その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

2017年04月

「もう少しだからがんばれ!」
「はい!」
 ベッドから起き上がると、お風呂に行くしたくをして、先輩に引かれながら風呂へ行った。
 脱衣所に入ると、もうかなりの数の寮生がしたくをしていた。
 今までは、お風呂の時間帯の最後の方だったせいか、こんなに混雑している状況は初めてだった。
「あら、その|娘(こ)初めて見るわね」
「今日から私と同部屋になった白井さんよ」
「よろしく」
 先輩と思われる方が、いきなり近寄ってきて、服の上からだが私の胸を触った。
「!」
「新人なの? これは触らないと…… よろしく」
 また一人、半裸の先輩が近づいてくると、胸を触った。
「どうせなら生で触りなさいよ。白井さん早く脱いで」
「市川先輩、それどういう意味です?」
 私がそう言うと、市川先輩は脱いだ下着をカゴに入れながら言った。
「もしかして、三年とお風呂に入ったことないの?」
「ふふっ……」
「ほら、手を休めない。上だけでも早く脱ぎなさい」
「で、ですから……」
「先輩と入るんだから、挨拶として、胸をさわるのよ。私もそれくらいいいわよね?」
 市川先輩は、シャツの隙間から手を入れ、ブラの下へ手を差し込んできた。
「きゃっ」
「新鮮だわ」
「新人、新人なの?」
「|市川(イチ)の部屋に入ったらしいよ」
「ひさしぶりね~」
 いつの間にか裸の女子に囲まれていた。
 脱衣所は湿度もあって十分暖かいのだが、寒気がした。
「ツインテールだ。お風呂の時はとかなきゃね」
 一人の先輩が私の髪に触れようと手を伸ばす。
 私は無意識にその手を払った。
「なに今のっ!? どういうこと」
 しまった、と私は思った。けれど、ツインテールに触れさせるわけには……
「おっぱい見せてもらうか、じっくり」
 完全に先輩たちの反感を買ってしまった。
「ほら、おっぱい」
『おっぱい! おっぱい!』
 全員でおっぱいコールが始めると、顔が熱くなるのを感じた。
 何も考えられず、辺りの状況が把握出来ない。これ、完全に、いじめでしょ…… 酷いよ……
 腕を取られ、先輩達にシャツを脱がされた。そして後ろに回った一人が、ブラのホックをはずしてくる。
「さあ、どんなおっぱいかな?」
 耐えきれずにほおに涙がつたった。
「あっ……」
「やばくね」
「シャレでやってんじゃん、泣くなよ。シラケるだろ」
「寮監いねぇけど、新庄はいっからここらへんにしとかねぇ?」 
 長身に長い髪の先輩が、脱衣室の奥からやってきて、市川先輩の肩を叩く。
 振り返った市川先輩の表情が歪む。
「|市川(イチ)、フォローよろしく」
「はっ(い)」
 長身の先輩が一瞬、ニヤリと笑うと脱衣所にいた寮生はお風呂場へ消えていった。
 脱衣所には私と市川先輩だけが残った。
 無言で服を脱いでいく先輩。
 私は外されかけたブラと、制服のスカートのまま、うつむいている。
「お風呂に入るか、入らないか決めなさい」
「……」
 長いさらしを解くと、市川先輩の本来の体が現れる。
 私の方に近づいてきた。
「入らないならそれでもいい。けど、臭くなるから部屋には入れないわよ。ほら、さっき渡した鍵返しなさい」
 私は顔を上げて、市川先輩の顔を睨んだ。
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 亜夢が手を開いて抑えるようなしぐさをした。
「干渉波はそんなに高い波長じゃないから、あんな小さい範囲で、極端な強弱が出ないはずなんだよね」
「そうなんですか?」
「帰りにお寺の近くの坂を通る時に確かめてみればいいよ。あそこがわかりやすい」
「……」
 加山は振り返った。
 清川が声をかける。
「加山さん、先に行きますよ」
 背中を見せたまま、加山は言う。
「ああ……」
 亜夢は加山の背中越しに、カメラを仕掛けたビルを見た。
「……」
「どうしたの?」
「清川さん…… いえ、別に。あのビルに何か仕掛けがあるのかな…… って」
「ビルだからね。つったってビル。建物だから」
「なんのことですか?」
「ビルを調べるってことは、ビルに入っている人を調べるってこと? かな」
「……」
 亜夢はもう一度ビルを見つめた。
「あれ? 清川さん?」
「こっちよ!」
 亜夢は慌てて後を追った。
 しばらく歩いて、検問があったところ、すなわち最初の小競り合いがあった場所についた。
 亜夢は何も言われずにキャンセラーをはずし、状況を確認した。
「それほどクリアではないです。非常に強い…… ってわけでもないですけど」
 中谷が装置を見ながら動き回る。
 ビルの時にちょっとした位置で測定値が変わったからのようだ。
「ここは言う通りそんなに弱くない…… このくらいだと超能力使えるの?」
「学園の|娘(こ)達のテレパシーは聞こえませんが…… 」
 周りを見回す。車は走っているが、人通りはほぼない。
 亜夢は清川のおでこの近くに手を持っていくと、触れずにその前髪を吹き上げた。
「わっわっ…… すごい風っ……」
 中谷はノートパソコンに何か打ち込みながら言う。
「お寺からの坂道ぐらいかな?」
「ちょっと、前髪吹くのやめて……」
「あっ、清川さんごめんなさい」
「昨日の格闘戦ぐらいは出来そう?」
「……ええ」
 中谷が無言でうなずく。
「中谷、何かわかったのか?」
「どれくらいの干渉波で超能力が使えなくなるのかは大体わかってきました」
「ここは?」
「弱、といったところでしょうか。体周りには超能力が使える感じです」
 亜夢がうなずく。
「だからここで暴れられたのか」
「そうでしょうね。さっきの寺の近くの坂といい、ここといい、土地の傾斜で影になっているのかもしれませんね」
 加山が来た道の方をさし、全員で来た道を戻っていった。
 弾丸を弾いたり、電撃が飛び交った場所に戻ると、中谷はまた計測を始めた。
 しかし、始めた直後から何度も首を傾げた。
 加山が中谷の後ろに回って、パソコン画面をみて、肩を叩いた。
「どうした中谷。何があった?」
「ちょっとおかしい。さっきみたな干渉波の強弱がなくなっているんです」
「そんなすぐにわかることなのか、さっきの計測が間違えということもある」
「ん~ そういうことも、なくはないですが……」
 二人のやり取りを見ていた亜夢はビルを見上げた。
「……」
 そして清川の袖を引っ張って、加山と中谷から離れるようにビルの影に入った。
「このビルの中。さっき清川さんが言ったみたいに、ビルの中を調べませんか?」
「うん。ちょっと加山さんに言ってくる」
「!」
 戻ろうとする清川の腕を引っ張る。
「?」
「加山さんと中谷さんにはここの状態を調べてもらった方がいいんです」
「それにしたって、一言いうぐらいしないと」
「お願いです。急がないと」
 清川は亜夢の顔から何かを感じ取ったようだった。
 軽くうなずくと、亜夢と一緒にビルの中に入った。
 通用口から、ビルのロビーに入り、フロアの案内をみる。
 色々な名前が書きこまれていて、テナントビルであることがわかる。
「知ってる会社はないわね……」
 亜夢はヘッドホンを少しずらして、フロア案内のパネルに手で触れる。
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「先輩のお邪魔をするのは申し訳ないです。私いびき酷いらしいし」
「大丈夫よ、いつも私これしているから」
 机の上にある耳栓を見せる。
「先輩とうまくやるのも寮生活の一つの課題なのよ。いろいろとちょうどいいのよ」
 新庄先生と市川先輩は何か含みのある笑みを浮かべた。
「というわけなんで、よろしくお願いね」
 新庄先生は手を振りながら、部屋を出ていった。
 私は市川先輩を振り返り、身構えた。
「?」
 市川先輩は不思議そうな顔をする。
「あの……」
「あ、もしかして、昨日の続きみたいなことを期待してる?」
 私は首を振った。
「あの、私も毎日性欲全開じゃないから。昨日はどうかしてたわ。だから、そんな縮こまることはないのよ?」
 そんなに簡単に信用できるとも思えなかった。
 あんな迫り方をしておいて『今日はそんなことないから、平気平気』なんて言われて、信用する理由があるものだろうか。
「ほら!」
 言うなり市川副会長は自身の上着の裾をたくし上げた。
 その胸には綺麗にさらしが巻かれていた。
 扉をノックするようにさらしの上を叩いた。
「ね。この状態なんだから、なにもしないわよ。信じてよ」
 私はうなずいた。
「さあ、荷物をしまうの手伝ってあげる」
「ありがとうございます」
 段ボールを開け教科書を机に、制服などはクローゼットにしまった。
