その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

2018年02月

 まだ朝礼をやるほど人は集まっていなかった。
 それでもこんな朝っぱからヘルメットをかぶったおじさん達が集まり、コーヒーを飲んだり、体を動かしたりして活気があった。
 プレハブ側は灯りがついているものの、日中のドタバタした感じまでは行っていない。
 さっきの視線を確かめる為に、プレハブ小屋の扉を開けた。
「おはよう、影山くん」
 俺は手首の辺りに違和感を覚え、腕を後ろに組んだ。
「おはようございます」
 どうやら、階段の上。二階にいるようだ。
「上がってもいいですか?」
「いいわよ」
 簡単なつくりの階段を上がっていくと、メガネを掛けた斎藤さんが立っていた。この現場にはじめてきた時、この下のフロアでカードを作ってくれた女性だった。
 しかし、まだ下には他の事務の人は人は来ていない。
「こんな朝早くからお仕事なんですか?」
「……」
 反応がない。
 俺は何かやらかした、と感じた。 
「あの、何か気に障ること……」
「えっ?」
 急に斎藤さんの表情が緩んだ気がした。
 俺は変にそこに触れないように別の話を考えた。
「昨日、現場監督さんが夜中、木刀持っててビックリしました」
「ああ、なんかそうみたいね」
「斎藤さんもご存じなんですか?」
「あの監督さんのパワハラで工事遅れてるんじゃないかって」
 また、手首に違和感が生じた。
「ああ、そうかもしれませんよね」
「そうかも、じゃなくてそうに決まってるわ。私もずっとここに勤務したくはないのに」
 斎藤さんはそう言って、プレハブの窓から外を見た。俺も斎藤さんの横に立って、窓からビルを眺めた。
「外側はとっくにできてるのに。中は誰も使ってないなんて…… もったいないですよね」
「そうよね……」
 斎藤さんが、少し俺の方に体を寄せているような気がした。一生に一度あるかないか、俺にもモテ期がきたのか、と思った。
「影山くん。現場の鍵開けしてくれ」
 プレハブの下から呼び出された。俺は斎藤さんに軽く会釈をした。俺の思い込みか、斎藤さんが少し寂し気に見えた。
「じゃあね」
 そう言う斎藤さんに軽く手を振って俺は別れた。
 フェンスで囲まれた現場の前に、工事の人たちが集まっていた。俺はそこを分け入って、鍵を開けた。
 我先にとばかりに、ヘルメットをかぶった連中が入っていく。
 俺がふと、プレハブの方を見ると、斎藤さんがビルの方をじっと見ていた。
 斎藤さんが見ている何かを見たくなって、俺もビルの方を見つめた。
 ガラス張りで、空の様子がくっきりと映っている。二十三階建ての商業ビル。周りと比較して、飛びぬけて高いわけでも、低いわけでもない。デザインも特筆するところのないような、普通のビルだった。
「う~ん」
 俺は腕組みして考えたが、これをしげしげとみる意味は分からなかった。
 プレハブを振り返ると、斎藤さんが俺に気付いたようで小さく手を振ってきた。俺も軽く手を振り返した。もしかすると、もしかするのかも。錯覚ではなく、モテ期がやってきたのかもしれない。俺は警備室に向かいながら、小さくガッツポーズをした。 
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「見ちゃダメだよ!」
「そんな言い方、余計気になるよ」
 アキナが完全に振り返ると、そこには裸の中谷が立っていた。
 男性の裸を目の当たりにしたアキナは自分の体とは違うある部分に視線がくぎ付けになった。そして、それが何かに気付くと、全身が震え出した。
「アキナ、現実ではそっちはシートだから、こっちを向かないと……」
 ガン! とゴーグルの向こう側から音が聞こえた。
「イタタタ……」
 アキナはゴーグルをつけたまま、手を押さえている。
「だから言ったじゃん、こっち向いて…… 中谷さんのノートパソコンについているケーブルを抜くの」
 アキナはもう一度手を伸ばし、中谷の膝に触れ、その奥に手を滑らせていく。
 しかしノートパソコンに手は当たらず、足の付け根に到達してしまう。
「あれ?」
「森さん、そこは僕の……」
 声が聞こえて、アキナはそれが何かを理解した。
「ぎゃーーーっ!」
 股間のそれを手の平で突き放すようにつぶしてしまった。中谷の声にならない声が聞こえてくる。
「(ごめん、ごめんよ、冗談だから…… すぐいなくなるよ……)」
 中谷は横のシートに置いていたノーPCからアキナのVRセットにつながっているラインを抜いた。
 と同時にVRの中で、アキナの後ろに見えていた中谷の裸が消えた。
 亜夢が言った。
「バカなことをするからバチがあたったのよ」
「(その通りだね……)」
 アキナが焦って言った。
「大丈夫ですか、潰れちゃってないですか?」
「(心配なら、もう一度撫でてみてよ)」
「イヤですって!」
 アキナは伸ばしかけた手を、もう一度押し出した。
 ダメージを受けた場所が、もう一度掌底の攻撃を受ける。
「ぐぁっ!」
「(バカな男)」
 亜夢はそう言って、ヘリが着くまで寝ることにしようと思い、目を閉じた。



 ヘリが空港に近づくと、亜夢は頭に飛び込んでくるノイズで目が覚めた。
「亜夢、頭が変になるよ。助けて……」
「アキナ、ヘリに乗っている間は我慢するしかないよ」
「亜夢、苦しい。頭が痛い」
 亜夢はアキナの肩を引き寄せた。
 お互いの体を寄せれば、少し痛みが和らぐような気がした。
 ヘリが着陸すると、中谷は二人のVRヘッドセットを外した。
「さあ、降りて車に乗って」
「中谷さん、この痛みを何とかして」
 アキナが絞り出すようにそう言った。
 亜夢がそれを受けて中谷の顔を見た。
「……」
 中谷は何か言いかけてやめた。
 亜夢は自分も苦しみながら、中谷にあるジェスチャーをした。それは両耳を手で押さえるような仕草、過去、中谷が渡してくれた干渉波キャンセラーを意味していた。
 しかし、中谷は首を振った。
「そっ……」
 絶望的な表情の亜夢に向かって、中谷は口の前に指を立て「静かに」と言った。
 ヘリを降りて、用意されていた車に乗った。車のナンバープレートには「外」の字がついていた。
 改めてみると、周りの小さな標識から表記が英語だった。ここは普通の空港ではない。駐留する外国軍の基地なのだ。
 アキナが目をつぶって震えているところを、亜夢が守るかのように抱きしめる。
 基地の中をしばらく走ると、基地の外でハザードを出している警察車両の近くで止まった。
 亜夢たちが降りると、「外」ナンバープレートの車は、加速しながら去っていった。
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 何を言っても今の状態では負けだ。
 俺は話を進めることにした。
「分かりました。けど、それならもう腕時計が反応してても良さそうですけどね」
「特定はしていないけど怪しい人物と接触はしている、ということなのね。それは誰、どんな感じなの?」
 冴島さんも話を進めようという雰囲気だった。
 俺は今一番怪しい人物を頭に描きながら、言った。
「さっきの大怪我の話しですよ。現場監督です。いきなり木刀を振り下ろして来て……」
 あの現場監督が霊に取り憑かれていない、というなら、誰が取り憑かれているのだ、と俺は思っていた。
「ふ〜ん。けど、時計が反応していない、ということはそれは霊の力でやっていることじゃないのよ。おそらく本人がやっていることね。問題ないわ」
「えっ、この時計、そんなに信用できるんですか?」
 あの現場監督が悪霊に取りつかれていないのだとしたら、この腕時計が反応する頃には俺は殺されている。そんな気がした。
「信用もなにも、その時計、一体いくらしたと思っているのよ」
「いや、金額と信頼度は必ずしも一致しないと思うんですが」
「貧乏人の考え方ね。何故、お金持ちが外車に乗るのか理解できないことに等しいわ」
 俺は前々から外車に乗るセレブの考えが分からなかった。
 ここで一つ疑問が解けるかもしれない。
