その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

2017年07月

 応えがあった。
 私は両手をそのコアに置き、話しかける。
『私と一緒に戦って!』
 ……違う。このコアじゃない。
 部屋を見渡した。
 確かにこの中に感じる。
『どこ? コアさん、私に協力して。返事をして』
 ガシャン、と音がして、二本のパイプの上に乗っていたボールが軒並み床に落ちる。
 プシュゥ。とあちこちから同時に音がして、コアが壊れていく。
『いるの?』
『俺だ』
 中央のボールがパイプから跳ね上がった。
 ガシャン、と音がしてパイプが激しく揺れる。
「これか? キミコ」
 私はうなずく。
 父はそのコアを両腕に抱きかかえるように持ち上げる。
「帰るぞ」
 強い寒気を感じて、私は振り返った。
 そこには〈転送者〉がいた。
『コアを返せ……』
 声はなかった。直接頭にそう訴えてきた。
 テレパシーなら、〈転送者〉と人間の境を超えてコミュニケーションがとれるのか。
 E体をスマートな人型にしたような黒い〈転送者〉はそう伝えてくると、同時に殴りかかってくる。
「父さんに知られてるんなら!」
 殴りかかってくる〈転送者〉の腕をすり抜け、私は懐にはいった。強く突き出した私の足…… 鳥の足が胸のコアを貫いた。
「プシュゥ……」
「父さん、出口は? 出口はどこなの?」
 コアを抱えて歩く父は答えない。
「父さん!」
「わからん。どこかの扉だ。開けまくるしかない」
「父さんは何度も行き来したんでしょう?」
 前後左右を見回しながら、通路を進んでいく。
 正面に、さっきと同じスマートなE体である黒い〈転送者〉が現れる。
「父さんはそこの階段を上がって」
「すまん……」
『コアを返せ!』
『聞こえる? あなた方が私達の世界にくる理由は何?』
『コアを、かえ、せ』
 〈転送者〉の振り上げた腕が止まった。
『どうしたの?』
『お前が話したのか?』
 私は自分を指さす。
『そうよ。私たちが戦うのは、あなたたちが侵略するからよ』
『……』
 腕を下した。
 瞬間、逆の腕が振り上げられて、私に振り下ろされた。
『うるさい!』
 気を抜いていた私は、バックステップし、ギリギリでそれを避ける。
『うるさい!』
 左右が逆になるだけで、同じ行動を繰り返してくる。
『うるさい!』
 機械のように正確だ。
 〈転送者〉はそもそも機械なのか、生命体なのか…… 考えたこともなかった。
 私は腕を振り上げると同時に〈転送者〉と距離をゼロにし、肘打ちして体の中心にあるコアをはじき出す。 

「コアを探す。キミコ、呼びかけろ」
「なんて?」
「パイロットにしてくれるコアを探すんだ」
「だからなんて呼びかけるの?」
「知らん」
 父はいら立っていた。
 やたら厳重なハンドルでしまっている扉に立ち、それをグルグルと回す。
 次第に扉が動くと、一定のところでロックが外れたのか、扉を引くことができた。
 父はそのまま扉の中に入っていってしまう。
「ここにあればいんだが…… おい、キミコ。こっちにこい」
 二つのパイプが平行に走っていて、その上に球が載せられている。そのパイプが壁際に三弾ほどあった。まるでボーリング場でボールを保管しているかのようだった。
「動くまえのコアだな」
 父はコアに手を触れる。
 黒かったコアが発光して明るく光る。
「あちっ!」
 父はゆっくりと手を戻す。
「熱くなかった」
「これを持っていけばいいのね?」
「違う! お前が動かせるやつを持って帰らなけらばいけないんだ。探せ」
「だからどうやって?」
「コアと話し合え。テレパシーだ」
「そんなこと言ったって……」
「とにかく触ってみろ」
 私は保管してあるコアを端から触り始めた。
 父の触ったコアはいきなり光ったが、私が振れたコアは光らない。隣を触ると、音が出る。表面がつるつるですべすべなもの、ざらついた感じのもの、べっとりと粘着してくるもの…… 同じものが二つなかった。
「問いかけに答えてくるものはないのか?」
「何も問いかけられないわよ」
「鬼塚とテレパシーで話をするんだろうが!」
 父は両手を広げて叫んだ。
「早くしろ」
 問いかけるキーワードも何もないまま、私はコアに触り『入ってますか』と念じた。
 ぶるっと振動を返すものがあった。
「これかな?」
「このコアは何を応えた?」
「応えはしないけど、振動を返したわ」
「違う。これじゃない」
 父はコアを取り上げて、床に落とした。
 プシュゥ、と空気がぬけるような音がして、コアは破壊された。
「いまのだったんじゃないの?」
「違う、とにかく早く探せ」
 続きのコアに手をかけ、問いかける『入っていますか?』と。
 何個か手にかけたが、問いかけに答えるコアはなかった。
 父は奥の扉のハンドルを回し始めた。
「ちょっと、父さん」
「向こうにあるのかもしれん」
 私は続きのコアを確かめ続ける。
「きみこ、向こうの部屋にはもう一つサイズが違うのがある。こっちにこい」
 扉から顔を出して父がそう言う。
 私はどこまで確かめたかをおぼえるように、印としてコアを床に捨てた。
「どれくらい大き……」
 直径が倍あった。両手で持たないと持ち帰れないような大きさだった。
 私は端の一つに手をかけた。
『入ってますか?』
『さっきからうるさいぞ』

 その美優の触れた手が心地よかった。
 お互いに髪を洗い、流して、美優からシャワールームを出る。
 亜夢は少し熱くしたシャワーを頭から浴びながら、美優のテレパシーの違和感を考えていた。
 もし美優があのテレパシーを送ってきたのだとしたら…… 顔の筋肉や体が示す態度と、感情が完全に独立・分離していると思える。人に、そんな芝居が出来るものなのだろうか。
 そして一番重要なのは『ヒカジョ』と言ってくることだった。
 美優には言ってないし、バレてない、と思っていた。
 いや、もし、あのライダーが美優だったら…… 車椅子の人と美優が知り合いだったら…… まさか表通りの有名ブランドで買いものする美優が、裏路地の『みきちゃん』とかと知り合いだったら……
 どれも可能性が低くて、偶然が過ぎる。
 コンコン、とシャワールームのガラスを叩く音がする。
「映画とか見れるんだよ。早く上がってきて」
 亜夢はシャワーを止め、同時に違和感への考察をやめた。
 美優と同じように下着だけつけると、ベッドの上にのってリモコンを操作しながら映像メニューを眺めると、美優が、
「これにしよう」
 と言うので、亜夢はうなずいた。
 ホラー映画の終盤、連続する脅しと恐怖の繰り返しに、美優と亜夢は頬を寄せ、体を合わせていた。
 映画の中の主役が、エンディングを迎えてキスをするシーンに、美優も盛り上がったのか目を閉じて亜夢の方を向いた。
 亜夢はくちびるを当てる、というくらい軽いキスをして、体を離した。
 美優はうつむいた。
「わからなかった?」
 亜夢は美優の表情が暗いことが気なって、美優の腕に触れた。
「ごめん」
「それって|わかってて(・・・・・)の『ごめん』なの?」
「えっと…… 」
 美優に触れていた手を振り払われる。
「わかってるんでしょ? 言わないとダメなの?」
 背を向ける美優を、亜夢が振り向かせる。
「わかってる。私も好きだよ。美優。大好き」
「じゃあ!」
 亜夢は美優を強く抱きしめ、口づけをした。
 互いの唇が少し開いて、舌が出入りして唾液の交換をした。
 美優の口から吐息のような声が聞こえる。
 唇が離れ、亜夢が美優に覆いかぶさる。頬と頬が触れ、亜夢は美優の耳に語り掛ける。
「まだ決断がつかないの。美優の気持ちは受け止めたよ。だから私の気持ちも受け止めて」
「けど、悩むってことは…… スマフォのあの|娘(こ)」
「私の答えを急がないで欲しいの…… お願い」
 閉じていた亜夢の瞳から、美優の頬に涙がつたう。
「……うん。ごめん、亜夢」
「ありがとう……」
 亜夢の四肢と美優の四肢は絡まりながらも、限界の一線を保った。
 スマフォの振動が連続して、二人は体を離した。
 美優は亜夢に向かって、口に人差し指を立てて合図する。
「ママ? どうしたの」
 母親からの電話のようだった。 
 真剣な表情と、綺麗な言葉の受け答え。
 亜夢は美優との育ちの違いを感じた。
 電話を終えると、美優は大きくため息をついた。
「どうしたの?」
「急いで帰って来いって。車を迎えに行かせるって。だから、今日はこれでおしまい」
「そう……」
「亜夢は時間いっぱいまで居てもいいよ」
「美優がいないのに、残ってても面白くないよ」
「そう? 亜夢の支度を待ってられないかもしれないけど」
 美優は急いで服を着ている。
 亜夢も脱ぎ捨てた服を慌てたように拾って身に着ける。
 美優はあっという間に支度を整えて、部屋を出ていく。
「亜夢、ごめんね。支払いはするから心配しないで」

