねった。
 私は振り飛ばされるように、先輩のベッドに倒れ込んだ。
 そして、そのまま市川先輩は私の上にのしかかった。
「すこし付き合ってくれるわね」
「あっ、あのっ……」
 先輩が馬乗りになったかと思ったら、そのまま唇を重ねてきた。
 どうしよう、抵抗しないと。
「!」
 先輩は私の表情から何かを感じたようだった。
「あなた、女の子が好きだって聞いてるわ。きっと、マミって子ね」
 なんで誰にも言っていないことが、いままでろくに話したこともない市川副会長の耳にはいっているのだ。
「あなたがいまここから抜け出せば、寮の放送で木更津さんを呼び出して、あなたが好きなことを言うわ。それも、ただ友達としての『好き』じゃなくて、性的な意味でも、ということをね。いきなりそれを聞かされた木更津さんはどう思うかしら?」
「なっ……」
 市川先輩は、叫ぶ直前に私の口を手で押さえてきた。
「言われたくなければ……」
「……」
 私は抵抗をやめるしかなかった。
「素直ね」
 馬乗りになった市川先輩をみて驚いた。
 どう考えてもあの硬い感触とは違う、ふっくらした乳房があるのだ。
「あ、あの、む、胸が……」
「?」
 市川先輩のスマフォが振動していた。
 先輩は唇に人差し指をあて、静かにスマフォを手にとった。
 画面を確認すると、すぐに着信した。
「はい、市川です」
 高い声、かしこまった口調。
「はい」
 机においてあったメモに書きとっている。
 私は上体をおこし、乱れた服をなおした。
「はい」
 私が部屋を出ようと立ち上がると、先輩は懸命に座れ、とゼスチャーする。
 そして、次には、口から何か出すように手を動かす。
 マミに言うぞ、という意味だろう。
「はい。確かにそうですが、こちらで分担を決めて……」
 先輩が、もの凄い形相なので、私は諦めて椅子に座った。
「はい。わかりました。到着と指示を待ちます」
 スマフォを切ると、市川先輩はため息をついた。
「この続きは今度。緊急で仕事が入ったわ。白井さん、部屋に帰っていいけど、私のことを誰かにバラしても、私は同じことをするわよ」
「それはマミに言う、ってことですか」
 先輩はうなずく。
「なんでそのことを知っているんですか?」
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「え? もう刑務所出てきたの?」
「そんなに早く刑務所行きになるわけないじゃん。留置所から一旦出されたんじゃない? そんで昨日の仕返しに来たんだよ」
「軽トラで正門壊してまで? 今度こそ刑務所行きね」
「そんなことより、ここに亜夢がいないことが分かったら、あのコ危ないかも。奈々、なんとかして」
 奈々は外を指さした。
「けど、人質がいたら……」
 アキナには別の生徒からのテレパシーが入る。
「ほら、今、警察呼んだって。絶対やばいから、見てるしかないって」
「……」
「昨日の痴漢だったら、奈々も関係者でしょ。隠れてないと危ないよ。亜夢の代わりに奈々が仕返しされちゃう」
 奈々はまた窓際に行った。
 ボールが転がっているだけで、人質になった生徒も、刃物男であり、昨日の痴漢男の小林の姿もない。
「あれ、どこ行っちゃったの?」
「校舎へどんどん進んできてたまでみた」
『やばい、亜夢のクラスに向かってる』
『捕まってるコが、教室を教えてる』
「先生、どうしたらいいんですか?」
「先生」
 教師は携帯電話で他の教員と連絡をとっている。
「とにかく、待機だ。教室の扉の鍵をかけて」
 そう言って、また携帯電話を耳にあて、続きの指示を待った。
 生徒は慌てて扉に鍵をかける。
「警察はまだなの?」
「わかんない、どうしたらいいの? 逃げたら危ないの? じっとしてても危ないんじゃない? 亜夢を探してる訳でしょ?」
「先生は不審者がこの教室に向かっていること知らないんだよ。先生に言おう」
