その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

2018年04月

 冴島さんの声だ。
 助かった! 
「カマレテマセン!」
 俺は声が裏返っていた。
「そう。よかった。もう少しの間、自分の身は自分で守ってね」
「えっ?」
 壁の穴から、銀色の剣が飛び出してきて、そこにいたゾンビに触れた。ゾンビはそのまま霧のように分解した。
 そして、冴島さんが身を屈めてそこから入ってくる。
 左手には小さな短冊のようなものを持っている。
「おっと……」
 いつの間にか俺の近くに寄ってきていたゾンビを鉄龍で叩き壊した。
 ラックの扉が閉まる音がした。
「早く助けてください!」
「ラックを封印するから、それまでは耐えて」
「冴島さん、その剣を俺にください。この杖はもう小さくなってきて…… ヒッ!」
 俺は慌ててゾンビに杖を突きさす。
 床にはバラバラになった生ける屍たちの肉片がうごめいていた。
「この剣を渡したら、こっちがゾンビになっちゃじゃない。甘えないの」
「他になんか方法を教えてください」
 壁の穴から、小さな影がすばやく入ってきた。
 すると俺の目の前のゾンビが一体、砕け散った。
「的確に急所を狙えば、パンチでも倒せるよ」
 俺の目の前に立った白髪の老人はそう言った。
「松岡さん!」
「影山くんを補助してあげて」
「はい、お嬢様」
 松岡さんは、こう構えろ、と言わばんばかりに俺の方を向いてファイティングポーズを作ってみせる。
「いやいやいや」
 相手がゾンビとはいえ、柔らかいわけではない。それなりのスピードで動くし、避けたりする。素人が急所を拳で捉えるなんて無理な話だ。
 俺は小さくなっていく鉄龍で頑張ってゾンビを倒し続けた。最後は十センチ無かったのではないか。
 目の前に、床一杯に俺と松岡さんが倒したゾンビの残骸が広がっていた。
 冴島さんが、最後のサーバーラックにお札を貼った。
「よし、これでおしまい。サーバーラックは全部封印したわ」
「お嬢様、これで汗をお拭きになってください」
 松岡さんが、冴島さんにタオルを持って行った。
 その時、床で動くものが目に入り、俺はゾゾッと寒気がした。
「冴島さん!」
 ゾンビの肉片が集まって、床に大きな口を形成していた。
 その唇がパカっと開くと、集まれなかった肉片がその口の中に吸い込まれていく。
「うぇっ……」
 もう俺の手の中にあった鉄龍は消え去っていた。
 GLPで竜頭を回しても、『鉄龍』はグレーアウトして、選択不可状態だった。
「冴島さん!」
「わかってるわよ」
 床の口がまた開くと、口の中に星空のような暗黒が見えた。
 シューッと空気が激しく流れる音がして、俺はその唇の方へ引き寄せられた。
「助けて!」
 足が口の中に落ちてしまった。そしてなす術もなく腰の辺りまで一気に吸い込まれた。サーバールームの床下に体が、いやサーバールームの床下ではないどこかの空間に体が入り込んでいた。俺は手でその大きな唇を掴んで、なんとか全身が吸い込まれぬよう、耐えていた。
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 俺の言葉の続きを待っているかのような沈黙。
 さっきまでとは別の汗が出てきた気がする。
「あの、なんのこと……」
「監視カメラの映像は見た…… 事実を言ってみろ」
 なんでこんな強い口調なんだ。俺は考えた。香川先輩は篠原さんから酷い言葉で責め立てられていたじゃないか、俺が何をしたって構わないんじゃないか?
「えっ? 別に」
「……」
 物凄い破裂音が聞こえた。おそらく香川さんが受話器を叩きつけて切ったのだ。
「どういうことだよ」
 俺はそっと受話器を置くと、残りのハードディスクの交換をしようとサーバーの場所を探した。
 ガツン、と音がして、明かりがオレンジ色のものに変わった。
「また停電」
 一瞬立ち止まったが、俺はあきらめたように作業の続きに移った。
 バシャーンと複数のラックの鍵が開いた音がした。
「まさか……」
 俺はハードディスクをカバンに戻し、音のしたサーバー列を覗き見た。
 扉が開き、青白い肌の動く死体がゆっくりと出てくる。
「き、来た……」
 俺は神道と仏教を混ぜこぜにした、この国の一般的な宗教スタイルだったが、天井を見上げると、十字を切って手を合わせた。
「神よ……」
 動く死体に天罰を与えてくれるのは、この国の八百万の神ではなく、仏様でもなく、キリストに違いない。俺は勝手にそう思っていた。普段の信仰もないのに、今祈れば何かしてくれる、そんな安易な考えだった。
 再び、バシャーンとラックの鍵が一斉に外れる音がして、キィーっと扉があく音がバラバラ聞こえてくる。
 唸るような声が聞こえてきて、生ける屍たちが徘徊し始めたことを悟る。
「量が多すぎる」
 GLPの竜頭を回して、効果が分かっている『鉄龍』を選択する。そして竜頭を押し込んで投影された光から形成される杖を手に取る。
「これで復電まで耐えないと」
 俺は電気が回復した時にすぐに出れるよう、サーバールームの入り口へ逃げた。
 ゾンビたちは俺の影を追って、右、左に体を揺らしながら歩いてくる。唸り声が重なって、うねりのように聞こえてくる。
 壁を背にして杖を構えた。
 一体、二体、四体、と次第に増えながら、俺の方に向かってくる。
 俺は寄ってきたゾンビの頭を突いた。
 肉体が崩壊するように床に散らばる。口、目、歯、ボロボロの布、腐った肌…… 赤黒い液体も。
 腐臭に鼻をつまみ、近づいてくるゾンビを杖で刺したり、叩いたりして対処する。
 寸前でつかまれたり、噛みつかれそうになったり……
 やっているうちに、杖が全体的に小さくなってくる。
「やばい、持たない……」
 前もおなじようなことになっていた。その時は電気が回復するとともにゾンビは消え去ったが、同じとは限らない。間に合わなければゾンビになった俺は、復電とともに消え去ってしまうかもしれない。
 杖が短すぎて、ゾンビとの距離を保てなくなってきた。
「神様……」
 言うと同時に、爆発音がした。
 何が起こったのか全くわからなかったが、見ると廊下側の壁が破壊され、穴が開き、周囲に破片が散らばり、粉が舞っていた。
「なんだ?」
「影山くん、生きてる? ゾンビに噛まれてないよね?」
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アクセス禁止にしてから、アクセス数激減。

俺の小説をアクセスしてたの人じゃなかったんだね。

ため息しかない

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 俺は数秒前の自分の決断を後悔した。
「いや口説いてません。なんでもないです」
「嘘、職場に女がいるんでしょ? そいつにサーバールームで壁ドンかなんかして。瞳を閉じてくるから、唇だけでもいただいとこうか。とかそんな感じ」
「……鋭い」
 と、思わず口をついて出てしまった。
「何よ! 馬鹿にしないでよ。請求するから本当に。それと、さかのぼって前回のキャンプ道具も費用請求するから、覚えときなさい!」
「えっ、そんな、ちょっと、待って!」
 と、言っている間には通話が切れていた。
 俺は来月の生活を頭に思い描き、想像上の空腹で体が震えた。



 次の勤務の時、俺がデータセンターに着いて準備していると、香川さんが遅れてやってきた。
「あ、香川さん」
「影山。お前、前回の勤務の時……」
 香川さんは暗い表情で、そう言った。
 その時、別のバイトの人から声がかかった。
「おい、影山、5台ほどハードディスク壊れたから、サーバールームに行って早く交換してきてくれ」
 俺は香川さんに軽く手を合わせ、
「ごめんなさい。後で話聞きますから」
「ああ。いいよ」
 俺は急いでハードディスクを準備し、サーバールームへ移動した。
 最初のサーバーラックを開けた時、俺はGLPを着けている手首の違和感に気付いた。
「あれ?」
 今は別段なんていうことはない。ただの〇ップルウォッチのまがいもののようにみえる、GLPで間違いなかった。だとしたら、違和感はいつあったのか。
「……」
 香川さん、香川さんに対して反応したのだとしか思えない。
