その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

2017年05月

 山咲が体を九の字に曲げると、中庭の石を敷いた部分に叩きつけられる。
 体を曲げて、顔面は守ったものの、叩きつけられた肩と背中にしびれが走った。
「この学校に何がある」
 走り寄って来て、そのままつま先が顔面をめがけて飛んでくる。私は腕を十字に合わせて顔をブロックする。
「何を隠してる」
 山咲はそう言いながら、十字に構えた腕の上から容赦なく蹴りを繰り返す。
「私は…… 何も知らない」
「じゃあ、誰が知っている!」
 さすがに蹴り続けたせいか、山咲も息が荒くなってきた。
 タ、タイミング……
「ほら、何か言えよ!」
 予備動作の大きい蹴りがからぶりして空を切る。次の瞬間、私のつま先が、山咲のあごをとらえる。
 羽ばたいて下がり、山咲と距離をとる。
「くっ……」
 その時、マイクロバスの大きなエンジン音が聞こえてきた。
 私は慌てて黒い翼をしまい込む。
 山咲は一瞬こっちに動いてから、反対方向にかけだした。
 追いかけようとしたが、小さな突起につまづいて転んだ。
 転がり終わって、立ち上がった時には、山咲は校舎の向こうへ走り去ってしまっていた。
「白井! どうした?」
 校舎の廊下の窓が開き、オレーシャがそう言った。
「なんでもないです」
「血だらけなのに、何言っているの」
 オレーシャの肩を借りて、再び保健室に戻った。
 私の血だらけのシャツをオレーシャが洗って、干してくれた。
 しばらくするとオレーシャは保健室を出ていき、またしばらくすると、誰かが入ってきた。
 ついたてを動かして、ベッドの方へ姿を現した
「新庄先生」
「誰にやられたの?」
「山咲」
「警察官だっけ?」
「警察官をかたっている男です」
 新庄先生はベッドの横に椅子を出して座った。
「そうだったわね。通学路に〈転送者〉を呼び込む〈扉〉を作っているとか」
「本人もそう言ってました」
「さっさと鬼塚につかまえてもらわないと」
 立ち上がろうとした新庄先生の手に触れると、座りなおした。
「新庄先生」
「どうしたの?」
「山咲が私に聞いたんです。学校や寮に〈転送者〉が発生しない理由はなんだ、って」
「確かに学校に〈転送者〉が出ないのはなぜか、それとも出る可能性はあるのに、たまたま出ないだけなのか。それは大きな問題よ。学校の存続にかかわるほど」
「学校長は〈転送者〉が出ない理由、知っているんですか?」
「さあ、そこまでは。本当に、土地が安いからここにした、というだけかもしれないし」
「新庄先生は他に何か知っていますか?」
 新庄先生は視線を落とした。
「理由を知っている者がいるとすれば、それは〈扉〉の支配者か……」
「それは、そうでしょうけど」
「〈扉〉を研究している人、ぐらいじゃない」
 新庄先生は目を合わせようとしない。
「もしかして、先生は〈扉〉を研究している人と知り合いなんですか?」
「いいえ」
「……何かを隠しているような態度、やめてください」
 私は上体を起こした。
 体のあちこちに痛みが走った。
「大丈夫?」
「大丈夫です」
 新庄先生が、じっと私をみつめてくる。
「先生は、研究している人の名前を知っているだけ。いい、その人は『|白井(しろい)|健(たける)』よ」
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「亜夢ね。おぼえたわ。よろしく、亜夢」
 右手を差し伸べてくる。
 白くて、細くて、綺麗な指。
 亜夢は手を出していいのか躊躇する。
「?」
「みゆ、どうしたの?」
 通りの方に止まっている、黒い車のガラスが下がる。
「みゆ、ここにはあまり止めておけないのよ?」
 亜夢は慌てて手を出して握手する。
「亜夢、ごめん。今日はこれで。またね!」
 見かけ通りのやわらかい指。ちょんと触れて少しだけ上下に振った、一瞬の握手だったが、亜夢はぼーっとしてしまった。
 手を振りながら道路に止まっていた黒い車に乗り込む。
 運転手がそのドアを閉め、運転手が乗り込む。
 こっち側の窓から美優が顔を出していう。
「またね!」
 車がゆっくり動き出す。
「……またね、みゆ!」
 動いていく車に向かって、亜夢はかろうじてそれだけ言えた。
「(なんだろう…… あの|娘(こ)、なんなんだろう……)」
 亜夢は胸に手を当て、びっくりしたような表情をしていた。
 そしてしばらく車が去った方向をみつめて立っていた。
 亜夢は、大通りの反対車線から視線を感じた。
 大型のアメリカンバイク。黒い半帽のヘルメット。大きくて真っ黒いサングラス。黒いフェイスマスクで表情は何もわからない。
 サングラスの奥の瞳が見えないため、顔の方向的には亜夢の方を見ているような、見ていないようにも思える。
 亜夢が見ていることに気付いたのか、またがっていた人物はエンジンをかけた。
 ものすごい爆音。通りを歩いている人々もびっくりしたようにバイクに振り向いた。
 そして、その爆音をとぎらせずに走り去ってしまった。
 亜夢は思い出したようにスマフォで時間を見ると、ゆっくりとホテルの方へ歩き始める。
「もうこんな時間」
  
 亜夢はホテルの部屋に戻ると、干渉波キャンセラーをしていたせいか、そのまま寝てしまっていた。
 寝返りをしているうちに頭からキャンセラーが外れると、直接頭に入ってくるノイズで亜夢は目を覚ます。
「うぁっ…… またやっちゃった……」
 目をつぶったまま、手探りでキャンセラーを頭に付け戻す。
 ようやく脳に静寂が戻ると、お腹が鳴った。
「……腹減った」
 まくら近くにおいてあったスマフォを見ると、夕食をとってもいいくらいの時間だった。 
『プルプルプル……』
 突然鳴り響く音に、亜夢は慌てて音源を探した。
 テーブルの上にある電話機だった。
 とっていいものか悩んだが、清川のことを思い出して、受話器をとった。
『フロントです。清川様というお方がお会いしたいとのことですが……』
「あ、はい、どちらですか?」
『お部屋に伺いたい、とおっしゃってますが。お部屋をお伝えしてよろしいですか?』
「……今、フロントですか? こちらから向かう、と伝えてください」
 亜夢は受話器を置くと、靴を履き替えてフロントへ下りた。
 亜夢が左右を見渡していると、手を振る女性がいた。
「亜夢ちゃん、こっち」
「(そうだった)」
 続けてつぶやく。
「(勤務終わってるから、|化粧(メイク)が違うんだっけ……)」
 ロビーのソファーに近づくと、清川は亜夢の持っていたキーを手で触り、
「何号室?」
 と聞いた。
「あっ、ごめんなさい」
 亜夢はキーについてるプレートを隠した。
「えっ、部屋番号ぐらいいいじゃない? どうせ加山さんに聞けば分かるんだし」
「あっ、そうです…… けど……」
 亜夢は目を伏せた。
「さっきは遊び行ってもいいって言ってくれたのに」
「うんと、けど、ちょっと、あの」
「部屋番号、教えてくれる?」
 亜夢は清川の視線をそらした。
 ロビーの天井を見たり、反対側の壁をみたりしながら「えっと、あの」と言葉をつないだ。
「あっ、そうだ。私の下着、間違えて持って帰ったとか、そういう話ありませんか? もう二つもなくなっているんです」
「……う~ん、あれっきり何も反応ないわね。署の女性は皆あの書き込み見ているはずだけど」
「そうですか」
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 マミは某システムダウンの後、閉じていた私のこころを開いてくれた。私と一緒に〈転送者〉と戦おうとしてくれた。結局、マミには〈転送者〉と戦う力はなかったけれど、そう言ってくれるだけでうれしかった。
 けれど、今は……
「どうしたの? 服を着ないと風邪ひくわよ」
 ポン、と肩を叩かれると、鏡にはオレーシャの顔が映っていた。
「先にいくわね」
「はい」
 一人になって、自分の顔を鏡で見ている。
 〈扉〉の支配者からもらった空港の映像が頭に浮かぶ、もしかして、|美琴(みこと)は、もう……
 一瞬、目に映るものすべてが赤く染まって見える。
 すると、頭が痛くなって、それ以上思い出せなくなった。
「なに、なんなの……」
 思い出せなくても、あのメモリは持っている。映像を見返せば、美琴のことも映っているかもしれない。
 私はシャワールームを出て、誰も来ていない学校の廊下を、自分の教室へ向かってあるいた。
 教室の扉を開け、無人の教室の自席に座ると、机に伏せて目を閉じた。