 アキナと奈々は慌てて教師のところに行くが、扉が叩かれた。
「開けろ! ここに乱橋亜夢とかいう女がいるだろう」
 教室は一気に静まり返った。
 テレパシーで激しく情報がやり取りされる。
『この男、思考がおかしい』
『ちょっとでも動けば刃物が喉に』
『そこ開けないと、まずいよ』
『けど、開けたら全員が人質になっちゃうよ』
 教師が扉の近くに近づいていく。
「鈴木先生、開けないで」
「ヨウコの喉に刃物つきつけられているんだよ、先生、警察がくるまでは犯人の言う通りにして。刺激しないで」
 鈴木先生は携帯電話をしまった。
「切れた……」
「先生、携帯電話で指示を仰いでいる場合じゃないです。言うとおりにしないと、ヨウコが」
「こらっ! 乱橋という女を出すか、扉を開けろ」
 鈴木先生は更に扉の方へ進む。
「いません」
「いないだと? じゃあ、この生徒がどうなってもいいのか、扉を開けろ」
 教室の横から扉の外にいる男を見た生徒が言う。
「先生、本当に喉元に刃物を突きつけています」
「扉を開ければ、亜夢がいないことがわかります。開けないと、あの子が危ないです」
「先生!」
「先生、開けて」
「開けて」
「先生、先生!」
 クラスの生徒が騒ぎ立てる。
「聞こえねぇのか!」
「た、助けてぇ」
 か細い声が、扉の外から聞こえてくる。
 途端にクラスが静かになる。
 アキナが気付く。

 何故敬語? この|女性(ひと)同級生じゃないのか?
「わかりました。あなたは下がっていいわ」
「はい。失礼します」
 私は扉の前に取りのこされた。
 どのタイミングで扉を開けていいのかわからない。
 待っていると、小さい音がして扉が少し開いた。
「白井さん、どうしたの? 入ってらっしゃい」
 白くて、細い指が手招きした。
 私は恐る恐る扉を開けて、中に踏み込んだ。
 部屋は私が今まで嗅いだことのない香りに包まれていた。
 バラか何かなのだろうか。
 照明も直接床を照らしているのではなく、壁や天井を照らす間接照明になっている。
 同じ寮部屋とは思えなかった。
 市川副会長はピンクの部屋着の上に、薄いガウンのようなものを羽織っていた。
「学校側から連絡が来たと……」
「ええ。そうなんですが……」
「何て言ってたんですか」
「ええ。そのことなんですけど……」
 何か様子がおかしい。
 私は周りを見回した。
 〈転送者〉か、もしくは〈扉〉の支配者、あるいはその手先……
「どうしたんですか?」
「それは私のセリフです。市川副会長、何か隠してませんか?」
「……」
 口をつぐんで視線を落とす。
 何か隠している。
「副会長」
「待って」
 市川副会長は、下を向いたままベッドに座った。
 何と声をかけていいのかわからなかった。
「あの……」
 だめだ、このままここにいても何も変わらない。
「帰ります」
 私をここに引き留めることが〈扉〉の支配者の狙いかもしれない、と思った。
 すぐに部屋に戻らないと、もしかしてマミがまた……
「待って!」
 後ろから抱きとめられた。
 ただならぬ雰囲気を感じ、それを振り払わなかった。
「……だから、何があったんですか?」
「ごめんなさい」
 市川副会長は私の耳元でささやくように言った。
「私、嘘をついた」
「えっ、もしかして」
 私はすぐにマミのことを心配した。
「電話があったわけじゃないの。あなたに部屋にいてほしかったの」
「えっ…… それはどういう……」
 後ろから、ぎゅっと抱きしめられる。
 急に副会長の体を意識する。
 さっきの硬い感じがない。やわらかい胸。
「あっ、あの……」
「私、本当は辛かったの。生徒会副会長なんてできない。ガラじゃないの。だって、さっきみたいな時に決断できない」
 私が振り返ると、市川副会長は涙を流していた。
