その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

2018年03月

 カメラで見られている。
 俺は慌てて視線をスマフォに戻すが、そこにある素晴らしいものに反応する体を抑えきれなかった。自然と視線が泳ぎ気味になり、笑顔がぎこちないものになる。
「どうしたの?」
「え、い、いや別に…… ごめんなさい」
「変なの」
 スマフォを縦にしたり、横にしたり、上からしたにしてみたり、下から上にしてみたり。どうやら背景が気に入らないようだった。
「なんか平凡な感じね。そうだ、あのトンネルをバックにしましょうか?」
 美紅さんからそう提案され、俺はここにいる目的を思い出した。
「……そうですね。面白いかもしれませんね」
 トラックが中で反転してでくるぐらいのトンネルだ。何か、不思議なものが映るかもしれない。俺はそういう何かを期待していた。
 二人の顔の上に、トンネルのアーチがかかるような構図にして、写真を撮った。
「どう?」
 美紅さんが、何枚か撮った写真をめくりながら俺に見せてくれる。
 俺はそのスキにまた襟のあたりから中をチラチラと見てしまっていた。
 その時。
 激しいクラクションの音、ブレーキ音、土煙を上げながらタイヤが滑る音。振り向くと、大型トラックがトンネルから出てくる。
 |轢(ひ)かれる。俺は美紅さんを押し倒すように抱え、地面をぐるぐると転がった。美紅さんが上になり、俺が上になり、土埃で体中が真っ白くなった時、トラックが完全に停止した。
「バカヤロー、いきなり出てくるな!」
 それはこっちのセリフだ、と俺は思った。こっちからすれば、なんの気配もない状態から、トンネルから飛び出してきたのは、トラックの方なのだ。
 美紅さんは土埃が入ってしまったのか、目をつぶって咳をしている。
「大丈夫ですか?」
 美紅さんが咳をしながら頷く。
「轢かれるところだったわ。ありがとう」
 トラックは再び加速をして去っていってしまった。
「一体どうなってるんだこのトンネルは?」
「確かめてみましょうよ」
 美紅さんが、俺の腕を引く。
「危ないですよ、またトラックが飛び出てくるかも」
「トンネルの壁沿いに行けばきっと大丈夫」
 俺はさっきのこともあるので、壁沿いにいけば大丈夫ではないか、と思う。
 引っ張られるまま、俺は美紅さんの後についてトンネルへ入っていく。
 暗くて、出口が見えない。
 坂になっているとか、カーブルになっているとか、なぜあの距離なのに出口の明かりが見えないのかを確かめたかった。
 とにかくトンネル内部を知りたくなって、俺はスマフォを取り出し、LEDを光らせた。
「あっ、それ、ダメ!」
 美紅さんが振り返った。
 その背後に、前髪のない、お面のような顔がいくつか浮かんでいるように見えた。
「早く消して!」
 光が届く範囲にすべて髪の毛のない顔が、白目のない、いや、面の皮以外は何もないような顔がいくつも浮かび、こっちに向かってくる。俺は慌ててスマフォを操作した。
 再びトンネル内に闇が戻る。
「い、今のは……」
 俺を掴んでいる腕が震えている。
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「えっ、美優のように操られている人物がたくさんいるってこと?」
「まだ特定はできていないが、このテロの中心人物は相当な非科学的潜在力の持ち主だ。同時に複数の人物の|精神制御(マインドコントロール)を行うことが出来るはずだ。これの問題は|精神制御(マインドコントロール)されている人物は、その時だけ非科学的潜在力を使えることだ。だから普段は干渉波による影響もないし、非科学的潜在力のテストをしても無能力者と判定されてしまう」
「怪しいと思っても、検査しようがないということですか」
 空港や重要施設の検査をすり抜けてしまえるということだ。
「そうだ。だからこのドームに入られた」
「さっきの宮下と、七瀬もそうなんですか?」
「|精神制御(マインドコントロール)されているのかどうかまではわかっていない。ただ、都心に潜伏出来るとしたらそうなのかもしれんな」
 美優もこの為に連れ去られたに違いない。テロリストの手下としてこのドームスタジアムのどこかにいるのかも……
 亜夢はぶるっと震えた。犯人の仲間とみなされれば人質の安全の為であれば『射殺』されるかもしれないのだ。
 エレベータ脇にある、階段を使ってテレビ中継室のフロアへ上がる。
 そこはTVの解説員たちがドームの中を見下ろす場所ではなく、ドーム内の映像・音声が統括される場所だった。
 階段室からフロアの廊下に入り、角から小さなスコープを出して状況を確認する。亜夢はその映像を後ろから見ていた。廊下に見張りすら立っておらず、まったくの無警戒だった。
 指で階段室に戻るように指示される。
「おかしい。乱橋くん。壁伝いに部屋の中に誰かいるか察知できるか」
「やってみます」
 亜夢は階段室側の壁に手を当て、どこかに人の意識がないかを探った。
 すぐに首を振る。
「雑音が多すぎて判断つきません。部屋に近づくかしないと」
「その非科学的潜在力を使用する場合、相手にも気づかれるのかね?」
 亜夢はしばらく考えた。
「五分五分、といったところでしょうか。私が気づいた段階で素早く引けば気づかれないでしょうけれど……」
「わかった。確認はやめて、強行突入する。乱橋くんは非科学的潜在力で各人のアシストをしてくれ」
「はい」
 もう一度廊下に出て、スコープで廊下の様子を確認する。
 すぐに判断をして、廊下を走り扉の左右に展開する。最も扉に近い位置の二人は銃を構える。そして大型のカッターのようなものを持った人が扉に近づき、扉のデットボルト(本締)を一瞬で切り離した。
 大型のカッターをさっと下げると、扉の両脇にいた人が突入する。
 ひもでつながれているかのように、ぶつかりもせず次々に突入していく。亜夢も最後の方に同じようにして突入した。
「いません」
「罠か?」
 そう言うとすぐに扉付近の数名が廊下に出て、外を再度警戒する。
 一番最初に入った人物が、端から端まで確認して首をかしげる。
「乱橋くん確認を」
「えっ?」
「ここに人がいたのかどうか」
 つまみやレバーが並ぶ機器に触れ、いつまで人がいたか、それとも人がいなかったのかを調べた。人が活動していたのなら、なんらか亜夢が感じ取れてもおかしくはない。しかし、何も感じ取れない。
「……」
 亜夢は首を振った。
 リーダーが言う。
「もっとわかりやすいところにしよう。この部屋にはいったかどうかだ」
 扉の取っ手を調べるよう指示された。亜夢がそっと触れてみる。
「あっ、誰か触れています」
 何を見たのか、必死に何かを探している感じが分かる。
「一瞬だけここにいたようです。何かを探していて、それをしたらすぐ出て行ってます」
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「ごめんさい。ちょっと歩き疲れて、中で休憩させてもらったの」
 休憩していたのなら、横になっていたはずでテントに影は映らないだろう。
「あれ? 信じてくれませんか?」
 急に近づいてきて、俺の首の後ろに肩を回した。
「こんな素敵な男の人がいるなら、今日は私、ここに泊まっちゃおうかな?」
 その言葉の一つ一つを発する時の、唇の動きに俺は見とれていた。
 誘惑している。俺を誘っている。そういう気持ちが奥から湧き上がってきて、その女の腰に手を回しかけた時、手首に違和感があった。
「!」
 急に飛び退いた俺を見て、女は首を傾げた。
 俺の視線は唇にくぎ付けになっていた。
「どうしたの?」
 声にエコーがかかったように俺の頭に何度も響いてきた。何だろう……
「私、|美紅(みく)っていうの。あなた、お名前は?」
 また手首に違和感があった。
「俺は…… |影山(かげやま)|醍醐(だいご)」
「かげやま、だいご、さんっていうのね。いいお名前ね」
 そう言って口元に浮かぶ笑みに、気持ちが持っていかれそうになる。