 香川さんに何か霊的な様子は見られないが、これから何かあるというのだろうか。
 ハードディスクを交換し、レポートにメモし、ラックを閉めた。後4台だ。
 サーバー列の端に行き、該当ラックのカードを当てる。
 バシャン、とバネがはじけるような音がしてそこへ向かう。ラックの扉を開けて、どのハードディスクが壊れたかを確認し、紙に書き写し、ハードディスクを交換する。レポートして、ラックの扉を閉める。
「ふぅ……」
 正常なディスクを抜かないこと。正確にレポートに書き残すこと。発生から30分以内に交換を終えること。それらが少しプレッシャーになって、寒いほどのサーバールームで、俺はほんのり汗をかいていた。
 その時、プルプルプルプル…… と固定電話の音が鳴りひいびた。
 サーバールームに電話器があったか、あまり正確に記憶していなかった俺は慌てて音のする方に動いた。
「これか」
 電話を認識した後、果たしてこれに出ていいのか悩んだ。サーバーメンテの為に技術者が入ることがあり、その人はここに入る前にスマフォ・携帯を預ける必要がある。その人たちが使うためのものじゃないか、と思ったからだ。
 俺はあたりを見回し、そういう技術者がいないことを確認する。
「はい」
「影山か?」
 香川さんの声だった。
 俺は思わずGLPの表示を確認した。
「はい」
 GLPには何の表示もない。違和感も感じられない。
「お前、篠原さんと何してたんだ」
「えっ?」
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「!」
 篠原さんはじっと見つめた後、ゆっくりとまぶたを閉じた。
 これは、壁ドンからの……と言う展開としか思えない。
 袖を軽く引っ張られ、俺は篠原さんの方へ顔を近づけていった。もう、何も考えていない、反射的な行動としか表現ができなかった。
 その時、ガツンと音がして、電源が切り替わった。停電起きたのだ。
 暗くなったサーバールームにびっくりして俺は正気に戻った。
「停電です。もしかしたら……」
 俺の言葉に、篠原さんが反応した。
「あのとき見たっていうゾンビが出るってこと?」
 俺はうなずいた。
 あのときもきっかけは停電だった。サーバーラックの扉が開き、そこから……
 俺はあの時の音、ラックの扉のバネが弾けるような音を待っていた。それがゾンビが出るきっかけのはずだからだ。
 しかしいくら待ってもそんな音はしない。
「怖い」
 暗さに耐えきれなくなったか、ゾンビなど出ないと思ったのか、篠原さんは俺の首に手を回して抱きついてきた。
「怖くて震えが止まらない」
 押し付けられる体を感じると、俺の中で無意識に熱くなるものがあった。
 どうしよう、俺は……
 バンっと音がすると電源が復旧した。
 一気に明るくなり、俺はそっと体を遠ざけた。
「……」
 篠原さんも何か気まずいような目で俺をみてくる。俺は逃げるようにその視線を外した。
 しばらくサーバールームを歩いて回ったが、どちらが言い出すわけでもなく監視室へ戻っていた。
 俺はバイトに戻り、サーバーの点検をし、レポートを作成し、提出した。
 篠原さんは俺がサーバー点検の為、監視室を出ると同時に帰っていったらしい。
 正直、俺はこの篠原さんが悪霊に憑かれていて、そのせいでサーバーラックからゾンビが出てくるのだとと思っていた。それなのに一緒にサーバールームにいるときにゾンビは出なかった。あの時の手首の違和感も今日は全く発生していない。
 建築現場のバイトのとき、やはり同じように女性に気に入られた。そして、その女性が悪霊に取り憑かれていたのだ。取り憑かれている女性は、本能的に除霊をしてくれると思って好意を寄せてくるのだ、俺はそう思っていた。
 しかし今回は全くそういう気配はない。だとしたら、何故俺がモテるのか理由がわからない。ごく普通の平均的かそれ以下の人間がモテる訳は何なのか。
 突然、スマフォが振動した。
 俺は急いで休憩室へ出て電話を取った。冴島さんからの電話だった。
「冴島さん。なにか用事ですか?」
「そっちの状況はどう? 怪しい人物はいた?」
「……」
「どうしたのよ?」
 俺は思い切って尋ねてみることにした。
「冴島さんから見て、俺ってどんな男ですか?」
「突然電話で何言ってるの? 頭に虫でも湧いたの?」
 そんなことを言われるのは百も承知だった。俺はつづけた。
「あの…… 冴島さんからみて、俺がモテる理由、なんかありますか?」
「はぁ? もしかして、あんたまたバイト先の女をたらしこんでるの? いい加減にしなさいよ。そのバイトに送り込むのだって費用かかってるんだから、そのバイトで女くどくなら、送り込む費用はあんたに請求するわよ」
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「なんだ、ばれちゃった」
 ニヤリと笑って亜夢の方を見た。
「あなたにも協力者がいるんじゃない」
 三崎は、通路の扉開け、閉める間際に言った。
「じゃあね」
「待てっ」
 亜夢は廊下を走り、その扉のノブを両手でグイッとひねった。
『!』
 開けた先は床が抜けていた。床が抜けているどころではない。上も下も正面も、夜空のように星が見えるだけだった。
『宇宙空間?』
 床があるであろう距離まで足を下げていくが、床にぶつからない。
『これ、マジだ……』
 亜夢はそう言って元の通路に戻ろうとすると、後ろにいる黒い人影に気付く。
『あっ』
 押し出され、亜夢は扉の外の闇の空間を進んでいく。身体をひねりながら、後ろを向くが、扉はどんどん遠くなってく。
『そうだ、息が出来るんだから』
 息ができる、ということはこの無重力に思える空間にも空気があるのだ。亜夢は自らの|非科学的潜在力(ちから)を使って、空気を動かし、自分の身体を扉の方へ進めようとする。
『だめだ、ピクリとも動かない』
 宇宙空間ではジェット機は進むことが出来ない。ロケットエンジンの理屈が必要なのだ。
『気付くのが遅いよ』
 正面に、三崎が現れた。ロケットパックを背負い、ミサイルランチャーを持っている。
『さよなら……』
 次々に発射されるミサイル。亜夢は空間を動くこともできずにミサイルの着弾を待つしかない。
 違う! これは違う!
「ふぅ……」
 亜夢は大きく息を吐いた。
 見えている世界は、急に扉の内側の世界、つまり亜夢がさっきまでいた廊下に戻った。
「もう少し気づくのが遅かったら、ミサイルで粉々にされてた」
 亜夢は目の前にある扉のノブを見つめた。
 三崎はこのノブを反対側から触って待っていたに違いない。私が触れると同時に思念波世界を展開して、引きずり込んだ。さっきの力くらべの時からやり方が変わっていない。
 亜夢は上着を脱いでそれをドアノブに巻き付けた。上着の上から強くノブを握って回すと、扉を蹴った。
「?」
 そこは車両が通れるくらいの広い空間になっていた。
 三崎の姿は見えない。
 亜夢は扉に触れないようにその広い空間に出た。右も左もシャッターで閉鎖されている。天井は高く、二階ぐらいの高さに手すりがついていて、そこをあるけるようになっている。その二階の手すりのついた通路へ上るために、垂直に鉄製の梯子が伸びていた。
 エリアを見回して、この中に三崎がいるとすれば、ここから死角になっている二階の通路にいるように思えた。
「……」
 亜夢が思念波世界を覗き見れば、その瞬間に三崎がその世界を支配してくるだろう。三崎を|思念波(テレパシー)で察知しようとするのは危険だ。物理的に視覚で確認するしかない。
 垂直に伸びている梯子のそばに近づくと、亜夢は躊躇した。
 もし自分が三崎だったら…… これを罠に使うだろう。
 梯子の真下にきたら、上に隠れている三崎がこの梯子の上を掴む。
 怪しんで梯子から離れたら、下から見えない死角に移動すればいい。
 この梯子の金属を掴んだ瞬間に思念波世界に引き込めばいいのだ。
 だったら…… 亜夢は真上を睨みつけるように見つめた。
 両足を足を曲げて、勢いよくジャンプする。
 電車からみたレールのように、目の前を梯子が流れていく。
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「はい」
「バイトの?」
 篠原さんは手のひらを上にし『どうぞ』とばかりに俺に向けてくる。
 何を答えればいいのだろう?
