その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

2017年06月

「セントラルデータセンターにいる軍に通報しないと」
「そうだな。そのスマフォにある加藤という人を呼び出してくれ」
 鬼塚刑事のスマフォを操作して、加藤を見つけ、呼び出す。そして、そのまま鬼塚の耳に付ける。
『鬼塚刑事、どうしました?』
「そちらの車が向かっています。登録上、研究者が使用する車ですが、おそらく盗難されています。中に人質がいる可能性もありますので、慎重に対応をお願いします」
『研究者は誰?』
「白井健です」
『了解した』
「追いかけていますので、そちらで合流します」
『もうその車はこっちに来たようだよ。では後ほど』
「えっ? 白井車の位置を見てくれ」
 私はナビを操作してターゲット車両の位置を確認した。
 こっちの車からそうは離れていない。
「いえ、この表示が正しければ、まだ着いていないと思います」
「……」
 鬼塚は無言でアクセルを踏み込んだ。



 高い塔が見えてきた。
 父の車にはまだ追いつけていない。その車の行先はセントラル・データセンターで間違いなかった。
 何もない道を飛ばしていると、セントラルデータセンターが下まで見えてきた。
「鬼塚刑事……」
「ああ……」
「軍の人たちが……」
 セントラルデータセンターで唯一残した入り口は地下だった。
 らせんを描いて地下に入っていく入り口が見えてくる。
「車はここら辺にとめて、あるいて通路に入るぞ」
 ブルっと震えがきた。
「今日は新庄先生が……」
「一人少ないといいたいのか。確かに最初に対応した時は三人だったが、中に入った時は二人でいけた。やれなくはないさ」
 そうじゃない、今日はそのつもりできていない。病み上がりで、体調も万全じゃない。
 そんな状態で、オレーシャを助けられるか不安になる。
「……」
 鬼塚は車を止めた。
「この死体を見れば恐怖を感じるのは無理もない。俺だって怖い……」
 セントラルデータセンターの地下通路へむかう一帯に、兵士の死体が横たわっていた。
 鬼塚は歩きながら、うつ伏せに倒れている兵士を仰向けにして、顔を確認する。
「……」
「もしかして、この方が、加藤さんですか?」
「ああ……」
 ちょっと前まで話をしていた人間が、ここで死体になっていることにショックを受けた。
「いや…… もう戦うのは、いや……」
「そんなことを言って、お前の学校の先生が今どうなっているか」
「……」
 そうだ。車の中に誰も残っていないのか、それだけでも確かめないと。
 楽しそうに合宿の話をするオレーシャの姿が思い出された。
「やります。それしかないんでしょ」
「そうだ」
 地下通路の入り口に、鬼塚刑事が真っ先に入っていく。
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「やったぁ!」
 と、清川が手を叩いた。
「!」
 亜夢が何かに気付いて振り返った。
 誰もいない。
 いや、カウンターの陰から、車いすに乗った長い髪の女性が現れた。
 店内は込み合っているのに加え、椅子と椅子の間が狭すぎて、その女性の車いすは通ろうとする周囲に何度も当たった。
 店員がその女性の後ろにたって、女性の車いすを押し始めた。
 車いすは、清川の後ろで止まった。
「ここ、開けて」
「お客さま、申し訳ありま……」
 清川は二の腕あたりを強く叩かれた。
「どいて」
 店員は無言で清川に頭を下げた。
「……」
 清川はおとなしく立ち上がり、椅子をもって下がった。
 亜夢はその女性の目を見ていた。
 しばらくすると、ゆっくりとキャンセラーをはずして、首にかけた。
 中谷と加山は亜夢とその女性を交互に見やった。
「申し訳ありません、こちら相席とさせてください」
 亜夢たちには、そう言って、かがんで車いすの女性に言った。
「ご注文いただいたお飲み物をおもちしますね」
「早くして」
 そう言うと車いすの女性は、髪を払うように後ろに送った。
「何見てるの?」
 亜夢はじっと車いすの女性を睨んでいる。
「睨んだって無駄よ。乱橋亜夢」
「!」
 亜夢の座っていた椅子が後ろに吹き飛んだ。
 椅子が飛んできたところにいた客が驚いて騒ぎ始める。
 しかし、まるでそうされることが判っていたかのように亜夢はその場に立っていた。
「非科学的潜在力?」
 清川がそう言うと、車いすの女を睨みながらうなずく。
 中谷は懸命にパソコンを操作している。何かを計測しようとしているのか、検索しようとしているのか。
「|宮下加奈(みやしたかな)」
「そうよ。それがどうしたの?」
 亜夢はそっと拳を前に突き出す。
「亜夢ちゃん止めて!」
 清川が叫びながら、亜夢の拳を押し返す。
「ここで力比べなんかしたら、大勢の人が怪我をする」
 今、そのことに気が付いたように亜夢が言う。
「あっ、ご、ごめんなさい」
「ふんっ!」
 車いすの女、宮下は清川の背中に頭突きをした。
 単なる頭突きではない。
 超能力のアシストが入っている。清川と亜夢、二人はさっきの椅子のように吹き飛ばされた。
 二人の体が、あちこちのテーブルにぶつかり、飲み物や食事がぶちまけられた。
「加山さん!」
 清川が言うと、加山が手錠を使って宮下を捕まえようとする。
「顕在力では捕まえられないわ」
 かるく払うように腕を動かすと、加山がバック転するかのようにひっくり返された。
 車いすをくるり、と反転させると、モーターでもつけているかのようなスピードで車いすが走り出す。
 注文していた男女に接触し、転ばせてしまう。
 宮下は気にもとめず、そのまま店の外へ出て、猛スピードで走り去ってしまった。
「加山さん、加山さん!」
 中谷が倒れている加山を抱き起し、呼びかける。
 亜夢が走り出して、店の入り口で加山と中谷を振り返った。
 清川が走って追いつくと、加山と中谷は、うなずいた。
「亜夢ちゃん、追いかけよう!」
 亜夢もうなずいた。
 亜夢と清川は店の外にでると、車いすが走っていった方へ走った。ビルの外に出ると、亜夢が目を閉じてアスファルトに手を当てた。
「……」
「わかる?」
 亜夢はしばらく手を置いていた。そして立ち上がり、寺の方向へ走り出した。
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 イラっとした表情で鬼塚が言う。
「白井健先生の車の位置を、山咲の車に送れ、って言うんだ」
「白井健の車の位置を、山咲さんの車に送ってください」
『しろいたける……って、ああわかった。で、山咲さんの車って何番?』
「山咲さんの車は何番って」
 鬼塚刑事はカーナビのあたりを指さして、「ここの番号を読み上げろ」と言った。
「38780901、です」
『了解。すぐ送るよ』
「すぐおくりますって」
「画面が変わったら、『追跡』ってボタンを押すんだ」
 高速道路のインターが見えてくると、鬼塚は車のスピードを落とした。
「藤沢! 早く送れって……」
 ピーという音とともに、カーナビに追跡車両の情報が表示され『追跡』ボタンが表示された。
 鬼塚はカーナビを見るわけでもなく、アクセルを踏み込んだ。
「よし。白井。先生の車はどっちだ?」
「北東の方向ですね。高速は下り側にはいるみたいです」
 高速道路へ乗るためのコーナーでスピードを出すせいか、体が車の外へ出そうになる。
 山咲さん! と思って後部座席をみるが、この状態でも起きていない。
「鬼塚刑事、山咲さんが飛び出しちゃいますよ!」
「まだ飛び出ていないだろう?」
「そうですけど! 私も飛び出そうです!」