「さっきは強く言いすぎました。ごめんなさい」
 すっと顔を寄せてきて、一瞬、キスをされるのかと思ってしまった。
 そのまままた抱きしめられた。
「ちがうの。あなたは強いわ。強くて素敵」
「えっ?」
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 亜夢は中谷から借りていた干渉波キャンセラーを頭につけた。
 そうしてスマフォを耳に持っていくと、ヘッドフォン型のキャンセラーにぶつかってしまうことに気づく。
「えっ? 何これ使えない」
 キャンセラーの片耳をずらしてみる。
 効果は十分ではないが、しないよりずっと快適だった。
「中谷さんに改善してもらおう」
 亜夢はスマフォから『奈々』を探し出し、電話をかけた。
「もしもし」
『あ…… あっ、亜夢っ!』
 亜夢は奈々が急に大声を出した瞬間、少しスマフォを耳から離した。
『どう、帰れそう?』
「すぐには帰れそうにはない。捜査内容はとかは言えないから、あれなんだけどさ」
『こっちは大変だったの』
「えっ、何があったの?」
『実はね……』
 奈々が学園であった話を始めた。



 話はその日の午前中までさかのぼる。
 非科学的潜在力女子学園から、亜夢が警察の捜査協力のためヘリで去った翌日の二時限目が始まった。
 奈々はぼんやりと学校の外、正門の方をぼんやりみていた。
『奈々! 奈々! あれ? そうか、奈々はテレパシーを感じないんだっけ』
 アキナはウエーブのかかった髪を後ろに流し、奈々に顔を寄せ、先程とは違い、小さく声に出した。 
「(奈々、奈々っ)」
 奈々は外をみている。
「(奈々! あんた、あてられてるよ)」
 奈々は、全く気がつく様子もなく、まだ窓を向いている。
 すると、ものすごいエンジン音が聞こえてくる。
「八重洲さん。八重洲奈々さん。次を読んでください」
「……」
「(奈々ってば)」
 アキナは机の下で手を伸ばして、奈々の足をつつく。
「(奈々っ!)」
「!」
 奈々は突然立ち上がった。
「先生、軽トラが正門に突っ突っ込んできます!」 
 奈々が言った瞬間、ガラスの割れる音、何かがぶつかった大きな物音がした。
 同時に目撃した、何人かの生徒のテレパシーが、奈々を除く全校生徒に伝わっていく。
「先生! 誰か学園に入ってきました!」
 壊れた軽トラから、男が出てきた。
 衝突したせいなのか、男は少しフラフラしている。
『何か持ってる』
『刃物、刃物もった男が学園に入ってきた』
 生徒が一斉に窓際に集まる。
『やばいって』
「ヤバいやばい、警備の人は?」
『大丈夫、来てる来てる』
『後ろに来てるね、警備の人』
「あっ、あのコ……」
 奈々が声に出す。
 アキナはそれに気づき、テレバシーで送る。
『そこ行っちゃダメ!』
 校舎の影で見えなかったのか、体操着の生徒がボールを抱えて歩いてる。
『へ?』
「危ないから逃げて!」
 奈々の声に反応し、体操着の女生徒はボールを落としてしまった。
 ボールを飛び越しながら、刃物を持った男が女生徒に近づく。
 逃げようと思って振り返ってすぐ、男に追いつかれてしまう。
 羽交い絞めにされ、目の前に刃物を出されて、声も出ないようだった。
 後ろから回り込もうと思っていた警備員は出ていくタイミングを失った。
「おいコラ、そこらへんで見ている奴!」
 教室の方へ叫び始めた。
「亜夢とかいう奴だせや」
「亜夢だって…… あっ、あいつ」
 奈々が思い出した。
 男が奈々の方を見た気がしたので、窓際からすばやく下がった。
 奈々はアキナの袖を引っ張り、言った。
「あいつ、昨日の痴漢男だよ」

「大丈夫、すぐなれるよ」
 マミの指先が……
「そんでもってこう…… どう?」
 姿見を置いてあるところまで進む。
「おお!」
「……」
 チアキは自身の襟元から覗き込みながら、同じことをしているようだった。