 
 父が私の腕を取る。
 大きく口を開いて、何か叫んでいるツインテールの私。
 壊れたコンクリートのかけら。
 むき出しなった鉄筋。
 血だらけの廊下。
 人の代わりに〈転送者〉が通路を闊歩するようになっている。
 

 頭が痛い…… メモリをもらったときに、見て思い出すチャンスがあったはずだ。
 あの時、どうしても映像が見れなくて、スライダで映像を送ってしまった。体が見ることを拒否しているようだった。
 何度も同じ場面だけが思い返される。
 父に手を引かれながら、何か叫んでいる。
「もういや……」
 立ち上がり、外を眺めた。
 中庭に人影が見えた。
 教師がいるとしてもオレーシャだけだろう、後いるとすれば警備員ぐらいだ。警備の人は制服だから、すぐわかる。その人影は、明らかに怪しい人物なのだ。
 その人影を追うと、校舎の扉を開いたり閉じたりしている。
 少し角度が変わって、横顔が見える。
「山咲!」
 私はしゃがんで隠れた。
 窓ガラスは閉まっているし、距離も十分離れている。おそらく聞こえなかっただろう。
 しかし、しゃがんだ場所から少し移動して、ゆっくり確認した。その人影は山咲良樹で間違いない。
 あいつが通学路に扉を作って、〈転送者〉を呼び込んでいるに違いない。鬼塚刑事もそう考えているようだった。
 スマフォを使って、山咲がやっている行動を動画に撮ると、校舎内を回って、背後へ近づくことにした。
 学校内に人がいなければ、多少変身しても……
 体を校舎の柱に隠しながら、山咲に近づいた。
 一気に歩を進めて、腕を取ってねじり上げる。
「やっと来ましたか」
 言った瞬間、体が校舎の壁に叩きつけらえていた。
 背中に走る痛みとともに、全身がしびれたようになって動かない。
「くっ……」
「普通、校舎内を調べるなら、もっと目立たないように調べますよ。罠だとは思わなかったのですか?」
 顔を狙って蹴りがくる。私は懸命に腕を重ねて蹴りを受ける。
「聞きたいことがあるんですよ。さっきから私が扉を開けたり閉めたりしていたのは見ていましたね?」
 片手で胸倉をつかまれ、持ち上げられる。
 私は無言でうなずく。
「通学路で〈転送者〉が出ることもご存知ですね」
 山咲は、足、腰、腕までがピンとなって、微動だにしない。持ち上げられてしまっている私だけが苦しくて震える。
「では、なぜこの校舎に〈転送者〉がこないんです? セントラルデータセンターからの距離? 学校も、寮も、通学路も、さして距離は違いありません。マンホールの蓋ですら〈転送者〉を呼び込めるのに、これだけの扉がある学校と寮。なぜ〈転送者〉が出てこないんですか?」
 私は首を振った。
「フンっ」
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再開しますが、まだ書いて出して、という状況であり、金曜日はお休みします。
よろしくお願いいたします。 
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なんかこっちが、必死にアクセスアップしたい、と思って探すと『なろう』内にそういうノウハウ記事がある。
それを読んでいると、それを書いたひとのアクセスがアップしていることになる。
「あれ?」と思う。何かずるくない?って気がする。
読者が読みたい記事でなくても、大勢の人が読みたい内容を書けばアクセスアップするということだ。
しかし、それは「小説家」になった訳じゃないんじゃないか。
「小説家になろう」ではなく「ライターになろう」というサイトなら別にいい。
けれど「小説家」なろうなのだ。「Webで有名になろう」の省略系としての「なろう」ではないのだ。
そういう思いつきが出来ない時点で、こっちは心理を読めてないんだし、アイディア負けしているのは悔しいが認める。
けどそれは、くどくなるけど、エッセイとかブログ記事であって「小説家」ではないと思う。
けど、読んだけどね。
何時にアップしたらいいか分からねーし、どれくらいの長さで分割したらいいかもわからねーし……
はぁ……

小説は書けないのに、こういう文句なら浮かんでくる。

おやすみなさい。 
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私的事情により、掲載分がなくなりました。
申し訳ありません。
よろしくお願いします。
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 私は何度も呼んでいる。
 暖かくて、柔らかい。包んでくれて、癒してくれる。
 家の扉を引くと、そこに座っている母の姿が見えた。『ただいま』と言いかけると、お母さんは急に、伏せてしまう。何事か、と思って周りを見ると、そこは空港の通路だった。
『お母さん!』
『だめだ、キミコ。振り返るな』
『お母さん!』
『キミコ! 来るんだ』
 遠ざかる母親の姿……

「どうしましたキミコ?」
 目を開けると、オレーシャがそこにいた。
「えっ?」
「わたし疲れて寝てしまいました」
 昨日の晩、ずっと一緒だったということか。あのまま私も、オレーシャも寝てしまったのだ。それと同時に顔が熱くなってくるのを感じた。
「今、私なんて言ってました?」
「いいんですよ。誰でもお母さん思い出します」
 やっぱり声に出して言っていたのだ。
「ごめんなさい」
「私も寝てる時、実家の猫のこと、思い出して言います。内緒ですよ」
 オレーシャは微笑むと、ベッドを抜け出る。
「キミコは具合はどうですか? まだ具合悪ければ、寝ていていいです。私はシャワー浴びてきます」
「あっ、私も大丈夫……」
 体を起こそうとして、視界がふらっと揺れてしまう。
「大丈夫」
「一緒にシャワーいきますか?」
「はい」
 廊下に出ると、怖いくらいに静かだった。
 私がきょろきょろと回りを見ていると、オレーシャが言った。
「まだ生徒は一人もきていませんから」
 そうか、何か違和感を感じたのはそれなのか。生徒の話し声や大勢の人がいる雰囲気。普通に明るいのにそんなものを感じないから、変だ、と思ったのだ。
 オレーシャは急に真面目な顔で私の顔をじっと見る。
「シャワー、大丈夫?」
「?」
 うなずくだけで、何も答えられないでいると、オレーシャは笑った。
「それなら良かった」
 私はシャワーを浴び、ツインテールを解いて髪を洗った。
 シャワーを終えると、ドライヤーで髪を乾かしてから、鏡に向かってツインテールに戻す。
 同じように鏡に向かってオレーシャが言う。
「その髪型、いつもしているの?」
「はい」
「なぜ」
 オレーシャは長い髪をタオルで梳くようにして乾かしながら、ちらっと、こっちを見た。
「……」
「どうしたの?」
「ごめんなさい」
 空港でいなくなった友達。
 追いかけようとすると、父に引き留められる。
「ごめんなさい、という意味が、難しいです」
 忘れかけていく|美琴(みこと)の笑顔。
 ……そうだ、美琴。
 美琴を再会した時、美琴が私を見て、|私(きみこ)だとわかるように、ツインテールにしているのだ。
「……言えません」
「そうか、いいたくない、ということね。わかったわ」
 納得したようにうなずいた。
 某システムダウンの日、空港でなくしたもの。母、友達、普通の体。
 父は私が前の学校にいた時に再婚した。私はその義母のやさしさに耐え切れなくなって、全寮制の百葉高校へ転校した。父と義母との暮らしを失ったが、百葉高校で得るものもあった。同じように肉体改造された鬼塚刑事、新庄先生、そしてなにより同部屋だった木更津マミとの出会いだ。
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「ちっ」と亜夢が言った瞬間、背中に誰かにぶつかった。
「あっ!」
 尻もちをついている女子高生がいた。
「ご、ごめんなさい」
 亜夢が手を伸ばすと、女生徒は素直にその手に捕まった。
「ありがと」
 強い手ごたえがあって亜夢が引き起こすと、女子高生はスカートのホコリをはらった。
 それが終わると、顔を上げて亜夢を見た。
 長い髪をポニーテールにしていた。
 瞳は大きく、二重だった。さっき通りすぎた|娘(こ)達と同じ制服、同じように短いスカート。
 亜夢はその|娘(こ)に都会っぽい精錬された雰囲気を感じた。
「あの子たちの言うことなんか気にしない方がいいよ」
 そう言って亜夢に微笑んだ。
「あれっ? どこかで」
 亜夢がそう言った時には、女生徒は女子高生の流れの中に消えて去ってしまった。
『どこかであった気がする』という言葉を亜夢は飲み込んだ。
「かっこいいなぁ……」
 どこにいるのかわからないが、去っていた方向をみながら独り言を言った。
 後から後から歩いてくる学生が、ぶつかりそうになっているのがわかる。
 亜夢はその流れに逆らうように歩いて、小さなカフェを見つけ、そこに入った。
 カフェで食事をしながら、外の学生の流れを見ていた。
 カフェの中にも、同じ制服を着た子が数名いた。
 その学校に興味を持った亜夢は、キャンセラーを外し首にかけた。
「……だって」
「不眠症か…… 不眠症ってさ、超能力者がよくなるんだってウワサだよ」
「えっ、美優が超能力者だっていうこと?」
「完全にイコールじゃないけどさ。可能性はあるんじゃない」
「(美優…… どこかで……)」
 亜夢は誰にも聞こえないような小さい声でつぶやいた。

