その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

2017年12月

30日から、来年の最初の週まで、お休みを頂いて、1月8日から再開する予定です。
みなさん良いお年を。 
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 私はこの女の子が『外にいられない理由』が知りたかった。
「もしよかったら、あなたが外にいられない理由を教えて」
「それは……」
 女の子は、困ったような表情で、目線があちこちに泳ぎ始めた。
 いけないことを訊いた、と私は思った。
「ごめん…… 話せないなら話さなくていいよ」
「……」
 女の子は顔を真っ赤にして、こっちを睨み始めた。
「わかったから、大丈夫だよ」
 怒っていると思った私は、女の子と距離を取った。
「そうか。わかってしまったなら仕方ない」
「えっ?」
 女の子は再び足を白馬のそれに変えた。
 私を見下ろし、円を描くように移動を始めた。
「私の正体がバレたぐらいどうということはない。もうすぐここに〈転送者〉が送られてくる。お前はその〈転送者〉に倒されておしまいだ。蛇女とトラ男も同じようにここへ誘い込んで始末してやる」
 急に乱暴な口調になったことに戸惑いながらも、結局、この女の子は私達の敵だということを理解した。
 何か誤解して、勝手に正体がバレた、と思ったのだろう。
 私は確かめたかった。
「何故私達を倒そうとするの? あなたも改造されたんでしょう? 憎むべきは〈扉〉の支配者じゃないの」
 女の子は笑った。
「馬鹿ね。〈扉〉の支配者に逆らって勝てるわけがない。あなたがどうやってここに来ることになったのか考えてみなさい。キメラであるあなたを社会が排除しようとしたからなのよ」
「社会が排除? 何を言っているの?」
「知っているわよ。あなたは〈転送者〉を倒したに過ぎないのに、殺人容疑で追われている。だから〈鳥の巣〉の中に逃げてきた。それは社会がキメラを排除しようとしているからよ。私はこの馬の姿をしただけで、友達に裏切られ、動物プロダクションに売り飛ばされそうになったわ。そとの世界を逃げ回ったけど自由はなかった。けれど私が唯一、自由を得れる場所が、この〈鳥の巣〉の中だったの」
 言いながら、じりじりと迫ってくる。私は近寄られた分だけ、後ろに下がっていた。
「あなたは、極論すれば、その黒い翼のせいで、社会的に〈鳥の巣〉の外に居られなくなったのよ。〈扉〉の支配者はこの社会の醜さを利用したに過ぎない」
 私は何かもやもやしたものを感じた。
「私は〈扉〉の支配者と協力することにした。〈転送者〉によるこの世界の破壊が終わった後、〈扉〉の支配者が統べる世界になった時、私の居場所をくれると約束してくれた」
「それが、〈扉〉の支配者のうそだったら?」
「まだ〈扉〉の支配者には裏切られていないわ。少なくとも動物プロダクションに私を売ったりしていない」
 この女の子は外にいる人が信じれなくなって〈扉〉の支配者に従っている。
 私はまだこの外に信じられる人がいる。
「マミ……」
「何言ってるの? それともあなたが〈扉〉の支配者に従う、というのなら〈転送者〉の攻撃を中止させることも出来るわ」
「私には、信じられる人がいる。だからあなたにも、〈扉〉の支配者にも従わない」
 私は女の子を睨み返した。
 女の子は腕をぎゅっと絞ると、振り返って、後ろ脚蹴りを浴びせた。
 急所はかわしたものの、フロアの中ほどまで体が弾き飛ばされた。
「では、ここで死になさい」
 女の子が言うと、各フロアから〈転送者〉が一体ずつ現れた。
「1、2、3、4、5……」
 五体の〈転送者〉はどれも黒いE体だった。
「かかれ!」
 女の子が言うと、1階にいた〈転送者〉が襲ってきた。
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『やめなさい。何度思い返してももうその事実を覆すことは出来んぞ』
 木の幹がブロックノイズのように崩壊し、顔を手で覆っているはずなのにハツエの姿が見えた。
 思考の中の暗闇に立つ金髪の少女。
『恐怖につながる事象を何度も繰り返しても前進せん。もっとポジティブなことを思い返せ』
 その思考の中の暗闇で、亜夢は顔を覆っていた手をはずした。
『分かりにくかったかの。であれば、もっと楽しいこと。で良い』
 亜夢がぼんやりと美優と奈々の着替えの様子を思い出した。
『なんじゃ?』
『……』
『もしかして、美優と奈々に興味があるのか?』
 亜夢は顔が熱くなるのを感じた。
『な、何を言ってるの?』
『今、二人の着替えのところを想像したろうが』
『人の考えを盗み見たわね』
 金髪の少女は手を広げて持ち上げた。
『ここは最初からおぬしの思考の中じゃ。周りも実際の風景と違って真っ暗。それに金髪の少女はこんな言葉遣いをせんと言ったろう。ちょっと考えればすぐにわかるはずじゃ』
『……ここは私の思考の中?』
 金髪の少女がうなずいた。
 そして、暗闇がまるで壁であるかのように、手を広げ、パン、と押し付けた。
『ほれ、さっきの映像』
 ワンピースの水着を着た美優がこっちを見ている映像が、その暗闇の壁に現れた。
『……』
 ハツエは映像を指で撫でた。
『いい体つきじゃの。おっ、もっとすごいのもあるんじゃの?』
 金髪の少女が、横に歩いていき、また真っ黒な壁に向かってパン、と手の平を押し付けた。
 すると、捜査協力のため都心に出ていた時、亜夢が美優に誘われるままラブホで休憩していた時の映像そこに映し出された。体を洗っている美優の姿。髪をアップにして、体は泡だらけだったが、体のラインは明らかに分かる。
『ほう。これはエロいの』
『私の記憶を抜き出すのやめてください!』
 亜夢は自らの頬を押さえた。
 金髪の少女、ハツエは真っ黒い壁をパン、パンと叩くとその映像が消えた。
『こっちはどう思ってるんじゃ?』
『?』
 ハツエは再び、壁に手の平を押し付けた。
 パン、と音がすると、そこにはビキニスタイルの水着を着た奈々の姿が映った。
 ハツエが亜夢の顔をじっと見ている。
 亜夢はハツエの視線に気づいて、また頬を押さえた。
『ほう。こっちも良いのか。優柔不断じゃのぅ』
『もうやめてください。プライバシーの侵害……』
『こっちはあのアキナ、というのとキスしかけたそうじゃないか』
 亜夢は表情を変えて、金髪少女に詰め寄った。
 そして拳を振り上げ、言った。
『もうやめなさい。やめないと……』
『まぁ、待て。そうじゃ、いいことをおしえてやる』
 ハツエ少し避けて、また壁をパン、と叩く。
 今度は水着の二人が、砂浜でじゃれあっている姿が映し出された。
『えっ?』
『これは今の二人のようすじゃ』
『私はこれを見ていませんけど』
『……これはヤドカリからの映像を人間が見れるものに直したのじゃ』
 ハツエが亜夢の方を振り返ってニヤリと笑った。
 映像にくぎ付けになりながら、亜夢は言った。
『だからこんなにローアングル』
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 確かにその通りだ、と私は思った。背後を取ったチャンスを逃すのは間抜けな悪党だ。
「あの、あなた悪者じゃないんですか?」
「あなたが判断するのよ?」
 ゆっくりと体を後ろに向けると、その人は私の肩から手をどけた。
 黒いキャップをかぶり、スカジャンにショートパンツ姿の女の子だった。
「は、はじめまして」
「ぷっ!」
 そう言ってから、スカジャンの女の子は笑い始めた。
「まだ手を上げたままなの? 私悪者認定されたまま?」
