その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

2017年11月

 亜夢がようやくバックからお菓子を探し出す。
 ハツエが笑顔になって両手を伸ばすと、美優が亜夢からお菓子の箱を取り上げる。
「あっ!」
「ハツエちゃん。このお菓子あげるから、しばらくここで待ってて。おねぇさん達だけでお話したいの」
「あたしのお菓子!」
 ハツエと名乗る少女が飛びついて取ろうとするのを、美優は箱を高く上げて阻止する。
「あげるから、お約束できる?」
 ハツエと名乗る少女はうなずく。
 美優は少し待ってから、箱を手渡す。
「(ちょっと、こっちにきて)」
 美優に言われて、三人は道の曲がり角まできた。
 ハツエはさっそく箱を開けてお菓子を食べている。
 その様子を確認した美優が切り出す。
「みんな、あの子がハツエだと思うの?」
「えっ? だって本人がそう言ってるじゃん」
 亜夢はそのハツエを名乗る少女を指をさしてそう言う。
 美優はあきれたような顔をする。
「あんな小さい子が|精神制御(マインドコントロール)の対抗策を知っているとでも?」
「まあ、私達よりは若いわね」
「奈々。若いなんてもんじゃないでしょ? 幼稚園の年長さんか低学年の小学生ってところじゃない」
 アキナが挙手をする。美優が指さす。
「はい、ハツエなんてシワシワネーム、お年寄りにしかつけないんじゃない?」
「だから……」
 美優はうつむいてため息をつく。
 顔を上げると、捲し立てるように言った。
「校長が頼りにするぐらいの人物が、あんな小さな子供だと思えない。だからあの子が自分をハツエと言っているのはウソで、あの子のお母さんとかおばあちゃんのことじゃないかってこと。私は、あの子にお願いしても直接|精神制御(マインドコントロール)対抗策を教えてくれるとは思えないの。だいたい、なんで皆はあの子が『ハツエ』だと思ってるの?」
「だって」
 美優は亜夢に顔を近づける。
「だってなに?」
「本人が『ハツエ』って言っているじゃん」
 美優は肩を落とし、うつむいた。
 そしてゆっくりと声を出した。
「だぁ、かぁ、らぁ~ それ、不自然でしょ? あの子は自分が『ハツエ』だって、騙っているのよ」
「奈々、かたるってなんだ?」
「嘘をつくという意味よ」
 美優はアキナと奈々のやり取りを聞き、自身のおでこを手で押さえた。
「じゃあ、誰も疑わないの?」
 そう言ってから三人の顔を順番に見ていく。
 亜夢は何も言わない。
 アキナは腕組みをして首をかしげている。
 奈々は…… 美優の方を見て…… 口を開いた。
「確かに変は変だよね」
「奈々、ありがと。良かったよ、私だけ頭おかしいのかと思った」
 すると、アキナが同調した。
「冷静に考えればそうかもな」
「アキナ、私の言ったことが理解できたのね」
「バカにしないでよ」
 そう言うと、ぷいっとそっぽを向いた。
「亜夢はどう?」
 亜夢は『ハツエ』と言っている少女の方を見ていた。
 少女は聞こえているのかいないのか、ニコニコ笑顔で、お菓子を食べながら亜夢に手を振っている。
「あの子が『ハツエ』さんだと思う。容姿はともかく」
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 私は驚いてマミの体にしがみつく。
「アリスの反応は、ごくごく自然なことじゃない」
 まだ自分の心臓の鼓動が聞こえるくらいドキドキしていた。
 急に寮内に放送が入る。オレーシャの声だ。
『今日は部屋点検します。消灯時間のチェックと、施錠の確認も』
「えっ…… マミ、どうしよう」
「どうしようって言ったって。なんか今まで全然やってなかったのを、一気にまとめてやるって感じね」
「怖いからマミに一緒に居てもらおうと思ったんだけど」
「大丈夫だよ」
 マミはそう言ったが、私はアリスの目と口を完璧に開いて寝ている姿を見て、また震えた。
「怖いよ」
「けど部屋点検と消灯時間チェック、施錠確認までするんだから、他の部屋にいたら……」
「そ、そうだよね。うん」
 無理やり引き留めたら、マミが悪者になってしまう。こんなことでマミの成績表に何か書かれたら申し訳ない。
『部屋点検を始めます』
「オレーシャ早いよ。キミコ、ごめん部屋に戻るね」
「うん。大丈夫だから」
 部屋を出ていくマミを見送り、扉を閉め、施錠する。アリスは、体は仰向けになっているのに、顔だけが完全にこちらを向き、口が空き、目も全開状態だった。
「やっぱり怖い……」
 これだけ部屋が明るい状態が続いているにも関わらず、アリスはいまだに目が覚めない。それだけではない私とマミが近くでしゃべったり、アリスの鼻をつまんだりしたのに、だ。
 いや、起きていたとしても、タブレットでしか会話できないのだから、こちらからは判定できない。まさか目口が開いた状態で寝ているのか、起きているのかがはっきりしないとは……
「そうだ」
 アリスの顔を見ているうち、私は確かめる方法を一つ思いついた。アリスのタブレットを枕元において、そのタブレットにメッセージを飛ばせばいいのだ。音が鳴って返してくるなら起きている。返してこないなら寝ている、と判断しよう。
 私はさっそくアリスのカバンからタブレットを探し出し、枕元に置いた。
 音量の設定は…… うん、大丈夫。
 自分のタブレットを開き、アリスを指定してメッセージを飛ばす。
『もしもしアリス起きてる? お風呂どうする?』
 ピポーンと何も設定を変えていない時のメッセージ着信音がなった。
 アリスの目口は開いているが、気づいた様子はなかった。
「やっぱりこれ寝てる」
 大きくため息をついて、タブレットを自分のベッドに放ると、そのまま横になった。天井を見つめて、さあ、どうしようと思った瞬間、自分のタブレットにメッセージ着信音が鳴る。
「えっ?」
 パッと上体を起こすと、アリスに視線を戻す。タブレットを持っているわけではない。それに、アリスから目をはなしたのは一瞬だった。
 今のメッセージがアリスからのものだったら……
 アリスから視線をはずすのが怖くなって、手探りでタブレットに手を伸ばす。
「!」
 タブレットの通知領域に書かれていたのは、アリスからのメッセージだった。
「そんなばかな…… じゃ、これで起きているってこと?」
 まばたきはたまにするが、手足が動く様子はない。
 呼吸はしているが呼びかけには応じない。
「アリス? ちょっと?」
 いっそ体を揺すって起こしてしまおう、と私は思った。そう、完全に起きていることが確認できれば、この妙な恐怖から解放される。アリスの肩に手を掛けようとした瞬間、部屋にノックの音がした。
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「大丈夫だよ。もうしないから。出てきて? お話しよう?」
「出て行かない」
 美優と亜夢は顔を見合わせた。
 奈々は顎に指を当てて、何か考えているようだった。
 亜夢がそれを見て奈々にたずねる。
「(何かアイディアある)」
