その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

2018年04月




 授業が終わると、学内の掲示板を見てバイトを探していた。テストの結果を考えると、バイトをしている場合ではないのだが、金がないとキャベツ生活だ。もしキャベツも買えなくなったら、俺って飢え死ぬしか無いのか。そう思うとぞっとした。
 掲示板にはやはりロクなバイトがなかった。カテキョとか、どいつもこいつも、なんというか地道なのだ。俺が探しているのは、除霊士の手伝いの合間、つまり短期で出来て、ガッツリ現金の入る仕事だ。まあ、学生にそんなバイトをすすめる大学があったら、その方が怖い気がするが。
「あれ? そう言えばそろそろ振り込まれるんじゃね」
 俺は、思わず声にだしてしまった。
 なら探さずともいいか、と俺は思った。金が振り込まれているなら下ろせばいい。
 俺は大学の学食につくと、振り込まれたバイト代を確認していた。
「あれ? オムライス代引かれてる……」
 あの人らしい。いかにも冴島さんらしい。けど……
 俺はスマフォに向かって叫んでいた。
「奢りじゃないの? ケチで、やさしい、いい人だけど、そこは、おごりじゃないの? ねぇ!」
 学食の周囲の人々から変な目で見られたのはいうまでもなかった。






 サーバールームのバイト

 
 部屋にはタバコをくわえた男が立っていた。男は黒いスーツに、黒いネクタイをしていて、暗い部屋にも関わらず、黒いサングラスをしていた。タバコは吸っても吸っても、光る部分が進んでいかない。
 扉が開くと、清掃員のような恰好をした女性が、掃除機を持って入ってくる。
「回収できたようだな。それはここに置いてくれ」
 女性はマスクをしたまましゃべり始めた。
「冴島除霊事務所の男ですが、あの影山と考えるべきだと思います」
「|べきだとおもいます(・・・・・・・・・)、というのはどういうことだ?」
「確実にあの影山家の人間かどうかを確かめられてはいません。あくまで接触した感じですが」
 黒いスーツの男の口元が歪んだ。
「君の『感じ』とやらに頼るわけにはいかないんだ。早く調べたまえ。そして、本当に影山家の長男だとしたら、我々の仲間に引き込むんだ」
「工事現場での状況ですが、おそらく冴島と契約しています。冴島の|命令(コマンド)が入るところを見ました」
「ふん。どれだけのレベルの契約をしたかしらんが、そんなのはどうとでもなる。問題はその男が本物かどうかだ」
「本物?」
 黒いスーツの男は、ため息をついてから、離し始めた。
「影山家の事件の後、影山家の長男を名乗るいかさま霊能者が山ほど現れた。俺も長男を名乗る何人かに会ったが、すぐわかるような低能だった」
「……であれば。冴島除霊事務所の男はすくなくとも低能ではないと」
「いいから戸籍でもなんでもいい。影山家とのつながりがあるか調べるんだ」
 黒いスーツの男は、追い払うような仕草をした。清掃員の恰好をした女性は頭を下げると、そのまま部屋を出て行った。



 俺は都心の高層ビルの高層階に呼び出されていた。エレベータを降りた廊下には絨毯がひかれていてまるでホテルのような静寂さがあった。いくつか立派な扉を通りすぎ、プレートがつけられている扉を見つけた。
 一呼吸おいて、扉の横にあるインターフォンを押すと、受け付けの女性の声がした。
「冴島除霊事務所です」
「か、影山ですが。冴島さんに言われて来ました」
「……バイトの影山さんですね。その扉の一つ左の扉です。今開けますから入ってください」
「はい」
 俺は廊下をさらに奥へと向かい、扉が開くのを待っていた。
 カチャリ、と小さい音がしたが、扉が開く様子はなかった。
 三、四分まったが扉が開く様子がなかったので、もう一度インターフォンのある扉に戻った。
「冴島除霊事務所です」
「影山です、扉が開かないんですが」
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 そんな馬鹿な、と亜夢は思った。

『亜夢。あまりに現実に即しすぎている。非科学的潜在力の奇想天外な部分を忘れている』
 ハツエはそう話しかけた。
『だから突然目の前に木の幹が迫った時に、回避できない。確かに科学的な理屈にしたがった方が効率はいいかもしれないが、非科学的潜在力が持つ力はそれだけではない。自ら可能性を狭めていることになる』
「ハツエちゃんが子供の姿であるように?」
 金髪の子供はうなずいた。
『白髪のババアが、こんな子供の恰好をしているのも非科学的潜在力じゃ。それにこんな風に』
 ハツエは両手を前に突き出して、手でボールを押さえるような恰好をつくる。
『見ておれ』
 ハツエが腰を落とすと、そこに小さな光の粒が集まって次第に大きく光り輝く球を作り出した。
「うわっ!」
 放たれた光球は岩に当たり、その岩を真っ赤に溶かした。
 陽炎が立ち上り、周囲が高温になっていることが分かる。
「な、なんです?」
『エネルギーの塊を投げたのじゃ。科学を応用しよう、という発想ではこんなことは出来ないはず』
 確かにこんなものは漫画かアニメでしか見たことがない。エネルギーというあいまいなものを塊にして投げつける。岩を溶かすほどの熱力を手と手の間に作り出したとすれば、手だって無傷じゃいられないはず。亜夢は信じられない気持ちでいっぱいだった。
『これだって亜夢が空気の流れを利用して体を飛ばしているのと大差ないことじゃ。ヒカジョのチカラはそもそも科学的ではない。だから非科学的潜在力、と呼ばれておる』
「私にもできますか?」
『できるじゃろうな。ただ、発想が科学的である限りこんなことは出来ない。この光球について言えば、|非科学的潜在力(ちから)もものすごく使う』
「……」

