その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

2018年01月

「もうおやめなさい。食べすぎは体によくないのよ」
「わいひょうふでふ。いふももっとたへてます」
「本当にお腹壊すわよ」
 そう言って、冴島さんは俺に右手をかざした。
「?」
 その手のせいなのか俺は急に食べてはイケナイ、という気持ちになり、給仕に肉を切るのを止めさせた。
 給仕の人は手を止め、俺に尋ねる。
「もうよろしいので」
「はい」
 いや、食べれるけれど…… 俺は心とは違う答えを言っていた。
「下げてください」
 えっ、いや、あの、まだお腹空いてるんだけど……
 会釈をすると、給仕が肉の塊をさげてしまった。
「……」
 納得行かなかったが、とにかく皿に盛った分を平らげる。
 最後にデザートをもらって、食事を終えると、冴島さんがチェックをしてレストランを出た。
「すこしだけお話をしましょう」
「はい」
 レストランのフロアから、さらにエレベータで上の階に行くと、赤い絨毯敷きの廊下を歩いた。
 老人が立ち止まると、扉を開けた。
 冴島さんがすっと入っていく。俺は入って良いものか戸惑った。
「どうぞ」
「失礼します」
 通された部屋は、テレビや映画でしか見たことのないような豪華な部屋だった。
 調度品が一つ一つ高いとかは分からない。俺のような不慣れな人間でも、天井の高さや広さが圧倒的なことはわかった。つまり、すごく高い部屋なのだ。 
「すごいですね。こんな部屋に泊まるといくらかかるんですか?」
「百万ぐらいね」
 冴島さんは椅子に座ると、俺に向かいに座るように促した。
「さっきはごめんなさいね」
「?」
「もうお肉を少し食べたかったでしょうけど、あのお肉の値段知ってる? 奢るって言った以上、こっちが払うんだけど、あれ以上食べられたらこっちもお金が足らなくなるのよ」
「えっ、あれは冴島さんが何かしたんですか? 少し変な感じがしていたんです。食べたいのに、『下げてください』って言っちゃったから」
「あれは霊の力を借りて、あなたにそう言わせたのよ。あなたにバイトとして頼むお仕事にも関係するわ」
「霊が、ですか?」
「あの部屋に入って契約書にサインする。そんなことができたのがあなた一人だった、ということよ。あのバイト募集のカラクリを教えてあげる」
「カラクリ?」
「まず、受け付けはこちら、が読めないと話にならなかった。何も分からず並んでいた連中は、素養がないことになるわね」
「はあ」
「次にわかったとして、あの部屋の扉を開けれる種類の霊力でなければならない。あの部屋の扉は、私は開けないの。タイプというか、相性のせいで」
「あのおじいさんは入ってましたよ?」
「そうね。松岡もあなたと同じタイプよ」
「あのおじいさん松岡さんっていうんですか。なら、松岡さんにやってもらえば……」
「あなたがどこまで知っているか分からないけど、世の中の一部の人間はこんな霊の力を借りて能力を高めている人たちがいるのよ。プロ野球の王田仁、メジャーの一翁、プレミアリーグのウェイン・アーニー、マイクロフトのCEOだったゲイツとか、中国の主席とかもそう」
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「そうだよ。そこでちょうのうりょくをおしえるの」
「い、いきなり出来るのかな」
 美優が戸惑ったような声で言うと、ハツエが答える。
「できますよ。その為に昨日はみんな訓練したんだから」
「亜夢は訓練したかもしれないけど、私は勉強してたし、二人は砂浜で遊んでたんだよ?」
「いいから、いいから」
 ハツエはそう言うと、テレパシーで付け加えた。
『午後は浜で泳ぐから、全員水着着用じゃ』
 アキナが軽く飛び上がって、ハツエの横に立ち、三人を振り返った。
「全員水着来ていくんだって。午後は泳ぐから」
 奈々が何か気づいたように言った。
「ご飯はどうするの?」
 全員が顔を見合わせた。
 するとハツエが台所から大きな皿を持ってきた。
「ハツエがおにぎり握ったのよ。ひとりひとり、ラップでくるんで持っていくよ」
 ハツエの小さな手で握った小さいおにぎりがたくさん皿に乗っている。
 各々が食べたい分だけラップにくるんで取り分けた。
「じゃあ、きがえたらしゅっぱつ!」
 ハツエが拳を突き上げると、全員が『オー』と言って拳を上げた。

 砂浜まで降りると、ハツエは暗い顔をしてうつむいていた。
 亜夢が近づくと、ハツエが言った。
「かたぐるまして」
 亜夢が腰を下ろして、肩に乗せるとハツエは急に元気になって岬を指さした。
「あそこがじんじゃよ」
「おお……」
 と、アキナだけが反応した。
 岬に松の木が何本か生えている中、鳥居と小さな社が見えた。
 奈々が言う。
「あそこで何がわかるのかしらね」
「……」
 奈々の顔を見ただけで亜夢は何も答えることが出来なかった。
 五人は砂浜を歩きつづけ、岬までたどり着いた。
 太陽を遮るものがなかった砂浜に比べると、松の木陰は涼しくて心地よかった。
 鳥居をくぐり、一行は神社に入った。
 緊張した面持ちで奈々が言った。
「アキナ、何も、ないよね?」
「普通の、神社、だな。美優は何か感じるか?」
「なにも…… 亜夢、亜夢はどう?」
「いててて」
『?』
 三人が亜夢を見ると、ハツエが亜夢の髪の毛を馬の手綱のようにぐいぐいと引っ張っていた。
 亜夢が肩車されているハツエのわきに手を入れ持ち上げ、下におろした。
「ハツエちゃん、ここ、ただの神社だよ。非科学的潜在力なんかちっとも感じないよ?」
「あむちゃん、それはちがうよ」
 ハツエは人差し指で空をさした。
『ここを見ておれ』
 アキナが二人に伝える。
「空を見ろって」
 四人はハツエが指さす空間を見上げた。
 そして、くるり、と指を回すと、その延長線上の空間が抜け落ちたように真っ黒になった。
 真っ青な空に、厚みのない黒い円盤が現れた、というべきか。
「みんな、お星さま、見える?」 
 ハツエが言うと、みんな恐る恐るその黒い闇の方を見た。
 黒い円には、うっすらと光る星が見えていた。
「みえます」
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 俺は老人に突っつかれて車を降りた。
 老人は後部座席の扉を開けて、お嬢様が降りるのを待っていた。
 初めは黒いガラスで見えなかったが、スッと白い姿が立ち上がった。
 女性の来ている服は黒かったが、外に見えている顔や胸元、手足の肌は白く、透明感があった。
 髪は胸元まで伸びていて、内向きにすこしカールしている。
 居酒屋に来たあの女性だ。服は違っていたが、感じられる雰囲気が俺にそう言っていた。
 車から離れると、老人が車の扉を閉じた。
 見つめていると、女性と目があった。
『あなたがバイトの男』
 まるで耳が聞いているのではなく、直接脳が言葉を受け取ったように思えた。
 俺は首を振り耳のあたりを触ったが、何故そんな風に感じたのか分からなかった。
「どうかしましたか?」
「はい、いや、いいえ」
「お名前は」
「えっと……」
「ああ、失礼しました。わたくしは|冴島(さえじま)|麗子(れいこ)ともうします」
「|影山(かげやま)|醍醐(だいご)です」
「……かげやま」
「どうかしましたか?」
「いえ、別に」
 そう言うと冴島さんの表情が戻った。 
「どくらい食べてないの?」
「み、三日」 
 その言葉に、クスッと笑った。
 俺は腹を立てるかわりに、その笑顔に惚れてしまった。
 老人が戻ってきて、先にオートドアを開けて入っていく。
「ここでごちそうするわ」
 どうやらここはホテルらしかった。大した知識がない俺でも、このホテルの名前には覚えがある。
 奥に進むと、VIP専用のエレベータに案内され、レストランのフロアへ一気に上がることが出来た。
 予約になっているエリアへと進むと、窓際の席に案内され、俺は冴島さんの正面に座った。
「なんでも好きなものを食べてください」
「……」
 給仕に手渡されたメニューには見たことも食べたこともないような名前の料理が並んでいた。
 俺は腹が減っていて、考えたり、悩んでいる暇がないので、とにかく肉とごはんを持ってきてくれるように頼んだ。
「ふふふ……」
 冴島さんが笑った。
「気に入ったわ」
「……」
 何が気に入られたのかは分からなかった。
 ただ、たったそれだけの言葉で俺はのぼせ上った。もしかしたら、俺はいま、猛烈にモテるのかもしれない。この金持ちで美人のおねぇさんに気に入られたのだ。この前の居酒屋のバイトだって、店長がとんでもなかった以外は由恵ちゃんと上手くいきそうだったのだ。年齢イコール彼女いない歴の俺にも、春が訪れたのだ。と、そんな妄想を始めていた。
 しばらくすると、再び空腹が強くなってきて、妄想をかき消した。
 冴島さんの方には順番に料理が運ばれてきていたが、俺の前には”おひつ”と塊の肉がやってきた。
 俺は、自分でお茶碗にご飯をよそると、給仕の人に肉を何枚か切ってもらった。
「まだ切りますか」
 俺は口に肉を入れながら、指を三本立てた。
 何回か、そんなやり取りがあった後、冴島さんが呆れた顔をして俺に言った。
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何件か増えてきたので、こっちにもリンクしてみます。