「え?」
 不思議な単語が入っていた。『パイロットの一番失いたくない存在』という、とてもあいまいな言葉。
「分かりにくかったな。コアに取り込ませるのは『守りたいたった一人の存在』だ。大抵の男は駄目だ。あの女もこの女も守りたい、こいつを抱きたい、あいつも好みだ、となる。私の経験上だがね」
「父さんだけだよ、そんな浮気症なのは」
「……」
 父は睨むように私を見た。
「やってみれば早い」
 鬼塚の言葉に父は手を振って反応する。
「いや、試しているような時間はないぞ。だから最初から一番確率の高い組み合わせで実行する」
「どういうこと? 私がパイロットで父さんがコアに取り込まれるってこと?」
「違う。公子、分かっているだろう、お前の一番守りたい者、だ」
「……」
 私は頭の中が真っ白になった。
「マミ、まさかマミをコアに」
 父は私を見つめる。
「そう、この前連れ去られた女性は確かマミと言ったな。お前をパイロットとする場合、コアに取り込まれるのはその女性しかいない」
「ダメ! マミを死なせるわけにはいかない!」
「死なないさ。パイロットが降りたら、素材とコアは分離する。パイロットが無茶なことをして、機体を傷つければ素材も傷ついてしまうがな」
「そんな…… 傷もつけずに戦えってことなの?」
「アーマーはあるさ。素材を裸で晒したようなものではない」
「けど、マミをコアに取り込ませるわけにはいかない! 私の一番大切な……」
「……そうか。そう言うと思った」
 父は手を放りだすように膝上に置き、窓の外の景色を眺めた。
 しばらくして横目で私を見る。
「時間はないが、私がとりこまれてみる。パイロットは公子、お前だ。私を守る気でやるんだ」
 私はうなずいた。
 〈鳥の巣〉の大きなゲートが見え始めた。
 ゲートの縁に、キラキラと輝くブロック状の光が発生していた。
 〈転送者〉が現れる兆候が見え始めている。
「〈扉〉の準備は整ったようだな」
 鬼塚がつぶやくように言う。
「臨界の光が見え始めている。大きな転送だから、すぐには出てこないだろう。だがゲートの周辺の人は避難させないと」
「白井、俺のスマフォを」
「刑事、念の為、マミという女性も呼んでおいてくれ」
「!」
 私は鬼塚刑事にスマフォを当てながら、父を振り返った。
「念の為だ」
「マミを戦いに巻き込まないで!」
「公子も、あそこから出てくる〈転送者〉を見ればそんな事は言ってられなくなる」
 父はカンタンなパイプをくみ上げ、布を当てた。
 これで〈扉〉の役目はする。
「いくぞ」
 父が腕を引くと、一瞬にしてここが空港のように思えてくる。
『だめだ、キミコ。振り返るな』
『お母さん!』
 いつのまにか、〈扉〉を抜けている。
 近くにある大きな重機。そのタイヤの陰から、父は何か見上げている。
「みてみろ、キミコ。お前が戦わなければならないのは、あれだ」
「えっ?」
 大きな重機のさらに何倍かの大きさの巨人。
 いままでに戦ったことのないサイズの〈転送者〉だった。

 ガラス張りの仕切りの先に、綺麗なくびれのラインが見える。
「綺麗なおしり……」
 亜夢はため息をついた。
 シャワーの音がし始めると、あっという間に水しぶきと蒸気で中の様子はぼんやりとしか見えなくなってしまった。
 干渉波キャンセラーであるヘッドホンを両手ではずした。
「女の子同士なんだから。意識し過ぎよ」
 亜夢は自分の頬を両手で挟むように叩き、服を脱いでベッドの上に畳んだ。
 ゆっくりと歩き、美優のいるシャワールームの扉を叩いた。
「私も入れて」
 美優は微笑み返した。
 扉が開くと、濡れてピカピカした美優の肌がまぶしかった。
「洗いっこしよう」
 鏡写しにしたように向き合った体。
 スポンジを使わずに、直接手にボディソープをつける。
 右手が左手、左手が右手。
 腕をずっと伝って、小さな肩の盛り上がりに触れる。
 お互いが鎖骨のあたりを洗いあうと、くすぐったいのか、口元がゆるむ。
「亜夢……」
 美優は亜夢のうなじのあたりに手を滑らせてくる。
 同時に体を引き寄せる。
 正面から体が触れ合い、亜夢の体は躊躇したように下がった。
「?」
「……」
 亜夢は美優の胸の上から脇の下をまわって、背中に触れた。
 同時に、引いていた体を元にもどした。
 亜夢は美優の体を強く引き寄せる。
「あっ……」
 亜夢は戸惑ったような表情を見せる。
 美優は首を振り、瞳を閉じて亜夢を見上げる。
 ぴったりと触れ合っている胸から、鼓動が伝わってしまうのではないか、と亜夢は思う。
 亜夢もゆっくりと顔を近づけながら目を閉じ、唇を重ねる。
『あなた、ヒカジョね』
 唇を離し、亜夢は目を見開く。
 美優はまだ口づけを待っているようで、そんなことを言った風ではない。
「……」
 美優の魅力的な唇を、口でなぞるようにキスをつづける。
 さっきのようなテレパシーは聞こえてこない。
 背中に回していた手を、少し下に、美優の腰から下がっていった。
『ヒカジョのクソが何やってんだ!』
 亜夢には、触れている美優の体や、見えている表情と、入ってきたテレパシーが一致しなかった。
「?」
 美優は不思議そうに亜夢を見つめる。
「ごめん、美優…… 背中を洗うから。後ろ向いて」
「どうしたの?」
「なんでもないよ。ほら、からだ冷えちゃうよ?」
 美優は背中を向けた。
 たぶん、かるく触れているだけなら聞こえてこないだろう。亜夢はそう考えていた。
 暖かいシャワーで流すと、美優が言う。
「交代しようか」
 美優は亜夢の背中に体を押し付けるようにして洗ってくる。
 当然のように胸に手を回してきて、押し上げたり、敏感な部分に指で触れてくる。
「あっ……」
『けッ、感じてんじゃねーぞ、ヒカジョの分際で』
 亜夢はハッとして振り返る。
 亜夢の表情をみると、美優がおびえたような顔になる。
「ごめん。違うの」
「流すね」
 美優はシャワーヘッドを亜夢の背中に向けた。
 丁寧に、優しく流してもらう。