「じゃあ、外車に乗る意味を教えてください」
「分からないの? 詳しく調べることなく、対価に等しいものが得れるからよ。さっきも言ったと思うけど。ブランドと信頼の関係ね」
「……」
 ぐうの音もでなかった。
 俺たちが必死に『調べている時間』を連中は金で買っているというわけだ。
「まあ、なら、この時計は『信頼』にたるということですね?」
「そういうこと。また明日連絡してよ。じゃあね」
「えっ、あの……」
 反応がない、と思って画面をみると、すでに電話は切れていた。
 休憩を終えて警備室に戻ると、次の巡回は俺は一人で行った。
 さっき内装工事を行っていたフロアから工事業所も、現場監督もいなくなっていた。誰もない、工事途中のそのフロアを見回りして、巡回した時間に加えて問題なしとメモを取る。
 のこりのフロアも順調に回って、警備室に戻ってきた。
 警備室には、『巡回中』の札がかかっていて、小窓にはカーテンが閉じていた。
 鍵をあけて中に入ってみると、机の上にメモがあった。
『さきに寝るから、4:00に交代しよう 平田』
「はぁ……」
 俺は座って小窓のカーテンを開けると、警備日誌にさっきの巡回のことを書き加えた。 



 日が昇り、明るくなると、ビルの外が騒がしくなった。
 交通整理の警備の人もやって来て、トラックやワンボックス車の誘導を始める。工事は時間が来てからしか始められないが、その頃に来ようとすると、車が渋滞して来れないらしい。皆トラックの中で休憩したり、ワンボックス車の中で仮眠したりしている。
「眠いようなら、外を歩いてきたらいいよ」
 平田さんに言われるまま、俺はビルの周りを歩いていた。
 ただ、現場監督さんには合わないことを祈りながらだ。当然、昨日の木刀の件はまだ頭の中に残っていて、思い出すだけでも震えが来る。眠気が強くなるとああなる、ということだから、万一現場監督さんが徹夜していたら、相当気が立っているだろう。その場で真っ二つにされる可能性だってある。
 しかし、昨日の二度目の巡回の時には内装業者も帰っていたし、監督もいなかったのだから、おそらくしっかり睡眠を取っているであろう。まあ、それとしても顔を合わすのはいやなのには違いなかった。
「?」
 プレハブの方から視線を感じ、俺は散歩のつもりで近づいていった。
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 それまでの間は、警備室で鍵の置き場所、鍵の貸し借りの時に記載する表の書き方や、事前に連絡がなかった人を入館させない為の断り方とか、細かい警備室での業務の方法を教わった。
「ちょっと急いだけど大体こんな感じだね。イレギュラーなことは逐次教えるから」
「わかりました」
 と言ってから、俺は少し息を吐いた。
「少し休憩入っていいよ。さっきの休憩所に行っても良いし、裏で休んでもいい」
「はい。ちょっと上に行ってみます」
 平田さんに軽く手を振って、俺はエレベーターホールに出た。
 ポケットに手をいれると、スマフォが入っている事に気がついた。本来、警備のバイト中は私物はロッカーに入れていなければならなかった。
「そうだった。後でロッカーに戻しておこう」
 エレベーターに乗ると、スマフォの画面を確認した。
 冴島さんからの着信があった。
「あれ?」
 飲み物の自動販売機があった休憩室につくと、俺は冴島さんに折り返した。
「もしもし、影山です」
「どう、仕事は慣れた?」
 いきなりテンション高い感じだった。
「初日ですよ、分かってて言ってませんか?」
「ああ、そうだったかしら。私は私で色々あったから、どれくらい日が経ったかよくわからなかったのよ。それより、霊がついてそうな人物に目星はついたの?」
 やけに明るい感じの口調。酔っ払っているのか。俺は勝手に推測した。
「だから初日ですよ? まだ分かりませんよ」
 だんだん俺も声が大きくなっているような気がする。
「ビルが完成しないんだから、結構強烈な状態になってると思うんだけど?」
 俺は嫌味の一つでも言ってやろうか、という気持ちになっていた。
「ええ、そうですね。さっき大怪我しそうになりましたから」
「大怪我? しそう、ってことは平気だったのね」
 気にもとめないような口調。少し悔しい。
「……と、まあそんな話です。体はおっしゃる通り無事でしたが、心は震え上がってるんですよ」
「落ち着きなさいよ。そういう時の為にあの高額な腕時計を渡しているんだから」
 えっと…… いや、そんな機能は無かったはずだ。というか、どうやって腕時計で木刀を回避するというのだ。
「……使い方しらないくせに」
 少し間が空いた。いいところをついたようだった。 
「し、失礼ね。あの時はちょうどマニュアルを読んだばかりで」
 冴島さんが動揺した感じに、俺は『この手は使える』と思いニヤリとした。
「それより、この仕事で一つ疑問があるんです。俺、霊なんか見えませんよ。どうやって人物を特定するんですか?」
 冴島さんは間髪を入れずに答えた。
「あなたさっき腕時計の機能を知らないみたいに私にいったのに、あなたこそまだ使い方わかってないの?」
「……」
 なんだろう、俺は必死にマニュアルの内容を思い出していた。目次、とにかく目次に書いてあった項目だけでも思い出せないだろうか。
「機能3、腕時計は悪霊に反応して装着者に知らせます、って。ここに、ちゃんと書いてあるじゃない」
 間に合わなかった。完全に勝ち誇ったような冴島さんの声。
「つまり、ようかい〇ォッチと同じってわけね」
 電話越しに、マウスのクリック音が聞こえた。
「あっ、マニュアル、今見てるでしょ?」
「あなたこそ見てても、覚えてないんでしょ」
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「……」
 亜夢は黙って中谷を睨みつけた。
「すみませんでした。乱橋くん、森くん」
 頭を下げる中谷に、亜夢もアキナも頭を下げた。
「さあ、中谷さん、私達は準備は出来ています。行きましょう」
「ああ」
 中谷がヘリの方へ走り出すと、亜夢とアキナもヘリに向かって歩き始めた。
 亜夢は自分の|非科学的潜在力(ちから)を使って砂埃を弾きながら歩いていく。
 アキナは校庭の端で見つめている学園長に手を振った。
「行ってきます!」
「気を付けるんじゃぞ」
「わかりました~」
「乱橋もな~」
 亜夢は、振り返って学園長に手を振ると、ヘリに乗り込んだ。続けてアキナも乗り込む。
「例によって、規則なんでこれをつけてね」
 そう言って中谷は、シートベルトを着けている亜夢とアキナにVRヘッドセットを一つずつわたした。亜夢は中谷がノートパソコンに結線しているのを指さして言った。
「中谷さん、これ。これ外してくださいね」
「あっと…… はい。はずしたよ」
 それを確認して亜夢はVRヘッドセットを着ける。横を見ると、アキナが水着で立っている。
「アキナ、もうそこにいるの?」
「亜夢、これなに。何で砂浜にいるの?」
 姿は見えないが、中谷の声が聞こえてくる。
「付けたなら、出発するよ」
「はい」
 二人の乗ったヘリは上昇を始めた。
 亜夢がアキナに説明を始める。
「えっとね。私達ヒカジョは航空機に乗るときは、悪いことしないようにVRヘッドセットをつけて、こういう風景の中に閉じ込められるのよ。このVRで、|超能力(ちから)の使い先が分からなくなるようにしているの」
 VR内の亜夢が、あちこちを指さす。
 アキナもあちこちを見回して、答える。
「た、たしかに、これじゃ、|非科学的潜在力(ちから)を使おうと思っても、何がなんだか分からないよ」
「この前は、この空間にずっと一人だったから……」
 亜夢はしゃがむと、波を手ですくってパッとアキナに浴びせた。
「うわっ!」
 アキナは目をつぶった後、濡れているわけではないことに気づきびっくりする。
「亜夢、ここどこ、なにこれ?」
「VRだよ。仮想現実」
「だって私腰かけてるはずなのに?」
「アキナってば…… そこは間違わないでしょ? 体はシートベルトと椅子についているから、風景を見ると、自分の足とかがまっすぐなってて、なんで立っているのかな、って思うはずだけど?」