「はい」
「あっ!」
 マミが私のブラを外した。
「今度は自分で」
「えぇ〜」
 マミに触ってもらえるからいいんじゃん、と言いかけて止めた。
「出来るかしら?」
「出来る出来る」
 私は自らブラを付け直して、脇のしたから、お腹の上から、と手のひらを使って脂肪を送り込む。
 チアキもいつの間にか上を脱いで、同じように右から左から寄せている。
「うーん……」
「ちょっと違うような?」
 マミはあごに手を当て首をひねる。
 そして、おもむろに上着を脱ぐ。
 きれいに張った胸のライン。
 ふっと、背中に手を合わせると、それこそプリンかゼリーかというような感じに、緩んだ。
「キミコ、今の見た?」
 見たも何も……
 しかし、再び後ろでホックを合わせると、あっという間にさっきの形に戻っていく。
 さすがにお腹から集めている、というのは嘘だが、下着で押しつぶされて広がった分は完全に前へ集められている。
「す、すごい。しかもあっという間」
「はい。こんな感じ…… じゃ、やってみて?」
「いや…… すごすぎて良くわからなかったよ」
 うんうん、という風にチアキも目を丸くしてうなずく。
「あの…… さ。『マミの胸』でやってみてもいい?」
「えっ?」
 私はマミの後ろに回った。
 胸を寄せて上げる方法を学びたいわけではなかった。
 その時の私は完全なる下心の塊だった。
 マミのホックに手をかけた瞬間、ドアが叩かれた。
「白井公子さんいる?」
 ドンドン、と音が続く。誰とは分からないが、先輩であることはわかった。
「開けるわよ?」
「待ってください」
 まさか下着状態で顔を合わせるわけにもいかない。
 三人は慌てて上着を整えた。
「はやくして、白井さん、出てこれない?」
「ちょっとまだ着替えてないんです」
「よくわからないけど、急いでね」
 慌てて制服を着て、部屋の外に出た。
 見ると、三つ編みをしている女生徒が待っていた。
 たしか、市川副会長のそばにいた人だった。
「副会長が呼んでるの。学校から電話きたみたいね。すぐに部屋に行ってくれる?」
「えっと、先輩の部屋番号は……」
「ああ、そうね。普通、知らないわよね。市川副会長の部屋は333よ。上の真ん中あたり。案内するから、ついてきて」
 番号を言われればある程度はわかるのだが、案内してくれるのに従った。
 途中までは部屋から声が聞こえていたのだが、333号室が近づくにつれ、静かになっていた。
 学年が上だからなのだろうか。
 案内してくれた方が、コンコンと上品にノックする。
「はい」
「白井さんを連れてまいりました」
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 私たちはあえて何かを話しながら部屋に入ろうと意識した。
「そんなに胸が硬かったの?」
 マミがそう言いながら部屋の扉を開けた。
「そうなの。ぎゅって抱きしめてきたんだけど、女の子の体じゃないみたいに」
「キミコだってふっくら、とは程遠い……」
「コラ」
 私はチハルの頭を軽く叩いた。
 ちらっと、ミハルの方を見る。
 なにやら、ノートパソコンを用意して、ひたすらキーを叩いていた。
 こちらのことなど気にもしない感じだった。
「(だから意識しずぎ)」
 チアキが小さい声で私に言った。
「(何か宿題か、調べものがあったってだけに思えるけど)」
「(そうね)」
「キミコ…… ちょっと気になったんだけど」
 マミがタブレットを差し出す。
「ほら、市川副会長の写真だよ。そんなまな板のような体じゃないでしょ?」
 たまたま、別の人を取った写真に市川副会長の姿が写っているものだった。
 画像も荒く、ぼやけていたが、それでもわかるくらいメリハリのある体つきをしている。
 いや、メリハリというか、巨乳というべきバランスだった。