「バイトの…… ああ。バイトの影山です。よろしくお願いします」
「そうそう影山くん。この前、サーバールームで何か見たって言ってたじゃない」
「ああ…… えっと……」
 冴島さんが言っていた。あれは俺だけがみたのだと。
「ちょっと気になるから見たいのよ。私、操作教えてもらったから出来るわよ。あの日の何時ごろ?」
「ああ、もういいです。俺、疲れてたのかもしれないから」
「6時まえだっけ?」
 スーツの篠原さんは勝手に再生を始めた。
 ちょうど俺が停電後の再巡回をしているところが映し出された。
「これ、あなたね」
「……はい」
 サーバーの列を一つ点検する度、そのカメラに俺が映る。
 カメラの映像が暗くなって、何も見えなくなった。
「停電、なにこれ。このカメラ暗視カメラじゃないの。あんなに高い金額だして買ったのに。警備会社に文句言って取り換えてやろうかしら」
 また怒っている。俺はGLPを少し意識しながら、篠原さんに近づいてみた。もしかしたら、GLPは強い霊力を感知するのかもしれない。
 映像は俺がスマフォのライトをつけて助けを求めているところだった。
「何やってんの? 君」
 篠原さんは映像の方を向いたままそう言った。
 俺が監視カメラの方に手を振っているのが、何なのかということを聞きたいのだ。
「たぶん先輩を呼んでるんですよ。扉が開かなかったので」
 俺の背後には動く死体があったはずだ…… 映像には微かな影すら映っていない。
 冴島さんの言ったとおりだ。
「ふざけてるって表情でもないわね」
 篠原さんはあごに指をかけて画像を見ている。
「君、ちょっと場所教えてくれる」
 ビデオを止め、立ち上がった篠原さんが手招きする。俺は別のバイトの人に会釈をして、篠原さんについていく。
 篠原さんがカードをあてるが、サーバールームは開かない。
「あれ?なんで開かないの?このカードリーダー壊れてんじゃないの?」
「社員さんのカードでも、当日許可命令を監視室から指示がないと開きませんよ?」
「知ってるわよ。久しぶりだったから忘れてただけよ」
 俺は監視室に電話をして、許可をもらう。
「もう開くはずです」
「監視室から出るときに気を回してくれてもいいのにね」
 俺は苦笑いするしかなかった。そのつもりで頭をさげたつもりだったからだ。
 サーバー室に入ると、篠原さんがやたらに質問をしてきた。最初のうちはサーバールームで見たというゾンビの話だったのだが、次第に篠原さん自身の趣味の話だとか、なんでこのバイトを選んだのかとか、俺のことにも及んだ。
 やたらと俺の手をとり、距離を縮めてくる。
 初めは何も思っていなかったのに流石に意識し始めた。
 そしてどうせ自分がモテるわけがないという自虐的な思いが、繰り返しやってくる。容姿が圧倒的に普通だからだ。特徴もない自分を突然好きになるわけがない。篠原さんが今、何か、特別な状況にあるからに違いない。
 気付くとサーバールームの端に来ていて、俺は篠原さんをまるで捕まえようとしているように両手を壁につけていた。
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 休憩室に先輩がやってきた。
「影山、今日はもういい。後は俺がやるから」
「一人じゃ無理ですよ」
「さっき監視室にいた社員の人がやってくれるから心配しなくていいよ。もう支度して帰るといい。時間もかなり過ぎている」
 香川さんは悲し気な顔だったが、辛くはなさそうだった。口元はどちらかというと笑っているようにも思える。
「先輩……」
「大丈夫だって。篠原さん達が手伝ってくれるって言ったろう」
「篠原さんって、あの女性の方ですよね。酷いですよ、先輩のことあんなにひどく言う必要……」
「おい!」
 香川さんが怒りをあらわにした。
 胸倉をつかまれるか、と思って俺はあとずさりした。
「篠原さんはなぁ、俺たちのことを考えてああいうことを言ってくださるんだ」
「……」
 俺は言いたいことを飲み込んだ。
「わかったら帰れ」
 俺は支度をしてバイト先を離れた。
 帰りの途中で、冴島さんに電話をかけた。
「ああ、影山くん。どうしたの、悪霊は見つかったの?」
「いえ、まだなんですが」
「……GLP使ったな?」
「あ、はい使いました。相談はそれなんです」
「使用料馬鹿になんないんだから、適当に遊びで使わないでよ」
「あ、遊びじゃないんです。ゾンビが出たんですよ、ゾンビ。サーバールームに」
 電話の向こうで冴島さんは何か考えているようだった。
「あのね、ここは日本なの。ゾンビって……」
「そう、俺も変だなって。しかもバイト先の人、俺の目撃無視するし、監視カメラの映像も見てくれない」
「あのね、もし本当にゾンビをみたっていうなら、それはあんたにしか見えてないわ」
「えっ?」
 俺は大きな声を出してしまって、周囲から注目されてしまった。
 慌てて道路わきにあった自動販売機の横に避け、電話をつづける。
「どういうことです」
「そのゾンビはあんたにしか見えていないって言ったの」
「意味わかりません。だって、GLPで出した鉄龍で叩き壊せましたよ。きっと本当にいたんだと思います」
「そうか、それで二つ使ったんだ」
「冴島さん、どういう意味ですか?」
「分かりにくいかもしれないから、後で説明するわ。とにかくぞのゾンビは影山くんにしかみえない。そして『鉄龍』を使うことは有効よ。ゾンビと、今回の除霊は別だから、除霊の方の話は人に注意するのよ」
「はい」
「よろしい。じゃあね」
「あっ……」
 通話が切れてしまった。俺は清掃員の話もしようと思ったが、わざわざ掛け直して言いくわえるほどの内容はなかった。見つけたけど、捕まえ損ねた、と説明するぐらいしかできない。ならば、『ふ~ん。捕まえてから報告してよね』で終わりだろう。 
「はぁ……」
 ため息をついて、俺はまた帰り道を歩き始めた。



 次の勤務の時、香川さんはいなかった。初めて一緒にやるバイトの人に挨拶をして、監視室に入ると、社員の篠原さんがいた。
「えっと君は、バイト……」
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 亜夢は人質の一人から手を放した。
 その人は亜夢の方を振り返る。亜夢が方向を指さすと、うなずいて小走りに去っていった。
 同じように亜夢は列の最後尾にいる人を次々に解放していく。
 あるときは無人の闇にライトが当たっていて、そこに本人を連れ出せばよかった。
 また別の人は亡霊のような人が大勢いて、亜夢が叫ぶと、亡霊が一人の姿に合体したりした。
 思念波世界では一人一人まったくことなる形で、自分を見失い、他人にコントロールされていた。
 通路の端まで人質をすると、様子に気付いたのか奥の扉からショートヘアの女性が出てきた。
 自分の意志で動いているとしたら、その女性はテロの仲間側、つまり超能力者だった。
「そこで何してるの?」
 鋭い眼光で亜夢を睨む。
「!」
 先のとがった|探査針(プローブ)で何度も何度も突き刺されるイメージ。どこかでこの状況を経験したことがある。
 都心で捜査協力をしていた時、タキオ、タキオ物産の人?