「シートベルトしてるんだから落ちやせん。怖けりゃどっかつかんで耐えろ」
 時々タイヤが鳴っている。
 高速道路に合流するなり、すぐに追い越し車線へ移動する。
 そもそも走っている車両が少ないのだが、次々に追いつき、それを追い越していく。
「……お前の父親、車の運転うまいのか?」
 私は腕を組んで考えた。
「おかしいんだよ。こんなにスピードを出しているのに追いつかない訳がない。はめられたんだ」
 スピードメーターを見ると、びっくりするような速度を示している。
「なら、早くウエスト・データセンターに戻りましょう」
「いや、車両は先生のもので間違いない。百葉高校の先生が乗っている可能性がある」
「オレーシャが?」
「もう一度砂倉署に連絡してくれ」
 慌ててリダイヤルをする。
『鬼塚刑事ですか?』
「いえ、白井ですが」
「白井! こっちに向かってスマフォを差し出せ」
 私は鬼塚刑事の頬にスマフォをあてた。
「白井先生が掴まった可能せいがある。ウエスト・データセンターに誰か向かわせろ」
『鬼塚さんは?』
「こっちの車を追う。頼むぞ」
『山咲さんと連絡とれないんですが……』
「山咲はこの車にのってる。ウエスト・データセンターは他の者をあたらせろ」
『はい!』
 車は高速道路の端まで走ってきた。
 スピードを落としてから、ナビが示す車両の動きを見る。
「こりゃ、セントラル・データセンターに向かってるな」
「なんでそんなところに」
「〈扉〉から逃げたいわけだし、〈転送者〉が出てくれば助か確率があがるわけだから、俺が向こうの立場だったとしてもセントラルデータセンターへ逃げるだろうな」
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「もう一つ前のも見えるはずだよ。見てみる?」
 中谷はスライダを器用に動かすと、前のビルに入ろうとする場面になった。
 映像が、激しく動くと、ビルの角に何者かが隠れた。
「これです」
 パッと停止させると、また同じようにピンチアウトし、アイコンを叩くと、詳細な映像が現れる。
「あっちを向いているけど、さっきの人物と同じだね」
 中谷の言葉に全員がうなずく。
「どうせこの近辺の聞き込みなんだから、この人のことも聞いてみよう。いいですよね、加山さん」
「……」
 加山は腕組みをしている。
 なかなか返事がないので、たまりかねて清川が言う。
「それはまた後で考えることにして、食事頼まない? 店員さんずっとこっちを見てるし……」
 中谷が亜夢にメニューを手渡し、もう一つを加山の前に広げて見せる。
 清川がパラパラとメニューをめくっては悩んでいる。
「乱橋さん決まった?」
 ゆっくり指さしたのはラーメン・チャーハン・餃子『フルセット』だった。
 食事が運ばれてくると、亜夢が真っ先に食べ終わった。
 おそらく、フルセットはラーメン餃子を頼んだ中谷の2倍、担々麺を頼んだ清川の3倍はあっただろう。
「そんなに食べて、太らないの?」
「……」
 亜夢は自分のおなかを見つめた。
「そんなことはないです……」
「体重は?」
 清川は亜夢に耳を近づける。
「え~、やっぱり痩せてるよ、だってこの身長でしょ?」
「そんなことは……」
「やっぱり、ちょうの……」
 そのまま何を言おうとしているのか、加山が察知し、清川の口に手をあてた。
 あわあわ、という言葉が終わると、加山は手を放した。
「うかつだぞ」
 清川は手を合わせて謝った。そして、
「……非科学的潜在力のおかげなのかしら?」
 と、言い換えた。
「確かに、使うと実際に体を動かすよりずっと消耗しますよ」
「へ~」
「結局、何かをするときのエネルギーって同じなんですよ。私が風を起こしてコップを飛ばしたとします。それは扇風機でコップを持ち上げるのに、、どれくらいの電力を消費するのか、ってことと同じなんです。手でつかんで持ち上げるよりずっとエネルギーを消費する。そういうことなんです」
「なんか、納得できる感じがする」
 そう言いながら中谷は一生懸命メモをしていた。
「じゃあ、そのキャンセラーがなかったら?」
「それだけでも、ものすごく疲れると思います。これだけノイズがかかっていてもヒカジョは、そのなかでやっぱり何かを見ようと、読み取ろうとしてしまうので……」
 またメモを取った。
「ふぅん」
「さあ、行くか?」
 加山が言うと、全員がうなずいた。
 次の聞き込み先では、亜夢のパトレコに映っていたアメリカンバイクのライダー、フェイスマスクの人物についても聞き込みした。
 だが、事件当日の目撃情報や、そのフェイスマスクの人物についてもなかなか証言を得れなかった。
 ビルのフロアを上ったり下りたりし、可能な限り強力してくれる人全員の話を聞いた。
 中小企業や、大手の企業の分室、出張所があり、文房具店から本屋、花屋、短時間の間に、あらゆる職業、職種に触れたような気がした。
 その間、全員で注意しながら、フェイスマスクの人物が現れないか見ていた。しかし、こちらが注意しているのに気付いたのか、フェイスマスクの人物は現れなかった。
 そうやって何件もの聞き込み調査を進めていると、加山が時間を見て言った。
「どっかお茶でも飲んで、休憩するか」
「加山さん……」
 中谷が心配そうな声を出す。
「どっか具合でも悪いんですか? 絶対そんなこと言い出さないと思ってました」
「俺だって疲れたときはお茶ぐらいするさ」
 亜夢達は、聞き込みの途中で何度か通りすぎたカフェに戻ってきた。
 皆は席に座って、それぞれが頼んだコーヒーや紅茶、スイーツを食べ始めた。
「加山さん、これって経費じゃおちないんんじゃ……」
「これくらい俺がおごる」
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「大丈夫か?」
「はい」
「用は終わったか」
「はい」
「帰ろう」
 肩を叩かれ、私はうなずいた。
「寄りかかっていいですか」
「ああ」
 鬼塚刑事の腕につかまって泣いた。
 思い切り泣いて、涙が止まるまで、泣いて、それまで鬼塚刑事は何も言わず、一緒にいてくれた。
「あなたが父ならよかったのに」
「……こんな若い男を捕まえて、父なんて呼ぶな」
 私は笑った。
「あれ? 鬼塚刑事、おいくつなんですか?」
「二十七だ」
「確かに、父と呼ぶには無理が……」
「当たり前だ。さあ、ゲートを通って帰るぞ」
 私は〈鳥の巣〉と外をつないでいる、あのゲートを思い出した。
 あれは、〈扉〉とみなされないのだろうか。
「あっ!」
 言うと同時に走り出していた。もう二階のどこにも父の姿はなかった。
 オレーシャも見当たらない。
 私はそのまま下のフロアへ走った。
「父さん!」
 私はスマフォを取り出して父に発信した。
「なんだ」
「最後に教えて」
「ちょっとまて、車を止める」
 しばらくの間。
「なんだ?」
「私たちが〈鳥の巣〉に入るためのゲート。父さん知ってる?」
「ああ。まだ建設中のやつだろう」
「あそこは、〈転送者〉が発生する範囲なの?」
「……」
 父の方からは、まったく音が聞こえない。
「ねぇ、どうなの? あれ、完成したら巨大な〈転送者〉が……」
 私はスマフォを見つめた。
 鬼塚刑事が追いついてきた。
「どうした?」
「父にどうしても聞いておかないといけないことが」
「俺たちと同じように、地下の駐車場に車を止めているんだろう。急ぐぞ」
 私達は急いで地下に駆け下りると、車にのってシートベルトをしめた。
 後部座席で山咲は寝ていた。
 急発進して、ウエスト・データセンターの外にでる。そのまま道を飛ばして進むが、父の車は見えてこない。
「このスマフォを使って、砂倉署を呼び出してくれ」
 私は受け取ると電話を掛ける。