 けれど避難区域に指定されている〈鳥の巣〉内で、『普通の女の子』がいる訳がない。当然、『普通の男の子』もいないだろう。笑ってはいるが警戒を解くことはできない。
「こうやって腹を抱えて笑っているふりして、すぐ後で、銃口を向けたりすると思うの?」
 女の子は急に真顔になり私を睨んだ。
「あなたと同じよ」
「?」
「口で言わなきゃわからない?」
 私はうなずく。
 女の子は指で銃の形を作って、自らの首に撃つ仕草をした。
「某システムダウンの時、私はこの空港にいた。そして偽救急車である組織に連れ去られた」
 私は〈扉〉の支配者からの映像を思い出していた。
 私が『殺された』と思った映像…… カチューシャをした連中に運ばれ、救急車に載せられた。まさか、この人も。
「その組織は某システムダウンが起こることを知っていた。|予め(あらかじめ)〈転送者〉で最大の混乱が起こるこの空港を狙っていたのよ」
「私を連れ去った救急車、カチューシャをした集団」
「そう。私も同じよ」
 女の子はうつむいて、目を閉じた。
 力をいれたように口が歪むと、彼女の下半身に変化が起きた。白い四つ足が現れた。足の形は馬のようだった。
「ケンタウロス?」
「私もキメラよ。あなたは、カラス、だったわね」
「!」
 下半身が馬の姿から、元の姿に戻った。
「なぜ知っているか、って思っているわね。私は体質的に麻酔が効かないの。だから、研究室へ連れ込まれたあなたたちが、改造される様子を見ることが出来たの」
 私には体に何かされた記憶は一切なかった。
 それは鬼塚に聞いても、新庄先生に聞いても同じだった。
 確かにこの人の言うように、麻酔をかけたまますべてが行われたのであれば、私達に改造された時の記憶がないのは納得ができる。
「あなたの他にも知っているわよ。トラを組み込まれた男のひとと、蛇を合わせた女の人もいたわ。もっとも、私の後の人の事は知らないの。私を改造する番になって、通常の麻酔が効かない、と分かった時から部屋を隔離され、別のやりかたで麻酔をかけられたから」
 トラは鬼塚刑事で、蛇は新庄先生だ。あてずっぽうだったら、私以外の二人のことまで当てられないだろう。この女の子は本当に私達が改造を受けるところを見たに違いない。
「信じてもらえたかしら」
「ここまでは信じるわ。で、あなたはなぜこの〈鳥の巣〉内にいるの? ここは立ち入り禁止区域よ」
 女の子は手を広げて笑った。
「あなたと同じ。一つは〈転送者〉を倒す為。もう一つは、〈鳥の巣〉の外に入れられない理由が出来たから」
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 美優は少し急ぎ足で歩き始めた。
「そうだよ。そんなに時間ないから、早く行って遊ぼうよ」
「う、うん」
 駅を過ぎ、ジグザグに下りながら、海岸へと降りた。
 小さいが、何件か家が建っており、その先に小さい砂浜が見えた。
「あそこだね」
 美優が小走りに走っていくと、奈々も追いかけるように走った。
 砂浜の上にレジャーシートを置き、そこに二人は座った。
 海水浴日和だったが、他に浜には人がいなかった。実質的には二人だけのプライベートビーチと言える。
 美優がスウェットを脱ぎながら言った。
「暑いね~」
「そうね」
「波打ち際まで行ってみようよ」
 奈々は立ち上がってお尻を払っている美優を見ていたが、立ち上がらなかった。
「私荷物みてるよ。美優、行ってきて」
「えっ、だれもいないから大丈夫じゃない?」
「……」
 奈々は美優の視線に耐え切れずに、周りを見回した。
「ほら、家があるわけだし、だれかいるかもしれないし」
「大丈夫だよ。一人じゃバカみたいじゃない。一緒に行こうよ」
 美優はジャケットを脱がない奈々の手を引っ張って、立ち上がらせようとした。
「いいよ。順番で。ね、順番」
「わかった……」
 美優はあきらめたように手を放し、下を見ながら波打ち際の方に歩いて行った。
 奈々は膝をかかえてじっと美優を見ていた。
 ハツエが言ったのは、私のこういうところを直せ、ということなのかな。だから遊んで来い、って言ったのかな。
「きゃっ!」
 波打ち際でバシャバシャしていた美優が、急にひっくり返った。
「大丈夫?」
 奈々はジャケットを脱ぎ捨て、美優のもとに走った。
「ど、どうしたの? 何かいた?」
 しりもちをついたままの美優は、にっこりと笑った。
「何もいないけど、波で足を取られた」
 奈々に手を貸してもらって達がる美優。
「な…… なんだ、びっくりした…… !」
 その時、また大きな波が打ち寄せる。
 有段者の綺麗な足払いが決まったように、二人はひっくり返る。
 飛び散る波しぶき。
 奈々は顔についた海水を手で払いながら言う。
「しょっぱい」
「あははは!」
 美優が笑うと、奈々もつられて笑い始めた。
「海だから、しょっぱいよね」
 そうしている間にも、ザザーっと波がやってきて、二人の手足にぶつかりしぶきを上げる。
「うわっ、しょ、しょっぱいしょっぱい」
「あははは」
「面白いね。海って面白い」
 奈々は手を叩いて喜んだ。
 二人は、びしょ濡れになりながら笑いあった。



 亜夢は顔を両手で覆い、さっきの事を思い返していた。
 スピードを上げて山をおり、ハツエに追いつくかと思った一瞬、ハツエに気を取られ過ぎた。
 目の前に迫っている幹にぶつかる…… そんな距離だった。
『避けきれ……』
 慌てて顔の前に手を差し込み、クッションにしようと思うが、勢いが付きすぎている。
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 私はこちらの建物側から入ることに決めた。
 舗装道路もいくつもあるため、なるべく障害物の多い場所を見つけて通った。
 車の音がたまにするが、それは近くを通っている高速道路から聞こえるもので、空港へ行く道に車両の姿はなかった。
 〈転送者〉が出てしまう為に、扉という扉は破壊された。あるいは、〈転送者〉が出てくる過程で破壊されていた。ただ、すべてが処理されている保証はなく、いつ〈転送者〉が出てきても不思議のない場所だった。すくなくとも私の記憶のなかでは、たくさんの〈転送者〉が現れる印象しかない。
 空港の巨大な建物を目前にし、それを見上げた。
「お母さん」
 母はここで亡くなった。
 友達と別れてしまったのもここだった。
 〈扉〉の支配者からの映像で、記憶が少しだけ蘇っていた。前回はそんな記憶もなかったし、何しろ夜中だった。今なら、もっと手がかりがつかめる。私は空港の建物に足を踏み入れた。
 24の付近だった、と私は空港の案内図をみた。
 滑らかだったはずの空港内の床は、〈転送者〉や軍の戦いによって穴だらけになっている。
 私はカメラに注意しながら、死角となるようにあるいた。空港内のカメラは〈転送者〉を察知するために、軍が監視しているのだ。軍につかまれば、私は警察に突き出されてしまうだろう。
 24番の近くまでくると、そこで拾った帽子のことを思い出した。
 その帽子は全体が黒いキャップで、つばの上だけが白く、ピンク色で文字が書かれていた。
「たしか、この近く」
 帽子を拾った場所だ、と思われた。私は他の手がかりがないか、あたりを見回した。
「鴨川(かもがわ)美琴(みこと)」
 私を呼んだつもりなのだろうか、と思い、声がしたあたりを見るが、姿は見えない。
 鴨川美琴…… 私がここで見失った友達の名前だ。
 まさか本人…… が自分の名前を呼ぶわけはない。とすれば、声の主は、美琴を知っている人物だ。
「誰かいるの?」
 カメラの位置を気にしながら、そっと動く。
「美琴のこと、知ってるの?」
 急に反応が無くなった気がする。
 目の前に、さっと動く影が見えた。
 今のは、もしかして…… 美琴?
