その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

2017年09月

『それでいいから』
『うん』
 私はマミからはみ出ているコアに触れた。
 頭の中にイメージが飛び込んでくる。
 光で満ちているそこに、人影が見える。光がまぶしすぎて、輪郭すらはっきり見えない。
『キミコ? どうしたの』
『今、コアからイメージが……』
 イメージから話しかけられた。
『私からも、今の状態をどう考えているか話そう……』
 イメージの中の人影が、足を組んで座った。
『私とこの|素材(マテリアル)が頻繁にトランスフォームとアントランスフォームをしたせいで、|素材(マテリアル)側で私と自身の区別がつかなくなっている、と考えている』
『どうすればいいの?』
『私も|素材(マテリアル)との融合は死を意味するからな。今、必死に分離しようとしている。完全に分離するまで時間が欲しい。後…… そうだな、五時間ぐらいか』
『ここから分離するっていうの?』
『一番出やすい場所を選んだつもりだったが』
『……』
 私は手を離して立ち上がった。
『マミ、残念なお知らせが……』
『残念、ってなに……』
『コアは今、分離しようとしているんだけど、時間がかかってしまうの』
 マミは、自分の姿を足元からお腹のあたりまで確認した。
『どれくらいかかるの』
『五時間ぐらいだって。だから、お昼ぐらいまで、かな』
『おしっこ我慢しろってこと?』
『……そうだよね。ってことは、コアが出る瞬間はおトイレにいた方がいいかも』
『私、ここに閉じ込められるってこと? そんな…… 待ってよ……』
 私はマミと位置を代わり、マミ下着をつけさせた。
 下着だけだと、下腹部の盛り上がりが見えてしまう。
 今度はスウェットも履かせてみる。
『これならわからないんじゃない? 出そうになったら、おトイレ行けばいいし』
『いやよ。コアがどっち向きに出ようとしているか、私なんとなくわかるもん』
「?」
 マミはスウェットを持ち上げて見せた。
『こうなるわ。授業中にこんなになったら周りから変な目で見られる』
「……」
『私、寮に残る。オレーシャにそう言って』
『私も残るよ』
 マミは首を振った。
『|これ(コア)が出ようとしているってわかったから、もう大丈夫』
 私はコアが出てくる瞬間とか、その前後が見たかった。
『大丈夫、付き合うから』
『キミコ、私、恥ずかしいから、一人でいいよ。本当になんかあったら呼ぶから』
「……」
『キミコ…… そんなに心配してくれて、私うれしいよ。けど大丈夫だから』
 マミは私を抱きしめてくれた。
 逆の立場だったら恥ずかしすぎる。やっぱり残るのはよそう、と私は思った。
『じゃあ部屋に戻ろう。オレーシャには私から話すから』
 誰もいないことを確認しながら、そっとトイレを出ると、二人で部屋に戻った。
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 亜夢が説明するのことに、美優は激しく同意している。
「そうそう。なんでわかるの?」
「ここは大丈夫だけど、ここに車で結構酷かった?」
「うん。外にでると結構酷いよ。以前は家にいるときも駄目だったけど、助けてやるって言われてから数日たつと、ぐっすり眠れるようになったの」
 亜夢は大きくうなずいた。
「清川さん、西園寺さんの家に中谷さんを向かわせて、超能力干渉波キャンセラーがないか調査した方がいいかも」
「えっ?」
 言われた清川が戸惑った。
 『超能力干渉波』の意味を考えた美優も戸惑い気味に言う。
「私、超能力者? なの?」
「あっ!」
 亜夢は立ち上がり、両手を開いて黒板を消すかのように大きく振り回した。
「違う違う。いまの忘れて」
「えっ? えっ?」
 清川が亜夢の脇腹をつついてくる。
「(中谷さんはどうするの? 行かせるの?)」
「(後で話します)」
 亜夢は美優に向き直って、繰り返す。
「うん。わかったありがとうね、美優。もしかしたらまた何か聞くかもしれないけど。今日はここらへんでね。明日、時間があったら遊ぼうよ」
「う、うん……」
 美優を押し出すようにして、母の方へ連れていく。
「ご協力ありがとうございました」
「今日、美優にした事、夫に話しときますからね。しかるべき処分をしてもらいますから」
「お母さま、美優のお友達にそんなこと言わないで」
「なに言ってるの。友達でもけじめは必要なのよ」
 亜夢は二人に深くおじぎをした。
「ご協力ありがとうございました」
 いつの間にか清川もとなりでお辞儀をしていた。
「ふん」
 激しく息を吐き、美優を引っ張って帰っていった。



 企業トップが捕まった状態で、新サービスは副社長以下が代理でプレゼンをして終わった。
 発表会が終わった後、清川の運転する車に亜夢と中谷は乗った。
「弾丸を弾けるほどの能力がある、ということです」
「そうなんだ、西園寺所長の娘が」
「そうなんです……」
 亜夢は詳しい仕組みを語った。
 美優が本人は気づいていないが、潜在的に超能力者であること。それを利用して|思念波(テレパシー)を使った|心理制御(マインドコントロール)されてしまっていること。何度か|思念波(テレパシー)で対話することで個人を識別できるようになる。つまり覚えられた個人とは狙って|思念波(テレパシー)を交換することが可能になるということだった。テロのを企ている連中の中に、|思念波(テレパシー)を使った|心理制御(マインドコントロール)が得意な人がいる、と清川と中谷に説明した。
「これは重要なことなのですが、美優には自身が超能力者であることは伝えていません」
「えっ、だってさっき」
 清川は亜夢を指さす。
 すこしうつむいて亜夢は答える。
「……あれ、気づかれたでしょうか?」
「鈍感じゃない人ならね」
 間に入って中谷が言う。
「けど、今聞いた内容は言ってないんだろう? 本人の力で超能力が使えないんだから、自分が超能力者だ、なんて気づかないよ。超能力者だから|思念波(テレパシー)でコントロールされていて、コントロールされているからあんなすごい超能力を使えているんだ、と説明を受けないと」
「う~ん。どうかな?」
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「まだ終わらないの? 解散騒ぎの面白い記事みせたげる」
 マミが怒った顔をして見せる。
『何長話してんのよ』
 私は手を合わせて謝る。
『まさか食いついてくるとは思わなかったのよ』
 個室の上に向かって言う。
「ちょっとあたしひとりじゃないと出ない性分なので」
「えっ? 今、個室でひとりでしょ?」
「あっ、あの、あの…… 今日は長くなりそうなので」
「じゃあ、学校行ったらみせるね」
「はい」
 バタン、と扉の音がして静寂が戻った。
『ごめんね』
『それより見て、これ、私、どうしたらいいの?』
 マミはスカートを完全に脱いでから、便座をまたいで奥へ下がった。私は頭を低くするために体を下げてマミを見上げた。
 トイレで行うこの行為は完全に変態だった。
『みないで』
『だってどうなっているのか確認しないと……』
『表情なんとかして』
 私は怒った。
『どういう顔してみたらいいのよ!』