「藤沢っていうのがいるはずだから」
「鬼塚刑事に頼まれて電話をかけています。藤沢さんお願いします」
『鬼塚刑事? どうしたんです?』
「藤沢さんですね? えっと……」
 私は鬼塚刑事の方をみる。
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「やるんだったら、ワザと扉を設置して実験すればいい。どこは出てきて、どこからは出て来ない。それが見極められれば、鳥の巣の外のアンテナはすぐわかる。ただ、扉を作ってしまえば大量の〈転送者〉が発生する。誰がそれを止めるのか。鳥の巣の内部は、立ち入り禁止区域の特別な法律で軍が〈転送者〉を処理できるが、〈鳥の巣〉の外は違う。ただ誰も住んでいないだけで、あの周辺は〈鳥の巣〉の外なのだから、本来、避難区域ではないんだ。〈転送者〉が出た場合、警察に治安維持で戦わせる事は出来るが……」
 〈転送者〉の処置は私がやる、と言いかけてやめた。
「警察がダメだったとして、最近増えている事件が『継続的に』続いたとすると、発生位置の情報が父さんにどんどん入ってくるわけでしょ? それなら位置が突き止められる?」
「……確かに警察から発生位置の情報は来ることになっているが」
「そこまでこだわるのはなぜだ」
「父さんは〈某システムダウン〉のこと、覚えている?」
「ああ。|澪(みお)を失った日なんだ。忘れるわけがない。お前の友達の|鴨川(かもがわ)|美琴(みこと)も……」
 私は耳をふさいでいた。
「自分から聞いておいて、嫌なことには耳をふさぐのか」
 耳をふさいだまま私は床に伏せてしまった。
「まだ気持ちの整理がつかないらしいな」
「……」
「公子。お前は、あの日……」
「うわぁぁああ!!」
「どうした!」
 鬼塚の声が響く。
「なんでもない。大丈夫だ」
 と、父が鬼塚の声がする方向へ言い返す。
「あの日のことが、今のお前の〈転送者〉へのこだわりと関係している。そうだろう?」
「こっちから聞こう。あの日、お前に何があった?」
「……」
 救急車…… 改造…… キメラ……
「美琴はまだ生きているよ」
「……そう信じるのはお前の勝手だが」
「生きてる!」
「それが〈鳥の巣〉や〈転送者〉にこだわる原因か。確かにあの日に怒った|大虐殺(ジェノサイド)の犠牲者は、死体も見つかっていないから、『行方不明者』として処理されている。だからと言って、本当に『行方不明』ではないんだ。今のお前なら、それがどういう意味がわかるだろう? 言葉通りに『行方不明』じゃないんだ」
 涙がかってに流れていた。
 悔しくて手が震えていた。単に父に怒っているのかもしれない。
 父は何も言わずに部屋を出ていく。
「白井先生……」
「なんでもない。あれ? オレーシャは?」
「そっちの部屋で寝ています」
「そうか」
 頭の中で何度も〈転送者〉暴れていた。
 混乱する空港の中、誰が誘導するわけでもなく、安全かどうかを肉眼で判断しながら進んでいく。
 血の匂い、ケーブルが焼けこげる匂い、やがてやってきた軍が使う銃器が放つ匂い。
 人々の悲鳴が聞こえ、ガラスが割れ、あらゆるものが高いところから、低いところへ落とされていく。
 父に手を引かれながら、右に曲がり階段を上がり、壁に隠れ、廊下を走り抜ける。
 何かにつまづいて転んだら終わり。
 〈転送者〉に見つかったら死が待っている。
 戦場に行ったことも、見たこともなかったが、これが戦場なのだ、とあの時思った。
「白井」
 鬼塚刑事が、小さい声で言う。
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 亜夢はキャンセラーを外してあたりの様子を感じ取ろうとしていた。
「乱橋さん、誰かいたの?」
 黙って、と言わんばかりに、亜夢は目を閉じ、制止させるように手を上げた。
 中谷も、加山もあたりを見回すが、こっちを監視しているような見張っているような人物は見つけられなかった。
 亜夢が目をあける。
「……」
「どうだった?」
 小さく首を振った。
 そして干渉波キャンセラーをしっかりと頭に付けなおす。
「中谷。次に行こう」
 パソコンを開くと、中谷は別のビルを指さした。
 次は、飲食店だった。
 調理場の裏口からでると、騒ぎになったあたりがバッチリ視野にはいる。
 一人一人にあたっていくが、当日はシフト外だったりするために、なかなか目撃情報は得られなかった。
 いくつかあった話は、もうパトカーが来て現場検証をしている段階ので気づいたというものだった。
「後で思い返せば、あれが拳銃の音だったんだ、って程度で。たいして印象には残っていないんです」
 それら一言一言、清川は一生懸命にメモを取っていた。
 対して中谷はパソコンをずっと操作していた。会話を打ち込んでいたわけではないようだった。
「ありがとうございました」
 加山が礼を言うと、時間を見てから
「じゃあ、ここでお昼いただくか」
 と言った。
 亜夢は小さく『えっ』っと言ったが、中谷も清川も反論しなかった為に、そのまま店の正面に回って客として店内に入った。
 入り口に入るとき、亜夢は視線を感じて振り返った。
 じっと亜夢の方を見ていた。
「あっ……」
 フェイスマスクをして、表情はほぼ見えない。
 大通りで亜夢と|超能力(ちから)比べをした人物だった。
 亜夢は一人で行動するな、という言いつけを守るため、清川の腕を引っ張った。
「あそこ!」
 言うと、その人物は見えなくなっていた。
「あれ?」
「どうしたの? 乱橋さん」
「昨日のライダーが」
「もしかして、最初にこっちをみていたのも?」
 亜夢はだまってうなずいた。
「確証はないですが」
「……」
 亜夢と清川も加山と中谷の座る席につくと、昨日の話をした。
 中谷がパソコンのキーボードを叩きながら、亜夢にたずねる。
「そのライダーは超能力者で間違いないんだよね?」
「パチーンて、すごい音だったんだから、間違いないよ」
「清川に聞いたんじゃなくて、乱橋くんにきいてるんだけど」
「間違いないです」
「乱橋くんに付けていたパトレコの映像をちょっとみてみることにしようか」
 ノートパソコンを机の端に置き、全員が見えるように向きを変えた。
 キーボードの手前のパッド部分をちょん、と叩くと画像が再生された。
 この店の入り口が映り、ぐらっと画面が揺れると、正面にフェイスマスクをつけた人物が映る。
 中谷の指がちょん、と動く。
 映像が止まった。
 中谷がバッドの上でピンチアウト操作をすると、その人物が大きく映る。
「粗いな……」
「待っててくださいよ。動画だから前後のデータから補完できます」
 アイコンをちょん、と叩くと大きな粒で表示されていた映像が、段々と詳細な映像に変わる。
「……やっぱり」
「昨日のバイクの人だね」
 店の人がたまりかねて注文を取りに来た。
「ちょっと取り込み中なんだ」
 加山が店員を帰す。
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 ここが壊れた時、ここにいたのよ、と思った。ここに出てきた〈転送者〉を叩き潰したのは私。
「酷いって、父さんも酷いわ。結婚していることを黙って付き合ってたんでしょう」
「ああ、黙っていた。けれど、嘘をついたわけじゃない。黙っていただけだ」
「そういうのを屁理屈っていうのよ」
 私は腕を組んで睨みつけた。
「それより、ここに呼びだした件を早く説明して」
「ああ、そうだったな」
 父は肩にかけていた薄いカバンを開いた。
「父さんは説明するためにこれを持ってきた」
 すると中から白い板を取り出した。
「ホワイトボード?」
「?」