 一通りかたずけた後、私は疲れてベッドに横になった。
 気を張り続けていたせいか、横になったら強い眠気が襲った。
「寝ちゃわないでよ?」
 市川先輩の大きな声。私は慌てて返事をする。
「はっ、はい!」
「この部屋のお風呂の時間は、夕食の直後なのよ。夕食に遅れたらお風呂も入れないわ」
 私はベッドから跳ね起きた。
「わかりました」
 副会長はじっと私の顔を見ている。
 静かになると、寝てしまいそうだ……
「白井さん!」
「はいっ!」
「食堂に行きましょう。もう夕食開始まで十分もないから。ね?」
 市川先輩は私の腕を引っ張るようにして、ベッドを離れさせた。
 そして両頬を手でパチン、と軽く叩く。
「ね、起きて?」
「は、はいっ」
 私は引きずられるように食堂に下りた。
 先輩たちが何人か、すでに席に座って話をしていた。
「眠気はなくなった?」
 私は大きなあくびをしてしまう。
「……」
「すみません」
「食べて、お風呂に入ったら寝ていいから。それまで頑張って」
 眠気を我慢して席についていると、ほどなくして夕食の時間が始まった。
 市川先輩に背中を押されながら食事を受け取りに行き、テーブルに戻って食事をすませた。
 また背中を押されながら部屋に戻ると、私は耐えきれずにベッドに横になってしまった。
「ほら、もうお風呂よ?」
「眠いです……」
「頼むからお風呂入って。ね? 私、そういうの耐えられないの」
 目がやっと開く感じだった。
「ほらっ!」
 大声と同時に、強くお尻を叩かれた。
「はいっ」
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 亜夢は頬を赤くして黙ってしまった。
「……」
「干渉波は強い? 弱い?」
「……弱いです。学園のテレパシーが今」
「中谷、測定して裏付けを」
 中谷は長い棒を動かしながら、パソコンのモニターを見る。
 しかし、亜夢の様子をみて、動きが止まる。
「どうした、中谷?」
「ら、乱橋さんが……」
「ん? 乱橋くんがどうした?」
「頬を染めて……」
 がッ、と音が出た。
 いや、出てないかもしれないが、それぐらいの勢いで、加山は中谷の頭を叩いた。
「いったぁ…… パソコン落とすところでしたよ。何するんです」
「お前こそ、どうでもいいことで作業を中断するな」
 亜夢は黙って上を見ている。
 確かに頬は赤いままだった。
 それを見て、清川がたずねた。
「乱橋さん、顔赤いわよ? 熱でも出た」
「奈々の裸…… じゃなかなった、何でもないです」
「えっ、ナナ? ナナって男の子?」
 亜夢は首を振った。
「男の子の裸、ってわけじゃないんだ。ふーん」
 清川は亜夢とは反対を向くと、にやり、と笑った。
 亜夢は何かを感じ取って、清川の肩をグイっと引っ張った。
「あっ、笑いましたね。私、何か変なこといいましたか?」
「『ナナの裸』って、その単語だけ聞いても十分変だよ。しかも、顔赤くなってるし」
「けど、だからって、笑う必要ないじゃないですか!」
 さっきまでとは、違う意味で紅潮している。
「笑ったわけじゃないのよ。うふふ、って感じなだけ」
「どこがちがうんですか!」
 言い終わった亜夢の頬は膨れている。
 清川はそれをみてさらに微笑む。
「また笑った!」
「違うって、違うのよ」
「何がちがうんですか」
 完全にふくれっ面になっている。
「いや、可愛らしいな、と思って微笑んでいるだけなのよ。本当に他意はないの」
「むぅ」
 また清川は亜夢の反対を向いて、声を押し殺して笑った。
 同じように亜夢は肩を掴んで振り向かせるが、その瞬間に真面目な顔をした。
「……」
 それを見ていた中谷が言った。
「ほら、何か乱橋さんが大変な感じに……」
「な・か・た・に。お前はお前の仕事に集中しろ」
 加山は中谷の頭を強く頭を押さえつける。
「えっ、でも、でも……」
「お前が『でもでも』って言っても気持ち悪いだけだ」
 真剣な顔に戻って、必死に測定をづつける中谷。
 パソコンの画面を見る度、首をかしげる。
 計測用のアンテナを前後にゆっくり動かす。
「……」
「どうした、何か変なのか?」
「ものすごく弱いところと…… 何故こんなに差が」
 加山がアンテナを奪うように取ると、中谷と同じようにそっと前後に動かす。
「確かに、ものすごい差だな。まだらになっているのか?」
「……影?」
「太陽がどうかしたのか? こっち側は北だから何時も影の中だ」
「……いえ」
 清川と乱橋のじゃれ合いも落ち着き、一同は最初に検問をしていた場所に向かって歩き始めた。
 乱橋が中谷にたずねる。
「やっぱり干渉波は弱かったですか」
「うん、弱かったんだけど…… 強い所もあった。均一じゃない感じ」
「あ…… そうですね。私もなんかそんな風に思いました」
 乱橋がにっこりと笑うと、中谷も笑い返した。
「そう…… 気が合うね。ボクタチ」
「コラ」
 加山がまた中谷の頭を押さえつける。
「調子に乗るな。捜査協力者なんだぞ」
「まあまあ……」
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 私はお辞儀をして部屋を出た。
 ポケットの中で、カチューシャを握ったまま寮内を戻った。
 部屋に戻ると、チアキがちらっと私を見たが、マミは完全に無視していた。
 そのまま部屋の奥へ進み、寝ているミハルにカチューシャを付けた。
 部屋の外に立てかけてあった段ボールを部屋に入れて組み立てる。
 机の引き出しに入れていたものを、袋にまとめ、組み立てた段ボールに入れた。
 教科書類も同じように詰め込むと、一度蓋を閉じた。
 もう一つの段ボールを取ってきて、今度はタンスに入っていた制服と下着類をそれにいれた。
 後は学校の行き来に使っているバッグだけ。
 意外に少ないものだ、と思った。
「キミコ…… 本当に出ていくの?」
 マミが自分の机に向かったままそう言った。
「どうしても、確かめなきゃいけないことがあるから……」
「なにそれ?」
 チアキが割り込んできた。
 私はマミの方を向いて言う。
「それが分かったら…… というか終わったら、必ず戻ってくるから」
「だからなに?」
「……」
「マミは分かるの?」
 マミは固まったように教科書を見つめていた。
「キミコ? ちゃんと説明しなさい」
「……ごめんなさい」
 私は段ボール箱と一緒に部屋の外に出た。
 もう部屋には居られない。
 寮の廊下の壁に背中をあずけ、寮監代行である新庄先生からの指示を待った。
 近くの部屋の子が変な目でこっちを見た。
「どうしたの?」
「部屋を移るんですけど、移る先が分からなくて?」
「?」
「……ああ、違います。決まるまでここで待っているだけです」
「そ、そう」
 部屋の中で待っていればいいじゃない、と言いたいのだろう。私も元の部屋に入れればそうしたかった。
 けれど私はこんな硬直した雰囲気をやわらかくする術を知らない。
 だから、出ていくしかなかった。ここで待つしかなかった。
 マミ…… 本当は私だって別れたくないよ……
 床に涙がこぼれ落ちた。
 バックの中のタブレットから音が聞こえた。
 涙をぬぐいながら、タブレットを取り出すと、メッセージが表示されていた。
『市川副会長の部屋に移動してね』
 昨日のことを思い出して、怖くなった。
 この人はやばい、と説明して部屋を変えてもらおうと、寮監の部屋に向かおうとすると、廊下の先に新庄先生が立っていた。
「あの……」
 言いかけると、新庄先生の後ろから市川副会長が顔を出した。
「今日から一緒の部屋ね。よろしくね」
「……」
 さすがにこの状況から、市川副会長は『変態百合娘』だから、私の貞操の危機なんです、部屋を変えてください、などとは言えなかった。
「運ぶの手伝うわ」
「先生も運ぶわ、一番軽い箱を教えて」
 私は一番上の箱を指さした。
 教科書の入った段ボール箱は私が、バッグは市川副会長が、軽い段ボール箱は新庄先生が抱え、市川先輩の部屋へと移動した。
 部屋の中に荷物を置くと、新庄先生が言った。
「聞いたところによると、白井さんは副会長の秘書になってるらしいじゃない。だからここがちょうどいいな、と思ったわけよ」
「それは……」
「昨日お願いしたわよね」
 私はうなずくしかなかった。
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『ひっぱたかれると思った?』
 やはり思考を読まれているのか、と思った瞬間。
 ミハルは目を閉じて棒のように直立したか、と思うと倒れかかった。
 慌てて抱き止める。
「大丈夫? 大丈夫なのミハル? しっかりして!」
 私はそっとミハルのカチューシャに手を伸ばす。