「そんな」
 私は混乱した。
「鬼塚刑事、公子。もう考えている暇はない。はやく行こう。ゲートの近くなら〈扉〉は開く。ゲートの大きな〈扉〉が開くには時間がかかるが、小さい〈扉〉なら早く開く。先に対抗手段を手に入れれば、巨大な〈転送者〉だって怖くない」
 私はうなずいたが、鬼塚は冷たい目で父を見下ろしていた。
「で、その対抗手段とはなんだ? 〈扉〉の向こうからしか手に入らないのか?」
「対抗手段はコアだよ。〈転送者〉のコア。公子がそれを使って〈転送者〉と同じ力を手にいれる」
 右手を胸に置いて言う。
「私が?」
「そうだ、お前だ。お前のテレパシーでコアを操る」
「何も想像できないわ」
「俺は?」
「鬼塚さん、あなたは男だ。守るものが多すぎる。〈扉〉の支配者たちのデータを覗き見る限り、男はコアを操れない」
「訳がわからない!」
 私は叫んだ。屋上の入り口に待機していた警官が、少し扉を開けてこちらを覗いた。
「公子。私は〈鳥の巣〉での実験で何度か〈扉〉の向こうへ行った。そして向こうの端末を手に入れ、〈転送者〉の仕組みを知った」
 私はにわかに信じられず、鬼塚の様子を見たが、鬼塚も同じような表情だった。
「私以外にも〈扉〉の向こうに行き、未知の科学を調べるものがいる。その集団に改造されたのが…… 鬼塚刑事やお前だ」
「えっ、どういうこと……」
 私と鬼塚は顔を見合わせた。
「君たちの力は〈転送者〉と同じ。〈扉〉の向こうのテクノロジーを利用したものなのさ」
「そんな!」
 私は驚きで立っていられなかった。
 〈扉〉の支配者が言ったことを思い出していた。
『我々はお前の力を知りたい』
 まさか、試している。私の体を使って、自分たちの技術の力を試しているのか?
 父は立ち上がった。
「行こう。ここで話していては間に合わない。続きは移動しながら話そう」
 鬼塚が私を引っ張り上げ、急いで建物を降りた。
 鬼塚の車にのって〈鳥の巣〉のゲートへ向かった。
 父は手を縛られて後部座席に座っていた。
 私は鬼塚の後ろに座った。
 サイレンを鳴らしながら、一般道を走っていく。
「信じてもらえないのかな?」
「信じてるさ。だが、あんたはウエスト・データセンターからは逃げるように去っていった。俺たち一言も言わずに」
「それより、その先の話よ。〈転送者〉の力を利用するって」
 父は背もたれに体をあずけ、外を見ながら言う。
「たぶん、君たちは見ているはずだ」
「いつ、どこで? 言い方がまどろっこしいのよ」
「私は〈扉〉の支配者側のデータを見ている。君たちはセントラル・データセンターで対決したはずだ。セントラル・データセンターで連れ去られた女性を取り込もうとしていた〈転送者〉のことだ」
「見たわ。あれがどうしたの?」
 縛られた手で何かを表現しようとしていたが、父はあきらめて膝の上に置いた。
「あれはまだいろいろと足りないらしいが、やり方はあのようなことだ。コアが素材を取り込み、素材の力を借りた形をつくる。そしてもう一人、パイロットがいる」
「?」
 もどかしそうにまた手をバタバタさせる。
「あの時の〈転送者〉は明らかに失敗だった。連れ去った女性の取り込みも不十分だったし、パイロットになるべき生体もいなかった。だが、もうあのシステムは完成している。パイロットは君たちのようなテレパシーを使い、パイロットの一番失いたくない存在がコアに取り込まれる」

 そういって鬼塚は電話を掛ける。
 通話をしている間、私は屋上の回りを歩きながら、ビルの外を眺めていた。
「考えすぎ、だったのかも」
 ここにも、向こうにも父は行かなかった。
 もしかして、来なくてもいいのかもしれない。
 頭の中で父がホワイトボードに描いた絵を思い出していた。
 あの図だと、もう一つが拡大すれば、重なる部分も拡大する。
 大きなゲートから〈転送者〉を呼び出したければ……
 私は確かめるように声を出した。
「セントラルデータセンターの中心をずらすか、出力を上げる」
 じゃなければ……
「〈巨大電波塔〉側のアンテナをずらすか、出力を上げる」
 実際、〈巨大電波塔〉で父は目撃された。ここにアンテナがあるのは間違いないのだろう、ということは……
「出力を上げた???」
 私は急いで鬼塚のいるところへ戻った。
「鬼塚刑事、もしかして父は、アンテナの出力を上げたのかも。それなら、アンテナを動かさなくてもいい」
「鬼塚刑事」
 屋上の入り口から声がする。
「鬼塚刑事、白井さんというからがお見えです」
「!」
「白井、屋上の入り口に行くぞ」
 屋上の入り口に、父が出てきた。
 鬼塚は、父の襟を掴むと片手で持ち上げた。
「ぐっ…… 苦しい……」
 これでは完全に鬼塚刑事の方が悪役だ。
「やめてください。父に何をするんです!」
 腕にぶら下がろるように抵抗するが、鬼塚は父を持ち上げたままだ。
「話す、事情を話すから……」
「そのままで話せ」
「っ、ここへ、〈扉〉の支配者の命令を受けてアンテナを持った連中がやってくる」
 父は懸命に鬼塚の手を外そうとしている。
「だが、手遅れだ」
「なんだと!」
 鬼塚はさらに手首を効かせてクビを締める。
「ごほっ……」
「死んじゃう!」
 鬼塚はようやく父を下した。父は壁に背中を預け、話をつづけた。
「アンテナは正確にこの位置でなくても機能する。ここに警察がいると判断すればさらに内側に入ればいいし、別の建物でも、なんなら地下でもいい」
「円の内側なら問題はないわけね」
「もともとあったアンテナが〈巨大電波塔〉であったのは正解だった。だが、それを外されたら、もう分からない。今度は目立つところに立てる必要はないんだから」
「白井先生、あなたがアンテナを奪ったんじゃないのだな?」
 父はうなずいた。
「私が先回りして〈巨大電波塔〉のアンテナを破壊するつもりだった。だが間に合わなかった。アンテナは奪われた」
「〈鳥の巣〉のゲートの工事を止めさせるしかない」
「見たところゲートはもう機能してしまう。それより、あのゲートから出てくる巨大な〈転送者〉と戦う手段を手に入れるべきだ」
 父は私の顔を見た。
「……」
「ゲートの近くに行って、ちいさな扉をつくる。〈扉〉が開いたら俺と公子でそれを見つけに〈扉〉の向こうへ行く。刑事は万一その小さい扉から〈転送者〉が出た場合に対応するため、待機してほしい」
「父さん、もしかして」
「そうだ。お前が隠している事実について、ある程度理解している」

「やった! これ大切にするね」
 美優の笑顔に、亜夢もうれしくなって笑った。
 美優は向かいの席にもどり、亜夢ももとの椅子にもどった。
 しばらくすると、注文した料理が運ばれてきて、二人は楽しく食事を進めた。
 食事のおいしさに亜夢は興奮し、夢中になって食べた。
 しかし、ドルチェが運ばれてきた頃、他のテーブルで会計をしているのを見て、亜夢は忘れていたことを思い出した。
「美優、ここ高いんでしょ? 私、これだけしかないの」
 テーブルに指で数値を書いた。
 美優はそれをみてうなずく。
「亜夢はそれだけ出してくれればいいよ。後はこっちでもつから」
「えっ、そんなの悪いよ!」
「しっ、声が大きい」
 席と席の間隔があいているから、他の席の声など気にならなかったのだが、亜夢の声は大きかったらしく、一斉に視線を集めてしまった。
 周りを見て、頭をさげる。
「ご、ごめん」
 美優は小さく笑った。
「それより亜夢はそのお金出しちゃって大丈夫なの?」
「明日のごはんは明日もらえるし、朝食はホテルのだから払わなくていいのよ」
 支払いを済ませると二人は店を出た。
 周りは、いい雰囲気の男女ばかりだった。
「亜夢、ちょっと話があるんだけど」
「なに?」
「ここじゃ話せないから、ここ入ろ?」
 美優は『ここ』と言われた場所に、男の人に肩を抱かれた女性が入っていくのをみた。
「ここって」
「ラブホテルだけど?」
「えっと……」
「あ、お金は気にしないでいいわ」
「そうじゃなくて、ホテルなら、私の止まってるところでも」
「狭いでしょ?」
「せまいけど…… って、どういうこと?」
「|理由(わけ)は後で。じゃ、入ろう」
 二人は勢いよく飛び込んだ。
 休憩と告げて料金を払い、指定された番号の部屋へと進む。
 扉を開けて入った先には、大きなベッド、ガラス張りの仕切りの先にシャワールームがあった。
 ベッドの枕元にはコンドーム。
「はぁ~ けっこう食べたね。お腹苦しいよ」
 美優はリラックスした感じで『ボン』とベッドに横になる。
「えっと、私こういうの慣れてなくて」
「歩くのに疲れたりすると結構入ったりするよ。追いかけてくる人を撒く時なんかも」
「追いかけられるの?」
「割とね」
 亜夢は美優をみて納得した。
 顔、スタイル、そしてお金持ち…… すべての要素が、追いかけたりする理由になる。
「話って?」
「そうだね。けど、時間あるからさ、シャワー浴びてもいい?」
「えっ?」
「亜夢の一緒に入る? 一人で入っても、どうせガラス張りだから、同じだよ」
「えっ、えっ?」
 亜夢の頭の中に、奈々のことが浮かんだ。
 奈々にアキナとのキスを問い詰めたのに、自分は美優ともっとすごいことをしようとしている。
 都心である、この場所からはテレバシーは通らない。
 だから後で言わなければ、バレることはない。
「あの、あの……」
「?」
 美優は体を起こして、亜夢の様子をじっと見た。
「そんなに考えるんなら一人で入っちゃうね。入りたかったら後できてもいいよ」
 上着を脱ぎ、ブラを脱ぎ捨て、スカートを下ろし、パンティは…… しっかり畳んでタオルの横に置いてから、シャワールームへ入った。