 ハツエとの訓練の時、見せてくれた技だ。
 それを、宮下はあっさりやってのけようというのか。さっきのライダーといい亜夢はテロリストたちとの|非科学的潜在力(ちから)の違いに圧倒されていた。
 あれを食らったら、私も燃えてしまう。亜夢はひるんだ。
「喰らえ!」
 放たれた光球はハツエのものよりは小さかったが、亜夢を倒すには十分な大きさだった。
 正面から向かってくるエネルギーの塊に、亜夢は呆然と立ち尽くしていた。
 避ける? 避けれない。きっと誘導してくる。じゃあどうすれば助かる?
『科学を忘れなさい。|非科学的潜在力(ちから)そのものを感じて』
 亜夢はトン、と後ろから肩を押されるように感じた。ハツエがそこにいるようだった。
 すると亜夢は右腕・右足を引き、タイミングを合わせてから上体をひねり右こぶしを突き出した。
「そのまま返すから!」
 突き出した拳が光球を砕き、いくつもの小さい光がはじけた。小さい光はさほど距離を飛ばないうちに輝きをやめ、消え去った。
「えっ…… 返せなかった」
 亜夢は予想と違う事態に戸惑った。
 宮下は前髪で片目みえなかったが、もう一方の目は驚いたように見開いていた。
「光球を素手で砕くなんて……」
 宮下は亜夢を見ず、どこかドームの天井の方に視線を泳がせた。
「はい」
 そう言うとまた手を開いて、亜夢の方へ向けた。
 もう一度光球を放つつもりだ。
 亜夢は撃たれる前に宮下を止めるつもりで、走り始めた。
 両手でかこった真ん中が光はじめ、大きくなると、それを放った。
「間に合わなかった……」
 亜夢はつぶやくように言うと、自らをめがけて飛んでくる光球に拳を突き出した。
 光球がまるで吸い込まれるように亜夢の拳にあたり、砕け、消えて行った。
 亜夢はそのまま走って、宮下の車椅子のひじ掛けを押さえた。
「捕まえた」
『マスター!』
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「すみません」
「ちょっと、責めているんじゃないの。質問に答えて」
 いや、表情は責めているとしか思えない。
「本当に何を言われた訳ではないんですが、ちょっと言いにくい感情が発生してしまって」
「欲情したってことね。はいはい。じゃあ、知り合いかどうかは?」
 冴島さんの怒っているような見開いた目が細くなった。まるでで、見下げたような、いや、軽蔑するような目つきになった。
 やっぱり言わなければよかった。俺は後悔した。
「知り合いかどうかは、確信がもてません」
「?」
 冴島さんは首をかしげて、まだこっちを見ている。もっと話せということだろうか。
「えっと、テントを張っていた場所で知り合った女性に似ている気がしたってだけです。まだ分からないです」
 また冴島さんの表情が変わって怒りモードになった。
「じゃ、その女性とやらは、ついさっき知り合ったってこと? 建築現場の仕事の時も、事務の女の子とイチャコラしてたようだけど、仕事まかせるたびに女性と知り合いになるってどういうこと?」
「いや、あの、俺が積極的に女性に声かけているわけでは」
「当たり前よ。依頼した仕事中なのにナンパされたらたまったもんじゃないわ」
「お嬢様」
 俺はびっくりして後ろを振り返った。そこに松岡さんが立っていて、冴島さんの黒い車がライトでこちらを照らしていた。
「……」
 冴島さんの怒りの説教がぴたりと止まった。
「お二人とも車にお乗りください」
 全員が車に乗ると、そのままトンネルを通った。
 そのトンネルはごく普通のトンネルに思えた。昼間に通った暗闇のトンネルとは思えないほどだった。トンネルを出ると、俺は降りてテントを片付けた。それらの間中、冴島さんは後ろの座席でガラケーで電話をしていた。
 帰る道中、冴島さんが食事にしましょう、というので、サービスエリアによった。
 俺はサービスエリアのフードコートに入って、メニューを眺めている時に松岡さんから声を掛けられた。
「よろしければ」
 松岡さんは両手でトレイを抱えていて、そこには銀色で半球になったカバーがかけられていた。
「え? 食事?」
 松岡さんはうなずいた。
「食べます、食べます。ありがとうございます。開けていいですか?」
 俺はカバーを開けると、中にはオムライスがあった。
「あっ、これ『地鶏親子のオムライス』ですか? あれって下り側のサービスエリアにしかないんじゃ?」
 松岡さんはニコニコしているだけだった。
「ありがとうございます」
 そのオムライスは非常においしかった。おいしいに加えて、わざわざ俺の為にあっちのサービスエリアから持ってきてくれたもの、という特別感がある。
 松岡さんが電話してくれたのだろうか。いや、車のハンドルを握りっている松岡さんには、そんなことは出来ないだろう。もしかして、冴島さんが電話していたのはこれだろうか。
 食べ終わって、車に戻ると俺は後ろを向いた。
「……」
「寝ていらっしゃるので、お声かけは」
「松岡さん、さっきのオムライスの件」
 松岡さんは微笑みながらうなずいた。
 やっぱり冴島さんが用意してくれたんだ、と思い、帰り道は感動しっぱなしだった。
 残りの生涯でオムライスを目にする度、冴島さんの顔が思い出されるに違いない。
 俺はそう確信した。
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 放してしまった清掃員はどんどんトンネルの奥へ入っていく。
「何やってんの!!」
 おじいさんの様子を確認していた冴島さんも立ち上がって、清掃員の女性を捕まえに行く。
 掃除機のノズルを振り回して、冴島さんをかわし、光の壁をすり抜けて奥へ入ってしまう。
「えっ?」
 清掃員は影に掃除機を向ける。光る壁はGLPが作り出したもので、おじいさんと霊を分離していた。光の壁の向こうに霊が捉えられている。
 すると、ものすごい轟音とともに回転が始まった。
「影が吸い込まれていく……」