 本当に寝ているようで、一切反応を見せない。もし人の意思をコントロールするカチューシャなら、この裏側からチップが見えるはずだ。
 ゆっくりと手をかけてカチューシャを浮かせる。
「えっ?」
 以前ならこんなことすら受け付けないほど手足が抵抗したはずだ。
 そんなことがなかったかのようにすんなりとカチューシャが取れてしまった。
「……」
 裏をみても、チップの埋め込みは見当たらなかった。人の意思をコントロールするカチューシャにはなかった『MADE IN NATSU』という文字も読める。
 私はそのままポケットにカチューシャをしまい、ミハルを部屋に連れて行った。
「ミハル? 大丈夫なの?」
「寝かしてあげて」
「……」
 マミはまだ怒っているようで口を開かない。
 ミハルを寝かせると、私はそのまま部屋を出ようと戸口に進んだ。
「引っ越しの支度はしないの?」
 マミがとげのある感じでそう言った。
「……」
 私は何を返していいのか分からず、一瞬立ち止まった後、そのまま部屋を出た。
 一階に降りて、寮監の部屋にむかった。新庄先生にミハルのカチューシャを調べてもらう為だった。
 部屋に入ると、新庄先生はノートパソコンで何か資料を作っているところだった。
「どうしたの? もう引っ越しの準備できたの?」
「いえ、これを見てほしいんです」
「あら、カチューシャ」
 新庄先生は手に取ると、頭につけてみようとする。
「ダメです!」
 私が慌てて静止する。
「赤黒のカチューシャ。例の人の意思をコントロールするやつだと思ったのね?」
「そうです。その可能性が」
 新庄先生はそのまま頭につけてしまう。
「私がコントロールされたら、あなたが解除して」
「そうじゃなくて、それを調べてほしいんです」
「裏面に白黒の模様もないし、軽すぎるわね。そして私がコントロールされていない。これはただのカチューシャよ」
「そんなに、簡単にわかるんですか?」
 新庄先生はカチューシャを外して裏面を見る。
 今度はゆっくり、細かい部分を端から端まで観察する。
「うん、じっくりみても私の意見は同じよ。これは〈扉の支配者〉のものではないわね」
 返されたカチューシャを私はじっくり見てみる。
 以前見たものは意志をコントロールするための回路=白黒の模様が描かれていた。
 もしかしたらこれも、中を割ればそうなのかもしれない。
「素材も違うみたいよ。あなたは何度も割ったんだからわかるんじゃない」
 新庄先生が奪い返すようにカチューシャを取ると、自らの頭に載せた。
 そして私の手をその頭に引き寄せた。
「ほら? わからない?」
 確かに感触は全く違う。こんなに弾力がある素材だと、割れる気がしない。
「……」
 パチン、と新庄先生は手を叩く。
「はい。これ以上考えるのはヤメなさい。無駄よ」
「けど、ミハルが……」
「ミハルちゃんは、違う理由かもしれない。そう考えるべきよ」
 そう言って、外したカチューシャを差し出す。
 受け取ると、新庄先生はうなずいてから言った。
「ちょっと忙しいから、今度来るときは引っ越しの準備ができてからにして」
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「ちょっとまって!」
 清川が中谷の手をつかんだ。
 映像の再生も止まった。
「これパトレコって一応、個人情報なんでしょ? 私がパスワード入れなきゃ見れないはず」
「この前、パスワード入れてもらったじゃん?」
「えっ…… そうだったっけ。なーんだ」
 映像を再生した。
 左手の道に降りてくる男、一瞬清川の顔を見て、まずい、というような反応を見せる。
 しかし、清川はまっすぐ前をみているようで、その男に気づかずまっすぐ走ってしまう。
「清川さん、この男に気づきませんでしたか?」
「うーーん……」
 三人の視線が、清川に集まる。
「わ、私あまり男の人に…… じゃなかった。よく見えてなかったです」
「しかたない例のビルに仕掛けたカメラの方へ行こう」
 中谷はパソコンを畳んでバッグにいれ、全員で坂を下り始めた。
 加山が先頭を歩き、亜夢が後ろに続いた。
 中谷は清川に服をひっぱられ、後ろを振り向いた。
「どうしたの?」
「中谷さん、確かにパスワード入れたけど、このパソコンがパスワード覚えてるってこと?」
「そ、そうだよ。OSの機能だよ。いいじゃん、便利だし」
「パトレコって、個人情報だから勝手に見ちゃダメ」
 胸のカメラを指さす。
「この捜査の間だけだから」
 清川は小さい声で言った。
「……パスワード変えとく」
「そんな……」
「だって…… これトイレとかも映っちゃうんだもん」
 より一層小さい声だった。
 中谷は首をかしげた。
「あれ、だって、これトイレボタンってついてるでしょ?」
 パトレコをつまむような仕草をした。
 清川のパトレコの両脇にスイッチのようなものがついていた。
「これ?」
「同時に長押しすると一定時間撮影が止まるんだよ。時間設定は出来ないから、一定時間後に再撮影が始まるけどね。だけど、その時には録画前に音がなったはずだよ。延長するときはその音がなった時に再度つまむように押してトイレモードにいれるんだよ」
「知らなかった……」
「やっぱりね。知らない人多くてさ。パトレコの映像で何人の○○○をみせられたことか……」
「えっ、私のみてないでしょうね!」
 声が大きくなった。
 亜夢と加山が立ち止まって振り返る。
 清川が手を大きく交差させるように振り、「なんでもないから気にしないで」と言った。
「大丈夫だよ。俺、|二十歳(はたち)より上の女性には興味ないから」
「あーむかつくー!」
 そうやってしばらく歩くと、カメラを仕掛けたビルについた。
 加山がビルの警備員と話をして、警備室のカメラのモニター付近に、椅子を並べて皆で座った。
 中谷が仕掛けたカメラの画像をパソコンで取り出し、その間にもともとビルについているカメラの映像を確かめた。
 リモコンを使ってじっくりと検証したが、それらしき人物は映っていなかった。
「やっぱり一日じゃ無理もないな」
「通行量は多いですね。こんなに人が通るとは思いませんでした」
「中谷、そっちはどうだ?」
 中谷はパソコンで画像解析をして、人物らしき映像だけを切り取って一気に確認していく。
「こっちも同じですね。あの時の人物っぽいのすらない」
「ま、映像は続けて撮っていこう」
 警備の人にお礼を言って、ビルをでる。
 加山が、例の現場を指さして、中谷に言う。
「ここの超能力干渉波を測ろう」
「乱橋さん、ちょっとキャンセラー外して」
 亜夢は先日の映像で、電撃を発した人物が立っていたあたりに進み、ヘッドホンの形をしたキャンセラーを、ゆっくりはずした。
「!」
 一瞬、亜夢の中に奈々の姿が現れた。
 テレパシーとは違う、映像イメージだった。
「こ、こんなこと……」
 奈々の姿が見えなくなったと思うと、いきなりアキナからのテレパシーが入ってくる。
『奈々、さっさと水着きてよ』
『真っ裸になってから着替える人見るの、小学生以来だよ』
「どうした? 乱橋くん」
「乱橋さん?」
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「保健室で新庄先生に相談してたのよ」
 ちょっと時間はずれているけど、保健室に行ったのは間違いないんだし。
 ミハルが何かに気付いて後ろを振り返った。
「そうよ」
 と、声のする方に振り返る。
『新庄先生! なぜここに?』
 ミハルを除く三人は同時にそう言っていた。
「先生、寮監代行なんだから、こんなことでびっくりしないでよ」
「そうでした」
「ごめんなさい」
 新庄先生はそのまま近づいてきた。
「そうだ、あなた達に言っておくことがあった」
「なんですか?」
「今日から白井さんは別の部屋に移ってもらうわ」
「きょ、きょう?」
「早い方がいいからね。移動できるように準備しておいて」
 マミが一歩前に出た。
「なんでですか? なんでキミコが?」
「他の全員も二人部屋にはなってるんだけど…… あなたたちの部屋だけいびつに四人なのよね。そういうところを是正するためよ」
 いや、違う。
 新庄先生は私のことがマミにバレるのを心配しているのだ。あるいは、私がいなければマミが襲われないのか、という事を確認したいに違いない。
「移動先の部屋は後で連絡するからとにかく準備しといて。台車とか使っていいから」
 新庄先生はそう言うと、急いで寮へ入っていった。
「四人じゃ部屋、狭かったから、ちょうどいいじゃない」
「薄情ね。最後にきたチアキが移動したらいいじゃない」
「なによ、まだ学校にきて何日も経ってないのよ、知らない人と一緒の部屋になんて行けないわ」
「わ、私、学校にきてからずっとキミコと一緒だったのに……」