「あっ、ほんとだ…… だけど、さっきは本当に」
「ん~ たしかにこれは生徒会選挙より前の写真だから、痩せちゃったのかもしれないけど」
「胸ってやせるよね。私ももっとあったのにな」
 チアキが言うので、私は軽く胸を触った。
「あ、違う違う、これは天然ものね。痩せたせいじゃないわ」
「なによ。触ったくらいでわかるの?」
「貧乳のプロなんだから」
 マミが頭を抱えた。
「自分で貧乳っていっちゃった」
 私は慌てて口を手で押さえた。
「私とミハルは、キミコほどないわけじゃないんだから」
 腰に手をあて、胸を突き出すようにした。
 確かに、私から見ても、チアキの体は、|最低ここまでは欲しい(・・・・・・・・・・)、ラインだった。
「くやしい……」
「ふふん」
 自慢げに見下すチアキに、私は自分の胸を手で隠すように抑えた。
 本当に悔しい。
 マミが真剣な表情で言う。
「本当に切実なら、私が毎朝寄せて上げて、胸を作ってあげるよ」
「マジっ!」
 マミはうなずく。
「今やってみる!」
 マミは私の後ろから、私のブラウスのボタンを開け始めた。
「いやん……」
「やってみる、っていうから」
「うそうそ。やるやる。けど、自分で脱ぐから大丈夫」
 私はブラウスを脱いだ。
「へー」
 チアキがじろじろ胸を見てくる。
「なによ。お風呂入るときに散々みてんでしょ?」
「あ、あんたお風呂入るときに人がどこ見てるか気にしてんの?」
「あんだけジロジロ見てれば誰だって気付くでしょ?」
 チアキの頬が赤くなった。
「もっと頑張らないと抜かれるとか、そんなこと気にしてないわよ!」
「……」
 私とマミは呆れてしまった。
「……まあ、とにかく、一回私がキミコの胸を寄せてみせるから、覚えて」
 チアキも顔だけコッチに向け、じっと見ている。
「こう…… ここからもこう……」
「イテテテ……」
 背中とか、お腹のものが持っていかれるようだった。
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「あ、いいですよ。わるいですから」
「いいのいいの。(しゅみでやってるんだから)」
「えっ、今なんて?」
「なんでもない、なんでもない」
 清川が柔らかいボディスポンジを泡立てて、亜夢の背中を洗い始めた。
「すみません」
「亜夢ちゃん肌綺麗ね」
「そんなことないと思いますが、ほめられるとうれしいです」
 清川が洗ってくれるのは、こするというより、スポンジをあてる感じで汚れが落ちる感じがしなかった。
「さわってもいい?」
「えっ?」
「やわらかそうだし」
「いや、あの」
「ダメ? なの?」
 亜夢は清川の声の変化に振り返った。
 ボディスポンジをぎゅっと持ったまま、泣きそうな顔をしているのがわかる。
「いや、ダメとかそういうんじゃなくてですね」
「ありがとう! 亜夢ちゃんやさしいのね」
 言うなり、亜夢に抱きつく。
 普通に抱きついているというより、体を押し付けていた。
 その勢いで、亜夢は仕切りに背中があたってしまった。
「じゃあ、さわるね?」
 体と体はすでに触れあっている。
 清川は肩に指先をおき、二の腕へ下げると、軽く押して、離した。
「ひゃっ、思った通り触り心地いいね」
「清川さん」
「ほっぺも」
 清川は亜夢の脇から手を回し、亜夢の両頬をそれぞれの手の指先で触れた。
「ぷにぷにだね!」
「き、清川さん……」
「なぁに、亜夢ちゃん」
「顔が、顔が近いです」
 清川は手のひらで亜夢の頬にふれ、両耳へ手を回すと、さらに顔を近づけた。
「私がこれから何をするかわかる?」
「いえ…… わかりません」
「あのね……」
 片方の足が、亜夢の足の間に割って入るように押し付けられる。
 大事なところをわざと刺激しているようだ。
「あっ…… あの……」
「気持ち」
「!」