「……」
 アキナが何か考えているようだった。
「なんとなく理解できた」
「!」
 亜夢が顔を手で隠した。
「バカ、もう一本接続してたのね?」
「亜夢、なんのこと? なんで顔を隠してるの?」
「顔を隠してるんじゃなくて、見たくないものを見ないようにしてるのよ。アキナ、前の方に手を伸ばして、ノートパソコンにつながっているケーブルを抜いて」
 亜夢はVRゴーグルをつけたまま、手を伸ばす。前方のシートに座っている中谷の膝に手が当たる。
「あっ、なんかあった」
「アキナ、はやくお願い」
「何が見えてるの?」
 アキナは後ろを振り返る。
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 俺はそのことを聞こうとした時、平田さんが言った。
「この上にさ、飲み物の自動販売機と休憩スペースがるんだよ。そのフロアはちゃんと出来てるんだよね。あんまり先に完成しすぎたから、作り直しになるかもしれないけど」
「えっ、いくらなんでも出来たところを作り直しなんて」
「監督のことだからな〜 何かまたいちゃもん付けられるに決まってる。さあ、いこう、結構変わった飲み物も置いてあるんだよ。俺のお気に入りのカフェイン入りドリンクもあるからさ」
 平田さんは何か乗り気で、エレベータを待たずに階段で上がる選択をした。
 俺もエレベータを待たずに、平田さんの後をついていった。
 上がってみると、確かにフロアは完成していた。広い休憩スペースに、飲み物の自動販売機が並んでいた。
 最新型のディスプレイにタッチするタイプだった。
 平田さんが正面に立つと、好みの飲み物が少し目立つように光って表示される。
「これこれ。コンビニとかでも置いてある所少ないんだよね」
 そのドリンクを象徴するカラーのピンクとグリーンがビビッド過ぎて、飲んだことのない人間からすると毒々しく見える。
 平田さんが、カードをかざすと、ガツン、と音がして飲み物が出てくる。
 平田さんがそれを取って、休憩スペースのスツールに腰掛けた。
 俺が代わりに自動販売機の前に立つと、天然果汁系のものが光っていた。
「なんだそのチョイス……」
「いや、今日はココアにしますよ」
 と言って交通系ICカードをかざすと、同じようにガツン、と音がして飲み物が出てきた。
「ここすわっちゃっていいんですか」
「養生用のビニールがついてるからいいんだよ」
「そうですか」
 俺も座って、平田さんと同じように外の景色を眺めた。
 繁華街側に窓がついているせいか、下から様々な色の光が見えて、夜景として綺麗だった。
 俺は、少しこのビルの事を考えた。
 何ヶ月も完成がずれると、入居予定だった企業へ違約金とかを支払わなければならないんじゃないか、ということだった。それになかなか入れる時期が分からなければ、空いているフロアにテナントがつかないだろう。完成を先延ばしして、得をする人は誰もいない。監督が難癖をつけて完成を引き伸ばしているとしても、違約金のことを考えれば、会社側から無能として監督を入れ替えてしまうだろう。
 では何故、会社は監督を変えず、ビルも完成しないのだろう。確かに、例としてだが、床やら壁やらがキッチリ出来なければ、つまり最初の構想通りに出来ないとしたら、そのまま引き渡すことは出来まい。最初の計画通りに仕上がるまで作り直しになる。しかし……
「さあ、休憩終わり。下に行ったら警備巡回の結果報告について説明するから」
「はい」
 俺は少し残していたココアを傾けて飲みきり、ゴミ箱にいれた。
「ん? 監督のいたフロアはまだ巡回していないんじゃ?」
「警備巡回は基本無人のフロアだから、あそこは誰もなくなってからやるんだよ」
「なるほど……」
 俺たちは階段を使わず、一気にエレベータで警備室のフロアまで下りた。
 エレベータを下りて、警備室へ向かう途中、黒い髪の女性の姿を見かけた。廊下の角を曲がる時、一瞬横顔が見えた。黒いメガネの女性…… 斎藤さんだった。
 今、やっと下りてきたのだとしたら、最初にエレベータで見かけたときからは随分時間が経っている。
 斎藤さんは一体どこにいたのだろう。そして何をしていた?
「醍醐さん、やり方教えるからこっち」
 平田さんに呼ばれ、警備室へ戻った。
 警備巡回の結果報告書の書き方を教わった。
「今度は…… そうだな、二時間後にやるから、醍醐さん一人で回ってみる? 図面見ながら一人で回るとすぐおぼえるよ」
「ちょっと不安ですが、やってみます」
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「美優が連れ去られたって? 追いかけないと」
 亜夢は首を振った。
「もう遠くに行ってしまった」
「警察に届けよう」
 亜夢はアキナの言葉にうなずいた。



 寮に戻る前に、非科学的潜在力女子学園に入った。
 亜夢が出来事を順番に学園長に説明した。
「……そうか。その連れ去られたところまでは見ていないんだね」
「けれど間違いないです。自らいなくなるわけないですし」
「そうじゃな。何とか警察に手がかりを探してもらおう。後、ハツエさんのことだが……」
「……」
 三人はうつむいた。
「非科学的潜在力が強いと、まるで消えるように無くなる、というのは、わしも聞いたことがあるよ。ハツエさんのことはわしにまかせてくれるかな」
 皆、小さくうなずいた。
 電話が鳴り、学園長が素早く対応する。
「ああ…… はい。乱橋ともう一人?」
 学園長は保留して、三人の方を見る。
「この前、乱橋くんが行った警察署からだ。今回の西園寺くんの捜査協力の要請なんだが、乱橋くんの他にもう一人欲しいそうだ。乱橋くん。誰かいないかね?」
 亜夢はびっくりした顔をして、アキナの顔を見た。
「誰かいないかって……」
 アキナの顔を見ながら、亜夢は考えた。非科学的潜在力が強い人間は確かにいるが、一緒にやるとすれば……
「(アキナ、行く?)」 
 小声で確認すると、アキナは机の下で学園長に見えないように指で丸を作った。
「森さんでお願いします」
 学園長が睨むようにアキナを見つめた。
「……わかった」
 保留していた電話を再開し、アキナの名前を告げた。
 電話を切ると、亜夢とアキナに言う。
「二人とも頼んだぞ。さあ、寮に戻って準備をしてきたまえ。二時間後に校庭ヘリが着く」



 校庭にヘリが着いた。
 ヘリはメインローターを回したままだった。砂埃が舞う中、ノートパソコンを持って降りてくる男が一人。男は亜夢とアキナの姿に気が付いて、手を振って走ってくる。
「亜夢ちゃん、久しぶり!」
「お久しぶりです」
 亜夢が会釈をすると、ノートパソコンを脇に挟んで両手を差し出してくる。
 中谷の左手を叩き落としてから、右手で握手をする。
「で、君が|森(もり)|明菜(あきな)さんですね。よろしく。私は中谷と言います」
 叩き落とされた左手で警察手帳を見せてから、アキナの方に握手を求める。
「よろしくおねがいします」
 アキナが右手を出した。
「!」
 アキナの体は、電気が走ったように、ビクッと震えた。
「やわらかい手だね。肌もきめ細かい」
「ヤメて!」
 言うと同時にアキナの左手が中谷の頬を通過した。
「イテテテ……」
「加山さんがいないと思って調子にのるからですよ」
 と亜夢が言った。
「いや、でも、まあ、お約束なので」
「?」
 アキナが不思議そうに中谷をみつめる。
「中谷さんは女の子大好きなのよ。セクハラ連発してくるから気を付けてね」
「連発って酷いなぁ。亜夢ちゃん」
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「良くかわしたな……」
 いや、だからかわせるわけがない。たまたま、動けなかっただけだ。俺は恐る恐る両手を上げ、それぞれ左右に振った。
「いえ、避けたんじゃなくて、動けなかったんです……」
「とにかく、説教中だ。警備巡回は後にしろ」
 平田さんが俺の後ろ襟をつかんで、引き上げるかのように引っ張った。
「監督さんすみません!」