 マミは私の手を握ってそう言ってくれた。
「……」
 ミハルはじっと寮の入り口を見つめていた。
「とにかく支度をしなきゃ」
「キミコは納得してるの?」
 私は首を振った。
「マミ、私も納得はしてないけど、先生兼寮監代行の指示だし……」
「なら、キミコ。抗議しようよ」
「……抗議するのは、やめたほうがいい」
 ミハルは寮の入り口を見つめたままそういった。
「なんでよ、ミハル。理由は?」
「……」
 ミハルは口を開かない。
 マミはミハルの腕を掴んで振った。
「なんで、ミハルは四人でいたくないの?」
「……キミコが知ってる」
「どういうこと? キミコ、もしかしてキミコは私と部屋を違えたいの?」
「ミハル、いいかげんなこと言わないで」
 なぜ私の考えてたこと知っている…… まさか、またあのカチューシャの力が働いて……
「キミコはマミを守りたいの」
「えっ? なら一緒にいてよ。キミコ、ミハル、はっきり言ってよ」
「違う、違うって」
 私はミハルの言っていることを打ち消そうと手を振った。
「……もういい」
 マミは口をつぐんで、一人で寮へ戻ってしまった。
 チアキはマミを追いかけて寮に入っていく。
 私はミハルが考えを読み取っているのか、確かめる為に考える。
『ミハルは私と一緒の部屋はイヤ?』
 ミハルは表情を変えない。
『私はミハルの頬をひっぱたきたい』
 ミハルが私の方を向いた。
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 公園の中を流れる川があり、そこは少し谷のようになっていた。
 周辺のビルも、観光対象になるぐらい高いもの以外は見えない。
 亜夢には、まるでここが|学園(ヒカジョ)のある田舎のように思えた。
「ここかな? 乱橋さん、ちょっと感じを教えて」
 亜夢は超能力干渉波を打ち消すキャンセラー ーー見た目はただの白いヘッドホンだがーーを頭からはずし、首にかけた。
「あっ……」
 亜夢が笑った。
「どうしたの?」
「なんだ」
 あっという間に、ゲラゲラ笑いだしてしまった。
「……ごめんなさい。あの…… ふふふ…… ここだと、学園の|娘(こ)達のテレパシーが聞こえるんです」
「相当低いってことかな?」
「あっ、そ、そういうことです」
 中谷が棒をあっちこっちに向けながら、パソコンの画面を見つめる。
「確かに、ここだと一桁台です。故障かと思ってびっくりするぐらい」
 加山が歩いてきた方向をさした。
「戻ろう。乱橋くん、キャンセラーをつけて」 
 パトカーにのると、また昨日のお寺に止めた。
 清川さんが住職に話をしに行き、亜夢と中谷と加山は坂を下りてカメラのあるビルへ向かった。
 途中、襲われたあたりに差し掛かると、中谷が言った。
「昨日襲われたところって、この辺でしたっけ?」
 加山が顎を手で触りながら周囲を見回す。
「ああ、そうだな」
「測ってみたいです。乱橋さん」
 中谷はまた頭からヘッドホンを外せ、という仕草をしてみせる。
 亜夢もそっとキャンセラーを外す。
「……」
 亜夢は道の先をじっと見つめて、黙っている。
「どう?」
「……立ち去れって」
「えっ? 今、なんて?」
「ここから立ち去れって。病院送りじゃすまないぞ、って言ってます」
「言ってます?」
 亜夢は道の先を指さした。道は坂になっていて、その先に誰がいるのかは見えない。
「テレパシーってこと?」
 亜夢はうなずいた。
「それって、ここが超能力スポット…… つまり超能力干渉波が出てないってこと?」
 亜夢はどこをみるでもなく周りをぐるりと見回した。
 どこから話しかけているのか…… 亜夢は一歩踏み出した。
「あれ?」
 激しいノイズ。飛び続ける黒いカラスが前を覆ったような感覚が亜夢の中に起こる。
「消えました」
 すばやくキャンセラーをつける。
 中谷が慎重に棒を動かしながら測定を続ける。
 亜夢がいたところ、前、後ろ、左、右…… そのあたりすべて。
 厳しい顔つきのままだ。
「なんだろう、急にノイズが強くなってる」
「このあたりにそういうエリアを作ったり、消したり出来るということか?」
 そう言って加山が周りを見回す。 
 亜夢も、キャンセラーを少し頭からずらし、同じように辺りを見回すが、木々が生えているのと、古めかしい瓦屋根の住宅が並ぶばかりで、何か特殊な装置や、力のようなものは感じられなかった。
「立ち去れ、って言ってるってことは、この地域にくるなってことだよね。それは怪しい、ってことを印象付けたいのかな。わざとここを調べさせようということなのかな?」
「中谷が言うようにここをしつこく調べさせて、時間を稼ごうとしているのか、それとも本当に警告のつもりなのかわからんが、この近くに何かあるんだ。事件もこの近辺で起こっているんだからな」
「先に行きましょう。カメラを仕掛けたビルに」
 亜夢が言うと、後ろから声がした。
 三人が振り返る。
「お待たせしました〜」
 清川が追いついてきたのだった。
「誰かいなかったか、あるいはすれ違わなかったか?」
「パトレコを見ればわかります」
 中谷がパソコンを開いて、パタパタキーを打つ。
 映像が再生される。
「えっ、ちょってなんで中谷さんが?」
「映ってませんか? あ、この左側に避けていく人」
「ちょっと、中谷さん? なんで私のパトレコの映像再生出来るの?」
「アスファルトの上だと、迷彩柄の服を着ていると、かえって目立つが……」
「そこの木の影に潜んでいたのだとしたら?」
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「えっ? 誰に」
「クラスの男子に」
「完全に見られたの? シャトルバスから見えたってこと?」
「体力測定の値を覗き見られました…… 体重と、50m走のタイム……」
「……ああ、そういうことね」
 新庄先生は、ぽんぽん、と私の背中を叩いた。
「確かに、体格からすれば軽すぎるわね。予備知識なしで、これが空を飛べるぐらいの体重だと、理解ができるかわからないけど」
 えっ、これを知られたら、私が翼を持っていて、空を飛べる、と分からないだろうか。
「鬼塚刑事のように2m200kgでも、トラだからこんなに大きいのだ、とは思われてないわ」
 私はゆっくり新庄先生から体を離した。
「新庄先生は…… 身体的特性値から」
「私は体力測定では何も出ないわね。ごく普通。ひとつあるとすれば、ほら、こんな風に口がいっぱい開くぐらいかしら?」
 耳の端まで口が裂け、私のおなかのあたりまで顎が下がる。
「ひっ!」
 私が怯えると、口がCGのようにパッと元に戻った。
「アハハハ…… だから、変身した時の翼や足の爪を見られない限り問題はないと思うわ。バレたっていうから、マミちゃんだと思ったけど。男子でしょ? 大丈夫。男は鈍いから」
「そうでしょうか」
 新庄先生はしきりを開いて、保健室のベッドに寝るように指図する。
 そしてよこの丸椅子に足を組んで座り、言った。
「その値を、マミちゃんに知られたらちょっと気づくかもね。鬼塚から聞いた感じだと、あの子はセントラルデータセンターであなたを見ているはず。無意識下だったとしてもね。本当は離れた方がいいのよ」
「でも、マミが狙われて……」
「あなたが近くにいるから、マミちゃんが狙われているだけだとしたら?」
「……」
「寝なさい。まずは忘れなさい」
 布団をかけられると、まるで魔法をかけられたように寝てしまっていた。

 午後の授業を一つ休んで、私はクラスに戻った。
 佐津間が口を一文字に結んでいるのが目に入った。
「あっ、大丈夫なのキミコ」
「うん、大丈夫だよ、マミ。あれ、なに、どうしたの?」
 マミは私の見ている方向を振り返って「ああ……」と言った。
「昼休みから、ずっとあんな感じ。木場田や鶴田とも口をきいてないね」
「ふうん」
「心配?」
「全然」
 マミは笑った。
「無理してる。なんかそんな顔だよ、キミコ」
「ホントにホント、心配してないから」
 大体、奴のせいでこっちが泣く思いをしたというのに、心配するわけないじゃないか、とは言えない。
 そんな一言から、マミに私の秘密がバレてはいけない。
「まあ、いいんだけど」
 そんな調子なら、体力測定の話をべらべらしゃべったりはしていないだろう。
 呼び出して直接話して正解だった。
 担任の佐藤がやってくると、午後の授業が始まった。
 退屈で長い授業の間中、佐津間は口を開くことはなかった。
 部活の連中がいなくなって、寮へ帰るバスでも佐津間達と一緒になったが、やはり佐津間が口を開くことはなかった。
 女子寮で降りると、男子寮へ回っていくバスを見ながら、マミが言った。
「佐津間となんかあったでしょ?」
 私は首を振った。