人工知能(AI)に仕事を奪われる職業 ← 短編

もぐら人 ← 原発近くの村で起こる話

白い肌 ← 探偵が行方不明になり、それを探す話

除染沿線 ← ちょっと地下鉄で変なものを見ちゃう話

フクセイガール← ラブドールが街中を歩いている話




あんまりにアクセスがないもので。

こっちから来てくれる人もいたら嬉しいです。




こっちにのせているものでも、向こうにおいたのもあります。

非科学的潜在力女子

水晶のコード

非科学的潜在力女子2

俺と除霊とブラックバイト

どうぞよろしく


 
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 俺はその列の後ろに並びかけて、廊下に出て立札に気付いた。「バイト希望者は列に並ぶ前に、入口で受付してください」と書いてある。
 俺は列の横を通り、列の行きつく先の扉の横に『受け付け入口』と書かれている扉を見つけた。
 ノックもせずにその扉を開くと、部屋の真ん中に机と椅子がおいてあるだけで、だれもいなかった。
 机には紙と万年筆がおいてあり、俺は勝手に『これだ!』と思って扉を閉めた。
 近づいて机の上の紙を見る。
 さっき列に並んでいた連中の名前が、リスト状に書いてあるに違いない、と思っていたが、紙には『契約書』と書かれて、読めないような小さな文字でびっしりと約款が書かれていた。
「並ぶ前に契約しろってことなのかな?」
 俺は少し悩んだが、腹が減っていたので、座って万年筆を手に取った。
「ここに名前を書けばいいんだろ?」
 紙に名前を書くと、トン、と肩を叩かれた。
「えっ?」
 振り返ると、白髪の老人がたっていた。 老人は座った俺と大して背丈が変わらないほど背が低かった。
「こちらが手付金になります」
 薄い茶封筒を手渡された。約束の金額の五倍は入っている。
「えっ、確か手付金は、五千円だったと思ったんですが」
「思ったよりバイトの人数が集まりませんでしたので、あなたが総取りです」
 老人はニヤリ、と笑った。
 その顔で、俺は嵌められた、と思った。
 軽い茶封筒を持つ手が震え始めた。
「ちょっとまって、俺は表に列が出来ているバイトに来たんです。外のと、このバイトは違うヤツですか???」
心配ないですよ。同じです。あなたと外で待っている方には決定的に違う部分があって、そこが今回の募集の必須項目だった、という訳です
「?」
扉を開けるにも…… お気になさることはありません、お金には何も違いはありませんから
 俺はよくわからなかったが、納得した。そうか。まあ、もう、ここまできたら、こっちだってなんでもいい。これで飯にありつける!
「とりあえず、お金はいただきます。すみませんが、俺、腹が減ってて」
 俺は頭のなかにオレンジ色の看板の牛丼屋を思い浮かべて立ち上がった。肉肉肉、白飯白飯…… とにかく腹が空いていた。現金を手に入れたのならば、俺の中の次なる優先度は食事だった。
君、申し訳ないが、下でお嬢様がお待ちです
 老人に肩を抑えられた。振り切るつもりはなかったが、老人の半端ない力が感じられる。
「えっ、あの食事の後じゃだめですか? 俺、三日近く食べてないんです」
 老人はため息をついて、携帯を取り出した。
「お嬢様。バイトの男は食事がしたいと申しておりまして…… はい。承知いたしました」
 老人は拝むように携帯を切ると、言った。
お嬢様が食事に招待したいと言ってますが、いかがですか。当然、お代はいただきません
 |無料(ただ)ならいいか、俺はそう思った。



 黒塗りの高級ドイツ車が止まっていた。老人が俺に助手席に乗るよう|指図(さしず)する。俺が乗り込むと、運転席に老人が座った。老人はルームミラーをちらり、と見ると言った。
「出発します」
 俺もルームミラーを見た。後部座席に、うっすらと人影が見えた。
 向こうも気づいたのか、俺の視線に軽く会釈をしたように見えた。
「……」
 俺も、少し横を向いて頭を下げた。
 何か直視してはいけないような雰囲気を感じていた。
 俺の生活では全く縁のない街灯の美しい通りをしばらく走る。そして、ゆったりとした車回しに入り、建物の入口で減速して車が止まった。
さあ、着きました
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 美優は考えた。奈々がアキナの横を指定した後、私が奈々の横を指定して、亜夢を端っこにすれば、私が寝顔を独占出来る。たとえ奈々が、『約束が違うじゃない』と言い出したとして、アキナも亜夢もこの裏取引を知らないのだから、私も知らないフリすれば……
 奈々は美優の口元に浮かんだ笑みから何かを感じ取ったようだった。
「あのさ。私がアキナの横をとったら、その横に来ようとか思わないでよね? 美優がハツエちゃんを抱っこしなかったら私はアキナと一つ開けた位置を指定するから」
「う~ん」
 美優は考えていたことを見透かされたと思った。奈々が言う通りのことをしてくれるのなら、ハツエの面倒をみても問題はないか。美優は右手を上げて言った。
「分かったわ。いう通りにしましょう」
 上げた手をパチンと合わせ、二人は部屋に戻った。
 部屋の中の様子に気付いて、奈々は声をだした。
「えっ……」
「そんな……」
 と美優も唖然としていた。
 奈々はあきらめたように言う。
「まあ、いいんじゃない。場所的には計画通りでしょ?」
 奈々と美優が場所を指定するのを待たずに、亜夢とハツエは、アキナの隣の隣で、一緒に寝ていたのだった。
 亜夢はハツエを抱きかかえたまま倒れたような恰好で、ハツエは、ハツエで亜夢に手足をのせ、大の字で寝ていた。
 奈々と美優に気付かないほど、ぐっすりと寝ている。
「疲れてたのね」
 窓際をみるとアキナも寝ていた。
「風邪ひくよ。亜夢」
 美優は二人に布団をかけた。
「写真とっとこ」
「私も」
 二人は亜夢の寝顔を撮って、部屋の電気を消した。
「おやすみ、美優」
「おやすみ、奈々」
 美優は窓際に、奈々はアキナの横で。
 全員が寝てしまった。