 大通り沿いに立っている世界的なアパレルブランド。
 ガラス張りの建物の中に、キラキラ光っているような、若くて綺麗な娘が服を見ている。
 さらに奥から、テレビでしか見たことのないような、綺麗に髪をアップにまとめた、妙齢の女性が…… おそらくその若い娘の母であろう…… 店員と話しながら、ちらちらと娘の方を見ている。
 モデルのようなスタイルの金髪の女性がその店のドアを開けると、中の声が聞こえてくる。
「みゆ、欲しい服はきまりましたか」
 ガラスのドアの角度のせいか、その声がはっきりと亜夢の耳に聞こえる。
 店内にいたキラキラ光っているかのような娘がその声の主…… 髪をアップにした女性に振り向く。
 そして、何かに気付いたように亜夢の方に視線を向ける。
 亜夢と娘の視線があった。
 すると、その娘が少し微笑んだ。

「そうだ、さっきのあの|娘(こ)」
 今度ははっきり聞こえるような声を出してしまった。
 亜夢はとっさに口に手を当てた。制服を来た娘達は、話をやめ、ゆっくりと亜夢を見てから、また話をつづけた。
「はぁ…… (なんであの時気づかなかったんだろう)」
 小さい声で亜夢は自分に言い聞かせるように言った。
 都心に来て、初めてみるようなキラキラした世界の中にいる、キラキラした女の子、それが|美優(みゆ)だった。
 しかも美優が超能力者かもしれないなんて…… 亜夢はあまりの展開に気持ちを抑えられないでいた。
 すぐにでも出て、この通りを追いかければ……
 残りのパンを口に詰め込み、ストローをはずして氷ごと口に流し込むと、キャンセラーをしっかりと付けて店を飛び出した。
 カフェのあたりでは、制服の女生徒の流れはなくなっていて、亜夢はそのまま走り出した。
 ホテルのあたりまで戻っても制服の子は見当たらない。
 そのまま走っていくと、地下鉄の駅の入り口までやってきていた。
 その先にも制服の子はいない。
「(この下?)」
 階段を駆け下りていくと、改札の向こうに何人かの制服の女生徒が見えた。
 亜夢は改札内には入れないから、平行してどこかにいないか探すが、ホームはさらに下にあるらしく、他の女生徒を見つけることは出来なかった。
 亜夢はぼんやりとしばらく地下を歩いていると、自分の位置を見失っていることに気付いた。
「(えっ、迷った?)」
 とにかくまっすぐ歩いていると、案内図が出てきたが、案内図を見てもどこから入ったのかが分からないため、まったく役に立たなかった。
「(とにかく地上に出よう)」
 すぐ近くの階段をのぼって地上に出た。
 そこは大通りの例のブランドショップが並ぶ場所だった。
 並木からの木洩れ日で、自分の服に模様が描かれたように見える。
 すこし歩くと、ガラス張りのブティックが見えた。
「(ここ、美優がいたところ)」
 亜夢はうっとりとした表情で、横を向いて歩いていると、不意に声をかけられた。
「さっきの」
 ビクッと全身が震えて、正面を振り向いた。
「美優?」
「えっ? あなた私のこと、知ってるの?」
 さっきの制服の|娘(こ)が、紙袋をさげてそこに立って、亜夢を指さしている。
「えっ、あ、いや、あの……」
「どこで調べたのかな? いや、いいや。あなたの名前を教えて。それでアイコでしょ?」
「あ…… |亜夢(あむ)です。|乱橋(らんばし)亜夢」
 ポニーテールの、キラキラした女の子は、おどおどした亜夢を見て微笑んだ。
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 高い山を全力で駆け抜けたような疲労感が私を襲った。
 何も考える余裕もないまま、私は意識を失っていた。

 目が覚めた時、そこはまだ学校の保健室だった。
 ついたての向こうには灯りがついていた。
 少しだけ見えるカーテンの外は真っ暗だった。
 ついたてに映る影がすこし動いた。
 長い髪、新庄先生だろうか。
「新庄先生」
 ついたての影が立ち上がる。
「新庄先生は寮の仕事があるから帰られたの」
 同時に、ついたてが動いて、金髪の女性が入ってきた。
「白井具合はどう?」
 私は混乱していた。
 この私の体の話を、オレーシャにしたのだろうか。
 それとも何も告げず、この状態を不審に思わず、看病してくれていたのだろうか。
 新庄先生でないのなら、ここは少々無理をしてでも、保健室を離れなければならない気がしていた。
「もう、だいじょうぶ」
 布団をめくって上体を起こそうとするが、体をひねったり、腕を後ろにつく、という簡単なことができなかった。
 筋肉痛? というより、意識が体に伝わらないような感じだった。
「無理しちゃだめ」
 オレーシャがふとんを掛けなおしてくれた。
 私のおでこに手をあて、何度か髪をなで上げるように動かした。
「心配しないでいいです。新庄から泊まってくれと頼まれましたから」
「……そんな、大丈夫です。帰れます」
「体も起こせないひとは帰れません。成田さんも今日は寮へ行くバスは止めました」
 オレーシャは、また私の髪を何度かかき上げた。
「だから落ち着いて寝ていればいいのです」
「先生は?」
「先生は仕事があります。ちょうどいいです」
 かけ布団を、ポンポン、と叩いた。
「白井さん、落ち着かないなら何かお話しましょうか」
 私は黙っていた。
「合宿。合宿楽しみじゃないですか? プールありますよ。ふふっ」
「……」
 合宿まで〈転送者〉に荒らされたら大変だ。そうでなくても、こんなペースで〈鳥の巣〉外にも〈転送者〉が現れたら合宿ができなくなってしまう。
「……水着」
「どうしましたか?」
「先生、水着は買いましたか?」
 先生は手を合わせて、ニッコリ微笑んだ。
「そうね。お店にはいってみたけど、まだ種類が少なくていいのがないのよ。もう少ししたらまた階に行こうかしら。白井も一緒に行きますか?」
 私はうなずく。
「合宿参加者に声をかけて、みんな一緒に行きましょう」
 楽しそうなオレーシャの顔を見ていると、私も少し元気が出てきた。
「笑った。よかった白井笑ってくれた」
 また頭を撫でられた。
「白井ぐっすり寝て。何も心配しなくていいから」
 そう言うとオレーシャは布団に入ってきた。
 体を温めてくれるかのように寄せ、布団を上から軽く、ポン、ポン、とゆっくりしたリズムで叩く。
 オレーシャの温もりと匂いに、張っていた気持ちがスッと軽くなるような気がした。
 ゆっくりまぶたを閉じると、オレーシャが言った。
「体を楽にして、ゆっくり休んで」
「……」
 私はオレーシャの体に顔をうずめるようにした。
 最初、びっくりしたように反応したが、やがてオレーシャは私を受け入れてくれた。
 暖かいからだに包まれながら、私は再び眠りについた。