 チアキがマミの後ろから顔を出す。
「いや、確実になんかあった」
「ないから。何にもないから」
 チアキとマミが私をつついてくる。
「あやしいぃ~」
「本当に何もないよ」
「そういえば、昼休み、どこ行ってたの?」
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「口喧嘩したいのか?」
「他の誰かにここにくることを言ってないわよね?」
 佐津間はうなずいた。
「佐津間、あんた本当に体力測定のリストを見たのね?」
 最初は全く反応しなかったが、見つめているうち、ゆっくりとうなずいた。
「覚えている内容をすべて言って」
「えっ……」
「それともファイルコピーとったなら、それを見せて」
「ファイルコピーはしていない。おぼえている内容って……」
「いいから全部いいなさい。そして、もうその覚えていることは言わないで欲しいの」
 佐津間は目を丸くして、黙ってこっちを見つめている。
「今、言っていいの?」
「?」
「怒らない?」
「どういう意味? あんたに対して怒らないなんて約束できないわ」
 佐津間は口に手を当てて、グランドの方を向いた。
 しばらくしてこちらを向くと、口を開いた。
「白井公子、16歳、バストxxcm、ウエストxxcm、ヒップxxcm、身長xxxcm、体重xxkg、座高xx、視力右x.x、左x.x、反復横跳びxx回、50m走xx.x秒、ソフトボール投げxxm、走高跳xxxcm、走り幅跳びxxxcm、逆上がり〇、握力右xx.xkg、左xx.xkg、シャトルラン……」
「やめて!」
 どこまで覚えてんだこの男は……
 自分自身忘れかけている数値まで全部思い出させてくれた。
「まだ言えるけど……」
「!」
「いてて……」
「殴るよ!」
「もう殴ってんじゃねーか」
「もっと殴るよ、って意味よ」
「言わないぶんは覚えていいのか?」
「いやよ! 当たり前でしょ。あんたが体力測定で見た情報すべて忘れなさい! 最初からそう言えばよかった」
「ま、また殴るのか…… けど、一生懸命暗記したのに忘れろだなんて」
「他人の個人情報なのよ? それに、もうすぐ期末なんだから、こんなことより他に覚えることあるでしょうが」
「……」
「お願いよ…… 忘れなさいよ……」
 目の前の佐津間の姿や、ネット裏の風景が歪んで見えた。
「す、すまん」
 佐津間は頭を下げた。
「忘れる。もう二度とこの数値を口にしない。頭にも浮かべない」
 自分の頭を自分で殴り始めた。
「やめてよ! そんことしないでいい」
 涙がこぼれていた。
「わかったから。それじゃ……」
 佐津間をそのままにして、私は校舎の方へ走って戻った。
 この痛みはどうすれば和らぐのか分からなかった。
 このことを言える人間は学校で一人しかいない。そこに向かって廊下を走った。
「新庄先生」
 保健室の扉を開けると、新庄先生は立って窓の外を見つめていた。
「どうしたの、声が……」
「先生!」
 その胸に飛び込んでいた。
 再び涙が湧き上がってきて、頬をつたった。抑えきれない感情が、次々に広がり、言葉にならない声だけが発せられた。
「うっ…… うぅ…… うぅ」
「何があったの」
 新庄先生に抱きしめられ、気持ちが少し軽くなった。
「私の秘密が…… 見られちゃった……」
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 アキナは物知り博士のようなスタンプを送ってきた。
『なるほどね』
『わるいけど、授業が始まるからさ。何かあったら入れといて。後で返事する』
 手を合わせたキャラのスタンプが続く。
 亜夢はスマフォをスリープさせる。
「(だから、このキャンセラーで何も見えなくなったってわけだ)」
 グラスをもって、ストローを口に含む。
 そして周りを見回して、疎外感を感じる。
 超能力避けがある、ということは、それに動じない、踏み込む強い勇気をもったごくごく限られた超能力者…… か、まったく超能力とは無縁の人しか店内にはいない、ということになる。
 この店のオーナーは、超能力者はカフェでも暴れる、とか考えているのだろうか。
 考えているうち、亜夢は腹が立ってきた。
「ズズズズズ……」
 ワザと音を立てて飲み干すと、返却口にコツン、と音を立てて返し、亜夢は足早に店を出ていった。
 キャンセラーをしながら、街をあるいて警察署に戻ると一階で清川さんに会った。
「ああ、なんか連絡行ったの? こんなに早く戻ってくるとは思わなかった」
「連絡はありませんでしたけど」
「あれ? おかしいな。加山さんが鳴らすって言ってたんだけど。まあいいや。中谷さんの仕事が早くて、もう出発できるって」
「そうですか」
 清川が亜夢の顔を下からのぞき込むように見た。
「?」
「落ち込んでる?」
「ちょっと」
「何があったの?」
「それは…… あっちの通りにあるチェーンのカフェで」
 亜夢は『超能力避け』が仕掛けられていることを話した。
「へぇ。警察がこんなこというのもあれだけど、人権ってなんなんだろうって思うわ」
「たぶん、店員もお客さんもだれもそこに『超能力避け』が仕掛けられている、なんて知らないんでしょうね」
 清川は亜夢の話を聞きながら、加山と話ししていた。
「はい、乱橋さん戻ったんで。はい。はい」
 電話を置くと、
「ちょっとあのカフェの印象悪くなったわ」
「世界展開しているから、そういうの気を使っているんでしょうか」
「気をつかうなら逆よ。フェアトレード、とか言っておきながら、店では人権侵害しているってわかったら、イメージダウンになるんじゃないかしら」
「……」
「もしかして、同じこと考えたかな? このことは……」
『他の人には言わない方がいい』
 亜夢と清川は声をそろえて言った。
「世界的なカフェの評判も、このアジアの一店舗でしていることでがたがたになることもあるわ」
 しばらくすると、中谷と加山が一緒に降りてきた。
 長い棒のようなものと、中谷のヘッドホンのようなものがつながっている。
 加山が清川にパトレコ(警察官の行動記録用カメラ)を付けろ、と指示した。
「なんだ、ゆっくりしてて良かったのに」
「ちょっとテンションが下がることがあって」
「まあ、乱橋くんの好きにするといい。その分仕事してもらう時間は長くなるけどな」
「はい」
 中谷は何か楽しそうに持っている棒を、あっちにむけたり、こっちに向けたりしている。
「それが…… 測定器なんですか?」
 亜夢は『干渉波』を言いかけて、言い直した。
「そうだよ。乱橋さんが感じているのと同じ、なら正解なんだけど……」
「?」
「この警察署のレベルは55~65ってところ。それ外して、ここの感覚覚えといて?」
 亜夢は中谷の言ったように、キャンセラーを外して首にかけ、どんなことが頭に飛び込んでくるのかを、感覚的に覚えることにした。
「どう?」
「難しいけど、覚えてみます」
 清川がパトレコを付け、車のカギをもってやってきた。
「準備できました」
「出発しよう」
 全員でパトロールカーに乗り込むと、大きな公園が見えてきた。
「今日はどこにいくんですか?」
 中谷がパソコン画面を見ながら言った。
「まずは一番干渉波が低いと思われる場所に行ってみよう、ということにしたのさ」
 亜夢が緑が広がる柵の向こうを指さした。
「そうだ」
 車を降りると、全員でその公園に入っていく。
 中谷がスマフォで地図を確認している。
「もう少し進んだ先みたいです」
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「そうか、佐藤先生に直接抗議しよう」
 その時、予鈴がなった。
 私達はそれぞれ席に着き、私は授業中に隙をみて佐藤先生に抗議のメールを書いた。
 佐津間が体力測定の情報にアクセスして、個人情報を覗き見た可能性があること、管理を厳しくしてほしいこと、見たやつに罰を与えて欲しいこと。
「待って!?」
 そういう情報にアクセスすると、生徒にどれくらいの罰則があるのか知らなかった。
 この話で、佐津間を退学にしたいわけではない。
「何を待てばいいですか? 白井さん?」
 教室から笑いが起こった。
「……」
「日本語難しいですネ」
「オレーシャ先生、ごめんなさい」
 私は謝ると、校則について検索をかけた。
 個人情報へのアクセスという罪はない。
 過去、学校であった事件もそんなものはない。
 インターネットを検索すると、他校の話ではあるがテスト情報にアクセスした際の生徒の処分について載っていた。これが今回の体力測定の結果へのアクセスに近い気がする。
 一番重いものは『退学』だった。これは完全に計画的にテスト問題にアクセスをしている場合だった。金銭目的で、入試問題へのアクセスをしている場合だ。