「……誰か〈扉〉の支配者の協力者と一緒、ということか」
「そう」
 軽薄な父だが、世の中に災厄をもたらそうとはしないだろう。そこまで腐った人物ではないと信じている。
「そうだな。白井、俺のスマフォで砂倉署を呼び出してくれ」
 私は鬼塚のスマフォで電話を掛ける。そして、耳元にもっていく。
「……そうだ。携帯電話会社の百葉支店。それと、電波中継塔。周辺の警戒をしてくれ。白井先生か、不審な人物がいたら知らせてくれ」
 通話が切れた音がする。私は画面をタップして終わらせる。
「間に合うといいんだが」
 高速道路の出口表示に進むと、料金所までの急なカーブで体が鬼塚の方に傾く。
 車体は道路に張り付いたようにほとんど傾かない。
「ウッ……」
「悪いな」
「けど、いそがないといけないんだから」
 ETCを通過すると、車もまばらなバイパスを細かく車線変更しながら追い抜く。
「サイレン鳴らせば済む話じゃないの?」
「ああ、そうか」
 鬼塚は運転席と助手席の間にあるグローブボックスを開けて指さす。
「スイッチいれて屋根に載せて。落とすなよ」
 そう言っている間に、左右に激しく車体を曲げる。
「ちょっと!」
「付けるまで待つ」
 回転灯を付け、私はマイクを鬼塚の口にあてる。
『緊急車両が通過します。前方の車はすみやかに走行車線に寄りなさい』
 あっという間に追い越し車線が開くと、鬼塚がアクセルを踏み込む。
 車内はエンジン音で会話ができないほどになる。
 お願い…… 間に合って。
 バイパスが終わると、がらんとした街中を走行した。
 携帯会社のビルよりいくつか手前に警察車両が止まっていて、警官があたりを見ていた。
 鬼塚は車を止めて状況を聞き出す。
「不審者はいたか?」
「まだ中は調べられていません。ビルの警備会社を呼び出しているところです」
「そうか」
 車のパトカーの前に止め、鬼塚は私にも降りるように指示した。
 ビルを見上げながら近づいていくと、ビルの前で警備会社のマークを付けた男が警官と一緒に鍵を開けて入るところだった。
「……鬼塚刑事」
「ビルの図面は?」
「警備会社さんがお持ちです」
 鬼塚は警備会社の人が見せたスマフォ画面を自身のスマフォで写真に撮った。
「あっ、こまります」
「捜査が終われば消すから問題ない。それよりマスターキーは借りれないの?」
「貸せません」
「じゃ、警備会社さんは、終わりまで付き合ってもらうぞ」
「……」
 その人が困った顔をしているのを見て、私は少し笑ってしまった。
 屋上への行くため、エレベータフロアへ行き、エレベータで屋上一つ下まで向かう。
 階段を上がり、屋上への鍵を開けてもらう。
「この後、鍵が必要な個所は?」
 警備会社の者は、スマフォの図面を開いて確かめる。
「ないです」
「じゃあ、警備会社の人と君はここで待っていてくれ。俺と白井で電波塔を見てくる」
 二人で屋上に出て、電波塔を見上げる。
 誰も入っている様子はない。
 真下に着くと、電波塔の周りは金網で囲われており、入る扉には南京錠がかかっていた。
「さっきこれ以上鍵はないって言ったのに」
「……警備会社が預かっている鍵はないってことだ。ここは渡さないだろうよ」
 鬼塚は死角に誰かいないか体を動かし塔を見上げている。
 金網の扉もガシャガシャと押し引きして開いていないことを確認する。
「もう一つの電波中継塔の方に連絡してみる」

 その時、亜夢はふと、美優の苗字を聞いていない、と思った。
「そうなんだ…… けど、美優の苗字って、私聞いてなくない?」
 亜夢が言うと、美優は少し怒ったような表情になった。
「あ、ごめん。私の苗字って言ってなかったけ? 私、|乱橋(らんばし)っていうんだ。乱橋亜夢」
「そういうことじゃないの……」
「……ごめん。いいたくないこともあるよね」
 しばらく、二人は何も話さなくなってしまった。
 案内されたテーブルにつくと、ウエイターがメニューを持ってきて、美優と亜夢に説明を始める。
 二人は食べたいものを選んで告げると、ウエイターはそのまま下がった。
 亜夢は何を言うか悩んだ末、口を開いた。
「その制服、カッコいいね……」
「そお? 昔は葵山学院も私服で通えたらしいんだけど」
「私服。それもそれでいいね。気楽で」
「そうよね。私はどっちかっていうと私服がいいけど、制服があった方が生徒が集まるらしいの」
「あ、なんかそんなはなし聞いたことある。制服じゃなかったって」
「けど、それ、相当昔よ。知ってるのはおばさんね」
 亜夢は清川の顔を思い出して笑った。
「亜夢んところはどうなの?」
「……」
「?」
「制服だよ。つまんない制服」
 細かいところを話すわけにもいかない。『みきちゃん』が知っていたように、どうやら制服の話から『ヒカジョ』だとバレることもあるようだからだ。
 亜夢は自分が振った話題がまずかった、と後悔した。
「写真とかないの?」
「……」
「?」
 亜夢は慌ててスマフォを探すふりをする。
「うーん。制服で写真とることないからなぁ」
「そうなんだ」
「ごめんね」
 と言って、亜夢はスマフォを机に置いた。
 すると、通知が来て待ち受け画面が表示された。
「!」
「あっ!」
 亜夢は慌ててスマフォをしまう。
「ご、ごめん。ちょっと見ちゃった。その制服なの?」
「えっと…… この|娘(こ)はナナって言って……」
 同じ学校かどうか、というところを言うか、言わないか、それともウソを言うか…… 亜夢は必死に考えた。
「友達なの」
「へぇ…… なんかそういうの……」
 さっきまで亜夢を見ていた美優の視線が、泳ぎ始めた。
「?」
「そういうのいいな」
「美優の待ち受け見てもいい?」
「あ、えっと、だめ。亜夢、そうだ。亜夢の写真撮っていいい? 一緒にならんだ写真」
「ん、いいよ」
 美優はスマフォを持って亜夢の横にくる。亜夢は席をひとつずらして美優に座らせる。
「こっちをバックにした方がいいね」
 店の中庭が見える窓をバックにして、写真をとった。
 何枚かの写真の中から、美優が選ぶ。
「これなんかどう?」
 亜夢は写真を見て、
「うん、いいね。そのスマフォの写真綺麗だね。私のなんか比べ物にならないわ」
「じゃ、これに決まり」
 美優はそう言うと、ささっとトリミングし、待ち受けの壁紙にその写真を設定した。
 亜夢に顔を寄せてきて、スマフォの画面を見せる。
「どう?」
「うん、いい感じ」

 問題はこの〈巨大電波塔〉この位置からだと、百葉高校や百葉高校の寮でも〈転送者〉が発生するほど出力が上がらないと〈ゲート〉には届かない。
「アンテナの出力を上げるか、アンテナを動かすか」
「出力が上げられないと仮定したら?」
 私はスクリプトを改修し〈ゲート〉を中心にした円を描いた。
「この範囲に移動させれば」
 スクリプトが実行され、地図上に新しい円が描かれた。
「アンテナがあっても不自然じゃない場所……」
 鬼塚はつぶやきながら地図上に指を滑らす。
「ここか」
 携帯電話会社の大きな支社を指さす。
「これ」
 指の下には『電波中継塔』と書かれている。
「もしこれで〈鳥の巣〉のゲートが〈扉〉になったら、ものすごい巨大な〈転送者〉が現れるぞ」
「けどゲートはまだ完成していないわ」
「いや、工事は明日で終わる」
 私は今日見たゲートの様子を思い出した。
 それから〈扉〉の条件を思い浮かべる。
 開閉して、扉とみなせるもの。
「だって、枠だけしか……」
「違う。今日中にあれに『幕』が張られる」
「あんなところから、あのサイズの〈転送者〉が現れたら、アッという間に都心は壊滅状態になってしまう」
「とにかく、白井先生を止めないと」
 私はうなずいた。
 地下に戻り、車に乗り込むと〈巨大電波塔〉へ向かって走った。
 夜中で誰もない通りに、車を止めると、間近にある巨大な塔を見上げた。
「そこの二人」
 後ろから呼び止められた。
 鬼塚が素早く振り返ると、鬼塚は警察であることを告げた。
 後ろに立ったのは制服の警官だった。
「し、失礼しました」
「そんなことはいい。それより、この人物を見なかったか?」
「この人物ですか。さきほど電波塔の侵入者の報告があり、この人物が中に入ったとのことです」
「そうか。ありがとう、行くぞ白井」
 鬼塚が駆け出すと、警官は叫ぶ。
「もういません! その者も逃げました」
「なんだと、それを早く言え」
「すみません」
 鬼塚は車を指さす。
「車に戻れ」
 走りながら、
「さっき見た二つの施設のうち、どっちに行くと思う?」
「私には……」
「ああ、分かった。じゃあ俺の勘でいくぞ。携帯電話会社の支社だ」
 車がグッと沈み込む。
 電動で加速が始まり、ガソリンエンジンに切り替わる。
「また百葉へ逆戻りだ」
 百葉と言っても、今度は海岸線に近い方だ。
 私はさっきの言葉を思い出した。
「さっきの警官、気になることを言っていたわ」
「なんだ? 気づかなかったが」
「その者『も』と言ったのよ」
 鬼塚も正面を睨んだまま応えた。
「白井先生以外の侵入者がいた、ということか」
「父がアンテナを移設して、ゲートから〈転送者〉を呼び出そうなんて考えると思えない」