『キミコ、にやけてたんだもん』
『ごめん』
 コアに触れて、コアに話しかけようと手を伸ばす。
『やめて!』
 マミはコアのあたりを手で隠す。
『何で止めるの?』
『顔がまたにやけてるのよ、変態の顔なの』
 ああ、こころの中が読まれているようだ。
 コアを触るついでに、足の付け根とか、お腹のあたりとか、柔らかくてふわふわのところを触ってしまおうかと思っていたのだ。
『ちょっと直接コアと話させて、触るわよ』
『うん』
 そっと手を差し出す。
『やめて!』
 またマミが手で大事なところを隠してしまう。
 私の表情はいたってまじめなはずだ。
『手が逆でしょ?』
『どういうこと?』
『触れればいいだけだから、こう、やればいいじゃない』
 マミはたき火に手をかざすようなしぐさをした。
『キミコはこうじゃない?』
 マミは下から撫で上げるような手のしぐさをして見せた。
『い・や・ら・し・い』
 手つきがそうなっていたのは認める。しかし、私にはいやらしい気持ちはなかった。断じて……
『い、いやらしい気持ちでこうなったんじゃなくて、は、初めてマミの…… 触るから…… やさしくしてあげようと』
『キミコ、ごめん』
 マミは、うつむいている私の肩を叩いた。
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 スッと黒い人影が消えた。
『……』
 美優が、手を広げて駆け寄ってくる。
「亜夢!」
 意識を取り戻した美優は、そう言って亜夢に飛びついた。
 抱きとめると亜夢はぐるりと体を回して喜びを伝えた。
「ありがとう、亜夢!」
「良かった! 戻ったのね美優!」
「怖かったの。以前もこんなことになって……」
「それなんだけど、ちょっと詳しく聞かせてほしいの」
「あ…… あれ?」
 足が震え始め、美優は反りかえるように倒れていく。いそいで亜夢が抱きかかえる。
「あいつに抵抗するからかなり力を使ったのね」
 美優が使った超能力は美優の中に存在する力だ。
 あれだけの超能力を使えば、体中のエネルギーがなくなったようになるだろう。
 亜夢は以前乗っ取られた状態が、例の警官を巻き込んだ事件だったのではないか、と考えた。
 清川を捕まえて、一緒に美優の話を聞くことにした。
 ホテルのロビーで座って話を聞きくと、自宅にいた美優がコンビニに行こうと家を出た瞬間に、意識が飛んだ、ということだった。意識が戻った時は美優の父親の腕の中だったという。
「全然聞いてなかったけど、美優のお父さんって……」
 ありったけのシロップを注ぎ込んだ甘いアイスティーを飲み終わると、美優が答える。
「えっと…… 私の父、実は警察署長なの」
「え? もしかして、あなた西園寺署長の娘?」
 清川の言葉に、美優はうなずく。
「こ、これは失礼しました」
 頭をテーブルにこすりつけんばかりに清川が頭を下げる。
「……」
 そして何か思いついたように手のひらを叩く。
「あっ! 加山さん、もしかしてこのことを知っていたんじゃ……」
 亜夢も清川を指さして言う。
「違いないです! しかも、犯人が美優だ、と思っていたのかも。署長の娘である美優をかばうつもりだったんだ。それなら犯人を隠そうとするのも納得がいく。私が最初の映像で、男と決めつけてミスリードしようとした|理由(わけ)も」
「?」
 美優は何を話しているか分からずに、キョトンとした顔をしている。
「なんでもないの。美優が悪いことないのよ」
「それより、亜夢、あの支配してくるヤツ、あいつを捕まえないと」
 清川は懸命にメモを取っていた。
「何も見えなくなって、自分が自分でなくなるような。悲しいことしか思い浮かばなくなって、ものすごくつらい」
「……美優は、どこかでその人と会ったことはない?」
 亜夢は清川に今回の容疑者の写真を見せるように耳打ちした。
「例えばこの中にいる人とか、その傍にいた人とか」
「……」
 美優は首をかしげる。
「いないと思う…… 私、直接会ったことない」
「そう。他に何か手がかりになるようなこと、ない?」
 口元で指を動かし、言うのをためらいながらも、美優は口を開いた。
「私を支配してくる人なんだけど、私を救ってもくれたのよ」
「救ってくれた?」
「そう。私、体調が悪いことが続いて、どこからかものすごいもやもやしたものが頭に響いてね。寝れなくなったの」
「……」
「この人が話しかけて来て、寝れないって話すと、助けてやるって言って」
「美優、あなた、もしかして…… そのもやもやした時って、こう聞こえてはない音が聞こえて、見えてはいないモノが映ってこう、寝れないというか」
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 私は耳を疑った。そして耳を押さえた。
『キミコ、聞こえる?』
 やっぱり外から聞こえているのではない。心に話しかけられている。
 なぜ、マミが|思念波(テレパシー)を使っているのか分からない。もしかして、|素材(マテリアル)として取り込まれているのだろうか。だとしたら……
「どうしたのよ、あんたも」
「あ…… なんでもない」
『キミコ、助けて』
 私は耳を押さえたままあたりを見回した。マミの姿は見えない。窓の外を見ても、トランスフォームした機体は見えない。
『マミ、どこにいるの?』
『トイレ…… 部屋のフロアのトイレ……』
 私は慌てて部屋を出た。
「あたし、ちょっとトイレ行ってくる」
「なによ」
 扉が閉まる間際、チアキがそう叫んだ。
 私は急いでトイレに行き、一つだけ閉まっている扉をみて、小声で「マミ?」と問いかける。
 静かに扉が開くと「入って」とマミの声がする。
 周りを見ながら個室に入ると、マミが泣いていた。
「ど、どうしたの?」どう
 マミは私にしがみついて、本格的に泣き始めた。
「ね、ねぇ……」
 なんだろう、と思って変わった様子がないか見るが、マミに何があったのかわからない。
「どうしたの? 落ち着いて」
 誰も入ってこないことを祈るばかりだ。
「トランスフォームしているんだと思っていたけど」
 ギィ、と音がして、トイレに誰か入ってきたようだった。
『キミコ、|思念波(テレパシー)で話して』
『うん』
『なにがあったの?』
 キミコは突然立ち上がった。
 私は居場所がなくてドアに押し付けらえた。
『これ見て』
 スウェットと下着を足元まで下げているマミが、見せようとしているのは……
「えっ?」
『声に出さないで!』
 私は慌てたせいで、声を出してしまった。
 マミの方が冷静に|思念波(テレパシー)を使いこなしている。
『ごめん。けど、これ……』
 マミの股のつけねあたり、大事なところあたりから光るコアが顔を出していた。
『マミ、これって、おしっこはどうするの?』
『圧迫されてて、おしっこできないのよ……』
「えっ?」
 マミは指を口に当てた。
 その時、扉を叩かれた。
「何かあったの? 大丈夫? 貸そうか?」
 マミが私を指さす。
「だ、大丈夫です。スマフォ見てたら、好きなアイドルグループが解散するかもって書いてあって」
「ああ、あのグループはこの時期いつもそういう記事出るのよ」
「そ、そうですか」
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 ミハルに直でメッセージを送り、マミの服を持ってきてくれるように頼んだ。