 翌朝、朝食の後、ハツエが四人に話し始めた。
「きょうはみんな、神社にいきますよ」
 誰も反応がないか、と思っていると、奈々が口を開いた。
「どこにあるんですか?」
「なんのために」
「それじゃ今日わたし勉強しなくていいんだ! やったぁ」
「そんなことより美優に|精神制御(マインドコントロール)の対抗方法を教えてください」
 ハツエは耳を押さえて、四人を睨みつけた。
「うるさい!」
 ハツエはそう言った後、|思念波(テレパシー)を使い始めた。
『この体でしゃべると面倒くさいから、亜夢とアキナに言うよ。神社は海岸沿いの小さい岬にある。そこで全員に非科学的潜在力とは何かを説明して、見せる。美優と奈々は昨日の訓練で少し、|超能力(ちから)を使うことが出来るようになっているはずじゃ』
「えっ?」
 亜夢は不思議そうに言うと、アキナが言った。
「昨日、美優と奈々は何やってたの?」
 その質問で亜夢は昨日、ヤドカリを通じてみた光景を思い出して絶句した。
「昨日は砂浜で遊んでただけだよ」
「うん。砂浜にヤドカリとかいたんだよ」
 奈々が思い出したように手のひらを叩いた。
「あ、そういえば、海辺に神社みたいのがあった。あそこに行くの?」
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「このかた?」
 俺の目の前にいた警察官が返事をして、場所をあけると、スーツのおじさんが来て警察のものだ、と言った。
「影山くんだね? 今回の件で少し話を聞きたいのだそうだ」
 すると、後ろをついてきていた女性が俺の前に立った。
 肌が透き通るように白く、髪は胸元あたりまであり、少し内向きにカールしていた。女性は警官とは違う上等そうなジャケットとスカートをまとっている。
 目鼻立ちは整っていて、モデルだ、芸能人だ、と言われれば信じてしまうような雰囲気だった。
 その女性はスーツのおじさんに耳打ちした。
 すると、周りにいた警察官が散っていき、最後におじさんもいなくなった。
 俺の目の前にその女性が一人立っている、という状況になった。
「あなたが、店長を取り押さえたんですって?」
「え?」
「……もしかして、記憶ないかな?」
 俺は手の平に包丁が貫通した瞬間、意識がなくなっていたのだ。店長を取り押さえることなんて出来ないだろう。いややったかもしれないけれど、そこから先は一切憶えがないのだ。一年以上前の記憶がないのと同じような感覚だ……
「そう」
 女性は俺の手を握ってきた。
 手のひらや甲に、何か傷がないかを確かめるように指で押したりなでたりしている。
「ここに包丁が刺さった、って言ってたわね」
「聞いてたんですか」
 女性はうなずいた。
「もしそれが本当だったとしたら。これは直ったとかそういうレベルじゃないわね」
「お、俺が嘘ついてるって、そういうことですか? ウソなんかついてないです。あなた、精神科医かなにかですか? 俺がなんかしたって思ってるんですか?」
 女性は首を振った。
「心配しないで。私は嘘だとは思ってないから。それと……」
 そして、上着のポケットからメモ帳を取り出し、何か書き込むとピッと破って俺の手に握らせた。
「なんですか?」
「しー」
 女性はそのまま軽く手を振って去っていってしまった。