 ガラッとシャワールームの扉が開く。
「清川巡査いる?」
 と、女性警官の声。
 急に身体を離すと、清川は扉の方へ返事する。
「なんでしょうか?」
「加山さんが、行動記録の件で、話が聞きたいって」
「はい」
「早く行ってあげて、待ってるらしいよ」
「はい」
 裸のまま敬礼している。清川に、女性警官も敬礼をして、扉を閉めた。
 曇りガラスの扉から影が見えなくなると、清川は大きなため息をついた。
「……」
「私は上がるね。亜夢ちゃんじゃなかった乱橋さん…… 乱橋さんはゆっくり身体温めてからでいいから」
「……はい」
 後ろ姿のまま清川は軽く手を上げて、シャワールームを出ていった。
 亜夢も体を洗い終えると、タオルで全身をぬぐって、新しい下着に着替えた。
 寝間着として、清川が貸してくれたジャージを着た。
 仮眠室へ行くと、スマフォに充電ケーブルをつなぎながら、電話帳をスクロールした。
「あっ」

 『注目』と発言した子が、私を見つけられないようで寮生を見回しながら、何度か言った。
「早く…… 白井さんですか?」
 私はうなずいた。
 市川副会長は、台に上がるように言った。
「本日、今より白井公子さんを副会長秘書として任命し女子寮の運営に参加してもらいます。承認いただける方は拍手をお願いします」
「えっ、聞いて……」
 私がそう口にするより早く、市川さんが拍手をはじめ、よくわからない寮生たちが拍手を始めた。
「賛成多数と判断し、白井公子さんを副会長秘書に任命します。……よろしくお願いしますね。白井さん」
 市川さんは私の方を向くと右手を差し出した。
 拍手の中、それを拒絶することもできず、ゆっくりと右手を出すと、市川さんが見逃さずにさっと手をとった。
「よろしく」
「は? はあ」
 さらに拍手が大きくなった。
「役割分担については、食堂外の掲示に張り出します。それでは、解散」
 市川副会長が台を降りた。
「あの、秘書って何すればいいんですか?」
「あ、ああ。私のサポートをしてもらえばいいの。悪い言い方をすると雑用係みたいなもんなんだけど……」
「えっ……」
 さっきのことで気に入られてしまったのだろうか。
「大丈夫、雑用なんか言いつけたりしないから。私のそばにいて判断を手伝ってくれれば助かるわ」
 もしかして、叱ってほしいのだろうか、と私は考えた。
 市川副会長は『M』なのかもしれない。
「お願いね。必要な時はまた呼びます」
「は、はい。それじゃ……」
 私は不安げにこっちを見ているマミ達のところに戻った。
 皆で階段を上がっている途中で、マミがたずねた。
「秘書って何すんの?」
「なんか判断を手伝ってくれって」
「判断? さっきみたいなこと?」
「じゃないのかな」
 マミはにやり、と笑った。
「ああいう、歯向かったみたいな感じで、気に入られたんだ」
「そうだね」
「ツンデレ、だと思われたんだよ。市川副会長に気があるから、ツンツンしていると」
「佐津間の話みたいに作らないでよ」
「いや、キミコにはツンデレの気があるよ」
「そんなことないよ。好きな人に対しては奥手だもん」
 マミ…… マミ、あなたに対して、私の態度のことなんだよ。
「ツンデレねぇ」
「何よ、チアキまで」
「今時、ツンデレツインテールなんて流行らないわよ」
「ツインテールは関係ないっしょ」
「キミコ、じゃ、ツンデレ側は認めたってこと?!」
 そんなことを言ってマミが大声で騒ぐ。
 私たちが廊下で騒いでいるうち、ミハルはさっさと部屋に入ってしまった。
「ミハル……」
 なんだろう、ミハル、未だに、こういうバカ騒ぎに乗っては来ないけれど、最近は一緒にいてくれてたんだけど……
「キミコが、ツンデレツインテールの第一人者ね。決定」
「……」
「どうしたの? 喜びなさいよ?」
「ミハルが……」
「……」
 三人で部屋の扉を見つめた。