 また近づいてくる。首の後ろに腕を回してくる。そして、その魅力的な唇が迫ってくる。
「あ、あの……」
 俺はその唇を迎え撃つように顔を寄せる。
 触れるか触れないか…… すっと、顔を避け耳元に吐息がかかる。
「本当に泊まっていっちゃおうかな」
 下半身に血液が集中していくのがわかる。
 もう一度腕がその女の腰に回りそうになると、また手首に反応がある。
「!」
 俺はまた飛び退いていた。なんだろう…… 工事現場の時にもあった違和感。
「なんなの?」
「あ、いや。その…… 俺、美紅さんとは知り合ったばかりだし」
 とりあえず口から出まかせで誤魔化してみる。
「……まあいいわ。私もしばらくここにいさせて」
「疑うわけじゃないですけど、ちょっとテントの中を見させてください」
「あっ、そういうこと? 逃げたりしないから確かめてよ。本当に休憩させてもらおうと思ってきただけなのよ」
 テントの中を確かめる。
 物色したような様子もない。何か仕掛けているようでもない。
 ただ、何かそれだけではないものを感じる。バッグやテントに何かが残っているような気がする。匂い、というか、ざらつく感じ…… いや違う。ホコリというか、チリなのか。
「影……」
 俺がいうと言うとテントの中で何かが動いたようが気がした。
「どうしたの?」
「いえ。なんでもありません。それより、疑ってすみませんでした」
「いいのよ。疑うのも無理はないと思うから」
 美紅さんはスマフォを取り出して、何か操作している。
「醍醐さん、あ、ごめんなさいね。影山さん、の方が良かったかしら?」
 美紅さんは口元に軽く握った手を当てている。
「俺も美紅さんって、呼んでるんだし、醍醐でいいですよ」
「ありがと。ねぇ、醍醐さん。お近づきの印に写真撮ってもいいかしら」
 スマフォのインカメラで並んで写真を撮ろうということらしかった。自然と顔が近づく。俺は、ふと目線を落とすと、少し開いた襟から白い膨らみが見えた。
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「中谷さん。中谷さんは正しいことを言ったんです。泣かないでください」
「清川くん……」
 中谷は清川の肩に手をかけた。
「ありがとう」
 清川は笑った。



 パイプスペースでは、亜夢達非科学的潜在力女子がいない想定で作戦を話し合っているところだった。
 男に促されて、亜夢とアキナが入ると、中の連中は話すのを止め、一斉に二人の方を見つめた。
 亜夢はふてくされたような顔をして、床に目線を落としている。
「私達も作戦に協力します。協力させてください。お願いします」
「亜夢、その言い方……」
 再び、この集団のリーダーが亜夢のところにやってきて、言った。
「本当にやれるのか。半端な気持ちだと」
「やります」
「私もです」
 亜夢とアキナはほぼ同時に答えた。
「よし」
 リーダーが声をかけると、すぐに男たちが行動した。アキナと亜夢はそれぞれ別々の班に分けられ、おのおの作戦を説明された。
 短い説明ではあったが、皆首を縦に振った。
 男たちは銃を持ち、装備を確認した。
 亜夢とアキナも、チョッキを着けるように言われた。
「それは外して」
 確かに、キャンセラーを外すと、非科学的潜在力の外へ広がるような力が使えない。
 二人は言われた通り、干渉波キャンセラーを外す。
「えっ?」
 亜夢とアキナは顔を見合わせる。
「亜夢、ここ、都心じゃないの?」
「ここ干渉波がない」
「テロリストが非科学的潜在力をつかうのだから、そういう状況でも不思議はないな」
「……」
 亜夢は一瞬、言うべきか、言わないべきか悩んだ。そしてそのまま考えた事を口にした。
「テロリストが何故干渉波をキャンセル出来るんですか? 政府に内通するものがいるんじゃないですか?」
「……それは今議論する内容ではない」
「しかし」
「人質の解放が先だ」
 亜夢はうなずいた。アキナも目で合図した。
「いくぞ」
 亜夢の班は、一度駐車場あたりまで下がってから、作業用通路を使ってテロリストが指令室として使っているだろうテレビ中継室の真下へと向かった。アキナの班はグランドの下を通って、人質を逃がすための大型搬入口の確保をすることになった。
 腰をかがめながら素早く通路を通りテレビ中継室の真下に到着する。
 亜夢は男たちから携帯端末でテロリストの画像を見せられる。
「このドームを占拠した連中だ」
 最初の人物は、車椅子に乗っていた。
「宮下加奈」
「知っているのか。その通りだ。宮下は車椅子に乗っているが、油断できん。車椅子ごと宙に浮いたりする」
 次の写真の女性の写真は、目元に見覚えがあった。
「よくアメリカンバイクに乗って行動している女だ。最近分かったんだが|七瀬(ななせ)|美月(みつき)という名前だ。二年ほど前まで、都内の高校に通っていたらしい。その他の経歴はまだわからない」
 いつもはフェイスマスクをしていて、顔全体の輪郭や口元をみるのはじめてだった。
 亜夢は七瀬の写真を指さして言った。
「さっきまで私達の乗ったパトカーをつけていました」
「そうか。ならば、君たちと同時にドームに戻ってきているかもしれないな。残念ながら、顔がわれているのはこの二人だ」
 亜夢は拍子抜けした。自分が把握している情報を上回っていないからだ。
「以前、署長の娘が|精神制御(マインドコントロール)されていたのは知っているな。我々の予想では、ああいう人物がまだたくさんいると予想している」
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「はあ」
「あんたはこのトンネルのこと知っていてここにテント張ってるだろう? 違うか?」
「……」
 俺は答えないことにした。
「トンネルの通行のしかた、知ってるんじゃないか?」
 俺は首を振った。
「知らない」
 ドライバーは俺を睨みつけた。
 俺は降参したように両手を上げて言った。
「本当に知らないんだ」
 ドライバーは首をかしげながらもトラックに戻りエンジンをかけた。
 トラックは俺のテントをつぶすような勢いでUターンして、左の元来た道の方へ戻って行ってしまった。
「もう一回やったら通り抜けれたかもしれないのに……」
 俺はそう言ってトンネルの方を見た。
 トンネルの暗くて黒くみえる部分から、同じように真っ黒い粒子か何か、細かいものがふわふわと噴き出しているように見えた。
 目をこすってもう一度みると、そんなふわふわしたものは見えなかった。
「さっきのは、なんだろう?」
 俺はトンネルの方へ近づいていった。そう長くないトンネルなら出口側がみえてもよさそうだ。しかし、トンネルは曲がっているのか、のぞき込んでも暗闇しか見えなかった。
 俺は〇ップルウオッチのような腕時計をトンネルの方向にかざした。
 この前のバイトで経験したような、感じはまったくなかった。
「通り抜けられるんじゃないのか?」
 俺は左の壁に手を当てながら、ゆっくりとトンネル内へ入っていった。
 トンネル内には灯りがまったくなく、左手にザラザラとした感触を頼りにするしかなった。
 しばらく歩くと、急に目の前に光が見えた。出口だ…… いや入り口に向き直ってしまったのかもしれない、と思いながらも壁に手を触れながらゆっくり進むと、トンネルの外に出た。
 周囲は木々に囲まれ、森の中のようだった。俺がテントを張っていた場所とは全く違う。俺はトンネルを抜けることが出来たのだ。
 スマフォを取り出し、念のために現在位置を確認しようとしたが、携帯電波がとどかないらしく、地図が表示されなかった。
 周りから、水が流れる音が聞こえていた。おそらく川があるのだろう。もう一度入り口に戻って、トンネルの反対側に川がないか確認すれば俺が本当にトンネルの向こう側にでたのかわかる。
 トンネルの壁を今度は右手で触りながら、奥へと進んでいく。やはり最初は向こうが見えないほど真っ暗だった。トンネルの中がカーブになっているか、坂になっているのかも知れない。
 進んでいくと先に白く光っている出口が見えてくる。
 俺は再びトンネルを抜けることが出来た。
