その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

2017年08月

 中谷と清川は腕を組んでうなった。
 しばらくして清川が言った。
「私たちが後ろで、なんかノートを持って調査、記録している風にすれば……」
「一か八かそれでやるしかないかもな。乱橋くんも、適当に数値とか言えば、我々でそれをメモするフリをするよ」
 三人はホテルの壁を眺めるようにして立っていた。亜夢は壁を両手で触り、清川はノートに何か書き写している。中谷はノートパソコンを開いて、上や下をみて表計算ソフトに適当な数値を入力していた。
「42」
「ん? よんじゅうに?」
「はい」
 亜夢はわかったような、わからないような数値を言っては、壁を撫でる。
 かすかに|思念波(テレパシー)が残っている。亜夢はその特徴的なイメージを覚えることにした。
「すこし進みましょう」
 三人はすれ違う人に不思議な目で見られながらも、その作業を続けていった。
 しばらくして控室すべてを調べ終わるが、それ以上の気配はつかめなかった。
「控室を使っていない、ってことかな?」
「すでに会場に入っているのかも」
「会場はもう人が入れるのかな」
 中谷はノートパソコンでタイムスケジュールを確認する。
 まだ時間的に開場する時間ではなかった。入れるとすれば準備をするスタッフとか、ホテルの従業員だけだ。
「スタッフなら控室を使っただろう。俺は、さっきの少しだけ痕跡があった部屋を使った人を確認してみよう」
「お願いします」
「二人は会場の方の調査をして」
 清川と亜夢はフロアをおりて会場周りを調べ始めた。
 会場のすぐ横の、長い廊下にでると、二人の対向先に人影が見えた。
 亜夢より背が高い人と、背の低い黒スーツの男。
「!」
 清川は亜夢の様子をすぐに感じ取った。
 かなり距離が離れている。清川も目が良かったが服の色ぐらいしか判別できない。
「だれ?」
「アメリカンバイクに乗っていた人です」
「えっ? どっちが?」
 清川はそう言って、すぐにどっちがバイクに乗っていた方の人物か分かった。
「背の高い方ね」
 亜夢は清川の肩を押して、角に隠れた。
「意識しすぎると、相手にも感じ取られてしまう」
「そんなもんなの」
 亜夢はうなずいた。
「さっきのスーツの方、って今日の|発表(プレゼン)する会社のCEOだよ、間違いない」
「どうしてそんな人が|非科学的潜在力保持者(ちょうのうりょくしゃ)と一緒にいるんですか? もっとも嫌いだからここで発表しようとしたって……」
 亜夢は手をついていた壁から、|思念波(テレパシー)の残滓を感じた。
 これは、バイクの人とは違う……
「清川さん。もう一人、いや、すくなくとも、もう一人、|非科学的潜在力保持者(ちょうのうりょくしゃ)がいます」
「え、この壁から感じたの?」
「お二人さん、なにやってるの?」
 中谷が現れた。
 ジロジロと二人の恰好を眺めてから、ニヤリと笑って言う。
「あ、それ、壁ドンってやつ?」
 亜夢が清川を壁に押しやった格好がいわゆる『壁ドン』の恰好になっていたようだ。
「え、そういうわけじゃないです」
 亜夢は壁から手を離した。
「もう分かったの?」
「ああ、それが……」
 中谷は突然、言葉を止めた。
「?」
「中谷さん、話を続けてください」
 背後に車椅子の車輪が見えた。
 まさか、あの時逃げた車椅子か。亜夢は一瞬、『|宮下加奈(みやしたかな)』のことを思い出した。
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「らいじょうぶらけど、つらい……」
 私は新交通の非常ボタンを押した。
 列車の中にある画面に監視駅員の姿が映った。
「どうなされました」
「けが人が出ました、次の駅に救急車を呼んでください」
「けがですか、どのような状況で」
「打撲です」
 私は佐津間を指さした。
「車内映像を確認していいですか?」
 まずい! と思い、私はとっさに首を振った。
「新交通は何もわるくありません、本人が倒れて顔を打っただけです。新交通は訴えませんから」
「……」
 何か監視駅員に疑われているようだったが、監視駅員は言った。
「救急車との連絡がとれました。駅着か、駅着数分でつきますので、おりたホームでお待ちください」
「はい」
 そう言って私は頭を下げた。
 駅につくと、佐津間を駅のホームに引きずりだした。
 まだ足が震えている。
 ちょうど下からサイレンの音が聞こえて、それが止まった。
「ちょうどきたよ」
 ホームにあるエレベータが開き、ストレッチャーを押して救急隊員が向かってくる。
「どうなされました?」
「私が、ぶんな…… いえ、いきなり、ぶっ倒れてしまって」
「打ちどころが悪いのか、膝が震えて立てないみたいです」
「意識はあります。君、名前と年齢を」
 佐津間はなんとか隊員の問いかけに答えた。
「よし、ほら、きみ寝返りうてうるかい、こっちにきて。そうそう」
 布の上に佐津間が転がると、隊員が頭と足の布を引っ張りあげて、ストレッチャーに載せる。
「?」
「君は? 彼の知り合いじゃないの? 一緒に病院行くでしょ」
「……」


  
 日が暮れようとしていた。
 私が新交通に乗ると、後ろからあごに包帯を巻いた佐津間がついてきた。
「まったく……」
「んだよ。」
「午後全部つぶれちゃったじゃない。全部あんたのせいだから」
「俺のせいにすんのかよ」
「じゃあ誰のせいよ」
「……」
 佐津間は、体の下の方でこっそりと私を指さした。
「なにこの手?」
「いや。別に」
「佐津間が殴れ、なんて言い出さなければこんなことにならなかったんだからね」
「殴るにしたって限度があるだろう」
 あんたが女心をわからないから、殴ったんだろうが。私は怒りで拳を握り込んだ。
「!」
 佐津間は両手で押さえるような仕草をする。
「ご、ごめん。俺が悪かった。悪かったから許して」
「ドMのくせに口ごたえするからよ」
 新交通は次第に乗客がいなくなり、私達は少し間を空けて座席に座った。
 急に列車の上についている画面が切り替わり、監視駅員が映し出された。
「今回は喧嘩とかしないようにお願いします」
「!」
 私は頭に血が上った。
「ほら、あんたのせいで新交通の人にめぇつけられちゃったじゃない!」
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「僕も今計測して分かったところだよ」
「もしかしたらずっと前から計画していたのかも」
「そうだね。それに非科学的潜在力の機密情報にアクセスできる人物って、ことだよね」
 |非科学的潜在力者(ちょうのうりょくしゃ)に与える電磁波の情報や、それを携帯電話の基地局やアンテナをベースに展開しているという事実は公表されていない。中谷は職務上偶然知りえただけで、亜夢のキャンセラーと、この干渉波の強さを測るシステムだけしか作っていないし、それらを作る知識を他人がアクセスできるような形にはしていない。
「もしそうだとしたら、かなり、やっかいな相手だね……」
 相手も干渉波の知識があるのなら、亜夢や中谷の恰好をみれば、何をつけているのか、何を測定しているのか推測できるだろう。こちらは相手を探せないのに、相手はこっちの危険度が読めてしまう訳だ。
「乱橋くん。相談があるんだけど」
 加山は腕を押さえながら立ち上がった。
「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか、腕」
「清川君、結構やるね。何かやってるの?」
「署で空手を習ってます」
「えっ、うちの署にそんな強いひといたかなぁ……」
 加山は痛みをこらえながら、かすかに笑った。
 清川は加山の銃を拾ってから、加山に近づいていく。
「あの…… 銃を抜いたことを黙っておくかわりに、理由を教えてください」
「……」
 笑いが消えた加山の鋭い眼光に、清川は身構えた。
 襲い掛かろうとする加山を、清川は体をずらしてよけながら、腕をねじり上げた。
「?」
「イタタタっ」
 加山はそう言って、体をくの字に曲げる。
「連れて行くんなら連れていけ」
「加山さん」
 清川はとまどいながらもねじり上げている力は緩めなかった。
 加山を他の警察官のところへ連れていくことにした。
 事情を話すと、清川のパトレコに映っていた状況から、 一時的には加山は護送車に入れておくことになった。
 数人の警官に連れられ、加山が護送車へと運ばれていく。
「加山さん……」
 加山は清川の方を一度も振り返らなかった。
『中谷さん、今どこですか?』
 清川はSMSで中谷にメッセージを送った。
『会場のフロアの上の控室になっている部屋のあたりだ。早く来てくれ。ちょっと話したいことがある』
 清川は迷ったが、加山の話を送ることにした。
『加山さん、理由は教えてくれなかった。今護送車の中入ってる』
『えっ? マジ?』
『そっちいったら話すね』
 清川は通用口側から、カードをかざしてホテル内へ入っていった。