「(これはちょっと違う)」
 入試問題へアクセスしようとしたら、相当な準備が必要だ。佐津間が体力測定の情報に手を出したのと、同等に扱うのは違うだろう。
 期末試験の情報をたまたま見てしまった場合があった。これは一定期間の『謹慎』だった。
 『謹慎』をうけた人の進路に与える影響を考えれば、試験の内容を覗きみるのと、体力測定の情報をみるのとが同じかどうかは疑問が残る。
 それ以外の軽い情報を見たというのは新聞記事にもならないのだろう。どんな処分を受けたかはわからない。
 しかし、処分が厳しすぎた場合、佐津間の人生を変えかねない。
 私は佐藤先生にメールをするのをためらった。
 代わりに、佐津間にメールしていた。
 とにかく、直接話すしかない。
 なにを覚えているのか。
 覚えているなら、忘れてもらわなければならない。あるいは、絶対に言わない約束を取り付けなければならない。
 可能なら、佐津間の秘密を知ってから、交換条件としたかったが、私の秘密が知られているのだとしたら、そんな猶予はない。
 午前中の授業が終わると、昼食の時間になった。
 マミとミハル、チアキと昼食をとった後、私は早々に皆と別れ、約束の場所へ向かった。
 佐津間は、先にそこに来ていて、アンパンをかじっていた。
「ずっとここにいたの?」
「……」
「なんか言いなさいよ」
「……」
 佐津間がようやく口を開いた。
「食べてるときに話しかけるなよ」
「じゃあ、さっさと食べなさいよ」
 佐津間は残りのアンパンを一度に口にいれた。
「ほえじゃあ、はなひをひほうか……」
「なんのためにさっきまで無言だったのよ! 口の中にものを入れたまま話したくないからじゃないの?」
「ほへん」
「……」
 私は目を閉じて額に手を当てた。
「まったく……」
 私はグランドの方を見て、食べ終わるのを待った。
 ようやく、食べていたもの飲み込んだらしく、佐津間が話しかけてきた。
「もういいぞ。しかし、なんだこのメールは『昼食後、バックネット裏で待つ』って。果たし状かと思ったぞ」
「果たし状みたいなもんよ」
 佐津間は身構えた。
「や、やるのか?」
「どこまで馬鹿なの?」
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 だが、実際に加山の口からきいて、実感が湧いてきた。
「おそろしい魔術をつかうような、爆弾を仕掛けて超能力で起動するようなテロとか。そんなイメージしかないのさ」
 清川が言った。
「きっと、みんな身近にいないからね」
「だから、そういう発言や、それっぽい行動をしてはダメだ」
 中谷が手を止めて亜夢に『あたまにかぶるよう』なしぐさをした。
「していった方がいい」
「……」
 亜夢は加山出したお金を受け取り、警察署を出ていった。
 カフェ…… 昨日行った裏の通りに何件かあった気がする、と亜夢は大通りのチェーンのカフェをパスして、歩いて行った。
 すぐそこのチェーン店だと、行き帰りの時間も短くて、間が持たない。
 裏通りまで行けば、それだけで時間がかかるし、飲んだこともないカフェとか紅茶が出てきそうだった。
 大通りを曲がり、信号を待っていると、黒塗りの大きな車後ろからやってきて、亜夢の横に止まった。
「!」
 確かに学園の近所では見かけないような大型車だったが、こういう車をないわけではなかった。
 後ろのドアの色付きのガラス窓が静かに降りた。
 そこには、昨日、ショーウィンドウ越しにみた、高級ブランドショップの客がいた。
 窓が半分ほど降りると、亜夢の方をちらっと見てきた。
「えっ?」
 微笑むわけでもなく、話しかけてくるわけでもなかった。
 ちらっと一瞥すると、また正面を向き、ガラスが上がり、車も静かに出発した。
 亜夢も同じ方向へ渡り、その車が去っていくのをその場でじっと見つめた。
「なんなんだろう」
 首をかしげて、裏通りへ入っていく。
 ほどなくカフェを見つけるが、シャッターが閉まっている。
 それどころか、ゴミの回収車や、たくさんの段ボールを下している配達業者がいるばかりで、店という店が閉まっていた。
「ここは、朝くるところじゃないみたいね……」
 『Sugar boy』あたりまで歩いたところで、裏通りのカフェを試すことはあきらめた。
 そして、大通りに戻ると、大手チェーンのカフェに入った。
 亜夢は床に何かを見つけて立ち止まった。
「!」
 亜夢の後ろから、ほぼ入ってきた別の客が亜夢を避けるようにして先にカウンターに行き、注文を始めた。
「えっ」
 亜夢は抜かしていった客に聞こえるか聞こえないかの小さな声をあげた。
『あなた、超能力者ね?』
 どこからか、テレパシーで話しかけられた。
 安易に答えては駄目だ。
 亜夢はまた床をみて首をかしげる。
『そこでおどろいちゃだめだよ』
 亜夢の知覚を盗み見るほどの力があるか、この店の中にいて、こちらを見ているはずだった。
 どんな人物か確かめたくて、きょろきょろと周りを見回すが、テレパシーを送るのがどこにいるのかまったくわからない。
『ふん、せっかく超能力者に会って喜んでいたのに。無視するなら勝手にしな』
 ぼんやりとだが、近くにいた感覚がなくなった。
 どうやらどこかに行ってしまったらしい。
 入り口のオートドアの外を通りすぎる人々を見て、店内じゃなかったんだ、と亜夢は後悔した。
「(おどろいちゃだめ…… か……)」
 ふいに、警察署で、中谷がわざわざ手を止めて、亜夢にしてくれた合図を思い出した。
「たしか、こう…… あっ!」
 亜夢は、首にかけていたキャンセラーを頭にのせた。
 亜夢の口元に笑みが浮かんだ。
 そのまま注文カウンターに進み、すこしだけキャンセラーをずらして店員と会話した。
 加山から受け取ったお金を出すと、レシートとお釣りをまとめてポケットに戻した。
 商品をもって奥の席に座ると、キャンセラーを正位置に戻した。
 アイスのカフェラテを飲みながら、持っていたスマフォで検索する。
『超能力者避け』
 まったく検索結果が出ない。
『超能力者避け 幻覚』
 ヒットしない。
 なんだろう、と思いながら、アキナにメッセージを送った。
『なんか、店に入ったら底なしの穴がが開いていて、天井からは巨大な蜘蛛の足が飛び出してた。これってなに?』
 既読、とついてから、しばらくたつとメッセージが返ってくる。
『超能力避けだって。パチンコ屋とかギャンブル場に多いけど、って、みんな言ってる』
 亜夢も素早くフリックして返す。
『マジ! これ、幻覚なの?』
『リアルなのは、受け手が最も怖いものを、受け手の力で作り出すからなんだって。二人が同じところに立っても、同じものは見えないんだってさ』
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 チアキが割って入ってきた。
「逃げ回っていた?」
「逃げなきゃやられちゃうし…… 私達がいなかったら、そのままバスを追っかけてしまったでしょう?」
「おとりってこと?」
「すげーじゃん。今度、俺もやってみよ」
 木場田がポケットに手を突っ込みながら、そう言った。
 鶴田が言う。
「木場田、それはあぶねーぞ」
「何? 新庄先生や白井に出来んだぞ」
「白井って足早いんだぜ」
「なんだ佐津間、なんでお前がそんなこと知ってんだよ?」
「以前、体力測定の結果見たからな」
 マミが、にやり、と笑った。
「佐津間って、えっちね~ どうでキミコのスリーサイズでも見てたんでしょ?」
「体力測定のリストって、そんなことも載っているの?」
 マミがうなずく。
 私が睨むと、佐津間が顔をそむける。
「そうなのね?」
「そんなの見てねぇよ」
 佐津間は腕を組んで、むすっとした表情をつくる。
 木場田が佐津間の肩に手を載せると、「こいつはロリコン、ペタコン、ツンデレコンだからな」
「なっ……」と、佐津間は木場田の手を払った。
「木場田、それ何のこと?」
「木更津に教えてやろう。ロリコンはロリータ・コンプレックス。ペタコンはペッタンコ・コンプレックス、これはペッタンコな胸が好きなやつのことだな。ほとんどの場合、ロリコンとかぶるが、ロリコンでも巨乳が好きな奴もいるからな。ツンデレコンはそのまんまツンデレ、コンプレックスだ。全部白井のコンプレックスを表している訳だ」
 鶴田が私の方を見て、ボソリと言う。
「あまりに的確すぎて、白井は言い返せないみたいだな」
 ここで言い返したり、佐津間に突っ込んだりするとツンデレになってしまう。
 私は耐えながら無視した。
「……と、とにかく、足は速いんだよ。だからおとり役に選ばれた…… んだと思う」
 こいつ、もしかして私を助けてくれようとしている?