 お母さん。
 お母さん。
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 加山のスマフォと清川のパトレコを接続する。
 パスワードの入力画面になったところで、加山は清川にスマフォごと渡す。
「ほら、パスワード入れろ」
「あの、おトイレいったりしたので、今は勘弁してください。署に戻った映像提出しますから」
「ダメだ」
 加山が清川をにらむ。
 清川は亜夢の顔をちらっと見やる。亜夢は祈るように手を合わせている。
 清川の視線に気づいたのか、加山が亜夢を見る。
「乱橋くん、もしかして君が清川くんに?」
「……」
 合わせていた手を、背中にまわして、亜夢はぎゅっと口を結び、加山の質問に答えない。
「清川、指を出せっ」
 加山はパッと清川の手を掴むと、スマフォに指を押し付けた。
「なっ……」
 指紋認証機能をつかったのだ。
「ここまでの映像はこっちで引き取らせてもらうぞ」
「プ、プライバシーの侵害……」
「映像は移動させて消しておくから大丈夫だ」
「……」
 清川が半べそをかいているをの見て、亜夢が抱きしめる。
「(こっちが先にコピーしてあるんですよね)」
 亜夢が清川の耳元で囁くと、清川は小さくうなずく。
 亜夢は清川の肩を抱きながら、加山の後ろを二人で歩いた。
 しばらく歩いていると中谷が追いついてきたが、何か雰囲気を感じ取ったように、静かに後ろをついてきた。
 パトカーを駐車しているところまで戻ってくると、加山が言った。
「今日の捜査はここまでだ。乱橋くんは今日からはホテルの方で宿泊になるから、昼食をとったら清川くんに付き添ってもらって、荷物をもってチェックインしなさい」
「……」
 亜夢はムッとしたまま答えないので、かわりに清川が返事をした。
「わかりました」
 中谷が住職のところへ挨拶して帰ってくると、パトカーは署へ向かって走り出した。
 署につくと、清川と亜夢は仮眠室においてある亜夢の荷物を取りに入った。
 チェックが終わると清川が亜夢をつついた。
「なんですか?」
「さみしいなぁ……」
「まだ捜査は打ち切られたわけじゃないから、明日も会えますよ」
「亜夢ちゃんの部屋に遊び行ってもいい?」
 そう言われて、何か考えているようだった。
「ごめんごめん。なんか変なこといっちゃったかな?」
「……すこしなら。いいですよ」
「うん、もちろんだよ。じゃあ、ちょっと帰りに寄るね」
「時間が分かったら先に知らせてください。お風呂入ってるかもしれないんで」
「わかった。じゃ、アカ教えといて」
 亜夢と清川はアカウントの交換をした。
 署を出ると、清川は警察署の通りの向かいにある、ビジネスホテルへ案内した。
 ロビーでの受け付けを手伝うと、部屋の前まで行った。
「ありがとうございました。今日はすこしゆっくりします」
「そうするといいわ。警察署で寝泊まりなんてゆっくりできなかったでしょうから、横になって疲れをとるといいわ」
 帰るかと思って扉を開けたまま待っていると、清川は立ち止まった。
「加山さんだけど、捜査のじゃまをしようとしているんじゃない、と思う」
「……」
「根拠はないけど。だから信じて捜査に協力してね」
「……」
 清川は軽く手を振ると、エレベータの方へ歩き始めた。
 亜夢は部屋の扉を閉め、荷物を置くと、靴を脱いでキャンセラーを付けたままベッドに横になった。
「はぁ……」
 天井を見つめているうち、亜夢は寝てしまった。
 
 
 寝返りを打った時にキャンセラーが外れたのか、亜夢は酷い頭痛とともに目が覚めた。
「うわっ……」
 スマフォを見ると3時を回っていた。
 お腹が鳴って、昼を食べていないことに気付く。
 清川はまだ勤務だ。
 どこで何を食べるか全く思いつかなかったが、とにかくロビーに出て、鍵を預けると通りを歩き始めた。
 向かいから女子高生が固まって歩いてくる。
 短いスカート、無造作に下した髪、色はついていないが、ピカピカした唇。
 ヒカジョの連中とは違う、と亜夢は思った。
 その女子高生から視線を感じた。
 どの|娘(こ)が見ていたとはわからなかったが、すれ違いざま「ダサ」と言われた。
 亜夢が振り返ると、三人が横目でこっちを見ていた。
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「ありがとう」
 あ…… ヤバイ……
 視界が白んできた。
 何も見えない……
 
 
 
 目覚めると、私は保健室のベッドに寝ていた。
 体が麻痺したように動かない。
 ついたての向こうから声がする。
「新庄、なんてことをしたんだ」
 大きい影…… この声は鬼塚刑事だろう。
「あんな数の〈転送者〉がいるなんて予測しろったって無理よ」
 細い影は新庄先生の声だ。
「そういうことじゃない。白井は病院には行けない、体の秘密がバレてしまうかもしれいからな。俺たちだってそうだ。それなのに…… なぜ無理をさせた」
「そんなこと言ったって、〈転送者〉を放置出来ない。無理をさせるな、というなら警察が早く来るべきよ」
「警察に〈転送者〉を倒す力はない。分かっているだろう」
「じゃあ、どうしろっていうのよ」
「白井に無理をさせるな、と言っているんだ」
「話にならない」
「さっき自分で言ってたじゃないか。寮の仕事を手伝わせるとか、無理をさせなければ白井が倒れることは無かった」
 二人の会話を聞いているのだが、内容を理解できなかった。
 天井が何度も何度も落ちてくるように見えた。
 頭がイカレテしまったのだろうか。
「俺たちのような立場の医者を探すか、秘密を守れる医者をさがすしかない。今回は白井だったが、俺もお前もいつ逆の立場になるか分からない。いつまでも健康でいるともかぎらない」
「そんなこと考えてもしょうがない。こんなキメラの体は普通の病気なんかしないわ。病気をする時は死ぬ時よ」
「バカ、そこに白井がいるんだぞ。聞こえる」
 落ちてくる天井と、何度も何度も枕の中へもぐりこんでいくような感覚が襲ってきた。目を閉じても、そんなグルグル回っているような感覚が全身に感じられる。
「医者ではないけど、私がみるしかないでしょう」
 ついたてが動くと、新庄先生の気配を感じた。
『聞こえる?』
 先生は直接心に話しかけてきた。
 布団のなかで手を握ってきた。
『この前から試しているやり方を試すわ』
 なんのことだろう。
 それより自分の体がベッドを突き抜けて落ちていくような感覚を止めてほしい。
 ずっと落下しているような気分だった。
 鬼塚の言葉が入ってきた。
『俺は帰る』
 手が離され、扉が開きしまった。
 そして内側から鍵をかけた音がした。
 ついたてが動く音がして、今度は新庄先生がベッドに入ってくるのが分かった。
『今までより段階を上げる必要があるわ』
 掛け布団がめくられ、私はものすごい寒気を感じた。
「さ、さむい」
「もう少し我慢して」
 うっすらと目を開けると、新庄先生が上着を、いや、肌着や下着類までも脱ぎ始めていた。
 脱いだと思うと、私の病衣をまくり上げ、下着を外した。
「な……」
「大丈夫。力を抜いて」
 裸の二人が、ベッドの上で体を重ねた。
 そして、新庄先生がゆっくりと布団を引っ張ると、私と先生は布団の中の暗闇で向き合っていた。