「壁をすり抜けるっていうことは……」
 俺は冴島さんの隣に並んでいた。冴島さんは吸い込まれていく影を見ている。
「青鬼も回収されてしまったわね」
 清掃員の格好をした女は、霊を吸込む不思議な掃除機を持ってトンネルの反対側に走っていく。
 俺は追いかけようとするが、光の壁に阻まれてしまう。
「えっ? ここ通れません」
「そうね。さっきの清掃員は通ったのに」
「……」
 俺は冴島さんの言いたい意味が分からなかった。俺は通れなくて、清掃員は通れる。違いはなにか、という意味だ。男は通れないが、女は通れる? いや、違うだろう。何だ。俺と清掃員の違いって。
 冴島さんは倒れているおじいさんの手を握り、言った。
「もう青鬼のちからを借りることはできませんよ。おじいさん。かみくう村も変わっていかなければならないんです。昔の事件のことを忘れるためにも、変わる必要があるんじゃないですか」
 俺はなんのことかわからなかった。
「そう…… なのかもしれんの。お嬢さん、わしの代わりに工事関係の方に謝ってくれんかの」
 リニアの工事現場に向かう最短ルート。おじいさんは、トラックがかみくう村を通るのがいやだったんだ。それで霊のちからを借りてそれを行っていた、ということか。
「はい。さあ、立ち上がってください。あの土地も悪霊が消え、草や虫も出てくるようになるでしょう。ご心配なさらずに」
「草も生えなかったのはやっぱり悪霊のせいじゃったか」
 冴島さんがうなずくと、おじいさんは村の方を見つめた。
「ありがとうございます。わしは村に帰ります」
「さようなら、お元気で」
 おじいさんは冴島さんに深々と頭を下げると、かみくう村へと帰っていった。
 冴島さんがトンネルを振り返って、俺に手招きした。
「GLPを出して。この光の壁はもういいわ」
「?」
 俺は腕に付けているGLPを出して、光の壁に向かった。
「えっと、どうすればいいんでしたっけ?」
「マニュアル! マニュアル読んだんじゃなかったの?」
 冴島さんの指が俺のGLPに触れる。そしれ指先で軽くトントントン、とディスプレイ部を叩く。
 すると光の壁が出てきたときの逆にGLPに吸い込まれるように戻ってきた。
「おお! トリプルタッチで戻るんですね」
「影山くん。あなたに聞きたいことがあるんだけど」
「はい。なんでしょう?」
 冴島さんは俺の目をじっと見た。
「あの清掃員に何言われたの? なんでしっかり捕まえたはずなのに、あそこで放すの? 知り合い?」
「えっと……」
 除霊士である冴島さんは霊感が強いのか、言わないことまでバレている気がする。
 確かに耳元で囁かれたことで俺の気持ちが緩んだし、ちょっと前に知り合った女性の声にも似ていた。そのせいで、捕まえていた腕に隙が出来たのは否めない。
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 野球用のベンチに出ると、頭を下げてフィールドに近づいた。ベンチの部分は人質がいるフィールドより低くなっている。
 すこしだけ頭を上げると、人質はセンターの守備位置あたり、セカンドベースより後ろからバックスクリーンの方へ固まっていた。
 亜夢は人質の動きをじっとみていた。
 動きの規則性、動きの中心、特徴はないか。ただブラブラと集まったり、広がったりしているのではないなら、見ていればなにかわかるかもしれない。
 しばらく見ていたが、やはりわからなかった。亜夢は気づかれたか、とも思ったが、気づかれたのだとしたら、さっきのような思念波を使って浸食してくるだろう。
「……」
 亜夢はとりあえず、隊のリーダーに|思念波(テレパシー)を使って『ベンチに出て人質の観察をしている』ことを伝えた。
 亜夢はリーダーが何か返してくることは受け取らないことにしていた。受け取った情報が、亜夢を使ってバレた場合に隊全体を危険にさらすことになるからだった。
「あっ……」
 人質が、ライト方向、亜夢がいるのとは逆側の外野へ動き始めた。野球用のフィールドはレフトとライトにブルペンがある。そこに閉じ込めるか、またはそこを使って人質を移動させようとしているのか。亜夢は焦って階段につまづき、頭を上げてしまった。
「(まずい)」
 亜夢は小声でそう言った。頭を上げてしまったところを、人質集団にいる何人かに見られてしまったのだ。
 人質集団が一部分離して、三塁側のベンチへと動き出した。
 もしかすると、何人かの真ん中に非科学的潜在力を持ったテロリストが配置されていて、それを中心に人質が動いているのかもしれいない。中心から周囲の人質を|精神制御(マインドコントロール)しているわけだ。
 亜夢はブルペンに入っていく集団が完全に見えなくなったタイミングを見計らって、ベンチを飛び出た。
「そこにいるの?」
 人質の十数人がこちらをじっと睨んでいる。
 人質の、普通の人間の反応ではない。亜夢が予想したような、|精神制御(マインドコントロール)された状態とみるのが正しだろう。
「返事がないけど、そういうことね」
 亜夢が動くと、人質集団がそれに合わせるように動く。その集団の中心に、非科学的潜在力を持った人物が隠れているのだ。
『あなたヒカジョね? 早くここから出て行きなさい。でないと味方を呼ぶわよ』
 向こうからこっちは丸見えだ、と亜夢は思った。
 実際の動きと、|思念波(テレパシー)で見える世界から探り出せる。こっちは相手の姿が見えず、どれがその人物かを特定できない。亜夢は左右にフラフラ動きながら、隠れている相手を見つけようとする。
「なぜ出ていかないといけないの」
 一番人が集まっているところの、その向こうにいるはずだ。亜夢は飛び上がってっても見たが、見えなかった。
『ヒカジョは私達の仲間だ。仲間を失いたくない』
「仲間じゃないわ。潜在力のない人を人質にしたり、傷つけたりするのは仲間じゃない」
 亜夢は言いながら細かく左右に動いて、敵を特定しようとする。