 ホワイトボードをじっと見つめている。
「どうしたの?」
 私はたずねた。
「ああ、よく考えたら、これを書いてメッセンジャーで送ればよかったのかな?」
「……」
 私は力が抜けたようにうなだれた。
「もうきちゃったんだから、説明して」
「説明したらキミコがなぜここに入れるのか、どうして〈転送者〉のことを知りたがっているのか教えてくれるかい?」
「電話でもいったでしょう」
私は怒っているような、強い口調になっていた。
「言えないことがあるの」
 父は両の手を広げて私に向けた。
「わかってる。こっちの質問にイエスかノーかで答えるだけでいい。それならいいだろう?」
「……」
「なんとなく」
 父は右手をぎゅっと握りしめた。
「こうなるのはわかっていた」
「……ごめんなさい」
「俺に似て頑固だからな」
「似たわけじゃないでしょ」
  父は小さなホワイトボードに球の絵を描いて説明してくれた。
 球と球が重なるひしゃげたラグビーボールのような部分が私達の学校の通学路。完全に球と球が重なっている範囲、それが 鳥の巣 の中ということだ。二つの重なりによって、扉の向こうの世界との転送が可能になる。
 重なっていない場所では、扉を検索できないということだ。
 本来、鳥の巣 内部の様に、球を重ねることで自己防衛出来るはずだった。
たから、通学路に出る〈転送者〉は、もう一つのアンテナの位置を示してしまうため、〈扉〉の支配者側から考えれば、かなりリスキーなことだ、と父は考えている。
「無防備な場所にアンテナがあること。場所が分かって、アンテナらしきものを調べられば、自分たちの秘密が知られてしまう可能性があるからね」
「だとすると、ワザとあそこに〈転送者〉を呼び出して、影響範囲を測定すれば、鳥の巣の外のアンテナの位置がわかってしまうということ?」
「警察からもらった発生場所の資料で、もうかなり範囲は狭められているよ」
 父は指を上下に動かして言う。
「上下の方向、立体的な誤差は出ちゃうんだけどね」
「〈転送者〉が出てきた位置を記録する以外、たとえば直接その電波の様なものの測定は出来ないの?」
 父は笑った。
「その測定をする装置をこの近辺に作るより、出てきた転送者を倒している方が安いのさ」
「そうなんだ……」
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「やっぱり、この近辺で何かありそうだな」
 清川がたずねると、住職は快く答えてくれた。
 住職が言うに、そのバイクは息子さんのものだという。
 息子さんの写真も見せてくれたが、昨日載っていたライダーとは似ても似つかないような体形だった。
 念の為、息子さんは今ここにはいないが、戻ってきたら連絡してくれることになった。
「うちのが何かやらかしたんでしょうか?」
「いえ、あの、そういうことでは」
「……」
 亜夢は外に見えるバイクを見つめた。
「それならいいんですが」
「すみませんが、また捜査の為車を置かせてください。すみませんが、よろしくお願いします」
 清川はそういうと、亜夢を連れて外にでた。
「なんかちょっと違うのかな……」
「……」
 亜夢はバイクのハンドルに触れてみる。
 もし、昨日の超能力者が乗ったものなら、何かが分かる、と思ったのだ。
「どう?」
 清川が小さい声でたずねる。
 首を振る亜夢。
 残念、という表情の清川。
「どうなんだい?」
 加山と中谷も様子を見に来ていた。
「わからないです」
「今度はそのパトレコで記録できるから」
 そういって、中谷は亜夢の肩をポンと叩いた。
 亜夢はうなずく。
「じゃ、聞き込みに行こう。初めに言った通り、今日は絶対四人で行動するぞ」
 三人は加山に向かってうなずいた。
 坂を下りていき、カメラを仕掛けたビルへ向かうと、加山は言った。
「今日は周辺のビルの聞き込みだ。中谷、リスト」
 中谷がパソコンで周囲のビルに入っている会社のリストを出し、建物順のフロア順に並び替えた。
「じゃあ、そこから行きますか」
 中谷が指示したビルへ全員で向かった。
 自動ドアを抜けて、入ろうとした瞬間、亜夢はビルの角からの視線を感じた。
 パッとそこを見ると、角に隠れてしまった。
「乱橋さん」
 立ち止まっている亜夢の手を清川が引っ張った。
「どうしたの?」
「……」
 亜夢は干渉波キャンセラーを外して首にかけ、じっと目を閉じた。
「乱橋くん」
「ちょっとまってください。誰かが……」
 清川と中谷が自動ドアを出て、あたりを探した。
「どうだ?」
「誰もいません」
「不審な感じの人は見当たりません」
 清川も中谷も誰も見つけられずに戻ってきた。
 亜夢は目を開くと、
「すみません。聞き込みを続けましょう」
「大丈夫なの?」
「……」
 キャンセラーをしっかりつけると、亜夢は小さくうなずいた。
 そのフロアは美容院等へ商品を卸す商社だった。
 フロアスペースの八割くらいが倉庫として使われていて、残りの二割に営業員の机があった。
「朝必要な商品を車につんだら、夕方まで帰ってこないからなぁ」
 そういう感じで、あまり有効な目撃情報はつかめなかった。
「そうですか、あの発砲事件の時も同じでしょうか」
「う~ん。おそらく」
 社員は皆そんな感じの反応だった。
 聞き込みが終わると、加山がお礼を言って、全員がビルから出た。
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 私の言った「父です」と父の「娘なんだ」という声が同時に部屋に響く。
 オレーシャは聞こえない、とばかりに手で耳をおおった。
「えっ?」
「だから……」
 もう一度、「父です」というと父は面白がってかわざと合わせてきて「娘だ」と言った。
 オレーシャはしゃがんで床を見つめてなにかブツブツ言い始めた。
「オレーシャ?」
 父はオレーシャの両肩手を置き、「立とうか」と言った。
 オレーシャはフラフラと立ち上がると、父にもたれかかった。
「どういうことなの?」
「私は白井公子の父だ」
「……」
 父の顔と、私の顔を交互にみた。
 何を思ったか、オレーシャは私の方に駆け寄ってきた。
「私がママになるのね。公子、寂しかったでしょう? 学校では先生だけど、学校をでれば私があなたのママよ」
 私は抱きしめられながら、父の表情を確認した。
 口の前で人差し指をたてている。つまり『黙っていろ』ということだ。
 私は父を睨みつけて、首を振った。
「オレーシャ、違うの。|義母(ママ)はまだいるのよ。あなたは父に騙されているんだわ」
 オレーシャの震えが伝わってくる。
 私はオレーシャを抱きしめ返した。
「オレーシャ、私の父が悪いことをしてごめんなさい」
 ブルッと大きな震えを感じた。
 私は声を出さず、父に『にげて』と口を動かした。
 抱きしめるというより、捕まえておくようにオレーシャに腕を回した。
「タケル!」
 父はいつの間にか部屋を出ていた。
「オレーシャ落ち着いて!」
 私の腕を両手ではらうと、オレーシャは父がいた方向へ走った。そして、出入り口と思われるところを目指して走って行ってしまった。
「オレーシャ!」
 私は追いかけるわけでもなく、その場で叫んだ。
 鬼塚刑事がすっと私の横に来て「きみの父を助けにいってくる」と言うと、大柄な体に似合わず、音もたてずに走り去っていった。
「……」
 私は一人残されてしまった。
 しばらくすると、大声で泣くオレーシャの声が近づいてきた。
 父も何かずっと声にだして説明しているが、ロシア語のようで何を言っているのかはわからない。
 父が入ってきた後、鬼塚刑事がオレーシャを肩に担いで入ってきた。
 足をバタバタとさせながら、オレーシャは鬼塚の背中で涙をぬぐった。