 今度はもとの場所にもどってきたのは疑いがなかった。自分の組み立てたテントが見えたからだ。俺はスマフォを使って地図を確認し、トンネルの抜けた先のあたりを確認した。
 道の曲がり具合、小さいが川があるようで、たしかにさっき抜けた場所はトンネルの向こう側だったようだ。
 俺はやったことをスマフォのメモに残した。
 水を飲もうとテントに近づくと、テントにうっすらと人影が見えた。
 貴重品は手持ちのバッグに入れいるから問題はないが。
 俺はその侵入者に気付かれないよう、そっと近づいた。
「誰だ!」
 テントの人影が、ビクッと反応した。
 その後、ゆっくりと動きながら、テントから出てくる。
 それは小柄な人物で、つやのある真っ赤な口紅をつけている。髪はショートボブで、内向きにカールしている。俺よりは上だが、アラサーまではいかない年齢ではないかと推測した。
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「小説家になろう」とかに載せてどれくらいのアクセスがあるものなのか。

久々に「なろう」に載せたのでアクセス解析を見てみます。



現実はこんなもんだよね〜

日に100アクセスも200アクセスもあるなんて考えちゃダメだよ。

そんじゃーね


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 急に車が動き出し、俺は飛び退いた。
 坂道を駆け上がっていく車のテールランプが消えると、本当にあたりが暗く感じられた。
 俺は一つを背負い、二つ目をお腹側にかけ、長モノのテントのバッグを手に下げてあるき始めた。
 初めのうちは道を照らすのにスマフォのライトを使っていたが、充電がなくなると思って、極力使わないようにした。次第に、道が見えるようになってきた。目がなれる、という意味ではない。変に明るく照らすものが一切なくなったせいで、月明かりがつくるコントラスト程度で道が認識できるのだった。
「腹は減ってないけど……」
 汗だくになったので、ハンカチで顔や首を拭った。上着を脱いでバッグに入れることにした。
 重い荷物を持って歩き続けるのは辛かった。
 しかも、今、行程のどのあたりに達しているのかもわからない。目標の場所はまだ最初に指さされた時と同じぐらいの大きさに見える。テントのバッグを右が辛くなれば左手に、左も辛くなれば両手で、疲れたらしばらく休憩して、と進んでは止まり、止まっては進むようなペースで進む。
 ようやくトンネルの近くまで歩いて、久々にスマフォを確認すると、一時間半も経っていた。
 普通に歩けば六、七キロは進んでいるだろうが、いつもの半分ぐらいのペースで歩いたとして、三、四キロも歩いているかどうかというところだろうか。
 トンネルの道の脇に空き地があり、ここでキャンプしろということだろうと思った。
 ど真ん中にテントを張って、車にでもぶつけられたら嫌なので、端の方にバッグを置き、中身を確認した。
 手回しの発電機や懐中電灯、飯ごうや寝袋が出てきた。
 テントを組み立てようと懐中電灯でやり方を見ながら組むのだが、とにかく慣れていないせいで何をどうしていいのかがわからない。何度も試行錯誤しながら組み立てたときには、さっき確認した時間からさらに一時間が経っていた。
 とにかく、なんとかテントを組み上げ、持ってきたものをすべてテントの中に放り込むと、俺は寝袋に入り込んで寝た。何も考える間もなく眠りについていた。



 のどが渇いて目が覚めた。
 テントの中は明るく、気温がかなり上がっていた。
 俺は寝袋を抜け出すと、テントを出て外を見た。快晴。大きなペットボトルの水を両手で抱えながら口に含む。俺の体調的にはすがすがしいとは言い難かったが、風景的にはすがすがしい感じだった。
 食料の入ったバッグからレトルトのパックと米、飯ごうやバーナーを取り出して、朝飯の支度をする。
 たけたコメにレトルトの牛丼の具をかけ、レトルトを温めた水でインスタントコーヒーを入れる。
 トンネルを呆然と見ていると、俺が元来た道の方から、土煙を上げて大型トラックが一台走ってきた。スピードからするとおそらく荷台は空。リニアの現場に行って、削った土砂をどこかに運ぶのだろうか。
 ドライバーはスピードを落として俺の方をちらりと確認したものの、そのままトンネルへと突っ込んでいく。
 しかし、数秒も立たないうちに、今度はトンネルからトラックが一台出てきた。
「通行できないんじゃなかったのか?」
 俺はそう言って、不思議に思いながらも、トラックの行方を見ていた。
 再び、俺が元来た道からトラックがやってくる。スピードから、荷台は空だと思われる。それにしてもさっき見たような車両だった。
 走ってきたトラックの運転手が俺をちらっとみて、減速する。
「ん?」
 どんどん減速して、トラックは俺のいる空き地の方へウインカーを出して曲がってきた。
 排気ブレーキの音をたてながら車両が停止した。ドライバーは降りてくるなり、俺に尋ねた。
「お前、このトンネルのこと知ってるか?」
「……」
 俺は答えなかった。
 あやふやな情報しかなかったからだ。
 ドライバーはさらに話した。
「入ったはずなのに、いつの間にか対向車線にいて、こっち側に向かってトンネルを出てしまった」
 ドライバーは元来た道の方をさす。
「そのことに気付かずに、俺はあっちまで行った。あっちの分岐でようやくナビが表示しているマップの内容を理解したんだ」
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 アキナが返す。
「けど、協力するふりして、テロリストを殺さないようにすることもできたんじゃないかな」
 亜夢は立ち止まって振り返る。
 アキナも、亜夢が誰を見ているかに気付いて、振り返る。
 視線の先の男は首を振る。
「アキナ、その場合は私達もターゲットにするって、そう言ってたじゃない」
「……」
 再び階下方向に向き直り、亜夢はゆっくりと階段を下り始めた。
「あの人は、非科学的潜在力を持つ者としての共感をすてろ、って言ってた」
「そうだったね」
「同じ人としての共感はないんですか?」
 亜夢はそう言って立ち止まり、またしんがりの男の顔を見た。
「ない。テロリストは人ではない」
 亜夢は男の冷静な表情が気に入らなかった。
「……が、君たちが協力しないと、テロリストにも、我々にも、そして人質にもだ。余計な犠牲者が増えるのは間違いない。なぜ協力を拒否した? 短時間で制圧するためのベストな選択なのに」
 亜夢は男を睨みつけていたが、男の言葉を考えているうちに視線をそらした。
「……誰も傷つけたくないのよ」
 ゆっくりと階段を下りていく。
 それを最後に誰も話さなくなり、しばらく靴音だけが響いた。
 階段を下りきると、少し広がっているホールに出て、最初に通ったオートドアを出た。
 亜夢達に気付いて、中谷と清川が車から出てくる。
「どうしたの? もう終わったの?」
 清川に呼びかけられると、亜夢とアキナは小走りで近づいた。
「いえ…… そういうわけでは」
 男はオートドア近くで立ち止まった。
 中谷が険しい顔をして亜夢の胸倉をつかんだ。
「な、なにをするんですか?」
「じゃあ、なぜ君たちは帰ってきたんだ。ドームの中の人質をすくっていないのに!」
「……テロリストを殺す気で行動しろと。そうしなければ私やアキナも殺すと言われたから。そんなことできない、と思ったし、それに、私、誘拐された美優を探す為ににきたんだよ」
 中谷は急に手をあげ、亜夢の頬をはたいた。
「痛い」
「馬鹿! すぐもどるんだ。作戦に参加しろ」
「だから私達、人殺しの為に学園から連れてこられたんじゃ……」
 中谷は亜夢を突き飛ばした。
 足がもつれ、よろよろと後ろにさがると、しりもちをついてしまう。
「何をするんですか」
「君たちは俺と清川がしたくてもできない能力を持っているんだ。持っている者として、責任を果たす義務がある」
「……欲しくてこの|非科学的潜在力(ちから)を持っているわけじゃない」
「俺らだってそうだ!」
 中谷は亜夢たちに背を向けた。