「早く乗れ」
 車に乗ると、扉を閉めた。
 動き出すと、鬼塚が言った。
「先生は、自ら実験をしようとしているんじゃないのか」
「父が…… ですか?」
「〈鳥の巣〉の外にあるアンテナを位置を、ほぼ特定できていて、それを探しに行かなかっただけ」
「どうして父がそんなことを」
 鬼塚は少し間をあけた。
「今話せることはそこまでだ。都心へ向かうぞ。仮眠をとっておけ」
「何があるんですか? 都心で私達は|力(ちから)を使えない。使ったら、パニックになってしまう」
「いいから寝てろ」
 鬼塚の横顔を見るが、これ以上何かを話してくれそうになかった。
 私は鬼塚の言葉に従って眠っていた。
 
 鬼塚に起こされたのは、地下の駐車場だった。
「どこですか?」
「白井先生の大学近くだよ」
 車を降りると、建物の入り口へと進む。
 警備員が立っていて、こちらを見ている。
 鬼塚が会釈をしてから警察であることを告げる。
「そちらは?」
「捜査協力者だ」
 入り口を開けてくれた。
 中に入ると、細い通路になっておりそこは、酢のような臭いが充満していた。
「な、なんなんですか?」
「生物の研究室の匂いだ」
 鬼塚がなぜこの臭いをそう表現したのかわからなかった。
「えっ、〈転送者〉は生物、なんですか?」
「お前の父親の研究だろう」
「ごめんなさい。父の仕事のこと、良く知らないの」
 エレベータでフロアを上がると、鬼塚は慣れたように研究室の扉を開ける。
「ここにヒントがあるはずだ」
「ここが父の研究室……」
 鬼塚はパソコンの類が持ち去られているのをみて悔しがる。
 机に貼ってある付箋を必死に読んでいる。
 私は、窓の方へ歩いて、そとの風景を見る。
「あっ、あれは百葉高校からも見えるわ」
「白井も探してく……」
 鬼塚はそこでいい止めてしまった。
 窓の外を見ながら、私の方に近づいてくると、言った。
「今言ったことは本当か?」
「ああ、あれのことですか。本当ですよ。一度校舎から見たことあります」
「あれだ。〈転送者〉のアンテナがあるとしたらあそこだ」
「えっ? あれって観光用のタワーじゃないんですか?」
「某システムダウン後に建設が始まった、観光兼デジタル放送用電波塔だよ」
 窓の外、そう遠くない距離に巨大なタワーが存在した。タワーの姿は、自らの航空障害灯が点滅でうっすらと形どられていた。
「〈扉〉支配者、達が仕掛けたということですか?」
「百葉高校の通学路とセントラル・データセンター、そしてあの〈巨大電波塔〉の位置関係を確かめられないか?」
 私は研究室の中を見て、キーボードを見つけ、自分のスマフォに接続した。
 学校の授業用のWebサーバーにつなぎ、地図のウェブサービスを利用して、セントラル・データセンター、〈巨大電波塔〉のから円を描くようにスクリプトを組んで実行する。
「こんなものでプログラムができるのか」
「本当だ、この位置なら、ちょうど通学路近辺に〈転送者〉を発生させることができる」
「……白井先生の狙いはなんだ? なぜ俺たちから逃げるようにいなくなったんだ」
「アンテナの位置を私に教えてしまったようなものだから?」
 鬼塚は黙って私のスマフォに表示された地図を眺めている。
 そして、指を滑らせて中心を〈鳥の巣〉のゲートにする。
「ここに〈転送者〉の発生場所を動かすには?」
 百葉高校の通学路あたりまで届くわけだから、セントラルデータセンターを中心とした円の範囲は届いている。

「これ、なんですか?」
「グラン・バットマンといいます。どうですか?」
「……えぇっ。無理そうです」
「そお? さっきの柔軟体操の様子をみているかぎり、これくらいできそうですけど。やってみましょう」
 亜夢は無理やり美優の近くに押し戻され、バーにつかまり足を跳ね上げる。
「な……」
 先生が近づいてくる。
「もう一度やってみてください」
 亜夢は顔をしかめながら、足を跳ね上げる。
「……もう一度」
 美優が笑う。
 亜夢がもう一度足をすばやく跳ね上げる。
「亜夢…… 殺気があるよ。これ格闘技じゃないんだから」
「!」
 先生が手のひらをポンと叩いた。
「そう。それが言いたかったんです。何か違う、と思ったんですが」
 亜夢の放課後は超能力を使って、上級生や同級生と組手のようなことをやっていた。どうしてもこういう動きに殺気が込められてしまうようだ。
「じゃ、こんどは足を上げて上体をつけてください」
 一瞬なら跳ね上がる足も、上げたまま状態を足に付けていくとなると痛みに負けて、超能力が使えない。
 先生は亜夢が『出来る子』だと思ったのか、しつこくフォローにくる。
「せ、先生。痛い! 痛い、イタイ、裂けまくります」
 一瞬驚いたような顔になり、場が凍り付いたかと思ったが、今度は急に笑い始めた。
「裂けるほど痛いかもしれませんが、裂け『まくる』っていうのは何なんでしょうかね」
 他の生徒もそれを聞いて笑い始めた。
「けど、これ裂けまくってます!」
 美優もお腹を押さえて笑った。
「面白い人ですね。けど、なんとか出来てますよ。うん、出来てます」
 先生はさらにバーレッスンを進めていく。
 亜夢も「無理です」と言いつつ、こなしてしまうために、他の生徒と同等に扱われてしまう。
「じゃあ、十分休憩にします」
 そう声がかかった時には、亜夢の全身から汗が吹き出ていた。
「きついよ、美優。バレエって、もっと可愛らしいものを想像してたよ」



 レッスンが終わり、亜夢は水を飲みに更衣室を出て行った。
 亜夢が使っていたロッカーは、きちんと閉まっておらず、中が見えていた。
 美優はふと、亜夢の外したヘッドホンを手に取った。
 スイッチを入れて頭に付ける。
「!」
 美優の表情が変わった。
 廊下の方で音がすると、美優は亜夢のロッカーにヘッドホンを素早く戻した。
「どうしたの?」
 美優の表情を見て、亜夢がたずねる。
「どうもしないわ」
「そ、そうならいいけど」
 二人は黙って帰る支度を終えた。
「今日の|夕食(ごはん)ってどこで食べるの?」
「この近くのイタリアン・レストラン」
 更衣室を出て、エレベータを使って降りた。
 二人はそのビルを出ると、街の人混みの中を歩き始めた。
 坂を上って小さな路地を入っていくと、緑白赤と横に並んだ旗が見える。
「あそこよ」
「わあ、なんか雰囲気あるね」
「そうでしょ? ここママの知り合いの人がやっているお店なの」
「なんかすごいね」
 美優が中に入り、亜夢も続いて入っていく。
 薄暗い感じで、高校生の二人で入るような店の雰囲気ではない。
 大人のデートに使うような雰囲気と、静かに溢れる高級感に亜夢は気圧されていた。
「こんなとこ、あたし来てもいいのかな」
「大丈夫よ、大騒ぎしに来たんじゃないんだし。お食事するところなんだから私達だって居ていいはずよ」
「あとさ、これ、つけてたらまずいかな」
 亜夢は右耳のあたりの、白いヘッドフォンを指さした。
「食べる時にはずせば…… いいんじゃない?」
「よかった」
 ウエイターが目の前に立ち止まり、一度後ろに戻る。そこで何か確認した後、再び二人の前に戻ってきた。
「美優様、こちらでございます」
「名前も告げてないのに、いきなり『美優様』だって」
「『美優』って名前で予約入れたから、しかたないじゃん」
 そこが聞きたいのではない、と亜夢は思った。さっき言っていたように知り合いのお店だから、顔で入れるのだ、と亜夢は思った。