 その姿は私と同じくらいの年恰好に思えた。根拠はそれだけ。後は直感がそう言っている。思いつくのがそれしかないためなのかもしれないけれど。
「なぜ逃げるの?」
 私が追いつくと、その影が次の場所へ移動するようだった。
 何か誘いこもうとしているのだろうか。その人影が味方ではなかったら。
 そう考えて足が止まった。
 けれど影が敵だとすれば、追わないでいれば、今度は後ろを取られてしまう。
「……」
 そういう意味は選択肢はないのだ。影を見極めなければ、空港を調べることが出来ない。
 追いつくと逃げる、追いかけっこの末、急に天井が高いホールに出た。
「ここって……」
 私には見覚えがあった。以前、〈扉〉の支配者を名乗るものに呼び出され〈転送者〉との戦った場所だ。
「!」
 急に後ろから肩を叩かれた。
 私はゆっくりと両手を上げた。
「なに? 急に手を上げて」
 声に心当たりはなかった。
「もし私が悪者だったら、肩を叩いたりしないわ。そのまま後頭部を撃ち抜く。あるいは麻酔をかける。相手に選択の時間を与えたらだめよ」
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 私は震えるほどの喜びを感じた。
「私も、私も触って……」
 マミの手を自分の方へ引き寄せると、見上げるような目線で見つめえされた。
「キミコ……」
 マミの指はまるで別の生き物のように私の秘部を探し、|蠢(うごめ)いた。
 その指が探し当てた瞬間、私は声を上げてしまった。
「あっ、ん……」
 マミにされるがまま、愛されるまま愛され、果ててしまった。



 目が覚めると、私は汚いコケの生えた岩の上に横たわっていた。
 濃い緑色のコケの上に、赤い体液が通った跡があった。
 さっきまで見ていた、マミとの出来事が単なる夢であったことを思い知らされた。
 そして、体を起こそうとすると、私は背中と足に激しい痛みを感じた。
「うっ……」
 体が跳ねるように反応し、岩から落ちてしまった。
 落ちた先は柔らかい土だったが、草の葉も、土も朝露で濡れていた。
「まさか警察がいるなんて」
 私は〈鳥の巣〉内で捜索隊を向かわせただけでなく、巧妙なことに〈転送者〉が出たなどという罠まで掛けて捉えようとしたことに驚いていた。
「私が〈転送者〉に反応するなんて、鬼塚刑事しかしらないはずなのに」
 それに、私が鳥のように飛び立つことが出来る、と知っていなければ、警察は空に向かって撃たないだろう。つまり何もかも警察にバラしてしまっているということだ。私が奇妙は羽根を持つこと。〈転送者〉と戦っていること、そういう秘密が少なくとも警察には話されてしまっている。学校に伝われば、どうなるかわからないし、クラスメイトに伝わったら……
「もう学校には帰れない……」
 北島アリスを殺した、という疑いが晴れたとしても、奇妙な鳥のような翼を持ち、〈転送者〉と戦っていると知られたならば、学校へ戻ることは出来ないだろう。
 それと重要なことは、警察は私に向かって銃を向けたということだ。
 もし単純な容疑者であれば、警察が無抵抗の私を撃つわけはないだろう。警察がためらいなく撃ったということは、私は人権のないもの…… 〈転送者〉と同類に扱われているのだ。
 警察に見つかったら、その場で撃たれるかもしれない。その覚悟でいないと……
「お父さん……」
 膝を抱えて目を閉じた。
 私にはもう何もない。ただ絶望感に囲まれてしまって身動きが取れない。
「お父さん、助けて」
 父はコアに取り込まれて死んでしまった。もうこの世にはいない。母は某システムダウンの時に〈転送者〉に叩き潰され、死んだ。友達…… そうだ、〈鳥の巣〉の中にある国際空港で離れ離れになった友達。だから私は、今もこうやってあの時のツインテールにしたままなんだ。
「探さなきゃ!」
 国際空港にいかなきゃ。きっと友達はまだそこにいる。いや、いないだろうけど、友達の手がかりは、きっとそこにある。
 私は痛みをこらえながら立ち上がり、太陽をみて、ぼんやりと国際空港のある方向を思い描いた。
 そして草木をかき分けながら、森を歩き始めた。



 大きな舗装道路がいくつも現れ、隠れなければならない私は、迷路の狭まる森を行ったり戻ったりしながら空港に近づいた。ここは〈某システムダウン〉が発生する前まで、この国の首都の国際空港であった。しかし、今はこの通り〈鳥の巣〉の中のただの無人の敷地だ。
「だめか……」
 もうフェンスを越えて舗装路を歩かないと空港へは近づけそうになかった。
 そうでなければ、ぐるっと回って滑走路の先から入るかしかない。
 こちらからなら建物や放置された車両などに隠れながら進めるが、滑走路は遮るものなどない。見つけようとしているなら、あっという間に見つかってしまう。
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 亜夢は大きく息を吐いてから、決断したように口を結んで坂に飛び込んでいく。極力足を突かないように、最小限の左右移動で下りていく。
 今度こそ……
 落ちるように加速する亜夢が、ゆっくりと障害物を避けて進むハツエの後ろ姿を捉えた。
「あむねえちゃん!」
「あっ……」
 ハツエの姿を気にし過ぎた亜夢は、正面にある木の幹に気が付かなかった。
「避けきれ……」
 避けきれない。亜夢は手を顔の前に出して、木の幹と顔の間のクッションにしようとした。
「バカ!」
 ハツエが叫ぶと、亜夢の体が一瞬で幹を回避して止まる。
『心が恐怖で支配され、超能力が使えないのか』
 亜夢は目を開いた。現実ではない暗闇の空間で、光に包まれた浮いているハツエと、同じように光に包まれている亜夢がいた。
 ハツエの姿は、子供のその姿そのままだった。
『プレッシャーがかかった状態で力が使えないと、取り返しのつかないことになるぞ』
『はい』
『亜夢、覚えておきなさい。非科学的潜在力を持つものがすべて今のお前ような反応を示すわけではない。怒りや恐怖を感じた時、でたらめに超能力を使うものもいる。木を破壊し、山を消し去っても自分が助かろうとする輩だ。そんな相手と出会ったら、お前は確実に|殺(や)られるだろう』
 亜夢は頭を下げた。
『その時はやられてもしかたありません』
『そのような輩に|殺(や)られてもいいじゃと? それは間違っている。そんな輩を野放しにしてはいかん。亜夢も、こころを正しく保つことで、そんな時にも|超能力(ちから)を使えるようになる』
『……』
 ハツエが宙を浮きながら近づいてきて、亜夢のおでこにキスをした。
『目を開けるんじゃ』
 亜夢が目を開くと、さっきいた坂の途中ではなく、ハツエの家の前の平らな場所に立っていた。
「あむのなかの、こわいきもちがなくなるまで、きゅうけいにするね」



「おねえちゃん、なにもかも忘れて遊んできてね」
 ハツエが言うと、美優はにっこりと微笑んで返事をした。
「はい」
 奈々も微笑んで、手を振った。
「行ってきまーす」
 奈々は少々緊張していた。美優と二人きり、という状況が怖かったのだ。奈々と美優は亜夢を通じての友達だったし、美優は転校してきてから日が浅い。亜夢やアキナとはちがって、二人きりになったり、話したりという機会が圧倒的に少なかった。
「……」
 何かを話そうとして、意気込んでしまい、頭の中が真っ白になった。
「どうしたの?」
 美優が振り返って奈々に話しかけた。
「あっ、な、なんでもない」
 しまった…… と奈々は思った。もっと上手に切り返せれば、ここから話が出来たのに。
「何考えてるんだろうね」
「えっ? いや、どうだろう」
「?」
 美優は立ち止まった。
「ハツエのことだよ。海で遊んで来い、だなんて。そんなことで|精神制御(マインドコントロール)に対抗できるようになるのかしら」
「あっ、それね。それ、私も考えてたんだ。どうやって? って」
「どうやって? って言うのはないでしょ。泳いだり、砂浜でお城作ったりさ。浮き輪でプカプカ浮かんでたっていいじゃない。二人だから面白くないかもしれないけど、ビーチバレーとか。貝殻拾いとか……」
 奈々は苦笑いした。