 鼻をするるような音が聞こえる。
 清川が代わりに進み出て、オートドア付近に立っている男の方を指さす。
「早くいきなさい。人質を救うの」
 亜夢は立ち上がって清川にくってかかる。
「私達は誰も殺したく」
「いいかげんにして!」
 中谷とは反対側の頬を、パチン、と叩かれた。
「亜夢。テロリストに対抗できて、ドームの人質を救えるのはあなたたちだけなのよ」
 亜夢は両目から涙があふれていた。
 アキナは口を真一文字にむすんで、清川にうなずいた。
「行こう。亜夢」
 エレベータ近くで立っていた男は清川にうなずいて、泣き叫ぶ亜夢とアキナを先導し、ホールへ入っていく。
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「そんな食事で足りるんですか?」
「ああ。今日は少し量を抑えなければならないからね。君の方こそ、しっかり食事は出来ましたか」
「はい。地鶏親子のオムライスが食べたかったんですが、売り切れだったみたいで」
 松岡が少し頭を下げたように見えた。
「それは残念でしたね」
「冴島さんは何を食べたんですか?」
「影山さんには申し訳ありませんが、その『地鶏親子のオムライス』ですよ。先に連絡をして取っていおいてもらったんです」
 俺は膝に手をついた。
「……もうしわけない」
 松岡さんが深く頭を下げた。
 俺は手を振って言った。
「いえ、別に松岡さんが悪いわけでも、冴島さんが悪いわけでもないですから」
「……」
 松岡さんが運転席、俺が助手席に座ると、車は走り出した。
 何度も何度もトンネルを抜け、アップダウンを繰り返しインターチェンジを抜けた。下道は下道で、行ったり来たりするように急なカーブを曲がってくだっていき、同じようにカーブを曲がって上がっていく。
 下道を走っているうち、辺りは夜になっていた。
 道の両サイドが膨らんでいて、チェーン着脱場と書いてあるとこおrに車が止まる。
「?」
「さあ、着きました」
 俺はちらっとルームミラーで後ろを見た。
 口元ではなく、冴島さんの頭頂部が見えた。頭を下げているのだ。
「影山さん。降りて手伝ってください」
「は、はい」
 俺は車を降りると、松岡さんが車の後ろで手招きした。
「はい、なんですか?」
 トランクを開け、荷物を下ろすようだった。俺はかなりの重量のバッグを下ろすと、軽く汗をかいていた。
「これなんですか?」
「君のしばらくの宿になるものだ。組み立て方は中に紙が入っている」
 変に長いバッグだと思った。これは組み立て式のテントなのだ。
「こっちと、こっちのバッグは?」
「こっちが飲水と食べ物。そっちはその他キャンプ道具だ」
「お、俺ここでサヨナラですか?」
 松岡さんは柔らかく笑みをたたえ、静かにトランクを閉めた。
「問題のトンネルはこの先」
 指で示す方向を見ると、明かりもない山の中腹だった。
「えっ、まだかなり距離が……」
「申し訳ない。本来ならトンネルの近くまで行って下ろしたいところなんですが、お嬢様は他の予定があって」
「さっきリニアの建築現場を見るって」
「その前にあるところへ寄る必要が……」
「あとちょっとじゃん、お願いしますよ。この荷物を持って『あそこ』って指で示されたところに行けませんよ」
 松岡さんは会釈をして車に乗り込む。俺は運転席に回り込む。
 少しだけ窓が開いた。
「発車します。危ないですよ」
 少し開いた窓から、後ろからの声も聞こえてきた。
「頼んだわよ。三日以内で解決するって答えちゃったのよ。食料も水も三日分しかないし。なんとかそれまでに調べてね。よろしく」
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「もしかしたら、キャンセラーである必要はないのかも、ってことさ。干渉波を止めれれば、その空間は非科学的潜在力を使える人の|聖域(サンクチュアリ)になる」
 中谷は立ったままノートパソコンを開けて何か調べてみようとする。
「ちっ、圏外じゃなにも……」
 ドームの入り口から、数人の男が急ぎ足で出てくる。
 男たちはみなバラバラでカジュアルな服装だった。しかし、あからさまに組織だって行動している。
「えっ?」
 亜夢が言った時には、四人は男たちに囲まれていた。
 たとえようのない無言のプレッシャーがかかかっている。
 一人が口を開く。
「君たちがヒカジョの子だね?」
 亜夢とアキナは中谷の方を見る。
 中谷の身体がブルっと震えた。
「じゃあ、中谷くんに聞こう。この|娘(こ)たちを借りるぞ」
「……この|娘(こ)達はものじゃありません」
 すると男たち前がんが、深々と礼をした。
「君たちの協力が必要だ」
 中谷がうなずいた。
 亜夢とアキナはそれを見て返事をした。
「はい」
 男たちが出てきた入り口へ戻っていく。
 亜夢とアキナがそれについて行く。清川と中谷が続いて入ろうとすると、しんがりの男が立ち止まって手を広げる。
「中谷さん、清川さんはここでお待ちください」
「えっ……」
「命令を守らないと……」
 しんがりの男は手のひらを水平にして首に当てた。
「……」

 亜夢とアキナは男たちが軽快に階段を上がっていくのに、必死になってついていっていた。
 階段を上がりきって、小さい扉を潜って入った部屋は、どうやら狭いパイプスペースでコンクリート打ちっぱなしで様々な配管がそのままだった。その部屋の中には、配電盤やら機械類が並んでいた。
 最初から部屋にいた、リーダーらしき男が近づいてきて、亜夢とアキナの前で立ち止まった。
「君たちが非科学的潜在力を使う子か」
 二人は同時にうなずく。
「この戦いは負けられない。大勢の命がかかっている。敵は銃を持っていて、加えて電撃、身体の硬化など、君たちと同様に非科学的潜在力を使う。その力は君たちにとっては当然で、我々が銃を持ってそれに対抗するのは酷いと思うかもしれんが、奴らは非道でこのスタジアムの人間を人質に取っているような人間だ。我々が行うことに協力をしてもらうために呼んでいる。もしそれができないようなら、悪いが君たちも同罪として、銃を向けることになる」
「……なぜ、いきなり私達に銃を向ける話をするのですか?」
「同じ非科学的潜在力を使うものとしての共感を捨ててくれ、ということだ。そして、テロリストとして犯人を殺してしまうかもしれないが、それについて理解してもらう必要があるからだ」
「……殺すかもしれない、というのには」
「参加できないというのか」
「はい」
 亜夢は男を睨みつけるようにしてそう言った。
 アキナも慌ててうなずいた。
「分かった。水沢。この子達をもとの場所に連れて行け」
 呼ばれた水沢という男が、亜夢とアキナに銃を突きつけた。
「悪いが、作戦に賛同いただけないなら、さっきいた地下駐車場に戻ってもらう」
 亜夢とアキナは手を上げて後ろを向いた。
「扉を出ろ。さっきの廊下の先の階段から戻るぞ」
 男がしんがりをつとめ、亜夢が先頭になって階段を下りていく。
「亜夢。本当にこれでいいのかな?」
「テロリストだって人だよ。人殺しに加担できないよ。だいたい私達は連れ去られた美優を探しに来たんだし」
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 俺としては食事をさせてくれるだけでうれしい。
 無言でなんどもうなずいた。
「松岡。食事が出来る最初のサービスエリアに入って」
「はい。お嬢様。しかし、三十分以上はかかりますが……」
 松岡さんは俺を直接みて言った。
「どうなの?」
「だ、大丈夫です」
「だそうよ」
「わかりました」
 松岡さんは白い手袋をシフトレバーにかけ、クンっと一つ下げる。すると高速道路の入り口を静かに、かつ力強く加速した。そのままスムーズに合流し、すぐさま追い越し車線へ。すべるような車の動き、静かな車内。
 後ろから、肩を突っつかれて振り向くと、冴島さんが、袋を差し出してきた。
「ひとつあげるわ」
「ひとつ、ですか」
 袋には古臭い漢字が書かれていて、手を出すのがためらわれた。
「ひとつよ。ひとつじゃ不満なの?」