「話はついたの?」
「いや……」
「俺がオレーシャを押さえているから、話を済ませてきてくれ」
「は、はい」
「疲れるから、手早くたのむ」
 と鬼塚が言った。
 父は入ってきたのと反対側の出入り口を指さし、歩き始めた。私はそれについて行った。
 部屋をでると、サーバールーム側に進みそのままサーバールームに入ってしまった。
 中はこの前の戦闘で破壊された時と変わっていなかった。
「酷いもんだな……」
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タイトルだけ次になっていて、内容がともなっていませんでした。
只今修正しました。
申し訳ありませんでした。 
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「ここでいいのか?」
 一階に上がると、鬼塚はそう言った。
「こっちの奥の部屋だったはず」
 目隠しの壁を回り込んで部屋に入ると、ボランティアでプログラミングをしている人たちが一斉にこっちをみた。
 鬼塚は視線に気づくと、照れくさそうに頭をかいた。
 私は部屋の中を見回した。
「いない…… まだ来てないのかな」
 私と鬼塚は奥の端に座った。
「キャー、すごい場所ですね。ほんとに扉がない!」
 聞き覚えのある声だった。
「まさか……」
 私は立ち上がった。
「危ない、オレーシャ」
 父の声だ。
「きゃっ!」
 ボランティアでプログラミングしている連中が、また一斉に声をする方を見た。
「穴に落ちるところだったわ。ありがとうタケル」
「ここは扉やフタを作れないから、いろんなところに穴が開いたままになっているんだよ」
「そーなんですかー」
 部屋に入ってい来ると、中の連中がまた一斉にその二人を見た。
「なっ」
 オレーシャは驚いたような表情で口に手をあてて、立ち止まってしまった。
 一つ上のフロアを指さして、私は父の顔を見た。
 父にも意図が通じたようだった。
「オレーシャ、ここはあれだから、上に行こうか」
「上ならタケルと二人っきりになれる?」
 オレーシャは私に気付かなかったようだった。
「そうだなぁ、用事が終わったら二人っきりになれるかも」
 その言葉を聞いて、また部屋の中の人々が父の方を睨みつけた。
 私は追いかけるように部屋を出た。
 鬼塚も気づくと追いかけてきた。
「今のが白井健先生か? あんな軽い感じのが」
「軽くて申し訳ない」
「あっ、いや、その、明るい人だな」
 申し訳ないような気持ちになった。
「いいんですよ。カルイ、という表現は正しいですよ。父は軽薄で、女の人大好きなんですよ」
 ゴーという空調の音がする。
 二階は何台ものサーバーが稼働するサーバールームだった。
 ちいさな休憩室方へ父が曲がっていくのが見えた。
 私と鬼塚刑事は同じ部屋へ入った。
 二人は私達に気付いたようだった。
「し、白井さん!」
 大声でそういうと、オレーシャは父の手を投げ出すように放した。
 父は放された手をそのままポケットに突っ込んだ。
「?」
 オレーシャは私の顔をじっと見て、父の顔を振り返った。
 それからまた私の顔をみて、父の顔を見る。
「白井…… 白井…… 白井……」
 私はため息をついた。
「ふ、ふたりはどういうご関係?」
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「ん……」
 制服を着た学生が歩いている。
「(みゆちゃんの高校……)」
 和洋ごちゃまぜになった皿を端から口に入れながら、通りを歩く学生を目で追っていた。
 学生たちは慣れているのか、亜夢の視線などは全く気にとめずに歩いていく。
 かなりの人数が歩いてきたせいか、亜夢は外をみるのを止め、食事に集中し始めた。
 和食を中心に食べ物を取り直して、席に戻ってくる。
 ホテルの従業員が呆れ気味に笑って見ている。
 亜夢がごはんを食べ終わり、ゆっくりとコーヒーを飲んでいるとホテルの従業員が近づいてきた。
「(食べすぎたかな……)」
 亜夢は一人ごとを言って従業員の方から、目をそらした。
「お客様、お知り合いの方が……」
「亜夢!」
 と呼ぶ声がする。すると、従業員の後ろから、葵山の制服を着た女子高生が手を振る。
「|美優(みゆ)ちゃん!」
「どうしたの、ここに泊まってるの?」
 ホテルの従業員はスッと下がっていく。
 亜夢の中で、無機質なビジネスホテルの喫茶店が、まるであの大通りの高級ブランドショップに変わったかのように見えていた。
 美優は、スッと椅子を引き亜夢の正面の席に座る。
「そうなのここに泊まっているの…… そうさ…… じゃなかった。ちょっと事情は話せないんだけど」
「へぇ、そうなんだ! それと、亜夢っていくつなの? 学校は? それとも会社勤め?」
「16歳だよ。学校は…… 学校には行ってるんだけど……」
 亜夢の表情ははれない。
 ヒカジョ、に通っている、とは言い出せない。
 それはイコール自分が超能力者、と宣言しているのと同じことだからだ。
「やっぱり! 私も、おない歳だよ。なら、同じ学年だね…… あっ、学校始まるから、私、そんなにゆっくりしてられないんだ。『リンクID』教えるから、放課後会おうよ!」
 美優のキラキラした笑顔に、亜夢もふっきれたように笑顔になる。
 亜夢がスマフォを渡すと、美優は素早くIDを入力する。
「うんっ! 連絡するから!」
 美優は慌てて去っていく。
 亜夢は見送ると、すぐにスマフォで『リンクID』にメッセージを打ち込む。
『また会えてすごくうれしいよ! しかも、こんなに早く会えるなんて』
 亜夢はコーヒーを飲み干すと一度部屋に戻った。
 制服のシャツだけを着て、下は昨日を同じデニムのパンツにする。
 昨日中谷に渡された、缶バッチ状のパトレコ、を肩のしたあたりに付ける。
 鏡を見ている亜夢の顔が、自然とほころんだ。
「だめ! 捜査協力なんだから気合いれないと」
 パチッと頬を叩く。瞬間はきりっとした表情になるのだが、またにやけてしまう。
「あぁ、早く午後にならないかな……」
 その時、電話がなって、フロントに清川が来ていると告げられる。
 亜夢はキャンセラーの位置を整えると、部屋を出た。
 清川と一緒に警察署につくと、加山と中谷が待つ部屋に入る。
 そこで、今日の捜査について告げられる。
「昨日、清川と乱橋くんで聞き込んだそうだが、あのビル周辺で聞き込みを行う。現場を見てそうなところを順番に回ろう」
 確かに、あのビルの上から見るよりは、周囲のビルからの方が見やすいだろう。カメラだけでは分からないことも、人に確認すれば分かるかもしれない。今までの経緯からも、あの周辺に超能力者がいるのは間違いないだろう。
 亜夢と清川は声をそろえて返事をした。
『はい』
「今日は勝手に行動しないぞ、乱橋くん。絶対に四人で回る」
「……はい」
 車に乗り込み清川が運転する。亜夢は加山と中谷に挟まれるように後ろに座る。
 いつものようにお寺の駐車場に車を回した。
「あっ!」
 亜夢は大声を上げた。
 それに反応して、清川も大声を上げた。
「あっ、あのバイク!」
「二人とも、車の中では静かに頼むよ」
 中谷が言う。
 亜夢と清川の視線の先には、大型のアメリカンバイクが止まっていた。
 清川は車を止めると、そう言って飛び出す。
「住職に聞いてくる!」
 亜夢はぐいぐいと中谷を押し出して、清川を追った。
「このバイクがなんなの?」
「昨日のと同じって、ことじゃないのか?」
 加山が中谷と反対側から降りると、そう言った。
「ああ、あの喧嘩になったっていう…… えっ?」