「あら。こっちは覚えているわよ。白いヘッドフォンのお嬢さん。そういえば今日はしてないのね」
 一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
 相手がどれくらいの|非科学的潜在力(ちから)を持っているか分からないまま、近づいてくるなんて、よっぽどの能力者か、無謀な性格だ。亜夢は少し後ろに視線を配ってから、後ずさりして距離を保った。
「あら、力比べとかしてみたりしないの? ライダーとは拳を合わせたって聞いたけど」
 その女性は拳を前に突き出してきた。
「思い出した。三崎京子」
「そうよ。だけど名前なんて意味ないわ。それよりどうするの。どっちの力が強いか、確かめてみる? みない?」
 亜夢は転びそうになって足元を見た。壁に手をつけて後退する。
「なんでそんなに自信があるの?」
「別に。私は一人じゃないからかしら」
「?」
 亜夢はとっさに周囲に意識を広げた。思念波世界にも何も見えない。
「いない、とか思ってるでしょ。ほら、あなたのお仲間を連れ去ったやり方。あれと同じよ。私は私の能力と支援してくれる『あのお方』と力が合わせて戦うの」
「あのお方」
「言わないわよ。存在は知っているでしょ? それで充分」
 美優の思念波世界に入り込んだ時、精神制御している相手を見た。美優の非科学的潜在力を引き出す、強力な超能力を持っている人物。
「あら、少しやる気になったみたいね」
 亜夢は後ろに下がるのを止めた。右足を引いて、拳をためた。
「こんなことで力なんてわからないわ。けどあんた達の間ではこれをするんでしょ。じゃあ、いくわよ!」
 三崎は走り込みながら引いた拳をまっすぐ突き出してきた。
 亜夢は体をひねり、それに合わせるように振り出す。
 バチン、と空気が爆ぜるような音がして、亜夢は周りが見えなくなった。
『?』
 亜夢は両手を広げて、空から舞い降りてくる雪が、手のひらで溶けるのを眺めていた。
 見上げる空は暗く、深かった。無限に雪の結晶が降りてくるように思えた。
 黒い革ジャンをきた長髪の男が、亜夢に近づいてきた。
『へぇ。こんなところあるんだ』
 何がある? ただくらい空の下に雪が降っているだけだ。
『俺知らなかったよ。君、ここの出身かい』
 雪、こんなに雪深いところに住んだことなど、ない。雪が降るのが私の出身地ではない。亜夢はなぜ今雪が降っているのかわからなかった。
 革ジャンの男がたずねる。
『出身じゃないなら、いったいここになにがあるんだい?』
 男の後ろに、金髪の少女が見えた。
 あれは…… ハツエちゃん? そうか……
「!」
 亜夢は拳を振り切った。
 拳を合わせていた三崎は、廊下を滑りながら通路の奥まで後退した。
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 また叩く。
「すみません」
「何度も謝らなくていいの。言われたことを直しなさい…… あれ?」
 スーツの三人が俺の声に気付いて、一斉にこっちをみた。
「すみません。サーバールームを見てきたんですが、あのゾンビが出まして」
「はぁ? 何寝ぼけたこといってんの?」
「本当です。動く死体。生ける屍、リビングデッドってやつです」
「あなたが新人ね。まったくサーバールームで寝ぼけたことしないで」
 俺は監視カメラの映像を映しているモニター前に行き、リモコンを操作した。
「……」
「早く見せなさいよ」
 俺は再生方法を教わっていなかった。
「先輩どうするんでしたっけ?」
「……やめろ影山。言い訳なんか。俺が怒られれば済むことなんだよ」
「映っているはずなんですよ。俺、スマフォで照らしたんだから。再生方法を教えてください」
 先輩は俺を両手で押して、カメラの前から離れさせた。
 俺が持っていたリモコンを取り上げ、言った。
「休憩室で休憩してこい」
 物凄い形相だった。
「篠原さん、すみませんでした」
 先輩はスーツの女性にそう言った。
「香川くんはカメラ映像を確認しなくていいのね?」
「はい」
 先輩は手で俺を追い払うようなしぐさをした。
 俺は黙って監視室を出た。
「あれ?」
 監視室を出て、休憩室に向かうところで手首の違和感にきづいた。どうやらGLPが何か反応していたようだった。
「そういや、これって」
 GLPが反応するのはこれが初めてではない。工事現場の警備のバイトの時も、トンネルの時も、何かGLPが察知しているような気がする。もしかすると、あの中に霊を導いた人間が、いや内在させている人間がいるのかもしれない。
 俺は休憩室に入り、ソファーに体を預けた。
「誰だろう……」
 鬼気迫っているとすれば、あの篠原さんとかいうスーツの女性だ。あんなヒステリックに怒っているのは尋常じゃない。それを他の二人も止めるわけじゃない。女性の霊の力で、二人の男は押さえつけられているのかもしれない。
 そんなことを考えている時、休憩室の扉が開いて男の人が入ってきた。
「!」
 俺は、扉の先の廊下に清掃作業員を見つけた。
「あの時の!」
 慌ててソファーから立ち上がり、扉を再び開けて清掃員が行ったであろう方向を追った。
 建築現場でも、トンネルの時も現れた。間違うわけがない。
 通路の突き当りに来て、左右を見回すが動く者は見当たらない。
 見失ったか。俺は一か八か、右の方向へ進んだ。
 その廊下は、どこに通じている訳でもなく、行き止まりになっていた。
 何もないわけではなく、パイプスペースに通じる小さい金属の扉があった。
「?」
 懸命に壁を見回したが、不審な部分はなく俺は休憩室に引き返した。



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 ガシャガシャ、と何度ひねってもビクともしない。近くのゾンビがもう手を伸ばせば届くところに来ていた。
「あっちいけ!」
 俺はまっすぐ足を突き出して動く死体を押し戻すように蹴った。
 動く死体はよろよろと左右に揺れながら後ずさりしていく。もしかしたら、これで何とかなるかも。俺はもう一体にも同じように蹴りをかました。
「うわっ……」
 今度は調子に乗って強く蹴ったせいか、動く死体の腹を蹴り抜いてしまった。抜けなくなった足を、ゆっくりと動く死体の手でつかまえられてしまう。
 ひっくり返りそうになりながら、俺はGLPの竜頭を回していた。
「何か役に立つもの……」
 ただ役に立つのではだめだ。そこに死体がいるのだ。間違ったものを出している時間はない。
「あっ」
 俺は思い出して竜頭をクルクル回して合わせた。そして竜頭を強く押し込んだ。
 GLPから煙のようなガスが吹き出しているように見えた。いやGLPであるからには、これはガスではなく霊気なのだ。霊気を通すと向こう側にいるゾンビ達が歪んで見える。
 歪みが急に収まった時、俺はそこに手を伸ばした。
「来た!」
 確かな手応えがあった。
「いくぜ『鉄龍』」
 俺の手には綺麗な細工が施してある鉄製の杖が握られていた。
 素早く突きを繰り出すと、俺の足を押さえていたゾンビが崩れていった。
 単純に叩いただけの力ではないな、と俺は思った。何か霊力が加わっているのだ。行ける。
 俺は積極的にゾンビを突きに向かった。ゾンビは床にどんどん崩れていき、床を埋め尽くしていった。
 暗い上に崩れたゾンビの体が足に掛かって、歩くことも困難になってきた。
 動く影が減ったな、と思った時、ふと手に持っている『鉄龍』の状況に気付いた。
「まずい……」 
 『鉄龍』が短くなっているのだ。推測だが、霊力をすり減らしてしまったのだ。サーバールームの電気が回復していない今、外に逃げれないこの状態で『鉄龍』を失うのは死に直結する。
 とにかく、温存しないと。