「いえ。これ、俺みたいなヤツが、いただいていいものなんですか? 高いんでしょう?」
「……これはさっきコンビニで松岡が買ってきた飴よ」
 な、なんだよ。ひとつ、ってもったいぶるから……
「いただきます」
 もらった飴をなめているうち、左手にビール工場や競馬場が通り過ぎて行った。
 俺は肝心なことを聞いていなかった。
「そ、そうだ。これから、どこに行くんです?」
「リニア新幹線の建築現場よ」
 また建築現場に入っている警備会社のバイトなのだろうか。もしかすると、山の中で泊まり込みのバイト……
「どうしたの?」
「け、建築現場はもう……」
 俺は頭を抱えた。
「何言ってるの。そこは私達が見に行く場所。影山くんの仕事はトンネルの調査よ」
 ルームミラーをチラ見すると、冴島さんの口元が映っていた。
「トンネルの調査? ですか」
「幽霊トンネルってやつね。ちょっとやっかいで、通行者を脅かすんじゃなくて、通さないらしいのよ。入り口を見えなくしたり、空間をゆがめて入ってきた方に出ていくように仕向けたり。そのトンネルはリニアの工事に重要な道らしくて……」
「そ、それでリニアの建築現場にいくんですね」
「違うわ。単なる私の興味よ。せっかく近くまで行くんだから建築現場見てみようって」
 車は、最初のサービスエリアに向かって、ウインカーを出した。
 サービスエリアはかなり混んでいた。
 冴島さんは車に残り、俺は松岡さんにバイトの前金をもらって、フードコートの自販機の列に並んだ。エリアのあちこちに『地鶏親子のオムライス』と書かれていて、それを食べてみよう、と思っていた。俺が並んでいると、松岡さんがやってきて、フードコート内のキッチンに入っていき、しばらくすると大きな箱を受け取って、車の方へ戻っていく。
 ようやく順番が着た時には、『地鶏親子のオムライス』は売り切れになっていた。しかたなく、俺は普通のかつ丼のチケットを買い、出来上がるのを待った。
 トレイを受けとって、席でかつ丼を食べていると、再び松岡さんがフードコートのキッチンに入っていって、また箱をもって出て行った。
 食べ終わってお茶をのみ、ようやくとお腹が落ち着くとフードコードを出た。
 車に近づくと、松岡さんがすこし離れたところで、ハンバーガーを食べていた。俺は松岡さんに声をかけた。
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 清掃員らしい作業服を着てマスクをした小柄な女性が、業務用の少し大きな掃除機を持って部屋に入る。
 部屋の中には、タバコをくわえた男が立っていた。男は黒いスーツに、黒いネクタイをしていて、暗い部屋にも関わらず、黒いサングラスをしていた。
「建設中のビルにいた霊を回収してきました」
「ごくろうさま。あとは俺がやっとく」
 男のタバコは火がついているように見えるが、その火はいつまでも同じところで光っている。
「一つ報告があります」
 清掃員の姿だったが、聞こえてくる声は若々しく張りのある声だった。
「なんだ?」
 男は受け取った掃除機の吸い込み口を壁についている穴に差し込み、掃除機本体にある丸いスイッチをひねった。
 そして掃除機の電源を入れると、ものすごい轟音が始まった。
 しばらくすると壁の穴の上に『完了』と表示された。男は掃除機の電源を切る。
「ん? 報告があるなら早くいってくれ」
 清掃員の恰好をしたショートボブの女性は、マスクを取った。つやのある真っ赤な口紅が印象的だった。
「はい。今回の件は、冴島除霊事務所が依頼を受けていたようなのですが、その中に、影山という男が」
「影山?」
 何を報告されたのか分からない様子だった。
 女が補足をいれる。
「一年…… 一年半ぐらい前の事件の」
 その一言で男は何か思い出したようだった。清掃員の恰好をした女に詰め寄ると言った。
「えっ? 本当にそうなのか?」
「はっきりと顔は見ていないのですが。冴島はそう呼んでいました」
「とにかく確認しろ。不確かな情報をボスに伝えるわけにはいかん」
 男は掃除機を壁から外すと、本体の丸いスイッチを元の状態に戻した。
 掃除機を返されると、女は再びマスクをつけて部屋を出ていく。
 一人になった男は、短くならないタバコを吸って、煙を吐き出した。
「……影山家の生き残り、か」



 大学の帰り道、俺は財布の中身を確認していた。試験の勉強でろくにバイトできていないせいで、また飯に困るほど金がなくなっていた。札は尽き、小銭も大きいヤツはなくなっていた。探しても探してもアルミと銅のものばかり。まずい。今日はまたキャベツの千切りにソースをかけた飯で我慢しなければならない。
 駅のホームについたとき、突然スマフォがなった。『冴島』さんだった。
「もしもし。またお財布がピンチなんです!」
「うるさい! そんなこときいてない。今いる場所を教えなさい」
 俺は駅の名前を答えた。
「……松岡、影山が駅に ……そう。じゃあそこに来てもらえばいいわね。影山くん、そこの道をまっすぐ北にいくと、大通りに出るから、そこで待ってて。車で迎えにいくから」
「はい」
 何のことかわからなかったが、これで食い物には困らないだろう、と俺は思った。金はなくとも、飯はもらえる。
 言われた通りに大通りへ出て、車道に近い場所で待っていると、やたら飛ばしている黒塗りの高級車が止まった。窓が開くと冴島さんが叫んだ。
「こら! ぼけっとしてないで、早く乗りなさい」
 表情は極めて冷静だった。
 俺は慌ててガードレールを飛び越えて、停車中の車の助手席に乗り込む。
 ドアを閉めると、お腹がなった。
「……」
 ルームミラー越しに、こっちを見たのが分かった。
「すみません。お腹が減っていたので」
「サービスエリアまで我慢できる?」
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「えっと…… 非科学的潜在力を使うテロリスト集団よ。なんの略だかわすれたけど」
 清川が言うと、すかさず中谷が略したの部分を説明する。
「Aはなんだったかな? アカシックだったかな。KKはカルマの|守護者(キーパー)という意味らしい」
「カルマの守護者なら|KG(カルマガーディアン)じゃないんですか」
「清川くん、俺が決めたんじゃないんだから、そこ突っ込まないでくれる?」
 中谷は必死にキーボードを打って、どこかにアクセスしている。
 亜夢が画面をのぞき込むと、ブラウザでたくさんのタブを開いている。
「おかしい…… どこにも書き込みがない」
「書き込みがないってなんのことですか?」
 亜夢がたずねると、中谷は説明した。
「ショートメッセージSNSや、電子掲示板システムに書き込みがないんだ」
「まだ始まったばかり、とか人質になっていることに気付かないんじゃないの」
 アキナがそう言うと、清川が言った。
「もう一時間以上経過しているわ。どこにも出れないだろうから、さすがに気づいているでしょうね」
 中谷がノートPCの上で手首をこねている。
「あれだ…… 清川くんはしってるかしらないけど」
「なんですか?」
 中谷がふーっと息を吐いた。
「|対テロ用の情報統制(インフォメーション・コントロール・フォー・カウンター・テロリズム)だよ」
「対テロ用情報統制(ICCT)…… うわさは聞いたことはあります」
「これが発動されているってことは、相当やばいぞ。中の人の安否も。おそらくSATも動き出している。犯人をやることが主だからな。人質が生きてようが死のうが関係ない」
「えっ? 警察組織は国民の安全や財産を守る仕事ではないんですか?」
 亜夢は顔を真っ赤にして怒った。
「全員を均等になんか守れない。だから、そのた大勢の命や財産を脅かされないうちにテロを排除するのが目的なんだ。まさか今日これが発動されるとはな」
「中谷さん。じゃあ、私達は何のために呼ばれたんですか? 」
「……」
 中谷は亜夢から視線をそらして、ノートパソコンの画面を見つめた。
 そして、なにやらまたキーボードから打ち込みを始めた。
「俺たちも、とにかく現場に向かおう。清川くん」
「はい」