「見つかってない。しかし、ウエスト・データセンターには他に車はなかった。先生を連れてる限り、そう遠くへはいけないはずだ」
 まさか父が連れ去られてしまうとは……
 もし自分が助けなけらばならない場合は、自分がもう父の知っている娘ではないことがバレてしまう。
 しかし、この〈鳥の巣〉内では、自分が探さなければ、父は永久に見つからないかもしれない。
「そういえば、これから向かう、ぶんしょっなんですか?」
「ああ、〈鳥の巣〉の中にある警察署のことだ」
「こっちの山咲さんのいるところ?」
「そうだ」
「遠いの?」
「遠くはない。ゲートの近くだ」
「そう」
 車は高速を降りて、ゲート近くにある砂倉署の分署に向かった。
 小さな建物だったが、窓や扉がないため、灰色の石板のように見える。
「ここも扉がないの?」
「あたりまえだ〈鳥の巣〉の中だぞ」
「けど、どうやって捕まえておくのよ?」
「手錠をして、建物のパイプにつなぐのさ」
 鬼塚が車を降りると、中から分署の警察官がやってきて偽山咲を捕まえて連れていく。
 ストレッチャーが運ばれてきて、オレーシャが乗せられる。
 本物の山咲は、鬼塚に頬を叩かれて目が覚める。
 私はオレーシャのことを聞いた。
「あの、先生をどこに連れていくんですか?」
「先生? このロシア女性のこと?」
「そうです」
 ストレッチャーの前にいた女性警官がこっちに向かって歩いてくる。
「簡単な検査をして〈鳥の巣〉の外の病院に運びます。心配しないで」
「お願いします」
 分署の方に行っている鬼塚が手招きする。
 私は会釈をしてから鬼塚の方へ走っていく。
「ちょっと確認してくれ」
 鬼塚が持っているタブレットに映像が映る。
 どこかの監視カメラのものだ。
「?」
「白井健先生…… に見えるが、間違いないか?」
「……たぶん。どこの監視カメラですか?」
「ゲートだよ。誰かに連れ去られたんじゃない。先生は自分でゲートの外に抜けた」
「なぜ?」
 タブレットを警官に渡すと、鬼塚が言う。
「君にはわかるんじゃないのか? ウエスト・データセンターで先生と何を話していた?」
「何って〈転送者〉が出る理屈を教えてもらっていました」
「……それだけ?」
「それだけです。百葉高校の通学路にだけでるのは、〈鳥の巣〉の外のアンテナが影響しているって」
 鬼塚は隣にいた警官と顔を見合わせる。
「それは本当か?」
「ええ。球を描いて説明してもらいました」
 警官が差し出したタブレットに指で絵を描く。
 絵は汚かったが理屈は伝わったようだ。
「まさか先生は実験しようとしているんじゃ」
「アンテナを特定するための実験?」
「偽山咲がやっていたことと同じこと、ですか?」
 私がそういうと、タブレットを持った警官はうなずいた。
「マズイな……」
 鬼塚は顎を指でなぞるように撫でた。
「なにがまずいんです?」
「いや。考えすぎだといいんだが。とにかく、先生を追いかけよう。一緒に来い」
「は、はい」
 鬼塚についていくと、ゲートの検査を優先的にパス出来た。
 ゲートの外の車に乗り換える時、ふとゲートを見上げた。
 これが本当に〈扉〉ではないと、いったい誰が決めたのだろう? と思い、寒気がした。

 |あの場所の周辺があやしい(・・・・・・・・・・・・)、というだけだった。
 捜査の進展とはいえないレベルなのだ。
「うんと…… 具体的にはちょっと、わからないですが」
「なるほど。何か、直感的なものがあるのかな」
 亜夢はゆっくりとうなずいた。
「明日、署ですこし話を聞かせてくれ」
 警察署の近くの駅で降り、加山はホテルのロビーまで亜夢を送った。
「それじゃあ、明日、また中谷が迎えに来るから」
「はい」
「おつかれさま」
 会釈をして、加山が見えなくなると亜夢はロビーの時計を見た。
 まだ夕食にはかなり時間がある。一気に暇になってしまったのだ。
「あっ、そうだ!」
 亜夢は何か思い出したようにスマフォを取り出した。
 スマフォを見つめながらニヤニヤ笑いはじめる。
 メッセージアプリで盛んに指を動かしていると、亜夢のスマフォに通話が入った。
「|美優(みゆ)! そう、いきなり暇になっちゃったの」
『亜夢んとこに行くよ。私まだ用事あるけど、付き合ってよ』
 亜夢が「付き合うよ」と言うと、通話が切れた。
 しばらくすると、美優がホテルのロビーにやってきた。
「亜夢!」
 突き出した両手をくるくると振りながら、美優は走り寄ってくる。
「美優、良かったよ、早く会えるなんて思ってなかったから」
「ちょっと習い事があるから、それが終わるまで待ってて」
「うん」
「向こうの通りの先にあるから、一緒に行こう」
「習い事って、私そこ入ってもいいの?」
「見学ですって言えばいいよ。見学の子、割といるもん」
「へぇ」
「ほら、早く!」
 ニコニコしながら亜夢の手を引っ張る美優。
 亜夢も顔がほころんでいる。
 大きな通りを超えて、小さなブティックやら、大型のスポーツ用品店を過ぎると、角のビルを美優が指さした。
「あそこだよ」
 一階を見ると明るい色の派手な服が見えた。
 美優についてビルに入っていくと、外から見えたのは、水着やらレオタード、バレエのチュチュだった。
「かわいい」
「どれどれ? あ~ ちっちゃい子の服ってサイズだけかわいいよね。亜夢が着るとしたらどれがいいの?」
「えっ、こんな体の線がでるやつ、私の体じゃ、着れないよ……」
 美優は頭に手を当てて、亜夢との背を比べた。
 そのつぎに、腰のあたりをぎゅっと触ってきた。
「なっ……」
 ためらいもなく胸を触ってくる。
「えっ、なに? なに? 美優!?」
 美優は自分自身の胸を触っている。
「う~ん。私と大して変わらないじゃん。あ、そうだ! いいこと考えた。どうせ見学するなら、さ」
 美優が亜夢に何か話かけている。
 亜夢は困ったような顔をしたが、うなずいた。
 二人はそのビルの上の方のフロアに上がる。
 亜夢が下の通りを歩いている人が小さく見えた。
「本当に私もやるの?」
「張り切って着替えておいて、今更何言ってるのよ。先生にもいっちゃったもん」
「だって、私やったことないもん」
「みんな初めてやるときはやったことないの。私もそうだったから、心配ないよ」
 美優と亜夢が並んで立っていると、他の生徒がじろじろと亜夢に視線を向ける。
「なんでこっち見てくるのかな」
 小さい声で美優にきく。
「そりゃ、知らない人がくれば見るでしょう? 気にしなくていいわ」
 パンパン、と手を叩く音がして、そちらを振り向くと、先生が真ん中に立っていた。
 全員が整列して、頭を下げる。
「じゃあ、今日は二人組になってストレッチ、ストレッチが終わったら柔軟を始めてください」
 美優が亜夢の手をとって、手、足のストレッチを教える。
「痛たたた……」
「大丈夫、ちゃんと伸びてるよ」
 しばらく全員でストレッチをし、柔軟体操をした後、バーレッスンになった。
「乱橋さんでしたかしら」
「はい」
「乱橋さんは、まず皆さんがやるのを見て、出来そうだったらまねてやってみてください」
 生徒の人は皆、バーにつかまり足を跳ね上げる。