「そ、そんなに遊ぶこと思いついちゃうんだ」
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 暗闇に向かって私は言った。
 その時、遠くからサイレンの音がした。
 同時に、拡声器を使った人の声が聞こえる。
「巨大〈転送者〉出現、住民は直ちに避難してください」
 私は飛び起きた。
 巨大〈転送者〉だって? サイレンとその方向的には、学校の寮も含まれそうだ。
 だって、巨大な〈転送者〉が出てくる、巨大な門が必要なはず……
 コンビニの外に出ると、〈鳥の巣〉の壁の方を見つめる。
 〈転送者〉を照らす為のライトで〈鳥の巣〉の壁の向こう側が明るく見える。
「今なら寮には、鬼塚刑事がいるはず」
 目を閉じて|思念波(テレパシー)を送る。本当に巨大な〈転送者〉がいるのなら、それと戦えるのは、マミと私だけだからだ。
『鬼塚刑事。今の放送は本当?』
 反応がない。
 遠すぎるのか、それとも鬼塚刑事が私を拒否しているのか。
 翼を出して羽ばたく。
 十分高く上がると、〈鳥の巣〉の壁の外が見えた。
「……いない。まさか」
 銃声が聞こえた、と思った時は遅かった。翼と足に銃弾が貫通した。
 警察が私をおびき出すために一芝居打ったに違いない。
 痛みのせいで、翼をうまく操れない。高度を維持できず、どんどん降下していく。
 続けて銃声がするが、それは当たらなかった。
 街に降りたら捕まってしまう。私は森の木の頭すれすれをゆらゆらと飛ぶと、上昇しきれずに幹にぶつかり、落下した。
 落下の途中、枝が体中を痛めつけた。
 急所をさけるように、落下の間中、必死にもがいたが、木の上にとどまることは出来ず、地面に激突した。
 手をついて、立ち上がろうとした時、激しい足の痛みとともに気を失った。
「キミコ、キミコ、起きて」
 マミの声が聞こえた。声に反応して、目を開けると、うつ伏せにした顔の下にあるタブレットがフラッシュしていた。
「キミコ、当てられてるよ」
 私はびっくりして立ち上がった。
「白井。また寝てたな」
 クラス中から笑い声が聞こえた。私は周りを見たが、ひとりひとりの顔は陽炎のように揺れていてはっきり見ることができなかった。
「キミコ、これ」
 マミが、スカートをまくりあげて、私の手を引いた。
 誘導されるままに手を当てると、マミの足の付け根、柔らかい部分に触れた。
「うん」
「いいのよ」
 微笑むマミの顔から、何が『いい』のかを必死に考えた。
「いいって、どういうこと?」
「……わかるでしょ?」
 えっと、そういうことなのだろうか。
 もう、私とマミはそういう関係なのだろうか。
 ここは教室だけど、進めてかまわないんだろうか。
 私はそっと指を動かし始めた。
 その下の感触を確かめながら、指でマミの山を撫で、谷をこすった。
「あぁ……」
 マミの吐息のような歓喜に満ちた声を出した。
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「おねえちゃんと私も外に出るのよ」
 亜夢は自分の靴を履いてから、小さな靴を拾い上げると肩の上に乗っているハツエに履かせた。
「アキナおねえちゃん。ちょっと出かけてくるけどちゃんと勉強するのよ」
 ちょっと間があいて、暗い感じの返事がきた。
「はーい」
 玄関を閉めると、ハツエが|思念波(テレパシー)で伝える。
『それじゃ、訓練を始めるぞ』
「はい」

 亜夢の訓練は、山登りから始まった。
 ハツエを肩車したまま、家の前の山を上った。
 山には獣道のような、少し草がつぶれているような道しかなく、表面はでこぼこしていて平坦なところはなかった。
 なおかつ、ハツエに木の枝や草の葉を当てないように、かがんだり、迂回したりしなければならい。
『これ、たらたらと歩くな。走るんじゃ』
「無理です」
『お前には|非科学的潜在力(ちから)があるじゃろ』
 それまでにも超能力のアシストを使っていたのだが、いままで以上に力をつかい、小山の頂上まで登り切った。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 ハツエの家が小さく見える。
「もうすこしやすんだら、くだりはもっとスピードだすのよ」
「無理です……」
 二階建ての家の十倍ぐらいの高さはあるだろう。
 それに下りの方が体の負荷は大きい。
 ハツエは家の方を指さす。
『このくらいの高さなら、一度にジャンプして下りればよかろう』
「あなたを肩車した状態でジャンプするのは無理です」
『やったこともないのに? 無理じゃと?』
「失敗すればあなたも危険なんですよ」
『わしは危険じゃないぞ。わし自身も|非科学的潜在力(ちょうのうりょく)は使える。そもそも、もういつ死ぬかもわからんから、すこしぐらい無茶してもらってもかまわん』
「私一人でジャンプするのだとしても、です」
「……」
 ハツエはぴょん、と亜夢の肩から飛び降りて向き合った。 
『限界を作っているのは自分自身だということに気付くことじゃな。まずはわしと下りの競争をするか』
 ハツエは山の下に向き直って、かけっこのスタートの姿勢をとる。
「よおーい、どん」
 ハツエはぴょーんと飛び上がった。
 一度にしたまでジャンプはしないものの、かなり下まで一度に降りてしまう。
「ま、まって」
 亜夢も遅れてスタートするが、こわごわと腰が引けてしまっていて、スピードを出して降りていくことが出来ない。
 何度かハツエをまねて、飛び降りようとするが、|非科学的潜在力(ちょうのうりょく)が逆に働いてしまい、スピードが殺されてしまう。
 亜夢がようやく下に降りた時、腕を組んでいたハツエが言った。
「やっときたね。じゃ、もういっかいやるよ」
 にっこり笑ったハツエが、ぴょんと飛び上がると、吸い付くように亜夢の肩の上に乗った。
「すたーと!」
「上りなら!」
 亜夢は力を使って、ぐんぐんと上っていく。
 さっきよりも大胆にショートカットし、早いペースで山を上がっていく。
『そうじゃ。自分で限界をつくるな。まだやれる』
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 ハツエが肩から降りると、まるでスキー板でも履いているように、スラロームしながら降りていく。
「いそいでおりてきて」
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「このカタツムリが?」
「お前の教室に案内してあげろ」
 そういうと教師の姿が消えた。
「アリス、教室に行こう」
 私が言っても、かたつむりは反応しない。
「ほらっ、あっちだよ」
 殻を両手で押すが、ビクともしない。
「お願いだから言うこと聞いて」
 体重をかけて、力いっぱい床を蹴りだすが、まったく動かない。
「ん?」
 廊下の先に動く人物の影を見つけ、私はそれを追いかけた。
 曲がり角で、その動く人物の姿を捉えた。
「マミ!」
 マミはこっちをみて笑っていたが、こっちを向いたまま、ぐんぐんと離れていく。
「待って」
 急いで廊下を追いかける。曲がり切れずに、壁に当たりそうになって、転んでしまった。
「マミ」
 床を四つん這いになって、追いかけると、廊下の先からヘビが出てきた。一匹、二匹、三匹、…… 数が増えていく。
「誰、そこに隠れているのは」
 廊下の先は黒い霧のようなものが浮かび、壁の様子を見る限り、建物ごと消えているかのようだった。
 蛇は重なって床に溢れ、数を数えるような段階ではなかった。
「アリスなの?」
 一匹のヘビが鎌首を持ち上げると、そこに寄せ集まるようにヘビが集まり人の形を作り上げていく。
 蠢く蛇が人型になった時、そこに学校の制服が着せられた。
「北島…… アリス?」
 私は名札を確認した。
 手足はヘビのそれではなくなって、白い人の肌のように変質していた。
 こちらに向かって歩き出した、と思った瞬間。
 アリスの首がもげ、赤い体液を噴き出した。
「さようなら」
 声に振り返ると、そこにはマミが立っていた。
 涙を流しているようにも見える。