 体の大きい平田さんが小さく折りたたまれたように深々と|頭(こうべ)を|垂(た)れた。
 平田さんに背中を押され、俺も頭を下げた。
「すみません」
「……」
 監督はこちらをじっとみているだけだった。
 木刀をいきなり振り下ろしてきて、『良くかわしたな』とか言ったなこの人。……ちょっと待て。かわさなかったら大怪我だ。大怪我になってたらどうするつもりなんだ? まずい、この人、狂ってるんじゃないか。頭を下げながらも、怒りがこみ上げてきた。
 監督が奥へ戻ったのを気配で察すると、平田さんに引っ張られながらエレベータフロアに戻る。
「?」
 俺はそこで、閉まりかけのエレベータに黒縁のメガネを見つけた。
「醍醐さん、危ないよ」
「……」
 危ない、と今言われても。俺はもっと早く止めてくれ、と思って平田さんの顔を見上げた。
「監督は夜になると気が立ってくるんだよ。昼間はもっていない木刀を持って歩くようになるんだ」
 だから、本当に、そういうことは先に行ってくれ、と俺は思った。
「剣道の有段者らしいよ。ほんとうに怪我しなくてよかった」
 そう言う余計な情報は……
 俺は今更ながら恐怖で鳥肌が立ってきた。
「とにかく気をつけよう。朝とかなら大丈夫だから」
 俺は少し考えてから質問した。
「朝ってのは…… 何時ぐらいからのことを言ってます?」
「監督が徹夜した場合のことを心配してるの?」
「まあ、そう言うことです」
「知らないよ。寝て起きた後はだいたい機嫌いいから。監督の空気を読めとしか」
 平田さんは大きい体の肩をすぼめながらそう言った。
 俺たちは監督がいたフロアの上から警備巡回を再開した。工事の進行具合とか、注意事項をあれこれ聞きながら歩くので、意外と時間が掛かった。
「そう言えば、さっきエレベータに斉藤さんいましたね。遅くまでいるんですね」
「?」
 平田さんの反応が薄い気がした。
「斉藤さん。黒いメガネの」
 目の周りに指で輪を作って見せた。
 やっぱりなんの反応もない。
「プレハブの事務所で、事務してる斉藤さん、ですよ」
「ああ……」
 やっとわかってもらえたようだった。しかし、俺が期待した反応とは程遠かった。
「かわいいですよね?」
「あの人、事務ってわけでもないみたいよ。だってしょっちゅうビル内に入ってきてるもん」
「えっ? それってまずくないんですか?」
 平田さんは首をかしげる。
「まあ、いいんじゃないの? 関係者だし」
 さっき警備室では、入館者には腕章を渡す、と言っていた。斎藤さんが入りたいとやって来たら、やっぱり渡しているのだろうか。
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「う~ん。(そういうのにがてなんだけど)」
 平田さんは何か小さい声でボソボソと言ったが、すぐに言い直した。
「|醍醐(だいご)さん、行きましょうか」
 いや、だから、『さん』もいらないんだけど、と思ったが、さっきの感じだと慣れてくるまで時間がかかりそうだった。
 俺はそのまま普通に返事をして平田さんの後をついて行くことにした。
 暗くなったビルの中を、平田さんが照らす懐中電灯と、俺の懐中電灯で見回りしていく。
 昼間にざっと案内された時とは、他人の数も違うし、全然違う感じがした。
「この、ビルのこと、聞いてる?」
「えっと、なんか一年以上こんな感じでいつまでもビルが完成しないって聞きました」
「そっ、なんだか、変、だよね」
 平田さんは何か、注意がそがれているのか、警備室にいた時よりしゃべりがスローになっていた。
「ああ、ここコンビニに、なる予定だったんだ。けど、会社がつぶれちゃった」
 二階のあるフロアに懐中電灯の光を当てながら、平田さんはそう言った。
「へぇ~ そうなんですか」
 光を当てて部屋の中を見るが、棚もレジも入っていない状態なので、ここがコンビニ、と言われてもピンとこなかった。
 一つ上のフロアは床は整っていたものの、天井はまだ入っていなかった。ガランとした天井は打ちっぱなしのコンクリートがむき出しだった。
 その上も、その上もやはり床は張ってあるものの、天井が抜けていた。
 電力系の配線がしてあるのかすらわからない。
 そうやって一つ一つ階段でフロアを上がっていったのだが、かなり上がったところで平田さんが言った。
「あのな、ほんとうはな、電気がいつとまってもいいようにな、階段をつかうんだが」
 平田さんはエレベータフロアに向かっていた。俺は意味を察した。
「まじめにやると疲れちまうからな」
 平田さんはボタンを押して、エレベータを呼び出した。
「皆さんエレベータ使うんですか?」
「いやぁ、大体の人は使うみたいね」
 エレベータがやって来て、ドアが開くと平田さんは頭を下げてエレベータに入った。
「じゃあ、俺も使っていいですかね」
「まあ、ね。しかたないよね」
 一つフロアを上がると、エレベータを下りた。
「あれ、ここは灯りがついてますね」
 灯りがついている、と言っても天井が作られて整っているわけではなく、内装工事用にライトがぶら下がっているだけだった。
 平田さんが何かに反応した。
「か、監督?」
 俺には見えなかったが、声が聞こえてきた。
「さっさと終わらせるんだよ。天井やるのに何週間かかってるんだ」
「ウチラが始めたのはまだ一週間前だ。何週たっても出来ないのはあんたのせいだと思うがね。騒ぎ過ぎなんだよ。下請けを舐め過ぎなんだよ」
「なめられるようなことしか出来ねぇからだろ」
 なんだろうこのやり取り。酷いな。そう思いながらも、俺は立ち止まっている平田さんを回り込んでフロアの中に入ろうとした。
「醍醐さん、今はいったら……」
「!」
 いきなり木刀を振り下ろされた。
 判断がよかったのか、動けなかったのかは分からなかったが、俺はどこにも木刀をぶつけることなく立っていた。
 木刀を振り下ろしたのは、現場監督だった。
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「(えっと……)」
 亜夢が困っていると、パリン、とガラスの割れる音がした。
『今の何?』
 アキナから|思念波(テレパシー)が届く。
 亜夢は一階、二階と見て回る。
『わからない。こっちは割れている様子はない。アキナ、そっちも割れてないの?』
『見ている限りないわ』
 亜夢は少し回りこんで、家の扉を面で見れる位置を探す。
 まったく家に変わった様子はない。
 亜夢は仕方なく元いた場所に戻ると、気付いた。
「(美優? 美優、どこ?)」
 隠れていたはずの木の裏から、美優の姿が消えている。
 反対面を見てくれたのだろう、と思い亜夢は家の確認をしながら、美優がいたほうの側を探す。
 けれど、美優の姿も、家の異変も見つけられない。
「(まさか)」
 亜夢は意識を広げる。
「(この前のあの感じ。さがせるはず)」
 目を閉じると、美優のあの感じに触れることが出来た。
『美優? 今どこ?』
 何も見えない。けれどここが美優の世界であることは間違いない。
 右左、上下も分からない状況の中を、亜夢は走り回る。
『美優、さっきのこと、思い出して』
 すると、その何もない世界に黒い、霧のように粒子が流れ始めた。
 川のように、どこかを目指して流れているようだった。亜夢はそれを追った。
 すると、その黒い粒子が渦を巻いて溜まり始めた。
『!』
 流れ込むのが終わると、その溜まりが変形して、人間のような姿を作った。
『あなたが亜夢?』
 亜夢は一瞬にしてその黒い姿が誰なのかを思い出した。
 美優の|精神制御(マインドコントロール)をしていた人物だ。
『美優をどうする気?』
『この子の能力が必要なので、また借りにきただけだ』
『そうはさせない』
 亜夢は黒い姿が立っている『影』に気付いた。
 そして、自分の足元を確認する。亜夢のそこには影はない。つまり、あの黒い粒子がつくる人の姿と、影は無関係。影は、美優自身が隠れている場所だ。
 黒い姿の人物が、亜夢に見つけられないようにカムフラージュするともに、美優が出てこないように蓋をしているのだ。