 清川はもくもくとパトカーを走らせた。
 都心に近づくにつれ渋滞で移動が遅くなった。しかし、問題のドームスタジアムの周囲は交通規制すらなく、まるで何事もなかったような状況になっている。
 亜夢たちが乗るパトカーも誰に制止されることもなく、ドームスタジアムの駐車場に入ることができた。
「どうなってるの?」
「情報統制しているから、見た目でわかるような規制を取れないんだろう」
 中谷は自らのスマフォを清川につきつける。
「アニメの壁紙がどうしましたか?」
「違う! 『圏外』だってことだよ。他人の趣味に口出さないでくれ」
「いいとも、わるいとも、ロリコンだとも、変態どすけべとか、何も批判してないじゃないですか」
「言った言った、今言った!」
 中谷と清川はまるでプロレスの開始直後のように、手を合わせ、指を絡ませるようにして、力比べをしている。
 亜夢とアキナも自分のスマフォを取り出して確かめる。
 確かにアンテナ強度の表示が『圏外』になっている。
「ほんとに圏外だ」
「中谷さん、これも情報統制なんですか?」
 ようやく中谷が力比べに負けたようだった。
「ああ。かなりピンポイントで圏外を作り出せるそうだよ。これは政府と携帯電話会社と細かく取り決め……」
 中谷は口を開けたまま立ち止まった。
「そうだ。干渉波キャンセラー。携帯電話の会社なら問題なく作れるのかも?」
「?」
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「あれは霊を吸い込む、特殊な吸引装置よ! 影山くんもあの女を捕まえて!」
 俺は気を失っている斎藤さんを、そっと寝かせると、冴島さんの後を追った。
 掃除機を抱えたおばさんは、ものすごいスピードで冴島さんの先を走っている。
 そして清掃のおばさんは建築現場の囲いの外へと、掃除機を放り投げる。すると本人も、ひょい、と囲いを飛び越えてしまう。
「!」
 俺は、急にストップした冴島さんにぶつかる……  
 と、冴島さんは華麗に俺を避ける。
「痛てぇ……」
 俺は勢い余って建築現場の囲いにぶつかった。
 そんなことは気にもとめず、冴島さんはガラケーで電話を始めていた。
「松岡。現場の裏手に掃除機を持った人物が逃げたわ。追いかけて」
「はい、お嬢様」
 パタンと携帯をたたむと、冴島さんは俺に向かって手を上げた。
「影山くんここまででいいわ。残りのバイトを全うしてね。じゃ」
「えっ?」
 冴島さんはそう言うと、囲いを支えているパイプを伝って飛び越え、行ってしまった。
「えっ? えっ? 俺はどうすれば?」
 誰もいないところで、俺は誰に言うわけでもなく、そう言った。



 斎藤さんから霊が抜けた後、不思議なことにビルの工事が進み始めた。
 俺がやっているビル警備のバイトは、二週間で契約が切れた。警備のバイト代はそのまま現金でもらって帰ったが、電気、ガス、水道代には少し足りなかった。俺は除霊のバイト代が振り込まれるかどうか、毎日通帳を確認していた。
 しかし、なかなか振り込まれない。バイト終了から何日か経った後、俺は耐え切れずに冴島さんに電話を掛けた。
「どうしたの影山くん」
「あ、つながった。冴島さん、バイト代を振り込んでください。電気・ガス代とか水道代とか……」
「ああ、そんなこと? 松岡にやっておくよう言っとくから。それよりテレビつけてみなさいよ。VBSテレビ!」
「は、はい」
 映像が映ると、ちょうど、俺がバイトしていたビルの完成を祝ってテープがカットされるところだった。
「あれ?」
「気づいた?」
「タレントの香山ユキちゃんだ! 俺、ものすごいファンなんですよ」
「……ツーツーツー」
「あっ、あの?」
 画面を確認すると、通話が切れていた。
 テレビ映像を見ると、テープカットしている端に冴島さんらしき人が映っている。
 そ、そうか!
 俺は慌てて電話を掛け直した。
「もしもし、冴島さん?」
「……」
「冴島さん、今日、ビルの完成祝いにいた香山ユキちゃんのサインもらってません? もらってたら俺買いますから売ってください!」
「……他にいう事はない?」
「えっ?」
「他に言うことはないか?」
「えっと…… 1万円ぐらいまでなら払います!」
「……」
「どうしました?」
 電話の向こうで、息を吸う音が聞こえた。
「そおんなにサインが欲しいなら、お前の給料と同じ額で売ってやる!」
 冴島さんの、耳がおかしくなりそうなくらい大きな声。
「えっ?」
「聞こえないのか? お前の給料と同じ額で売ってやる。だから振り込みはなし! ツーツーツー」
「???」
 俺はスマフォをじっと見た。どうしよう。電気、ガス、水道代が……
「そんなぁ……」
 俺のモテ期は遠いようだった。


 
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 清川がバイクのナンバーを確認してから、二人のそばにやってくる。
「大丈夫だった?」
「ありがとうございます」
「なんなのあいつ!」
 アキナは腰に手を当てて怒っている。
「わからないけど、この前の事件の時にもいた」
 亜夢が清川の方を向く。視線を向けられた清川はバツが悪そうに視線をそらし、逃げて行った方向を見つめる。
「まだ、あの|娘(こ)が誰だっていうのが調べがついていないのよね。誰なのか、が分からないと、令状とれないから捕まえる方法がなくて」
「さっきだった捕まえていいんでしょ? 例えばスピード違反とかでも」
「たとえば、さっきの状況なら捕まえれば、傷害未遂の現行犯だから。捕まえて話聞くぐらいはできる」
「亜夢。そしたら今度はやりあうんじゃなくて、捕まえるようにしないと」
「……そうだね」
 一人で抑え込むことが出来るだろうか。前回会った時よりパワーアップしている。亜夢はバイク女を捕まえるのは簡単ではない、と思った。
 パワーアップしているのに、この強い干渉波の影響を受けないのだろうか…… 亜夢はパトカーに戻った。
「中谷さん、このキャンセラーを作れるとしたら、中谷さん以外に誰がいるの?」
「えっ? 急にどうしたんだい?」
 何かノートパソコンに書き込んでいる途中のようだった。
「この前の新製品発表会があったホテルにはキャンセラーが付けられていた。今さっき、バイク女は強力な非科学的潜在力を使えたけど、この干渉波の影響がないみたいだった。力が強くなれば、干渉波の影響も強くなるはずなのに」
 中谷はノートパソコンを閉じた。
「理論上は、ネットで調べれば誰でもつくれるよ。けど、誰にでも部品が手に入るか、というとそうではない。基本的には干渉波を作っているメーカーならキャンセラーも作れるよ。構成している部品は同じだからね」
「そのメーカーを調査できませんか? 美優を連れ去った連中はきっとキャンセラーをどこかに作らせている。そこと取引している人物、団体をあたれば…… 非科学的潜在力を使う集団にたどりつけるはずです」
 中谷はまたノートパソコンを開いた。
 そして画面に向き直り、キーボードで何か打ち込みを始めた。
「亜夢ちゃん。残念だけど、それは調べてみたんだ。パーツの行先は全部極秘。基本的には政府機関に納品され、そこから半完成品で戻ってくる。それを政府機関で組み立て直しているようなんだ」
「じゃあ、あの連中も政府機関の手先……」
 中谷の目はノートパソコンの方を向いていて、顔が少しだけ亜夢の方に向いた。
「政府機関の手先のわけないだろう。そうすると政府機関の中に自らの国の安定を脅かす集団と関係していることになる。自分で自分の首を絞めるようなものさ。何のメリットもない」
「本当でしょうか? そうだ。この前の製品発表会をする企業。あそこにこの干渉波のパーツが流れていたりしませんか? あそこなら小型のものから大掛かりなものまでつくれそうじゃないですか」
 中谷はノートパソコンを見つめながら首を振った。
「基本的には納品先は極秘。それも納品された同数が政府機関に戻ってくることになっている」
「帳簿をごまかしているのかも」
「……疑いたいのはわかるが、今はそれ以上深追いできない」
 亜夢が歯を食いしばり、口元が歪んだ。