『彼らに虐げられて、ヒカジョに通うことになったのに? 彼らの干渉波なんて出さなければ、共存できたかもしれないのに、彼らはそれをしようとしない』
 同時に亜夢はジャンプした。加えて超能力でアシストして。
「宮下加奈」
 亜夢が着地すると、人質が左右に分かれた。
 その奥から、車椅子の女性が亜夢の方に進んでくる。
 車椅子の女性は、亜夢を睨んだ。
「従わないなら、殺せと言われている」
「そういう指示にあなたは従うのね、宮下さん」
「名前を呼ぶな」
 そう言うと、宮下は何かを包むように手を形作った。
 宮下の顔が青白く照らされた。
 両手の真ん中辺りの空間が、光り始めていた。
「光球……」
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 ザラザラの壁を伝いながら、トンネル内をはしていると、ぼんやりとトンネルの入り口が見えた。
 俺は立ち止まって、スマフォをかざす。
「外はダメか……」
 トンネルの内側からは大きな鬼が迫ってくる。
 俺は一か八か、GLPにタッチする。さっきの壁は再び使えるようになっている。鬼の方に狙いをつける。
 鬼はトンネルの天井すれすれまで拳を振りかぶる。
「今だ!」
 GLPをタッチして『助逃壁』を発射する。光る壁が前方へ繰り出される。鬼の足先がその壁に触れると、壁のこちら側はおじいさんの足に変わる。壁が進んでいくと、おじいさんの体が壁のこちら側に現れ、光る壁の向こうに何やらうごめく青い影が見える。
「やった!」
 霊体とおじいさんを分離して、壁が霊を向こう側へ押しやったのだ。
 霊から開放されたおじいさんはそのまま膝をついて倒れた。
「うっ……」
 よろこんだのもつかの間だった。村のひら地から追ってきた霊が、俺の首を締めていた。
「……」
 スマフォをインカメラに切り替え後ろの様子を見ると、一つ二つではない、無数の霊の影が見えた。ダメだ…… 苦しくなり、膝をついた。さっきは一つだったからなんとかなったが。この状態ではもうだめだ。俺は絶望した。
 その時、スマフォの画面に見覚えのあるシルエットが見えた。
「諦めたらそこで試合終了よ…… ってマンガで読まなかった?」
 さ、冴島さん!?
 苦しくて声には出せなかったが、俺は必死にスマフォでその姿を探した。
 スマフォに映る冴島さんは、指を組み合わせながら、小さく声に出す。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」
 冴島さんが手のひらをこちらに向けると、スマフォに映っていた影、つまり、かみくう村から追ってきた霊達は、霧がはれるように消えていった。
 そして俺の首を絞めている手もなくなった。
「大丈夫だった? 影山くん」
 冴島さんは俺の肩に手を乗せた。
 俺は目の前で倒れているおじいさんを指差した。
「俺より、おじいさんを助けてください」
「ん? もしかしてトンネルの霊は『青鬼』だったのね」
 冴島さんがおじいさんの様子を見に、トンネルの中に入っていく。
 すると俺の後ろから、掃除機のようなモーター音が聞こえてきた。
 振り返った冴島さんが言う。
「影山くん、その女を捕まえて」
「えっ?」
 どこかで見たような掃除のおばさんが掃除機を引っ張りながらトンネルへ走ってくる。いや、清掃員のような格好でマスクをしているから実際の年齢はわからない。俺は言われた通り、とにかくその女の人を捕まえようと手を広げた。
 清掃員はフェイントをかけて、俺の脇を通り抜けようとしたが、伸ばしていた腕に引っかかった。
「捕まえ……」
 腕が絡みつくように清掃員を捕まえると、一気に顔と顔が近づいた。清掃員のおばさんのマスクと帽子の間にある目と少しの肌ツヤはおばさん、とは思えないほどきめ細かく、いい匂いがした。
 清掃員はマスクで隠れた口を俺の耳元に寄せると言った。
「やんっ……」
「!」
 俺は不覚にも…… いや、その声で罪悪感を手を放してしまった。マスクのせいか多少印象が違っていたが、聞き覚えのある声だったことも原因だった。
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 スマフォの映像に複数の影が映った。もうすぐ俺たちに気付いてしまうだろう。
「わかりました」
 俺とおじいさんは、トンネルの中に入った。外も暗くなっていたが、明かりのないトンネルの中は本当に暗かった。壁をつたいながら前に進む。入ってきた方を映しているスマフォの画面には、チラチラとノイズが入るだけでももうトンネルの入り口の明かりすら捉えられなくなっている。
「おじいさん、どこまで進むんですか」
「もうすこし行った先に……」
「もう少しって……」
「……」
「もうすこしってどれくら」
 急に立ち止まったらしく、俺は、ドン、とおじいさんにぶつかってしまう。ぶつかった拍子に、バサッと音がして触れていた体がなくなった。
「ごめんさい。大丈夫ですか?」
 俺はおじいさんが倒れたと思って、しゃがんで周囲を探った。
「おじいさん?」
 床はアスファルトではなく、コンクリートのようだった。一部が濡れていて気持ち悪い。壁沿いに探していたが、一向におじいさんが見つからないので、壁を離れ、トンネルの真ん中へと移動した。しかし、そこにも倒れたおじいさんの体に触れることはなかった。
「おじいさん!」
 大声で叫んだが、声は響くどころかどこかに吸い込まれるようだった。トンネル内には異空間が開いている…… 俺の頭には一瞬そんな考えが浮かんだ。
『ここだよ』
 聞こえてきたのはおじいさんの声に思えた。
「おじいさん?」
 何も見えない闇の中で、俺はよろよろと立ち上がった。いや、もしかしたら、よろよろしていなかったかもしれないが、暗くて前後左右が見えない状況から壁に触れずに立ち上がるのは、不安がともなった。
「灯りをつけていいですか」
 俺はスマフォを正面に向けた。
『やめろ!』
「えっ?」