 俺は再びサーバールームの出入り口。監視カメラの下に戻った。カードリーダーも監視カメラも電源は戻っていない。
 俺は扉を叩いて廊下側に音を伝えることにした。通りかかった人が気づき、開けてくれるかもしれない。
「誰かっ」
 ドンドン、と扉を叩く。扉を叩く手が赤くなっているのに気付いた時、突然、電気が復旧した。
「?」
 足もとに転がっていた動く肉片が、氷が溶けてなくなるように透明な液体となり、どこかへ吸い込まれるように消え行った。
「なんだったんだ?」
 俺はとにかくカードを操作し、サーバールームを出て監視室に戻った。
「先輩、大変です……」
 見ると、部屋の中にスーツを着た正社員らしい人が三人いた。一人の男は腕を組んで黙っている。もう一人の男は議事録を取っているのか、誰かが話す度にノートPCのキーボードをたたいている。最後の一人は女性で、怒りをあらわにしている。その女性の前に、先輩が正座している。
「なんで最初の停電時に連絡しないの。あなたが先輩なら、停電後はあなたが行くべきでしょう」
「すみません」
 先輩が頭を床に擦り付けそうなほど下げ、謝っている。
「なんでそんな判断もできないの。ここ最近同じことの繰り返しよ」
 女性は自身の手帳を取り出して、赤くしるしをした日付を叩いて数えた。
「すみません」
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 胸のあたりの服は破け、片胸は肉もそげ、骨まで見えている。生きている人間であれば、到底、動くことは出来ない。
 その時、また、ギィ、と音がして、バシャーンとバネがはじけた。そして、また頭をぶつけた音がする。どこかのラックからもう一体出てきたのだ。
「えっと……」
 俺はGLPの竜頭をクルクルと回し、この前の『助逃壁』を選択した。そして竜頭を強く押し込む。
 腕時計型のGLPから投影されるように光の壁が出ていく。光の壁は死体のようなその人影にぶつかる。
「えっ?」
 壁の向こう側に、何らかの霊体が取り出され、目の前に残ったものは崩れ去ると思っていた。あるいは、目の前の死体がなくなり、光の壁の向こうに閉じ込められてしまう、それが俺の描いた結果だった。
「なんともないの?」
 そのカビ臭いであろう死体のような人影は、俺の問いかけにゆっくりと首を傾げた。
「え? 聞こえるの? 耳ないのに……」
 すると、死体は両手を上にあげた。
「がぁ~~」
 耳がない、ということで怒ったようだった。さすがにこの死体に襲われたら病気に掛かるどころでは済みそうにない。俺は反対方向に走って逃げた。
「えっ……」
 別の列からも、一体、そして今もバネがバシャーンとはじける音がして、ラックの扉が開く音がする。
「ゾンビ…… ゾンビの群れ」
 背筋に冷たいものが走るのを感じた。恐怖。もしかすると、このGLPの機能ではどうしようもないのかも、ということが頭をよぎる。東洋のものと西洋のもの、という決定的な違い。ということは、下手をすれば冴島さんも対応ができないかもしれない……
「と、とにかく電話してみよう」
 俺はサーバールームを端まで走り、出口のカードリーダーに入館証をかざした。
『ピッ、ピーピピピピ』
「えっ?」
 カードリーダーは非情にも赤いLEDを光らせ、俺の退室を拒んだ。
「どういうことだよ!」
 俺は監視カメラに向かって叫んだ。
「出してくれ! ゾンビが出たんだ!」
 もし俺の様子をみて、おかしいと思えば先輩が解錠してくれるだろう。解錠して扉を締めればゾンビはカードがないから外へは出れない。
「先輩! 開けてくれ!」
 監視カメラは音声を記録していないのは十分承知の上だった。とにかく目立って、先輩に気付いてもらわないといけない。カメラに向かって飛び跳ねる。死体が動き出している。サーバーラックから死体が出てきたんだ!
 飛び跳ねながらも、なんどかカードリーダーに入館証をかざしてみる。無常にも音は同じ。
 一番近いサーバーラックの列から出てきた動く死体が、俺を見つけて近づいてくる。
「開けてくれ……」
 暗すぎて分からないんだ、やっと気が付いた。俺はスマフォを取り出してLEDを点けた。カメラに映るように周囲を映すと、手を振った。
「開けてくれ! 先輩開けて」
 飛び跳ねながら俺は監視カメラをみていると、カメラについている監視中を示す赤いランプがフッと消えた。
「えっ……」
 みると、カードリーダーの電源LEDも消えている。
「そうか」
 俺は扉の取っ手をひねった。電源が来ていなければ、鍵があいているのではないかと思ったのだ。
「あかないの?」
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「えっと、OK、大丈夫。これも、これもよし」
 レポートに書き込むとラックの扉を閉める。また端まで戻って次のカードを当てる。解錠する。扉を開ける。チェックする。レポートに書き込む。また端まで戻る。
 カードを予め当ててしまえって? ラックの取っ手は一定時間無操作だと鍵がかかる。予めラックの扉を開け放しすると、扉を開放時間を監視されていて警告が出てしまう。つまり、このまま地道に一つ一つやるしかない、というワケだ。
 何度か繰り返しているうちに何をやっているのか、さっき見たサーバーのLEDが正常だったか、異常だったかも混乱してくる。目が回るような感覚だった。
 床の白い色と、サーバーラックの真っ黒いコントラストもそれに追い打ちをかけた。俺は機械になったように繰り返した。ラックを開く、LEDのチェック、ラックを閉じる、カードを操作する、ラックを開く……
 その時、パッと照明が消えた。
 緊急灯がついたが、サーバーから聞こえるファンの音は全く鳴り止んでいない。LEDも激しく点滅するものもあればずっと点いているものもあり、先輩が言っていたようにUPSがしっかり機能しているようだった。その一瞬の後、自家発電設備からの供給に替わった。天井の白色の蛍光灯が点き、壁についている自家発稼働中の表示灯が点灯していた。
「それにしても、停電が多すぎるぞ……」
 俺は持っていたPHSで監視室に電話をかけた。不明な事態が起こったら先輩の指示を仰ぐことになっていたのだ。
「……」
 PHSからの音から判断して、呼び出しはしているようなのだが、いつまで待っても先輩は出なかった。もう一度やる羽目になっているのだとしたら、次の時間帯の勤務の人に申し送ればいいのだろうか。とにかく今回の分はやらなければならないのは、間違いないのだから、停電状態でもいいから作業を進めよう。と、俺は思った。
 サーバーラックを二つほど進めた後、自家発稼働中から、さらに停電が起こった。
 また部屋が暗くなり、オレンジの非常灯がついた。今度は同時に、UPSが電圧低下を検出してバッテリー運用に切り替わったことを示す、音が鳴り始めた。
「自家発がぶっ壊れた?」
 俺の独り言は部屋中のUPSの音や、サーバーファンの音にかき消された。
 そのUPSの音やファンの風切音に混じって、金属がこすれるような、不快なバイオリンの音色というか、とにっかく気持ちを逆撫でるような音が聞こえてくる。
「なんだよ」
 くらい空間に向かって俺はそういった。誰かが脅かそうとしている、そんな気さえする。聞こえてくる音にはそれほど意図的なものを感じていた。
 俺は音がする方を確認するために、サーバーの監視を中断して壁沿いを歩いて行く。
 次第に音が大きくなり、次のサーバー列か、と思った時、身体が震えた。
 そもそもサーバーを適正温度で稼働させるために、空調が強めに働いているのだが、その震えはその寒さを超えていた。そのサーバー列だけ、より低い冷気が流れ出しているようだ。
「なんだよ。なんなんだよ」
 勇気を振り絞って俺は声を出した。何か言わないと逃げ出してしまいそうだった。