 亜夢は完全に干渉波キャンセラーをはずしていた。
 つまりホテル内は超能力者の力が最大限に発揮できる環境だということだった。
「清川さん、こっちです」
 清川が手を振って、二人に向かってやってくる。
「何があったの?」
 中谷は近寄るようにと、手招きした。
 小声で話し始める。
「加山さんがいたところ、あそこに超能力キャンセラーがあったんだ。中の様子を測定していると、それ一つじゃない」
「えっ、早く探さないと」
「いえ、探したら警戒されます。わざと残しておいて油断させよう、という中谷さんの考えです」
「……けど」
「キャンセラーの位置を探すにはこっちも大げさな機械を使って歩き回らなきゃいけない。今探すには、いろいろ都合がわるいんだよ」
 清川は納得したようにうなずいたが、
「こっちが気づかれないようにするのはわかった。けど、向こうを見つけるにはどうすればいいの?」
 そう言って少しあたりを見回した。
「私が見つけます」
「乱橋さんが見つけられる、っていうことは、相手も乱橋さんを見つけられるわけじゃない?」
「……」
 中谷が笑った。
「だから相手を油断させているんじゃない。いくら|非科学的潜在力持ち(ちょうのうりょくしゃ)とは言え、探そうとしなければ見つかるものでもないだろうさ」
 亜夢の表情が少し明るくなった。
「ありがとうございます。中谷さん」
「なるほど。それにかけるしかないってことね」
「まあそういうことだ」
 亜夢が説明する。
「探すにあたって、壁とかドアノブとか変な感じに触っているので、不自然に思われないようにしたいんです」 
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「……ババア声が聞こえる、と思ったらやっぱりお前か」
「なんであんたがここにいんのよ」
「休みの日ぐらいどこに行ったっていいだろ?」
 ん?
 私は素早くスマフォで日付を確認する。
「……休みじゃないわよ。騙されるところだったわ」
「と、とにかくいいだろ」
「あんたストーカーかなんか? 気持ちワル」
「違うよ。その、心配だから……」
 佐津間は私の斜め前のつり革につかまった。
 正面に立てばいいのに、こういうところ、意気地がない証拠だ。
「そう。ありがと」
 佐津間の顔が赤くなった。
「何赤くなってんの?」
「日焼けしただけだっての。で、その、お前、学校辞めんのか?」
 考えもしていなかったことを言われ、びっくりした。
「へっ? 辞めないわよ。父の残してくれたお金があるし」
「そ、そうか。なら、よかった」
 な、なにが良かったの? 私は佐津間の腹を殴ってやろうかと拳に力を込めた。
「な、なんだよ。良かった、って言ったんじゃないか」
「……う~~っ!」
「え、なんだよ、辞めなくて残念とか言った方がいいのかよ」
「正直言うとそうよ。それならぶん殴れるじゃない」
「お、お前がそう言うなら…… 」
 佐津間はつり革から手を離して、目を閉じ、私の方を向いた。
 なぐって欲しい、という事だろうか。
「なんだ、辞めねぇのかよ。残念だな」
「へ?」
「ほ、ほら」
 佐津間が私の手を掴んで、自らの頬の方へ引っ張る。
「どういうこと?」
「殴った方が良いならそうして」
 私は混乱した。
 混乱したのち、カッとなって怒鳴った。
「あんた変態なんじゃないの? Mなの? ドMなの? 本気で殴られたいの?」
「ああ…… 白井に幸せになって欲しいんだ」
 何がなんだか分からない。
 私は立ち上がって、拳を握った。
 佐津間は目をつぶって黙って立っている。
 トン、と拳で佐津間の胸を叩いた。
 私はそれ以上のことができず、目を閉じてしまった。
「どうした? 殴っていいんだぞ……」
「もういいよ」
「ほら、殴れ、殴れってば」
 佐津間の態度と、言い方、自分がこいつに慰められているという状況……
 様々なことが私の意識を飛ばした。
「うぉら!」
 瞬間的に手の甲にハンカチを巻き、佐津間の頬を殴り飛ばしていた。
 佐津間は耐え切れずに床に膝をついて震えている。
「いひゃい……」
「だ、大丈夫? いっとくけど、あんたが悪いのよ。殴れってしつこいから……」
「……」
 立ち上がろうとするが、膝が激しく揺れて、また床に手をついてしまう。
「大丈夫じゃなないよね? だって、こっちも全力だしちゃったし」
 さすがに〈転送者〉を相手にする時ほどの力はいれていない。そんなことをしたら……
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あらすじ

白井公子は、全寮制の百葉高校に通う高校生。子供の頃〈某システムダウン〉に巻き込まれた後、謎の組織に連れ去られて黒い翼や鋭い爪など、鳥とのキメラに改造されてしまう。同じように虎とのキメラである鬼塚刑事や百葉高校の教師で、蛇とのキメラである|新庄(しんじょう)|紅百合(くゆり)などと共に、〈某システムダウン〉の中心部分で避難区域の〈鳥の巣〉に発生する〈転送者〉と呼ばれる破壊者と戦っていた……


登場人物

白井公子:主人公。鳥とのキメラ。ツインテールだが、ババア声の女生徒。
|木更津(きさらず)|麻実(まみ):公子の同級生。
オレーシャ・イリイナ:百葉高校教師。白井公子の父と知り合い。
|佐津間(さつま)|涼(りょう):白井のことを『ババア声』認定した張本人。




 ツインテールはババア声4 (1)