 スマフォに真っ青で、ブヨブヨした肌が映った。目に見えるほど大きな毛穴から、太く黒い毛が生えている。そのまま下へ動かすと、足の指が見えた。おそらく最初見たのは『すね』だろう。
『やめろ!』
 俺は怖かったが、スマフォを上へと向けた。青い肌が続き虎柄のパンツ、裸の上半身……
「お、鬼!」
 鬼としか表現できない生き物だった。トンネルの天井につかえそうなほどの長身。角が生えていて、鼻の上に大きな目が一つだけあった。子供のころ、昔話の絵本に出てきた鬼そのものだ。
『やめろ!』
 スマフォに映るその鬼は、拳を振り下ろすところだった。俺はとにかく後ろに飛びのいた。
 何に躓いたわけでもないが、俺は床に転がっていた。スマフォのライトをオフにした。
『なんてことをしてくれたんだ……』
「まさか?」
 鬼の姿があって、おじいさんの姿は見えなかった。ということは、つまり……
「まさか、さっきの鬼が、おじいさんなんですか?」
『知られたからには、生かして帰すわけにはいかん』
 俺は必死に床を這った。まずは壁と思われる方へと進む。そして壁に触れたら立ち上がって、壁沿いに走る。
『逃げてくれ。人を殺すことは本望ではない』
 後ろからそう言うおじいさんの声が聞こえた。身体が鬼になってしまっても、おじいさんの心がまだ残っているのだろうか。
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「わしは…… 霊に殺されても仕方ないんじゃ。だから、あんたは逃げろ」
 GLPから飛び出していった光の壁が、だんだんと暗くなってきた。すると、壁にとらわれていた霊が動き始めた。
「あっちの壁もそろそろやばい。早く行きますよ。話は逃げてから聞きます」
 おじいさんの腕をがっちりと掴んで引っ張り、トンネルの方へ行く道へ走り始めた。
 霊は俺たちをしつこく追ってくる。
 引っ張られるおじいさんも、逆に引っ張っている俺も足を取られて転びそうになる。
 逃げ回っている間、黙っていたおじいさんが、突然、こう問いかけてきた。
「あの幽霊どもは、かみくう村のひら地にいたんじゃろ?」
「そうです」
「やはりな。もう十数年前になるか。ひら地の大部分を持っていた大地主が亡くなっての、息子に相続したんじゃよ。息子は大学生で、このひら地の価値など分かっておらんかった。一年もすると、ひら地のあたりによそ者がやって来るようになって、奇っ怪な建物を立て始めた」
 俺の中の記憶に少しだけ引っかかりのある内容だった。
 過去、大きな事件があった建物のことだ。
「高齢化していた村に若者が入ってきた。最初は村人も喜んだんじゃ。しかし、昔からいたわしらとは何も関わろうとせん。だんだん気味が悪くなって、村によそ者を入れてはいかん、と皆が言い出し始めた」
 宗教的な実験の場だったと聞く。
「元々はわしらの村じゃったのに、そいつらが我が物顔でうろつきまわるせいで村は変わっていった。あるものはノイローゼのようになり自ら命を絶ってしまうし、まだ体の動くものは村を捨て、出て行った」
 おじいさんは家のある方向を向いた。
「都心で大規模なテロがあったろう。あれの為の実験をしていたんじゃ。奇っ怪な建物の中での。警察が何度も来て中を調べておった。その間にもどんどん村人はここを去っていった」
 都心での大規模テロ。確か、地下鉄を狙ったやつだ。警察の発表ではこの建物で銃を作っていたと言うが、確か、ここ、かみくう村での霊的動物実験を利用した怪物よる事件だった、という噂もある。
 村の名前で思い出したのはカレンダーの情景だけはなかったのだ。
「そんな事件のせいで、村を出ていったものは戻ってこん」
「奇っ怪な建物は、今はないじゃないですか。大丈夫、もうそんな事件は……」
 スマフォに影が映り始めると、俺はおじいさんの手を引いた。
「今はもうない。けれど村人は帰ってこない。お前さんも、リニアの工事が始まったことを知ってるだろう。村の者をここに戻すには、これ以上、この村によそ者を通すわけにはいかないんじゃ。静かなかみくう村にもどさにゃいかんのじゃ」
「だから。だから、工事のトラックがここを通ることを拒んだ」
 じいさんはうなずいた。
「そういうことじゃ」
 しばらくまた歩いて、トンネルの前まで逃げてきた。
 トンネルの前まできて、俺は立ち止まった。
 反対におじいさんは、トンネルへ入ろうとして立ち止まる。
「ほら、こっちにこんか?」
「おじいさんも言ってたじゃないですか。トンネルに入ったら、死ぬって」
「……ああ、ゆうたが、このままじゃさっきの『影』に見つかって絞殺されてしまう。トンネルの中に入れば、霊もわしらを見ることができんじゃろう」
 おじいさんのその言い方から判断すると、やっぱり中には…… 俺は言った。
「中に霊がいることには変わりないんですね?」
「……正直に言おう。トンネルの中の霊はわしが降霊したのじゃ。このトンネルを通り抜ける者がないように」
 いや、俺は通り抜けたんだが、と言いかけてやめた。
「じゃから、この中の霊はわしを襲ったりはしない」
「けど、俺は?」
「わるいようにはせん。ここまで逃げてこられたのはお前のおかげじゃ。悪いようにはせんから」
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 俺が引きとめようとしてつかんだ腕を振り切るように山道を登っていく。
「違うんですおじいさん、ひら地のところからたくさんの霊が」
「……」
 おじいさんは俺の言葉に反応して立ち止まり、振り返った。
「ひら地じゃと」
「水車小屋のある小川が流れているあたりのことですよ。草も生えないひら地」
「……」
 何か言いたげだったが、おじいさんは振り返って村へとあるき始める。
「とにかく今はだめです。もう少しあとにしないと」
「わしの村じゃ。わしの家もある。ひら地は通りすぎるだけだから問題ない」
「……」
 俺がついていって、スマフォの映像を見せるしかないか、と考えた。さすがにあれを見れば納得するだろう。