 水蒸気が凝固し、白い煙となってもうもうと出ている。俺はそのサーバーラックの扉に近づくと、ギィ、と黒板に爪を立てたような音がし、その後にバネがはじけたようにバシャーンと音が鳴った。
「なんだよ!」
 すると、ゆっくりラックの扉が開いた。
「カード操作してないぞ。解錠するわけ……」
 真っ黒い人影がラックから出てくる。まずは上体が落ちるように跳び出し、頭を反対側のラックにぶつけた。
「うっ……」
 そして、ゆっくりと足が左、右、と出てくる。人影が、上体を立て直して俺の方を向いた。
 右目は抜け落ちていて、左目だけが瞬きもせずこちらを凝視している。何もかも黒い。いや腐ってカビが生えたような色をしている。おそらく、黒いのではなく、血の色だったのだ。
「ぞ、ゾンビ……」
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 アキナ達はドームスタジアムの大型搬入路に到着した。
 テロリスト達の姿はなかった。
「おかしい…… ここを利用しないなら、あれだけの大人数の人質をどうするつもりなんだ」
 アキナは人質の扱いを想像してゾッとした。
「周囲を調べろ。1分後にもう一度ここに集合だ」
 アキナは班の一人と一緒に行動した。
 フィールドに通じる大きな通路は全く人がいない。どうぞ使ってくださいと言わんばかりだ。
 通路の横にシャッターがあり、その脇の扉を進んだ。
 扉はシャッターの内側に通じていて、その通路ももぬけの空だった。大きな通路を使用しない意味。アキナは自然とそんなことを考えていた。全員を殺してしまうつもりなら、大型通路は返って使いにくい。かといって、ここから攻め込まれるわけだから、抑えないといけない場所なのだ。
「!」
 大きく手を動かしアキナを先導していた男が合図した。脇の扉から奥に入るようだった。
 アキナは男の後をついていく。
 入った先は人がすれ違うのがやっと、という幅の通路だった。
 こんな狭い通路にする意味があるのだろうか、とアキナは考えた。
「この通路の壁とか、天井とか、なんか慌ててつけられたような」
 男は立ち止まって、アキナが指摘した壁や天井を注視した。
「うん。確かに変だ」
 周りを見渡してから、無線を使う。
「B-5搬入路脇の通路ですが……」
「あっ!」
 そう声を上げると、アキナは床に伏せてしまった。



 亜夢はライトスタンド側のブルペンに入っていた人質集団を追跡した。
 あれだけの人数だ。宮下がいた集団くらいで分割されていて、その各々にコントロールして先導する超能力者がいるはずだ。一度に戦っては不利だが、宮下の集団だけ別の行動を取ったのに残りの集団は全く変化がないことから、もしかすると一人一人が独自の判断で行動している可能性もある。
 亜夢はブルペンへ入るための扉の前に立った。
 扉に手を当てて、思念波世界を覗き見る。
 周囲の人の気配はない。
 ゆっくりと開けて、音を立てないように中にはいる。
 野球用の投球練習場があり、周囲のいくつか通路と、それに通じる扉があった。人質たちは、もうここにはいない。どこの通路を通って、どこに向かって行ったのか。
 壁に手を当てながら、目で見る世界に注意をしながら、思念波世界を交互に観察して、どこへ向かったのかを探る。ブルペンの周りを半周ほどした時、前方の扉の方から、小さく声が聞こえた。
 亜夢は素早くその扉に近づき、手を当てる。
 その扉からは何度も開閉した思念波が見える。
 ここだ、と亜夢は思った。ここから先に移送車を用意して、人質を運ぶつもりなのだろうか。それとも単に密集させて御しやすくしようとしているのだろうか。
 扉を少しだけ開けて、その先を下から覗き見る。人の背中が見えた。さすがにこの通路にあの人数を通そうというのは無理があるのか。亜夢は後ろの人から順に|精神制御(マインドコントロール)を解いて助けてみようと考えた。おそらく超能力者はいくつかの分割はあるにせよ、統括する集団の真ん中あたりにいる。狭い場所にいるなら、全員と同時に戦うことはないだろう。
 後ろからそっと近づいて、亜夢は人質の頭に手を当てる。
 思念波世界に入り、空っぽな空間の真ん中にあるラジオのような機械を見つけた。
『?』
 ラジオは時折ノイズ交じりの音声で言った。
『次、進んで』
 亜夢はこれだ、と思った。美優の時は支配者の姿がどうどうと世界に存在していたが、行動だけを制御する時はこんなイメージなのだろうか。亜夢はアンテナ用の金属の棒が突き出たラジオという機械を取り上げ、床に叩きつけた。
 壊れるわけではなく、ラジオはブロックノイズで分解されるように掻き消えていく。
 境界のない空から、本人がその世界の中心に降りてきた。
『?』
『目が覚めたら、何もしゃべらず、後ろのブルペンを通って、三塁側ベンチの方向へ逃げて』
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 15、6列あるサーバーラックの谷間を3フロア分ほど歩いていると、何時間経過したのかがわからなくなってきた。書き込んできたレポートを見ると、この列のサーバーのチェックをすれば最後だ。サーバーを冷やすために部屋は冷気が流れていた。人間からすると寒いのだが、サーバー様には適温なのだろう。いや、もっと寒くてもいいくらいか。
 やっと俺はチェックを終えて監視室に戻ってきた。
「おつかれ」
 とバイト先の先輩が言った。
「無事終わりました」
「じゃあ、そのレポートをエクセル打ちして印刷して報告してくれ」
 一枚に5台のサーバー分の記載がある。ほほ1ラックで1枚使用するから、5掛ける16列、80台の3フロア…… 約240台の様子をこれからエクセル打ちして、印刷したものをファイルに閉じ込んで終わりだ。先輩はただみているだけじゃない。俺の手書きレポートとエクセル打ちした印刷物を比較して、入力ミスがないかチェックするのだ。間違えていれば俺が入力し直しだ。
 入力はかなり古いパソコンを用いて行わねばならず、入力の度にストレスがたまる。
 半分を超えた、と思って、とりあえず保存のボタンを押そうとした時、画面が消えた。同時に監視室の明かりもすべて消えた。赤いランプがクルクルと周り始めて(警察車両とかが付けているあれと似ている)それが部屋の中を照らした。数秒するとオレンジ色の灯りがついた。
「な、なんなんです?」
「停電だ。最近やたら停電が多いんだ。勘弁してほしいな」
「停電、って、マジっすか。さっき調べたサーバーは? こんな停電があったても大丈夫なんですか?」
「サーバーは無事だろう。あっちはこの部屋よりずっと高価な非常電源装置で守られているからな。それにラック毎にUPSもある。それより、俺にとってはお前の入力していたデータの方が重要なんだが」
 先輩は椅子を滑らせてこっちにやってきた。
「あっ…… そうか」
「いつセーブしたんだよ?」
「あっ、いや、今、まさに、する直前……」
 先輩は疲れたようにうつむいた。
「おいおいおいおい。まさか、全部入れ直し?」
 俺は声には出せず、ゆっくりとうなずく。
「勘弁してくれよ。誰がそれチェックすると思ってんだよ。またお前が打つのを待ってなきゃいけないのかよ」
「すみません。もっと早くやりますから」
「……早くやるより確実にやろうな。セーブはこまめにするんだ」
「は、はい」
 俺が返事をすると、ガツン、と音がして、いつもの白い蛍光灯の明かりに切り替わった。また、同時赤いサイレンが止まり、黄色いサイレンが回り始めた。
 それを見て、先輩は額に手を当てた。
「うわっ……」
「えっ? このサイレンは何なんですか?」
「全サーバーの再巡回だよ。停電の度合いによってこれが回る。これあ回ったら、もう一周サーバーを回るしかないお前がな」
 俺は口に手を当てた。