 アキナも清川もパトカーに戻ってくる。
「乱橋さん、早く車に乗って。森さんも」
「……」
「どうしたんですか?」
 アキナが尋ねると、清川が言った。
「連絡が来たの。AKKと名乗る非科学的潜在力の集団が、ドームスタジアムを占拠したって。中にいる2万人近い人が人質になったのよ」
「えっ!」
 全員が乗り込むと、清川が車を走らせる。
 アキナが質問する。
「|AKK(エーケーケー)ってなに?」
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「これで終わりかしら?」
 そんな挑発するようなことを言ったら……
 思った通り、斎藤さんは怒り狂ったような表情で、冴島さんに向かってきた。
「至近距離からやればかわせねぇだろうぜ!」
 冴島さんは下がる様子がない。
「冴島さん、逃げて」
 斎藤さんが、全力で押し込むように両手を冴島さんに向けた。
 もう、直接手が触れるぐらいの距離だった。
 冴島さんは、弾かれたように宙を高く飛んだ。体をピン、と伸ばしていて、まるで木の棒を空へ投げたようだった。
「冴島さん!!」
 やられた。この床に落ち、ガラスの破片で酷いことになってしまう。
 俺は必死に体を動かした。
「今、俺が受け止めますから!」
 なんとか体を動かして、落下地点にたどり着いた。
「かかったわね」
 体をひねりながら姿勢を整えた冴島さんが、斎藤さんの方へ手をかざす。
「弾けろ!」
 そう言うと、斎藤さんの周りのシャボン玉のようなものが一斉に弾けた。
 さっき聞いたような爆裂音が続けて巻き起こり、斎藤さんの体が激しく揺さぶられる。
 落ちてくる冴島さんを抱きとめようとした瞬間、冴島さんに頭を押さえられた。
「私は、ちゃんと着地出来るわよ」
 冴島さんの体重がかかって頭が、ガクンと下がった。
 斎藤さんの周りのシャボン玉が、ドンドンドンドンと爆発して…… シャボン玉がなくなり、爆裂音が止まった。
 斎藤さんは静かに膝をつき、そしてうつ伏せに倒れた。
 頭を押さえつけられていた手を払い、俺は斎藤さんのところへ走った。
「……」
「斎藤さん、大丈夫ですか!」
 俺は倒れている斎藤さんを抱きかかえる。
「うおっ!」
 顔には青い色で塗られた模様が浮かんでいた。怒り、悲しみ、映像が早送りされるように表情が何度もゆがむ。感情に合わせて青い色の模様も変わってっていく。
「斎藤さん!」
「影山くん、口を閉じて!」
 冴島さんの言葉で、俺は「大丈夫ですか」という言葉が出てこなかった。その代わり、斎藤さんの口が大きく開き、煙というにはあまりにゆっくりした粒子状の物体がゆっくりと吐き出された。
「んんんんん!」
 俺は声に出ない声を出しながら、冴島さんを振り返る。
「それがビルの工事を遅らせていた霊よ」
 これをどうすればいいんだろう。引っ張って取り出せばいいのか?
「引っ張ったりしないでよ。今、その人から出て行ってもらうから」
 冴島さんは手を合わせ、指を組み合わせながら何か言っている。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」
 斎藤さんの口から流れ出ている粒子状の浮遊する物体が、さぁーっと流れ始めた。
「んんんん!」
「?」
 その粒子が流れていく先は、プレハブの中だった。見ると、プレハブの中でマスクをした掃除のおばさんが掃除機を持って立っていた。
「あっ、あんなところから吸い込めるんですね?」
 俺の言うことなど無視して、冴島さんはプレハブの方へ走っていた。
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「それはどうかしら?」
 冴島さんは左手で髪を後ろに払った。
「えっ、まさか、斎藤さん…… 斎藤さんって、女装家だったの? モテたと思ったのに! 俺、モテてたと思ったのに」
 斎藤さんが怒ってこっちを睨む。
「霊が取り憑いたって言ってんだろうが!」
「?」
 俺はなんのことかわからなかった。
「冴島さん、今の声って?」
「そこの女性に取りついた霊が、女性の体を使ってしゃべっているのよ。後、モテてないのは事実なんだから素直に受け入れなさい」
「そんな……」
「私はここでずっと仕事がしたかっただけ。会社に戻ればまた日常の繰り返し。私はこの現場が好きなのよ。オフィスになんか戻りたくない。このプレハブの現場が好きなの!」
「斎藤さん……」
「多分、いまのが本人の気持ちよ。今、その女性の中に居る霊に、そこを付け込まれたってこと」
「うるさい! そんなことどうだって良いの。ここで仕事ができさえさればそれで……」
「斎藤さん、いつまでも完成しないビルなんておかしいよ」
「う…… るさい」
 斎藤さんが、男のような声になった。そして、目の前に立っている人を突き飛ばすように 、両手を伸ばして突き出した。
 けれどその手が冴島さん、ましてや俺に届くはずもなかった。
「!」
 ドン、と遅れて大きな音がすると、冴島さんがプレハブから飛び出してきた。
「冴島さん!」
 俺は飛んでくる冴島さんを受け止めようと、手を開いた。冴島さんに触れるか触れないか、という刹那、遅れてきた衝撃波を受けた。
「うぉっ!」
 何十人かに同時にタックルを浴びせられたような衝撃。
 冴島さんを受け止めるどころか、建設中のビルの壁まで吹き飛ばされた。
 壁に体を打ちつけ、俺はそのまま地面に倒れた。そこにはプレハブから飛んでいたガラスの破片が散らばっていた。
 見ると、冴島さんは綺麗に着地している。
 なんとか立ち上がると、手の平にガラスの破片でできた傷がついていた。顔面にも痛みがある。ガラスが刺さっているのか、切れているのか……
「影山くん。あなたはそこで待っていなさい」
「は、はい」
 またしても体に命令(コマンド)が入ったようだった。
「さ、冴島さん、それ、なんなんです?」
「後で話す」
 斎藤さんが、再び大きく体を使って、突き飛ばすように手の平を押し出した。
「危ない!」
 思わず叫んでいた。
 あの後、さっきの衝撃波が来たのだ。
 冴島さんは右手の人差し指を立てて、何か言っているようだった。
 すると、冴島さんの目の前に大きなシャボン玉のようなモノが出てきた。
「?」
 衝撃波が来るはずなのに、冴島さんは何事もなかったように立っている。
「連続で行くぞ!」
 斎藤さんがまた激しく体を動かし、手の平を何度も押し出してきた。
 冴島さんはその都度、立てた右手の人差し指でその方向を差した。
 いつの間にか、冴島さんの周りにはシャボン玉のようなものがいくつもふわふわと浮かんでいた。
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 拳を引いてから、亜夢に殴りかかる。
 ドンっと大きな音がした。
 バイクの女の拳を手のひらで受けた亜夢は、コンビニの駐車場の端まで飛ばされた。
「どういうこと?」
「そういうこと」
 軽く地面をけって跳躍する。高圧線の架線あたりまで軽く上昇すると、亜夢をめがけて降りてくる。
「いくらなんでも高く上がり過ぎだよ。簡単に避けられ……」
 バイクの女は亜夢の言葉を聞いてもそのまままっすぐ降りてくる。
 亜夢は視野の隅に入ったものを確かめた。
「まさか」
 亜夢はもう一度さっきの場所に戻って腰を落とし、腕を十字に合わせた。
 バンっと、派手に大きな音がした。
 バイクの女と、亜夢が作り出した、空気の鉾と盾がぶつかり合ったのだ。
 亜夢は自分の腕が顔にあたり、頬が赤くなっている。
「!」
 亜夢は慌てて後ろを振り返る。
 見上げるおさげ髪の女の子。『くぅ~ん』となく子犬。
「おねぇちゃん、今の音、何?」
「大丈夫だよ。だから、しばらくそこを動かないでね」
 亜夢はバイクの女の方を睨みつける。
「卑怯者」
「……」
 亜夢はバイク女の方へ進んでいく。なるべく女の子と子犬から離れたいからだ。
 バイク女は進み出てくる亜夢に拳をぶつける。
 右、左、右、左……
 繰り出す拳が亜夢と重なるたび、 さっきの蹴りと同じ空気の炸裂音がする。