 俺が後をつけていくと、おじいさんは時折止まっては振り返った。
 林を抜けてひら地に出る頃、俺はおじいさんの前に回り込み、手を広げて止めた。
 そしてスマフォを取り出して、カメラのモードにする。
 最初は林のなかや、山の方を見せ、影や何かが出ていないことを確認する。それが終わると、今度はひら地へカメラを向ける。黒い人影のようなものが映る。まるで人のように手足が動いているように見える。
「……」
「これが霊です」
 俺が言うと、おじいさんはスマフォを払いのける。
「こんなもんゲームかなにかなんじゃろ」
「違います! 信じてください」
 俺の制止を振り切ってひら地の中の道を進み始める。
 スマフォで影を確認しながら、俺は一方でGLPの|竜頭(りゅうず)を回しお助け霊を探した。
「ん? 『助逃壁』ってあるぞ。これかな?」
「ぐぁっ!」
 おじいさんが、首を絞められたかのように自分の首に手をかけている。
 さっきの俺と同じだ。
 GLPの上で指を滑らせ、おじいさんの方へ払う。
 すると、光る一枚の畳ほどの大きさの壁が、スッと飛び出して、おじいさんをすり抜けて行き、ひら地に立った。同時に、その畳ほどの壁におじいさんの首を絞めていた影が弾き出されていた。
「おじいさん、大丈夫でしたか。これでわかったでしょう? いなくなるまで逃げないと」
「わしがかみくう村を捨てるわけにはいかんのじゃ」
 俺はスマフォの画像を示す。
「これだけの量の霊を相手にそんなこと言っている場合ですか。早く逃げますよ」
「……」
 肩をかしておじいさんを立ち上がらせ、山道の方を振り返ると、そこには霊の影がたくさん回り込んでいた。
「こっちの道を塞がれた」
 俺がスマフォをかざしながら、逃げる道を探していると、おじいさんが俺の腕をとった。
「こっちじゃ」
「こっち? 逃げるところがあるんですか?」
「トンネルの方に下る道がある」
 逃げる気になってくれたのか、おじいさんが指をさす。
「いきましょう」
「……」
「どうしたんですか? 逃げないと霊に殺されてしまいますよ」
 おじいさんは、下を向いたまましゃべらない。
「はやく! 逃げますよ。ここにいたら助からない」
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 一人が亜夢に話しかけてきた。
「ちょっと興味があるな。思念波で見える世界からは、人質の集団は見えないの? 見たらどう見えるの?」
「集団という形でみることは出来ないんです」
「どういうこと?」
 質問をしている隊員は首をかしげた。
「上手く表現できないんですが、各フロアの一人ひとりいる状態のビルで、一階にいるのに二階の人や三階の人が見えないのと一緒です。目で見える行動と、各フロアを動き回りながら、これだ、って見なきゃいけないんです」
「集団を一度にみることは出来ないということか」
「それと、そのビルには全世界の人間がいます」
「は?」
 おそらくその規模の途方もなさにびっくりしたのだろう。
「なら探せない」
「探せるんです。他の感覚の補助があるから」
「……」
 何か考えているようだった。
 言葉をまとめ終わったようで、話し始めた。
「匂いがこうなら、この部屋とこの部屋。見た目がこうなら、この部屋とこの部屋のように調べる対象を絞れるということか。もしそうなら、情報が集まるだけ集まるといい。触れればさらに感覚情報が増えて、対象が減るわけだから」
「そういう感じです」
 亜夢は付け加えることはない、といった感じでそう言った。
 その内容が、亜夢がしていることに近い表現だった。
「!」
「乱橋? どうした?」
 亜夢は美優にアクセスした。
 何もない空間に、小さな影だけがある。その中に入らないと、彼女は出てこない。
 亜夢は自分の姿をそこに作り出そうとするが、そこにたどりつけない。
『どこ? 今どこにいるの?』
 黒い穴のような影は答えない。その先に美優はいるはずなのに……
 亜夢はヤドカリの感覚を借りたように、美優の視覚や聴覚に割り込もうとした。
「うっ……」
 亜夢は入り込んでいた思念波で見える世界から、現実に引き戻された。
「おい、君、どうした?」
 隊員はガーゼを切って亜夢に渡した。
「?」
「鼻血が出ているぞ」
 亜夢はガーゼを受け取って鼻を押さえた。
「いま、いきなり殴られた」
「確かに、顔がぶれたように見えたけど」
「思念波で、しかも美優を経由しているのにこんなことが出来るなんて……」
 恐ろしい。しかし、ならばなぜ攻撃してこないのか。こんなに力があるなら、|精神制御(マインドコントロール)の対象も、美優じゃなくて、直接私でもいいはずだ。亜夢はそう思った。亜夢を直接攻撃しない理由がなにかあるのでは、と疑い始めた。すべてにおいて力が上、という訳ではないのかもしれない。
「こちらの位置が知られたとかはないのか?」
「知られたかもしれません。なので……さっきのことを実践しましょう。私は直接フィールドの人質の様子を見てみます」
 危険な作戦であることは間違いなかった。
 けれどこちらの位置がばれてしまったとすれば、亜夢がいるだけで逆探知されてしまうのだとしたら、もっと大勢を犠牲にすることになってしまう。
「死ぬなよ」
 亜夢が完全に隊を離れてから、リーダーが新たな位置を指示して動き始める。
 亜夢は一般客の通路に出て、スタンドを通ってフィールドに降りることにした。
 内野のフィールドは高くまでネットが張ってあって、降りることが出来なかった。
 亜夢はまた中に戻って、三塁側のベンチへ抜ける扉を探した。取っ手に触れ、鍵がかかっている場合は、非科学的潜在力を使って、反対側のサムターンを回して解錠した。
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ブラウザにHeartRails Capture とかあるのはbot?