「(やってみていい?)」
 全員がうなずいた。
「私、奈々っていうの。この子は亜夢、こっちの子が美優。最後のおねぇちゃんはアキナっていうのよ。お名前は?」
 名前を聞き出そうという作戦か、と三人は思った。
 名前が分かれば呼びかけやすい。
 四人はそれぞれ藪の動きをじっと見ていた。
「ハツエよ」
「えっ?」
 四人は再び顔を見合わせた。
「ハツエだって」
「ハツエって、校長の言っていたあのハツエ?」
「ハツエって、お婆さんだと思っていたんだけど。だって私達の先輩なんでしょ」
「確かに声は若いけど、出てきたらお婆さんかもしれないじゃん」
「……」
 亜夢は一人、藪を向いてたずねた。
「ハツエさん。私達、あなたに相談があるんです」
「(ちょっと、いきなり何言ってんの亜夢)」
 そう言ってアキナが亜夢のそでを引く。
 ガサガサ、と音がして、藪の中から飛び出してくる人影があった。
 小さく、黒く、弾丸のように宙を|回転(ロール)し、四人の頭を飛び越えて、亜夢の後ろに着地した。
 ゆっくりと立ち上がる姿は、亜夢たちの三分の一ほどの背丈の、女の子だった。
 肩紐になっている黒いワンピースに黄色い靴。金髪に黒いカチューシャ。
 両手をお尻のあたりで回して立っている。
「外国人?」
「ハツエちゃん?」
 両手を後ろにした姿勢のまま、上体を突き出して言う。
「相談ってなに?」
「あの、この|娘(こ)が|精神制御(マインドコントロール)されてしまっているんです」
 亜夢が美優の両肩に手を置いて、押し出すようにした。
「この|娘(こ)を助ける方法を教えてください」
「よろしくおお願いします」
「お願いします」
 亜夢のお願いに、奈々とアキナが同調したように言った。
 美優はいぶかし気な表情を浮かべる。
「ちょうだい」
 ハツエを名乗る女の子は、右手だけ前に出した。
「?」
「飴とか、チョコレートとか持ってないの?」
 亜夢は背負っていたバックを下して中を探し始めた。
「(亜夢、ちょっとまって)」
 美優が亜夢を制し、全員に手招きをして集めた。
 五人が道の真ん中で輪になって顔を見合わせる。
「(どうしたの美優)」
 美優は全員の顔を見回して、ハツエと名乗る少女を見つける。
 美優はだまったままさらに道を戻る方向を指さし、小声で言う。
「(向こうで話そう)」
 三人の動きにハツエと名乗る少女がついてくる。
 美優は困ったような表情。
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「キミコが移ることになった部屋かもね」
 私が言う前に、マミがそう言った。
「どうしよう」
「一緒に行ってあげるよ」
 私とマミはタブレットのメッセージにあった通り、寮監室で鍵を受け取り、移動になった部屋に向かった。
 隣の部屋の扉からは廊下に灯りが漏れていたが、私の新しい部屋からはなかった。
「マミ、誰もいないのかな」
「灯りはついてないね。だって、鍵はキミコのところでしょ」
「オレーシャは、アリスにも渡してるって言ってた」
 私は扉のノブに手をかける。
「どお?」
「待って」
 大きく息を吸って、吐いて、手に力を入れる。
「回った」
 ゆっくりと扉を開けて、中に入っていく。
「(怖いよ)」
「(寝てるだけよ)」
「ごめん、灯りつけるね?」
 私は大きく声でアピールし、壁のスイッチを入れた。
 灯りがつくと、手前と奥のベッド、机が二つ、カーテンがしまった窓が見えた。ベッドの布団は……
「奥のベッドにねてるんじゃない」
「もぐって寝てるのかな」
 マミはうなずいた。そして、ベッドを指さし、
「それくらいしか考えられないじゃない。これだけ盛り上がってるんだし」
「か、確認するね」
 マミは私の服を掴みながら後ろをついてくる。
 私はゆっくりと奥のベッドに進み、布団の端に手をかける。
「いくよ」
「うん」
 パッと布団をめくる。
「キャー」
 私は振り向いてマミに抱きついた。
「なに?」
 私のせいで見えないのか、マミは何が起こったのか分からない。
 少し冷静になって、マミに状況が見えるよう、体の向きを変える。
「ほら、あれ」
「うわっ! って。何がおかしいの?」
「へ? だって死んでるんじゃ……」
 マミはアリスの口と鼻のあたりにそっと手をかざす。
「息してるし。目を開けて寝る人多いじゃない」
「ほ、ほんと?」
 私もゆっくりと口と鼻のあたりに手を伸ばす。
「ギャー!」
 私が手を伸ばした瞬間に、アリスが口を開いたのだ。
「ほら、呼吸するために口を開いただけ。ね?」
 もう一度大丈夫なことを私に見せるため、マミが手を伸ばす。アリスの顎を押して、口を閉じさせる。
「いい?」
 マミがアリスの鼻をつまむ。
 さっきと同じようにパカッと口が開いた。
「うわっ!」
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「すみませんでした」
 私は深くおじぎをして救急隊員に謝った。
 事情を話していた隊員以外は、一切口を開かぬまま立ち去っていった。
 救急車の音が小さく消えていくと、私はようやく頭を上げた。
「アリス……」
 私は食事を済ませ、一息ついていると、正面に市川先輩がやってきた。
「白井さん、ご存知?」
 市川先輩は立ったまま、私を見つめていた。一瞬、眼鏡の縁が光ったような気がした。
 私はなにはともかく立ち上がり、市川先輩と私の間で、何かあっただろうか。懸命に思い出そうとするが、なにも浮かばない。頭をさげる。
「ごめんなさい。なんのことでしょう」
「知らないのね。部屋が換ったのよ」
「えっ? 私、元の部屋に戻れるんですか?」
 私は冷静を保とうとしたが、声が上ずっていた。
「ふん。うれしそうにするじゃない。元に戻れたのかは知らないわ。荷物は部屋の外に出しておいたから。勝手に取って行って。私に声かけなくていいから」
 結局、市川先輩と同室になったが、荷物を段ボールから出すことがないまま、部屋を変わることになってしまった。先輩は、胸の前で腕を組んだ。胸の感じから、さらしは巻いたままのようだった。
「部屋は別になっても、副会長秘書は解任していないから」
 背筋を正すとともに、そこに冷気が流れ込んだような気がした。
 まだ諦めていない、まだあなたの秘密は握っているのよ、と無言の圧力をかけられている気がした。
「は、はい」
「……」
 市川先輩はそのまま立ち去って行った。
 先輩の姿が完全に見えなくなってから、私は小さくガッツポーズをした。
「(よかったね)」
 横に座っていたマミが小声でそう言った。
「(うん、ろくにお風呂にも入れなかったしね)」
 向かいのチアキが言った。
「で、部屋はどこになったの?」
「いや、それはまだ」
「タブレットとかにメールとか入ってないの?」
 カバンからタブレットを取り出すと、メッセージが入っていた。オレーシャからのもので、部屋割りについて、と書いてある。
「あっ、来てた」
「どれみせて」
 私はテーブルにタブレットを出すと、メッセージを開いた。
「……」