「通路の奥は百メートル先までなにも見つかりません」
「縦穴の先はどうなっている」
「本当に私達にまかせて、あなたは早くこの通路を出て」
 この軍の火力で本当にあの〈転送者〉を処理できるのか不安だった。
「あなたがいると、我々の武器が使えない。早くここを出るんだ」
 一番偉そうな人がそういうと、私はうなずいて出口へ駆け出した。
 私も軍がいる前では|超能力(キメラのちから)を使えない。
 急いで地下通路を上がっていく。
 息が切れて、膝に手をついた時、爆音が聞こえた。
「白井、走れ!」
 入り口の方からの鬼塚の声に、限界を超えて体が反応した。
 さっきの爆音が尋常ではないことが分かる。
 地響きのような音が追いかけるように聞こえる。
「避けろ!」
 地上にでると、素早く横へ体を投げ出した。
 見ると、入り口から様々な粉塵が、炎と共に吐き出された。
 しばらくすると、音も、吹き出る粉塵もなくなった。
 鬼塚が走り寄ってくる。
「大丈夫か」
「だぁっ…… ごほっ…… だいじょう…… んっ ぶっ」
 粉塵を吸い込んでしまい、何度もせき込んでしまう。
「さっき入っていった軍の人たちは……」
 鬼塚は問いに答えない。首を振るだけだった。
「そんな……」
 何の爆発だというのだ。
 軍が持っていた兵器には思えなかった。
 かと言って〈転送者〉が今までこんなに強力な爆発力をもっていたことはない。
 だとすると、入っていった兵士がコントロールすることができない何かが爆発したのだ。
 あらかじめ通路にセットされていたか、兵士にセットされていた。
「あっ……」
 あの兵士の背負っていた、ツルンとした台形のもの…… まさかあれが……
「この|瓦礫(がれき)が蓋の代わりになる。〈転送者〉が現れる可能性がある」
 鬼塚が、地下通路の入り口をのぞき込もうとすると、上空からのライトで照らされる。
「ん?」
「軍のヘリのようね」
 激しくライトが点滅する。
「どけってことか。ふん。軍の後始末は軍でするといい」
 鬼塚は私の肩を叩き、車を指さす。
 私はうなずき、車を目指す。
 後部座席にオレーシャ、山咲、そして私が座った。
 助手席に、手足を縛った似せ山咲を座らせる。
 軍のヘリが次々に着陸し、小型のショベルカーが何台か下され、次々に地下通路に入っていく。
「片付けまで先に用意済みだった…… ってこと?」
 鬼塚は私に視線をすこし向けただけで、何も答えなかった。
 おそらくそういうことだ。と私は予想した。
 軍が、先行隊に何か強力な火力を持たせ、リモートから爆破した。
 爆破の後始末の部隊をあらかじめ用意しておき、数分後に到着するようにしていた。
「酷い」
「……」
 鬼塚は無言で車を出発させた。
 
 
 
 高速を走らせていると、鬼塚のスマフォがなった。受け取った私が代わりに受け取って鬼塚の耳にあてる。
「鬼塚だ」
『ウエスト・データセンターで白井健はみつかりませんでした』
「なんだって?」
『〈鳥の巣〉のゲートも出ていません。研究施設にも戻られていません』
「報告が遅れたが、こっちは百葉高校の通学路に〈転送者〉用の扉を作った容疑者を捕まえた」
『では、〈鳥の巣〉の分署で引き受けます』
「わかった。これから分署に向かう」
 私は代わりにスマフォを切ると、鬼塚に返した。
「父は……」

 唾液をたたえた口が開いて、坂を滑り降りてくる。
 上下の空間が狭まっていて、この通路は翼を使う私には不利だった。
 右、左とフェイントをかけて、右前に飛びこむ。小さい目が私を捉えて動くのが分かる。
 口を交わすと、頭はUターンしようとするが、通路が狭くてできない。
 横目で見ている〈転送者〉は、今度は通路の壁と自分の体で私を押しつぶそうと動き始めた。
 丸い体と、通路の四角い角がつくる隙間をつかって、そこに身を沈めたり、前後に動いたりして〈転送者〉が通りすぎるまで耐える。
 おそらく、下の通路自体と、上下をつなぐ縦穴二つを使って尻尾と頭を出してたのだろう。
 そのうち通りすぎて、尻尾がやってくるはず。
 私は流れるように動く蛇のような〈転送者〉に足突き立てた。
 刺さった足が抜けず、体ごと流れに持っていかれそうになる。
 残りの手足を使って通路にとどまると、〈転送者〉の動きが止まった。
 このままの状態で前進すれば、体が裂けてしまう。
 こっちも必死に突き立てた足が抜けないよう、かつ、体が動かないように四肢に力を入れて踏ん張る。
「バックできないなら、このまま体を裂いてやる!」
 刺さった〈転送者〉の体の中で、爪を開いたり、閉じたりする。
 〈転送者〉の体が痙攣したように動く。
 と、突然、通路の穴に向かって前進を始めた。
 私は体を突っぱね、足を抜かない。
 前に進む分、〈転送者〉の体が切れていく。
「まさか……」
 徐々に〈転送者〉はスピードを上げていく。
 何度も何度もうろこが私の膝や股にあたり、足の刺さり具合は浅くなっていく。
 ということは……
 私は残る尻尾がある方向へ進む。こっちにある縦穴から頭を出してくるに違いない。
「目を狙う」
 体を低くして、〈転送者〉が顎をいっぱいに広げてきた状況を想像する。そして、かみつこうという攻撃を回避し、通路の壁を利用して三角飛びして、目を狙う。尻尾が消え去ったが、頭は出てこない。
「!」
 違う、おなじループを通るのではなく、したの螺旋通路を普通に上がってくるつもりだ。
 通路をまともに来られたら、ここで待つのは奇襲にならない。
 地響きのような音が後ろから聞こえてくる。
「ヤバい」
 私はその縦穴を飛び越え、足を人間のものにもどして通路を駆け上る。
「地上に出して、軍に処理してもらうしか……」
 うしろを振り向く。
 らせんのの外側へ立って、なるべく奥までのぞき込む。
 蛇のような〈転送者〉はやって来ない。
「……」
 あの縦穴を利用してもう一度転回するつもりだろうか。
 もう一度通路を降りていき、縦穴が見えるところまで戻った。
「あの地響きのような音はなんだったの?」
 殺気を感じて振り返る。
 軍だ、新たな軍の部隊が到着したのだ。
「大丈夫ですか?」
 私はうなずく。
『軍に任せて、お前は上がってこい』
 鬼塚のテレパシーが聞こえる。
「ここにいた〈転送者〉は蛇のような形態で、この縦穴を利用します。突然出てきてかみつかれるかも。あるいはこの奥から直接上ってくるかも」
「了解した。後は軍に任せてください」
 銃を構えた兵士が慎重に進んで来る。
 その兵士は銃以外に、兵士は何かを背負っているのだが、バッグではなく、金塊のようにツルンとした形状のものだった。
 いままで見た兵士が背負っているものと何か違うものを感じた。
「ドローンを飛ばせ」
 後ろの兵士が、手のひら大のクワッドコプターを数機飛ばした。
 腰から伸びているケーブルの先に、手に持っているスティックのついたものと、ゴーグルを使って操作しているようだ。
「縦穴の先は……」

 亜夢はそう言って、別のカメラの映像を要求した。
「それなら、これかな……」
 中谷が切り替えると、車椅子の映像が映った。
「あっ、消えた」
「……ああ、このカメラの録画レートだと、ちょっとスピードが速いと消えたように見えるかも」
 中谷はおなじ映像を何度か繰り返すように操作したが、やっぱりどっちに動いたのかすら判定できない。
「そ、そんな。どっちに行ったかの見当もつかないじゃないですか」
「じゃあ、コンピュータで判別してもらうよ」
 中谷がノートパッドに指をするすると動かすと、画像と画像の間に何もないフレームが追加され、そこに映像が表示されていく。
「どこから映像を取り出しているんですか?」
「ここで補完しているのさ…… コンピュータが推測している、と言った方が分かりやすいかな?」
 亜夢の表情をみてとったのか、中谷はそうやって言い換えた。
「けど、消えたところはどうするんですか?」
「それも、前の画像の動きから予想をするんだよ」
 画像をみていると、一瞬車いすが止まる。いや、とまっているというか、車輪に『ブレ』がある。
「あっ」
 コンピュータが作り出した映像は、車椅子が上へ飛んでいくような映像だった。
 ものすごく早く、画像が強烈に『ブレ』ている。
「上?」
 中谷は首をかしげた。
 車椅子が浮く、わけない、というのが常識だ。
「もしかして」
 亜夢は映像の場所に立ち、空を見上げた。
 中谷は別の角度の映像を探し、車椅子が映っているものを見つけると、もう一度コンピュータで動きを予想させた。
 やはり同じように高速で宙に浮いている。
 亜夢は上空、ビルのへりをあちこち見つめた。
「中谷さん、ビルの屋上に監視カメラってないんですか?」
「屋上にあるとすると、屋上への出入り口をうつしたものしかないな。探してみるけど」
 亜夢が三人のところに戻ってくる。
 どこかのビルの屋根まで車椅子が飛んだ。とすれば、屋上にあるカメラに何か映るはずだ。
「そもそも屋上にカメラの設置がないみたいだね。残念だけど」
「けど、上に逃げたのは間違いないですよね」
 中谷は強くうなづいた。
「二つのカメラで、両方とも上空へ動いている、と推測しているからね。確度は高いよ」
「なら、それでいいです。車椅子ごと、この空間を飛ばせるとしたら、ものすごいことです。弾丸を弾いた力に匹敵するかも」
「さっきの車椅子の女が、例の事件とかかわりがある、ってことか」
 加山の声に亜夢はうなずく。
「初日に襲われたのもここでしたし、アメリカンバイクの人物、そして超能……非科学的潜在力を使う車椅子の女性がここに現れた。なにかここに非科学的潜在力を持った人物が集まる理由があるはずです」
 加山は遠くをみてぼやくように言う。
「……それがわかりゃ苦労しないんだよ」
 亜夢はすまなそうに頭を下げる。
 中谷はフォローしようと口を開く。
「確かに若干だが干渉波が弱いんだ。もっと徹底的に計測して、そいつらの居そうな場所を探そう」
「それよそれ。それ最初にやろうよ」
 清川が中谷に乗った。
「清川が手伝ってくれるの?」
「あたりまえじゃない。車を運転するから、中谷さんが記録をとって」
「いや、車じゃ早すぎる。清川にはアンテナを持ってもらって俺がパソコンで記録をつける」
「えぇ~~」
 清川は肩を落とした。
 加山は手を上げて言った。
「じゃあ、乱橋君を連れて俺は署に帰る」
「えっ?」
 亜夢は加山に肩を押されるように地下通路に消えていった。
「じゃ、アンテナを車に取りに行こうか」
「そこからなのね……」