 もう一度240台近いサーバーを回るかと思うと、いつ家に帰れるのかと思ってゾッとした。
「ただ、さっきのとは違って、LEDだけ見て記録してくればいい。テープやHDDの取り換えはないから」
「いや、それはいいですけど……」
「交代直前だから、俺たちがやらないといけないんだ。ついてないよ」
 このデータを入力したら、またレポートを持ってサーバー巡りだ。
 まずはクソ反応が遅いパソコンでレポートを入力し終え、印刷をして、先輩のチェックを終えた。
 俺はレポートを持って、最初のサーバー室に入る。
「えっと……」
 サーバーラックの列の端についているカードリーダーに、首にぶら下げた沢山のカードから最初の番号が書かれたカードをみつけて当てる。個々のサーバーラックの取っ手についているLEDが光って、サーバーラックの扉が解錠したことがわかる。俺は急いで該当のサーバーラックの前に行き、ラックを開く。
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 扉がノックされ、看護師が入ってきた。
 短い髪の、若い看護師だった。
 一瞬、冴島さんの顔色が変わったようだった。
「どうですか?」
 看護師は軽く笑みを浮かべながら、俺の方を向く。
 俺はつながっている点滴の先を見て言った。
「もう終わりました」
「あっ、そうですね。じゃあ取り替えますね。次で終わりですから」
「あの看護婦さん、俺、固形物食べてもいいんですか?」
 ちらっと冴島さんの剥いているリンゴに視線を向ける。
「ええ、影山さんはどこか体が悪いわけではなくて、ただの栄養失調ですから。食べれるものは食べて、元気つけてくださいね」
 看護師は、冴島さんの方をジロジロ見つめる。
「お姉さまですか?」
 冴島さんはニッコリ笑うと言った。
「いえ。雇い主です」
「雇い主? 社長さん…… とか?」
「ええ。まあそんなところです」
 看護師は興味を持ったように冴島さんの頭のてっぺんからつま先までの舐め回すように見た。
「社長さんが大学生のバイトのためにリンゴを剥くんですか?」
「ええ。うちの会社では剥きますけど」
 心のなかで俺のためだ、と言われたことに感激する。
「ほら、影山くん。あーん」
 自分がにやけていることを感じながら、ベッドから頭を少し上げ、口を開く。
「失礼します」
 と言って看護師が出ていくと、切ったリンゴが、勢いよく押し込まれる。
「あいすうんえうあ(なにするんですか)」
 冴島さんはリンゴの皮をゴミ箱に捨てて立ち上がる。
「若い看護師に色目を使うからよ」
「そんなことしてないですよ」
「じゃあなんであの看護師がリンゴ剥いてるだけで突っかかってくるのよ。事前に何かあったとしか思えない」
 俺はため息をついた。
「なにそのため息? こっちがため息つきたいわよ。元気そうだから、もう私は帰るわよ。明後日からだから、仕事はちゃんとやってね」
「は、はい」
 冴島さんはとっとと出ていってしまった。



 幸いなことに翌日には退院して、冴島さんからの依頼のバイトに間に合った。都心から少し離れたデータセンターでのバイトだった。初日にはデータセンターの出入り管理システムを通る関係で指紋を登録し、カードを与えられた。一日に見て回るサーバーを教えられ、提出するレポートの見方を教えられた。
 冴島さんが言っていた通り、HDDが壊れれば引っこ抜いて交換し、バックアップでいっぱいになればテープを取り出して交換し、取り出したテープは規定の保管場所に収納する。ハード故障がないかサーバーのLEDを目視でチェックして、紙にメモする。
 そして勤務時間がいきなり24時間だった。
 いや、会社側は実際は休憩を与えているから16時間拘束するが、実労働は8時間ということだった。だが、俺は初日のレクチャーが必要なため、それらをあわせて24時間ということだ。つまり公には8時間労働だが、実質は24時間ということになる。
 先輩たちも16時間の拘束のあとにレポートをエクセルに入れ直しているから、実質はもっと拘束されているらしい。俺たちがやっているんだから、お前もやって当然という、体育会系的なブラック企業の理論だった。
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 亜夢にも宮下の|思念波(テレパシー)が感じられた。それがカルマの守護者とかいうテロの首謀者だった。
『お前がマスター?』
 その思念波で見える世界は、黒い霧のようながうごめいていて、ふわりと目だけが見えている。黒い霧がかかっているせいでマスターと呼ばれた人物の背丈も性別も想像がつかない。
 浮いているように見える目が、なんどか瞬きすると亜夢と宮下に言った。
『もう終わりだ!』
 黒い霧のなかで、そう口が動いていたように見えた。
 思念波の世界が見えなくなると、亜夢は車椅子の宮下とともに宙に浮いていた。
「!」
 亜夢は宮下の車椅子から飛び退いて、ドームのフィールドへ落ちていく。着地の寸前に、非科学的潜在力で空気の床をつくりショックを吸収した。
「うわぁぁぁ」
 亜夢が降りてしまったせいで反対に宮下がドームの天井近くまで速度を上げて上昇した。
 屋根にあたる寸前で静止し、今度は亜夢をめがけて落下してくる。
 単純に落ちる勢いだけではない。何かの力が働いている。
『発想の転換が肝心じゃぞ』
 金髪の少女が現れて、亜夢にそう言った。ハツエの非科学的潜在力がまだこの空間にとどまって、亜夢をたすけようとしている。
 亜夢は手を広げ、車椅子ごと宮下を受け止めようとした。
「違う!」
 亜夢は車椅子の落下地点からジャンプした。
 勢いよく落ちてきた車椅子は、ドームスタジアムのフィールドに激突し、破片は飛び散り、飛び散らなかった部分はひしゃげ、歪んだ。
 車椅子がフィールドを転がり終わった。
『なに?』
 驚いたような|思念波(テレパシー)が、亜夢と宮下に届いた。
 二人は抱き合った状態で、宙を舞っていた。ゆるやかな弧を描いて、ゆっくりとフィールドに着地した。
 亜夢は思念波の世界に向かって言う。
『あなたはマスターとか呼ばれていたみたいだけど、もう宮下さんはあなたをマスターと呼ばないわ』
『……』
 亜夢はゆっくりと宮下をフィールドに座らせた。
『私はあなたを許さない』
『ふん…… そんな出来損ない。くれてやる』
 宮下が両手で顔を覆った。
『本当に許さない!』
 思念波世界から黒い霧の景色が消えた。
 亜夢は宮下の肩に手を回した。
「大丈夫宮下さん?」
 宮下は片手を顔から放すと、うなずいた。
「ええ。大丈夫。助けてくれてありがとう……」
 亜夢もうなずいた。
 宮下の周りに縛り付けられ、人質となっていた人々が一斉に正気を取り戻す。
 前後の記憶がつながらないせいか、ブツブツ話しながら、バラバラに動き始めていた。
 亜夢はライトスタンド側のブルペン方向に走り、手を広げて反対側に押し戻すようなしぐさをする。
「みなさん、そこのベンチの奥の通路に隠れてください。まだテロリストはこの中にいます」
 亜夢はそう言って、人質を誘導する。そしてSATのリーダーに向かって|思念波(テレパシー)を送る。
『一部人質を解放しました。三塁側ベンチ裏に逃がしますから、後をお願いします』
 人質だった一人が亜夢に言う。
「君はどうするんだ?」
 首を振って、宮下の方へ促す。
「それよりこの方は車椅子が壊れてしまって、歩けないんです。助けてもらえますか」
「わかった。そこの君、手伝ってくれないか」



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 目の前がみるみる白くなっていくのは覚えているが、立ち上がったのは覚えていない。俺はなんで立ち上がったんだ?