 二人で抱き合いながら待っていると、人影が見えた。
「ミハル?」
「あっ! なに? なんでマミ裸なの? しかも抱き合ってるってどういうこと」
「なんでチアキがここにくるのよ!」
「……」
 ミハルの表情は『チアキが勝手についてきた』と言わんばかりだった。メッセージにも書いたはずなのに……
「なんでもいいでしょ?」
「あんたたち、どういう関係なのよ」
「私は服着てるでしょ、ちょっとハプニングがあっただけよ」
「どんなハプニングがあれば下着まで脱げてしまうのよ」
「う~~」
 私は頭が回らず答えることが出来ず、ただ、うなり声をあげていた。
「〈鳥の巣〉の壁から山賊が降りてきてね。身ぐるみはがされちゃったの」
「へっ?」
 全員がマミの顔を見つめた。
 マミは平然と下着を着替えながら、私達を見つめ返した。
「どうしたの? 本当のことじゃない。ねぇ、キミコ?」
「う、うん……」
 おそらくその場にいた全員が『それがウソだ』と思っていたが、そこに突っ込めない雰囲気が醸し出されていた。
 チアキが私に耳打ちする。
「(あの|娘(こ)強いわ。なんなのこの強靭さ)」
 私は小さく首を振った。
「(どうしてこんなに強いのか、私もわからない)」
 寮に戻った時は、まだ混乱していた。
 火災のベルは鳴りやんでいたが、大きな音でテレビがつけっぱなしになっていて、〈鳥の巣〉内の様子をテレビ局のカメラで映していた。
「いままでと比較にならない大きさの〈転送者〉が現れてるみたい」
「大きな〈転送者〉を屋上から見たわ」
「壁が崩れちゃってるんでしょ、怖い」
「男子寮が先につぶれるからその間に逃げればいいわよ」
「怖い」
「今日は夕飯遅れるのかしら?」
 寮内の混乱に紛れて、私達は目立つことなく部屋に戻ることができた。
 

 
 翌日、私は先輩達と一緒に寮部屋を出て、マミ達の部屋に行った。
 先輩達のバスの方が早く、私はまだ鍵を持たされていないので、先輩達が出ていく時に一緒にでなければならないのだ。そして私達のクラスのバスはスケジュールの一番最後だった。
「おはよう」
 チアキに挨拶した。
「キミコ、おはよう」
 黙っていたミハルと目が合うと、軽く手を振ってくれた。
「あれ、マミは?」
「そこに寝て…… あれ? いないわね」
 チアキが上のベッドから降りてきて、マミの机の上を軽く一瞥した。
「なんか言ってたっけ?」
「……」
 ミハルは首を振った。
『キミコ』
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 驚いた美優の母は彼女に触れようとする。
 美優は、スッと手をかざし、母親を壁際のソファーへ飛ばす。
 母親は座ったか、と思うと目を閉じてしまった。
『死ネ』
 左右にステップを踏み、指から発せられる雷を避ける。
「君、どうした!」
「危ない!」
 急に飛び出してきた警官に雷が走る。
 亜夢は慌てて手をかざして、警官を吹き飛ばす。
 雷をかわすことができた警官は、無線で応援を呼ぶ。
 近くにいた刑事や警官が美優の周りに現れる。
「そこの女、電撃をやめないと撃つぞ!」
「やめて!」
 と亜夢は叫んだ。
「……」
 美優は『撃つ』と言って銃を構えた刑事に手をかざす。
「やめて!!!」
 刑事は美優が電撃を出すのを待たずに、躊躇なく引き金を引いた。
 アシストを全開にして美優へ走るが、どうがんばっても亜夢は追いつけない。
 美優に当たった、と思った瞬間、キンっと音がして、美優の足元に着弾した。
「!」
 監視カメラ映像から何度も再生した映像が、亜夢の頭に蘇っていた。
「これって、まさか……」
 最初から追っていた犯人が、美優だったなんて…… 亜夢は目を見開いていたが、見える事実を受け止められずにいた。
「違う!」
 叫ぶと同時に、|思念波(テレパシー)を美優に投げかけた。
『美優、どこにいるの!』
 目に移る美優は、指先から何本もの雷を放ち、再び発砲した弾丸を弾いている。
『美優! 私よ、亜夢だよ! 出てきて!』
 力の限り|思念波(テレパシー)を注ぎ込むと、美優の中に動くものがあった。
『亜夢、私……』
 亜夢の頭の中には、バレエを習っていた時の美優、通学途中で話しかけてくれた時、クライノートで買い物している時の美優が、幾重にも重なって現れていた。
 そして、亜夢はその中のずっと奥で、膝を抱えてしゃがんでいる美優を見つけ、それに手を伸ばした。
『美優、自分を取り戻すの!』
 美優が亜夢に気付き、亜夢の手に触れようとする。
「お前は一体何者だ」
 亜夢は現実の風景に気持ちを戻すと、黒い人影が見えた。
 小学生くらいの、小さな人影。
 その黒い人影はゆらゆらと、陽炎のように空気が震えてみえた。
「あなただれ?」
「乱橋亜夢、お前こそ何者なんだ」 
「危ない!」
 亜夢は美優に向けられた銃が、最後の弾丸を発射するのに気付くと、力を伝えて空気を巻き銃口を真下に向けた。
 バン、と銃声が起こって、跳弾した。
 陽炎のように揺れる先にいる、その黒い人影の中から、目だけがはっきりと確認できた。
「……」
『それがあなたの目なのね』
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 コアが私達の会話に気付いたのか、スッと消えていった。
「マミ!」
 私はマミを抱きしめた。
「キミコ、ちょっと疑問があるんだけど」
 マミが耳元でそう言った。
「そもそもよ? 私が|素材(マテリアル)なのに、あんなに巨大化するのはなぜ? 巨大化できるから、ミサイルが服ぐらいの素材で足りるのかしら?」
「……確かに」
 私は根本的な『トランスフォーム』の謎を知らなかった。
 素材より大きなものを作れる理屈が分からない。
『コア? ちょっと逃げないでよ。今の、聞いてた?』
 マミの肩の上にコアがちょこんと乗った形で現れた。
『何かな』
『マミを|素材(マテリアル)にしてなぜあんなに大きな機体が現れるのよ?』
 コアはパパッと短く発光した。
『それは|素材(マテリアル)が多次元方向に持つものすべてをこの次元に下ろし、一二次元のものをこの次元に引き上げてくるからさ』
 |胡散(うさん)臭さを感じた。
『……多次元の話をすれば誤魔化せる、とか思ってない?』
『事実だから仕方ないだろ』
 また、パパッと光った。
「キミコ、この光り方変じゃない?」
「うん。私もそう思った」
『コア? あなた、だまそうとする時、パパッって短く光らない?』
 コアがマミの背中に隠れた。
 しかし、パパッと光るのは見える。
『そ、そんなことはないだろう』
『真実をいいなさい』
『知らなくてもいいことを知ると、悲しい思いをすることになるぞ』
『脅すの?』
『真実は自分たちで探せ』
 コアは再びマミの体に隠れてしまった。
「なんだって?」
「四次元とか五次元、一次元とか二次元、そういう|素材(マテリアル)のそういう部分を全部ここに集約するんだって」
「なにそれ?」
「ごまかされてるのかも」
 とにかく、今までの二回とも服が消えている。
 服を厚めに着るとか、消耗するようなことがなく戦闘を終えなければ、服が消える本当の意味が分からない。