 家に帰り、私は父の死を|義母(はは)に告げた。
 死体はなく、どうやって社会に父の死を告げて良いか分からなかった。
 ただ、〈転送者〉という単語を使って説明をした。
 あっという間につぶされてしまい、そこに死体はない、と言った。
「ゲートで起こった大規模な事故に父も巻き込まれたんです」
「あなたといたのよね?」
「死の直前まで私といました」
「そう……」
 |義母(はは)は涙をこらえているようだった。
「死を目前でみるのは、さぞ辛かったでしょう」
 私はうなずいた。
 向こうを向いて、|義母(はは)涙を拭いた。
 向き直ると私をじっと見つめている。
「お母さん」
 私は|義母(はは)に抱きついた。何か、そうしなければいけない、という気がしていた。
 きっとそうして欲しい、と|義母(はは)が望んだのだ、と思うのだ。
 抱きつくとすぐに、私は声を出して泣いてしまった。それが引き金になったのか|義母(はは)も私を抱きしめながら、涙を流した。これが死体のない父の葬儀の代わりなのかもしれない、と思った。
 気持ちが落ち着くまで二人で抱き合った後、|義母(はは)は言った。
「死の直前、あなたといたのなら、お父さんは幸せだったと思うわ」
「そうでしょうか」
「お父さんの研究はすべてあなたの為にしていたものだって」
「えっ?」
「人生のすべてを変えてしまった〈某システムダウン〉の呪いから、あなたを救うには〈某システムダウン〉の謎を解き明かすことが必要だって」
「……」
 父は私の為、私の為にあの研究をしていた。そして私の為に死んでしまった。
「私は何もしてあげられなかった」
「死に際まで一緒にいてくれたわ」
「けれど救えませんでした」
「誰にも救えないわ。何百人も無くなった事故なのよ」
 父の言う通り、最初からマミを利用していれば、死ぬ必要はなかった。いや、父の死があったから、マミをコアにささげる決意ができたのだ。
 どちらにせよ、私が父を殺したようなものだった。だから、そのことを母にいう勇気がなかった。
「……」
「自分を責めないことね。この後の人生でもきっと、自分ではどうにもならないことが起こるわ」
 どうにもならないことは、〈某システムダウン〉で経験済みだった。
 〈セントラルデータセンター〉で何度も軍の人間が死ぬところを見た。
 自分だけでは、どうにもならない出来事。
 だから、自分の選択順序だけで父の死は救うことができたのかも知れない、と思ってしまうのだ。
 また瞳に涙があふれてきた。
 そっと近づいてきて|義母(はは)が抱きしめてくれた。
 甘えるように私は体を預けた。



 遺体のない葬儀を終えた後、|義母(はは)はしばらく田舎に戻ると言った。
「卒業して、大学に通うだけのお金は十分あるから、心配しないで。もし、何かあった時は連絡して」
 私はだまってうなずいた。
 百葉から新交通に乗り換え、学校の寮へと向かった。
 この前の巨大〈転送者〉騒ぎのせいか、新交通の乗客はさらに少なかった。
 途中の駅で、私のいる車両の乗客が全員降りてしまった。
 ドアが閉まり、出発してほどなくすると、私は大きくため息をついた。
「はぁ…… もう私、一人なんだな」
 先頭車両にいた人影が反応したように動いた。
「?」
 しばらくすると、人影は連結部分からこちらに入ってきた。
「佐津間ぁ?」
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「おい! 配置から離れるな。今回は四人だけのそうさじゃないんだぞ」
 亜夢はムッとした顔で加山を見つめる。
「中谷は?」
 指を立てて、木の上を示す。
 その方向から、ガリッ、ガリッ、と木の皮を靴で削る音がする。
「こら! 中谷。何やってる!」
「あった!」
 バキッと枝の折れる音がして、中谷は何かを持ったまま落ちてくる。
「きゃっ!」
 そのまま小さな木の中に潜ってしまい、姿が見えなくなった。
「中谷さん! 大丈夫ですか?」
 まるで何事もなかったように、中谷はすっと立ち上がってきた。
「加山さん。これです」
 棒状の金属とプラスチックボックスが組み合わさったものだった。
 中谷はプラスチックボックスを開けてみせる。
 そこにはノートパソコンと、むき出しの電子回路が接続されていた。
「なんだ?」
「干渉波キャンセラー、ですよ」
 中谷がノートパソコンの電源ボタンを長押しして電源を切る。
 またさっきと同じ場所に立って干渉波を測定する。今度は、さっきまでとは比較にならないような、高い値が出ることを二人に見せる。
「やっぱり。これだけじゃカバーできる場所が狭いから、きっと後何箇所かあるはずです。この機械についている指紋を調べる事と、ホテルの中を捜査する事の許可をください。絶対、他にも干渉波キャンセラーがあるはず」
「……」
 無言の加山は、固まったように動かない。
 それを見て、亜夢は中谷の手を引いて通用口方向へ連れ出す。
 中谷の耳元に、小さい声で話し始める。
「私達だけで早く中を調べましょう。干渉波キャンセラーがあったら会場は超能力者のやりたい放題にされてしまう」
「待て」
 いままでの加山の声と感じが違った。
 亜夢と中谷はその場で止まり、ゆっくりと後ろを振り返った。
 二人の方へ銃口を向けている加山がいた。
「加山さん。何しているか分かってますか?」
「今、その調査を進めてはいかん」
「まさか加山さん、テロリストの一味」
「違う。断じて違う。が、調べられてはこまるんだ」
「意味が分からない!」
 叫ぶように亜夢が言う。
「動くな!」
 加山の銃は、亜夢の足に向けられた。
「……」
 二人は両手をゆっくりと上げた。
 その時、加山の背後に、見知らぬ影が動いた。
「!」
 バシッと音がすると、加山の手から銃が蹴り上げられる。
「清川さん!」
 手首を押さえな加山の顔が歪む。
「加山さん、なんで銃なんか」
「なんか訳があるみたいだけど……」
「中谷さん、行きましょう。早くキャンセラーを発見しないと」
「なに、どうなってるの?」
「清川さん、加山さんのことを頼みます」
 二人はカードを使って、通用口からホテルの中へ入っていった。
 フロアを勝手に走っていく亜夢を、中谷が呼び止める。
「乱橋くん! フロアが複雑だから、パソコンに入っている図面を見ながら対応しよう。迷子になるよ」
 亜夢は立ち止まって、速足で戻ってくる。
 中谷は気づかれないように、かるくため息をつく。
「明らかにここ干渉波の影響が軽いです」
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 直接声が聞こえた。
 アスファルトのくぼみから顔を出すと、近くに人の姿になった鬼塚が立っていた。
「鬼塚刑事」
 駆け寄って抱きしめた。
「白井。それより、このゲートを早く壊さないと」
「そうか!」
 扉の形式になっていなければいいのだ。どこかこの枠を壊せばいい。
 私は翼で飛び上がろうとして、やめた。
「どうした?」
「マミには…… ああ…… もう知られているよね……」
「おそらくな。把握していないとは思えない」
 躊躇なく翼を広げ飛び上がると、急降下し、ゲートの枠を蹴り壊した。
 鬼塚が歩み寄ってくる。
 私はゲートと反対を指さして言った。
「あとは早くアンテナを見つけて、壊すだけよ」
「そうだな。さっきの爆弾も、そいつらがしかけた可能性がたかいしな」
 見ている方向は、巨大〈転送者〉が破壊した道がつながっていて、煙が上がっている。
「後は……」
 鬼塚は黙ってうなずく。そして、そのままスマフォで警察に連絡を取り始めた。
 私は飛び上がってマミのところへ行く。
「キミコ!」
 マミの近くに降り立つと、私はマミを抱きしめた。
 ふっと、マミの背中の向こうに、父の姿が浮かんで消えた。何か言っていたように思えた。
「?」
「黒い羽根。黒い翼」
「気味悪い?」
「ううん」
 そう言ってマミは首をふる。
 ぎゅっ、と強く抱きしめられる。
「帰ろう。寮に帰ろう」
 マミがうなずく。
 私はマミを抱きしめたまま、空へ舞い上がった。