「体調でもわるいんじゃない。だって最近はいつも一緒にいたよ」
「そうだね、マミ」
「こっちが意識しすぎると、向こうも引くわよ」
「チハル、そうする」
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「……あれ?」
 亜夢が頭を押さえた。
「どうしたの? 頭痛? 体調悪い?」
 清川は亜夢に顔を寄せた。亜夢の額に手をあて、熱がないかみているようだった。
「なんか、すこし分かった気がしたんですが」
「えっ? 何が? 被疑者?」
「いえ、あのお寺へ向かう途中で襲われた時のことです」
「うん。なにが分かった?」
「さっきの表現で言えば、あそこ、目の前を邪魔する人の数が減っていたような気がするんです」
「干渉波の影響が少ないってこと?」
「銃弾を弾くことができたのも、そういうことなのかも?」
「超能力を使える場所に誘いこんだってこと?」
 亜夢はうなずいた。
「加山さんに言って、明日でも測定してみようか?」
 清川は電話で内線番号を押した。
「加山さん。清川です」
『どうした?』
「現場の超能力干渉波の測定ってできませんか?」
『できなくはないと思うが、何故だ?』
「乱橋さんが、あの場所であんなに強力な超能力を使えるのは、干渉波が弱いからじゃないかって」
『そうか、すこし手がかりにはなるかもな』
「えっ? それだけですか? 調べてくれないんですか?」
 清川は驚いたような表情で亜夢の顔を見た。
『それが分かっても、被疑者の特定に結び付くものじゃないだろう』
 清川は電話を遠ざけ、保留にすると、亜夢に言った。
「これが分かれば被疑者を探しやすくなる??」
 亜夢は困った顔をした。
「……すくなくとも、桁外れに強力な超能力者か、強力な超能力者かぐらいかはわかります」
 清川はうなずいて、保留を切った。
「加山さん、被疑者を絞り込むためには必要だと乱橋さんが言ってます」
 清川は何度か説明した。その度、亜夢がうなずいた。
『……わ、わかった。調べられないか、中谷に話してみる』
「ありがとうございます! 加山さん? あれ?」
 清川は電話のディスプレイを確認した。
「切れちゃった…… けど、調べてもらえそうよ」
「良かった…… この超能力妨害の干渉波のことって、国家の機密事項だから、もしかしたら強弱すら調べられないのかと思いました」
「えっ、マジ? まぁ、でも、中谷さんならやっちゃえるんじゃない? あの人結構キワドイことやってるから」
「確かに、あの干渉電波キャンセラーを作ってますからね……」
「あのヘッドホンみたいのでしょ?」
 亜夢はうなずいた。
 それからもう少し今日の話をパソコンに打ち込んで、二人は近くの店で食事をした。
 署に戻ると、清川がシャワールームに行こうと言い出した。
「そうですね。辛いの食べたら汗かいちゃいましたね」
 清川の顔が緩んだ。
「どうしたんですか? 署のシャワールームってそんなに良いんですか?」
「いやぁ、亜夢ちゃんと入れるかと思うと」
「?」
「なんでもない、なんでもない」
 そう言って清川は真面目な顔を繕おうとするが、すぐに笑ってしまう。
「へんなの」
「いざ行かん、シャワールームへ!」
「張り切ってますね」
 亜夢は清川について行った。
 清川は服を脱ぐ間も、ずっと亜夢の方をみていた。
「?」
 亜夢が気づくと、清川は微笑んだ。
 シャワールームは三つシャワーがあり、亜夢が真ん中に入ると、清川は隣に入った。
 暖かい温水を浴び、髪を洗った。
「亜夢ちゃん、背中洗ってあげる」
 清川が亜夢のところに入ってきた。

「……本当にお願いします」
 ようやく市川さんが通話を切った。
 目にうっすらと涙を浮かべていた。
「(先輩がなくことはないですよ)」
 市川さんのその様子をみて、私は初めて彼女に対しての言葉遣いを変えた。