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「さ、行きましょう」
 私は部屋からの泣き声が聞こえなくなったころ、新庄先生にきいた。
「新庄先生、先輩とどういう関係なんですか?」
「あなたも余計な詮索はしない」
 厳しい表情だった。
「すみません」
 その日は、それ以上、先生と会話はできなかった。 
 寮の食事をとり、新庄先生の片付けを手伝い終わったころ、鬼塚刑事が寮にやってきた。
 回転灯をみつけて、何人かが玄関に集まって騒いでいたが、車から降りてきた大きな人影を見ると、小さな声になった。
 さらに鬼塚が近づいてくると、体から発する殺気を感じたのか、寮生達は絶句したように口を閉じてしまった。
「白井いるか」
 寮監の部屋で外出着に着替えていた私は、慌てて靴をはいた。
「鬼塚刑事、白井さんをお願いします」
 寮生を怖がらせる為か、その逆かはわからなかったが、鬼塚は敢えて玄関の内側に入ってこない。
「わかりました」
 と、声だけが寮に響きわたる。
 新庄先生が頭を下げると私も頭を下げる。
 そして、二人で玄関のロータリーに進むと車にすすむ。私が乗っても揺れない車が、鬼塚刑事が乗り込むと、車がグッと沈み込む。
 車のスタートは電気で静かだ。しかし、寮のロータリーを抜けると、突然、ガソリンエンジンの爆音に変わる。
「学校の防犯カメラでお前がいう山咲を確認した。通学路の近くの廃屋近辺にあるカメラに映っていた男と同じだ」
「前から言ってたのに」
「具体的な画像がなかったから仕方なかったんだ」
「砂倉署にも入っていたのよ、警察署で何をしていたのか、なんであんな堂々と活動できるのか、早くしないと手遅れになるわよ」
「……」
 鬼塚刑事はムッとした表情になって、口を開かなかなくなった。
 私は外の風景を見ていた。
 車が〈鳥の巣〉のゲートに付くと、車を降りた。
 長い申請の列に並び、順番をまった。
 中に入ると、疲れた顔の山咲刑事がいた。こっちは本当の山咲だった。
「また君? 鬼塚さん、一体なんなんですか?」
 鬼塚は山咲の近くに寄って小声で何か話した。すると山咲はキーを鬼塚に渡し、後部座席に乗り込んだ。
 鬼塚が親指で助手席をさすので、私は助手席に座る。
「今日は俺が運転する」
 ちらっと後部座席をみると、山咲は口を半開きにして、目を閉じていた。
「もう寝てんの?」
「起こすなよ」
 鬼塚刑事は小さい声でそう言った。
 ゆっくりと車が動き出す。
 空港を左手に見ながら通過し、ウエスト・データセンターを目指す。
 車を地下駐車場にとめると、車を降りた。
「山咲さんは?」
「だから…… 起こさなくていいんだ」
 私と鬼塚刑事はデータセンターの階段を上がる。
 扉を作らないように設計された建物は、通常の建物と比較して、目隠しの為の余計な壁が必要で、見通しが悪い。
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 小さい声で清川に囁く。
 男が軽く目線を送ったこと気づき、清川は言われた通り周りを見渡す。集まってきている野次馬達の視線が分かる。
「(わかったわ)」
 清川は亜夢の腕を引き、パトカーの後部座席へ誘導した。
 乗り込むと、パトカーは静かに署へ向かって発進した。

 署に戻ると、清川と亜夢は通りでの状況を細かく話した。
 清川が立ってホワイトボードを指さして話していると、部屋の扉が開いた。
「あ、中谷さん」
 亜夢が言うと、中谷は小さく手を振り返す。
「清川、捕まったんだって?」
「中谷さん、おつかれさまです」
 そういう警官に向かって、中谷は軽く敬礼する。
「武田くん、ありがとう。どう? そろそろ報告書書けそう?」
 男はホワイトボードを振り返ってしばらく見つめてから、中谷に向き直って言う。
「書けます」
「じゃ、清川さんは残るとして、乱橋くんは解放していいんだろ?」
 武田はうなずいた。
「乱橋くん、もう帰っていいって。ホテルまでは僕が警護するから」
 亜夢は立ち上がった。
 それを見て、清川が止めに入る。
「ちょっと! 警護なら私が行きます。私なら部屋までだって……」
 武田が清川の腕を押さえた。
「武田、サンキュー!」
 中谷は亜夢を押し出すようにして、部屋を出た。
 警察署をでると、亜夢が言った。
「あの…… 警護とか大丈夫ですから」
「ロビーまでだから我慢して」
 中谷は前後左右を見回しながら、亜夢の横を歩く。
 信号を渡り、ホテルまでずっと同じ調子で警戒している。
 ホテルに入ると、ロビーに座った。
「乱橋くん。明日の朝もここで僕か、清川がくるのを待って」
「えっ?」
「完全に狙われていると思うよ。だから、警戒するにこしたことはない」
「けど、私をどうしようと……」
「それは分からない。倒すつもりなのか、仲間に引き入れるつもりなのか…… バイクのヤツが今回の捜査の犯人か、そうじゃなくても関係者かもしれないし」
 中谷は、思い出したように指を立て、上着のポケットに手を入れた。
 とりだしたものをテーブルに置いた。
「缶バッチ?」
「いや、これはパトレコと同じものだよ。部屋の中でする必要はないけど、部屋を出るときはして。全体をぎゅっと押せば警察に連絡が出来るようになってる…… あっ、今、押しちゃダメだよ」
 中谷はスマフォを取り出し、その缶バッチが撮影している映像を見せた。
 亜夢は手にとってぐるっと見回す。どんな角度まで映るのか、とか、どこがへこんで押せるのか、とかを確認した。基本的な作りは缶バッチのようなものだった。ただ絵柄はなにもない黒で、しっかり衣服について動かないように工夫してあった。
「部屋に置いておくときはこうやって」
 中谷は亜夢から缶バッチを受け取ると、ピン側を上にして伏せた。
「これなら何も映らないから」
 スマフォの映像も何も映らなくなった。
 亜夢はうなずいた。
 中谷が伏せたままスッとそれを差し出す。
 そのまま仕草でそれを付けるように指示する。
 亜夢も無言でそれを服に付けた。
「それじゃ、また明日」
「おやすみなさい」
 中谷は手を振ってホテルから出て行った。
 亜夢はフロントにいるホテルの従業員に会釈をして、エレベータフロアへ向かった。
 部屋に着くと、亜夢は服につけていた缶バッチを外して、机に伏せておいた。
「……監視カメラ替わりに、ここに……」
 亜夢はそういうと、上着をハンガーにかけ、缶バッチをハンガーにかけた服の肩につけた。
 そのハンガーごと、扉の方を向けて壁のフックにかけた。
 
 翌朝、亜夢はゆっくりと一階へ下りた。
 朝食があるといわれていたので、ホテルのカフェに入った。
「キーを拝見します」
 ホテルの従業員が亜夢が見せたキーをチェックして書き留める。
「バイキング形式になっております。朝食は八時半までとなっております」
 奥を見ると、品数は少なかったが、彩もあっておいしそうに見えた。
 会釈をして亜夢は一通り皿にもって奥の席についた。
 一面のガラスからは、通りが見えている。
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「着替えです」
「よそに泊まるからでしょう?」
 私はカバンを開けて、服を見せた。
「違います。本当に着替えるだけです。外出するので」
「?」
 もう、正直にいうしかない。〈鳥の巣〉に入るのだと。
「私、事情があって〈鳥の巣〉に入ります。許可も得ています」
 先輩にタブレットの画面を見せた。
「〈鳥の巣〉に? 何のため?」
「信じてもらえないかもしれませんが、父に会うためです。父は〈鳥の巣〉の〈扉〉の研究をしています。どういう条件で〈転送〉するのか、どこからくるのか」