終わり
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「違う、あの人……」
「?」
「さあ、行こう。出発だ」
 そう言いながら、全員の肩を加山が叩いて回った。
 いつもの通り清川の運転するパトカーで会場となるホテルへ向かう。
 近くまで車が来ると、加山が車を左のスペースに止めさせた。
「清川は署に戻って車を置いて、歩いてこい。我々もここから歩く」
 通りの正面にある、新しくきれいなビル。それが会場となるホテルだった。
 ホテルにつくと、セキュリティカードが渡された。
 亜夢はそれを同じく渡されたフォルダーに入れ、首にかけた。出入りがある場所、警察の要請があった場合は、そのカードをかざして確認するとのことだった。
 刑事である加山も中谷も同じ扱いを受けた。警察は自分の身分証で確認されないのだろうか、と思ったが、渡されている身分証の確認は時間がかかるため、カードを渡すのだという。
「これをなくしたら大変だぞ。慎重に管理して」
 渡している警官が指示する通りに、亜夢は首にかけてから、紐を少し絞って、落ちにくく、取られにくくした。
 三人はその後、配置の場所へ回った。
「外? 外の警戒をして意味があるんですか」
「最終的には内側でなにかことを起こそうとするだろうが、最初は外から入ってくるわけだ。それを止める」
「外は広すぎて、守っているこっちから入ってくるとは思えません。中に入らせてもらえないんでしょうか?」
 加山は表情を変えなかった。
「指示に従わないなら、君に協力してもらわなくてもいい」
「……」
 またこれだ。と亜夢は思った。捕まえたいとか、事件を防ぎたい、というのが本質ではないのだろうか。だから協力をするつもりなのに。
 亜夢はあきらめたように視線を回りに移した。
 この干渉波の状態でも、本当に近くまでくれば超能力者かどうかはわかる。テロリストがこっち側の通路を選択してくれることを祈るしかない。亜夢はそう考えた。
「乱橋くん、出入りできるのは、駐車場と地下鉄の駅、そしてここホテルの通用口の三つ。駐車場に入るには、その右に見えるスロープを下っていくしかないから、集中すれば通用口と車両を同時に抑えられるんじゃない?」
 中谷が指さす位置を確認しながら、亜夢は神経を集中させた。
 やはり干渉波キャンセラーを使っていては外部の状況が分からない。キャンセラーをオフにして、目を閉じて感覚を研ぎ澄ませる。
 強力な干渉波で分かりにくいけれど、スロープの入り口付近を通過する人や、目の前の通用口周辺の人の気配を感じて取ることができた。
「……なんとか、やれそうです」
 中谷が例のアンテナを動かしながら、少しでも干渉波の少ない場所を探す。
 そうやってウロウロしているうち、亜夢から中谷の姿が見えなくなった。
「中谷さん?」
 加山は通用口でカードをチェックしている警官の後ろに立ち、表示される内容を見ている。
 亜夢も同じように、スロープと通用口の出入りを神経を研ぎ澄ませて警戒している。
 しばらくすると首をかしげながら、中谷が亜夢のところへ戻ってきた。
「乱橋さん」
「?」
 中谷がある場所に向かって何度も指し示した。
「あそこ。あそこ、干渉波が異常に少ないんだ」
 亜夢は中谷の指さすところに立ってみる。
「確かに、けれど、不自然に軽すぎます。まるでキャンセラーを使っているみたい……」
「キャンセラーねぇ?」
 亜夢は樹木の影を探すように歩き出す。
「乱橋くん、ちょっと勝手に配置から動かないで」
「中谷さん、ここで測ってみてください」
 追ってその木々の中に入ると、確かに干渉波の値が強く表示される。
「中谷さん。あそこ」
 亜夢は木の高いところに電源線が通っていることを指摘した。
「木の上になんかありますよ。きっと」
「……ほかの方向にもあるはずだな」
 加山が走ってやってくる。
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 マミは頬を赤らめた。
「えっ?」
 私は視線を下げた。
 マミの大きな胸のラインが自分にぶつかっているのが見える。
「じゃ、これ? 本物?」
 肩に置いた手をなぞるように胸まで下す。ピンク色の突起を指でそっと挟み、くりくりといじりはじめる。
「あっ、キミコ、それっ…… ダメ……」
 興が乗ってきた私は、手と同じコースに舌を這わせる。
 一段と色っぽい吐息が聞こえてくる。
「ちょっと、キミコ」
「ごめん」
 もうすこしで舌が先端にたどり着くところだったのに。
「なんで私だけ裸なの?」
「確かに」
 私は服を着たままだ。どろだらけの靴でマミの『中に』いたことになる。
「とにかく服になりそうなものを探そう」
 私は焦げ臭い道路を進み、何か布が落ちていないか探して歩く。
「マミはここで待ってて」
 裸足のマミにはこの道路を歩くのは無理だ。
 ひしゃげた車、血だらけの窓ガラス。死体、死体とも分からないばらばらになってしまった人の部分……
 惨劇を目の当たりにし、巨大〈転送者〉がどれくらいの破壊力だったのか分かる。
 つぶれたバスが燃えずに残っているのを見つける。
 ものの燃える音しか聞こえてこない。人は、バラバラになっているか、倒れて動かない。
 そのバスの残骸に、窓に掛かっていたであろうカーテンが散らかっていた。
 ガラスは粒状に砕けていて、カーテンには刺さっていないだろう。窓につけていたであろう帯と、それをいくつか拾って戻った。
「マミ。服はないけど、とりあえずこれで」
「カーテン?」
 マミは体に巻き付けて、カーテン止めの帯で体に縛り付けはじめた。
「あ? 鬼塚刑事のジャケット借りたほうが早かったじゃん!」
 自分で言って、鬼塚がいないことに気が付く。
「ってか鬼塚は? いないの?」
 鬼塚が、巨大〈転送者〉の爆発に巻き込まれた?
「ちょっと探してくる」
 ゲート方向へ入っていく。巨大〈転送者〉の踏み抜いた部分のアスファルトが、波打ったようにめくれあがっている。
 近づいてくると、鬼塚の車が見えた。
「?」
 鬼塚が車から出てくるのが見えた。
「鬼塚刑事!」
 私の声に気付かないほど、慌てて走っている。一瞬の間の後、四つ足の獣になって、なお走る。
「鬼塚刑事」
 鬼塚刑事が走る方向と逆、車から閃光が目に入る。私はとっさにアスファルトのくぼみに飛び込む。
 ドン、という大きな音がして、車が爆発した。
 何が何だかわからなかった。
「鬼塚刑事!」
 私はもう一度叫んだ。
『大丈夫だ』
『よかった! 何があったんですか?』
「車に爆弾が仕掛けられていたんだ」
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ツインテールはババア声(1)

ツインテールはババア声(2)

ツインテールはババア声(3)

ツインテールはババア声(4)

ツインテールはババア声(5)

ツインテールはババア声(6)

ツインテールはババア声(7)

ツインテールはババア声(8)

ツインテールはババア声(9)

ツインテールはババア声(10)

ツインテールはババア声(11)

ツインテールはババア声(12)

ツインテールはババア声(13)

ツインテールはババア声(14)

ツインテールはババア声(15)

ツインテールはババア声(16)

ツインテールはババア声(17)

ツインテールはババア声(18)