 亜夢は強く風を吹かせ、黒い人の姿を吹き飛ばそうと考える。しかし、何も動かない。ここが現実の空間でないことを思い出す。
『力ずくでやるしか……』
 駆け寄って、両手で突き飛ばそうとするが、黒い人影は再び霧のように分散してしまう。
『影は?』
 黒い人影に収束すると、お盆のように黒い影を持っている。
『ここだよ。どうやら、君、ハツエと接触したようね』
『……』
『ここにいることがわかっても大して問題ではない。この状態なら私はこの|娘(こ)をコントロールできるからな』
 亜夢はこの空間がちぎれかかっているのを感じた。
『美優をどうする気?』
『そんな重要なことをいうワケないだろう? おっと。そろそろかな……』
 世界が端からブロック状に分割されて、何も見えなくなった。
「亜夢、しっかりしろ!」
「アキナ? 美優が、美優が連れ去られた」
 亜夢が目を開けた先にはアキナと奈々が立っていた。
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「けど倒産は目の前では起こらないでしょう?」
「それがそうとも言えないのさ。下請けの社長が来て、内装についてあの監督と打ち合わせしている最中に電話かかってきて」
「それまで倒産って感じでもなかったのに、突然不当たり掴まされてさ」
「ふあたりって?」
「手形が現金化出来なかったってことさ。現金がなければ会社はまわらないだろ。手形が何とかは、自分で勉強してくれ」
 俺には手形の話はよくわからなかったが、中島さんは、現場監督が疫病神、つまり何かに呪われているとか祟られていると言いたいことは分かった。確かにあの時の情緒の変わりようは、霊に乗り移られているせいかもしれない。これが正解なら、さっさと冴島さんを呼んで除霊してもらってバイト終了だ。
「なるほど」
「まあ、監督には近づかないことさ。怪我をするからな。怪我をしたら、会社が罰金を払わなきゃならないし」
「ああ、なんかそんなこと言ってました。それって本当なんですか」
 中島さんは足を跳ね上げて下ろし、ごろりと体を起こして立ち上がった。
「ああ、本当だ。だから気を付けてくれよ。さあ、ビルを一回りしながら、仕事の説明をしようか」
 そう言って歩き始めた。俺は中島さんの後をついて行った。



 俺はいったん家に帰り、明るくて眠れないながらも布団に横になって体を休めた後、夕方近くに家をでて、バイト先のビルへついた。工事現場ないのプレハブによってカードで出社操作し、ビルに戻って警備室に入った。制服に着替えると、中島さんが笑ってこっちを見ていた。
「ハハハ、寝れないだろ」
 今日からいきなり夜勤だったので、俺は昼間に家に帰ったのだった。
「はい」
「明日の昼間はぐっすり寝れるから安心しな。それと、今日お前と夜勤するのがこいつだ。紹介するよ」
 俺は紹介される人がどこにいるのかと、あたりを見回した。
「はじめまして」
 野太い声が、ゆっくりとした調子で話した。
 俺はビビった。ずっと見えていたはずだったのに、声を聴いて初めてそこに人がいたのに気付いたからだった。ゆっくりと確認すると、中島さんのずっと上に顔があった。
 その人は俺や中島さんと同じ制服を着ていたのだが、微動だにしていなかったせいか、大きすぎるせいか、それが人だという感覚がなかった。
「大きい……」
 思わず声にだしてしまった。
 中島さんの倍、まではいかなかったが、それに近い大男だった。
 俺の言葉に、恥ずかしそうに後頭部を掻いた。
「よくいわれます」
 無理もない、と思うと同時に、申し訳ない気持ちになった。
 これだけ大きいと、本人にとってみたら誇らしいことではなく、恥ずかしいことなのかもしれない。
「はじめまして。影山醍醐と申します」
「平田一男と言います」から
 中島さんが大男の腰を、後ろからパンと叩いた。
「平田はベテランだから、よくいう事を聞くように」
「はい」
「なんでもきいてください」
 俺は上を見上げると、平田さんは微笑みながら、また後頭部を手で掻いていた。
「じゃあ、俺は残りの仕事があるから」
 中島さんは机に座って書類を書き始めた。
「時間だから巡回しようか。影山さん」
「平田さん、俺のことは|醍醐(だいご)でいいです」
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 アキナが続ける。
「(やっぱり何も聞こえない)」
 ここにきて、奈々の方も何か気づいたようだった。
「(もしかしたら、声、じゃないのかも)」
 奈々の表情が変わった。
「(遮断された。気づかれたのかも)」
「(どういうこと?)」
「(たぶん、私、他人の考えを見ていたんだと思う)」
 亜夢も経験があるが、他人の考えを読むのは難しい。亜夢でさえ、相当明確な意思でないと読めない。それを奈々は簡単にやってのけたのだ。
 アキナが奈々に言う。
「(どこに隠れた?)」
「(こっちが読んでいるのに気づかれたから、もう隠れたりしないと思う)」
 亜夢が割り込む。
「(そうだね。家のどっかから逃げようとしていると思うよ。二組に分かれて回りを見張ろう)」
 亜夢は美優の腕を引いて、言う。
「(私と美優が裏口に回るから、アキナと奈々はこっち側を見張って)」
 アキナと奈々が静かにうなずく。
 亜夢と美優は、体をかがめて、しずかに、素早く移動する。
 二人は家の角に立って、どこからか逃げ出さないかを見張る。
 亜夢は美優に言う。
「(どお? 窓に人影とか)」
「(見えないわ)」
 一方、家の反対側にいるアキナと奈々は、周囲の草むらに身を潜めながら家の様子を見ている。
「(アキナはさっきの声…… じゃない人の気配のようなものは分からなかった?)」
「(うん。ついさっき|思念波(テレパシー)が聞こえるようになったのに、すぐに|他人(ひと)の思考を読めるなんて、奈々はすごいよ)」
 二人とも家の方を見ながら、話し続ける。
「(すごいのかは。よくわからないけど)」
「(亜夢だってたぶん出来ない。ほら、ババ抜きの話、おぼえてる?)」
 非科学的潜在力が強いはずの亜夢が、ババ抜きが弱いのは、人の考えが読めないからだ。
 伝えようとしている|思念波(テレパシー)とは異なり、他人の思考を読むのは難しい。聞いている声、見ている映像をそのまま捉えるものとはことなり、思考は極度に個人化されたものなのだ。
「(誰かいる、って感じが先にあって、これ、誰だろうって探していったら声が聞こえてきたの)」
「(今はそれ出来る?)」
「(う~)」
 奈々は家の方をじっと睨みつけるが、何も感じられない。
 また、家の反対側、亜夢と美優は家の角を離れ、それぞれ別の木の幹に隠れていた。
「(美優、二階の様子はどう?)」
「(うごきはないみたい。亜夢、さっきの奈々みたいに、中の人を感じることは出来ないの? 何を見てるとか、何を聞いているとか……)」
 亜夢は何か気づいたように手をポンと叩いた。
「(そうね。やってみる)」
 そして目を閉じて気持ちを集中させた。
 亜夢の中に家のイメージが入ってくる。しかし、それは誰かの視線ではない。誰かが効いている声ではない。
 家の中に誰かがいる、という気配すら感じ取れない。
「(ヤドカリとは大違いだ……)」
「(えっ?)」
 亜夢は目を開けて、美優の方を見た。
「(亜夢、今、ヤドカリ、って言わなかった?)」
 上着を着ている美優のすがたに、亜夢はぼんやりと昨日の水着姿が重なって見える。
 慌てて亜夢は首を振る。
「(ヤマナシって言ったんだよ。聞き間違えだよ)」
「(山梨とは大違いってどういうこと?)」
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「斎藤さんの悪意を感じます……」
 すると斎藤さんは俺を指さして爆笑していた。
「ごめんごめん、カメラの画面が小さいから印刷するまで分からないの。後、印刷したらやり直しできないのよね。大丈夫。IDカードの写真なんてみんなそんなもんだから」
 笑い足りないという感じで、ニコニコしながらこっちを見ている。