 市川先輩が近づいてきた。
「そう、それなら…… 今日は部屋を出ないでもらおうかしら」
「そ、そんな」
「外出許可申請を取り下げなさい」
「いやです」
 市川先輩が、私の手をひねり上げた。
 そしてタブレットの認証装置に指を擦り付けようとする。
 私は力の限り抵抗した。
「入るわよ」
 部屋の扉が開いた。
 市川先輩は入ってくるのが誰かを確認すると、私との距離をあっという間にとった。
「新庄先生」
 タブレットを持って、私は先生の方へ近づく。
 新庄先生は、奥にいる市川先輩をじっとみながら、ゆっくりと部屋に入ってくる。
「市川さん、あなたは……」
「ただふざけていただけですわ」
「……」
「白井さんはそう思っていないようだけど?」
「白井さん、さっきのは冗談なのよ?」
 新庄先生が腕を開いて、私を背中に隠すようにして言った。
「白井さんは気にしないでいいから。市川さん、別にあなたのことをどうこうしようって訳じゃないから。ただ、もう白井さんに手を出さないで。あなたに預けようとしたのは失敗だったわ」
 急に市川さんの目がおびえたような顔になり、目には涙がたまっていた。
「ごめんなさい。ごめんなさい、新庄先生……」
 その声は、妙に甘ったれた声だった。
 普通の関係じゃないな、と私は思った。
「今日は白井さんは〈鳥の巣〉の中に入るの。寮に戻るのは遅くなるから、今日も寮監の部屋で寝てもらいます。白井さん、下着や部屋着も用意して」
「は、はい」
 市川先輩は、ついに新庄先生の足元に跪いてしまった。
「ごめんなさい。ごめんなさい……」
 泣いてすがる、というのはこういうことなのだ、と思った。
 新庄先生は、ただ足にしがみつく市川先輩を見下ろしているだけだった。
 私は段ボール箱から手早く部屋着と下着類を取り出してカバンに入れた。
「支度終わりました」
 新庄先生は先に部屋をでろというように、手で合図した。
 私はそそくさと部屋を出ると、新庄先生が市川先輩を床に押さえつけ、急いで部屋を出てきた。
 そして追いすがる市川先輩をかわすように扉を閉める。
 扉の向こうから市川先輩がすすり泣く声が聞こえる。
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「(そりゃ、男のひとと話せばこんな声になるか)」
 私はベッドに横になった。
 通話が終わって、オレーシャがついたての中に入ってきた。
 満面の笑み。
「白井は無理しなくていいのよ。起きれるようになったら授業に出ればいいんだから」
「はい」
「……」
 オレーシャはまぶしいほどの笑顔を見せていた。頬に、どうしてこんなに機嫌がいいのか聞いてください、という感じだった。
 私は悩んだ挙句、オレーシャの気持ちをくんで、きいてみることにした。
「オレーシャきいてもいいですか」
「はい。どうぞ」
 いや、何、嫌な予感しかしなかった。
 さっきの携帯の音が少し聞こえて、男の人の声だったことは間違いない。
 だとすると、これから始まるのは『のろけ話』だ。
「……」
「どうしましたか?」
 いや、体調が良いときなら、面白がって聞けるのだが…… 今は少し勇気が必要だ。
「なんでそんなに笑顔なんですか?」
「いいことがありました」
 当ててみて、とか質問形式にはなっていないが、そこで話すのをやめれば同じことだ。
「どんないいことですか?」
 どうしても、自分の言葉が、ため息をつくような感じになってしまう。
「うんとね、恋人から電話がありました」
「なんて言われたんですか?」
「今夜会えないかって…… キャー!」
 クラスメイトなら『乙女かっ!』と突っ込んだところだったが、さすがに先生には突っ込めなかった。
「よかったですね。朝帰りですか?」
「?」
 意味を理解したのか、オレーシャは次第に頬がまっかになった。
「えっ、そうなかな。そうなるのかな?」
 私は、聞こえるようにため息をついた。
 誰か助けに来てほしかった。私の代わりにオレーシャののろけ話を聞いてください、と願った。
 眠たい、と言ってかけ布団を顔にかけて寝てしまおうかと思った。
「あの……」
「オレーシャ?」
 担任の佐藤の声だった。助かった。
 ついたてを丁寧に動かしながら、オレーシャは佐藤の方へ出て行った。
 チャンスとばかりに横になって目をつぶった。


 
 体の傷は回復していたものの、その後、大事をとって授業を全部休んだ。
 成田さんの運転するバスにのって寮に戻ると、先輩に声をかけてから部屋に入る。
 気づかれないよう自分の着替えをカバンに入れて、部屋の端に置いた。夜〈鳥の巣〉内に入らなければならないからだ。部屋で着替えて、『〈鳥の巣〉で父と会うんです』というのを、一言で説明出来ない。変に思われてしまうのを避けるためにも、それが必要だった。
「昨日夜はどうしてたの? てっきりこのドアの外で寝てるんだと思ってたけど、居なかったわね」
「はい。新庄先生に頼んで、寮監のソファーで寝させてもらいました」 
 市川先輩が、カバンをちらりとみる。
「今日もどっか泊めてもらおうってわけ?」
「えっ、そんなことないです。ここで良ければ、ここで寝たいのですが」
「じゃあ、聞くけど、そのカバンは何?」
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 亜夢はキャンセラーを外して清川に渡す。
 真剣な表情の亜夢と対照的に、ライダーは目が笑ったように見える。
 来い、と言わんばかりに指先で手招きする。
 亜夢はカチン、ときて、全力でライダーへ向かって走り出した。
 超能力のアシストが入る。
「消えた……」
 清川は口を開けたままそういった。
 バンっ、と再び大きな破裂音がした。
 今度は、ライダーが亜夢の拳を両手で押さえた。
 通りの反対側を歩いていた人が立ち止まり、亜夢たちの方を見る。
「マズイ……」
 清川は慌てて署に連絡した。
 遠巻きに人だかりができ始めていた。
「喧嘩か?」
 人々が集まってきた様子や、清川の様子を見たのか、ライダーは振りかぶっていた拳をスッと下した。
「……」
 亜夢は構えた拳をどうしていいかわからなくなった。
 そしてライダーを追った。
「待て!」
 亜夢が腕を捕まえたと思った瞬間、ライダーは体操選手のように前方倒立回転した。
 戻ったところで、弾けるように蹴ると空中で体をひねりながら飛んだ。
 柵を超えて、停車していたアメリカンバイクにそのまままたがった。
「!」
 体操選手のそれ、というより、特殊撮影した映像のように不自然だった。
「……」
 ドルッ、と大きなエンジン音がすると、音が連続しながらバイクは加速し、通りの先に消えていった。
「亜夢ちゃん、平気だった?」
 清川が亜夢の右手を取って確かめるようにして言った。
 亜夢は急にこめかみのあたりを押さえた。
「痛いの?」
 亜夢は清川が持っている白いヘッドホンを指さした。
「あっ、ごめん」
 清川がそっと亜夢の頭につけてあげると、歪んだような表情がいくらかましになった。
「さっきのボクシングのような”あれ”なんなの?」
 と言って清川は拳と拳をちょんと、ぶつけるような恰好をした。
「……ヒカジョの連中なんかと、超能力の力比べをするときによくやるんです」
「力比べ」
「プロレスとかだとこう指を絡めてどっちの力が強いかやるみたいに」
「へぇ…… あ、ちょっと待って」
 大きなサイレンの音が近づいてくる。
 どうやら大通りをパトカーがやってきたようだった。
 清川はそれを見ると柵を超えて道路に出ると、手を振る。
「清川さん。通報だと、喧嘩だって聞きましたけど、何があったんです?」