 メッセージに書いてある内容はわかるが、なぜそうなったのか意味が分からなかった。
「先輩二人を移動して、北島アリスと公子が同室になるみたいね」
「わざわざ一室空けて、そこに移動させたってことみたいね。なんでそこまでして?」
 マミが言った通りだ。 
 わざわざ北島アリスとの同部屋にしている。全室が二人部屋になっているのだから、一人移動させて私とアリスを入れて三人部屋とするならまだしも、二人も移動させてそこにアリスと私を移動させる意図はなんなのだ。
「っていうか、アリスはどこ行ったのよ」
 チアキがそう言った。
「そうだよね。思い出した」
 私はチアキの顔を見て、天井を見た。
「寮内にいるとすれば……」 
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 全員があちこちを見回す。
 見えるのは山と、海。そして無人駅。海方向にジグザグに降りていく道。
 山の上の方へ行く、やはり同じようにジグザグした道があった。
 建物は、駅周辺に物置小屋のようなものが一つ。
 眼下の海岸には、いくつか家らしき屋根がいくつか見えた。
 全員が海岸の方を見る。
「あそこに『ハツエ』がいるのかな」
 奈々がそう言うとアキナがそれを受けて答える。
「居なくても、人がいるなら話は聞けるんじゃない?」
「ここ降りるの?」
 美優が呆れたようにそう言った。
 駅から見た感じだが、かなりの高さを降りて行かなければならない。
 もしそれが無駄足となれば同じ高さを上って帰って来なければならないわけだ。
 アキナはトランプを取り出して言った。
「ババ抜きして負けたひと……」
「ジャンケンで負けたひ……」
 反応したように亜夢が言っていた。
「じゃ、どっちで決めるかジャンケンで……」
 奈々がアキナと亜夢の間に入ると、言った。
「……もう。いいわよ。私が下りて聞いてくる。もしわかったら電話する。同時に上も探しててよ?」
 奈々は小道を進んでいった。
「奈々、危ないよ。『ハツエ』がどんな人か分からないんだから」
「|超能力(ちから)に対抗する手段を知っているひとなら、きっといい人だよ」
 道が曲がっていて、すぐに奈々の姿が見えなくなる。
 亜夢が慌てて追いかける。
「いや、万が一ってこともあるし、道中でなにかあるかも。私もついて行く」
「亜夢がいくなら、私もいく」
 と、ほとんど同時に美優が亜夢の後を追う。
 一人になったアキナはしばらく考え、周りを見渡す。
 美優の姿も見えなくなって、誰もいなくなるとアキナも走り出した。
「おいてかないで!」



 アキナが追いついた時、それとなく奈々が言う。
「あのさ…… 全員来たら意味ないんじゃない? 『ハツエ』が上に居たら無駄足なんだよ?」
「いやいや、最初から全員で動けばよかったんだよ。やっぱり心細いじゃん」
 道の周りは藪になっているし、道は曲がりくねりながら下っているため、極端に見通しが悪い。亜夢がそう言うのも根拠があるように思えた。美優が亜夢に賛成、という風に体を寄せて言う。
「蛇とかも出てきそうだよね」
「おねぇちゃん」
 突然、あたりの藪の中から声がした。
 四人は立ち止まると、獣道のような小さな通路の方を見つめた。
「?」
 ガサガサ、と音がして、藪が揺れた。
「おねぇちゃん」
 声は聞こえるが、姿は見えない。
 亜夢が揺れたあたりの藪に手をかざすと、空気の流れを使って左右に開いて、何かいないか確かめる。
「怖いよ~」
 また同じ声がそう言った。亜夢が呼びかける。
「どこにいるの?」
 亜夢は、あたりのあちこちに手をかざして、風を起こして声の主を居場所を探す。
「いないね……」
「おねぇちゃん、風を吹かせるから怖いよ」
「!」
 亜夢は自分のしたことでその子を怖がらせてしまったと思い、胸に手を当て、頭を下げた。
「ごめんね。怖かった?」
「……」
 美優が言った。
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 だからまったく手ごたえのないアリスの様子にも焦りや恐れを感じなかった。
 それどころか、アリスが人ではないのではないか、という異なる恐怖を感じていた。
「キミコ、どう?」
「反応ない」
「救急車は呼んでるから、それまで続けないと。交代する?」
「ありがと、まだ大丈夫」
 なんだろう、どこかにスイッチがあって、それを押せば動き出すような、そんな気さえする。
 呼吸を促すため、何度目かのxxをした時だった。
「んっ!」
 アリスが声を上げた。
 すると瞬きをして、涙が流れた。
 手を鼻、口に当てると、アリスの吐き出す息を感じる。
「アリス?」
 呼びかけると、瞳が私を探して、見つけたようだった。
「わかるのね?」
 少し頭が動いたようだった。
「良かった……」
 私はアリスの脇にペタンと座り込み、吐くように言った。
「うん。良かった」
 マミがそう言うと、二人は抱き合った。
 アリスは不思議そうに私達を見ている。
 そうしていると、外から救急車の音が聞こえてきた。
「マミ、どうしよう? もう意識は戻ったけど」
「いや、救急車で病院に連れて行ってみてもらおうよ」
「そうだね」
 アリスを置いて、私とマミは救急隊員に駆け寄り、状況を説明しながら、アリスの元へ誘導した。
「えっ? アリス?」
「どうしました?」
「話していた症状の子がいないんです」
 見回してもいない。周りにいる人に話しかける。
「ここで寝てた子、知らない?」
「あ、寝てたよね。 いないの?」
「ねぇ、誰かアリスがどこ行ったかしらない?」
 食堂にいた寮生が一瞬、私に注目したが、そのままトレイをもって自分の席につく者、手を振ってしらない、とアピールする者、首をかしげる者…… 結局、誰一人アリスの行方を知らなかった。
「チアキ、ミハル」
 食堂にいたはずだったチアキもミハルもいなかった。
「どうしますか? 本人が動き回れるようだと、ちょっとその意志に反して連れていくこともできませんし」
「えっ、あの、ちょっと待ってください」
 そう言って私は食堂を出たところで、階段を下りてきたチアキを見つけた。
「チアキ!」
「キミコ、アリスがいなくなった」
「そうなのよ。アリスはどこ行ったの?」
「違うの。あのね、二人が救急車へ言った直後、私達が一瞬目を放した隙に、いなくなったの」
 食堂の衆目の中、どうやっていなくなることが出来るというのだ。
 完全に心肺停止していたし、それが戻ったからと言ってすぐ動けるわけもない。
 何がなんだかわからず、私は立ち尽くしていた。
 すると、後ろに近づいてきた救急隊員の気配を感じた。
「あの、居ないようなら、次の要請もあるので……」
 もしそれだけ元気に動けているのなら、救急車で運ぶ必要もあるまい。
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「なんじゃ、聞かんうちに諦めるか?」
 亜夢は口を開いた。