「マミの服を買いに行こう。もちろん、お金は私が出すから」
「う、うん」
「それと、今度『トランスフォーム』するときはもっと服を重ねて着てみて?」
「そうだね。服が多ければ裸にならないかもしれないしね」
 私はマミの胸をちらっと見た。
「私は毎回裸になるパターンも捨てがたいんだけど」
「くぉら!」
 マミにデコピンをされてしまった。
 そして、二人で笑った。

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 亜夢は|非科学的潜在力(ちょうのうりょく)を使う人間が、最も得意なワザを初手に見せて相手を委縮させることがある、と思い出していた。
「残念だが、これはハッタリではないぞ」
「!」
「私は触れずに君の考えを読んでいる。いくら強い超能力を持っていても、読まれたら対策される。つまり君は私に勝てない」
 亜夢は神島の周りの空気を渦巻かせはじめた。
「分かっているよ。私の周りの空気を……」
『こちらの考えを読んでも、対策できないことがあるのよ』
 空気のある方、ある方を探して動くが、神島は息ができない。
「(クルシ……)」
 空気密度が薄くなっていて、神島の声が小さく聞こえる。
 膝が緩むと、落ちるように倒れてしまった。
 亜夢は倒れた神島の額に手をあてた。
「この人、超能力者じゃない」
 |非科学的潜在力(ちょうのうりょく)は脳がもつ力で、亜夢は経験上、その肉体に超能力があるのかわかるのだった。
 亜夢は会場を出ると、IDを見せ、その場所にいた警官に説明する。
 慌てて無線を使い連絡し、集まってくる警官たちが会場に入っていく。
 亜夢はそのまま清川のところへ帰ろうとしたが、何かが引っかかった。
 会場の周りを歩いていると、発表会に呼ばれたと思われる客が何人か、エスカレータから上がってくるところだった。
 シンプルだが、気品を感じる女性に、亜夢は見覚えがあった。何故見覚えがあったのかは、後ろにいた人物で分かった。
「美優!」
「亜夢! なんでこんなところに?」
 前を歩いているのは、大通りのクライノートで買い物をしていた時に見た、美優の母親だった。
「美優、どちらさま?」
「あっ、えっと。お友達の亜夢」
「そうじゃなくて、どちらの方ですか」
「……どちらでもいいでしょ?」
「あっ、えっと、お家は大きな砂丘のあるとこに……」
 美優の母は、急に笑った。
「失礼」
 母は美優を引き寄せて、亜夢に聞こえるような小声で言った。
「あんな恰好をしているお友達なんて、どういうことですか」
「……」
 美優が下を向いて、長い髪が前に掛かって表情を隠した。
「!」
 亜夢は強力な|思念波(テレパシー)を感じた。
『ワタシのトモダチを……』
『美優?』
『よくもワタシのトモダチを倒したな』
 美優が顔を上げると、亜夢を睨みつけた。
「どういうこと?」
 美優の母が言った。
「乱れた服装の娘とはお友達にはなれない、という意味です」
『死ネ』
 美優は両手を正面にまっすぐ突き出すと、指先から電撃を発した。
 亜夢はとっさに足の力をアシストして素早くバック転をしてかわす。
「美優!」
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「どうしたの、キミコ?」
 手を広げて左右に振った。
「なんでもない」
『まさか、マミの体の素材も使っている?』
『足りなくなればな』
 私は慌ててマミの体を確認した。
 髪の毛、こうだったはず。頬や顔も変わらない。指先、二の腕、肩…… うーむ。わからない。
「ちょっとゴメン」
 見ただけでは分からないと判断し、触って確認することにした。
 脇のした、横乳、
「ちょっと、キミコ! なにしてんの?」
「重要なことなの」
 脇腹、腰回り、後ろに回ってヒップの部分…… やわらかい。そしてすべすべしている。
『そんなにきになるならログを見せてやる』
『集中してるから話しかけないで』
『……』
「キミコ、なんか今、コアの光り方が変だったよ?」
「あっ!」
 目の前でマミが、大事な部分を手で押さえている。
「ど、どこに向かって叫んでるのよ」
「マミ、ちょっと手をどかしてもらっていいかな?」
「えっ……」
 私は手を合わせる。
「だ、だからそんなところで手を合わせないでよ」
「お願い……」
「なに? 理由は?」
「後で話すから」
 マミは困った顔をしながら、私の方をじっと見ている。
「う~ん……」
「……」
 マミが、唇をかみしめて首を縦にうごかした。
「うん。ちょっとだけね」
 マミが手をのけた瞬間、私は懸命にその陰部を見つめた。
 確か、記憶によると毛は濃い方だったはず。
 あまりに顔を近づけてしまったせいか、マミは腰を引いて、再び手で押さえた。
「おしまい。ね、これなにしているの?」
 私はふとももから足先にかけても両手で包み込むように触って、太さや肌に変化がないか確かめた。
「あのさ、さっきミサイル撃ったでしょ?」
「……うん。それがどうかした?」
「じゃ、なくて、アントランスフォームすると服がなくなってるじゃない?」
「うんうん」
 マミは興味をもってこちらに耳を傾けた。
「コアに聞いたら、さっき撃ったミサイルとか」
「えっ?」
「機体表面についた傷とかの修復に服の|素材(マテリアル)を使っているんだって」
「えっ…… それで、私の体を触ったのと何が関係しているの?」
「もし服だけで足りなかった場合……」
 マミの表情がゆっくりとしみこむように変化指摘、その先に何を言おうとしたのかを理解した。
「あっ! 私の体を|素材(マテリアル)としてつかった!」
 私はマミを指さして、正解、という仕草をした。
「ちょっとしたダイエットや脱毛ぐらいで済めばいいけど、体が縮んだりしたら…… 私…… マミになんて言っていいか……」
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 起動、父の死、再起動、戦闘の履歴…… 確かに〈扉〉の支配者と通信している様子はない。
『このログは信じられるの?』
『〈扉〉の支配者側から来ている定期チェックのエラー表示しているだろう。怪しまれないように改ざんするなら、そういう不審な部分も削るさ』
『それが余計に怪しいっての』
 突然、足が伸びきった。
『何?』
『〈転送者〉が|機体(こっち)に飛びついたようだな』
 急に翼が作り出している力がなくなり、機体の先端が下を向いてしまう。
『落ちる!』
 〈転送者〉がいきなり機体を離し、〈鳥の巣〉内の森へ機体が突っ込む。
 木々や岩が、体のあちこちにぶつかる。
『マミ!』
『マミは私だ』
『大丈夫なの?』
『擦ったような傷はついたが、破損はない』
 私は気合を入れなおした。
 ロボットを立ち上がらせ、〈転送者〉に向き直った。
『!』
 〈転送者〉は押さえていた手を外し、まるで傷口を見せつけるように手を広げて歩いてくる。
『あれに共感してはいけないのね』
 私はジェルの中で目を閉じた。
『バスターランチャー』
『何かね、それは?』
『私の考えを送るからそれを握らせて』
 目を開くと、左下に描かれている図面に私の望んでいた電子ビームランチャーが加わっていた。
『これで撃ち抜く』
 エネルギーを加速させて、十分なスピードに達したら放つ!