 二人は地下鉄に乗り込む。
 空いた席を亜夢にゆずり、加山はその前に立ってつり革を握っている。
 加山は亜夢に言った。
「捜査は進展しているとおもうかね?」
 亜夢は戸惑った。
 正直、一切進展していないと思っているが、進展していない場合は『ヒカジョ』に帰らせてもらえないかもしれない。
「……えっと、それなりに結構進展しているような気がします」
「どこら辺が進展しているのかな」
 亜夢は思った。しまった、具体的なものはなにひとつわかっていない。
 さっき言った程度なのだ。

「な」
 鬼塚はものすごい勢いで山咲にせまる。
「に」
 私の翼が体にあたると、バランスをくずした山咲はまきびしの上に倒れていく。
 鬼塚が追いつき、まきびしのうえから山咲の体を押さえつける。
「ぐあぁぁぁ」
 鬼塚のトラになった顔が、銃を持った手にかみつく。
 背中にささったまきびしの痛みと、手に刺さった牙の痛みが交じり合った叫び声。
 次の引き金を引くことができず、山咲は銃を落とす。
 痛みに耐えかねたのか、目を閉じてしまった。
「危なかった」
 私は翼を背中に戻す。
「間に合うって言ったろ」
 鬼塚は人の姿に戻っていく。
「いえ、危なかったです。山咲はしっかり引き金を引いていました」
「当たらなかったんだから大丈夫さ」
「そういう問題じゃ…… それより、山咲は死んだんですか?」
「まきびしのささりどころが悪ければ死んでるだろうが」
 鬼塚は山咲を引っ張り起こすと、せなかのまきびしをぬいた。
「まだ生きているよ。ちゃんと、急所のまきびしはどかしたんだから」
「え、あの瞬間にそんなことしたんですか?」
 鬼塚は山咲の止血をすると、そのまま肩に担いで、通路を戻っていってしまう。
「オレーシャは?」
「目を覚まさせて歩かせろ」



 |螺旋(らせん)状の通路を、もう一周すれば入り口に戻れるところだった。
『そいつに構うな。突っ走れ』
 これは、ちょっと前の出来事。
『けど!』
 私は言った。
 視野の後ろに向かって、鬼塚刑事が走り去っていくのが見える。
 目の前には…… 巨大な〈転送者〉のしっぽがある。
 言われた通り、思い切り走ればなんとかなったかもしれない。
 二人を抱えている鬼塚は逃げるしかなかった。
『この状態では、お前を助けられない!』
「けど! 見過ごすわけには行かない」
 バシッ、と音がした。
 一瞬ののち、通路の天井を見ていることに気付く。何かに足をすくわれた、と、そういうわけだ。
 私は翼を出して床に転ぶのをまぬかれると、態勢を整えた。
 〈転送者〉が返しで振り戻してくる尻尾を、左足の爪で捕まえる。
「シャー」
「シャー?」
 後ろからの音に振り返ると、もうそこには鬼塚達の姿はなく、大きな口を開けた〈転送者〉がそこにいた。
 三角形をした頭部、うろこをもった肌。小さいが鋭い目、それらは蛇のそれと同じだった。|頸部(けいぶ)が平たく広がっており、巨大コブラと言ってもいい。
 その姿を認識するかしないかのうちに、バランスを崩して倒れてしまった。倒れた私の顔面を、離してしまった尻尾が勢いよく通りすぎる。
 退路を断たれた私は、この蛇タイプの〈転送者〉を倒さなければ助からない。
 寝転がったまま、右に左に体を回し、突きさすような尻尾の攻撃をかわす。
 立ち上がるタイミングが見つからない。
『大丈夫か?』
『ええ』
 テレパシーで答える。
 突き刺すような尻尾の攻撃をかわして足の爪で捕まえる。
 尻尾を戻す勢いを借りて立ち上がる。
 すると、尻尾が路面下に消えていく。
「!」

 清川もすぐに追いかけた。
「亜夢ちゃん、何かわかったの?」
「分かりません。まるで跡がなくなっていました」
「けど、こっちに走ってるじゃない」
「勘です。ヤマカン」
 清川は疲れたように立ち止まった。
 亜夢が振り返る。
「一緒に来てください。確かめたいんです」
 清川はうなずくと、亜夢の後を追った。
 二人は、以前数人に囲まれた、坂の途中にやってきた。
 亜夢が言う。
「私はちょっと目をつぶるので、周りを見ていて下さい」
「いいわ」
 亜夢は目を閉じて、道の上に手のひらを付けた。
 さっきのように何か痕跡がないかを感じ取ろうとしている。
 清川は車や、通行人などが亜夢にぶつからないように注意していた。
 聴診器をあてるように、移動しては手をあて、移動しては手をあてることを繰り返した。
「何かわかる?」
 亜夢は目を閉じて、腕を組んだ。
「……」
 亜夢は首をふる。
 清川は残念そうに肩を落とす。
「戻る?」
「はい」
 二人は坂を下り始めた。
 少し歩いた時に、亜夢のスマフォが震えた。
 歩きながら取り出すと、メッセージを読んだ。
「やった!」
「どうしたの? 何があったの?」
 笑顔を見せた亜夢の顔を見て、清川がたずねる。
「いえ、なんでもないです」
「なんでもないわけないでしょう? 教えてよ」
 寄ってこようとする清川を左手で制し、亜夢は片手でスマフォを操作してメッセージを返していた。
「だから、なんなの?」
「……秘密です」
 返し終わると、亜夢の表情はさっきまでの真剣な表情にもどった。
 キャンセラーをしっかり頭につけ、もといたカフェに向かって歩き始めた。
 二人がカフェに戻ると、加山と中谷が外で待っていた。
「どうだった?」
「見つかりませんでした」
「こっちは、カフェの防犯カメラ映像をコピーさせてもらった」
 中谷が亜夢に向かって「手がかりもなし?」と言って手を差し出す。
「ビルの外にでるまではあるのですが、出てちょっと進んだあたりで、あの車椅子の気配がなくなっています」
「あっ!」
 清川が言った。
「わかった。待っていた仲間の車に乗ったとか、そういうことじゃない?」
「そうかも納得がいきます」
「それなら、周りの防犯カメラに車が映ってるかもね」
 加山が中谷の肩を叩く。
「早く映像集めてこい」
「大丈夫ですよ。このパソコンから収集できます」
 加山が自らの額に手を当て、小さい声でつぶやくように言う。
「お前…… 大きな声でそういうことを言うな。警察でも許されることじゃないんだぞ」
「すみません。捜査が終わったら設定を戻しますから」
 中谷も合わせるように小さい声でそう返す。
「……ん? 車らしいものは映っていませんね」
 四人は立ったまま中谷の持つパソコン画面を食い入るように見ていた。
「本当だ。映ってませんね」と清川。
「あれ? 他のカメラとかで、車椅子自体は映ってますか?」

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