 唇が重なりあい、舌が絡みあうと、唾液が跳ねる音がした。
 体と体を擦り付けあう感覚に慣れてくると、先生は唇からあご、どのもと、首筋と、唇を移動させた。舌が通ったあとに、唾液の足跡を残していく。
 首筋から、胸へ下りてきたとき、私は小山を上り始めているような幻を見た。
 高熱でうかされているのか、それとも快楽で目を回しかけているのか、悪いものといいものが激しくまじりあい、交互に、時にまじりあうように襲ってきた。
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 パシュっ、と音がして、新庄先生が巻き付いていた〈転送者〉が消えていく。新庄先生の体が巻き付き、コアがつぶされたのだ。
 〈転送者〉の姿が歪んだ。
 新庄先生が巻き付いたわけでも、私が蹴り込んだわけでもない。
 自分の体もゆらりと動いた。
「白井さん?」
 新庄先生が〈転送者〉の短い脚を払って倒す。
 その〈転送者〉の体が、私の鼻先をかすめていく。
「何やってるの?」
 飛び上がり、目の前に倒れている〈転送者〉へ急降下した。
 〈転送者〉が立ち上がるよりも早く、私の足先がコアを破壊していた。
「はぁ…… はぁ…… もう…… だめ……」
「まだくる、後、二体…… いえ…… さらにもう二体……」
 もうろうとする意識の中で、かすかにその存在が視野の隅に入ってきた。
 ドンドン数が増えていく……
 拳と足先を使って、コアを貫いていく。
 新庄先生も、ペースを上げる。
『鬼塚刑事……』
 私と新庄先生は何度もそう話しかけた。
 鬼塚刑事からの返事はなかった。
 先生も私も二けたの〈転送者〉を破壊したころ、このたくさんの〈転送者〉が現れる理由を見つけた。
「誰がこんなこと……」
 〈転送者〉を倒していった先に、空き地が広がっていた。
 その空き地には、この前と同じように足場と、ビニールシートで〈扉〉状のものが作られていた。
 今まさに空き地の端にあった一つから、〈転送者〉が生まれようとしていた。
 私は怒りに任せてその〈転送者〉を蹴った。
 抵抗する間もなく、コアが破壊され、シュウと空気が抜けるような音がした。
 私は建てられた足場から、ビニールシートを引っ張って外した。
 新庄先生も走って、扉の代わりをなすビニールシートを外し始める。
 外しかけたシートから〈転送者〉が姿をあらわすと、駆け寄って拳でコアをえぐり出す。
 両手でコアをアスファルトに叩き付けると、〈転送者〉は動きを止め、蒸気のように消えていく。
「多すぎる……」
 こっちがビニールシートを外すより早く〈転送者〉が現れてしまう。
 幸いなことに、転送されるとビニールシートに引っかかってしまい、次の〈転送者〉は生み出されない。
 転送者に焦点が合わない。頭がぼーっとする。
 一体の〈転送者〉がブレて二体いるように見える。
「だめ……」
「危ない!」
 新庄先生が〈転送者〉の足に絡みつき、倒した。
 寸前で叩き潰されるところだった。
「しっかりして」
 新庄先生が背中を合わせてきた。
「眼の前の敵を倒さないと、お互いヤバイわよ」
 覚悟を決めるしかなかった。
 
 
 
 鬼塚刑事が来て、現場を調べ始めた。
「なんだこの数は……」
「ほぼすべて白井さんが倒したわ」
「……」
 二人の視線に気付く。
「お前、大丈夫か? 怪我はないのか?」
「大丈夫です」
「しかし制服がボロボロじゃないか」
「ああ…… そうですね」
 端がボロボロだし、泥や油のようなものが付いていてシミのようになっている。
「鬼塚、あれで学校まで送っていって」
 新庄先生は親指で鬼塚の車の方を示した。
 鬼塚刑事は回りの警察官に声を掛けてから、戻ってくる。
「さあ、学校まで送ろう」
 車が滑らかに走り出すと、学校と寮を結ぶ道路を勢い良く走った。
 〈鳥の巣〉のすぐ脇の道だ。他に走る車などない。
 しばらく走ると、学校についた。
 私と新庄先生は車を降り、鬼塚に礼を言った。
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「さっき『ヘッドホンかわいいですね』って言われた後、どこからか探査されたような気がするんです。ものすごいトゲトゲの針が頭を刺してきたような……」
 手の平を叩いて、清川が気付いたように言う。
「あれだ、辺りを見回してた時のことだ」
 亜夢はうなずく。
「何か、引っ掻いてきたような感覚があったんです。私を探している、というか」
「早速調べようよ」
 亜夢は首を振る。
「三崎という人なのか、三崎という人じゃないどこからか…… そこが確信持てないんです」 
「だから見回した」
「そうです」
 亜夢と清川が同時に肩を叩かれる。
「おい」
「!」
 パッと亜夢は干渉波キャンセラーを耳から外す。
「……なんだ、加山さん」
「どこほっつき歩いてるんだ」
「亜夢ちゃんが超能力で反応するフロアを調べたんですよ」
「いいか、一人で行くな、と言ったが、だからと言って、無断で行っていいは言っていない。今後は一言こちらに言ってからいくんだな」
「……」
 亜夢は加山をにらんだ。
「それじゃ、言ったら二人で調査させてくれましたか?」
「……」
「清川さんと先にパトカーに戻ってます。いいですか?」
「……ああ」
 亜夢は清川の手を引き、一階のホールをスタスタと去っていった。
 遅れてきた中谷がたずねる。
「加山さん、どうしました?」
「……」
 加山は亜夢たちを追うようにフロアを歩き始めた。
「えっ、どこに行くんですか、加山さん!」
 中谷は追いかけた。
 
 
 