「校長。昨日、美優がまた|精神制御(マインドコントロール)されちゃったんだ。美優にも|非科学的潜在力(ちから)があるんだから、その|精神制御(マインドコントロール)に対抗できるはずなの。知っていたら方法を教えてくれないか?」
「……言葉遣いが酷いのぅ」
「えっ? そこ?」
「それに、いまさっき|非科学的潜在力(ちから)に|超能力(ちから)で対応するな、と言ったはずじゃがな。理解してはくれんのかな」
 亜夢が身を乗り出した。
「それじゃあ、|非科学的潜在力(ちから)じゃない方法でもいいよ。とにかく、美優が|精神制御(マインドコントロール)から逃れられる|術(すべ)が知りたいんだ」
「……」
 亜夢の真剣さは周りにも、校長にも伝わっていた。
「……」
 黙ったまま校長は立ち上がって、窓から外を見る。
「確かに|精神制御(マインドコントロール)は良くないのぅ」
 校長は何か思いあぐねているようだった。
 ゆっくりとあるきながら話しだした。
「わしには洗脳やら、マインドコントロールを解くすべを知らん。ましてや|超能力(ちから)を使えんのだから、西園寺に降りかかる災厄の大きさや深刻さなど、とうてい理解できんだろう」
「えっ?」
「じゃが、過去に自分ではどうにもならないことや、自由を取り上げられたようなことは経験しちょる。それを何倍かにしたもの、と考えれば、今の西園寺が、どんなに辛く苦しいことかは想像出来る」
「……」
「わしには|術(すべ)を教えることができんが、知っているかもしれない人物を教えることは出来る」
 亜夢が立ち上がって、校長に詰め寄る。
「それは誰ですか?」
「ここにはおらん。週末は連休になってるから尋ねるといい。話はしておく」


「着いたね」
 着いたのは眼下に海が見える無人駅だった。
「汽車に乗るは久しぶりで嬉しかったけど、もうお腹いっぱいって感じだな」
 アキナがそう言うと、奈々が言う。
「帰りも乗るんだよ」
 それを聞いて、疲れた、という感じにアキナは顎を上げてしまう。
「亜夢、ここ、海沿いじゃなくて、山って感じだね」
「……」
 美優の問いかけに亜夢は答えなかった。
「亜夢?」
「呼んでるんだぞ、亜夢」
 アキナが言うが、亜夢はじっと海の方を見ている。
「亜夢どうしたの?」
 奈々が亜夢の手を取ると、ようやく意識が戻ったように
「あ、ごめん。校長の言ったことを思い出してた」
「なんのこと?」
「この駅で降りて『ハツエ』を訪ねろって言ってた。『ハツエ』って言われてるだけで、住所とか、そういうの一切なかった。電話番号もしらないって」
「えっ?」
 奈々がビックリして、「いまの聞いたよね」と言わんばかりにアキナと美優の方を振り返る。
「じゃ、ここから先どうするの?」
 アキナがそう言う。
 亜夢は腹をくくったように、
「私達でその『ハツエ』を探すしかない」
 と手を広げてみせる。
「ちょっとまって、探すったってここ周りに家とかある?」
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 通学路へ戻るところで、学校へ戻る途中のバスが通りかかった。
 物陰に隠れてみていると、バスは〈転送者〉の開けたアスファルト上の大きな穴の手前で止まった。
「あっ……」
 確かに相当に大きな穴だ、と私は思った。
 見ていると、成田さんはバスをどんどんとバックさせて行くと、この道を避けるように住宅街へ入っていった。
 私は穴のところへ行き、位置情報を記録すると、鬼塚刑事に通知した。
『転送者が道に穴を開けてしまって、学校のバスが通れません』
『ああ、分かった。〈転送者〉はどうなった』
『もちろん処分しました。ここから〈鳥の巣〉の壁よりに行ったところです』
 そこまでしてから、私はスマフォをしまって徒歩で寮へと向かった。

 寮に戻り、食堂に入ると北島アリスが座っていた。
 学校でいた時のままの制服姿だった。まるで今帰ってきたばかりのように。
「アリス、あなたここにいたの?」
「?」
 アリスは何もしゃべらない。
 見ている焦点すら、こっちに合わせてこない。
「様子、おかしくない?」
 私は周囲にいた寮生に聞く。
「さっきからこんな感じだったし。知らない子だからこんな感じなんじゃないかと」
 目の前に手をバタバタと動かして、視線が動くか、反応があるかをみた。
 何も…… 動かない。
「もしかして……」
「キミコ、帰ってきてたのね」
 振り向くとマミとチアキ、ミハルの三人が食堂に入ってきた。
「アリスはどうしたの?」
「あなたとは違って、私達と一緒にちゃんと寮に戻ったわよ。オレーシャが食堂で待っていて、というから待ってるんじゃない?」
 チアキがそう言うが、アリスがバスから降りなかったわけがない。ちゃんとこの目で見たのだから。
「けど、反応しない」
「?」
 マミが急いでアリスの横に座って話しかける。
「アリス大丈夫? ほら、このタブレットに書いてみて?」
 マミは自分のタブレットを前に差し出しアリスの反応を待つ。
 アリスはタブレットに手を伸ばすどころか、見さえしない。
「ほんとだ」
 マミも私がしたように、アリスの目の前で手を動かす。
 そのまま、手を鼻と口のあたりに持っていく。
「えっ」
 マミに手を掴まれる。その手はアリスの口元に近づけられる。
「……」
 呼吸…… 呼吸がない?
「息してない」
 マミは立ち上がって、椅子をどかして床にスペースを作る。
「キミコ手伝って。心肺蘇生」
 うなずいて、アリスを椅子から床に寝かせる。
「首の下に何か入れないと」
 マミは上着を脱いでまるめるとアリスの首のしたに入れる。
 私は初めて行う心肺蘇生なのに、アリスの体から異質なものを感じていた。
 両手で押し込む胸部の骨格、つまむ鼻も、開いた口の中も、どこか人のそれと違う気がするのだ。
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 その放物線は……
「アリス、危ない!」
 言う前に走っていたが、間に合わない。
 アリスは飛んでくるアスファルトにも、私の声にも気づいてもいない。
 ダメだ。
 走りながら私は目を閉じてしまった。おそらく翼をつかって、飛んでも間に合わなかった。それに翼を持っていることがばれてしまう。それらの事はすべて言い訳だが、私の頭のなかでいくつも、何度も繰り返された。
 目をゆっくりと開く。
 そこにはアスファルトが砕け、破片となったものがいくつもあった。中心には大きな塊と破片が集まって、山になっていた。
「アリス?」
 そのアスファルトの破片を端から片付けた。その山に埋もれたアリスを探していた。
 〈転送者〉がゆっくりと近づいてくる。
 私は破片を掴んでは〈転送者〉のコアと思われる部分へ投げつけた。
 〈転送者〉は大きく下がって回避する。
「アリス、生きてるなら返事して!」
 大きな破片を裏返すようにどかすと、下の道路が見えてくるが、アリスの姿がない。
「どういうこと……」
 破片を〈転送者〉に投げつけながら、私は呆然と破片を避けた場所を見つめた。
 〈転送者〉が、破片を投げつけるだけではやり過ごせなくなってきた。
 腕を使って破片を払いながら、E体の〈転送者〉が向かってくる。