 三日前の、その事件が俺にとって最悪だったのは、最初のバイト代が出る直前に起こったことだった。
 店長が警察に捕まってしまった事で、バイト代の支払い手続きをする人間がいなくなってしまったのだ。いや、正確にはいるのだろうが、支払いが遅延しているのだ。
 学生の俺は、いや、計画性のない俺は、というべきか。その入金がないと飯が食えない状況だった。
 とにかく誰かに金を借りてでも飯を食うべきだったが、残念なことに夏休みのせいで金を貸してくれたり、飯をおごってくれる友はいなかった。
 こんな事件後だと、普通ならショックでバイトなどできない気分だったが、生きていくため、俺はとにかく次のバイトに就かなければならなかった。
 時間が遅いせいか、あたりはすっかり暗くなっており、街には、食べ物の良い匂いが溢れていた。
「ここか……」
 空いた腹をおさえながら、スマフォが指し示したビルを見上げた。
 俺は新しいバイトの面接に来ていた。
 このバイトを知ったきっかけは居酒屋の事件で、女性に手渡されたメモだった。
 このバイトが良かったのは、バイト代が高い点もだが、俺にとっては契約時に手付金があることだった。
 今思えば、そこで気づくべきだった。『そんなに美味い話はない』と。
「うわっ、列になってら」
 やっぱり前金が出る高額バイトには人が集まってくる。
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 亜夢はアキナの言葉に反応せず、じっとカードを見つめた。
「むむっ」
 アキナも汽車の中で遊んでいた時の亜夢とは違うことを感じた。
「どうしたの、亜夢なんか落ち着いてるじゃん? これでしょ?」
 アキナは、つまんだカードをブルッと揺らした。しかし、亜夢は我慢した。
「うーん」
「そこ、長いよ」
 と美優が言った。
「まだ一周もしてないし」
 アキナは、美優の表情を見て、少し慌てて亜夢のカードを引き抜いた。
「アッ」
 アキナはジョーカーを引いてしまった。
「えっ、何? 何?」
 奈々がアキナの顔を覗き込むように言った。
 アキナは冷静に手札を並び替えてから、奈々に向き直った。
「ねぇ、今のなに? 絶対ジョーカー引いたでしょ?」
 アキナがこう小声で言っていた。
「(おかしい、電車の時の亜夢じゃない)」
 そんな風にババ抜きが進んでいった。
 数分後に、決着がついた時には……
「なんだ、やっぱり亜夢が負けたじゃん」
 一抜けしたアキナは余裕の笑顔だった。
「ぐやぢぃ……」
 亜夢は肩を落としていた。
「じゃあ、あたしから寝る場所決めるね。あたし窓際」
 アキナが海側の窓の方の位置を取った。
 さっそくその位置に移動して腰を下ろすと、空を見上げ、
「夜空が綺麗」
 と言った。
「じゃ、次は奈々だね」
「ん〜 ちょっと待って」
 奈々は顎に指を当てて、悩んでいた。
 奈々の次はハツエだったが、美優のそばに行き耳打ちした。
「(美優、ちょっと)」
 廊下に連れ出すと、言った。
「ハツエちゃんようにワザワザ布団しか無いでしょ?」
「えっ、ハツエちゃんのことだったの。あたしはてっきり」
 美優は腰に手を当てた。
 奈々は顎に指を当てたまま言った。
「亜夢のことよ」
「だって今ハツエって」
「ハツエちゃんは誰かと一緒に寝るだけだから、後は私とあなたのポジション次第で亜夢の隣をとれるかどうか、決まる、という事が言いたいの」
「なるほど」
「例えば、私がアキナの一つ飛ばして横をとったら、あなたはどうやっても亜夢の横にはなれないわよ」
「……その通りね。奈々は何がお望みなの?」
 今度は両手を後ろに回し、一歩、一歩、ゆっくり歩き始めた。
「ハツエちゃんのこと。ハツエちゃんと美優が一緒に寝よう、と言ってくれるなら、私はアキナの隣を選ぶわ。ただし、美優が反対端を選ばなかった場合は、場所を変わってもらうから」
「……」
 美優が考えあぐねていると、奈々は手を後ろで合わせたまま、くるっと回って戻ってくる。
「どお?」
「ハツエちゃんがそんなに簡単に私の言うことに従うかしら?」
「気持ちや心はお年寄りでも、体が子供だもの。抱きしめればイチコロよ。それに、食事の時の様子を見る限り、美優になついてた感じだし」
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 三日前のことだった。
 俺は居酒屋の店長に呼び出された。
「すまん近くでイベントがあったのか、滅茶苦茶忙しい。ヘルプをお願い出来ないかな」
 確かに今日はシフト外だったが、金が無くて遊べなかった。腹を空かしてじっとしているだけよりは、『まかない』もあるし、確か今日は|由恵(よしえ)ちゃんも入っていたはずだ。そう考えるとバイト先に入れった方が自分にとっても都合が良さそうだった。
「はい、よろこんで」
「おう。ありがとうな」
 電話を切って、俺は直ぐに支度をした。
 バイト先に付いて挨拶した段階で、今日が忙しいのがわかった。
 挨拶すれば顔ぐらい振り返るだろうに、今に限っては誰も振り向きもしない。ひたすら自分の作業に没頭しているのだ。
 俺はオーダーを取って、テーブルを片付け、食器を洗い、出来上がった料理を運んだ。
 その合間にレジ打ちし、とそんなことをグルグルと繰り返し、本当に目が回るほどの二時間を過ごした。
 お客が減ってきて、バイト同士、少し立ち話も出来るぐらいになったころだった。
 突然、奥から由恵ちゃんの悲鳴が聞こえた。
 俺は奥のキッチンに向かった。
「かげやまくん、鈴木さんが大変なの。店長に…… 店長に刺されて」
「えっ」
 濡れた床に鈴木さんが倒れていた。
 助けようと手を伸ばした時、店長の姿が目に入り、体が止まってしまった。
「かげやまか…… いいんだよ。ほっとけよ」
 お腹を押さえて苦しんでいる鈴木さんの体をまたいで、店長が俺の方に近づいてくる。
 エプロンを付けた店長は、両手に包丁を持っている。
「て、店長、あなた、自分が何したか分かってますか?」
 俺は鈴木さんがうなりながら倒れているのを指さす。俺の背後で、由恵ちゃんがスマフォで警察を呼んでいる。
「知らねぇよ。指図すんんじゃねよ。みんな死んじゃえよ」
 そう言うと、俺に向かって両方の包丁を振り下ろした。
「うわっ」
 反射的に手でそれを押さえようとし、出血した。
 ……死ぬ。
 右手を突き抜けている包丁を見て、俺はそう思った。
 やばい。何も考えられない。
 ショックの為か、出血のせいか、視野が白くぼやけて、意識が遠くなっていた。



 気がついた時には、俺はバイト先の居酒屋の畳の客室に寝かされていた。
 警察が入って、あちこち写真にとったり、一人一人話を聞いたりしている。
 俺は客室からその様子をみていた。
 手がズキズキする。そうだ。俺、店長に手を…… 店長の突き出した包丁が、手の甲を飛び出して……
 俺は慌てて自分の手を目の前に持ってきた。
 俺の手には雑に包帯がまいてあった。
「ちょっとまって。俺、手が…… 手に包丁が刺さったんだ。救急車を呼んでくれ」
 俺が叫ぶと、警察の人が何人かやって来た。
「手に包丁?」
「ちょっと包帯取ってみるよ?」
「え?」
 俺は客室で座った状態で手を突き出して、警察官に包帯を外された。
「ほら。なんともないみたいだけど」
「指は動くかね?」
 親指から数を数えるように折った。指はしっかり曲がった。そして、手を握ったり、開いたりした。
「ほら、どこにも外傷はないようだけど」
 奥から、白い手袋をしたスーツのおじさんが、若くて髪の長い女性を引き連れて俺の方にやってきた。
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もっと違う形もやりたかったところですが、この形で一旦終わります。
書き直したり、加えたりしたいです。
夏合宿しないでおわりましたから……
あと、虎になる刑事の話は別タイトルで書きたかったので、この世界はもう少しねっていきたいです。
ご愛読ありがとうございました。
 
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「頭じゃない、本当に顔、なの?」
 手で顔を覆うのはフェイクじゃないのか、と疑念を抱きつつも今度は顔をめがけて全速で飛行した。
 目を覆うと見えなくなってしまうせいか、美琴は額のあたりに手をやり、もう一方の手で私を叩き落とそうとしてくる。
「いや、ひたいそのものにコアがある?」
「コロス」
 美琴は額を覆っていた手も使って、私を潰しにきた。
 鼻の先端を狙っていた私は、その様子を見て上昇し、額をめがけて速度を増した。
 その飛び先変更がフェイントになったのか、美琴の手が追いつかない。
 がら空きになった額に私の爪が突き刺さる……
「シネ」
 額の皮が歪み、小さい点が現れたか、と思うとそれは急速に成長して鋭い角へ変わった。
「しまった! ユニコーンだったのか……」
 美琴のそのとがった円錐は、勢いよくひたい飛んでいる私を的確にその中心でとらえていた。
「曲がれぇぇぇ!」
 翼を全力で動かして、向きを変える。
 後、数センチの差で円錐の先端をかわす。
 しかし、角が擦れ、触れた部分が焼けるように熱い。
 その時、美琴の顔の異変に気付いた。
 黒目がなくなって、瞳に別の輝きが映っていた。
「!」
 あれがコアだ……
 角を蹴って、その目を狙ってつま先の爪を突き立てた。
 ざっくりとえぐったところから、体液が噴出してくる。
 私は突き刺した瞳から、反対側に動く球体を確認した。
「逃がさない!」
 動く球体を狙って両足を突き立てる。
 美琴の眉間に私が完全に突き刺さった格好だ。
「グォッ……」
 皮膚のしたでコアが割れるのを感じた。四つ足を投げ出して、大きな体がホールに叩きつけられる。
 遅れて頭がホールの床へ……
 何度も何度も翼を動かし、叩きつけられる寸前に眉間から抜け出した。
 勢い余って私は三階エリアに突っ込んでしまう。
「うわっ……」
 崩れ落ちたコンクリートや壊れた机にぶつかりながら、三階エリアの中で私は止まった。
 体についた埃を払いながら立ち上がり、フロアの端へ歩いていく。
 端から、おそるおそるホールの床をのぞき込む。
 角の生えた上体は人間、下半身が馬、というユニコーンキメラ……
 美琴は某システムダウンの時に死んでいた。
 このホールにいた、美琴そっくりの女の子は…… 〈扉〉の支配者が差し向けた刺客に過ぎない。
 パチッと、電荷がはぜる音がすると、巨体が黒く小さく分割され、さらに分割されていく。
 最後は黒い霧のようになって、ホールの床を漂い始めた。
 やがて霧すらも分解されて、周囲から消えていく。
 コアのあった眉間付近はいつまでも霧が消えなかったが、それすらも消え、ホールから完全になくなった。
 私は大きく息を吐き、のぞき込むために手をついていた壁に向き直り、背中をつけて床にお尻をついた。
「勝った」
 だから?
 勝ったけど、どうする?
 立ち上がり、振り返って床下をのぞき込む。
 何もない。
 その壁を乗り越えてホールへ落下する。
 落ちる直前に、翼を開いて床に降り立つと、私は手を合わせ、まぶたを閉じた。
 祈りの時間を過ごすと、目を開けて右のゴムを取り、左のゴムをはずした。
 そして手で髪を後ろにはらう。
「ツインテールはもうお終い」
 そして私の髪を、どこからか風が通り抜けていった。