 ぐいぐいと手を引かれて、清川は何度か転びそうになった。
「亜夢ちゃん、いったいどうしたの?」
「……」
「加山さん、なんか変だった?」
「変ですよ。私が呼ばれて警察署に入った時から」
「なんのこと?」
 清川は立ち止まった亜夢の正面に回り込んだ。
「捜査させたくないみたいなんですよ」
「そんなことないでしょ?」
「何かかくしている感じなんです。情報を隠して、わざと捜査を遠回りさせているような」
 亜夢は清川のパトレコを指さし、「この中の情報、加山さんに渡す前にコピーとっておけませんか?」
 清川はスマフォを取り出し、パトレコを接続した。
 スマフォに桜の大門が表示され、パトレコの内容を保存する操作をしてくれた。
「はい。これでとりあえずコピーは取ったわよ。これは個人のパスワードがないと消せないから」
「ありがとうございます」
 カツカツ、と足音が聞こえた。
 亜夢は小さい声で清川に指示した。
「スマフォしまってください!」
「どうした、清川」
 慌ててスマフォをポケットにしまう。
 加山はじっと清川を見る。
「なんか変ですか?」
「……清川、パトレコはどうした」
「へっ、あ、ポケットにいれてました」
 慌てて胸に付けなおそうとすると、加山がそれをつまみあげる。
「さっきどんな捜査をしたか、見せてくれ」
「あっ、ちょっとそれは」
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「じゃあ、なんて言ったんですか」
「別に? 手伝いをさせるから一便バスを増やすのと、授業に遅れる、と話して了承してもらっただけ」
 頭がくらっとした。
「さあ、食洗機が止まったら棚にしまうわよ」
「……」
 すべての作業が終わって、私はエプロンを外し寮の外へ出た。
 日差しがあるのにも関わらず、少し寒気がした。
 バスがゆっくりと入ってきて、ロータリーを回り込んで止まった。
 新庄先生が寮の扉を閉めて、私の背中を軽く叩いた。
「さあ、行きましょう」
 ガラガラのバスの中で、先頭の座席に二人で座った。
 壊れそうなエンジン音の中で揺られていると、私は気持ち悪くなって嘔吐した。
 幸い、新庄先生が足元のバケツを取ってくれたおかげ、でバスの床にぶちまけることはなかった。
「大丈夫?」
 私のおでこに手をあてる。
「えっ、かなり熱があるけど……」
 ガツンっと大きな音がして、バスが止まる。
「〈転送者〉が出た!」
 運転手の成田さんはそう言って、素早くシフトレバーを操作する。
「全速力で突破する」
「待って! 私達が引き付けます」
「この前もそんなことを……」
「それ以上聞かないでください」
 新庄先生がそう言うと、成田さんは口を閉じ、じっとこちらを見つめた。
 シューっと大きな音がして、ドアが開いた。
 新庄先生が出ていき、私も手すりにつかまりながら降りた。
 ドアが閉まらないので、振り返ると、運転手の成田さんが言った。
「死ぬなよ」
 ドアが閉まる。
「熱があるようだけど、あなたにやってもらわないと学校が危ない」
 私はうなずく。
「分かっています…… けど、これで〈転送者〉の出現はマミを狙ったものじゃない、って分かったわけですね」
 〈転送者〉は私と新庄先生を見つけ、近づいてくる。
 ガツン、と大きな音がしたかと思うと、大きなエンジン音がしてバスが〈転送者〉の横を通りすぎる。
「あなたを狙っている…… ということは、我々はあなたを他の学生から離さなければならない、ということよ」
「……」
 マミと別れなければならないっていうこと? そんな、まさか……
「危ない!」
 そう言われて顔を上げると、〈転送者〉の太い腕が振り下ろされるところだった。
 前を蹴るようにして後ろへ飛ぶと、ギリギリでその腕をかわした。
「そこをどけぇぇぇ!」
 私はそう言って翼を広げ、〈転送者〉に爪を突き出した。
 〈転送者〉の腹をえぐり、コアを直撃した。
 パシュゥ、と空気が抜けるような、間抜けな音がすると、〈転送者〉の体はチリジリに消えていく。
「新庄先生、私一人はイヤです」
「けれど、他の生徒を巻き込んで」
 私はフラフラと新庄先生に近づくと、意識が遠くなっていくのが分かる。
 熱に浮かされているのだろう。
「!」
 新庄先生の様子に、私は後ろを振り返った。
 〈転送者〉が四体……
「ぶ、分裂した?」
「違うわ。さっきのは完全にコアまで消失した」
「でも、この数……」
 まだ息が整わない。
 体を動かしたからではなく、別の理由で呼吸が乱れているのだ。
「とにかくやるしかない!」
 新庄先生は、下半身を蛇に変え、一体の〈転送者〉に巻き付けた。
 力を入れたように顔をしかめると、ギリッと音がして、〈転送者〉の体も歪む。
 それを邪魔しようとする〈転送者〉に、私が蹴りを入れる。
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 清川がちらり、と亜夢を見る。
 亜夢は人差し指でそっと顎に触れ、首をかしげていた。
「そのお休みの時は何をなさってましたか?」
「……」
「それ、言う必要あるでしょうか」
 口元が見えないせいで、三崎の表情がムッとしているのかわからない。
 声の感じも、怒っているのか冷静なのかが判断できない。
「いえ。あくまで参考までにお聞かせいただければ、というだけで」
 そう説明しているのは清川なのに、三崎は亜夢の方を見ていた。
「……そうですか。自宅にいました。それだけです」
「ありがとうございます」
 何かを読み取ろうとしているかのように、三崎がじっと亜夢を見つめる。
 三崎のマスクがもぞもぞと動いた。
「あの、そのヘッドホンかわいいですね」
「あっ、これヘッドホンじゃ……」
 言いかけて、亜夢は『じゃなくて、これはキャンセラー……』と、言ってはいけないことに気付いた。
 亜夢は誰かを探すようにあたりを見回した。
 清川がそれに気づいた。
「?」
 亜夢は清川の顔を見て、それから三崎の顔をみた。
 ヘッドホンを耳に当てなおして、言った。
「そうですか。ありがとうございます」
 三崎は首を傾げた。
「?」
「質問は終わりです。ご協力ありがとうございます」
 三崎は立ち上がり、亜夢を一二度見てから、奥のオフィスに戻っていった。
 亜夢と清川は相談して後一人についてどうするかを話し、今回はあきらめることにした。
「長々とお邪魔してすみませんでした」
 オフィスの外に出ると、そう言った。
 最初に出てきた女性が、エレベータホールまで出て見送ってくれた。
 一階まで降りて、エレベータを出た瞬間、清川のスマフォが震えた。
「加山さんだ……」
 困ったような顔で亜夢を見た。
「けど、出ないと」
「もしもし」
 言った瞬間にスマフォを耳から遠ざけた。
 かなりの音量で、亜夢も目をまるくしていた。
「加山さん、すみません」
 亜夢は手を合わせて清川に謝るようなポーズをした。
「います。大丈夫です」
 清川は亜夢に指で行先を指示しながら、言う。
「いきます、すぐいきます」
 小走りに走りながら、清川はたずねる。
「最後の人、なんなのかな?」
 亜夢も追いかけるように走りながら、答える。
「何かあると思います。もしかすると、超能力者なの、かも」
「えっ!」
 清川は急に立ち止まる。
 亜夢はかわしきれずに清川にぶつかる。倒れそうになる清川を抱きとめた。
「ご、ごめんなさい!」
「えっ、いいのいいの。うん。ごめんなさい、というよりごちそうさま、って感じかな」
 二人はゆっくりと体を離した。
「?」
 亜夢が首をかしげると、清川は言った。
「超能力者同士って、相手を認識できるの?」
「学園ではそうですね。テレパシーを感じます」
「えっ、じゃ、さっきの…… 三崎とかいう人からも」
 亜夢は黙って清川を見つめる。
「ちょっと違うんですけど…… 似たような感覚はありました」
「ちょっと違う? 超能力者じゃないの?」
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 しばらく互いの体を確かめ合った後、先生の呼吸があらくなってきた。
 すると私の肩に手を載せて、体を押し離した。
「……先生っ」
 私は先生の腰に手を回してもう一度体を合わせようとした。
「ごめんなさい」
 先生はそういうと、私の手を払った。
「もう時間も遅いわ。清掃もしなければならないし」
 その気にさせたのは先生なのに…… 私は憤っていた。
 体を洗って、湯船につかり、先生が言うように床を流した。湯船は機械で循環しているから、月一ぐらいの清掃で済むのだそうだ。
 お風呂場の床を流し終えると、脱衣所に掃除機をかける。
 カゴ類を逆さにしてホコリを払い、カゴを置いているボックスをぞうきんでふき取る。
 新庄先生が掃除機をしまうと、私は肩を叩かれた。
「ありがとう。もう終わりよ」
「……」
 私は先生の後をついて、脱衣所を出た。
 どこの部屋でも寝れない私は、先生の後をついて行って寮監室に行くしかなかった。
 私はソファーに横になり、毛布を頭からかぶった。
 新庄先生はまた机に向かい、何か書類の作成を始めた。
「おやすみなさい」 
「(おやすみなさい)」
 小さい声で返事をした。怒っていることを伝えたかったのだ。
 キーボードの音が止まり、近づいてくる気配がした。
「|白井さん(・・・・)」
 私は慌てて毛布から顔を出した。
 新庄先生は腰に手をあて、私を睨んでいた。
「ふてくされるのやめてもらえるかしら」
 私はソファーに正座した。
 そして、頭を下げた。
「そう。立場を考えてもらわないと」
「ごめんなさい」
「もういいわ。|おやすみなさい(・・・・・・・)」
「おやすみなさい」
 はっきりとそう言うと新庄先生はまたパソコンへ戻った。
 私はソファーに横になると、毛布をかぶった。そして声を立てないように泣いた。
 泣いているのがばれたら、またこっちに来て何か言うにきまっている。
 今まで何事もなかった寮で、私はすべてを失ってしまった。
 友達も、先輩も、仲間だと思っていた先生も……
 泣いているうち、私はいつの間にか眠っていた。
 私は寒さで目が覚めた。
 新庄先生はまだベッドで寝ているようだった。
 体がきしむように痛かった。何か変な恰好のまま固まってしまったような感じがした。
 体を起こして、手足を伸ばしていると、先生のベッドでアラームが鳴った。
 先生はさっと着替えると、調理場の方を指さした。
「朝食の用意を手伝ってもらえるかしら」
 無言で従うしかなかった。
 朝食の用意が終わり、自分も朝食をとっていると、新庄先生がやってきて言った。
「今日は、朝食の食器片付けまでやるからね」