ツインテールはババア声(19)

ツインテールはババア声(20)

ツインテールはババア声(21)

ツインテールはババア声(22)

ツインテールはババア声(23)

ツインテールはババア声(24)

ツインテールはババア声(25)

ツインテールはババア声(26)

ツインテールはババア声(27)

ツインテールはババア声(28)

ツインテールはババア声(29)

ツインテールはババア声(30)

ツインテールはババア声(31)

ツインテールはババア声(32)

ツインテールはババア声(33)

ツインテールはババア声(34)

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ツインテールはババア声(66)

ツインテールはババア声(67)

ーーーー 以上が TTB 1話 (後日また更新します)    2017/08/20

ツインテールはババア声2(1)

ツインテールはババア声2(2)

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ツインテールはババア声2(83)

ツインテールはババア声2(84)

ーーーー 以上が TTB2
 
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ネタもなくなっているのもそうなのですが、何しろ書けていない状態です。
お盆休みに便乗する形になりますが、お休みさせてください。
よろしくお願いいたします。

再開は8月21日月曜日です。

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 踏んでいた腕が、アスファルトをえぐって抜けてしまう。
 腕の上にのっていた足が、勢いよく跳ね、機体がひっくり返り始める。
 私は、無意識に翼を広げた。
『白井、ロボットに翼が生えた。金属の、でかいやつ』
 この繭のなかで、翼が広がっている。
 正面からくる腕を捉える。
『持ったまま飛ぶよ!』
 思いがシンクロしたのか、背中部分にある推進力が爆発的に力を発揮する。
 巨大〈転送者〉を持ち上げてしまった。
『それっ!』
 腕の力を限界まで使って引き上げる。
 勢いよく跳ね上がる〈転送者〉を見て、私は思った。
『これに蹴り込もう!』
『うん』
 マミも応えた。
 〈転送者〉を掴んでいた腕を離し、上昇していた推進力を、下へ向けた。
 そして体を入れ替えて、足先を〈転送者〉の胸…… コアに向かって伸ばす。
 上昇してくる〈転送者〉と、落下していく私達の機体。
 ドン、と大きな衝撃が走る。
 〈転送者〉のコアは体を突き抜け、アスファルトを熱で歪めながら穴を開けた。
 ヒビが入って、爆発するコア。
 そこに岩の塊のような体が落ちていく。
 私達はホバリングしながら〈転送者〉が粉々になっていくさまを確認している。
『勝った!』
『やったよ、キミコ。私やった!』
『うん。マミのおかげだよ』
 大事なことが残っている。
 |素材(マテリアル)になったマミが、木更津マミに戻れるのか、どうか。
 父はコアに拒絶されて|離散(ディスクリート)した。
 マミはどうなるのか……
 着陸し、状況を確認する。
 動くものはない。所々で壊れた車の燃料が燃えている。
『アントランスフォーム』
 パイロットの繭が地面に近づき、コアが露出する。
 肌色のジェルは|素材(マテリアル)として固まっていく。
「お願い……」
 私は額の前で手を合わせて目をつぶった。
「マミを戻して」
 機体を構成していた物質が気化するように空間へ消えていく。
 消えていくうちのいくつかは、コアの横にいる|素材(マテリアル)に漂い融着していく。
 輝く|素材(マテリアル)が人の形を作り始めた。
「……ま、マミ!」
 私は光る素体を抱きしめた。
「マミ、戻って。ここに戻ってきて」
 マミの体が見えないほど強く輝いたかと思うと、その輝きが止まった。
 目が慣れてくると、コアを手に持ったマミに戻っていた。
「良かった。マミも助かった」
「う、うん」
「いっぱい人が死んでしまったけど」
「う、うん」
 私は抱きしめながら、マミの返事がおかしいことに気付き、肩に手をかけて体を離した。
「どうしたの? マミ?」
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 亜夢はキャンセラーの右耳側を触りながら、何かが変わり始めていることを感じた。
 加山がパソコンを操作して、今回の要人と犯行予告を説明した。
 ついこの前、株式の時価総額が世界のベスト100に入ったという新興企業の、新サービスの発表会にテロリストが目をつけたようだった。
 テロリストはこの企業に対して、対立する大国でのサービス停止を要求するもので、応じなければ発表会を行うCEOをその場で殺害する、というものだった。
「この企業が、大国への情報提供をしているといううわさがあって、他企業へのけん制も含んでいると思われる」
「まあ、確かにここが集めた情報が軍事利用されていたら、小規模なテロリスト集団はたまったもんじゃないしょうね」
「わざわざ我が国で発表する意味あるのかしら?」
「うわさだけど、ここが一番非科学的潜在力に対して対策を取っているいる都市だから…… らしいよ。非科学的潜在力を締めだしている都市は他の国では考えられないみたいだから」
「……」
 亜夢はキャンセラーに触れた。
 確かに、ここでは超能力者は力を発揮できない。
「非科学的潜在力を持つ人の人権無視だって、国連から何度もたたかれてるけど、我が国はこの干渉波を出すのやめないからね」
「そんなことはいい。とにかく、我が国で実施することもテロリストの反感を買っているようだ」
「テロリストは非科学的潜在力保持者?」
 と亜夢が言う。
「……か、そっちの立場を味方する側ってことだね」
 と、中谷が返す。
「非科学的潜在力を使ってテロを起こす可能性がある。だから私が呼ばれる、ということですね」
 亜夢の視線は加山に向けられるが、加山は何も答えない。
「非科学的潜在力を持ったものが空港を通過して入国することはありえない。都市部の非科学的潜在力への防衛手段は完璧なのだから」
 確かに空港のそれは頭がおかしくなるほどひどい。
 しかし、それを聞いて、亜夢はにやっと笑った。
「じゃあ、私が捕まえたらヤバいじゃないですか。都市部に非科学的潜在力者が入ってきたことになっちゃうから」
「犯罪を防ぐことが最重要であって、その為にあ非科学的潜在力が使われてもかまわないとの見解だ」
「矛盾してるのよ」
 そう言った後、初めから矛盾している、と亜夢は思った。
 超能力者を探させようとするのに、私に超能力を使うな、と言っている。
 見つけようと意見をいうのに、それを聞き入れない。加山の態度は初めからおかしいのだ。
「後二十分ほどで会議が始まる。そろそろ大会議室へ移動しよう」