『ちょっとまて、この先には……』
『撃て!』
 光った。
 ものすごい轟音が一瞬耳に入った後、遮断された。
 目の前が、真っ白くなった後、何も見えなくなった。こっちも遮断されたのだ。
 何も見えない、聞こえないジェルのなかで、うにょうにょと動いていた。
『そろそろ見えるぞ』
 映像と音がフィードバックされた。
 目の前の森が、一直線に削られている。
 〈転送者〉はいない。探すと、森の上に横たわっている。首から上が吹き飛んでいる。
 その先の〈鳥の巣〉の壁が……
 かろうじて、壁は存在した。
 コアは、この向きの先に寮があると言いたかったのだ。
『あそこに飛ばして!』 
 機体は翼を出して垂直に離陸を始める。
 上空から、寮、そしてその先の様子を確認した。
 幸い、寮には何も被害は出ていなかった。
 だが、その先の空き地に、〈転送者〉の頭の残骸が散らばるとともに、大きな窪みができていた。
『あんなところで考えもせずバスターランチャーを撃つからだ』
 ランチャーの撃つ角度があと少し平行に近かったら…… 私はゾッとした。
 空き地に着陸し『アントランスフォーム』とコアに伝える。
 体を包んでいたジェルが消えていき、コアを抱えた裸のマミが目の前に現れた。
 コアを持っているせいで、体を隠すのが難しいらしい。
「なんでこれ服が元に戻らないのかな?」
 コアが放っている光を強弱した。何か伝えたいようだ。
『機体の損傷を補完するために使用しているのさ。ミサイルとかね』
「ちょっ!」
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「全力よ」
 亜夢はうなずき、相手の左拳へ、そっと左拳を合わせに行く。
 ちょん、と触れ合うと、互いにバックステップして、得意の拳を後ろに引き、それを突き出す。
 高速で繰り出される拳が触れ合うか、という瞬間。
 ドン、と音がすると、陽炎のように空気が歪んだ。
「うわっ」
「きゃっ」
 亜夢と女は右手と右手を突き出したまま動かないのに、清川と中谷は吹き飛ばされたようにしりもちをついていた。亜夢と女の拳を中心として、波紋ができたように見えた。
「中谷さん。二人はまだ、やってるってこと?」
「表情からすると、そんな感じだね」
 力と力の勝負。
 女の額からは玉のような汗が落ち、一瞬目を閉じた。
「えっ?」
 そのまま女は前のめりに倒れ、亜夢が慌ててそれを抱きとめた。
「亜夢ちゃん、どういうこと?」
「おそらくですが…… 私の最初のインパクトが堪えたみたいです」
「えっ、死んじゃったの?」
「死ぬことはないと思います。呼吸もしていますし、鼓動も感じます」
 亜夢が、ゆっくりと女を床に寝かせた。
「けど、しばらくは目を覚まさないでしょう。早くこのことを伝えないと」
「伝えるのもそうだが……」
 中谷は清川の制服を見て、銃やパトレコがなくなっていることを確認した。
 今度は亜夢の方を見て、その首に『超能力キャンセラー』がかかっていないことに気付いた。
「まずいな…… 銃とか、パトレコとか抜かれてる。乱橋くんはキャンセラーを取られてる」
「あっ!」
 清川と亜夢は、今気づいたように手で体を確認する。
「絶対に探して取り返さなきゃならない。俺は探すから、二人はこのことを伝えて」
 亜夢は女のパンツのポケットからプラスチックの札を取り出した。
「それなら、この52番の札でホテルのクロークにあずけてあります」
 亜夢はそう言うと、札を中谷に投げた。
「えっ?」
「さっき、この女の人が考えていたことを読んだんです」
「わかった。じゃあ、今度は、本部にこのことを伝えて」
「はい」
 亜夢は清川の手を引いて鉄の階段を上った。
 ステージ裏の暗い通路を走っていると、前方に光る車輪が見えた。
 亜夢は、車椅子と思って警戒した。
「どうしたの?」
「さっき、あそこに車椅子の車輪が見えました」
「誰かいるってこと?」
 亜夢はうなずく。
 ゆっくりと通路を進んでいく。車輪の見えたあたりにくるが、誰もいない。
 二人はそのまま壇上を降りて会場を走り抜けようとした。
「待て」
 壇上の反対側にスーツの男が立っていた。
 今回の製品発表会の主役であるCEO。男は、ゆっくりと二人に近づいてきた。亜夢は清川の手を投げ出すように放して、会場の奥、緩やかに上がった先にある、出入り口を指さした。清川は必死に走り始めた。
「待て、と言ったはず……」
 スーツの男が、飛び上がろうとするところに、一瞬で滑るように移動した亜夢の蹴りが飛ぶ。
 男は飛び上がらずに、両腕で蹴り足をガードした。
「サエコくんを倒した…… んだね」
 接触により記憶を読まれた、と思った亜夢は、慌てて蹴り足を戻した。
 スーツの男が軽く振った腕に、弾かれたように亜夢が後ろに下がる。
「君の力を軽く見過ぎていたよ。もっと警戒すべきだった」
「|神島(かみじま)ポール|直人(なおと)…… それがあなたの名前ね」
「今の一瞬で、私の頭をスキャンしたと見せかけたいのかな? 単なる知識だろう。なにしろ私は有名だからね」
 亜夢は何も言い返さなかった。
 神島はゆっくりと上着を脱ぐと、会場側の椅子へ投げた。それは紙飛行機のようにすーっと飛んで、椅子の背もたれに掛かった。
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 〈転送者〉が〈鳥の巣〉の壁を壊したのだ。上から崩れ落ちるコンクリートブロックの塊が、轟音とともに寮の敷地に突き刺さる。
「やばい、すぐこっちくるよ」
「あの鬼、こっち見てるし」
 また黄色い声が上がり、逃げ出し始めた。
 男子寮の方でも騒ぎになっている。
 屋上に出ていた生徒が全員いなくなると、私はマミの手を引いた。
「私達も逃げよう。無理だよ。戦えない」
「お父さんの死」
「えっ?」
 マミはいつの間にか、体の中からコアを取り出していた。
 光り始めているコアを両手で挟むように持ち、それを見つめている。
「キミコのお父さん、なんで死んでしまったのか、考えてよ」
「それは……」
「助けないと。寮の皆を。守らないと。〈鳥の巣〉の外に暮らす人の生活を」
「……」
「私はもう覚悟はできてる。キミコは?」
「そんな…… そんなこと…… 私には……」
 ガン、と大きな音がして、鉄材が落下して甲高い音を立てる。
 砕かれたコンクリートが粉となり、滝のように注がれた。
 あたりが白んで見えなくなる。
 誰かが寮の火災報知器を鳴らしたらしい。
 そして寮内に放送が入る。
「キミコ……」
 私は黙ってうなずいた。
 そしてコアに語り掛けた
『トランスフォーム』
 溶けていくマミの体が広がり私は取り込まれる。
 ジェルの中に包み込まれた私は、人型ロボットの首のしたあたりの操縦席の位置へ上っていく。
 寮の屋上で作り出されたロボットは、金属の翼を広げ、ジェットエンジンて飛び立つ。
『これ以上壁を壊されたら、寮がつぶれちゃう』
 それと、マミに怪我をさせないよう、負担をかけないようにしないといけない。
 あっという間に〈転送者〉の頭上に達すると、宙返りし、鬼の角をめがけて降下した。
 〈鳥の巣〉の壁を壊さないように、もっと内側に誘導しないと。
 降下しながら『何か武器はないの?』とたずねる。
 コアが『翼の付け根にミサイルがある』見えている左隅に、設計図のように本機の図面が描かれ、翼の付け根部分がフラッシュした。
『ミサイル発射』
