中谷と清川は腕を組んでうなった。
しばらくして清川が言った。
「私たちが後ろで、なんかノートを持って調査、記録している風にすれば……」
「一か八かそれでやるしかないかもな。乱橋くんも、適当に数値とか言えば、我々でそれをメモするフリをするよ」
三人はホテルの壁を眺めるようにして立っていた。亜夢は壁を両手で触り、清川はノートに何か書き写している。中谷はノートパソコンを開いて、上や下をみて表計算ソフトに適当な数値を入力していた。
「42」
「ん? よんじゅうに?」
「はい」
亜夢はわかったような、わからないような数値を言っては、壁を撫でる。
かすかに|思念波(テレパシー)が残っている。亜夢はその特徴的なイメージを覚えることにした。
「すこし進みましょう」
三人はすれ違う人に不思議な目で見られながらも、その作業を続けていった。
しばらくして控室すべてを調べ終わるが、それ以上の気配はつかめなかった。
「控室を使っていない、ってことかな?」
「すでに会場に入っているのかも」
「会場はもう人が入れるのかな」
中谷はノートパソコンでタイムスケジュールを確認する。
まだ時間的に開場する時間ではなかった。入れるとすれば準備をするスタッフとか、ホテルの従業員だけだ。
「スタッフなら控室を使っただろう。俺は、さっきの少しだけ痕跡があった部屋を使った人を確認してみよう」
「お願いします」
「二人は会場の方の調査をして」
清川と亜夢はフロアをおりて会場周りを調べ始めた。
会場のすぐ横の、長い廊下にでると、二人の対向先に人影が見えた。
亜夢より背が高い人と、背の低い黒スーツの男。
「!」
清川は亜夢の様子をすぐに感じ取った。
かなり距離が離れている。清川も目が良かったが服の色ぐらいしか判別できない。
「だれ?」
「アメリカンバイクに乗っていた人です」
「えっ? どっちが?」
清川はそう言って、すぐにどっちがバイクに乗っていた方の人物か分かった。
「背の高い方ね」
亜夢は清川の肩を押して、角に隠れた。
「意識しすぎると、相手にも感じ取られてしまう」
「そんなもんなの」
亜夢はうなずいた。
「さっきのスーツの方、って今日の|発表(プレゼン)する会社のCEOだよ、間違いない」
「どうしてそんな人が|非科学的潜在力保持者(ちょうのうりょくしゃ)と一緒にいるんですか? もっとも嫌いだからここで発表しようとしたって……」
亜夢は手をついていた壁から、|思念波(テレパシー)の残滓を感じた。
これは、バイクの人とは違う……
「清川さん。もう一人、いや、すくなくとも、もう一人、|非科学的潜在力保持者(ちょうのうりょくしゃ)がいます」
「え、この壁から感じたの?」
「お二人さん、なにやってるの?」
中谷が現れた。
ジロジロと二人の恰好を眺めてから、ニヤリと笑って言う。
「あ、それ、壁ドンってやつ?」
亜夢が清川を壁に押しやった格好がいわゆる『壁ドン』の恰好になっていたようだ。
「え、そういうわけじゃないです」
亜夢は壁から手を離した。
「もう分かったの?」
「ああ、それが……」
中谷は突然、言葉を止めた。
「?」
「中谷さん、話を続けてください」
背後に車椅子の車輪が見えた。
まさか、あの時逃げた車椅子か。亜夢は一瞬、『|宮下加奈(みやしたかな)』のことを思い出した。