 と思うと、急に表情が変わって、ビルに向かって指をさした。
「はい。仕事しなさい」
 斎藤さんの急変した態度に戸惑いながら、俺はカードを持ってビルへ向かった。
 ビルの通用口につくと、俺はカードを見せて名前を名乗った。
 警備員の背服を来て座っていたおじさんが、メガネをずらして俺を見て、またメガネをかけると手元の書類を見た。
「ああ、今日から入るバイトの…… |醍醐(だいご)くん?」
「はい」
 俺は少し笑顔を作った。
「こっちから入りなさい」
 言われた扉から警備室に入ると、入り口のおじさんは部屋の奥へ声をかける。
「醍醐(だいご)くんきたよ。中島くん、ちょっと教えてあげて」
「了解」
「ちょっとここで待ってて」
 そう言うとおじさんはさっき座っていた席に戻った。
 奥から同じ警備員の制服を着た、中島さんらしき人が出てきて、俺と一瞬目を合わせると、すぐに視線をそらした。
「こっちきな」
「中島さんですか?」
 うなずいたか、と思うとすぐ来た方へ戻っていく。俺は中島さんについて行くと、奥にもう一つ部屋があった。
 部屋は畳をしいた部分に布団がしいてあり、壁沿いにロッカーが並んでいた。
 中島さんが、トントン、とロッカーを叩くと俺はそこを見た。名前のところに『影山醍醐』と書いてある。どうやら俺のロッカーらしい。
「開けてみ」
 言われるまま開けてみると、そこに制服が入っていた。
「とりあえず着替えちゃって。けど、今日は一通り説明したら一度帰って、夜からの勤務だから」
 俺は制服に着替え始めると、中島さんは布団の上に寝転がった。
「ここ呪われてるけど、大丈夫か?」
「えっ? 本当ですか?」
「知らなかったわけないよな。面接の時、ウチの社長に言われたもん」
 俺は面接していない。おそらく松岡さんが代わりに受けたとか、面接なしで採用してもらうように手を回したのだろう。だが、そんなことは言ってはいけない。俺は忘れたふりをした。
「聞いたかもしれないけど…… 忘れちゃいました。どんな呪いですか。教えてください」
「忘れたって? マジかよ。ずいぶん胆が据わっているな。じゃあ、教えてやるよ。このビル、もう何か月も内装が完成しねぇんだよ。もう、これは呪いじゃねーか、ってな。しょっちゅう内装業者が怪我するしよ。あるときは内装請け負ってた会社が倒産したし、作業者は相変わらず怪我したりして、内装がいつまでたっても終わらないんだ。現場監督が情緒不安定になっちまってさ。ここで作業するとき、初めにお前も会ったろう?」
「ああ、現場監督さん。そう言えば、なんかヒステリックな感じしました」
 中島さんは、伸びをして、大きなあくびをした。
「そうだろう。俺は、ビルじゃなくて、あの人が呪われてるんだ、と思うんだ」
 俺はネクタイを調節して、上着を羽織った。そして中島さんを振り返って言った。
「中島さんはどうしてそう思うんですか?」
「あの人の目の前でそういう出来事が起きるからだよ。作業者の怪我は尋常じゃない数発生していて、それってあの監督の目の前で起きたんだぜ」
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「は、はい」
「影山さん? 理解した? すごい適当な返事に聞こえるけど」
「カードを作るんですよね。カードは重要で、なくしてはいけないんですね」
 目つきは怒っているようなのに、口元だけニヤリと歪んだ。
「まあ、そうだ。現場は安全第一だ。カードと一緒に渡される安全上の注意事項を守るように、そしてあそこのプレハブ内の掲示板…… みえるだろう?」
 確かに入り口のすぐ見えるところに何かマジックで書いてある。
「掲示板には新しい注意事項や運用が変わった点が書いてある。渡された注意事項より優先する事項になる。絶対厳守だ。いいかね。あんたが万一事故をしたらものすごい請求が『あんたの警備会社』にいくことになるんだよ」
「ものすごいって、どれくらい?」
「何千万とか、億の単位だ」
「えっ?」
「通常、その金額は払えない。警備会社側次第では、あんた自身に請求がかかる場合もあるだろう」
「はあ」
 口元の笑みも消えた。
「あんた自身は怪我をしたり死んだりしているのに、さらに追い打ちをかけるように賠償金の請求があんたにかかる。バカバカしいだろうが、事実はそう言うもんだよ。わかったね」
「はい。安全第一で行動します」
「よろしくお願いするね」
 そう言ったと思ったら、監督は踵を返してビル側へスタスタと戻って行ってしまった。
 本当にそんなことあり得るのだろうか。下請けいじめにもほどがある。法律に引っかかるのでは無いか。俺はそう思いながら、去って行ったほうを見つめていた。
「ほら、カード作るよ?」
 プレハブ側から声がした。
 振り返ると、黒いセルロイドの蓋が太いメガネをかけた女性が扉を開けて俺を見ていた。
「今日から警備のバイトなんでしょ?」
「……はい」
「カードを作るから、早く入りなさい」
 女性が扉を放して中に戻るのに間に合うように、慌てて中に入る。
「|影山(かげやま)|醍醐(だいご)さんね」
 メガネの女性は言いながら、チャカチャカ、とキーボードを打つ。俺は胸元のふくらみ…… ではなく、胸元に下げられているIDカードを確認した。そこには『|斎藤(さいとう)ゆうこ』と書かれている。
「斎藤さん?」
「……」
 いきなりIDカードを見て読み上げてくる男に、そのメガネの女性の警戒心が働いたようだった。斎藤さんは顔を上げて、俺を睨むように見てきた。
「……何でしょう?」
「ごめんなさい。なんでもないです」
 斎藤さんの手が止まると、机の引き出しからカメラを取り出した。
「影山さんはそちらに立ってください。カード用に写真を撮りますから」
「はい」
 そちら、と言われたプレハブの壁は、一部白く塗られていた。
「床にマークがあるでしょ? そこに立って」
 小さなモーター音がするとカメラのレンズが動いた。ピッといって止まったかと思うと、パッとフラッシュが光り、斎藤さんはまた机に戻ってカメラをつなぎ、キーボードを打ち始めた。ターン、と軽快な音がして打ち終わると、横のプリンタの排気音が始まった。排気音が止むと、排出口から小さなカードが出てきた。さっきとった俺の顔写真が入っている。
 斎藤さんが手にとると、『プッ』と笑った。
 俺が手を伸ばすとそっとカードを手渡してくれた。慌てて写真をのぞき込むと、カードに印刷された俺の間抜けな顔が確認できた。
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 そう言う奈々の声は裏返っていた。
 全員がもう一度、横たわるハツエの姿を振り返ると、そこにはハツエの姿はなかった。
 亜夢は全身に震えが走るのを感じた。
「消え、た?」
 美優が亜夢の手を取ってたずねた。
「死んでしまったの?」
 亜夢は振り返って、小さくうなずくと言った。
「……うん。呼吸をしていなかったし、鼓動も聞こえなかった。私、初めて|思念波(テレパシー)で死を感じた」
 触れている手を通じて、美優は亜夢が怖れていることを感じとった。
 身近にあるものでありながら、普段意識しないもの。見えないだけで、この世界のあちこちにぽっかりと口を開けて待っているもの。
 それが死なのだ、と美優は思った。
 アキナが思いついたように言った。
「ハツエちゃん、いなくなったじゃん。だからきっと、生きているんだよな? 誰かそうだといってくれよ」
「アキナ、ハツエさんは、自らの|非科学的潜在力(ちから)で体を自然に返したんだよ。きっと」
「そんな、そんなに力が残っているなら、もっと生きることができるだろう?」
 言いながらアキナが顔を振ると、涙が散った。
「アキナ。死は非科学的潜在力があっても、どうしようもないことなんだよ」
「わかっているよ…… わかってる…… けど……」
 今は、そこにいる全員が泣いていた。
 泣きながらも、奈々が山を指さして言った。
「皆、ハツエさんのお家に帰ろう。このことを、誰かに伝えないと」
「……そうだね。ハツエさんの家族とか」
 亜夢も同意した。