 発射時に、機体が少しぶれるが狙った〈転送者〉の頭へ向かって飛んでいき、爆発する。
 機体を上昇させて、転回し、〈転送者〉の様子を見る。
 鬼の姿の〈転送者〉は片膝をついて座っていて、左の耳のあたりを手で押さえている。ものすごい量の体液が〈転送者〉の体から出ているようで、押さえた手や、体をつたって滴っている。
 私はコアに『なんであんなことになっているの?』と訊く。
 コアが『あんなこと、とはなんのことだ?』と返す。
『〈転送者〉が体液を噴き出すなんて初めてみた』
『……もしかしたら』
『なに?』
『すまないが、今君の心理を読んだ。〈転送者〉は共感されるように形態を変えたのかもしれない』
『〈扉〉の支配者が?』
 そうだとしたら…… 私は慌ててコアに言う『あなたは、私の心を読んで〈扉〉の支配者に情報を送ったり』すると、コアは『ワタシはマミをベースにしている。マミが〈扉〉の支配者に言いたければ言っているだろう』
『違う。私は事実を知りたいの』
 コアが私の視野にログを表示する。
『君たちの言語で読めるはずだ』
 機体を旋回させながら、ログを読む。
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 清川が叫ぶ。
「中谷さんが犠牲になってくれるそうです。すみませんが、合図をするので背中を押しながら立ち上がりましょう」
「おお」
「あい」
 亜夢は中谷と清川の状態を確認して、合図を始めた。
「行きますよ、せぇーの、はい!」
 背中をぶつけあい、よろよろと三人は立ち上がった。
「じゃあ、中谷さん、思い切りひぱって引きちぎります。力を入れて耐えてください」
「ああ」
「せぇーの!」
 手錠の金属が触れる部分を硬質化させる。一瞬、鋭角にとがった亜夢の腕が、金属を裂き、輪を砕いた。
「やった」
「まさかそこまでやるとはね」
 フェイスマスクをした女性が鉄の階段の上に立っていた。
「あなたがあの時のライダー?」
「そうよ。やっぱりさっき仕留めておけば良かったかしら?」
 亜夢は言った。
「あなたは本当の悪党じゃない。だからさっき私達を殺さなかった」
 階段をゆっくりと降りてくる。
 亜夢は清川側の手錠の鎖部分を見て、そこを指でつまんだ。
「!」
 ライダーの足が止まった。
「あなた、どこまで|非科学的潜在力(ちから)があるの?」
 パチン、と音がして、亜夢が触れていた鎖が切れた。
「局所的に熱を作って、鎖を切るなんて、なかなかやるじゃない」
 両手が自由になった亜夢は、清川と中谷のアイマスクを取り去った。
「今度は局所的に風をおこした…… どこまで出来るの? 頭がいいのかしら」
「?」
 亜夢は女が言っている意味が分からなかった。
「学校で習わないだろうけど、|非科学的潜在力(ちょうのうりょく)って普通、特定のことを克服するために発達するのよ。あなたのように万能じゃない」
 女は階段の奥を振り返り、何かぼそっとつぶやいた。
 そして、階段から身構えると、言った。
「けど、万能であるがゆえ、一つの事は不得手なはず。だから身体補助能力であれば私の方が上」
 弾むように素早く跳躍すると、空中で前転した。亜夢が振り返る前に、その背後に着地してしまう。
「!」
 そのまま、女は蹴りを繰り出す。
 亜夢は、肺が飛び出したのではないか、と思うほど強く背中に当てられる。
 足で踏ん張らず、宙に飛び、体をひねり、回転させながらその力を流す。
 片足ずつ順番に着地し、しゃがみ込むと、払うような回転蹴りを右、左と交互にまわす。
 女はバックステップして、右も左もかわしてしまう。
 亜夢は急いでバック転して、女と距離をとる。
「やるじゃない。なんか習ってるの?」
 亜夢は首を振る。
「何にも。特撮ヒーローを見て覚えただけよ」
 女は亜夢の話を聞いて大声をだして笑いだす。
「何がおかしいのよ」
「いや、関心してるのさ。見ただけでおなじようなワザがだせるなんて…… それこそ漫画だな」
「あなただってさっきのクルクル前転するやつなんか、漫画みたいなことできるじゃない」
「あれは|非科学的潜在力(アシスト)があるからだ」
「なら私だって」
「さっきも言ったろ? 万能な|非科学的潜在力(ちょうのうりょく)はありえない」
 亜夢は自分の存在を否定されたような気がした。
「自分は頑張ってこの力を得たのに」
 女は左拳ををすーっと伸ばしてきた。
「あの時の」
 清川がつぶやくように言った。
 |非科学的潜在力(ちから)比べをしようというのだ。
 お互いの拳と拳をぶつけ合う。超能力込みのパワー対決。
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 新庄先生の言葉を遮って、私は言葉をつづけた。
「国民の安全は、国家が守るべきじゃないんですか。私は明確に〈転送者〉と戦え、なんて言われた記憶は」
 私は言葉を止めた。
「痛い」
 叩かれた頬を押さえる。
「なんで? なんで叩かれたんですか?」
 新庄先生は自らの震える手を見つめていた。
「……」
「先生」
 それでも新庄先生は答えなかった。
 突然、轟音ととともに、赤いスポーツカーが入ってきた。バスの運転手、成田さんの車だった。
 私達を見つけたように、すぐ脇に車を止めた。車の扉が跳ねあがると、成田さんが足を引きずりながら、こちらに寄ってくる。
「鬼塚刑事から〈転送者〉が出たからって」
 成田さんは私の方を見ていた。
 新庄先生も私を見つめる。
「だから、行かない。もう戦いたくない。もう失いたくないんです」
 新庄先生が車の方へ踏み出すと言った。
「私がいきます」
 私は成田さんのスポーツカーに背を向けた。
「?」
「私も戦えます」
「いんや。でけぇヤツがでたから、あの子らを連れて来いって言われてる」
「!」
 足を止めて振り返ると、また二人の視線が私に向けられていた。
「いやです、もう怖いから行きません。私、鳥の巣で別れてしまった友達を探していただけなんです。なのに父まで失って…… もういいです。戦うなら軍を呼んでください!」
 私はそのまま走って寮に上がった。
 車のドアが閉まる音が二つして、エンジン音が小さくなっていく。
 私は寮の玄関で立ち尽くしていた。
「キミコ?」
「マミ!」
 駆け寄って抱きしめた。
 あなたを危険な目に合わせるわけには行かない。
 あなたまで失ったら私は……
「きゃー」
 寮の中で大きな声が聞こえる。
「何あの光」
「ちょっと、ヤバくない?」
 マミと私は顔を見合わせた。
「上の方からだね」
 階を上がると、まださらに上から聞こえてくる。
「?」
「これは屋上だ」
「行ってみるの?」
「ヤバいんなら見とかないと」
 マミが駆け上る後を、私も急いでついて行った。
 屋上の扉が開いていた。何人かが、その扉にしがみついたまま、外を見ている。
「何があったの?」
「あれ」
 その|娘(こ)はただ〈鳥の巣〉の壁の方を指さした。
 マミが裸足で屋上に出ると、私もそれに続いた。
「!」
「あっ、あれって……」
 人の頭に角が生えている。まるで鬼を具現化したような姿だった。
 これは〈転送者〉に違いなかった。しかも、頭が〈鳥の巣〉の壁を越えている。
 どこにあんなのを取り出す扉があったというのだ。しかも、扉という扉を壊したはずの〈鳥の巣〉内に。
「確かにヤバいよ。キミコ、私……」
 マミは両手で包むようにして、球を表現した。
 球、つまり、コアだ。マミはまた自らが変身するあのロボットで戦え、というのだ。