 私は足の爪と背中の翼を出し、飛行し、スキを見つけては蹴り込んだ。
 もしアリスがあのアスファルトの破片をかわしていて、今、どこかに隠れているとしたら、私と〈転送者〉の戦いを見てしまっている。キメラではない者の中では、マミしか知らない事実を見せてしまっていることになる。
 けれど、今はまだ見ていないかもしれない。
 私は〈転送者〉を早く倒そうと焦った。
 急降下してコアを貫こうとするが、E体特有の太い腕でかわされてしまう。
「まずい」
 いつの間にか、私は着地していて、なおかつ〈鳥の巣〉の壁側に追い詰められていた。
 左右へ逃げ出そうとすると、〈転送者〉は腕を振り下ろしてくる。
 じっくりと、確実に倒そうとしている。 
 私は翼をしまった。
「もう飛んで逃げるような間合いじゃない」
 翼が〈転送者〉の攻撃を避けるのに邪魔になったのだ。
 体をひねりながら、〈転送者〉が腕を突き出してくる。
 私は体を回したり、しゃがんだりして、一つ一つを確実によけた。
 すると、〈転送者〉が大きく腕を振り上げて、頭から潰そうとしてきた。
「今だ!」
 〈鳥の巣〉の瓦礫を両足で蹴って、〈転送者〉のコアめがけてジャンプした。
 このタイミングならカウンターになる。
 足の爪を伸ばし、体を矢のようにして、〈転送者〉の腹の上あたりに見えたコアを捉える。
 突き刺さる足先に、コアの感触が伝わる。
「やった」
 パキっ、と〈転送者〉の奥で音がする。
 コアが砕け、E体の体が塵のように分解して消えていく。
 消えていく体から、コアの破片だけが地面に落ちた。
 額の汗をぬぐうと、大きく息を吐いた。



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「なんで?」
「亜夢にはいろいろやらされるからな。寮の部屋の掃除とか、教室の掃除とか、プール掃除とか」
「掃除ばっかりじゃない」
「今まで、そういうのじゃんけんで決めてたけど、それをババ抜きにすれば全部あたしが勝ったはず」
「逆に全部負けてたの?」
 と美優が言うと、ゆっくりとアキナはうなずく。
「それもどうなのって思うけど……」
「あっ、美優。馬鹿にした。ゆっとくけどね、一対一のジャンケンは亜夢に勝てないから。めっちゃ動態視力いいのよ」
「動態視力? 見て逆を出すの?」
 美優はあきれたような顔で亜夢を見る。
 亜夢はまだ手元のトランプを見つめている。
 奈々が苦笑いしながら、美優に答える。
「ちょっとずるいよね。けどそれはみんな同じ条件だから……」
「まあ、手の振り方とか癖で見抜くのとかわらない、っちゃ変わらないけど」
 美優は気が付いたように人差し指を立てる。
「あ、じゃあ、ババ抜きだって考えを読めば?」
「それがそうはいかないんだよ」
 アキナが言う。
「私は全然変なことを考えてれば亜夢がいくら読もうとしても読めないのはわかってるから」
「?」
「じゃあ、私達の考えは?」
「伝えようとしているなら読めるかもしれないけど、なんでもかんでも人の考えが分かるわけじゃないのよ」
「へぇ」
 美優は納得したようだった。
 四人は連休を利用して、海沿いの村に行く途中だった。


 話は小林達が襲ってきた翌日に戻る。
 亜夢達四人は、空き地で男たちと喧嘩しているのを通報され、亜夢は校長室に呼び出されていた。
 皺だらけだが、誰より姿勢がいい白髪の老人、非科学的潜在力女子学園の校長はいつものように生徒を叱っていた。
「|非科学的潜在力(ちから)を使って、|超能力(ちから)で解決している限り、君たちはいつまでたっても社会に出ていけない。この片田舎から羽ばたけないんじゃぞ。確かに相手が悪い。復讐のために武器まで持ってきている。だが、それを超えるような武器で対抗してはいけないんじゃ。わかるな?」
「……」
「分かるな?」
 老人の語気が強まった。
「はい」
「声が小さい」
「はい!」
 老人は一人一人に紙を配ると言った。
「そこに反省文を書いてきなさい。反省文を見て、理解していない、と思った者は、もう一度ここに呼びだして説明する」
 亜夢が言う。
「それパワハラ……」
 人差し指を盾て左右に振った。
「違う。これは教育じゃ」
 亜夢は、むすっとして校長を睨んだ。
「亜夢、あれ聞いてみてよ」
 横に座っていた美優がそう言った。
「……」
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「白井、今日から寮の部屋割り変わるらしいから、寮で指示を受けて。後、北島も寮に入るから、スクールバスに一緒にのって、寮の案内も頼むぞ」
「……はい」
 私は返事をして、アリスの方を向く。
 アリスは察したのか、私にお辞儀をした。
 マミがアリスに声をかける。
「私も一緒に帰るからね、アリスちゃん」
 アリスはうなずく。
 私達五人は、成田さんの運転する帰りのスクールバスに乗った。
 相変わらず音は豪快だったが、スピードは出ていなかった。
 私は端の席に座り外を見ていた。横にはアリスが座っていた。
 前にマミとミハルが座り、チアキは一人で一つ後ろに座った。つまり、誰一人声を出さない組み合わせだった。
 他の生徒も妙におとなしかったせいで、室内にはエンジンの音だけが響いていいた。
 私は外の景色の中に異変を見つけた。
「まずい」
 成田さんも気づいたらしく、ブレーキを掛けた。
「キミコ!」
 マミも気づいたらしく、立ち上がって後ろを振り向いた。
「うん」
 私はアリスの前を通り過ぎて、バスの通路を駆け出した。
「私も!」
 振り返って、マミへ言った。
「マミはこのまま寮へ戻って」
 私はバスを降りた。
 正面にはE体の〈転送者〉が道を塞いでいた。
 後ろにスクールバスに乗った生徒の視線を感じる。
「(こっちにきなさい)」
 と小さく言って、バスの真横、乗っている生徒たちの死角を、学校へ戻る方向に走る。
 同時に、成田さんがアクセルを全開して、〈転送者〉へ向かう。
 バスは、ギリギリですれ違う。
 〈転送者〉の陰になって、私の姿はバスから見えなくなる。
 これでよし、と私は思った。
 私が戦って、〈転送者〉を破壊すればいい。そうすれば〈転送者〉は寮も学校も破壊しない。マミも傷つけないし、街も破壊されない。
 E体がすごい勢いで私に突っ込んできた。
 強靭な腕を振り上げ、それをつなげて振り下ろす。
 手をつなげたせいか、E体の腕がアスファルトに強く食い込んだ。
「!」
 横に避けた時に、寮の方向に人影を見つけた。
「マミ?」
 〈転送者〉の動きをみながら、その人物を見極めようとする。
「ア、リス……」
 何を考えているのか、それとも何も考えずに私を追ってバスを降りたのだろうか。
「あんた状況わかってる?」
 この距離で聞こえるかはわからなかったが、私はそう口にしていた。
 アリスは微笑むわけでもなく、怯えているわけでもなかった。委縮しているとか、躊躇している感じもない。ただ無表情にこっちを見ている。
 この大きさの〈転送者〉が暴れているのに?
