「10分以上前にここを出ているはずなんです」
「さすがにそんな情報は……」
話を聞いているうち、最初に来た救急車に対して疑いを持った。
もし、救急隊のふりをして寮監を連れ去ったのだとしたら……
私は慌てて言った。
「警察を呼びましょう」
こういう判断は早くするべきだ。
「ちょっとまって」
眼鏡をかけた、長身の女性が食堂側から歩いてきた。
「い、市川副会長……」
「その前に学校に確認すべきよ。いきなり警察をよんじゃだめ」
「寮監が連れられたかもしれないのよ!」
「私が見ているわ。寮監が救急車に載せられていくのを。学校に行って、行った病院を学校に確認すれば済むことよ」
「じゃあ、その確認を早くしてよ」
「まったく、DQNはそういう口の利き方しかできないの」
「なんでもいいから電話しなさい」
「なんて言ったの? ババア声過ぎて聞き取れない」
私は声のことを言われて、さらにむかついていた。
「いいから学校に電話しろ、って言ったんだよ」
市川副会長は、眼鏡のつるを指で整えると、私の鼻の上を指で押さえてきた。
「こら」
鼻を押さえられて、少し後ろに下がった。
「あなた。なんですか、目上の人間に向かって」
生徒会の関係者なのか、一人副会長に向かって言った。
「あの…… 今、先生に電話したんですが、寮監が入った病院の連絡はまで来てないそうです」
私は抑えられた鼻を、ぐいっ、と押された。
「ほら! 寮監は病院じゃなくて、どこかに連れ去れらたってことじゃない」
「何言ってんの? まだ先に出た救急車から、連絡が来ていないだけよ」
私が納得しないからか、副会長はもう一度言った。
「いくら救急車だって病院にすぐにつくわけじゃないって言ってるの」
救急隊員は腕組みをしてなにやら話し合っていたようだった。
「あの。わるいんだけど、今ここに急患がいないなら帰るよ。他の事態に備えなけれなならいんでね」
まず二人乗り込み、救急車の後部ハッチを締めた。
「今ここらへんで救急の話は出てない。この車だけだ。それは確かだよ。もし本当に救急車がきたんだ、としたら、本当に偽装車じゃないかな。警察に届けたほうがいい」
そういうと、最後の救急隊員も助手席に乗り込み、車は出発した。
寮の前には生徒だけが残された。
市川副会長は周りを見回し、寮へ戻るように指図した。
私たちや他のやじうま達もぞろぞろ動き始めた。
「学校からの電話を待ちましょう」
市川はそう言った。
私はいらだった。
「何のんきなこと言ってるの? さっきの救急隊の方がいったじゃない。警察呼ばずに、学校に連絡するなら連絡するで、まず、この事態を早く伝えてよ」
背の高い市川副会長は、棒立ちになって片手で眼鏡の位置をなおした。
少し震えている…… ように見えた。
「(そんなことをしたら私の責任が……)」
小さな声だった。
そんなことを考えていたのか。
私も小さい声で言った。
「(誰も責めないわよ。救急車って、そっくりだったんでしょう? さっき神代さんもそんなこと言っていた)」
こくりとうなずく。
「(だから、はやくこの事態を伝えて。間違っていても問題ないじゃない。今は、事実を伝えるほうが先決よ)」
「うん。わかった」
私と市川さんだけ足を止め、玄関先にとどまった。
市川副会長は必死にいま起こっていることを、懸命に言葉でつたえようとしていた。
端からやりとりを聞いていると、先生側も、何がなんだかわからないようだった。