「私にはできない……」
「キミコ!」
「駄目だよ。助かる保証がないんだよ」
「あっ!」
 他の生徒が〈鳥の巣〉叫ぶ。
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「……ありがとう」
「ごめん」
「いいのよ。食堂でジュース買って乾杯しない?」
 私の提案に三人は賛成してくれた。
 夕食には早いため、食堂は空いていた。
 私達は窓際に座って、ジュースを並べた。
 チアキとマミが小声で話し合っている。
「(やっぱり、乾杯! って訳にはいかないよね)」
「(おつかれさま、とかでどう?)」
「(そうだね。それにしよう)」
 準備ができると、四人はジュースを持って立ち上がった。
 チアキがジュースを少し高く上げ、
「キミコ、おつかれさまでした」
『おつかれさま』
 ジュースを各々チョン、とぶつけると、口に含んだ。
 私は、皆の笑顔を見て、体が楽になった気がした。
 私はつぶやくように言った。
「帰ってきたんだ」
 マミが聞いていたのか、ちいさくうなずいて見せた。
 チアキがテーブルの下に手を伸ばすと、
「そうだ、ポテチあるけど食べる?」
 と言った。
「食べる食べる」
 四人の真ん中に、ポテトチップスの袋が開けられた。
 四人が一斉に手を伸ばすより先に、上から一枚、スッと手が伸びてきた。
「ひさびさにポテトチップと食べたわ」
「新庄先生」
 声に振り返った。
「白井さん、ちょっといいかしら」
 私は手に取ったポテチを袋に返して、新庄先生に付いて食堂を出た。
 下駄箱で靴を履き替え、先生の後をついて寮の外に出た。
「木更津マミさんにコアを持たせてるって本当?」
「いきなりなんですか?」
「そうなの?」
「はい。父が『お前の最も大切にするものをコアに取り込め』と言っていました」
「……」
 新庄先生は腕をくんで黙ってしまった。
「今度、またあの大型が来た場合、木更津マミを連れて行かなければならないのよ? 私や、鬼塚刑事のことは知っているの?」
「連れて行きません」
「えっ? そういう答えだとは思っていなかったわ」
「マミを殺すわけには行きません。だから、もう二度と〈転送者〉の出る現場にマミは連れて行きませんから」
「……どういうことか分かって言ってるんでしょうね?」
 両手の拳を握ると、私は体が少し前に出ていた。
「私達は〈転送者〉と戦うべく組織された集団なんでしょうか? 鬼塚刑事が勝手に呼ぶから、個人的に戦っているだけなんじゃないですか? そんなことに、マミを巻き込まないでください」
「なに言って……」
「国家が」
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 さらに亜夢は触れている床を通じて意識を広げていく。
 人の出入り、扉の位置などが分かってくる。しかし、ここがどこか何かわからない。
『このスペースは上から見ると、カタカナのコの字型をしているようです』
 清川、中谷と順番に思考を読み取るが、二人ともノーイメージだった。
『亜夢ちゃん、亜夢ちゃん、俺の考え読み取れる?』
『どういう内容ですか?』
『署で見せられたホテルの図面を思い出してみる。それとも、言葉のような思考しか読み取れない?』
『やってみます』
 亜夢はそう送り返すと、中谷の思考を読み取った。
 今考えている信号は変化で読み取りがしやすいのだが、イメージ的なものは一度に複数の情報の励起を捉えなければならず、なかなかうまくいかないのだ。
「んふ、んふ……」中谷のイメージを読み取ろうとすると、本人は『くすぐったい』と感じているようだった。
「いもちあるい」清川の思考から『中谷さん気持ち悪い』と考えている。
 亜夢は|思念波(テレパシー)を送る。
『中谷さんのイメージを読み取るのは無理です。中谷さんが図面を思い出しながら、言葉で表現してみてください』
「ううううあえあい……」
 実際にのどを動かして声を出そうとしているらしい。
 亜夢は中谷の思考から読み取る。
『……四角い形の端に、舞台のようなエリアがあって…… その後ろ…… あっ!』
 どうやら考えているうちに、中谷自身がその場所を見つけたようだった。
『コの字型の領域って、舞台裏手だ。床がコンクリート打ちっぱなしってのも納得がいく』
 亜夢は何とか手を縛っているものを切りたいと思っていた。
 どうすれば清川と中谷を気づ付けずに手足の拘束を外せるだろう。
 いきなり腕を|非科学的潜在力(ちょうのうりょく)で硬質化して振り回せは外れるだろう。しかし、同じものにつながっている清川や中谷を傷つけてしまうかもしれない。
 そうか。
 亜夢はまず、目視できるようにすることを思いついた。
 空気を動かして空間の形や大きさを確認するより、この目隠しを外す方が簡単だったのではないか。
 すぐにそれを実行した。髪の毛をコントロールして、目隠しのマスクに絡め、紐を切った。
 同じようにして、口にかまされていたタオルも切ってはずす。
「ふぅ…… 苦しかった」
「おおやあおあうあん……」
 亜夢の声を聞いた清川はそんな風に言った。
 首を左右に振りながら、後ろの手がどのようにつながれているか確認する。
 どうやって外せばいいか……
 首をまげても腕がどうなっているか分からない。
「どうしよう。後ろが見えない」
『あうあん、ああいああう、ああいおうぁえ」
「もう一度言ってください」
 そう言って、亜夢は清川の思考を読んだ。
『亜夢ちゃん、鏡がある、鏡をつかって』
 どうやら清川のポケットに手鏡があるからそれを使えということらしい。
「えっ、でも、どうやって使えば……」
 亜夢は清川に聞き返した。
「えいういうあいて……」
 すぐに思考を読む。
『宙に浮かせて使えば? 超能力ならそういうのできない?』
「そこまでは…… 出来ないんです」
「あう」
 中谷が声をだして、何か言いたそうだった。
『亜夢ちゃん、清川くんや俺の腕の事を心配してるんだろう? 清川くん側じゃない、私の腕の方はどうなってもいいからこっち側だけでも無理やり外してみなさい。そうすれば後ろを振り返ることも出来るだろう』
「けど……」
「あいあうあん」
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 必死なオレーシャの姿を見ていれなくなって、うつむいた。
「父は」
 開いていた両手をグッと握った。
「父は私を、私は父を助けようとして」
 もう一度オレーシャの目を見つめ返した。
「けれどどうにもならなくて」
「ああっ……」
 オレーシャが、溜まっていた感情が噴出したように泣き崩れた。
 周りに集まり始めていた寮生が一気にオレーシャの周りに近づいて、先生の肩をかついで寮監室へとつれていった。

 ゲートが開き、巨大な〈転送者〉の足が踏み出される。
 岩を積んだような巨大な足が、ゲートから逃げだそうとするバスを踏みつぶす。
 臨界の光を背にして、ゲートから〈転送者〉の全身が出てくる。
『代弁してやる。「キミコ、さようなら」』
 消えていく|肌色の物質(ちちのにくたい)。

「部屋に入らないの?」
 マミが部屋の中から呼びかけてきた。
「……あっ。うん。入るよ」
 ミハルとチアキも私をみるなり、立ち上がった。
「あんた大丈夫? 何かあったら言っていいのよ」
 チアキはそう言って私を引き寄せてきた。
「あんたもなんか言いなさいよ」
「……」