「マミ、違う。私が、殺したんじゃない。マミ、誤解よ」
 自分の涙でマミの姿が見えなくなる。
 マミが何か言ったようだったが、後ろで吹き上がる体液の音で聞こえない。
「なに? なんて言ったの?」
 マミに近づいて顔を見た。
 その顔はなじみ深い、記憶にある顔だった。
「えっ?」
 マミの体についているのは私の顔だった。



「うわっ!」
 その自分の声が床に響いて目が覚めた。
 見えるのはただ闇だった。顔に当たる感触で、ここが〈鳥の巣〉内のコンビニで、段ボールをしいた上で寝ていることを思い出した。
 頬を伝って段ボールにぽとり、と音がした。
「泣いてたんだ、私」
 袖で涙を拭った。
 体を横にして、手足をこれ以上ないほど縮めると、少し暖かく感じた。
「もう帰れない……」
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 今、そんな〈鳥の巣〉内いるのは軍人と警察官、民間人はデータセンターで作業するボランティアのエンジニアだけだ。
 街があってもすべての建物は〈転送者〉の破壊されたか、〈転送者〉がこないように軍隊によって扉や蓋が破壊されていた。それは、とても人の住めるものではなかった。
 おそらく、食べるものなどないのだろう。
 私は、そう思いながら、廃墟の街を歩いた。街灯も点かない通りがこんなに歩きにくいとは思わなかった。何もないと思われる場所でなんども躓いた。
 歩きながら私は考えた。やがてはここも警察に捜索されてしまうのだろうか。それとも、あの遺体が人間でない、と分かれば私は無実になるのだろうか。それとも、別の罪、〈転送者〉が誰の所有のものかは分からないが、他人の所有物を破壊したような罪で捕まるのだろうか。
「マミ……」
 私はマミのことを想って空を見上げた。雲の隙間から、月の光が差してきた。
 そんなわずかな明かりでも、かなり歩きやすくなる。
「ぐぅぅぅぅ」
 突然お腹が鳴った。
 寮で夕食はとったはずだが、北島アリスとの格闘や、ここへ来るまでの飛行せいだ。自分の体が疲れているのは分かっていた。けれど……
「こんな気持ちの時でも、お腹は空くのね」
 〈鳥の巣〉内で食べものを探すとしたら、と私は考えた。〈鳥の巣〉のゲート付近にある警察署に忍び込むか、セントラルデータセンター近くにあり、扉なしで運営しているという謎のホテルを襲うか。あるいは、交代で警備している軍隊も多少の食料なら持ち込んでいるかもしれない。
 いずれも今の私に出来ることとは思えなかった。
「この街には本当に何もないのかな」
 扉という扉を壊された建物を歩きながら、コンビニの看板を見つけ、そこに入ってみる。
 スマフォの光を付けて、室内を見渡す。『慌てて逃げた』といった様子の室内は、大部分の商品がそのままだった。しかし、食べ物がおいてありそうな棚を見ると、ほとんど残っていなかった。わずかに残ったビニール袋は、中に黒ずんだ液体が見えた。食べ物だったものが、腐って溶けてしまったのだろう。
「ダメか……」
 一方で、救いとしては缶やペットボトルのジュース類があった。私は無難なところでコーラを開け、見た目や匂いを確認した。スマフォの明かりでは極端すぎてこれが正しい色なのかわからない。
「う~ん……」
 少量を口に含む。
 室温の暖かさであること以外は、普段飲んでいる飲み物と同じだった。私はそのまま飲み始めた。
「うん。大丈夫」
 これで糖分と水分は確保できた。扉はないが、雨風もしのげる。
 安心したせいか、急に眠くなってきた。私は近くに置いてあった段ボールを広げて敷き、その上に横になった。



「また自習? どうなってるのこの学校は。月に何時間自習になってるのよ」
「いいじゃねぇか。なぁ、白井」
 佐津間が私の肩を叩いてくる。
「気安く触らないで」
 肩だけを回すようにして、乗せられた手を外す。
 廊下に何者かが通った影が映る。
「誰?」
 私は思わず廊下に跳び出していた。
 廊下に粘り気のある透明なジェルが付着していた。
 そのジェルの先を追っていくと、直径が背の高さほどあるカタツムリを発見した。
「えっ?」
 カタツムリの殻の陰から、先生が出てきて言う。
「今日から転校してきた、アリス君だ」
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「?」
 ハツエが指さすので、亜夢が体を回す。
「あそこで寝てるおねえちゃんを連れてね」
「……」
「いいからいくの。訓練なの」
「亜夢? どういうこと」
 奈々が困った顔で助けを求めてきた。
 亜夢は|思念波(テレパシー)でハツエに問う。
『なんの意味があるんですか?』
『疑問を持つな。二人をすぐに着替えさせて、海まで行かせるんじゃ』
『なんか別の言葉をください』
『疑問をもつな、と言ったろう』
 亜夢は視線を上から、奈々に戻し、言った。
「とにかく美優を起こして、すぐに着替えて、海に行って」
「……わかった」
 納得はしていないだろうが、とにかく奈々は美優を起こして、バッグを持って部屋に入って行った。
「次はおねえちゃん」
「私?」
 キッチンの椅子に座ってスマフォを眺めていたアキナは、自身の鼻を指さしてそう言った。
『バッグに教科書と宿題のプリントをいれてるじゃろ。授業の復習と、宿題をやらせるんじゃ』
 亜夢は肩の上のハツエを見るようにして、アキナに言った。
「えっと、教科書の復習と宿題のプリントをやりなさいって」
「え~せっかく海まで来たのに? 私も遊びたい」
 亜夢の上からアキナを指さすと言った。
「おねえちゃんは勉強。いい?」
「……」
「お返事は?」
「はい」
「よくできました」
 ハツエは亜夢の頭を叩いて、行先を指示する。
 美優と奈々が着替えている部屋を開けろ、という。
「入るよ?」
 亜夢がそう言って扉を開ける。
 ハツエの頭が鴨居(かもい)に当たらないように、亜夢が姿勢を下げる。
『美優の方が胸は大きいようじゃの』
 ハツエが亜夢にだけ|思念波(テレパシー)で話しかける。
「なっ……」
『美優の着ておる上品で大人っぽいワンピースは体形も正確にもマッチして似合っとるようじゃ。奈々は大きさはないが、形のよい胸ときゅっと上がったお尻がよいの。それを強調するようにビキニを着ているというのは確信犯的なものを感じるのぉ』
 美優と奈々は亜夢の顔が赤くなるのを不思議そうな顔で見ている。
「えっと…… 水着、似合ってるよ」
 二人は同時に返事した。
「ありがとう」
 美優も奈々も亜夢と同じように頬が赤くなった。
『なんじゃ、おぬしらはどういう関係なんじゃ』
 亜夢はハツエの問いを無視した。
「美優、準備できたら行こうか」
「あ、大丈夫よ」
 美優は水着の上にスウェットをひっかけた。奈々も大きめのジャケットを羽織る。
「いってらっしゃい。気を付けて」
「おねえちゃん、なにもかも忘れて遊んできてね」
 亜夢はハツエが言う意味が分からなかったが、二人はにっこりと微笑んだ。
「はい」
「行ってきまーす」
 玄関で二人を見送ると、ハツエが言った。
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 鬼塚刑事と一緒に入ってきた警察官が、私の背中に触れ、なでるようにお尻をさわる。
「ほら、このあたりなんて、たまんねぇ」
「やめてください」
 壁から手を離し、男を振り払おうとした。
「いつ離して良いと言った」
 鬼塚刑事が、私の手を強くつかんで壁に押し付ける。
「い、痛い」
「言ったろう、足を広げろ。凶器を所持していないか確認する」
 さっきなでるように触ってきた警官が、私の首、肩、脇、胸と服の上から触ってくる。
 壁に手を付けて、お尻を突き出している格好のせいなのか、警官の体がお尻に触る。
「なんだ、胸ねぇなあ。面白くない」
 手をどんどん下にさげてきて、腰をまわり、大事なところを触れてくる。
「あのっ」
 警官の手はさらにエスカレートしていく。
「なんだ。ここに隠しているのか」
「何も持っていません」
 ドン、と壁を叩く音がした。
 私もビックリしたが、後ろの警官も驚いて手を止めた。
 壁を叩いた、鬼塚刑事が言う。
