その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

2017年03月

「10分以上前にここを出ているはずなんです」
「さすがにそんな情報は……」
 話を聞いているうち、最初に来た救急車に対して疑いを持った。
 もし、救急隊のふりをして寮監を連れ去ったのだとしたら……
 私は慌てて言った。
「警察を呼びましょう」
 こういう判断は早くするべきだ。
「ちょっとまって」
 眼鏡をかけた、長身の女性が食堂側から歩いてきた。
「い、市川副会長……」
「その前に学校に確認すべきよ。いきなり警察をよんじゃだめ」
「寮監が連れられたかもしれないのよ!」
「私が見ているわ。寮監が救急車に載せられていくのを。学校に行って、行った病院を学校に確認すれば済むことよ」
「じゃあ、その確認を早くしてよ」
「まったく、DQNはそういう口の利き方しかできないの」
「なんでもいいから電話しなさい」
「なんて言ったの? ババア声過ぎて聞き取れない」
 私は声のことを言われて、さらにむかついていた。
「いいから学校に電話しろ、って言ったんだよ」
 市川副会長は、眼鏡のつるを指で整えると、私の鼻の上を指で押さえてきた。
「こら」
 鼻を押さえられて、少し後ろに下がった。
「あなた。なんですか、目上の人間に向かって」
 生徒会の関係者なのか、一人副会長に向かって言った。
「あの…… 今、先生に電話したんですが、寮監が入った病院の連絡はまで来てないそうです」
 私は抑えられた鼻を、ぐいっ、と押された。
「ほら! 寮監は病院じゃなくて、どこかに連れ去れらたってことじゃない」
「何言ってんの? まだ先に出た救急車から、連絡が来ていないだけよ」
 私が納得しないからか、副会長はもう一度言った。
「いくら救急車だって病院にすぐにつくわけじゃないって言ってるの」
 救急隊員は腕組みをしてなにやら話し合っていたようだった。
「あの。わるいんだけど、今ここに急患がいないなら帰るよ。他の事態に備えなけれなならいんでね」
 まず二人乗り込み、救急車の後部ハッチを締めた。
「今ここらへんで救急の話は出てない。この車だけだ。それは確かだよ。もし本当に救急車がきたんだ、としたら、本当に偽装車じゃないかな。警察に届けたほうがいい」
 そういうと、最後の救急隊員も助手席に乗り込み、車は出発した。
 寮の前には生徒だけが残された。
 市川副会長は周りを見回し、寮へ戻るように指図した。
 私たちや他のやじうま達もぞろぞろ動き始めた。
「学校からの電話を待ちましょう」
 市川はそう言った。
 私はいらだった。
「何のんきなこと言ってるの? さっきの救急隊の方がいったじゃない。警察呼ばずに、学校に連絡するなら連絡するで、まず、この事態を早く伝えてよ」
 背の高い市川副会長は、棒立ちになって片手で眼鏡の位置をなおした。
 少し震えている…… ように見えた。
「(そんなことをしたら私の責任が……)」
 小さな声だった。
 そんなことを考えていたのか。
 私も小さい声で言った。
「(誰も責めないわよ。救急車って、そっくりだったんでしょう? さっき神代さんもそんなこと言っていた)」
 こくりとうなずく。
「(だから、はやくこの事態を伝えて。間違っていても問題ないじゃない。今は、事実を伝えるほうが先決よ)」
「うん。わかった」
 私と市川さんだけ足を止め、玄関先にとどまった。
 市川副会長は必死にいま起こっていることを、懸命に言葉でつたえようとしていた。
 端からやりとりを聞いていると、先生側も、何がなんだかわからないようだった。
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 亜夢はくびを傾げた。
「みきちゃんも加山さんを怖がってましたけど」
「ああ、いや、そうか。まあ、早く忘れてくれ」
「本当にどうしたんですか」
「何でもない。今日は早く寝てくれ。明日は早いぞ」
「……はい」
 それだけ伝えると、加山は急いで戻っていった。
 入れ替わるように清川が戻ってくる。
「どうしたの?」
「みきちゃんの話をしたんです」
「へぇ。そうなの」
「何か心当たりあるんですか?」
「別にないよ」
「あ、あと!」
 亜夢は小さく飛び上がって言った。
「ホテルに移れるそうです」
「えっ!」
 清川が何か驚いた、というか、深刻なことを告げられたような雰囲気をかもしだした。
 亜夢はどうしたらいいのかわからず、両手を振った。
「……って言っても、明日からなんですが」
「じゃ、今日はまだ署なのね?」
 清川は、コロッと表情を変えて、笑顔になった。
「な、なにかあるんですか?」
「いやいや、何もないけど。何かあったらうれしいくらい」
「なんですか、それ?」
 清川は天井の方へ視線をそらした。
「あっ、そうだ。今日の捜査報告書を作るから手伝って」
「捜査報告書?」