 終わり

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「おねえちゃん、だいじょうぶ?」
 ハツエが洞窟の入り口あたりに立っていた。 
 亜夢が振り返ってハツエの方へ歩いていく。
「今のはなんですか?」
 ハツエは腕を組んだ。
「うーんと」
 そういうとハツエは|思念波(テレパシー)で語り始めた。
『いまのは、亜夢が作り出した影じゃよ。光あるところには影がある。我々の|非科学的潜在力(ひかり)も地球上すべてを照らせる訳じゃないんじゃ。じゃから多かれ少なかれ影はある。だからと言って、影の部分をコントロールできないと、そこから|精神制御(マインドコントロール)されてしまう。そういうことじゃ』
「もっとうまく恐怖と向き合う必要がある、ということですか」
「おねえちゃんすごいね。そのとおりだよ」
 ハツエは笑った。
 亜夢の指の間に小さな稲妻が走った。
「いてっ…… 静電気かな?」
 亜夢は自身が発したそのちいさな雷には気が付くことはなかった。



 その日は、ハツエの家に泊まることになり、皆が二階に布団を並べた。
 亜夢は端っこの窓際で寝たいと言ったら、アキナが私もそこで寝たかったと言い出して、ババ抜きで抜けた順に寝る場所を決めることになった。
 アキナがカードを配り始めると、一階からハツエが上がってきた。
「なにやってるの?」
 亜夢が内容を説明すると、
「わたしもやる~」
 と言って両手を上げて近づいてくると、美優と奈々の間に座った。
「けどハツエちゃんは一階で寝るんでしょ?」
「ううん。さみしいから上でねる」
 アキナはカードを配るのをやめて言った。
「じゃ、もう一度カードを集めて」
 カードを混ぜて配りなおすと、ジャンケンがで始まる場所を決めた。
「えっ?」
 亜夢はジャンケンでハツエに負けたのだった。
「……」
 亜夢は相手の手を見て自分の出し手を変える。超能力サポートによる超動体視力によって、ジャンケンは負けなしのはずだったのだ。
「ハツエちゃん……」
 亜夢がハツエを見つめると、ハツエはニヤリと笑った。
『おぬしがやれるのなら、儂にやれないわけがないじゃろ?』
 と亜夢へ|思念波(テレパシー)でそう答えた。
「じゃあ、あたしからね」
 ハツエは美優に向かってカードを向けて、美優に一枚引かせた。
 美優はにっこりして手札を並べ変え、一組を真ん中に捨てて亜夢にカードを向けた。
「はいどうぞ」
 亜夢は美優から一枚引くが、何もそろわない。カードを並び替えてアキナにカードを引かせる。
「怪しい。いかにもこの飛び出しているカードが怪しい」
 アキナはそう言いながら亜夢の手札を順番に触っていく。
「怪しくないから」
「跳び出させているなんて怪しいよ。だから、周辺も怪しい」
 亜夢はハツエの視線に気づき、はっと思い出した。
「ちょっとまって」
 そう言ってアキナの目の前からカードを引き上げると、ふーっと息を吐き、目を閉じた。
 カードを一度混ぜてから、もう一度アキナの方に向ける。
「取っていいの?」
 亜夢は静かにうなずいた。
 今度はカードにデコボコはなかった。亜夢の手にあるカードは、なめらかな扇形に並べられていた。
「やっぱりさっきのは怪しかったんじゃん。キレいに並べても亜夢がジョーカー持ってる事実は変わらないから」
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 壁を蹴りながら、美琴の横を抜け、私はホールに戻る。
 しばらくして美琴がゆっくりと振り返ってホールに戻ってくる。
 後ろに〈転送者〉を従えて。
「マンイチノカチメモナクシテヤル」
 そういうと、美琴の横に〈転送者〉がやってきた。
 無抵抗の〈転送者〉の体に、美琴が手を差し入れる。
 グッと、引き抜くとそこにはコアが握られている。
 握られたコアが手のひらと融合し、美琴の体に取り込まれていく。
 反対の腕からも同じことをして、最後の一体は、美琴の馬になっている後ろ脚から取り込まれた。
「グオォォォ……」
 うなるような低い声が響くと、美琴の体が輝きはじめ、同時に巨大化していく。
「モウ、モドレ、ナイ……」
 美琴の顔から一筋の涙がこぼれるのが見えた。
「ウォォォ!」
 振り上げた前足を伸ばし、私に振り下ろす。巨大化した美琴の足は、私を踏みつぶすのに十分な大きさになっていた。
 |蹄(ひづめ)が私の体をかすめる。
 私はどこにコアがあるのかを探った。
 足のあたり…… にはないだろう。着地の衝撃でコアを失ってしまう可能性があるからだ。
 とすると、体だが、馬の部分は私の翼と同じで拡張部分だ。足も同じだが、そんな部分にコアを収めることはないだろう。
 つまり、馬ではない人の体の部分にあるはず。
 私は翼を広げ、空を駆け上った。
「人間の体の部分にコアがあるはず!」
 上昇しながら言った、私の言葉が美琴に聞こえたかは分からない。
 けれど的確な位置を突けば、体はコアを逃がそうとするはずだ。体の中でコアが動けば、位置が特定できる。
「いけぇ!」
 一番隙のある、腹の部分に爪を立てて蹴り込む。
 美琴はパッと、手で払ってこようとする。
「?」
 私をただこうとする手とは別の手は、顔を覆っている。
 さっきの〈転送者〉と同じ考えで動いているなら、一方が攻撃、一方が防御をするのは不思議じゃない。
「顔?」
 顔にコアを配置した〈転送者〉はまだいたことがなかった。
 ただ、こんな巨大な〈転送者〉はマミ一緒に変形ロボで戦った以外では経験のないものだった。
 試してみる価値はある。はらってくる手を避けながら、らせんを描くように上昇する。
 美琴の真上を取ると、反転して真下に降下した。
 気が付いているのか、いないのか、反撃の様子がない。
 そのままいけぇ、と心の中で叫び、爪で蹴り込む。
 コアが逃げる様子がない。
 私は素早く翼を広げて、減速した。
「罠?」
 頭に爪を突き立てる前に上昇を開始する。
 美琴の髪の毛が、右から左から襲い掛かってくる。
「まさか、これで絡みとる気?」
 上昇するための羽ばたき以上に、毛を弾くために翼をたくさん動かさなければならなかった。
 あやうく捕まるところだった。
 私は天井を蹴って方向転換する。
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「リミッター?」
『限界、というべきだったかな。ここまでしかできない、とか、もうダメだ、とかすぐに思わんようにせんと』
 亜夢は目の前で腰に手を当て、胸を張ってそう言い切る少女に頭を下げた。
「わかりました。頑張ります」
 亜夢とハツエは山を降りる訓練を再開する。
 転びそうになったり、幹や岩にぶつかる、と強い恐怖を持った時こそ、持てる|非科学的潜在力(ちから)を出し切るべきだ、と何度も心に呼びかけた。
 亜夢は次第にハツエのスピードに食らいつけるようになってきた。
 激しく呼吸をしながら、亜夢が言う。
「早くなったでしょうか?」
「はやくなったよ」
 ハツエが声に出してそう言った。
『転んだり、危険な場面できっちり超能力がつかえている。亜夢にとってはそこが進歩じゃな』
「はい」
 金髪少女が、後ろで手を合わせ、亜夢に近づいてくる。
「なに? ハツエちゃん」
「おねえちゃん、それじゃあ、もっとこわいところに行ってみる?」
 その言葉を聞くと、とたんに亜夢は体中に鳥肌がたった。
「い…… え……」
 ハツエがまっすぐ腕を上げ、一直線に指を伸ばした。
 その先には、岩がいくつかあって、穴が開いていた。周囲の木々は枯れていて、草も生えていない。何か、周囲に悪い空気が漂っているようにも見える。
「行ってみてきて」
「あの、怖いからいきません」
「ね。行ってきてみてよ」
 ハツエの青い瞳を見ていると、|精神制御(マインドコントロール)されたかように、足が勝手に動き出した。
『みてみるがよい。これはテストじゃ』
 ハツエを振り返り、亜夢はゆっくりうなずく。
 そして岩の間を抜け、その穴へと入っていく。
 空気が悪いというか、何かよどんでいて、生臭かった。黒く霧がかかったようにモノがまともに見えない。
 亜夢は気持ちを広げて、目だけではなく、耳や体に伝わる感覚を使いながら、周囲全体を感じることで、見えない部分を補った。
 歩み入っていくと、虫も生き物もいない、と思われた洞窟内に殺気を感じる。