 若い男の警官が出てきてそう言った。
「逃げられちゃった」
「はぁ…… それで、ナンバーとかは分かりませんか?」
「あっ、あたし、勤務アケだから、パトレコつけてないんだよね」
「目で見て覚えてくださいよ。車種とかもわかりませんか?」
 亜夢が柵を飛び越えて近づき、警官に言った。
「大型のアメリカンバイクです。昼間もこの通りにいました」 
 若い男の警官は亜夢を足先からなめるように見てから言った。
「こちらはどなた?」
「捜査協力者よ」
 もう一度、足先から体全体を確認された。
「バイクの相手も、捕まえるようなことは出来ません。今後のこともあるので注意しておく、ぐらいになりますが。あなたがもう一人の喧嘩の当事者ですね?」
 男は厳しい目つきになった。
「署の方で事情をお聞かせいただけますか」
 清川が割って入る。
「だから、彼女は加山さんが連れてきた捜査協力者だって」
「(清川さん。周り見てください)」
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「ごめんなさい」
『会って話そう。キミコも〈鳥の巣〉に入れるんだろう?』
「うん。入れるわ」
『ウエストのデータセンターで会おう』
「えっ、ウエストのデータセンター?」
 何か聞き覚えがある。
『そうだ。どうした? 知っているのか』
「うん。ボランティアでコードを書きに入った時、確かウエスト・データセンターだったと思う」
『……まさか、業者が間違えてサーバーラックの扉を付けてしまった時か?』
「……えっ? なにそれ」
『いや、そうか。まさかな。父さんはいつでもいけるから、お前の都合がついたら連絡しなさい』
「はい」
 父の言った通り、業者が、いや、何者かが意図的にサーバーラックの扉を手配した。私を狙うかのように。
 あの時、サーバーラックのあったフロアはめちゃめちゃになってしまった。
 まさかあそこで父と会うことになるとは思ってもみなかった。
 鬼塚刑事に言って、ついでにあの時、誰がサーバーラックの扉を手配したか、捜査がすすんでいるか、を聞けるだろう。
 そのまま切ったスマフォを操作して、鬼塚刑事にかける。
『なんだ』
「新庄先生から聞いたかもしれないけど、学校に山咲が現れた」
『ああ、それは、もっと早く連絡するべきだな』
 音を立てないように枕を殴った。
「それでね。山咲が言っていたの。何故学校や寮に〈転送者〉が現れないのか、って」
『……そうか、そうだな。確かに言われてみればそうだ。なんか理由があるんだろうが。俺は知らん』
「それで、私の父に理由を聞くの。だから、また〈鳥の巣〉に入れさせて?」
 鬼塚が無言になった。
『わざわざ〈鳥の巣〉の中で? 父っていったな? 白井…… まさか、お前の父親って|白井(しろい)|健(たける)先生か?』
「そうみたい」
『そういうことももっと早く言え。警察も捜査で白井先生にはお世話になっているんだから』
「私も父がそんなことしてるなんて、さっき知ったのよ。だから、それは新庄先生に言うべきだわ」
『ああ、それならなんとか都合つけるから、今日明日ならいつでもいいぞ』
「ありがとう、なら、今日の夜でもいいの?」
 鬼塚は無言になり、何か考えているようだった。
『……大丈夫。早めならな』
「じゃあ、はやめでお願いします。それじゃあ、今晩」
 通話が切れた。そのまま父に電話をかける。
『どうした?』
「今晩、ウエスト・データセンターに行きます。そこで説明してください」
『ああ、待っているよ』
 私はすぐに通話を切った。
 父に会うのが〈鳥の巣〉内で良かったのかもしれない。
 もし学校で会うとか、街中で会うのだとしたら……
 その時、保健室の扉が開いたかと思うと、そっちから声がした。
「白井さん、具合はどう?」
「イリイナ先生ですか? ありがとうございます。もうだいぶ回復しました」
 着信音がなって、オレーシャ・イリイナ先生は通話を始めた。
 ロシア語で話すので、何を言っているのかさっぱりわからなかった。
 ただ、普段話す声ではなく、妙に高い声で、楽しげだった。
 聞き耳を立てていたわけではないが、かすかに漏れ聞こえてくる声で、相手が男だとわかる。
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「お腹が減るんです」
「若いから太らなくてうらやましい」
 清川が会計を済ませると、テーブルに戻ってきた。
「さあ、行きましょうか」
「はい」
 大通りへ進み、とちゅうで歩道橋を上がった。
 清川は立ち止まって、通りを見ている。
 車のライトがキラキラと光りながら、歩道橋の下を流れていく。
「綺麗ですね」
「すごい排ガスが出てるけどね」
「都心の人のまつ毛が長いのってそのせいだって聞きました」
「……それって都市伝説?」
「よくわかりません」
 清川が指をさした。
「あそこの店のことでしょ?」
 亜夢は清川に顔を寄せて、指さしている方向を確かめた。
 大きなガラスで囲まれた、綺麗な店。
「そうですそうです」
 清川と亜夢は歩道橋を反対側へ進んで下りた。
 しばらく歩くと、大きなガラスの建物が見えてきた。
「クライノートってブランドよ。ヨーロッパの王族へ宝飾品を提供していたって言われる古くからあるブランドね」
「へぇ」
 清川が何かに気付いて、振り返る。
 大きなエンジン音が聞こえてきて、路肩に止まった。大型のアメリカンバイク。
 清川がそっちをじっとみていると、亜夢が振り向く。
「あっ、昼間のバイク」
「えっ、なんて?」
 エンジンを切って、ライダーが柵を乗り越え、まっすぐ亜夢の方へやってくる。
「何、誰?」
 清川が両手を広げてライダーを制すと、半帽をかぶったライダーはホコリを飛ばすように小さく手を払う。
 それに合わせて、清川が見えない力で飛ばされる。
「清川さん!」
 清川の状況を目で追うが、それ以上にライダーの接近に注意がそがれる。
 かけていたゴーグルをヘルメットへずらす。
「あんた! 何するの!」
「……」
 一瞬、消えたかのように速度を上げ、亜夢に接近すると、拳を突き出す。
「いたっ……」
 亜夢はかろうじて手の平で拳を押さえる。
 ライダーはフェイスマスクで口元を覆っていて見えない。
 その手を引くと、今度は逆の側の足が亜夢の腹を狙う。
 吸いつけられるようにその足に両手が添えられる。
 バチン、と大きな音がする。
 手ではない何かと、足ではない何かが衝突したのだ。
「なにっ……」
 フェイスマスクのせいで、くぐもったようなライダーの声に反応したが、亜夢もキャンセラーを付けているせいで良く聞こえない。
「ちがう、キャンセラーのせいで……」
 ノイズが聞こえない替わりに、相手の様子もはっきり見えない。
 邪魔されないが、超能力が発揮しにくいのだ。
 目の前のライダーは超能力者に違いなかった。それも、かなり使える人物だ。
 スッと拳を差し出す。亜夢も同じように拳を出し、チョン、とそれに合わせる。
「行くぞ!」
 ライダーが引き、タメをつくってから拳を突き出してくる。
 亜夢もそれに合わせるように体を引いてから、拳をぶつける。
『この人は|超能力勝負(あいさつ)を知っている……』
 力の勝負。
 これによってお互いの能力測るのだ。
 バンっ、と大きな破裂音がして、ライダーと亜夢は拳が衝突したであろう空間を中心にはじけ飛んだ。
 亜夢は清川が転んでいるところまで、ライダーは止めていたバイクのある柵まで。
 距離的にはほぼ同じ。
「清川さん、これ持っててください!」
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