 全員が支度をして、砂浜を歩き、坂を上ってハツエの家に帰った。



 ハツエの家につくと、亜夢が扉に手を掛け、その瞬間に固まったように動かなくなった。
 奈々が尋ねる。
「亜夢、どうしたの?」
 何か必死に思い出しているようだった。
「誰かは思い出せない。けど、ハツエさんでも、私達の誰かでもない人間が、ここに入った。……もしかしたら、まだいるかもしれない」
「えっ?」
 アキナが亜夢をどかして、扉の前に立った。
「じゃ、私が先に入る」
 パッとアキナの手を取る。
「アキナ、待って。危険だから」
「危険?」
「思い出せないけど、都心で捜査協力してた時に出会った、強力な非科学的潜在力を使う相手」
「マジか?」
 亜夢は黙ってうなずく。
「鍵があけられている」
 突然、奈々が言った。
「何か、何か聞こえる」
「えっ?」
 亜夢とアキナが振り返った。
「何か聞こえる。ちょっと、待って」
 奈々が何か聞き耳を立てている。
 亜夢とアキナ、美優は何も表情が変わらない。それどころか、奈々が何を聞いているのか疑問を持ち始める。
 耐え切れずに、アキナがたずねる。
「(ねぇ、何が聞こえるの?)」
「(中に誰かいるのよ。いまは、どこか隠れる場所を探しているみたい)」
 亜夢と美優はその奈々の答えにもう一度耳を澄ます。
「……」
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「じゃ。そういうことで。明日は早いからすぐに家に帰って寝ることね」
 俺は、思わずGLPを見てしまった。
「えっ? もうこんな時間じゃないですか。冴島さん、俺をここに泊めてくれるとかはないんですか?」
 キッと俺を睨んでくる。
「それセクハラ。セクハラで訴えるわよ。慰謝料請求するわよ」
「じょ、冗談です」
「冗談でも同じよ」
 急に俺との距離をとった。ああ、何か急に距離が縮まるわけないか、と俺は思った。
「すみません。帰ります」
 頭を下げて、部屋を出ようとした。
「まちなさい。送っていくよ」
 松岡さんがそう言って俺を追ってきた。
 ホテルの駐車場に一緒に行って、車に乗せてもらう。
 道が空いているのか、松岡さんの運転がうまいのか、いつのまにか俺の家の前についていた。
「ありがとうございました」
 俺は自宅前の道で降ろしてもらった。
 去り際に、車のウインドウを下げて、松岡さんが言った。
反対側の家を指さしている。
「こっち家、見覚えが……」
 俺は口に指を当てて、言った。
「俺もそっちの家、なんか会った気がするんですよね。実は。けど、俺、一年より前の記憶ないんです」
「……」
 松岡さんは何かメモを取っているようだった。俺はそれを待たずに言った。
「おやすみなさい」
「おやすみなさい。明日から頼んだよ」
 松岡さんは静かにウィンドウをしめて、真剣な表情をつくった。
「はい」
 俺の返事が聞こえたか聞こえないかのタイミングで、車は静かに加速し、去っていった。



 よく朝、俺は警備会社にはいってレクチャーを受けた。その後、お昼ご飯を食べ、今日からバイトをするビルの建設現場に行った。
 入り口に立っている警備の人に聞くと、それなら中のプレハブで待っていろ、監督を呼んでおくから、と言われた。俺は中に入って、奥にあるらしいプレハブ小屋を目指した。
 見上げると、ビル自体はほぼ完成していた。全面ガラス張りの外側から見る限りは、例えば天井がまだついていない。完成していない、というのはおそらく内装なのだ。俺は言われた通りに入っていき、プレハブ小屋の前で、監督と呼ばれる人物を待っていた。
 建設中のビルから何人かヘルメットをした人物がやってきたので、会釈をするとその人たちは無言でプレハブ小屋へ入っていった。
「……」
 建設会社の名前が入ったヘルメットをしていたが、監督ではなかったようだ。
「君」
 背中を急に叩かれ、俺は振り返った。
 同じようなヘルメットをした少し背の低い男が立っていた。
 イライラしているような表情というか、怒っているような目つきをしている。
「警備のバイトだね」
「はい。|影山(かげやま)|醍醐(だいご)です」
 名前を言うと持っていた書類を広げ、リストをチェックしていた。
「はい、影山さん。説明するね。プレハブ内で登録して、カードを作って。建築現場では通行にカードが必須だからなくさないように。なくしたら再発行が必要になって、バイト代から一万円差し引くから。ああ、言っておくけど、差し引くのはあんたんところの警備会社から差し引く代金ね。警備会社が、実際に、あんたのバイト代からいくら差し引くかは知らない。それだけ。警備の仕事のことは、警備の人に聞いて。こっちから言うことは一つ。こっちの知らないところでビルが傷ついたり、破損したり、モノが紛失したら会社の方へ請求するから。そのつもりで」
 すごい早口でそれらを捲し立てられ、半ば聞こえていなかった。
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 さっき美優がいたところにおぼろげな影を見つけた。
『美優、私を見て? 怖くないから』
 美優と亜夢のイメージの世界なのだ。地面すら存在しない。存在するのは、美優と亜夢だけ。
 亜夢は辺りを見回してあるき回るが、美優が見つからない。
『影はここにあるのに』
 影…… 影の逆方向には、影をつくる人物がいるはず。
 亜夢は影を中心に、それがどこから影を落としているのかを探し始めた。
『光…… 光の方向』
 少し歩くと、亜夢は転んでしまう。
 地面すら見えないのだ、何が足に引っかかったのかも見えない。
 その時、亜夢は影の裏側、に気付いた。
『もしかして……』
 立ち上がるわけでもなく、亜夢はころんだ状態からそのまま歩き始めると、影の裏にたどり着いた。
 影に近づいていくと、そこは何もなく、まるで穴が開いているようだった。
『美優』
 亜夢はその穴に手を入れ、手探りで美優を探し出した。
『いた…… 大丈夫。心配ないから』
 亜夢はそのまま美優を抱きしめた。
 すると粉々に影が砕け散り、ガラスの破片のように落ちて、消えた。
 美優と亜夢が神社でそうしているのと同じように、二人は一緒に立っていた。
『亜夢?』
 美優はゆっくりとまぶたを開くと、後ろを振り向いた。
『美優。私なんとなくわかったよ』
 スッと、亜夢の姿が消え、美優もその後数秒で消えてしまった。
「!」
 美優が目を開けると、目の前に亜夢がいた。
 亜夢が美優の肩を叩いた。
「大丈夫。今度は負けないから」
 美優はなんのことだかわからない。けれど、亜夢に合わせるように首を縦に振る。
「うん」
『どうやら、わかったようじゃの。ここに連れてくるのが間に合ってよかった……』
『えっ?』
 亜夢はハツエの方を振り返る。
 社で横たわっているハツエをじっとみて、何かを感じ取った。
「!」
 走って駆け寄る亜夢。
 美優も亜夢の雰囲気を感じ取って、慌てて追いかける。
「どうしたの?」
 奈々も亜夢も、美優に続いてハツエのところに集まる。
 亜夢はハツエのお腹に手を載せ、一方の手を口元にかざした。
「えっ?」
 奈々が何か気づいたようだった。
「胸の鼓動は?」
 亜夢が言われるか言われないかのタイミングで、ハツエの胸に耳を当てた。
「……」
「どういうこと」
 美優は半ば分かっていたが、その言葉を口に出せなかった。
 アキナが叫んだ。
「どうなんだよ、亜夢!」
 亜夢は瞼を閉じた。
 ゆっくりと三人の方に振り向くと、首を静かに横に振る。
「そんな……」
「あっ、あれ」
 亜夢が指をさす。
 黒い夜空を映したような円盤が、閉じるように小さくなっていく。
 そこに、おぼろげながらハツエの笑顔が重なっている。
 全員がそれを見つめていると、黒い円盤はパッと消えるように無くなってしまった。
「亜夢、ちょっとみて」
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 老人がバックから契約書を取り出して、俺に向かって広げて見せた。
 今年が17年で契約の期限は…… 20年?