「誰?」
 声が響く、と思われたが意に反して声は吸い込まれるようにかき消されていく。
 亜夢はもっと大きい声で言った。
「誰かいるの?」
 ゴウゴウ、と風の吹くような音だけが穴の奥から聞こえてくる。
 正面の闇の濃淡が、ゆらっと動いた。
「!」
 一瞬、指先が見え、そこから|雷(いかずち)が放たれた。
 都心で見たビデオの映像と同じ…… 
 亜夢は手で払うようにして、雷を地面に誘導する。
 雷の光で、相手の顔が一瞬見えた。
「美優?」
 再び白い指先だけが見えると、雷が放たれた。
 素早くその雷をいなしながら、間合いを詰める。
 手首を取って、雷を頭上へ向かわせる。
 パッと洞窟全体が明るくなって、亜夢は雷を放つ相手の顔をはっきりと見た。
「私?」
 鏡でみる自分の顔が、ニヤリ、と笑った。
「うわぁぁぁぁ!」
 亜夢が拳を突き出すと、避けることもなく顔面に当たる。雷を放つ偽物の亜夢は、まるで砂で作った城のように砕け散った。
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 小さい声で囁く。
 私は慌てて飛び乗ると、美琴はそのままターンして〈転送者〉の隙間から飛び出した。 
 〈転送者〉が怒ったように集団でこちらに向かってくるが、天井にぶつかり、通路の幅も狭いせいか思うように追ってこれない。
 こちらもこちらで態勢を低く保たねばあちこちにぶつかってしまう。
 蹄の音や、後ろの〈転送者〉の騒音のせいで、私は叫ぶ。
「なぜ助けるの?」
「ヤメて…… わからないの」
 美琴は耳を塞いだ。
 私達は、再び高い天井のホールに出てきた。
「降りて…… お願い……」
 降りると、彼女の前に回った。
「空港には私の両親と、あなたの両親がいたわ。一緒に旅行をして、帰ってきたところだったはず。あなたはピンク色で文字が書かれた、黒いキャップをかぶっていて、私はこんな髪型だった」
 耳をふさいだままの美琴は、今度は目を閉じた。
「もう思い出せない。あの時、死んでいた時間が長すぎたのかも…… もう私は美琴じゃないのよ」
 うつむいて苦しんでいるような表情が、段々怒りの表情に変わってくる。
「お願い。もう私はあの時の私じゃないから」
 頬の欠陥が浮き出ると、同時に、体中の筋肉が膨れ上がっていく。
「ダメだ…… もう、耐えられ、ない」
 塞いでいた耳から手を離し、拳を握り込んで、天井を見上げる。
「うおぉぉぉ」
 野太い声がホールにひびきわたる。
 私は反射的に後ろに飛び退いた。
「私は〈扉〉の支配者に救ってもらった。このキメラの体でいることを、許してもらった……」
「?」
「だから、もう戻れない。あなたのお友達には帰れない」
「美琴!」
「チ、ガ、ウ!」
 そう言って上体を跳ね上げた後、全速力でぶつかってくる。
 横に避けてかわすと、美琴は勢い余って走り続けた。
「コロス!」
 膨れ上がった筋肉で、来ていた服も避けてしまった。
 女子とは思えない体つきになった美琴は、怒りの表情のまま固まってしまった。
 何度も「コロス!」と繰り返し叫び、私に襲い掛かってくる。
「やめて。戦う気はないの。お願い、美琴」
「コロス! コロス! オマエヲコロス!」
 ホールで追いかけっこをしているうちに、〈転送者〉がホールにつながる通路にやってきた。
「……」
 通路からホールに出られたらマズい。私は〈転送者〉が身動きできない通路にいるうちに対応することを選択した。
 美琴の突進をすれすれでかわして、通路へ向かう。
 爪をむき出しにして、飛び出してこようとする〈転送者〉にカウンターの一撃を浴びせる。
 コアを蹴り抜かれた〈転送者〉が黒い霧のように変化して消えていく。
「次!」
 壁を蹴り、天井を蹴って次の〈転送者〉に爪を振り下ろす。狭い通路で避けることもままならない〈転送者〉ははなすすべもなくコアを抜かれる。
「マテ」
 残りの〈転送者〉がホールに向かうの足を止めた時、後ろから美琴に呼び止められる。
「オマエハワタシガコロス」
 このままでは〈転送者〉と挟み撃ちにされてしまう。私は〈転送者〉の破壊を諦め、ホールに逃げ戻る判断を下す。
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 女の子は急に胸を押さえ、苦しみ始めた。
「キミコ?」
 女の子の体が少し震えているように見えた。
「……」
 私はまた椅子や机の影を移動した。
「鴨川(かもがわ)美琴(みこと)は…… 鴨川美琴は私の名前」
「えっ?」
 言ってから、慌てて口を手で押さえた。
 まさか、この女の子が…… 私が探していた友達、鴨川美琴?
 そうだ、もう記憶のどこにも美琴の姿はない。この女の子が『私は鴨川美琴』と言えば、そうかもしれない、と考えるしかない。この子は、私の記憶を知っていて、騙そうとしているのだ。
「そこにいるのね……」
 移動の途中で、不意に声を出してしまったせいで、位置を知られてしまった。
 走り出せば、まだ逃げれる距離だった。
 それなのに、私は逃げることが出来なかった。
「美琴、私よ。私」
 隠れていたソファーの後ろから飛び出し、女の子の目の前に立った。
 そして、両手で髪を引っ張り、ツインテールが分かるように見せた。
「美琴、私を覚えていない?」
「ぐぁっ……」
 女の子はまるで私がまぶしいかのように手をかざして、顔を覆った。
 まぶしがる一方で、こちらを見たいのか、手や指の隙間から懸命にこちらを覗こうとしている。
「ねぇ、美琴、私、私よ。公子。公子だよ」
 私がそう言うと、女の子は後ずさり始めた。
「知らない…… そんな記憶は…… ない……」
 私の記憶にも、この女の子が美琴だという決め手はない。
 ただ、なんとなくそうではないか、そうであって欲しいという希望があった。
「うわぁぁぁ」
 女の子は手で激しく自分の顔を叩き始めた。
「知らない、お前なんか知らない…… 私は空港で…… 空港で死ん……」
「しん?」
 〈転送者〉がゆっくりと追いついてきた。
 一階にいた〈転送者〉だけでなく、上のフロアにいたものもついてきていた。
 私はいつの間にか周りを〈転送者〉に囲まれていた。
 ここでは私は翼を使えない。飛び立つには天井が低すぎる。
 五体の〈転送者〉の隙が目の前にあった。しかし、そこを女の子が塞いだ。
「私は死んだの。キメラになることで、私は生きながらえた。私がキメラになった後、キミコと刑事の男と女教師がキメラにされていったわ」
「……」
「そう。先に死んでいたのよ。麻酔が効かなかったわけじゃない。真っ先にキメラとして生まれ変わっていたのよ」
 女の子は顔から手を放した。
 白目が黒く見えるほど充血している。
「あなたが、キミコ…… そう、そんなツインテールだった」
 〈転送者〉が一斉に腕を引いた。
 次の瞬間、〈転送者〉の中心にいる私に向かって、突き出されるはずだ。
「やめなさい!」
 〈転送者〉の腕が止まった。
 私のところに女の子…… 鴨川美琴、が駆け寄った。
「(私の後ろに乗って)」
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 美優は怖くて手腕をちぢ込めてしまって、腕で寄せられた胸が、水着の胸元を押し広げてしまう。まるで、意思を持って進んでいるかのように、ヤドカリは、その隙間へ進み入る。
「いやぁ! どこはいるのよ、奈々、取って取って」  
『ぶぅぅぅぅぅっ!』
「?」
 奈々は何者かの声を聴いた気がして、美優にまたがったままあちこちを見回す。
「奈々、早く早く!」
「今誰かの声というか、視線というか……」
「ヤドカリが、痛いから、取って」
 奈々は見えない気配を無視して、美優の水着に手を入れる。
「やっ……」
『おおっ』
「あれ?」
「あん……」
『おおおおっ!』
「これ?」
「違う!!」
『ああっ!』
「いたいた…… ちょっと待って」
 奈々はヤドカリを捕まえて、慎重に水着の中から取り出す。
 そして、何を思ったのか、ヤドカリをしげしげと眺めた後、大声を浴びせかけた。
「こら! ノゾキをするな!」
『!』
 そして寄せる波に、そっとヤドカリを戻した。
 立ち上がって美優は水着を整えながら言う。
「奈々、急にどうしたの? ヤドカリにそんなこと言ったって無駄でしょ」
「いや、なんとなく……」
 奈々はヤドカリを返した海を見つめている。