「ごめんなさい」
 私より背の高い市川さんが、抱きついてきた。
 市川さんの胸が押し当てられた。
 胸は不自然なほどに硬い感じだった。
 もしかして、私と同じくらい、胸がないのかしら。
「私…… 私……」
 苦しいぐらいに引き寄せられて、身動きがとれない。
 マミみたいに、柔らかい体ならば、まだ何か気持ちが安らぐこともあったのだが。
「(市川先輩、少し苦しいです、力を抜いてもらっていいですか)」
「あっ…… ごめんなさい。私……」
 市川さんは突き飛ばすように体を離して、私に向かって頭を何度も下げた。
「(あの、ですから……)」
 さっきまで私の無礼な言葉遣いを謝りたいくらいな気持ちになってきた。
 すっと市川先輩が近づいてくると、私の手をとった。
「また判断に迷ったとき、そばにいてもらえないかしら…… あっ!」
「副会長! そろそろ集会の時間です」
「そこにいたんですか、副会長」
 市川さんの取り巻きがやってくると、波にさらわれたかのようにあっという間に寮へ入っていってしまった。
 玄関先にチアキが出てきて、乱暴に手招きした。
「キミコ何してんの? 集会だってさ」
 はいはい、と返事をしてそそくさと寮へ戻った。
 そのまま食堂に入ると、市川さんは食堂の中央におかれた台の上に立って、寮生をじっと見ていた。
 そして、神代さんも含めたクラス委員をふくめた生徒会の連中は、市川さんの両サイドに並んで立っている。
 騒がしいなか、生徒会の子が『注目』と言うと、しんとなる。
 まもなく、市川副会長が話し始めた。
「今、集まってもらったのは、ご存知かと思いますが寮監の件についてです。本日17時ごろ、寮監が倒れられ、意識不明の状態となりました。学校へ確認は取っていますが、現在寮監がいつ戻るかや、どんな状態かもわかっていません。確実なのは今日から明日にかけて寮監のいない状態で、寮運営をしなければならないことです。たとえ寮監がいなくとも、食事、お風呂、消灯についてはこれまでの既読通りであり、なんらかわることはありません。食事については、配膳と片付けに関して、生徒へ仕事の割り当てがあります。ご協力をお願いいたします」
 ……なんだ。
 そんな情報しかないのであれば、わざわざ寮生全員を集めてここで話す必要もなかったのではないか。
 私はそう思った。
「繰り返しになりますが、寮監の状況ですが搬送先の病院名や、病状については不明です。学校側からの連絡は私に入ることになっていますので、追って連絡します」
 しん、とした後、『注目』と言った生徒会の子がまた話した。
「何か質問はありますか?」
 挙手した|娘(こ)を当てて、『どうぞ』と言った。
「食事のかたずけですが、皿などの洗いも行うのでしょうか?」
 話し終わりに市川副会長がうなずいてから、話しを始めた。
「仕事の割り当てを作っていますが、食器類の洗浄を含みます。明日の朝食についても同様に配膳と片付けがありますが、片付けは基本的に機械に流し、機械から出てくる食器を並べる作業となります。明日の朝食の当番の方が、授業、部活への出席が遅れることは許可を得ています」
 えぇ~、やるのかよ、という感じの声があがった。
「静かに。他にありますか」
 後は、超細かい内容の確認が何回かあった。
 一通り質問が出きったと思われた時、市川副会長が口を開いた。
「さきほど、急きょ考えたのですが、皆さんの承認を得たく」
 寮生はさして注目していなかったが、前に並んでいた生徒会関連の子が、一斉に市川副会長の方を向いた。
「白井公子さん前にきてください」
「えっ?」
 思わず声を上げてしまった。
 やたら静かだったせいで、その声が変に浮いてしまった。
「早く前にきてください」
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