「白井、100メートル何秒なんだよ」
「11秒台……」
「えっ?」
 全員が息をのんだ。
「女子でそのタイム、オリンピック狙えんじゃね?」
「陸上部から誘いが……」
「体力測定ん時、なんで……」
「……」
 そう。
 皆でやった体力測定の時には、私は休んだ。
 先生に頼んで、完全に個別で測ってもらっている、のだ。100メートルだけでない、知られたくない値があるから……
「!」
 私はとっさに佐津間の襟を締めていた。
「あんたっ! 体力測定で何を見たの?」
「くッ……」
「何が『くッ』よ」
 この佐津間という男は…… 転校初日に私の事をババア声と言ってみたり…… やはり最悪だ。
「そんな目で俺を見るな!」
「しゃべらないで!」
「……」
 後で佐津間がどこまで覚えているか、確認しておく必要がある。
 知られてはいけない値だからだ。
 マミが私と佐津間の間に割って入ってきた。
「ま、まあ、いいじゃない。どうしたのキミコ?」
「けどマミ、体力測定の時の値って、個人情報の塊なのよ? やばくない?」
「佐藤だからね、きっちりした管理は期待できないわね」
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「……」
「そう。おとなしく従ってくれればそれでいいの」
 新庄先生は、私の背中にぴったりと体をつけた。先生の左手が私の小さな乳房をまさぐった。右手は、足の付け根の大事な谷間に入り込み、奥の方を指で挟むようにして、それを振るわせた。
「あっ…… あっ……」
 右手の震えと、左手がつまんだ先端、どちらが感じたのかはわからなかった。
 いや、どちらも感じたのだろう。
 呼吸が激しくなり、私は新庄先生の手をはねのけた。
「!」
「あ、あの……」
 振り返って見ると、新庄先生は一歩引いていて、体が触れない距離にいた。
 腕を組んで、こっちを睨みつけている。
「拒むの?」
「えっ……」
「私を拒むのか、って聞いているのよ」
 私はつばを飲み込んだ。
 シャワーの音だけが響き渡っていた。
「ゆ、指は…… 指はイヤなんです」
 それが言い訳として通じるかは分からなかった。
「この前は指だったけど」
「……」
「そう。それなら」
 ペロリ、と新庄先生は舌を出した。
 蛇そのもの…… ではなかったが、普通の人より、細く、長いように見えた。
「舌で。ね」
 壁に追い込まれ、私の体は新庄先生の舌の前に降伏した。



 新庄先生と私はシャワーの後、面談室で校長と担任の佐藤に話をした。
 事実とは異なる内容だったが、結果として〈転送者〉が破壊された事実は同じだった。
 校長と担任からすれば、私たちが倒したかどうかではなく、私たちが怪我なく、問題を起こさず学校に戻ってきたことが重要だったから、何も疑わずにその言葉を受け入れた。
 少し昨日の寮監の話もされた。
 病気の状況は落ち着いたが、寮監の仕事に戻るには時間がかかりそうだと言った。
 新庄先生も、連続的に寮監の業務をするのではなく、他の人と当番制にして交代する可能性があることを言った。
「オレーシャが手を上げているんだが、新庄先生はどう思う?」
「出来るとおもいますよ」
 間髪入れずにそう答えた。『えっ、冗談でしょ』と思って思わず新庄先生の顔をみたが、真面目な顔だった。本当にあのオレーシャに寮監が務まるのだろうか。
「日本の文化にも詳しいから食事も大丈夫でしょう。問題はないです」
「なら間違いないか。まあ、とにかく、何人かで交代になるはずだから、それまではお願いします」
 校長は新庄先生に頭を下げた。
「白井、じゃあ、教室に戻るか」
 面談室を出ると、担任の佐藤と私が一緒にクラスへ向かい、新庄先生は一人で保健室へ向かった。校長は面談室に残り、口に手を当て、独り言を言いながら、何か考えている風だった。
 クラスに戻ると、私は席についた。
「大丈夫だった?」
 マミが心配してくれた。
「平気だよ。すぐ警察が来たし」
 校長や担任に話したことと、内容がずれないように注意した。
「新庄先生は?」
「うん、大丈夫」
「木更津、白井、まだ休み時間じゃないんだぞ」
「すみません」
 マミが手を合わせて謝った。私は笑って首を振った。
 授業が終わると、チアキと佐津間達が私の周りに寄ってきた。
 いきなり佐津間が言う。
「お前、なんでバス降りたんだよ」
 木場田の後ろに鶴田がついてきた。木場田が興味深げに言った。
「〈転送者〉ってどんな匂いするんだ? 何メートルまで近づいた?」
「知らないわよ。警察がくるまで、逃げ回ってただけなんだから」
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「そうだったねー、寂しいなぁ」
「清川さんだって、署で寝泊まりしてたわけじゃないじゃないですか?」
「朝来ると亜夢ちゃんがいる、そういう楽しみはなくなっちゃうわけだから」
 二人はエレベータに乗り、小さい会議室のあるフロアで降りる。
「今日は、この会議室に来てくれって連絡入ってたわ」
 清川がノックをして開けると、そこには中谷がいた。
「どうぞ」
 棒状のものに電線を巻き付けたような器具を机に立て、接続されたノートパソコンで何かの値を見ていた。
「もしかして、干渉波の測定装置?」
 中谷は数値を見ては、別のウィンドウで英文字を打ったり、修正したりしている。
「中谷さん、乱橋さんがね」
「……」
 何も聞こえていないようだった。
 亜夢が清川に向かって言った。
「すごい集中力ですね」
「照れるなぁ」
「聞こえてんじゃない」
 清川が突っ込んだ。
 中谷は棒を片手で持ち上げて、腕を伸ばし、まるで刀の波紋を見るかのようにそれを見つめた。
「……どうしたんですか?」
「野球選手のマネしてんじゃない」
「なんだよ、ネタバレすんなよ」
「ちゃんとやってよ」
 清川は自身のおでこに手をあてて、下を向いた。
 亜夢は中谷が次に何をしてくるか見つめていた。
「えっと……」
「ほら、余計なことしすぎるから本題に入りづらくなった」
「これはね、亜夢ちゃん……」
「乱橋さんだろ。中谷」
「加山さん」
 扉には加山が立っていた。
「おはよう」
「おはようございます」
「これが干渉波測定器…… なのか? 中谷。完成したのか?」
 中谷がパソコンの画面をみてつぶやくように言った。
「もう少しで完成します」
「で、いつ出発できる?」
「……」
 中谷はパソコンから目をそらさない。
 必死に考えているようだった。
「午後までかかるか?」
 中谷は首を振った。
「明日?」
「逆です。もっと早くできます」
 カチャカチャとキーを叩く音が響く。
「一時間? 二時間?」
 キーを叩いていた指が止まる。
「……一時間で」
「よし。乱橋くん、食事がまだなら済ませてくれ。あるいは喫茶店でも言ってお茶してくるか」
 加山が財布からお金を出した。
「亜夢ちゃん、いいお店しってる」
「清川は残れ」
 加山はそう言って、お札に手を伸ばしていた清川の手を叩いた。
「お、昨日の服を着てきたな。どうも制服は|超能力学園(ひかじょ)のものだと、知られているようだ」
「みきちゃんも制服のこと知っていました」
「乱橋くんがどこまで知っているかわからんがな……」
 加山が視線を落とした。
 亜夢は身構えた。
「超能力者はイコールテロリスト、みたいな風潮なのさ」
 非科学的潜在力女子学園でも『世間にはそういう風に信じる人がいる』と教えられていた。
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 さっき鬼塚刑事が言った言葉が気になり、翼を出して〈転送者〉を見つけたあたりへ飛んだ。
 上空からみても、あのサイズの扉のようなものは見当たらない。
 ただ廃墟のような家があるだけだった。
 これら家の扉から出てくるのは、今までと同じようなサイズのはずだ。
「!」
 一件、足場が組んである家を見つけた。
 その家の近くに降り立つと、周囲を確認した。
 破壊された跡があり、方向は通学路側へ向かっている。
 この足場……
 塀から覗くと、大きなシートが落ちていた。
「まさか」
 足場の上の方に、ちぎれたような紐がいくつも結んであった。
 私はスマフォで写真を撮って、鬼塚刑事に送った。
『これを扉に見立てて〈転送者〉が出てきたりするでしょうか?』
 しばらく反応がなかったが、『位置情報をくれ。後、その場を動くな』
 塀に背中を預けて待った。
 マミが『まさか〈転送者〉と戦っているの?』とメッセージが来ていた。
『戦うわけないじゃん。新庄先生と警察を呼んで処理してもらったのよ。現場検証があるから、もうしばらく動けない』
 そう返して、スマフォを切った。
 しばらく周辺を歩いたりしながら待っていると、鬼塚刑事と新庄先生が車でやってきた。
「これか」
 私はうなずいた。