 連続攻撃に耐え切れず、亜夢は一歩、また一歩、と後ろに下がってしまう。蹴りの着地で何歩か前に出た分が、どんどん削られてしまう。
「なんでこんにパワーが上がったの……」
 独り言を言うと、コンビニから出てきたアキナが亜夢を見つけた。
「なにしてるの!」
 バイク女はアキナを振り返った。
 そして手の平をかざすように両腕を伸ばしてから、横に振った。
「えっ?」
 アキナは、バイク女が振った方向に飛ばされた。駐車していた車に当たる寸前、アキナは大きく上に跳ね上がった。
 その間に、亜夢がバイク女の背後に近づいていた。
「!」
 亜夢の拳がバイク女の背中にぶつかると思った瞬間、女もアキナと同じように跳ね上がった。
 亜夢は当たったと思った拳が空を切り、前によろけた。
 そこを上からバイク女がとびかかる。亜夢の首を取って締めに掛かる。
「ぐはっ!」
 腕を引っ張って抵抗する亜夢。
「何っ?」
 跳ね上がっていたアキナが、バイク女の背後に降りてきた。
「ぐはっ……」
 アキナはバイク女の首を腕で絞りはじめる。
「亜夢を放せ……」
 その時、バン、と銃声がした。
 アキナが一瞬ひるんだすきに、バイク女はアキナに肘打ちをいれる。
 もつれていた三人が、一瞬でバラバラになると、女はすばやくバイクに戻ってエンジンをかける。
 咳をしながら、亜夢とアキナが立ち上がる。
 フェイスマスクを少しずらし、女は言う。
「次は必ず|殺(や)ってやる」
 フェイスマスクを戻すと、爆音を立ててバイクは大通りに滑り出す。
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「やったよ、鉄の杖だ。取っ手部分の細工もいい」
 監督はうっとりしたように杖を見ながら、プレハブを出て行く。
「なんだったんでしょうかね?」
 振り返る俺に、斎藤さんが抱きついてくる。
「現場監督は日頃から私の体に触っていて、今日はやけにその回数が多いな、と思っていたら急に『やらせろ』なんて言って来て……」
「そ、そんなことがあったんですか」
「もちろん、そんなことになる前に醍醐くんが救ってくれたから、無事だったんだけど」
 大きなメガネ越しに俺を見つめてくる。
「ありがとう……」
 斎藤さんの体は、やわらかくて気持ちいい。
 それになんだかいい匂いがする。
 俺は迷わず唇を近づける。
 斎藤さんが恥ずかしそうに瞳を閉じる。 
 ……と、手首に強い違和感。
「そこまでよ!」
 何か、強力な|命令(コマンド)が体を走った。俺は斎藤さんの背中に回していた手を自分の体側に添わせ、気を付けの姿勢を取った。
 振り返れなかったが、この声は冴島さんの声だ。
「誰ですか、あなたは。醍醐くんとどういう関係?」
 斎藤さんが、俺の横に顔をだして睨みつけるのが見える。
 いきなりそういう問いただし方をするものだろうか、と直立したまま俺は思った。
「その子は私の使用人よ」
 何かヒーターのように背中に温かい光が届いているような感覚が始まると、体が自由に動くようになった。慌てて振り返ると、冴島さんが立っていた。
 斎藤さんが言う。
「醍醐くん…… この女の人、怖い」
 修羅場…… 一瞬、モテ期が来たかと思った直後に、この修羅場はないんじゃないか。俺は神を恨んだ。
「影山くん、早く来て」
 冴島さんが手招きした。何をおいてもあっちに行かなければならない、頭の中にそういう感じが湧き上がってくる。
「斎藤さん、ごめんなさい」
 俺は振り返らず、その短い距離を一気に走った。
「醍醐くん!」
 斎藤さんが叫んだ瞬間、プレハブ小屋の中の空気が揺れた。
 同時に大きな音がし、一斉にガラスが割れた。
 冴島さんの背後の扉はガラスが割れると同時に、扉ごとはずれてしまった。
 俺も空気圧に押されて、プレハブの外に転がり出ていた。
「なんだ? 爆発?」
 プレハブの中をのぞき込むと冴島さんと斎藤さんが、|まるで(・・・)|何事(・・・・)|もなかったように(・・・・・・・・)中に立っていた。
 プレハブの内外には沢山の書類が舞っていた。
「冴島さん?」
「今のが決定的証拠ね」
 冴島さんは斎藤さんに向かって言っているようだった。
「ガスや爆発物によるものなら、私も飛ばされていた」
「冴島さん? 何を言っているんで……」
 斎藤さんの口元が歪んだ。
「なんだ、お前が本当の除霊士か。てっきりそっちの男の方だと思っていたが……」
 斎藤さんは妙に低い、男のような声を出した。
「憑いているのがバレたとしても、簡単に除霊は出来んぞ」
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「ムカつく! 絶対にぶち抜く」
 アキナと亜夢は顔を見合わせる。
 アキナは驚いたような表情。亜夢は困ったことになった、という顔をしている。
「えっ? ちょっと、清川くん?」
「うっさい中谷。負けっぱなしでは気が済まないんだよ!」
 次の信号は二車線あり、バイク女は先に止まってい待っていた。
 清川の運転のパトカーが近づくとバイク女が振り返って、引き込むように大きく手を振った。
「なめんな!」
 亜夢は、背中をシートにぴったりつけ、シートベルトをぎゅっとつかんだ。
 アキナが恐る恐る運転席の清川の肩を叩いて言う。
「き、清川さん、あの、パトカーが公道でレースをしちゃまずいんじゃ?」
「そうだよ清川くん、相手を先に行かせて、横道を進もう」
 そう言う中谷も足をつっぱって、背中をシートにつけて顎を引いていた。
「う・る・さ・い。黙っとけ」
 切れた清川は、二人を振り返りもしなかった。
 ただ信号をじっと見つめて、発進のタイミングをうかがっている。
 信号が変わると、ものすごいタイヤの音をさせて発進する。バイクは何か操作ミスしたのか、加速が鈍い。
 物凄い風が、車内に入り込んでくる。特にアキナのあたりに風がまいている。
 顔に風が吹き付け、苦しく感じたのか、アキナが言う。
「き、清川さん、振り切ったから…… もうスピード落として」
「そうだぞ、清川くん、我々は警察なんだから法定速度をまもらないと」
「ふぅーふぅーふぅー」
 清川は肩で息をしている。
 聞こえていないのか、スピードは一切落ちていない。
「清川くん!」
「清川さん!」
「は、はい!」
 清川はそう言うと、急に正気を取り戻したようにブレーキを踏んでスピードを落とす。
 スピードが落ちると亜夢は後ろを見た。バイク女はついてきていない。確かにすごいスピードだしてはいたが、こんな短時間で振り切れるほどではないはずだ。亜夢は左右上下を注意して確認したが、バイクは見当たらなかった。
「振り切ったようね」
「ああ。事故が起こらず本当によかった」
 その後もしばらく走り続けた後、道路わきのコンビニに車を止めた。
「乱橋さんも森さんもちょっとコンビに入らない?」
「はい」
「亜夢がいくなら、私もいく」
 中谷は車の中に残って、三人はコンビニに入る。
 しばらくして、三人がコンビニ内をウロウロしていると、野太いエンジン音が聞こえた。
「亜夢、さっきのバイク!」
「アキナ、また競争にならないように、清川さんを店の奥に連れてって」
「亜夢はどうするの?」
「なんで私達をつけてくるのか聞いてくる」
「えっ?」
「アキナ、清川さんをお願いね」
 アキナは首を縦に振ると、清川の腕をとっておくへ行った。
 亜夢はコンビニから出てバイクの女に近づく。
 女は黒いフェイスマスク、サングラスに、黒の半帽をかぶっていた。
「制服じゃないんだ?」
 バイクの女から口を開いた。
「ヒカジョの制服着ないのかい? あんたプライドないのかい?」
 亜夢はコンビニの方を振り返って、そのガラスに映る自分の姿を見た。都心でヒカジョの制服をみて、非科学的潜在力があることがバレてしまった経験から、亜夢もアキナも私服を着ていたのだ。
「ほら、余裕ぶっこいてんじゃないよ。こっちを向きな。ほら!」
 黒い半帽をバイクのミラーに引っかけ、亜夢に突進してきた。
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