「素手であんな殺害は出来ない。顔が裂けている。何か凶器となるものが出てくるまで徹底的に探せ」
「だとよ。下着の下に隠してるかもしれねぇからなぁ…… 続けさせてもらうぜ」
「あなた警官なんですか、そのチンピラみたいな言葉の使い方」
 私が睨み付けると、鬼塚刑事が口をはさむ。
「国家の為か、特定個人の為なのかが違うだけで、仕組みは似たようなもんだ」
「ってことだ。ほら、手を付けって言うんだ」
 このまま屈辱的な扱いに屈するか、翼を出して抵抗し、この場から逃げるか。
 鬼塚刑事がもしキメラの力を使ったなら、この場にいる警察官に自身の秘密を知られてしまうことになる。私はキメラであることが分かれば、学校にはいられないだろうし、社会的にどうなるか…… 逃げ回らなければならないだろう。
 しかしこのままこの下劣な警察官の手で辱めを受けるままで、その上で殺人犯の容疑者として拘束されてもかまわないのだろうか。万一の可能性にかけて、翼を使ってでも逃げるべきなのだろうか。
「なんで……」
 警官の手が下着の中に差し込まれた時、私はこの状況に耐え切れなくなった。
「私は我慢しない」
「なんだ?」
 そのまま翼をまっすぐに広げ、背後に密着していた警官をふっ飛ばした。
 壁に強く打ちつけられた警察官は、うなり声をあげて自信の頭を手で押さえた。
「白井、お前!」
 鬼塚刑事が翼を掴もうとした瞬間、翼を体の中へ引き戻し、部屋の窓へ走る。
 北島アリスの死体を踏み越え、翼を畳んだままガラスを頭で割り出る。
 地面にぶつかる前に、翼を広げて、速度を殺す。
「さようなら。マミ」
 学校の寮にさようならを告げると、私は翼を使って飛び立った。行く先は〈鳥の巣〉しかない。目の前にあるから、というだけでなく、避難区域である〈鳥の巣〉であれば警察の捜査も容易ではないだろう、と思ったからだ。
 高く飛び上がり、〈鳥の巣〉の壁にあるカメラを見た。
 もうカメラに対して顔を隠す必要もない。
 私は〈鳥の巣〉の中をしばらく飛びながら、危険のなさそうな街を探し、そこに降り立った。
 街、と言っても〈鳥の巣〉内には一部を除いて民間人はいない。某システムダウンで大量に発生した〈転送者〉は現在〈鳥の巣〉と呼ばれる区域に大量に発生し、〈転送者〉は破壊と殺戮のかぎりをつくした。
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 駅を越えて、少し山を登ると、少しだけ南に向いたゆるい傾斜があって、そこにログハウスが立っていた。
 ハツエが扉に手をかざすと、内側でロックが回る音がした。
「ほら、はいっていいよ」
 ハツエが靴を脱ぎ散らかして家に入っていく。
 パチパチと、飛び跳ねるようにスイッチをいれると、部屋の灯りがついた。
「広い」
「天井高い」
「いいでしょう、ハツエのお家」
 金髪の少女は両手を広げてそう言った。
 美優がソファーのあたりに立って、「ここに座ってもいい?」と訊くと、ハツエが「いいよ」と答える。
 大きくため息をついて美優がソファーに腰かける。
 奈々は窓の近くに行くと、カーテンを大きく開き、窓の外の景色を眺めた。
「海が見えるのね」
 ハツエは跳ねるようにして、奈々の方に行き、「反対側は山も見えるよ」と言ってそっちの窓まで連れていく。
「ほんとだ。こっちの景色は落ち着いていていい雰囲気ね」
 台所の方へ入り込んだアキナが言う。
「冷蔵庫開けてもいいか」
 ハツエが走って冷蔵庫に向かと、「いいよ、と言って観音開きの扉を一度に開く。
「おっ、ミルクもらってもいい?」というと、ハツエは「あたしも飲む」と言ってコップを二つ出した。
「他に飲みたい人いるか?」
 奈々は外を見るのに夢中、美優は疲れたのかソファーで目を閉じている。亜夢は部屋の真ん中で立って二人を見ていた。
「亜夢はいる?」
 亜夢は首を振る。
 透明なコップに白いミルクが並々と継がれる。もう一つのコップには半分ぐらい。
 ハツエは半分のミルクをグイッと飲み干し、流しにコップを置くと、亜夢のところに行った。
「おねぇちゃん、どうしたの?」
 亜夢は腰を落として、ハツエと目線を合わせた。
 ハツエの口に白い髭のようにミルクがついていて、亜夢はそっとハンカチでぬぐった。
「ハツエちゃん。精神制御されないような、何か良い方法はない?」
「おねえちゃん、ちょっとまじめすぎない?」
 ハツエはそう言ってから|思念波(テレパシー)を使って、亜夢だけに付け加える。
『何事も、オンとオフが大事なんじゃぞ』
『それはわかります。けど、この連休しか時間が』
 ハツエはソファーで目を閉じている美優に目をやる。
『コントロールされとるのは、あの|娘(こ)じゃったの。あの娘と窓際の娘は、まず、自らの|非科学的潜在力(ちから)を解放する必要がある』
 亜夢は美優と奈々の姿を見た。
『いままでできなかったことが突然できるようになるんでしょうか?』
『なる。だからここに連れてきたんじゃろうが?』
『校長が何か術を教えてくれるだろうということでした』
『素質があるからヒカジョに通っとるんじゃろ』
 ハツエは、馬跳びをするように亜夢の頭を飛び越えた。
 おどろく亜夢が振り返るまもなく、もう一度じゃyんぷして、亜夢の首を股に挟んだ。
「おねえちゃん、かたぐるまして」
 亜夢は、ふらつきながらそのまま立ち上がった。
 ハツエが指さす方に歩く。
「おねえちゃん」
 奈々は窓から海を見ている。
「海を見てるおねえちゃん」
 ハッとして奈々は振り返り、亜夢の上にいるハツエに驚いた表情を見せた。
「な、なに? ハツエちゃん」
「海で遊んできなよ」
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『そんなバカな。ありえない。完全に人の姿をしていたでしょう? 授業に出席していたって聞いたし』
 私は脱力したように扉に体を預けた。
『信じてもらえませんか』
『北島アリスもそこにいるんでしょう? じゃあ開けて部屋に入れて』
『入る前に、私のいう事を考えてもらえませんか。北島アリスの顔が裂け、ヘビの頭が出てきたんです。私はその牙に砕かれかけた。だから……』
『わかったらから開けなさい』
『信じてくれましたか』
『ええ』
 私は祈る気持ちで両目を閉じ、扉におでこを付けた。
 そして大きく息を吐いてから、鍵を開けて新庄先生を招き入れた。
「えっ?」
 私は素早く扉を閉じ、鍵をかけた。
 先生は部屋の奥に進み、アリスの遺体を確認した。
「これは……」
「〈転送者〉です。北島アリスは〈転送者〉です」
 先生が怒ったようすで振り返った。
「あなた…… なんてことしたの」
「えっ? だって、見えるでしょう、この首から先がヘビに」
「ああ…… 分かった。はいはい。落ち着いて。ちょっと先生は寮監の部屋に戻るから、そこを退いて」
 私は端に避けた。
 逃げるかのように素早く扉に移動し、鍵を開けて出ていく。
 私は慌ててその後を追い、扉を閉め、鍵をかけた。
「白井さん。そのまま触れないのよ。この部屋にいるのよ」
「はい」
 扉越しに、新庄先生が走り去っていくのが分かった。
 新庄先生が信じてくれたのかどうかは、しばらくして分かった。
 寮に大きなサイレンの音が聞こえてきた。
 さっきの救急車のものではない。
 鬼塚刑事らしき思念波が感じられる。
「新庄先生……」
 新庄先生は、あのヘビの首や、大きな爪を持つ手足をつけた姿をみて『北島アリス』と判断したのだ。
 確かに頭以外は…… 手足の大きな爪はどう説明するつもりなのだろう…… どこをみても〈転送者〉と判断するしかないだろう。最後の望みは、鬼塚刑事が私を守ってくれることだった。
 騒がしい男の声が聞こえてきて、数人が階段を駆け上がってくる。
 ドンドンドンと、扉が叩かれた。
 その後、呼びかけもなく鍵が挿入されて、カチャリ、と扉が開く。
 私はどうすることもできず、ただ北島アリスの亡骸を見つめたまま、振り返らなかった。
「白井、お前、人を殺したのか……」
 鬼塚刑事の声だった。
 私は自分の耳を疑った。
 どこが? これのどこが人に見えるの?