はぁ…… 読まれている、というわけではないのか。

どこかに複製を取られている、ということか。何につかうんだろうね。 



あと、関係ないけど

ここで、なろうのこととか書くと、業者がメッセージ書き込みにくる。

業務としてそういう単語を日々検索しているんだろうね。

……ね。


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「そんな馬鹿な」
 俺のつけている○ップルウオッチのようなGLP(ゴーストローンチパッド)には霊が見えるような機能はない。だとしたら、このスマフォで見える人影はなんなのだ。
「それに……」
 かってにくる身体の震えが、俺に考えを言葉にさせた。
「なんだ、この圧迫感は。いるんだな。何かそこにいるんだろ?」
 俺はもう一度スマフォを顔の前に持ってくる。小川と水車小屋が映っている。人影は見えない。
「どこだ、どこにいる?」
 スマフォを右左に向け、何か映らないか確かめる。
『おい、お前は俺が見えるのか?』
 とっさに声がする方を振り返る。向けたスマフォの画面には影は映っていない。
「!」
『ここだ』
 とっさにスマフォを操作してインカメラに切り替える。
 俺の首を締めている手が見える。
「くっ……」
 その手をほどこうとして、スマフォを落としてしまった。
『俺に触れれるわけがなかろう』
 確かに、首は絞まっていくのに、絞めている手に触れることができない。
「な、ん…… で……」
 身体をくねらせ、後ろにいる何者かを振り落とそうとした。しかし、何も振り落とせない。そもそも重量を感じていない。どうにもならず、倒れ込む。俺は仰向けに空を見て、足をバタバタさせているが首にかかる手は外れない。
 俺は不思議と、父、母の姿を思い出した。俺の頭をなでている父の笑顔。ただ顔はやたらぼんやりしてるな……
 父も、母も口がゆっくり動く。しゅくふくされてる、おまえはしゅくふくされているんだ、確かそんなこと言っていた。
 こんなの、もう何年も思い出したこともないのに。くるしい、もう死ぬ、そういうことなのか。死ぬ時に、これまでの人生が走馬灯のように思い返されるというが、これがそうなのか。走馬灯ってなんだか知らんけど、もっとたくさん思い出されるんだと思ってた。
『なんだと!』
「うぇっ……」
 絞めていた手が外れた。
 俺は息をなんとか始められた。スマフォを拾い上げた。その辺りにも、別の黒い影が映っているように見えた。最初の影以外にもいるということだ。それは自分の直感とも一致する。まずい。この場にはたくさん霊がいるんだ。殺されちまう。俺はそういう思いで必死で立ち上がり、走り出した。逃げないと……
 早く逃げないと、この場にいるんだ。何か、霊がこの場にいるんだ。殺される。このままでは。なんだ、思考がまとまらない。
 足が絡まりながら、この何もないひら地を走る。
 このまま来た山道を使ってテントまで逃げる。それしかない、と俺は思った。
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「はい」
 俺はおじぎをして「行ってきます」と言った。
 おじいさんは畑仕事をしながら、ちらちらとこちらを見ているようだった。
 トンネルの脇から山道を上がっていくと、ところどころ、赤いちいさな布キレで印がしてあった。道を見失ったときはこれを探せという事だろう。道と行っても、しっかり杭などがうってあったりするわけではなく、草の生え方が微妙に違う程度で、獣道のレベルだった。
 流れ出ている水で濡れているところもあり、滑ったり踏み外したりしないよう、ずっと下を向いてあるいた。
 くねくねと曲がる道を上り切ると、今度はずっと下りになっていた。
 下りの道は横がそのまま谷になっていて、谷からは水の流れる音が聞こえた。ここにも小さな川があるようだった。
 下りの道が終わると、大きくカーブして、その先で林が終わっているようだ。
 俺はそこまでたどり着くとスマフォを開いた。電波が届かないらしかった。たしかトンネルの出口についた時もそんなだった。この周辺にはアンテナがないのだろう。
 林を抜けると、あたりは開けていたが田んぼでも、畑でもなかった。
 かといって雑草が伸びきっているわけでもない。雑草を誰かが手入れしているようすもない。
 砂地でもない。除草剤でも撒いているのか、そういう理由によって、草が生えなくなっているに違いない。
 俺はカレンダー以外に何か『かみくう村』の情報があったような気がした。
「なんだっけ?」
 何で見たのか。
 新聞か、教科書かなにかだ。とにかく何か『事件』と結びついていた気がする。
 俺は道をまっすぐ進んでいくと、山裾で少し高くなっているところに数件の家を見つけた。そこが村だろう。
 階段状に積んでいる石をあがると、家があった。
 家を囲む塀も、表札もない。俺は踏み込んでいった。庭には軽トラックが置いてあったが、荷台が錆びきっていた。
「動くのかなこれ?」
 少し回り込むとそれが動かないことが分かる。後ろのタイヤが外れているのだ。
 家に近づいてみると、遠くから見ていたときには気づかなかったことがわかる。扉はきっちりしまっているのではなく、少し開いている。二階の窓ガラスは割れたまま、何も補強されていない。
「人が住んでいないのかな」
 流石に玄関を開けて呼ぶのは気が引けた。少しだけ庭側の窓をみたが、雨戸が閉まっていてやはりそこからも人が住んでいる感じがしなかった。
 さらに坂を上がっていくが、人とすれ違うことがなかった。
 人の声とか、気配というものが感じられなかった。だが、全てが廃屋というわけでもなさそうだった。人が住んでいてもおかしくないような家もある。そのなかのどれかに、あのおじいさんも住んでいるのだろう。
 俺は一通り村の家を見た、と思ったが、川沿いの水車のことを思い出した。坂の上の方に来ていたので、どこだろうあたりを見回していると、坂を降りた低い所に水車小屋があった。
 そこからみると如何にも小屋であり、人が住んでいるとは思えない作りだったが、カレンダーで見ていた風景でもあり、下りていくことにした。
 下りていく間、俺は考えていた。
 なぜ人の気配がしないのか。トンネルの反対側までおじいさんが下りてきて畑仕事をするのはなぜなのか。
 この草も生えていない空き地は何なのか。それらに何か共通することがないか、この疑問を解く鍵はなんなのか。そんなことを考えながら小川の横にある水車小屋についた。
 スマフォを構えて水車小屋の写真を撮ろうと構図をさぐっていると、画面になにか妙な影が通り過ぎた。
「?」
 スマフォを下げて、あたりを見回す。動くものは何もない。小川が流れている。水車は止まっている。それけだ。俺はもう一度スマフォを顔を前に戻すと、水車の前に何か影が見える。
「!」
 慌ててスマフォを下ろすが、そこには何も見えない。
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「……」
 腕を組んでリーダーが何か考えている。
「一瞬で済むこと。何か仕掛けて行ったのか」
「たぶん」
 男たちが急にあわただしく動き始め、装置の下や、裏を探し始めた。
「爆弾のようなものではないと思いますけど」
「……ここに二人残して、後はスタジアムの状況を確認するため、上のフロアにあがるぞ」
 リーダーが言うと一人はもくもくと部屋を探しつづけ、一人は扉の外に立って銃を構えた。
 亜夢はリーダーについて、緊急用の階段を使ってスタジアムの端、一番高い場所へのぼっていく。
「警備室は無事だったんですか?」
「無事だ。警備室で見れる監視カメラの映像も、実はテレビ中継室からみることが出来るらしい。だからそこを押さえたんだと推測したんだが」
 ドームスタジアムの観客を人質にしているからには、どこからか監視しているはずだ。そうしないとどこからか逃げられてしまう。
 客席に出る箇所から、少しだけスコープを出して、スタジアムの様子を見た。亜夢もその映像を見た。
 どうやら人質となった人たちは観客席からフィールド部分に下ろされ、集められているようだった。
「フィールドに集めていても、どこからかは逃げられてしまいますよね。どうやって統制しているんでしょう」
 亜夢がそう言うのも無理はなかった。
 誰か高い位置に立って声をかけているわけでもないし、集団に先頭となるような人もいない。中心に立っている人間がいるわけでもない。ヒツジはいれど、犬も羊飼いも存在しないのだ。それなのに集団が解散しない、というのはおかしい。どこからか監視・統制されているはずだ。
「……」
「外から追い立てているのでないとしたら、内側でしょうか?」
「人質の中に入っているということか。だが、監視の及ばない外側の人間はどうする」
「そう…… ですよね」
 亜夢はスコープから送られてくる映像をじっと見つめた。
 集団の外側がばらけず、まるでおしくらまんじゅうをするかのように、集団をまとめている。外側の人にもなにか統制がかかっているのだ。非科学的潜在力をつかったとしてもこれを長い時間やっていれば疲れてしまう。
「テロの要求はどういうものなんですか?」
「国際刑務所に収容中の非科学的潜在力をもった仲間の解放。それと非科学的潜在力に対する差別行為を即刻中止すること。やつらは具体的に干渉波の停止、と言っている。公には非科学的潜在力を持った人間にだけ働く干渉波があるなんて事実は知らせていないからな。それを差別の中止、と言い換えている」
「干渉波の件だけなら、私もテロ側に付きたいくらいです」
 リーダーはものすごい形相で睨んだ。その様子から亜夢は拳が飛んでくるような錯覚を覚えた。
「……」
「すみません」
 状況を変えて行かないと事態が悪くなる、と思い亜夢は提案した。
「私がグランドにおりて、人質の様子をみてきます」
「状況が分かってないんだぞ」
「けど、こうやって見ているだけでは分からないじゃないですか」
 亜夢はリーダーの頭に|思念波(テレパシー)で話しかけた。
『グランドの状況は、これで伝えることができます』
「なに?」
「テレパシーです。とりあえず、リーダーには送れますから。このドーム内は干渉波がないので、テレパシーは届きますよ」
 リーダーは恐れているのか、驚いているのかはわからなかった。直接脳に話しかけられる感覚は、されたものでなければたとえようがない。
「俺を特定した? というのか」
「しばらく皆さんと行動していて、思念波で見える世界と比較して、丸なのか四角なのか三角なのかって。それでリーダーがどう見えるのか覚えただけです」
「間違えて他人に送ったりしないのか?」
「干渉波がなければ大丈夫ですよ」
 リーダーは黙って何か考えていた。
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 俺のモテ期はまた来なかった。
 それにしてもさっきのトンネルの中のたくさんの顔は何なのだろう。美紅さんはトンネル内に|あれ(・・)がいるのを知っているようだった。でなければ、瞬間的に反応するわけがない。