『なかなか勘の鋭い子じゃの』
 金髪のハツエが振り返って言った。
 亜夢の目尻は下がりきっていた。
『ええ、堪能しました……』
 そう言っている口元がだらしなくなっている。
『何をいっておるのじゃ? あの奈々という子の話をしておるんじゃ』
 亜夢は緩んでいる顔を手で押さえて戻そうとしている。
『ヤドカリを通して見ているのに気づかれたってことですか?』 
 ハツエは顎に手を当てた。
『そうじゃ。おぬしのヤドカリの視覚を借りる技が未熟だったとは言え、二人ともうっすら気づいておった。非科学的潜在力を使う素質は十分にあるの』
『美優も、ですか』
『ああ、奈々のようにではなく、ほんのすこし疑った程度じゃったが』
『……』
『おぬしもげんきがでたようじゃから、ちょっとここから出ようかの』
 大きくてツルツルした岩に腰掛けている亜夢。その正面に金髪のハツエが立っていて、ハツエが亜夢の両頬を手でなでていた。
「気がついた? おねえちゃん」
 目の前にいるハツエに驚き、体を少し引いてしまう。
 亜夢はハツエの手をどけると言った。
「今のは、夢?」
『さっきいったろう。おぬしの思考のなかじゃと』
「そうでした」
『三キロ程先のヤドカリの視覚を借りたのも真実のおぬしのちからじゃ』
「わたし、今までこんなことしたことなかったのに……」
『おぬしが自分自身のこころの中にリミッターを設けているだけじゃ。元々あれくらいのことはできたのじゃぞ』
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「チッ」
 女の子は舌打ちした。
 ようやく足が動き始めた。以前の〈転送者〉との戦いで、一体に対してこんなに消耗した記憶がない。おそらく賢いだけではなく、スピードやパワーも違うのだろう。
 ここには誰も助けに来ない。鬼塚刑事も、新庄先生ももう私の味方ではないからだ。私は『〈転送者〉を破壊した』のではなく、『北島アリスを殺した』と思われている。
 目の前の〈転送者〉は倒せるかもしれない、がその後に四体…… とこの女の子とも戦わなければならないのだ。
「逃げよう」
 少なくとも、この場で戦い続けることは出来ない。死しか見えない戦いに挑む時ではない。
 天井が高ければ翼を使えるが、大きい〈転送者〉も自由に動けてしまう。私は低い通路へ逃げることを選択した。
「逃げる気?」
 〈転送者〉は頭すれすれの通路を這うように移動してくる。腕と足を使った高速移動をしようとすると、天井に頭がついてしまうのだ。
「どきなさい」
 女の子が〈転送者〉の脇をすり抜けて私を追ってくる。彼女も早く走るために上体を屈めているため、本来のスピードは出ていない。
 階段や曲がり角をうまく使って、距離をかせぐ。
 E体は空港のカメラに映るだろうから、きっと軍がやってくる。
「いくら逃げても無駄よ。出てきなさい」
 そう言って出ていくヤツがいるものか。私は体を低くし、通路に置いてある椅子やテーブルの影に隠れて移動していく。
「それとも、そのうち軍がやってくる、とか思ってるのかしら?」
「?」
 こっちの場所は分かっていないはずだ。
 椅子と椅子の隙間から、馬の足を確認する。まだ、十分距離はある。
「出て来なさい。逃げるくらいなら、負けを認めて〈扉〉の支配者に従うのよ」
 カツ、カツ、と|蹄(ひづめ)の音が響く。
 視線が外れるのを確認して、影から影に動く。
「ん? こそこそと影から影に逃げ続けるのか」
 そろそろ、軍の監視に引っかかって出動がかかっても……
「隠れて逃げるって、やっぱり、軍が来ることを期待しているようね。それがどれだけ愚かなことか教えてあげる。絶望して、〈扉〉の支配者に服従するんだ」
「私は絶望なんかしない」
 そう言って、通路の奥を確認する。天井が低いせいで〈転送者〉はまだ追いつけないようだ。
「そう言うなら、軍が来ない理由を教えてやろう。軍が設置したカメラ映像の伝送装置には、ダミーで映像を流す装置をつけてある。奴らは何も映らない無人の映像をじっと確認し続けるだろう」
 下半身が馬である女の子は、腹を抱えて笑った。
「さあ、いい加減諦めて、我々の側に付け」
 まさか、軍が接続先が変わっても検出できないような仕組みでここの映像を監視しているはずはないだろう。もしそうだとしても、例えば昼夜同じ映像なら気付くはずだ。
 ただ、今軍が現れていないことから考えれば、少なくとも現時点ではその映像で騙されているのだ。
 時間を稼がなければ……
「あなた、さっき鴨川(かもがわ)美琴(みこと)って言ったわね」
「ああ、言ったが、それがどうした」
 私の声を聞いて、キョロキョロと首を振って探している。
 私はまた少し移動して、言う。
「なんでその名前を知っているの?」
「はぁ? お前こそなんでその名前にこだわる? お前は確か、白井(しろい)公子(きみこ)……」 
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『通常、目や視覚の仕組みが違うからの。儂ぐらい|非科学的潜在力(ちから)を極めれば造作もないことじゃが。どうじゃ。わしから|超能力(ちから)を学ぶ気になったか?』
 亜夢は小さくうなずいた。
『凄すぎます』