「全部は覚えていないです」
「まあ、病院についたらそこらへんを正直に話しなさい。大丈夫。急患として診てもらうからね」
 病院につくと、いろいろとここにくるまでの状況を聞かれた。
 何を食べたのか、とか、具合が悪かったのか、とか。どうして倒れたのか、とか、そういうことを尋ねられた。
 一つ一つ答え、体を触られ、MRIを通された。
 それから点滴を打たれ、病室に入れられた。
「えっと……」
「栄養失調からくる貧血だね。ちゃんと食べるもの食べなよ」
 そう言えば、ここ最近はキャベツしか食べていなったっけ。
「すみません。俺、こんな個室の代金払えないので、別の……」
「大丈夫。お金は車を運転していた方から預かっている。それにそもそも大部屋は空いてない」
「そうですか」
「焦ってもしかたないんだから。寝てなさい」
 医者はそう言うと出て行った。
 入れ替わるように看護師が入ってきて、点滴の速度をすこし調整し、何か具合がわるくなったらこれで呼び出せと言った。
「あと、トイレはここにありますから」
「……すげぇ」
「個室ですから。失礼します」
 看護師が部屋を出ていくと、ほどなく退屈のせいか俺は寝ていた。
 ノックの音で目が覚めた時、あたりは暗くなっていた。
「入るわよ」
 そう言うと冴島さんが入ってきた。
 俺は慌てて上体を起こした。
「わざわざお見舞いに来てくれるなんて」
 個室に入院させてくれたことに加え、御見舞に本人が来てくれることに俺は感激していた。
「いいのよ。横になってなさい。早く回復してもらわないと、次のバイトが間に合わないわ」
 一瞬、俺のことを気遣ってくれた、と思った自分が甘かった。
「……」
「全力で回復に協力するから。次の仕事は重要なのよ」
「……そんなことだろうと思いました」
「どうしたの? 説明するわよ」
「はい、なんでしょう」
 俺はスマフォの録音機能を使った。
「今度はデータセンターでのサーバー監視のバイトよ。監視っていうのは本当に、現場でLEDがついているか、とか、バックアップ用のテープが終わったら交換するとか、故障したHDDの交換とか。物理的な監視ね」
 ハードなバイトだな、と俺は思った。  
「バイトのなり手がいないとか、サーバーが動かないとかですか?」
「どうもそこのデータセンターにホストを持っている企業の業績が悪いらしくてね。データセンター自体が呪われているんじゃないかって疑いがかかっているらしいの」
 俺はデータセンターが呪われている、なんて考える経営者のもとでは働きたくないな、と感じた。
「誰がそんな疑いをかけたんですか?」
 冴島さんは持ってきたリンゴの皮むきを始めていた。
「私よ私。除霊事務所だけど、経営相談もよくあるのね。複数の経営相談を受けているとき、ふと調べたら同じデータセンターだったっていうわけ」
 俺の関心は経営相談の話ではなく、冴島さんの剥いたリンゴが俺の口に入るのかどうか、ということに向いていた。
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「人形だけど、おじいちゃんの霊はやどっているのかもネ」
「えっ、あっ、それ、本当ですか」
「ここは『冴島除霊事務所』であることを考えれば霊の宿る人形がいてもおかしくないでしょう?」
 俺はうなずいた。
 おそらく錫杖が鳴ることを計算して、まるでおじいさん本人であるかのような前ふりをしたのだ。
「次のバイトの話に入る前に聞きたいことがあるの」
「なんですか?」
 俺は冴島さんの正面に座った。
 冴島さんはタブレットを操作してから、俺の方に向けて見せた。何かのニュースサイトのようだった。
 記事には『一家で失踪か』と書いてある。
「この記事、今はどこを探しても掲載はないの。たまたま画像で保存していたからあるんだけど」
「一年と二か月ぐらい前ですか…… ちょうどそれくらいより前だと、俺、記憶がないんで」
「えっ?」
 シャリン、とまた錫杖が音をたてた。
「記憶がない? うそでしょ。っていうか、もっと記事をよく読んでみてくれない?」
 冴島さんがタブレットをグッと近づけてくる。
 どうやら、ある企業の社長一家が、一度に消息を絶った、という話らしかった。社長をしていた企業が、社長交代をした後に記事が書かれている。どうやら、その一か月ほど前に消息を絶ったという事だ。
 この一家の話がどうしたというのだろう。
「はい。読みました」
「何か覚えはない?」
「いえ。何も…… しかし、これってちゃんとした記事じゃなくて、ネットの掲示板じゃないですか。俺、アイドルとか女子アナの記事ぐらいしか興味ないし」
 冴島さんは俺のおでこをパチンと指ではじいた。
「ほんとに、役に立たないわね」
「記憶がないんでしかたないでしょう?」
「一年以上前の記憶がないのに、大学ではどうしてるのよ?」
 俺はため息をついた。学校で何度も聞かれた話だった。
「いや、勉強した内容は覚えているんですよ。出来事を忘れてしまっただけなんです。幼稚園でどんなことがあったとか、部活でどうしたとか、知識は残っているんです。何故だかはわからないけど」
「そう。じゃあ、今の影山くんに言ってどうなるものでもないかもしれないけど、この記事の消失した一家……」
 妙に真剣で、暗い顔つきになった。
「なんですか、もったいぶって」
「影山っていうのよ。つまり、この消息を絶った人たちって、あなたの家族じゃないの?」
「えっ?」
 また袈裟をきた人形の錫杖が、シャン、と音をたてた。
 俺は目の前がみるみる真っ白になるとともに、思考できなくなって行った。
「あっ…… あっ……」
 自分の状況も伝えられない。
 体を支えることも難しくなってきた。
「どうしたの? どうしたの、大丈夫?」
 冴島さんの声が遠くなっていく気がした。



 気が付くと、目の前には低い天井があった。手を伸ばせば届きそうだ。
「気が付いたかい? もうすぐ病院につくよ」
 横から松岡さんの声がした。そうか車の中だ、と俺は思った。
 いつもなら助手席にいるはずだが、今日は俺が後ろのシートにいる。シートに横になっているのだ。
「俺、どうしたんですか?」
「詳しくは聞いてないんだけど、お嬢様と打ち合わせ中、突然立ち上がったかと思ったらフラフラし始めて、バタンと倒れたそうだ。もしかして、覚えてないのかい」
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「バイトの影山くんね。この扉の一つ左。一つ左の扉ですよ。今開けますから」
 俺はまた奥の扉に向かった。
 扉が開くものだと思っているが間違いなのだろうか。判断がつかないままじっとしていると、またカチャリ、と音がした。そうか、と思い俺は扉のレバーを押し下げようとした。
「あれ? やっぱり開かない……」
 ガチャガチャと何度もやってみるがビクともしない。
 俺は仕方なくインターフォンに戻った。
「冴島除霊事務所です」
「影山ですが……」
「いい加減にして。一つ左の扉よ。ほら、開けたから入りなさい」
 俺はそのまま体をそらして左の扉を見た。
「開いてないですよ?」
「……」
 インターフォンのランプが消えた。
 正面の扉が急に開いて、スーツ姿の女性が現れた。ショートカットで、金属フレームのメガネをかけている。
「扉は開きません。鍵をあけてるんです。あなたがレバーを押し下げて、扉を開けるんです。わかりましたか?」
 苛立ったような感じだった。俺は申し訳ないと頭をさげた。
 女性は指で左側の扉の方を指図した。
「あと、扉を開けないで時間がたつと自動的に鍵がかかるの。早く開けること」
 女性はそう言うと、目の前の扉が閉まって、インターフォンから声が聞こえた。
「今あけたから入ってください」
 俺は急いで左の扉に行き、レバーを押し下げる。ようやく扉が開いて、中に入れた。
「うっ?」
 つるピカ頭で、袈裟を着た人物がこっちを睨んでいた。俺は何も言わずにじっと見ていると、それが生きているものではなく、人形である事に気づいた。
「な、なんだ……」
 奥で扉が開く音がした。
「どうしたの? そんなところで固まって」
「……」
 冴島さんは袈裟を着た人形の肩をぽんと叩いた。
「ああ、これ? 私のおじいさんよ。冴島除霊事務所の創業者」
 冴島さんは衝立の先にあるテーブルに行くのを見て、俺もそれについていく。
 錫杖がシャリン、となった。
「えっ?」
 俺は袈裟を来た人形を振り返った。どう聞いてもそこから音がしたからだ。
「い、今動きませんでしたか?」
「あれ、創業者のおじいさんよ。もしかして挨拶してないの?」
「えっ、に、人形だと思っていました」
「……だって。だとしたらよく出来た人形よねぇ」
 冴島さんはまたおじいさんの肩をポンポンと叩く。
「えっ、でもピタッとして動かなかったですよ…… こ、こんにちは、はじめまして」
 冴島さんはテーブルに戻っている。
「おじいさん、こちらに座りませんか?」
 テーブルの方から冴島さんの笑い声が聞こえる。
「ほら、人形と遊んでないで、こっちに来なさい」
「えっ、に、人形? 騙したんですか? なんだ、やっぱり人形じゃないですか…… けど、さっきの錫杖の音は??」
 確かに耳に残っている。錫杖についている輪が鳴ったのだ。間違いない。
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