 気持ちが悪くなってきて、半分も食べないうちにトレイを下げた。
 そして調理室側に入り、寮生が持ってくる食器類をかたずけた。
 先生と一緒に食洗機に入れる作業を終えたときには、食堂には誰一人いなくなっていた。
 調理室の椅子に座ると、先生がポンと肩を叩いてきた。
「白井さん。あなたと私だけ、最後の便になるから」
「えっ、私のクラスが一番最後のバスじゃ……」
「その後に、もう一往復してもらうことになったの」
 クラスのみんなとはいっしょのバスには乗れない。
「さすがにもう一往復後だと、授業が始まってるんんじゃ?」
「それは承知の上よ。私が話をつけているから大丈夫」
「私が〈転送者〉を倒せるとか、学校が知っているんですか?」
「しっ、そんな話をして信じる人はいないわ。そんな話をしたら私も巻き込まれる」
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「あ、私……」
「寝てたみたいね」
 新庄先生はにっこりと笑った。
「お風呂に入るけど、終わったら掃除。覚悟してね」
「はい」
 新庄先生と私はお風呂へ向かった。
 灯りすべて消えていて、全員が風呂を終えていることが分かる。
 先生は良く分からないうちにさっさと服を脱いで、風呂場へ入っていった。
「は、早い……」
 私も服をカゴに入れると、お風呂場に入った。
「洗いっこしましょう。私、ずっと一人だから、寮で暮らしてくれ、って言われてこういうの期待してたんだけど」
 私は投げられたスポンジを受け取った。
「よく考えたら寮監はやっぱり一人でお風呂はいるのよね」
 クスッと私は笑った。
「私から洗ったげる」
 くる、っと肩を回され、先生に背中を向けた。
 一瞬、翼のあたりに意識が集中した。
「大丈夫。万が一翼がでちゃっても。私は知っているんだから」
「えっ、なんで」
「筋肉の緊張が見えたから、たぶん、そんなことだろうと」
 そう言われると、とても気が楽になった。
 背中を洗い終えると、今度は私が持っているスポンジで、先生の背中を洗った。
 しっかりくびれがついていて、とても綺麗な背中だった。
 先生のお尻を洗っているときに、足が滑って顔をお尻にぶつけてしまった。
「あっ!」
「ご、ごめんなさい」
 先生は振り向いた。
「わ、わざとじゃありません」
「分かってるわ。あと、顔に泡ついてるわよ」
 ちょん、と鼻先を触られた。
 私は引き続き足を洗ってから、立ち上がった。
「じゃ、今度は前ね?」
「前も洗いっこするんですか?」
 新庄先生が、にやり、と笑った。
「えっ、ちょっと、エッチなこと考えてませんか?」
「誰がそんなこと考えてるの? ね、興味あるから、どんなことされると思っているのか教えて」
 新庄先生は私の手の先からスポンジを行き来させながら動かし、肘、肩と進んでくる。
「ほら、どうされるの?」
 あごのした、首、うなじにスポンジが動いていく。
「ねぇ。私も洗って?」
 言われた私は慌てて先生と対になるように、先生がスポンジを持っていない方の手を洗った。
 お互いの体が近づいていく。
「背中、は洗ったわよね」
 先生の視線が喉から胸へ下がっていく。
 スポンジではなく、指がすっと私の肌の上を降りていく。
 胸の突起を探し当てると、いたずらにその周りを周回し、時々はじくように刺激する。
「……」
 先生は、自身の胸を見てから、私の目をみる。同じようにして、と言いたげだ。
 私も同じように指を下していくと、先生の乳首をつまんでいじった。
「……あっ」
 先生は反応して声を上げた。これが大人の女性の反応なのだろうか。
 私も刺激に耐え切れず、声を上げてしまう。
 先生は腕を回してきて、顔を近づけてくる。目をつぶると、先生の唇と重なった。
 キスから軽く唇を噛みあうと、先生は舌を絡めてきた。
 私は先生の大きな乳房を何度も持ち上げるように感触を味わう。先生は私のお尻に手を回して触りながら、腰を押し付けるように動かした。
 お互いの体が本能のままに求め合った。
 ボディソープの泡で、滑るように合わさる肌と肌。
 どこが触れたせいで声を出しているのか分からないほどあちこちが刺激的だった。
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「ありがとうございました。すみません、それでは次の方をお願いします」
「あ、私で最後なんですけど」
 亜夢が清川に耳打ちした。
「私達が来たときに、外ですれ違った方がいるはずですが」
「?」
 首をかしげる。
「ちょっと待っててください」
 そう言って奥へ戻っていく。
 何人かが話し合う声が聞こえる。
 最初に出てきた女性が一緒に戻ってくると、清川に言う。
「そのすれ違った人って…… 男の人でしたか? 女のひとでしたか?」
 清川は目を泳がせて、亜夢のに助けを求めた。
 亜夢がまた耳打ちする。
「ちょっとどっちか分からなかったです」
「お客様のところへいったり営業に言ったりしているので、どの者かはわかりませんが……」
「じゃあ、今日お話聞けなかった人。その人達の名前だけでも教えていただけませんか?」
「名前を? 本人の承諾は取れないし……」
 最初に出てきた女性の人が、訝しげにこちらをみる。
「その人、なんなんですか。若い感じだし、格好も刑事さん、ってわけじゃないでしょう?」
「捜査上の秘密です。この人は関係ありません」
「清川巡査っておっしゃいましたよね。あなたの方も、本当に警察の人ですか?」
「なっ……」
 清川は警察手帳を見せた。
「なんなら電話してみてください」
「じゃあ、遠慮なく」
 女性はスマフォで警察に電話した。
「○○署の婦警だという清川あゆ、という方がここに来ているんですけど…… 間違いないか確認してもらえませんか」
 清川は腰に手を当てて立っている。
「……はい。 ……はい」
 タキオ物産の女性は少し申し訳なさそうな表情に変わる。
「はい。分かりました。ありがとうございました」
「……いいでしょうか?」
「疑ってすみません」
「では、その今日いないお二人のお名前を教えていただけませんか?」
「本人の承諾がないので話せません」
「これは捜査なんです」
「ダメです」
 決意は堅そうだった。
 清川は首を振り、亜夢も納得いかないようだったが、しぶしぶ首を縦に振った。
「わかりました。それでは……」
 立ち去ろう、と扉を向いた瞬間、ドアノブが回った。
「!」
 扉が開いて、このオフィスに入る前にすれ違ったと思われる、マスクをした人物が入ってきた。
「……」
「すみません、ちょっとお話を聞かせてもらっていいですか?」
 様子を見るような目つきで、ゆっくりとうなずく。
 亜夢と清川は、その人をつれて再びテーブルに戻った。
「あの、お名前をうかがっていいですか」
「……」
 清川は警察手帳を見せる。
「あっ、警察の方、ですか?」
 マスクの人物は、初めて声をだした。
 声からすると、女性で間違いなかった。
 制服の警官をみても警察と思われないのか、と清川はうなだれた。
「三崎京子と言います」
「あの、失礼ですが、マスクを取っていただいていいですか?」
 突然、亜夢がそう言う。
「?」
「こちらは捜査協力者です。すみません、私からもお願いします」
 三崎はとまどいながらもマスクをとった。
「これでいいですか?」
 薄くだが綺麗なピンクの口紅をしている。
 マスクをしていると中性的で男性とも見えなくはないが、性がどちらにせよ美形に違いなかった。
 亜夢がうなずくと、清川はそれを見て「ありがとうございます。結構です」と言った。
 三崎はまたマスクを着けなおす。
「このビルの付近で警察官に電撃を放った超能力者の事件、ご存知ですか?」
「はい。騒ぎになりましたから」
「当日はどちらに?」
「私は会社をお休みしていました。翌日きたら大騒ぎしていたんで、その時知りました」
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「……」
「?」
 新庄先生は食洗機をセットして、調理室を出て行こうとして立ち止まった。
「どうしたの? もう終わりよ」
「これを棚にしまうまでいます」
「……」
 先生は不思議そうな顔をしながら、調理室を出て行った。
 私は壁に背中を付けてうつむいた。
 作業中は忘れていた、様々なことが思い出されて泣いていた。
 ハンカチで涙をぬぐうと、新庄先生が入ってきた。
 そして、私の前に手を突き出す。
「?」
 そこには食堂の自販機に入っているアイスクリームが握られていた。
「お礼よ」
「……」
 私はそれを受け取る。
 先生は二つの丸椅子を引っ張り出してきた。私と先生は食洗機を向いて椅子に座った。
 私はアイスを食べながら、また泣いていた。
「どうした?」
「……」
「目に染みた?」
「……アイスが?」
 私がそう聞き返すと、先生は笑った。
「アイスは目に沁みないでしょ? 食洗機の蒸気とか、洗剤とかのはなし」
「なんだ」
 私も笑った。
「もしかすると本当にアイスが目に染みたのかも」
 新庄先生はまた笑った。
 そして、しばらく何もしゃべらなかった。
 私はこういう沈黙を打破する方法を知らな過ぎた。
 先生がアイスを食べきると、食洗機の方を見たまま、ひとりごとのように言った。
「……なにかあったの?」
 私は残り少ないアイスを口に放りこみ、何を話すか考えた。
 市川先輩に口止めされていることを言うわけにはいかない。
 けれど、いまの現状を伝えないと、寝る場所もないのだ。
「当てようか?」
 先生は私の方を見た。
「市川さんに追い出されちゃった」
 私はうなずいた。
「理由はきかないから。寮監のところで寝たらいいよ。ソファーしかないけどね」
「(ありがとうございます)」
 伝えたい気持ちはいっぱいあるのに、それしか声が出なかった。
 頭を撫でられると、我慢していた涙があふれ出てしまった。
 肩を抱きしめられると、声を出して泣いた。
 食洗機が止まっても、私達はしばらくそうしていた。
 食器をすべて片付け終わると、寮監の部屋へ入った。
 新庄先生はタイムスケジュールを見て、風呂掃除というところを指さした。
「手伝います」
 新庄先生は急に私の髪を手に取って匂いを嗅いだ。
「?」
 なんだろう、と思っていると、先生が口を開いた。
「お風呂、入れなかった?」
 ゆっくりうなずいた。
「じゃ、一緒にお風呂入ろうか。私も実はこの時間にはいるのよ。それまで休憩」
 先生は私の片を押して、ソファーに座らせた。
 そのまま先生は机に行って、パソコンを開いた。
「時間になったら呼ぶから、寝てもいいのよ」
 その声が聞こえたか、聞こえないかのあたりで、私は眠りについていた。