「さ、三年後……」
「大丈夫。三年なんてあっという間だから」
 松岡さんが契約書をしまうと、何やら別の書類を持ってきた。
「これが明日から働いてもらうビルの警備の仕事の資料になります」
「本名で登録してあるから、明日からこのビルの警備のバイトをお願いね。霊が乗り移っている人物を見つけたら、私に連絡して。連絡先は」
「ちょっとまって、本名はさっき伝えたばかりじゃ……」
 冴島さんは自分の口の前に人差し指を立てて見せつつ、慣れた手つきで二つ折りのガラケーを開いた。
 カチャっと機械的な音が聞こえ、俺の方に画面を向ける。
「この番号に連絡頂戴」
「が、ガラケー? 連絡って、通話ですか。メールとか、メッセージじゃだめですか?」
 冴島さんは怒ったような表情をして言った。
「ガラケーってバカにして。理由を教えてあげましょうか。スマフォの多くは静電容量タッチ式。それは、低級の霊でも操作可能なの。まあ、もちろん、上級の霊なら物理キーでも操作可能だけどね。けど、除霊士たるもの、そんな低級霊にすら触れる、不確定な機械を連絡手段に使うことは出来ないって訳」
「へぇ…… そんな事情があるんですね」
 もう一度、画面をこちらに向けた。
「とにかく番号を控えて」
 俺がスマフォで記録すると、冴島さんはバックから別のものを取り出した。
 それは|竜頭(りゅうず)のついた時計に見えた。
「時計ですか」
 冴島さんは首を振る。
「これ、かなり高額なアイテムだから、本当にヤバい! って時だけ使うように」
 俺が手を伸ばそうとすると、パッと上に引き上げた。
「ちょっと。まずは返事から。本当にヤバい! って時だけつかうように」
「はい」
 俺はようやくその時計を渡された。
 時計のようだが、文字盤があるべきところは真っ黒で何も表示されていない。
 そこに軽く触れると、そこに漢字でメッセージが現れた。
「あ、こっちは静電タッチの機械じゃないですか。あのスマフォメーカーの時計型ガジェットですね?」
「違うわ。お助け霊を呼び出す|GLP(ゴーストローンチパッド)というものよ。竜頭を回してみて」
 竜頭を回すのに合わせ、表示されていた漢字のメッセージがクルクルと変わっていく。
「……全部漢字ですね」
「中国製だから」
「で、どうつかうんです?」
 冴島さんは俺の方に近づいて、画面をのぞき込んできた。さらに竜頭に手をかけ、何回か送ったり、戻したりした。
「う~ん。いいのが見つからないから、今日はやって見せないけど、呼び出したいお助け霊の表示になったら、竜頭を押し込むのよ。いい、今やったら絶対だめよ。仕込まれている霊はどれも高価な霊で、呼び出すと必ず呼び出した者を助けてくれる。さっきも言った通り、本当にヤバい時だけつかうの」
 本当はこの漢字の意味がわからないのでは? と言いかけたが、そこは堪えた。
「……はい」
 冴島さんに、俺の命と金とどっちが大切か、と訊きたかったが、おそらく答えは決まっている。
 冴島さんの様子から判断して、俺の身を守ってくれるのはこの○ップルウォッチもどきだけになる。いざ、という時に使えるように、表示されている漢字の読みを調べ、覚えておくべきだ、と思った。
 俺は黙ってその腕時計型のGLPという道具を腕に付けた。
 ○ップルウォッチもどきをつけると、漢字の表示が時計の表示になった。
 冴島さんは、大きなあくびをした。
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「……昔流行った『悪霊のせいなのね、そうなのね』ってやつですか、何でもかんでも悪霊のせいにしちゃうっていう」
「ああ、あれはあれで、ある意味正しいのよ。さっき言った人物の例は全部明確に分かるものだけ。実際は本人も気づかないパターンを含めて、もっとあるに違いないわ。そして、霊もいい方向だけじゃない。人間とは思えないような殺しをする|連続殺人犯(シリアルキラー)なんかも、そういう霊に取りつかれた結果であることがあるの。私はどちらかというとそういう悪い方を取り除く仕事をしているのね」
「除霊士、というやつですか?」
「そう」
「と言うことは、俺は除霊士の補助をするバイト、ってことですか?」
 急に冴島さんが笑った。
「そうよ。さっきの契約書はしっかり読んだかしら?」
「いえ、お腹が減っていたもので、しっかりとは……」
「遅いですけど、後で読んでおいてください」
 ニコニコと笑っている。
「ちょっと怖いです」
「仕事の説明の続きをしておきましようか。今度の仕事はビルの警備員のバイトをやってもらうの。新築のビルなんだけど、なかなか内装工事が終わらなくて、引き渡しに至らないのよ。霊のしわざのようなんだけど、そこを調べてもらうわ」
「直接冴島さんが行ったらすぐ分かるんじゃないですか?」
「他のお仕事もあるし、私が行くと霊も警戒するのよ。警戒されないタイプの人間の調査が必要なの」
「それがバイトの役目ですか」
「あなたはバイトの案内札を読めるだけ霊力があるわ。そして、あの部屋の扉開けることが出来るタイプの霊力。あなたは捜査にうってつけってこと」
「捜査にうってつけって…… つまり、霊に出会いやすい、とかそういうことなんでしょうか? では、いままではどうやってお仕事をしていたんですか…… なるほど。前任者がいたってことですね。俺はその代わりなんだ?」
 冴島さんが視線をそらした。
「まさか…… 前任者の方って、亡くなった? とか?」
「ほら、勘もいい」
「……」
「霊を引きつけ易いのは才能なのよ。ラッシュ松岡みたいに扉は開けれても霊が見えなければ役に立たない」
「ラッシュ松岡って言うのは、もしかして、あの老人のことですか?」
「そうよ。もとプロボクサーで私の運転手」
 老人が部屋の入り口の方から、こちらに会釈した。
「……じゃないですよ。俺の前の人、亡くなったんですか。そんな危険な仕事だなんて聞いてなかった」
「待って」
 と言って冴島さんが俺の前に手をかざした。
「もう契約は済んでいるのよ。手付金も払った」
 あれ? 何かおかしい。
「おっしゃる通りです。バイトはちゃんとやりますよ」
 えっ、そんなことを言うつもりはないのに…… まさか、また霊力を使った?
「良かったわ。快諾してもらえて」
 冴島さんはそういうと俺の方を向けていた手を下げた。
「それ、さっきもやったやつですよね……」
 すっと、手を向けられ、俺は続きをはなすことが出来なくなった。
「あのね。この仕組みを教えてあげる。あの契約書にサインしたから、私が手を上げた時に抵抗出来なくなってる、というワケ。いい? 私があなたに屋上から飛び降りろ、と命じたら、あなたどうなるか分かるわね? 何の証拠も残らないわ」
 俺はごくり、とつばを飲み込んだ。
「怖がらなくてもいいわ。あの契約書は強い力がある代わり、期日がしっかりあるから。松岡、見せてあげて」
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『あそこが|非科学的潜在力(ちから)の中心じゃ』
 アキナと亜夢は、顔を見合わせた。
「亜夢、今私……」
 美優が言いかけると、アキナと亜夢が振り返る。しかし、美優は言いかけてやめてしまった。 
「い、いま、私にもハツエさんの思念波が聞こえた」
 三人が奈々の声に振り返った。
 亜夢が美優の腕に触り、
「もしかして、美優も?」
 美優は小さくうなずいた。
『この場所は、非常に|非科学的潜在力(ちから)が使いやすい場所になっておる。わしもこの場所の存在は先達から伝え聞いただけ。したがって理由は不明じゃ』
 亜夢が黒い円盤を見つめ、指さすと言った。
「あの先の、どこか遠くから|非科学的潜在力(ちから)が届いている、ということですか?」
『そういうことのようじゃ。体験的にじゃが、わしはもっと違うようにとらえている。力が届くのではなく、あの場所は|各々(おのおの)の体の中に開かれている。とな』
 亜夢は見上げながら言う。
「開かれている? というのは」
『遠いようにみえて、そうじゃない。見ているあの場所は実は自分の体のなかを見ているのに過ぎない、と言ったらわかるかな?』
 アキナが言った。
「私の体の中にあんな真っ黒い場所がある、ってこと?」
「なんかわかる気がします」
 奈々がそう言って、目を閉じた。
『目を閉じても、あの暗闇の先を感じるような気がします』
「えっ?」
 四人が奈々を振り返った。
『いまのは奈々?』
「聞こえましたか?」
 全員が激しく首を縦に振った。
『あの闇の先を見たり、感じることで、非科学的潜在力に気付くことが出来るじゃろう。各々で問いかけてみるがいい』
 |思念波(テレパシー)で全員にそう告げると、ハツエは社に上がっていくと、床にごろり、と横になった。
『わるいがわしはしばらく寝る』
「美優はどんな感じ?」
 亜夢は戸惑う様子の美優に近づく。
「亜夢。|思念波(テレパシー)は聞こえたし。ここから、何かを、感じはするんだけど……」
 不安があるのか、腕をまげて胸のあたりに寄せている。
 亜夢は美優の後ろに立って、手を回して抱き寄せる。
「怖くないわ」
「……」
 美優が振り返ると、亜夢はささやくように言う。
「見るのが怖ければ目を閉じてみて」
 美優は言われるまま目を閉じる。
 亜夢も美優の髪に頬を当てながら、目を閉じる。
『美優、聞こえる?』
「……うん」
 亜夢はヤドカリへした時のように、美優へアクセスを始める。
『美優、これは|精神制御(マインドコントロール)ではないよ』
 亜夢の目の前には、制服を着た美優が見えた。
 おそらく美優の中の自分自身はこのようなイメージなのだろう。都心の学校の制服を来て、学校指定のバックを下げている。美優はどこを見るわけでもなかったが、やがて亜夢に気付いた。
『!』
 美優は頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。
 亜夢が近づこうとすると、一瞬にして遠ざかってしまう。
 もしかすると、これが原因なのかも、と亜夢は思う。
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