 E体が食い込んでいた腕を勢い良く引き抜くと、道路のアスファルトが剥げ、空に放たれた。
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 美優を|精神制御(マインドコントロール)するヤツの姿を見ている。亜夢はそう確信した。
「奈々、そいつが見えたら近づかないで」
「けど、助けないと美優が可哀そう」
「……」
 急に亜夢は首を掴まれた。
「や、ヤバい。い、息が……」
 亜夢は美優と唇を重ねていた。
 美優の耳を引っ張って亜夢が言う。
「こら。何をする」
 美優はにっこりと笑う。
「感謝の気持ちを体で示しただけだよ」
「ほお。感謝するなら、こっちの奈々に感謝しな」
 亜夢は立ち上がって、奈々を美優に突き出す。
「えっ?」
「ありがと、奈々♡」
 亜夢の足元で女子同士の濃厚なキスがかわされていた。
「連中が起き上がる前に寮に帰ろう」
「はぁい」
 美優と奈々が立ち上がり、空き地を出ていく。亜夢の後に、アキナが出てきて袖を引く。
「どうしたのアキナ?」
「亜夢に感謝の気持ちを体で伝えたい」 
「キスならゴメン」
 亜夢が手を合わせて頭を下げた。
「えっ……」
 それきり、寮に戻るまでアキナはずっとうつむいていた。 



 亜夢、美優、奈々、アキナの四人は、汽車に乗っていた。汽車と言っても、蒸気機関車ではなかった。長距離を移動する列車のことだ。
「トランプ飽きた」
 と美優が言って、手札を膝の上に置いた。
「後、どれくらいかかるの?」
 美優はスマフォで確認する。
「おっ、後一時間を切ったよ」
「え~~」
 美優の絶望的なその声を聞いても奈々は笑顔だった。
「じゃあ、美優、おせんべ食べる?」
「おせんべ糖質でしょ」
「豆もあるよ」
「甘いからおなじよ」
 亜夢は真剣にアキナの手札から一枚を選んでいた。
「……」
 決意したように左から二番目を、勢いよく引き抜く。
 アキナが、ニヤリ、と笑う。
 引き抜いたトランプを持つ手が震えている。
「な、なんで戻ってくるの、あんた……」
 可愛らしい絵柄のジョーカーがそこにあった。
 美優が呆れたように言う。
「こんなにババ抜きやったの初めてだよ」
「わ、私も、こんな屈辱初めてだよ」
 アキナが勝ち誇ったように言う。
「亜夢がこんなにババ抜き弱いとはな。もっと早く知っておけば良かった」
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 ミハルと一緒に、こっちに集まってくるもののチアキはムッとしていた。マミが言う。
「さあ、お昼食べに行こう。北島さんもどう?」
 北島はうなずいて、私と同時に立ち上がる。
「いつも購買で食べ物買って、校庭の方に出て食べてるの」
 疲れている私に代わって、マミがずっと北島と話している。
「北島さん、お金とか持ってきてる?」
 北島はうなずく。
「よかった」
「(ゴメン、マミ)」
「(いいよ。だって、キミコ疲れてるでしょ)」
 お昼の間中、マミが積極的にアリスの世話をしてくれたおかげで、私は疲れが癒されるのと同時に、アリスの観察ができた。観察して分かったことがある。
 一つはしゃべらないこと。
 何か伝えなければならない場合には、必ず学校支給のタブレットを操作していた。ペンで書いたり、キーボード操作をしたりするのだが、書いて反応するのは、私達と同じぐらいの速さで応答する。つまり、言語が不明なわけではないのだ。つまり、普通に聞き取れ難なく理解し、返事もできるはずなのに、なぜかしゃべらない、のだ。
 二つ目は小さなことだった。
 それは歩き方だった。マミとアリスが隣り合って歩いているのを見ていた時、スカートの揺れ方が違うことに気が付いた。マミは腰をひねるようにして歩く癖があり、必要以上にスカートが揺れるのだが、アリスのそれはまた違っていた。右、左とゆっくり移っていくような揺れではなく、あくまで感覚でしか表現できないが、どこか機械的な、振動と呼ぶ方が近いような、そんな揺れだった。
「あんた何みてんのよ」
 チアキがたずねた。
「別に、何というわけでは」
「うそ。マミとアリスのお尻ばっかりみて」
 聞こえたのか、マミは手をお尻に回して、スカートを押さえる。
「マミ! 違うからね」
 マミは気にしていない、という感じに手を振って答えた。
 今は、隣のアリスがタブレットに書く答えを読むのに必死になっているようだった。
 私は少し立ち止まって、ミハルを先に歩かせた。
 後ろをついて歩き、ミハルのスカートの揺れの様子を確かめた。
「キミコ? ねぇ。あなた、やっぱりお尻を見てない?」
「チアキ、ちょっとお願いがあるんだけど」
 私は耳打ちして、チアキに先に歩いてもらった。
「あんまりジロジロみないでよね」
 チアキは跳ねるようにあるいていて、これもまた独特なスカートを揺れをみせていた。
 しかし、ミハルやチアキの揺れからは、振動のような感覚は感じられず、アナログな、リニアな印象しか残らなかった。
「ありがと」
 私は少し小走りで進んで、マミとアリスの後ろについた。
 やぱりアリスの歩きは何かが違っていた。
 足の関節か、筋肉のつき方が違うのか……
「キミコ、ちょっと」
 と、チアキに腕を引っ張られた。
「さっき言っていたの、わかる気がする。私も今、アリスの歩きに違和感をもったわ」
 相談の結果、こっそりとスマフォで動画を取って、何度も繰り返しみることにした。
 午後の授業はスキをみてはその動画を眺めて考えていた。
 チアキも私も結論が出ないまま、授業が終わった。
 担任の佐藤がクラスに入ってくると、私とアリスに言った。
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「……」
「なにこれ、さっきの北島アリス、と変わらないぐらい何も入っていない」
「これって、後から入力されないんですか?」
「普通はされていくはずよ。書類不足のまま寮に暮らさせることはないから…… あっ」
 新庄先生は画面を指さす。
「これだけ情報がスカスカなのに、学費と寮費の入力があるのね……」
「どういうことですか?」
「学費、寮費の振り込みがあれば、もしかしたら書類の提出を求めないかも」
「そんなテキトーなことあります?」
「そろそろ切って」
「接続きりますけど…… そんなテキトーなこと」
「そんなもんなのかもね。世の中の源氏って、全部が全部きっちりかっちりできているわけじゃないの。例外もあるわ」
 新庄先生は苛立ったように目を細め、口を真一文字にむすんだ。
「私、職員室に行って、北島アリスの入学に異議を申し立てます」
「ハッキングしてデータを覗き見たところ、不正が発覚しました、とか言うの?」
「……」
 それに対しての答えを用意していなかった。
「ダメね。とりあえず様子を見るしかない。何か変なことがあるなら、そのポイントを中心にして、学校側に資料を要求することは出来ると思うけど」
「わかりました」
 何か北島アリスについて変なことがないか調べればいいのだ。
 今回の転校はどう考えても変なのだから、ちょっと調べればボロが出るにきまってる。
「もういいの?」
「そうとわかったら、ここで寝てはいられません」
「そう。頑張って」
「先生も何か気づいたら」
 パタン、とタブレットのカバーを閉じる。
「うん。わかった」
 保健室を出るとすぐに階段を上がって、自分の教室へ戻った。
 授業が始まっていて、静かだった。
「!」
 私の隣に北島アリスが座っている。