 会議室にはもう人が詰まっていて、加山の後を三人がついて行った。
「ヘッドホンははずせ」
 大会議室の入り口に立っている警官に注意され、亜夢は干渉波キャンセラーを外して手で持った。
 しばらくすると、上席の人間がぞろぞろ入ってきて、会議が始まった。
 説明している内容は、ほとんど加山が言ったことをなぞったもので、目新しい情報はなかった。
 大会議室の後ろの隅で、加山達四人は立って話を聞いていた。
 見るからに、その他大勢という扱いだった。
 会議が終わると、中谷が小声で言った。
「(会場内で、他に|非科学的潜在力(ちょうのうりょく)持っているひと、いた?)」
 亜夢は首を振った。
 中谷は手を広げて呆れた、という顔をした。
「なのにこの扱いか…… 捕まえる気あるのかな」
 加山が足を止めて、敬礼した。
 前方にいた、上席の人が亜夢たち四人のところにやってきたのだ。
「君たちは非科学的潜在力者の協力者を連れていると聞いた」
「はい。こちらであります」
 やってくる人影をみて、亜夢は思った。もっと恰幅の良いひとをイメージしていたけど、この人はスリムで背が高い。
 亜夢が、まだ距離があると思っていると、スッと目の前に進んできた。
「君が……」
 署長は、まるで品定めするようにつま先から頭のてっぺんまで見てから、言葉をつないだ。
「よろしく頼むよ」
 右手を出すので、亜夢も控え目に手を握る。
「!」
 亜夢は何か気づいたような表情をするが、署長は気にする様子はなく踵を返して去っていく。
 清川が寄ってきて言う。
「かっこいいわよね。亜夢ちゃんもそう思ったんでしょ?」
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 コアが語り掛けてくる。コアしかいないはずなのだ…… けれど……
『マミ? マミなの?』
『うん。何がなんだかわからないけど、キミコ、そこにいるんだね』
『マミ……』
 私はジェルの中で涙を流した。
『ずっと私は戦えなかったけど…… 今日はキミコの役に立てるよ』
『マミ……』
 目の前が歪んで見えなかった。
『キミコ、気づかれた!』
 巨大〈転送者〉が進むのを止め、こちらを振り向いた。
 岩のような腕を前方に伸ばしてくる。
『マミ、危ない!』
 私はサイドステップして伸びてくる腕をかわした。
 巨大〈転送者〉は伸びた腕をそのままに、上下に振り、鞭のように私達を狙ってくる。
 今度は後ろへ軽くジャンプして逃げる。
 何か反撃は出来ないか…… あの腕を取るか?
『打ち付けてきたら、足で押さえこんでみる?』
 マミの考えだった。
『やってみよう』
 相手を中心に少し回り込みながら、鞭をしならせ、振ってくるタイミングを計る。
『いまだ!』
 岩のような硬い腕が大地に叩きつけられた瞬間、こっちの足を上からかぶせる。
『抑えられ……』
 巨大〈転送者〉は体をひねって、もう一つの腕を伸ばしてきた。
『まさか、これを狙っていた?』
 つぶしていた腕を離し、後ろにステップする。
 巨大〈転送者〉は、両腕をうごめく蛇のように扱い、こちらに迫ってくる。
『一方は足、一方は手で受けよう』
『危険よ、手で受けそこねたら……』
『恐れていては勝てないわ』
『けど……』
 私は躊躇した。そして、マミではなく、コアに問いかける。 
『コア、聞こえる? 機体がダメージを受けたらどうなるの?』
『|素材(マテリアル)にフィードバックされる』
『フィードバック?』
『|素材(マテリアル)がダメージを受けるという意味さ』
『やっぱり……』
 この姿を保っている限り、私とマミはずっと生きられる。
 目の前の巨大〈転送者〉に破壊されなければ、私達はずっと一緒だ。
『キミコ。戦わないの? それなら私だけでも戦うわ』
 私の意思に反して、機体が〈転送者〉の間合いに近づく。
『マミ、やめて』
『なら、協力して』
 バシッと音が響き、機体の足が〈転送者〉の片腕を抑え込む。
『来る!』
 もう一つの腕を押さえるため、体を回して……
 バシッ、と音がした。
『うわっ……』
 こっちの伸ばした腕を避けるような軌道を描いて、機体の肩を直撃した。
『マミ!』
 自分の肩も痛かった。
 つまり|素材(マテリアル)だけでなく、パイロットにもフィードバックされるのだ。
 もう一度その腕が振り下ろされる。
 私達は足を開いて完全に腕が入ってくるコースを向いた。
『!』
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 小さい声だったせいか、亜夢は聞こえなかったように話をつづけた。
「時折、私は|他人(ひと)が何を考えているのか分からないことがあるんです。今回もそういう気持ちになりました。人間って、表情や態度とは考えていることが全く正反対なことってあるんでしょうか?」
「……」
 清川の視線が定まらなかった。あっちをみたり、こっちをみたりしている。
「そ、その、友達ってどんな『触れ合い』だったの?」
「えっ?」
 亜夢は初めて聞いた言葉のように驚き、頬が赤くなった。
「そ、そんなこと言いました?」
「あ、あと、友達って、同性? 異性?」
 亜夢は否定するように、指を開いて手の平を振った。
「あの、そいうことじゃなくて、えっと」
 清川と亜夢はしばらくお互いの顔を見てから、それぞれ床に視線を落とした。
「表情と考えていることが違う事があるか、ってことだよね?」
 亜夢は首を縦に振る。
「うんと、あるけど…… じっと見てればその表情が偽物なのかはわかるよ」
「……そうですか」
「頭で拾った|言葉(テレパシー)じゃなくて、目で見た表情とか、触れ合って感じたことを信じたほうがいい、と私は思う」
「清川さんの経験上ってことですか」
「うん」
 清川は顔が赤くなった。
「ちょっと、なに言わせるのよ。一般的な話としてね。そんななんか経験とか急に言われると」
「試してもいいですか?」
「えっ?」
 目を丸くしている清川を、亜夢は抱きしめ、互いの頬を合わせた。
 しばらくじっとしていて、頬を離すと見つめあった。
「亜夢ちゃん……」
 清川はスッと瞳を閉じた。
 迎え入れるように顔を上に向ける。
 亜夢はそれを無視して、こんどは逆の頬をくっつけた。
「あっ……」
 亜夢が腕に力を入れ、体を密着させると、清川は声を上げた。
「……ごめんなさい」
 清川が抱き返そうとした時、亜夢はそう言って体を離した。
「えっ?」
「あの、私、なんて言っていいか…… ごめんなさい」
「えっ、えっ?」
 清川は何が起こったのか分からない。
「あっ、こんなところにいたの、会議始めようよ。加山さん怒ってるよ」
 中谷はそう言って二人に近づいてきた。
 なにやらただならぬ雰囲気を察して、中谷が清川に耳打ちする。
「何があったの……」
「……」
 清川は『こっちが聞きたいくらいよ』と思ったが声には出さなかった。
「会議なんでしょ。早く行きましょ」
「そうですね」
「って、ちょっと、俺を置いていかないでよ」
 中谷は慌てて二人を追いかける。
 