「さ、行こうか」
 小さな声だったが、眠っていた私はその一声で目が覚めた。
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「?」
 念入りに各フロアのプレートを触っているのをみて、清川が口を開く。
「……何やってるの?」
 亜夢は目をつぶって手を動かしている。
「……」
 ポン、と清川が亜夢の肩を叩く。
 ビクッとして亜夢が目を開けると、フロアの案内をもう一度上から下までなめるように見て、言う。
「ここ…… ここに行きましょう」
「六階ね。何があるの?」
「わかりません。けど……」
「けど?」
「何かいる気がします」
「それが超能力ってやつね」
 亜夢が静かにうなずいた。
 エレベータの呼び出しボタンを押して、二人で待った。
 下ってきたエレベータから、普段着を来た男の人が二人降りて、空になった。
 清川と亜夢が乗り込み、清川が六階と八階のボタンを押した。
「?」
「ああ、もし六階が何かヤバそうだったら、間違えたふりしてそのまま八階に上がろうかと」
「警察の人のテクニックなんですか?」
「あっ、いや…… そういうわけでは」
 そう言って清川が少し笑った。
 エレベータは二人だけを載せ、途中停止せずに六階で止まった。
 清川が顔をだし、左右をうかがうと、亜夢に手招きした。
「あの…… あまりそうやってるとかえって目立ちませんか?」
「そ、そう?」
 清川は明らかに視線が泳いでいて、落ち着きがなくなっていた。
 亜夢は清川にたずねた。
「フロアに書いてあった会社名、何かご存知なんですか?」
「ううん。何も知らないんだけど…… そうじゃないのよ。捜査っぽいのに慣れてないっていうか……」
 亜夢がうつむいた。
「じゃあ、ここで待っててもらっていいですか?」
「えっ…… 加山さんが一人で行動するなって」
 亜夢がムッとした顔をつくる。
「じゃあ、落ち着いてください。警察官の服を着ているんですから、相手がビビるのはわかりますが、清川さんがビビっちゃだめじゃないですか」
「は、はい」
「普通にして、ついてきてください」
 亜夢は廊下を歩き始めた。
 扉に貼ってある社名を見て、通路を戻り、フロアの案内図をもう一度確認する。
「タキオ物産…… ここに行きましょう」
「なんでここなの?」
「カンです」
 二人はフロアを横切り、南の角にあるタキオ物産のオフィスへ向かった。
 廊下を歩いていると、突き当りのタキオ物産の扉が開いた。
 髪は短く、マスクをしていて表情はわからないが、目つきは鋭かった。
「!」
 亜夢はヘッドフォンをずらした。
 タキオ物産から出てきた者が一瞬、足を止めたように見える。
「……」
 互いの距離が縮まっていく。
 五メートル、三メートル……
 亜夢たちが右に、出てきた人は逆へ避けた。
 亜夢も清川もその者を振り返らず、一直線にタキオ物産の扉に向かう。
 扉につくと、亜夢が清川に耳打ちし、清川がインターフォンのボタンを押す。
「警察の者です」
「は、はい。なんでしょう?」
「先日の事件のことでお話が……」
 少しして、ガチャリ、と扉が開かれた。
「どうぞ」
 女性が出てきて、テーブルと椅子のあるところへ案内してくれた。
「どうしましましょう。誰に話があるのでしょうか?」
 清川が答える。
「全員に順番にお話をきくことはできますか?」
「えっ…… と全員ですか、となると、かなり時間が」
「お時間はとらせませんから」
 清川はオフィスの中に入っていきそうな勢いで言うと、女性も困った顔で急いで奥へ戻っていった。
 しばらくするとタキオ物産の人が、順番に出てきてくれて、名前と当日いたか、気がついたことはなかったか、を話していった。
 清川がメモを取り終えると、頭を下げた。
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