「あっ、ヤドカリだよ」
 奈々が砂浜の生き物を見つけて指さす。
「えっ、ヤドカニでしょ?」
「?」
 奈々は正しく聞こえていないようだった。
「綺麗な貝殻をお家にしてるね」
 奈々が四つん這いになってヤドカリの動きを追いかける。
「知ってる? 大きくなったらこの貝殻を捨てて、他の貝殻とかに入るんだよ」
 美優はちょっと返しに詰まった。
「し、知っているわよ。ヤドに住むカニだからヤドカニっていうんでしょ?」
「?」
 奈々はさっと手を砂に差し込むと、砂ごとヤドカリを救い上げた。
 美優の前に手を伸ばす。
「ほら? きれいだよね?」
「きゃっ」
 美優は身震いして後ずさりした。
「大丈夫だよ。ほら、よく見て」
 奈々が殻の側をつまんで持ち上げる。
「これは『カニ』じゃなくて、ヤドカリだから。カニじゃないから横にも進めるよ」
「……しってるわよ。ヤシガニとかと勘違いしただけよ」
「ほら。触ってみる?」
 奈々が一歩前に出ると、美優は海の側に一歩下がった。
「大丈夫。噛んだりしないから」
 また一歩出ると、美優は小さく飛び上がるように後ろに下がる。
 その時、また大きな波がきて二人の足元をすくう。
「きゃっ」
 美優が不意に倒れ込んできたせいで、奈々も一緒に転んでしまった。
 倒れた時に奈々が体をひねったせいで、奈々が手をついて美優の上にいた。
「あれ?」
 美優は手に引っかかっている布に気付いた。
「きゃあ」
『ぶっ!』
 奈々は美優が持っている布が、自分のビキニ(胸の部分)だと気づき、声を上げるとともに腕で胸を隠した。
「ん? 今、何か言った?」
「とにかく、美優。それ返して。ねぇ、返して」
 奈々はパッと美優の手からビキニを取り返す。
「重いよ」
「つけるまで待ってて」
 美優にまたがったまま奈々はビキニを付けなおしている。
「あれ? 奈々、ヤドカリは?」
「えっ? 転んだ時に投げちゃったかな」
 奈々が水着を着け終わった。
『もう終わり?』
 美優は何か叫ぶ声が聞こえたような気がした。
「?」
「どうしたの美優」
 美優はあちこちを見回すが、誰も見つからない。
「あっ、ヤドカリ、そこにいるよ!」
 ヤドカリは美優の首元に上がっていた。
 奈々が言うが、美優も気が付いたが触ることが出来ない。
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 二階、三階…… 各階の〈転送者〉はまるで見物をしているかのようにこちらを見下ろしている。
 まさか、飛び上がれないように上のフロアで牽制している? そう思った私は翼を使わず、足の爪だけを出して迎え撃つ。
 女の子も下半身を馬にしたまま、奥でこっちを見ている。
 私がこのE体と、どう戦うのか観察しようというのだろうか。
 首なしのE体、いつものEの字を横に倒したような大きな腕と貧弱な足をもっていたが、動きは以前より素早く、いつもよりクレバーだった。
「なんなの、こいつ」
 翼を使わずに、足の力だけでコアを抜こうとするが、動きと巧みな腕の使い方で簡単には仕留められそうにない。
 苦戦する私をみて、下半身が馬の女の子が言う。
「いつもの〈転送者〉とは勝手が違うでしょ」
 そう言って、笑いだした。
「いつもの〈転送者〉と違う、のね?」
 それさえわかれば十分だ。
「どう違うかは自分で考えることね」
 違う、かどうかを言った時点で、悪党としては二流だ。
 いつもと違うのなら、いつものようには倒せないということ。手の内を隠して戦えないということだ。
 私は翼を広げた。
「なら、こっちも全力で戦うだけよ」
 羽ばたきながら、各階の〈転送者〉の様子も確認する。
 フロアの縁に来ているが、手助けをしよう、という感じではない。本当に観察しているような感じだ。
「見られてようが、作戦を立てようが、最後は力が上回っている方が勝つ」
 私はそう言って、1Fの〈転送者〉目がけて降下した。
 片腕で叩き落とそうとし、片腕がコアの防御として〈転送者〉の体をブロックしている。
 叩き落とそうとする腕を回避して、コアを抜こうとしていた私は、ブロックしている腕に気付いて慌てて上昇する。
「そう。いつものイケイケの単細胞じゃないってことね」
 確かに攻撃と防御のバランスが違う。
 感じる違和感はそれだけではないようなのだが……
「防御をしたからって、攻めなきゃ勝てないよ」
 わざと低空を旋回し、〈転送者〉に攻撃させた。ブロックしている腕の側を飛ぶと、ブロックを解除してこちらを叩きにくる。けれど、逆側の腕がコア付近をブロックする。
「それなら……」
 素早く旋回して、〈転送者〉の背後を取ることにした。初めのうちは素早く腕を使って体を回していたが、こっちが上下方向と旋回方向を急転換させると、動きについてこれなくなった。
 そして、後ろを取った。
「こっちからならコアを抜ける!」
 完全に背後から胸のコアを抜いたはずだった。
 そこに〈転送者〉の体はなかった。
「なにっ!?」
 フロアの床を私の爪が捉えた瞬間、頭上に跳ね上がっている〈転送者〉の体に気付いた。
 腕を振り下ろして、反動で体を振り上げたのだ。
 それは単に防御の為だけではなかった。動けない私をめがけ〈転送者〉の体が落下を始めていた。
「押しつぶす気?」
 コアを抜くつもりで全速力でフロアに足を突いた私は、反応が出来ないまま〈転送者〉の影の下にいた。
「お願い、私の足! 動いて!」
 間に合わない。私は翼の力で、床に倒れるようにして転がる。
 ガッっと、〈転送者〉の体が叩きつけられる。
 あの真下にいたら……
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