 二人を追って、中谷が会議室に入ると、プロジェクターに大きな部屋の図面が表示されていた。
「どこですか、ここ」
「某ホテルの会場だ」
 加山は一呼吸おいて、全員の視線を確認すると、言葉をつないだ。
「今日は悪いが、まったく別の任務についてもらう」
「……」
「要人警護ですか?」
 中谷が言うと、加山はうなずく。
「まったく別だ、とは言ったが、関係がないわけじゃない。犯行予告はあの超能力事件の後に犯行声明した者と同じだ」
「ってことは、犯人からつかまりに出てきてくれるってわけじゃないですか!」
 清川がうれしそうに手を叩く。
「初めての捕り物ですよ。こう、押さえつけて『確保!』って! キャー!」
 自分の手に手錠をかけて、くるくる回している。
「そんな簡単な任務じゃないぞ。警護は我々四人だけじゃない。この後、全体会議があるが、多くの人と連携してやらなければならない」
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 足は逃げ遅れているバスや車の上に、ちゅうちょなく下される。 
「!」
「何人…… あんなので何人死んだんだ……」
 鬼塚がつぶやくように言う。
「……もう終わりだ」
 ゲートから巨大〈転送者〉の上半身も転送されてくる。黒い岩の塔をつないだような姿だった。黒い包帯のミイラとでもいうべきか。
 〈転送者〉は小刻みに歩を進め、端から車をつぶしていく。
 ガソリンに火がついて燃え上がる車両もあった。
「こんな巨大な〈転送者〉誰も止めれない……」
 ゆっくりと巨大〈転送者〉が都心に向かって歩いていくと、炎が上がっている道を縫って、赤いスポーツカーがこちらに向かってくる。
「成田…… さん?」
 助手席にはマミが乗っていた。
 成田さんがおりて、助手席に回ると、マミに手を貸してくるから下した。
「頼まれた通り、木更津マミを連れてきましたよ」
「なに、今の……」
 マミは顔面蒼白だった。
「あっちに行ったらパパもママも…… どうなっちゃうの」
 私はブルっと震えが来た。
 これで失敗したらマミも消えてしまう。同時に最後の希望も無くなってしまう。
 私の父もいない。このままでは巨大な〈転送者〉が次々に出てきてしまう。
 迷っている時間はない…… けど……
「キミコ、ねぇ、どうしよう? わたしたちどうなるの?」
「父さん……」
「キミコ、なんてい言ったの?」
 〈転送者〉が破壊する音で、時々声がかき消される。
「マミ!」
 私はコアをもってマミの前に立った。
「あなたを失いたくない。あなたをうしないたくない……」
「?」
 私はそのまま前にでて、マミからこのコアに触れてくれることを祈った。
 いや、触れないでくれることを祈ったのかもしれない。
 結論が出てしまった。
 マミはコアごと私を抱くように手を広げて近づいてきた。
 そして、そのまま……
『トランスフォーム』
 私が伝えると同時に、コアもそう言った。
 高熱で溶かされたようにマミの体は液化すると同時に何百倍もの体積に増加する。
 マミは|素材(マテリアル)となってコアを私を包み込み、そして私を繭のような空間に閉じ込めた。しばらくすると、繭の中は肌色のジェルで満たされた。
『もしかして……』
 |鬼塚(そと)からの|言葉(テレパシー)には、さっきとは違う驚きが含まれていた。
 私は内から湧き上がってくる力と、すぐ隣にマミの姿がイメージされた。父の時とは何かが違う。
『イケる』
 足に返されるフィードバックは父の時より明確だった。
 足を上げて、前に踏み出す。
 何気ない日常の動作と同じ。
『歩いた』
 鬼塚が驚いたように、そう伝えてくる。
 大きさはさっきと同程度で、巨大〈転送者〉の半分ほどの高さだが……
『勝てる』
 確信がある。自分自身があるいているような反応速度しか分かっていないが。まるで、安心感が違う。
『キミコ』
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 ゲートの半分ぐらいの高さから見下ろしている。
『目のような模様ができた。形は丸みを帯びているが、各パーツの色あいがロボットアニメのような感じになってきた』
 鬼塚の|言葉(テレパシー)で、小さいころに見たロボットアニメを思い出す。
 耳あてのようなアンテナが伸び、目は一眼でつながっている。
 肘膝にはあてがあり、巨大な甲冑を来たようなカラフルな機体。
『急げ、ゲートから出てくるぞ』
 おぼろげに前方の様子が見えてくる。
 〈転送者〉はゲート高さを目いっぱい使っている。つまり、こっちの倍の大きさだ。
『ゲートを出てくる前に倒す!』
 手を動かしていいのか、足を動かせば前に動くのか、何も分からない。
 自分はぬるま湯のようなジェルに包まれて立っているだけだ。
 試しに足を上げるように持ち上げる。
『足が上がった??』
 鬼塚が返す。
『足があがった…… すこしだけ』
 このジェルが返す環境フィードバックが弱いのだ。
『床のように反応して』
 コアに向かって|思念(テレパシー)を送った。
 コアは何も答えない。
『これじゃ動けない。状況をフィードバックして』
 片足を上げたり、さげたり、腕をふってみたりするばかりで、すこしずつこちらの世界に出てきている巨大〈転送者〉の手足に先制攻撃することはできなかった。
『動いて!』
 からだを包んでいるジェルが硬直する。
 手も足も、瞬きもできない。
 開いたままの目に涙が溜まって、見たくても見えなくなる。手を動かしてぬぐうこともできない。
 ジェルが絞るように私の体をつぶしてくる。
『し、死ぬ……』
『白井!』
『この|素材(マテリアル)は使えない……』
『だれ?』
『|離散(ディスクリート)する』
『あなた、コア?』
 体を絞り込んでいたジェルがはじけて、空間ができた。
 その空間が保たれ、肌色の空間が保たれたまま、落下していく。
『ロボットが霧のように分解してる』
 ガッ、と私のいた空間が地面に落ちると、その空間がひび割れ、細かく分解して消えていく。
 目の前にコアと、コアについたちいさな肌色の物体が残った。
 肌色の物体が少し広がり、ピンク色の唇が作られ、目玉のない瞼、かたちだけの鼻が作られた。
 そして唇が動く。
 声はしない。
『代弁してやる。「キミコ、さようなら」』
「えっ? 父さん!? お父さん!」
 コアの上に乗った肌色の仮面も消えていく。私は完全に消える前のほんのちょっとの表面に触れることができた。
 父が…… 消えた。
『父は、父はどうなったの?』
『|離散(ディスクリート)した。お前が守るべきものではなかったのだ』
「まもるべきものだったよ…… 絶対に、失ってはいけないものだったのに」
 膝をついて両手で顔を覆う。
「踏みつぶされるぞ!」
 石垣のように、たくさんの岩を合わせた、巨大な足が上がり、前へ踏み出す。
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 亜夢は椅子に座ると、ホテルの人が部屋番号を確認しにやってきた。
「加山さんが先に『危険だ』と言ったのが悪いんでしょう?」
「そうだな。窓際はいろんな人の目にさらされる。なるべく人の中に紛れる癖をつけないとな」
「具体的な誰かを想定して言っているの?」
「……」
 加山は黙った。
 亜夢は立ち上がると「朝食をとってくる」と言ってテーブルを離れた。
 加山は窓側を見ながら、亜夢が戻ってくるのを待った。
「加山さん、どうぞ取っていらしてください」
 亜夢が戻ると、加山は朝食を取りに立った。
 亜夢は山のように盛った皿を、端から順に平らげていく。
 亜夢は二つ目の皿を平らげた時、加山が戻ってこないことに気付いた。
「?」
 ホテルのカフェを見渡す。
 入り口に加山らしき影が見える。
 加山が口を動かしていることが分かると、亜夢は素早く干渉波キャンセラーを外して、意識を集中する。
『ここに来ちゃいかん』
『……』
『大切なお方……』
 超能力の干渉波が強くて、ところどころしか聞き取れない。
 加山が、亜夢の方を向く。
 亜夢は顔をそむけて、ゆっくりとキャンセラーを付けなおす。
 加山が食事をもって席に戻ってくる。
「遅かったですね」
「ああ」
「何してたんですか?」
「フロントに今日までの分の君の宿泊料を払ってきたのさ」
 ウソ、フロントと話す内容に『来ちゃいかん』とか『大切なお方』などという単語は入るはずがない。
「へぇ……」
「今日は小口処理の締め日なんだ。事務処理は面倒だが、守らないとこっちが損をするからね」
 言ってもいいくだらないことを言って、言いたくない事実を言わずに済まそうというわけだ、と亜夢は思った。
「加山さん、早く食べてくださいね」
「いくらなんでも俺の方が早く…… えっ、もう二皿食べたのかい?」
 今気づいたように驚いた表情を見せる。
「最後の皿も、もう、おわりますよ」
 言いながら皿を持って口に流し込む。
 食事が終わると、加山と一緒に警察署へ向かった。
 亜夢は通りを歩いている学生の中に、美優がいないかを探していた。
 しかし、美優を見つけることはできなかった。
「清川と中谷を呼んでくる。ここで待っててくれ」
 加山がそういうと、亜夢は急いでスマフォをチェックする。
 美優からのメッセージは昨日の晩の分で途切れている。
 今日は学校に来なかったのだろうか。体調でもわるい? 亜夢はメッセージを送った。
 亜夢はそのまま、清川らの声が聞こえてくるまで待ったが、返信はおろか、既読にもならなかった。
「……」
 清川がやってきて、会議をすると言う。
 亜夢と清川がエレベータに乗って会議室のあるフロアまで上がった。
 廊下を歩いている時、亜夢は尋ねた。
「昨日、こっちで知り合った友達と遊んだんです」
「へっ? そ、そうなの?」
 清川は軽く拳を握った。
「それで、どうしたの」
「私、触るとその人の考えというか、無意識のテレパシーをひろうことがあるんです」
「……」
 清川は立ち止まった。
「友達は触れ合いを喜んでいるようだったのですが、聞こえてくるテレパシーはなぜか酷い差別や怒りのことばだったんです」
 清川の腕が小刻みに震えていた。
「ふ、触れ合いって……」
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『うるさい!』『うるさい!』『うるさい!』『うるさい!』……
 黒い体は停止したまま、コアは狂ったように|思念波(テレパシー)を送り続ける。
 私は戻ってこようとするコアを踏みつけるようにして止め、通路の奥へ蹴り返した。
『さよなら』
 私は急いで階段を上って父に追いつく。
「この扉を開けてくれ」
「ここから帰れるの?」
「知るか。こっちは両手がふさがってるんだ」
 置けばいいじゃない、と言いかけてやめた。私がいない状態で扉を開けて、向こうに〈転送者〉がいたらアウトだ。
 持っているかどうかは別にして、リスクが高くて父には開けれないのだ。
「じゃ、開けるわよ…… それっ!」
 鳥の足で蹴り開ける。
 扉の枠がブロックノイズのように輝き出した。
「これっ?」
「そうだ、行くぞ!」
 走り込む父に、続いて私も飛び込む。