「そこに手を付け」
 ドン、と壁に押し付けられる。
「どんな凶器を隠しもってやがるんだ」
 なんだろう、こんなことを言う鬼塚刑事を私は知らない。
「ほら、もっとこうだ」
 股に手を入れられ、足を開くように指示される。
「へへっ、良い恰好だな」
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 窓の様子を斜め下からじっと観察し、窓が閉まりカーテンが閉じたのを確認した。
 上に持ち上げつつ物置の扉を開き、のこぎりと、養生用にブルーシートとゴミ袋を何枚か取り出した。
 服の下に隠して、寮に戻る時、寮の入り口に外に向かったカメラがあるのに気付いた。
「……」
 私が死体を処分するために何度も出入りすれば、このカメラに同じ回数だけ映ってしまうことになる。
 消灯時間でのチェック、施錠のチェックがある時に、何度も寮を出入りしていたら何があったと思うだろう。
 私はあのカメラを何とかしないといけないと考えた。
 部屋に戻り、解体するまで元いたベッドに遺体を移した。
 動かない体を持ち上げてベッドに載せるのは、かなりの時間を要した。
 アリスは首から先がなっているので、ヘビの頭部分も入れ、かけ布団をかぶせて完全にそとから見えなくした。
 それからすぐに長い棒状の道具を探した。カメラの向きを変えるか、カメラに何か目隠しをする必要があるからだ。
 定規や棒状のものは、天井近くにあるカメラを動かすのにはどれも長さが足りなかった。
 紐ならなんとか長さは足りるが、紐を先端にかけて、左右に引っ張れるのだろうか、自信がもてなかった。
「だめだ」
 紐や棒ではないとしたら、踏み台を使って直接手で操作するしかない。何でやるにせ、かなりリスクのある作業には違いない。確実な方法を取るべきだと思った。
 とすれば椅子を使って天井に手を伸ばし、カメラの向きを変えるのが手早く確実だと思われた。
 椅子を持って歩くのが見つからないように、見つかったとしても言い訳が立つような理由を考えておく必要があった。
「とにかく、遅くなってからだ……」
 消灯時間を過ぎ、全員が寝静まった後に行動を起こす。
「けど……」
 とにかく体液がどろどろと出続けている。切り口が大きすぎるのかもしれない。
「いや、これは……」
 逆だ。かさぶたのように体液が止まってしまうと、切断するときに再度体液が出てきてしまう。
 完全に出し切らなければいけないのだ。
「……」
 布団をはいで、北島アリスだった体を見た。
 その異様さと、殺してしまったという意識から、めまいとともに吐き気が襲った。
 ゴミ箱に顔を突っ込むようにして吐き始めた。
 もう出すものなくなっているというのに。
 ドンドンと、扉を叩く音がした。
 マズイ…… これを〈転送者〉だと誰も思わないだろう。
 北島アリスを殺害して、変なヘビの頭を付けているとか、そんな風に思われるのがオチだ。
 返事をしないでいると、再び扉がドンドンドン、と叩かれた。
「白井さん? いるなら返事して」
 新庄先生の声だった。
 私はアリスの遺体を隠すのではなく、新庄先生に打ち明けてみることを考えた。
「新庄先生ですか?」
「いるんじゃない。扉を開けてちょうだい」
「そのまえに」
 言葉で言ってしまえば他人にも聞こえてしまう。私は新庄先生に|思念波(テレパシー)を使うことにした。
『北島アリスが〈転送者〉だった、んです』
「えっ? 何言っているの?」
『ごめんなさい。|思念波(テレパシー)で返事してください』
「……」
『もう一度言います。北島アリスの正体は〈転送者〉だったんです』
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「(テレパシーで言っていることと、口でしゃべれることが違うから、亜夢がハツエが少女の体を|精神制御(マインドコントロール)しているんじゃないかと疑っているみたいだ)」
 ハツエは言った。
「亜夢ちゃん、そこの藪草を刈ってみて」
 亜夢は手をかざすと、言われた通り藪草を払った。
「う~んと、手で、こうやって」
 ハツエは左手で草を引っ張り、右手を刀のようにして刈る仕草をする。
 亜夢は藪草に近づくと、左手で束ねて持ち、右手を一閃した。
 そこからばっさりと草が切れて、亜夢は藪草を放り投げた。
『そのままじゃ』
 亜夢の手の、小指側の側面が、金属のように変質していた。
「?」
 アキナが美優と奈々の為に、ハツエの言ったことを同時に口にすることにした。
 アキナが説明し終わり、全員が理解したところでハツエが話を進めた。
『儂が小さくなったのは、この亜夢が見せた肉体を変質させた力と同じ』
「けど、若返ることなんてできないわ」
『これは若返っているのではないわい。肉体の密度を変え、形を変えただけじゃ。結果、子供に見えるがの』
「どういう意味?」
『老化するとどうなるか知っているか? 肌は皺だらけ、胸の脂肪は削ぎ落ちる。骨ですら中がスカスカになってくる』
 ハツエは声をだしていないが、アキナの声に合わせてパクパクするので、しゃべっているかのように見える。
『非科学的潜在力を使うにあたって、それは非常に都合が悪かったんじゃな。例えば風を起こして体を飛ばすにしても、骨や筋力が耐えられないからじゃ』
「で?」
『どうしても|非科学的潜在力(ちょうのうりょく)を使わねばならん時に、こうやって体の密度を変え、自分のチカラにたえれるようにしとったんじゃが。ある時、長期間この体形をつづけた時後、元の体を忘れてしまっての。体を元にもどせなくなったんじゃ』
「長時間…… って、始めから忘れる気満々だったんじゃない?」
 亜夢はさっきまで金属のようだった自分の手を見つめた。
 確かに、元々の体のイメージが頭からなくなったら、この手も元に戻せないだろう。
『やんどころない事情が続いて、まあ、一か月はこの姿をしてたかのぅ』
「そんなに…… なにがあったんです?」
『超能力者の独立運動があったのは知っとるかの?』
 美優が手を上げる。
「あっ、知っています。二年くらい前でしたっけ」
『独立運動の一番激しい時、儂は運動の犠牲者を救う為に戦った』
「独立側として、ですか」
『いや、どちらでもない。運動の犠牲者となってしまう弱気者の為じゃ。つよい超能力者や、強力な兵器から子供や動けない人々を助ける仕事をしておった』
「子供の姿をしているのは分かったとして、なぜ子供が難しいことをしゃべれないの? 体が考えているんでしょう?」
『理由は儂もわかってないんじゃ。この子供の体でも、過去の記憶は思い出せる。じゃが、いざ話す時には、体の影響をうけているんじゃ。心と体は別物のようでありながら、別物ではない部分があるということかの』
「よくわかりません」
『体側から脳をアクセスするのに、体側が使いこなせる範囲までしか使いこなせない、という表現でわかるかの。|思念波(テレパシー)なら体の制限を受けずにすべてにアクセスできるんじゃが』
 また美優が手を上げた。
「あ、なんとなくわかりました」