 遅れて鑑識の人たちもついて、組んである足場の上の紐や、庭に落ちているシートを調べていた。
 紐そのもの、シート、そのシートに付着している土、足場に残っている土など。
 写真を撮っては、サンプルを取るそういう作業を繰り返している。
「この車…… ドアがついているけど〈転送者〉はきませんよね」
「〈鳥の巣〉の外だからな。だが、常にここにおいてあれば来るだろう」
「確かに、このサイズなら、さっきの〈転送者〉が出てきてもおかしくないわね」
 鬼塚刑事は足場の方をにらみつけるように見ている。
「偶然扉が出来たのか、故意にだれかが|扉状に仕立てた(・・・・・・・)のか、それが問題だ」
「山咲!?」
「すぐにその名前を出すな」
「鬼塚刑事、あそこ」
 廃屋の先に見える〈鳥の巣〉の監視カメラを指さした。
「あそこのカメラの映像を分析すれば……」
「そうだな」
 鬼塚刑事はすぐにスマフォで連絡した。
「君たちはもう帰っていい。そのパトカーで送らせる」
「はぁ…… やっとシャワー浴びれる」
「ありがとうございます」
 私と新庄先生はパトカーに乗せてもらって、学校へ戻った。
 担任と校長はすぐにでも話を聞きたい、という状況だったが、新庄先生がシャワーを浴びたいと言って、それが通ってしまった。
「あなたも来なさい」
「私は別にシャワーは……」
「シャワーの時間を交渉した先生の立場に立って考えてよ」
 新庄先生に腕を引かれてシャワー室へ向かった。
 さっさと脱いで先にシャワーを浴びていると、あとから新庄先生が入ってきた。
「ここに一緒に入って良い?」
 二人で体を洗うにはどう考えても狭い。
 体がぶつかってしまうどころではない。
「あの、良いとかじゃなくて、無理です」
「あら、無理じゃないわ」
 私が髪を解いて洗っているところに、新庄先生が無理やり押し込んでくる。
 肌と肌の間に、シャンプーの泡が入り込む。そして、つるっと肌がすれあう。
「あ、あの……」
「大丈夫。あの時と同じよ。回復のためよ」
 以前、〈鳥の巣〉のセントラルデーターセンターで戦った後、新庄先生にいろいろ触られたり、なめられたりして体が回復したことがあった。それとおなじことをしようとしているのか。
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『へぇ…… そんな装置があるんだ。売ってたら買ってきてよ。それを付けて、私も都会を歩きたい』
「非売品だよ、きっと。だって、警察の人が内緒で作ったっぽいし」
『そっか。残念だよ』
「おみやげは買って帰るからさ。欲しいものがあったらスマフォに入れてよ」
『わかった~ 考えとく~』
「じゃね。おやすみ」
『おやすみ、亜夢』
 亜夢は通話を切った。
 ずらしていた〈キャンセラー〉をきっちり耳にかけると、実際の耳に聞こえてくる音も、テレパシーに働きかけてくるノイズのようなものも、一切がなくなった。
 その無音の中で、亜夢は奈々の顔を思い浮かべていた。
 アキナと奈々の話からすると、高さにして二、三フロア分、人の体を引っ張り上げたことになる。
 果たしてクラスのみんなの|超能力(ちから)を使ったからと言って、そんな重量物を吹き飛ばせるだろうか。
 自分自身で考えても、壁を蹴りながらビルを上るのを、超能力で作る風でアシストするぐらいしかできそうにない。そんなやりかたでも体育倉庫の屋根に上れるのが精いっぱい。
 けれど、今回のは、手放しで、完全に浮いたような感じに飛ばしている。
 空間をゆがめる能力、なんていうものがあれば、可能なのかもしれない。
 けれどそんな力って、どれくらいのエネルギーを使うんだろう。
「まさか? 奈々!?」
 亜夢はそう言って体を起こした。
 いくら何の力をもっているかわからない、と言っても、奈々にその力を期待するのは突飛すぎる。
 再び横になって考えているうち、亜夢は寝てしまった。 
 
 
 
 亜夢は目が覚めると、素早く布団を片付け、いち早く干していた下着のところへ向かった。
 昨日のように下着がすり替えられていたら……
 亜夢にとってはこっちの犯人を捜査したいところだったが、唯一協力してくれそうな清川さんは気にもとめないようだった。

『大丈夫、洗濯したからここに掛けてるんだから』
 亜夢はじっとその下着を見つめる。
『大きさは大丈夫そうですけど……』
 清川がパッとその下着を取って、亜夢に押し付けるように渡した。
『大丈夫、大丈夫』
 困惑する亜夢肩を叩き、振り向かせ、両肩に手をかけエレベータの方へ押しはじめた。

 ただ、昨日はそもそも洗濯ものはほとんどなかった。誰も間違えることはないだろう。
 亜夢は部屋に入り、洗濯ロープの先を目で追った。
 真っ黒いTバックの下着。
「えっ?」
 |絶対に私のものではない(・・・・・・・・・・・)
 亜夢は下着を選択ロープから外しながら言う。
「誰かが故意に交換しているよね」
 誰かの視線を感じて、下着をロープに戻す。
「誰ですか?」
「おはよう、乱橋さん」
「清川さん! 助けてください。また下着が!」
 近づいてくると黒い下着を手に取った清川さんが言う。
「これ、乱橋さんが初日に買った奴じゃん」
「えっ? 違いますけど」
 亜夢が否定しているにも関わらず、清川はその下着を取って押し付けてくる。
「なんとなく使い込まれている感もありますし」
「昨日使って、洗ったんだから、それなりに使った感は出ちゃうでしょ?」
「いや、だから」
 清川は口に人差し指を当てて『しーっ』と言った。
「亜夢ちゃんがこういうセクシィな下着はいてたの、黙っておいてあげるから」
「なんか怪しい」
「?」
 清川はさっさと部屋を出てしまって、気づいていないようだった。
「亜夢ちゃんなんか言った?」
 亜夢も諦めたように首をふった。
「今日、おこずかいで新しい下着を買おう」
「ん?」
「今日からホテルなんですよね」
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 両腕で立ち上がろうという瞬間、私ままた〈転送者〉の頭頂へ蹴り込んだ。
 避けていく体。
「鬼塚刑事、そっちの目を!」
「目?」
「赤いところ!」
 体が裂かれ、動きが鈍った〈転送者〉の赤い目をつぶしにいく。
 おそらく、これがコア……
「動きが早くて、追いつけん」
「止まると回復します。頑張って」
「私も鬼塚刑事の方を手伝う」
 新庄先生が足の拘束を解く。
 振り上げられた腕が新庄先生を狙って振り下ろされた。
「間に合って!」
 新庄先生を狙っている〈転送者〉の赤い目の動きが止まる。
 鳥化した私の足が赤い目を掴み出す。
「割れろ!」
「新庄!」
 鬼塚刑事の声が聞こえる。
 ガシャっと音がして、私の足元でコアが割れた。
 しかし、新庄先生に振り下ろされた腕は止まらない。
 ガッ、と音がすると、鬼塚刑事が腕を受け止めていた。
 ゆっくりとだが、V字の裂け目が接合していく。
「早く逃げろ」
 新庄先生が立ち上がって、走り抜けると、鬼塚刑事も支えていた腕を放った。
 私は、反対側にあった赤い目を探し、拳で、足爪で追い立てた。
 ちょっとの隙をみつけて、赤い目が止まり接合を促す。
「このままじゃ、また再生しちゃう」
「俺も手伝う」
 鬼塚が片側の面を担当し、私が反対側を追う。
「?」
 ちょっとした隙に、赤い目を見失う。
「どこだ?」
 鬼塚刑事も見失っているのか……
 新庄先生が叫ぶ。
「あっ、体の真ん中……」
 真ん中では私の爪がえぐり切れない。おそらく鬼塚刑事も。
「まずい!」
「白井、両側から同時に叩くぞ!」
 鬼塚は拳を構えた。
「新庄、高さを教えろ!」
「裂け目の少し上!」
「いくぞ、いち、に、さん!」
 鬼塚は〈転送者〉の体を掴みながら這い上がり、コアのあるだろう位置へ拳を打ち込む。
 私も思い切り〈転送者〉の半身に足爪をつきたてた。奥へ、もっと奥へと、力を振り絞る。
「もっと奥だ! がんばれ!」
 このまま反対側へ突き抜ける、と思った瞬間、バシッと音がした。
 新庄先生が体をよじりながら、確認する。
「コアを砕いた」
 〈転送者〉の大きな体が、煙の中でキラキラ光るブロックノイズのように拡散して消えていく。
 手ごたえがなくなって、羽ばたきながら地面に降りる。
 鬼塚刑事も足場を失って着地する。
 私は大きなため息をついた。
「助かった」
「こんなデカいのが発生する扉がどこに……」
 鬼塚刑事はあたりを見回す。
「服がドロドロよ…… あんた学校まで送ってくわよね」
「こっちは現場検証しなきゃいけないんだ。応援の連中がくるまではここを離れられない」
「うそ、それまでこの恰好でいろっての?」
 新庄先生は鬼塚刑事をかるくつつく。
「そうなるな」
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