 明るすぎて何も見えなくなった後、父の背中にぶつかった。
「どこ……」
「ゲートだ。戻ってきたんだ」
 鬼塚の声が聞こえた。
 暗さに目が慣れてくると、父と鬼塚が見えてきた。
「鬼塚刑事、例の女の子は?」
「まだ到着していません」
 父は私を見つめた。
「……キミコ。私がこのコアとの融合に失敗したら、かならずそのマミという子で試せ。約束してくれるな」
「……」
 つまり、融合に失敗した場合、父は……
「約束しろ!」
 私はうなずいた。
 父は抱くようにコアを抱え、私にコアに触れろという。
「コアに話しかけろ。『トランスフォーム』だ」
「アニメみた……」
「早くしろ!」
 父の真剣な表情にこれからすることの危険度を感じた。
 ゆっくりとコアに手を置き、コアに話しかけた。
『コアさん……』
『なんだ、ここは? お前たちの世界か?』
『トランスフォーム』
 父の腕が肌色のまま融解してコアを包む。
 髪の毛は抜け落ち、目も肌色になって溶けた。
 着ていた衣類が真下に落ちると、私の手にコアが張り付いてくる。
 父が、父が死んだ?
「うぁあああああ!」
 コアの表面を伝って、肌色不透明なジェルが私を取り込む。
 顔の前をそのジェルが覆い、何もかも見えなくなると、地面から足が離れ、ふわっと浮いたように感じた。
「どうなってるの?」
 声になっていなかった。
『どうなってる?』
 私は尋ねた。
『トランスフォーム中だ』
 コアが答えた。
『どうなってるの?』
 鬼塚が答える。
『俺の目の前に、肌色のタワーが見えるよ。巨大な肌色コケシというべきか』
 目の前に風景が広がる。
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「あ、うん」
 美優がいなくなった部屋は、急に奇妙な知らない世界となって亜夢の気持ちを焦らせた。
 干渉波キャンセラーをしっかりと頭につけると、部屋をでた。
 廊下を通過して、受け付けを通過した。
「お客さん…… 部屋番号は」
 亜夢がどぎまぎしながら番号を答えると、
「ちょっと上向いて」
 亜夢はわからず上を向いた。どうやらカメラで確認しているようだ。
「あ、はいはい…… ご利用ありがとうございました」
 良かった、と思うと同時に、なんだ、ずいぶん失礼な、とも亜夢は思った。
 ラブホを出ると、細い路地をどちらに戻ればいいのか悩んだ。
 しばらく進んだのち、あまりに知らない風景だと思って、亜夢は反対方向へ歩き出した。
 小道を進むと、元の大通りの坂の途中に出た。
 美優は通りの反対側で黒塗りの大きな車に乗りむところだった。
「美優!」
 亜夢は思わず声を出して、手を振った。
 黒塗りの車の運転席の男が先に反応して、亜夢を睨みつけた。
「……」
 少しして、後部座席の窓が開き、美優が顔を出した。
 左手は口の前に人差し指を立てていて、右手で手を振った。
 亜夢は手を振って応えると、運転席の男は正面を向いて、車が走り出した。
「はぁ……」
 亜夢は大通りを下り、ホテルへの道を戻った。
 ホテルに入ると、ロビーに加山が座っていた。
「どこに行っていた?」
 亜夢は加山の表情に驚いた。
 本当のことを答えてはいけない気がした。美優に迷惑が掛かる。根拠はなかった。
 亜夢は言った。
「夕食を食べてました」
「誰と?」
「一人です」
「こんな時間まで? 知り合いでもいるのか?」
 捜査協力はするが、夕食の時間ぐらい個人の自由だ、と亜夢はくってかかるところをぐっと抑えた。
「……」
「もう何日もないが、明日からは夕食もホテルで食べるようにしてくれ。君が街をウロウロするのは危険だ」
 亜夢は周りを確認してから言った。
「私が犯人から狙われているとか? それとも単に私が超能力者だから?」
「どっちもだ」
 即座に言い放った。
 亜夢はムカついて加山を見ていられなくなった。
 バン、と叩くように肩に手を置き、
「わかったな」
 と言って去っていった。
 亜夢は加山の後ろ姿をにらみつけ、完全に見えなくなってから、指を立てた。
「あのクソ野郎が!」
 フロントに言って部屋の番号を言うと、ホテルの人は亜夢と目を合わせないように鍵をそっと出した。
「す、すみません」
 そういって鍵を受け取ると、部屋に戻った。

 翌日、亜夢が朝食を食べにホテルのカフェに下りると、入り口に加山が立っていた。
「今日は俺もここで食べる」
「……」
 亜夢は『なにを見張るの?』と言いかけてやめた。
 別の気の利いた言葉で返したかったが、加山に対しての怒りで頭が混乱してしまった。
「こっちにしよう」
 窓際に行きかけた亜夢を制して、加山は部屋の真ん中の席を指定した。
「窓際は危険だ」
「危険? どういう意味ですか」
「それを言わせるな」
「加山けぃ……」
 刑事、と言いかけて口をつぐんだ。
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