「私が書くから、状況を思い出してよ。あと、乱橋さんの思ったことも書き留めるから。私のデスクに来て」
「は、はい」
 一階の奥のデスクに椅子を一つ持ってきて、清川がパソコンを立ち上げた。
 文書作成ソフトを立ち上げて、定型の項目を一通り埋めると「さあ、今朝は事件現場に行ったのよね」と言いながらキーボードを打ち始めた。
「今日の前半はパトレコ付けてないから、時刻が結構適当になっちゃうけどね」
 亜夢は今日の行動を思い出しながら、清川に話した。
 清川も、被疑者らしき影を追いかけた話、坂の上の家の話などを書き込んでいった。
「あの超能力軍団との対決も書かないとね」
「超能力軍団ではなかったと思います」
「えっ、けど誰かは超能力者だったんでしょう?」
「私が触れた人は違いました。あの場にいた、かどうかも、今は確信もてません……」
「えっ、そうなの?」
 驚いたような声を出して、清川はキーボードの手を止めた。
「それ、マジ?」
「……ふざけてませんよ。ものすごく強い力を持っていれば、あの場にいなくても、あれくらいはできるかも。なにしろ相手は、銃弾を弾くことができるほど強力な超能力を持っているわけでしょう?」
「けど、あの時言ってたじゃない。干渉波が強いからイメージのつきやすいことしかできないって」
「……」
 清川は黙っている亜夢の頭をなでた。
「怒っているわけじゃないのよ」
「はい」
「私はわからないんだけど、干渉波の影響ってどんななの?」
「まずは集中力の問題です。ずっと近所で土木工事しているみたいに、大きな音が聞こえるみたいになります」
「けど、それって慣れないの?」
「なれることはないです。だから、例としては『音』じゃないのかな? 見たい方向に絶えず人がウロウロしていて、何があるのか、姿も距離もわからないような。超能力に非常に必要な部分を邪魔し続ける感じなんです」
 亜夢は目の前で指を行ったり来たりさせた。
「確かに、それじゃ銃弾を弾くような正確なことはできないわね」
「だから、あまり人が挟まらないで触れたり見たり出来るところに対しては、超能力を働かすことは出来ます。自分の体に関して働きかけるものとか、そういう、わかりきった力を使うことは」
「うん、なんか分かるような気がする」
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「期末よ、マミ。き、ま、つ」
「そうね。期末近いわね」
「わたし、何もやってない」
 百葉高校は、単純なテストだけで成績がつかない。
 成績を決めるための、時間のかかる課題もあるのだ。
 テスト範囲の勉強をしていない、というよりは、そういう、期を通じて積み重ね行く課題をこなしていないという意味だった。
「この前の〈鳥の巣〉でやったことをレポートにまとめるしかないんじゃない?」
「それしかないかなぁ……」
 ドンドン、とノックの音がした。
「ちょっと!」
「なんだろ?」
 私が扉を開けると、神代さんがそこに立っていた。
「大変よ、寮監が倒れたって」
「えっ? だって迎えに来てくれた時は元気だったのに」
「なに、それ?」
「今日の昼、私とマミの病院まで手続きに来てくれたの」
 神代は部屋に入ってきた。
「そうなんだ。今さっき、救急車が来た」
「そんな音したっけ?」
 私はチアキやミハル、マミの顔を見渡した。
 手を上げたり、首を振ったりしている。
「嘘なんかついてないよ」
「今日の晩御飯どうするの?」
「成田さんが準備するって」
「まじ?」
「どうせよそったりするだけでしょ」
 チアキがあきれた顔でそういった。
「……じゃなかった。放送が入ると思うけど、半になったら食堂に集合よ。生徒会から話があるんだって」
「寮監の件で?」
「でしょ。今んところ、それ以外にないもの」
 生徒会…… あいつか。
「神代さん、もしかして、小泉会長がこっちにくるの?」
「まさか。緊急事態でも女子寮には入れないわよ。市川さんでしょ」
「|市川副会長(・・・・・)」
 チアキが不思議そうな顔をする。
「キミコもマミも、どうしたの? その市川副会長がどうかしたの?」
「ちょっとね」
「……会えばわかるよ」
「だから、どういうこと?」
「説明すると憂鬱になるから自分で見極めて」
 チアキは首を傾げたままだ。
「ミハルは市川副会長知ってる?」
「……」
 ミハルも首を横にふる。
「あれ?」
「どうしたの?」
「今救急車の音しなかった?」
 神代は考えるような表情になった。
「確かに聞こえたような」
 チアキが窓から下を見た。
「救急車来てる」
「誰? また倒れたの?」
「下で騒いでいるみたいね。行ってみましょう」
 下におりると、救急隊員が無線機で話している。
「別の救急車が来たって?」
「そうです」
「そんなはずないんだけどなぁ」
 救急隊の人は困惑した表情だった。
「このエリアで救急車はこれしかないはずだけど」
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