「なんで、あなたが?」
 マミが小さい声で言う。
「(佐藤先生がキミコに北島さんの面倒をみるように言ったのよ)」
 席を変えられたチアキがムッとしてこっちをみた。席の事は、私が決めたわけじゃないのに。
「白井、早く席につけ」
 席に着くと、机のしたで北島が手を握ってきた。
「(なんのつもり?)」
 小声でたずねると、北島はにっこり微笑んだ。
「(放しなさいよ)」
 すると素直に北島は手を放した。
 授業の間中、私は北島と正面に気を配らねばならなかった。
 北島はタブレットの操作が分からなくとも『わからない』とか『おしえて』と言ってこない。
 こっちが気を回して、操作を教えないといけなかったのだ。
 そうして、昼休みになるころには、いつもの3倍も4倍も疲れていた。
「や、やっと昼休み……」
 私が机に突っ伏すと、マミが声をかけてくれた。
「キミコおつかれ」
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 消えて行かない土埃に男は震えた。
 亜夢が指をさすと、静止していた土埃が意志をもったかのように男をめがけて飛んでいく。
 たまらず目を閉じる男。
「お、おぼえてろ!」
 ろくに開かない目でバイクにまたがり、アクセルを開ける。
「あっ、危ない!」
 段差に気付かず、バイクが転んでしまう。
 さらしの男は路面になげだされる。
 そのまま動かない。
「やばいかな……」
 そう言った瞬間、男はパッと立ち上がって走って逃げて行った。
「ふぅ。これで終わりかな」
 奈々が亜夢の背中にくっついている。
「怖い……」
「奈々。大丈夫だよ、死んでないし、起き上がってきてもすぐやっつけるから」
「違うの。美優の後ろ」
「あっ、美優、大丈夫?」
 倒れたままの美優にかけよる。奈々が、激しく腕を引っ張る。
「どうしたの、奈々?」
「ほら、見えない? 美優のすぐそば」
 回りを見回しながら亜夢は、美優を抱き起す。
「美優、大丈夫?」
 美優が声に反応してゆっくりとまぶたを開けると、亜夢はその瞳の中にいた。
『なに?』
 亜夢はその暗闇の中でそう言った。言ったというより、|思念波(テレパシー)を送った。
『お前は、この前のヒカジョだな。すると、さっきのは違う誰か、ということか』
 亜夢が送られてきた|思念波(テレパシー)の方向を探すと、空間の裂け目に、目だけが見えていた。
『あ、あの時の…… あんた、何が目的なの。もう美優に干渉しないで!』
『目的を聞かれて答えるのは小悪党さ。知りたいなら勝手に調べてみるんだな』
 スッと、裂け目が遠ざかって行く。
 亜夢は走って追いかけるが、近寄る気配もない。
『待て!』
 暗闇がどんどん小さくなり、亜夢が瞳の表面浮かび上がった。
 美優の瞳だけではなく、鼻が見え、髪やあご、おでこが見えてきた。どんどんと上昇して、自らの体に帰ってくる。
「!」
「亜夢、亜夢! しっかりして」
 奈々の声が聞こえた。
「奈々、どうしたの?」
「どうしたの、はこっちのセリフよ。亜夢が連れていかれるような気がしたから、何度も呼んだのに、まるで意識がないみたいだったから、びっくりして……」
 奈々が亜夢の背中で泣き始めた。
「良かった。帰ってきたのね。良かった」
「……」
 なんだろう、と亜夢は考える。さっきの瞳の中に入った感覚が奈々にも分かったのだろうか。
「ごめん、心配かけて」
「うん、大丈夫。今度は美優」
 念の為、亜夢は美優の鼻と口に頬をよせて、呼吸を感じた。
「美優? 起きて、美優。返事して」
「もうあの人は見えないから大丈夫だと思う」
 亜夢は振り返る。
「奈々?」
 きょとん、とした表情の奈々に亜夢が話しかける。
「奈々が、さっきから見ているのはなに?」
「美優にまとわりついていたの。闇に包まれていて、姿ははっきりしない。亜夢もその闇に包まれ始めたから……」
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「……確かに連絡が来てるわ。今朝、急に、転校が決まったんだって。可愛いわね」
 教師用の連絡ボード、連絡用の電子掲示版のようだった。そこにはその場で撮ったような粗い画像が貼ってあった。
「どこ出身ですか?」
「そういった情報は一切ないわね。いつものことだけど」
「調べてもらえませんか」
「なに言ってるの?」
「|端末(タブレット)貸してください」
 私は椅子を引っ張り出して先生の横にすわり、新庄先生からタブレットを受け取った。
 制服のポケットから折り畳み式のキーボードを取り出して広げ、ペアリングして接続する。
「どうするの?」
「学校が一切しらないわけがないから、アクセスするんですよ」
「私が犯人になっちゃうじゃない」
「大丈夫ですよ。別の端末を経由しますから」
「なにそれ?」
「蛇の道はヘビってやつです」
「……」
「とにかくバレないから安心してください」
 いくつかの匿名用のツールを経由して、学校のサーバーへアクセスする。
 デバッグ用ターミナルツールで直接接続を試みると、あっさりとつながってしまう。
「先生、『北島アリス』のIDを教えてください」
 新庄がタブレットをのぞき込みながら、教師用のアプリを操作し、パスワードを入れると、北島のプロフィールが表示された。
「えっ? これ、本当ですか。顔写真すらない……」
「確かに変ね。ここがID」
 私は学校のサーバーへつながるウィンドウからデータ取り出しのクエリ(問い合わせ文)を叩く。
 数秒も経たずに『北島アリス』のデータが表示される。
「何も入っていない」
「入学承認者に校長の名前があるだけ、なのね」
「さっきの掲示板の方がよっぽど情報がありますよ。顔写真載ってたし」
 新庄先生はほおずえをついて、足を組んだ。
「個人情報の扱いが厳しくなったのかな」
「っていうか、これだけの情報しか入力してなくて、入学手続きできるんですか?」
「最低限の条件はクリアしてるから」
 新庄先生が画面を指さしていた。
 私はその項目名を読む。
「校長の承認?」
 新庄先生はうなずく。
「逆に、この仕組みを利用されたんじゃないですか? 校長の承認部分だけを改変するとか」
 そうだ、チアキや、ミハルが転校してきた時は……
「先生、チアキとミハルのID」
「あんまり関係ない生徒のID見るのも、ヤバいんだって」
「これで最後にしますから」
「……」
 新庄先生はタブレットを操作してプロフィール画面を二つ開いた。
「早くして」
 IDをコピーして、クエリを打ち込む。
 チアキの入学手続きは、しっかりと項目が埋まっていた。
「これが普通だと思うわね。これくらい入力されてから校長の承認になるはず」
 私はミハルのIDでクエリを入力する。
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「なにしやがんだ……」
「無警戒すぎるんだよなぁ…… 相手は超能力者なんだぜ」
 ロン毛は頭に手をあててそう言って、今度は亜夢を睨みつけた。
「けど、仇はとってやるよ」
 亜夢の動きが止められている状態では、このロン毛に勝つ術はなかった。
 今度こそフィニッシュブローを打ってくるだろう。
「美優、亜夢を放して!」
 アキナが叫んで美優に近づこうとすると、バットを振り込んでくる。アキナは寸前で立ち止まり、それを避ける。
「なんでこんな時に|超能力(ちから)を上手く使えないんだろう」
 とアキナはつぶやく。
 次の瞬間、アキナの視界の端を人影が走った。