「おねえちゃんが一番頭いいのね」
「そんなことないと思うけど。ありがとハツエちゃん」
 ハツエはニコニコっと笑った。
「これでいい? じゃ、みんなハツエのおうちに行こう」
「はい」
 亜夢も奈々も笑顔でそう答え、歩きだした。
 アキナは黙って立って考えていたが、「まあいいいか」と独り言を言うと、先に行ってしまった四人を追いかけた。



 
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 首がもげた後は、体を蹴るたび、そこから大量の体液が吹きだしてくる。
「いい加減、壊れなさいよ!」
 怒りを足先に込めて蹴り込む。
 そこに硬い手ごたえがあった。コアだ。
 私は足の爪でそのコアを確認するようにつかむ。
 そしてゆっくりと力を入れていく。
 乾いた音がして、コアが砕けた。
 動いていた手足が完全に停止した。
「……」
 今まで戦ってきた〈転送者〉と何か違う。
 なぜそう思ったのか、分からないまま、私は気分が悪くなった。
「うっ」
 部屋に置いてあったゴミ箱の、ビニール袋の中に嘔吐した。
 ここは寮の部屋だ。
 その中に、制服を着た遺体が横たわっている。
 首のあたりで、裂けた人の皮があり、その下にはヘビの首少し出ている。
 もがれた蛇の頭は顎から裂けて、体液まみれになっていた。
 鋭い爪がある腕も、折れてありえない方向に曲がっている。
 お腹には、何度も突き刺したように穴が開いていた。
 すべて、私がやった結果。
 これを片付けないといけない、のか……
 私は初めて室内で〈転送者〉を処理したことに気付いた。
 今まではすべて、警察が来て後片付けをしていた。
「警察に連絡……」
 そう思って、この現状を見られた時にこれが人の死体なのか、〈転送者〉なのか誰がわかるのだろう。
 確かに首から上はヘビのようになっているし、手も足も人としてはあり得ないような爪が出ていて、これが人間ではないことはわかる。しかし、これを〈転送者〉だと証明するものはなんだろう。
 さっきまで、北島アリス、として扱われていた生き物なのだ。
 警察に電話して、部屋に入ったらここにアリスの死体がありました、では済まないだろう。
 オレーシャがやってきて、私とアリスが一緒にいることが分かっている。私が出たすきにアリスがヘビ化して、何者かに殺害された。とすれば、疑われる人物は……
「私だ」
 そう、まぎれもなく|殺(や)った犯人であり、疑われても当然の状況だ。つまり、警察にこれを片付けさせることはできない。〈転送者〉が機械だとしても器物破損、生物であれば動物愛護法が適用される。私に逃げ道はない。
「とにかく処理しないと……」
 部屋点検はさっきので終わりだったとして、消灯のチェックと、施錠チェックがある。
 それぞれのチェック時間に部屋にいなければ、オレーシャに探される。
 そこでアリスの死体が見つかれば、大問題になるだろう。
 このままではアリスを処理できないため、遺棄しやすいようにパーツに分解しなければならない。
 自分の足や手の力で可能とは思えないから、のこぎりか何か、道具が必要だ。
 大工道具は、寮の外の物置にあるのは知っている。そこに行って帰って来て、バラバラにして、一つ一つどこかに捨てなければならない。
 机の上の鍵を握って、急いで部屋を出る。のこぎりを隠すための上着を肩にかけて持っていく。
 外の物置に付くと、扉に手をかけるが開かない。
「まずい、鍵がかかっている」
 懸命に扉を引くが開かない。音が大きいせいか、物置の直上の部屋の窓が開いた。
「誰?」
 風が強いんだよ。風のせい。お願いだから音なんか気にしないで窓を閉めて。
 私は物置の陰に隠れて見つからないよう祈った。
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「そんなわけないじゃん。あの子が、急に、『そうじゃの』とかババアみたいな話口調になるってこと?」
 美優は肘をまげて手を上向きに広げ、ありえないわ、と言わんばかりのゼスチャーをする。
 亜夢は美優に向かって言う。
「美優。『ハツエ』かどうかは、私にもわかんないよ。けど、美優を救ってくれるなら、どっちでもいいじゃん」
「亜夢……」
 美優は感動して亜夢と見つめあう。
 奈々が少女の方を向いて、言う。
「そこが大事だよね」
 アキナが髪の毛をかき上げながら言う。
「もう一度本人に確かめればいいだろ」
 四人は横並びに歩いてハツエを名乗る少女に近づいた。
 立ち止まると、一拍おいて亜夢が前に出ると言った。
「『ハツエ』さん。|精神制御(マインドコントロール)に対抗する方法を教えてください」
 美優が亜夢の手を引いて言う。
「(いきなりなに言ってんの)」
 ハツエを名乗る少女の、お菓子を食べる手が止まった。
「おねぇちゃん達、あたしを『ハツエ』だとおもうの?」
 全員がバラバラではあったがうなずいた。
「へぇ…… それなら、けいこしてあげてもいいよ」
「けいこ?」
 ハツエはうなずくと、美優を指さして言う。
「このおねぇちゃん、くろい人影がみえるもん。けいこすれば、はらえるよ」
「なんの『けいこ』?」
 亜夢が腰をかがめてハツエにたずねる。
「だって、おねぇちゃん達、みんなヒカジョでしょ。けいこっていうのはヒカジョのチカラのことよ」
 亜夢が振りかえる。
「ヒカジョのチカラって?」
「|非科学的潜在力(ちょうのうりょく)のことでしょ」
 奈々がそう答えると、ハツエは笑いながらうなずいた。
「そう、その、ひかがくてきせんざいりょくのこと」
「ハツエちゃん非科学的潜在力、使えるの?」
 亜夢が聞くと、その場にいた全員に|思念波(テレパシー)が届く。
『使えるに決まっとるじゃろうが。これから、おまえらを指導するんじゃから』
 ハツエは微笑んだままだった。
「えっ?」
 美優と奈々は何が起こったか分からなかった。
 亜夢がアキナと顔を見合わせ、
「じゃろうが、って言った」
「うん。漫画みたいな老人の語尾だった」
 ハツエは四人に向かって歩きだしたと思うと、すり抜けて、坂上へ歩き出した。
「おねぇちゃん達、こっちよ。下にあるお家はハツエのお家じゃないの」
「ハツエさん。なんで子供言葉?」
 亜夢が走ってハツエの前に回り込む。
「まさかハツエさん。あなたこの小さい子供の|精神制御(マインドコントロール)をしているんじゃないでしょうね」
 美優と奈々は、なんのことを言っているのか、意味がわからないようだった。
『この心と体の関係は、後で説明する。美優がされたように、|儂(わし)がこの体を乗っ取っている訳ではないぞ。この体は正真正銘|儂(わし)のじゃよ』
「じゃあ、なぜ、口にするときは子供の言葉なんですか?」
 ハツエは腕を組んで仁王立ちした。
『わからんやつじゃの』
「(亜夢とハツエちゃんは、なにやってるの?)」
 二人の様子を見て、奈々がアキナに問いかける。
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