 ミハルはいつもとちょっと違う優しい表情で、こちらを見ていた。
「二人ともありがとう」
「キミコがこっちの部屋、戻って来れるようにお願いしているんだけど」
 私の後ろでマミが言った。
「ありが……」
 振り返ろうとする私を制して、ミハルが言った。
「キミコ、それがちょっと簡単にはいかないみたいなのよ。一度部屋割りを変えて、いざもどそうとすると、この部屋だけ四人という異常な人数になっちゃうから、何かそれを許可するための理由が必要なのよ」
 ミハルが来た時に四人に出来たんだから、あんたがどっかに動けばいいんじゃないの、と思ったが言わなかった。
「そうなんだ……」
 コアを持つマミとは一緒にいなければならない、とか鬼塚さんの方から学校に働きかけてもらえないだろうか。
 今度、あんな大きい敵が現れた場合、私一人で戦えないのは事実だ。
 今回はゲートを破壊しているが、アンテナは見つかっていない。鳥の巣の外には扉が普通に存在する。
 それを狙われたら、ゲートと同じように大惨事になってしまう。
 私は自分自身で納得して声を出してしまった。
「そうだよ……」
 いや、ちょっとまて…… それはまたあのコアとマミを利用して戦うことが前提になっている。
 だいたい、私は何故戦わなければならないのか……
 私達を守るのが国家の機能だと、授業で学んだばかりなのに。
「?」
 マミやミハル、チアキがきょとんとした顔でこっちを見ていた。
「あっ、なんでもない」
「とにかく、学校復帰おめでとう」
「チアキ! キミコのお父さん亡くなっているのよ」
 マミがたしなめると、チアキは小さくなった。
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 二人が中谷の方に近づいた時、背後から声がした。
「止まれ」
 それは男の声だった。
 亜夢が振り返ろうとすると、今度は女性の声がした。
「動くな!」
 全身を何万本もの針が立った板で挟まれたようなイメージが頭に送り込まれ、亜夢は前にも後ろにも動けなくなった。
『君には聞こえるだろう。我々と同じ超能力者なのだから』
 亜夢は無視した。
『聞こえているなら無視しない方がいい』
 スーツの男が、清川の背中に触れた。
『見えるかい? 今なら、この手で警官の心臓を一撃で止めることができるよ』
 亜夢はゆっくり顔を横に向ける。
 清川が何かを感じて、このホンの一瞬の間で全身に汗をかいてしまっている。
「きよか」
「勝手にしゃべるな。それから両手を上げろ。ゆっくりだ」
 女の声に制され、亜夢は両手を上げた。
 亜夢も背中に手のひらを当てられた。
『私の背中にいるのは…… 大通りで私と力比べをした人?』
『そうだ』
『なぜ本人が答えないの? 聞こえているんでしょう』
『……』
『女だったのね』
『……』
『そこから私を倒す自信があるの?』
「あっ、らん…… 亜夢ちゃん!」
 清川が叫んだが、亜夢はすでに意識がなく、応えられなかった。
 そのまま亜夢の体は、電気が通ったようにエビ反り、後ろにいた女に抱えられた。
「君たちも眠ってもらうよ」
 スーツの男が言うと、清川も中谷もしびれたように体を震わせ、気を失った。



 背中がムズムズして、亜夢は目が覚めた。
 目にはマスクがかけられ、口には猿ぐつわをされている。
 後ろ手に縛られ、亜夢、清川、中谷が背中合わせになっている。
 強引に足を曲げ亜夢が立ち上がろうするが、腕が引っ張られて立ち上がれない。後ろで清川や中谷とつながっているのだ。
 |非科学的潜在力(ちょうのうりょく)が解放可能な空間なのに、こうやってつながれてしまうと、簡単には動けない。
『ここは、どこだろう?』
 亜夢は|思念波(テレパシー)で清川と中谷に話しかけた。
 当然ながら、潜在力のない二人からは|思念波(テレパシー)で答えは返ってこない。亜夢は自らの|非科学的潜在力(ちょうのうりょく)を使って清川の考えを読みにいく。
『な、なに? ここはどこだろう、って誰の声なの? 亜夢ちゃん? 亜夢ちゃんなの? 聞こえる、聞こえるよ~~』
 そうだ、と亜夢は思った。自分と同じ状況に置かれている二人に、ここはどこかを聞いても無駄なことだ。
 この空間を把握して、推測をしてもらった方がいい。亜夢は周りの空気に意識を広げた。
 動く空気、動かない空気、流れる方向、流れないところ。
 動かしながら感じ取ることで、空間の形をイメージするのだ。
 何か人のようなものがないか……
 空気がやけにスムーズに動く。空間が広いのか?
『どうやら天井が高いようです』
 亜夢はわかったことを清川、中谷に送った。
 今度は中谷の思考を読みに行く。
『お尻にあたる感じはコンクリート。天井が高いっていうなら、パイプペースか、地下の機械室とかだろうか?』
 その内容を清川へ展開する。
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「ああ、そうだな。〈巨大転送者出現〉の後、校内で理事長とかが慌ててるのは見たよ」
 佐津間がこっちをみる。
「今度は、学生や教師に死亡者はいない、って書くらしい」
「佐津間は、学校辞めるの?」
「もう入っちまったからな。俺も辞めねぇよ。お前がいる限り」
 私は拳を握り込んだ。
「一言余計でしょ? あんた、また病院行きたいの?」
 佐津間の体が、ビクッと跳ねたように見えた。
「……悪い。謝る。ごめんなさい」
 そう言って、頭を下げた。

 女子寮に着くと、手を振って佐津間と別れた。
 寮の入り口で靴を脱ぎかけた時、学校から帰ってきたマイクロバスが車回しで停車した。
 何となく脱ぎかけた靴を履いて、私はバスを迎えに出た。
 成田さんが手を振って微笑んだ。頭を下げてそれに応える。
 音がすると扉が開いて、女子生徒が降りてくる。
「白井、帰ってたんだ」
「キミコ、お帰り」
「キミコ!」
 知り合いが降りてくるたび、手を振ったり、ハイタッチしたりしていた。
 女子生徒の最後の一人が降りてきた。
 私が一番会いたかった人。
「マミ!」
「キミコ!」
 私はマミの胸に飛び込んでいた。
 抱きしめ、抱きしめられると、見つめあう瞳が接近していく。
「おおっ……」
 マイクロバスの方から、低い声が聞こえた。
 私は我に返り、マミから体を離した。
 帰りのスクールバスは、女子寮、男子寮の順に停車する。つまり、車内には男子生徒が残っていたのだ。
 私は窓からこっちを見ている連中を睨みつけた。
「何見てんのよ!」
「……」
 窓の中で何かボソボソと騒ぎ立てているが、私はすべて無視した。
 そのままマミの手を引き、寮へ入った。
 正面に、金髪のロシア人が立っていた。
「オレーシャ?」
 靴を履き替えたマミが、慌てて私の前に入る。
「寮監がまだ復帰できなくて、新庄先生と交代でオレーシャになったの」
 マミは私をかばうようにしてオレーシャの方を見ている。
「白井さん……」
 授業のような声ではなく、低く、暗い声だった。
 視線を下げていて、目を合わせてこない。
「なんでしょうか」
「タケル、死んだの? 本当にタケル、死んだの?」
 と、一息で、畳み込むように問いかけた。
 オレーシャは寝ていないのか、目の下にクマをつくっていた。
 その瞳がまっすぐ私を見た。 
「そうです」
「なんで、あなたは平気なの? なぜ父親を助けなかったの?」
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