「奈々!」
「行かせねぇ」
 と、奈々をバットの男が追う。
 一方、ロン毛が踏み込んで左をボディに打ち込むように構えた。
 絶対にフェイントと思われたが、亜夢は二回受けたボディの恐怖を克服できない。
 超能力を使ってボディへの防御を集中させた時、顔にロン毛の右ストレートが見える。
「捕まえたぞ!」
 バット男の腕が、走る奈々の腕を捉えた。
 腕をとられバランスを崩した奈々は頭から倒れていく。
「美優…… 気づいて……」
 奈々の伸ばした指が、かすかに美優に触れる。
「!」
 鈍い音がした。
 ロン毛の腕は一直線に亜夢の頭へ伸びていた。
 ひざから崩れ落ちるように後ろに倒れる。
 しかし、それは亜夢ではない。奈々に触れられた、美優だった。アキナは何があったか分からなかった。
「奈々、美優になにしたの」
 亜夢の腕は、顔の目の前で十字に交差しロン毛の拳を止めていた。
「反撃させてもらうわ」
 ロン毛の口元が引きつったようにみえた。
 そのまま亜夢が腕を伸ばしてロン毛の頭を押さえると、飛び上がって、膝で顔を捉える。
 膝が直接触れないよう、超能力で空気の層を入れて。
 右、続けて、左。
 亜夢はつかまえていたロン毛の頭を放して着地する。
 ロン毛は足がもつれたようになり、ぐるり、と後ろを向いてから、倒れる。
「おい。こいつがどうなってもいいのか」
 バットの男は、奈々の腕をねじりあげ、片手のバットを振りかざしていた。
「どうする気」
「俺の方に来い。こいつでぶん殴ってやる。超能力を使うようなら、この女の腕をこのまま……」
 亜夢の視界にアキナが入ってきた。
 高くジャンプして、ひねりながら回転しそのまま|踵(かかと)を男の頭に落とした。
「……」
 バットが手から落ち、頭を抱えた。奈々は走って亜夢のところにやってくる。
「アキナ、ありがとう」
 亜夢がそう言うと、アキナは手のひらをバットの男の背中に、ドン、と押し付けた。
 男はそのまま突っ伏すように倒れてしまった。
「これでよし」
「く、くらぇ!」
 ぱぁっ、と土埃が舞う。
 亜夢も奈々もその埃の中に立っていた。
「やっと引っかかったか!」
 しかし、埃は静止している。二人は目を見開いたまま、さらしを巻いた男を睨みつけていた。
「なんどやっても分からないのね」
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「誰よ、こんなこと書くの!」
「佐津間じゃね?」
「佐津間だろ」
「こういうのは、さつましかいないんだな」
 私が佐津間を睨みつけると、佐津間は首を振った。
 アリスが私を指さした。
「ばばあごえ」
「なっ」
 クラスで笑い声が巻き起こった。
「北島、発音うまいな」
 担任の佐藤がそう言った。
 さらにクラスの中の笑い声が重なって、広がった。
「もういや!」
 いたたまれなくなって、私は走って教室の外にでた。
 教室を出たとして、行く場所はない。いや…… 私は保健室へ向かった。
 保健室には『不在』の札がかかっていたが、入れることを知っている私はそのまま何かに入り、ベッドに潜りこんだ。
 なんでいつも私だけ……
 保健室の扉が開く音がした。
「どうしたの」
 新庄先生の声だった。
「もういいです」
 しきりを開けて、ベッドの側へくる。
「『もういい』訳無いから、ここに逃げて、ここで泣いてるんでしょ」
 ムカッときた。
 何を答えても言い訳になりそうな気がしたから、素直に認めた。
「そうですよ」
「自分のいやなことと戦いなさいよ。いつもここで泣いていても、クラスのみんなは何悪いことしているのかわからないわよ。教室でどうどうと泣いて、発言者に謝罪させるのよ」
「そんなのいや」
「そう言ったって、教室から飛び出して、ここにいたらだれも気にしてくれない。私も生理的な傷なら舐めて癒すこともできるけど、心の傷はそうはいかないのよね」
「いいんです!」
「じゃ、自分の思う通りにすれば」
 しきりをしめて、新庄先生は椅子に座ったようだった。
 私は教室であったことを思い出していた。
 転校してきたばかりの北島アリスに『ばばあごえ』認定されてしまったのだ。
「新庄先生」
「どうしたの」
「転校生、知ってますか?」
「……」
 私はしきりを開けて、先生の横に立つ。
 先生はピンとこない様子だった。
「北島アリス……」
「聞いてないわ」
「今日の職員会議とか朝礼でそういうのはなかったんですか?」
「私出てないから」
「先生の連絡事項にないですか?」
「その転校生がどうしたの?」
「いいから調べてください」
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「俺の顔に何かついてるか?」
「……いえ」
「ゲシュタルト崩壊ってやつか?」
「?」
「いや、なんでもない。熱い抱擁はこれで終わりかな? さあ、教室に戻ろう」
 佐藤先生はそう言って歩き出した。
 歩きながら私は佐藤先生の後ろ姿をじっと見つめた。

「転校生を紹介する」
 いつもの儀式が始まった。
「まずは自己紹介してもらおうかな。名前と好きなこととか」
 教壇の前に手招きすると、北島がゆっくりとやってくる。
「ほら、これに書いてみて」
 佐藤がタブレットを渡す。そこにペンでササッと書き込むと、クラス全員のタブレットにそれが配信される。
「北島アリス」
「きたじまありす」
「アリスカタカナなの?」
 本人は何も口にしていない。クラス全員がざわついていた。
 佐藤がタブレットを受け取ってから言った。
「そうだった。北島くんはまだ、よくしゃべれない。この国の言葉はこれから本学で勉強するんだ」
「ええ~ そうは見ない」
「どこの言葉なら話せるの? 私英語なら質問できるよ」
「見えるだろ、いかにもハーフじゃん」
「先生、いつもの質問コーナーはどうすんの?」
「アリス、部活どうするの、バスケ部入ってよバスケ部」
「勝手にしゃべるな」
 佐藤が言うと、アリスが先生のタブレット指さした。佐藤はそれに反応して北島に手渡す。
 ササッとペンで書き込む。
 クラス全員、各々のタブレットを注視して静かになる。
「書き文字なら出来る」
「うそ? 書く方が難しくね?」
「じゃあ、書いてみようかな」
 興味を持った何人かがタブレットに書き込み始めた。
 アリスもタブレットをせわしなく操作して、何かを書き込み始めた。
「えっ『バスケってなに』だって
「『父も母もこの国の人です』って、ほら、ハーフでもなんでもないんじゃん」
「『聞き取りはできるから、話しかけてもOK』なんだって」
 私はタブレットに『いったいどこからきたの?』と書き込んだ。
『あなたの知らない国から』
 間髪を入れずに返す。
『知らなくてもいいから国名を書いて』
『なんて書くのかわからない』
 地球の地図を張り付けて、『場所はどこ。塗りつぶして』と入れる。
 アリスは『地図ではわからない』と書き込んでくる。
 私はタブレットを叩いて立ち上がる。
「ふざけないでよ。あんた|何者(なにもん)なの?」
 アリスの回答を読み上げ、ざわついていたクラスが一気に静かになった。
「どうした、白井。席に座れ」
 その時、誰かがタブレットを使ってアリスに『ババア声』と書いて送った。
 アリスが何か操作していると、先生のタブレットが読み上げた。
「ババアごえ。ババアごえとはおばさんのようなこえのこと」
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