『あっ、それ、ダメ!』
 美紅さんが振り返った。
 その背後に、前髪のない、お面のような顔がいくつか浮かんでいるように見えた。
『早く消して!』

 すこしカマをかけて、このトンネルの何を知っているのか聞き出すべきだった。
 トンネルに入ろうと言い出したのも美紅さんだ。絶対に何かを知っていて誘い出したはずなのだ。俺がLEDを付けるまでは……
「お前。どこのもんだ?」
 一瞬、姿が見えなかった。
 足元、と言ったら失礼だが、それくらい背が低いおじいさんだった。
「街から来たんですよ」
「さっき見とったが。もうトンネルには入らん方がいいぞ。今、この中で何が起こっとるか、地元の|者(もん)もわからん。みんな恐れて山を回っとるからの。ええか。死ぬなよ」
 おじいさんは、山を迂回する道を何本か指し示した。
 一つは昨晩、車で走った道だった。もう一つは、トンネルの脇を登っていく山道だった。こっちは人の歩く道のようだ。
「けど、入ったら、し、死ぬんですか?」
「……わからん。みんな恐れておる。恐れておれば死んでもおかしくない」
 おじいさんはそう言うと、テントの脇を抜けて畑の方に入っていく。
 村以外の者への『脅し』なのだろうか。俺はおじいさんの後ろ姿をみつめた。
 スマフォで地図を開き、山道を抜けるとどこにつくかを確認した。こちらとはトンネルの反対側にいけるようだった。そこには『かみくう村』と書かれている。
「かみくう村?」
 俺は思わず声に出してしまった。
 畑の方から視線を感じる。
 そっちをみると、おじいさんは視線をそらす。
 畑の方に進みながら、おじいさんに声をかける。
「おじいさん、かみくう村の方なんですか」
「……」
 俺は山道をゆびさして、言う。
「あの山道を抜けていくと……」
「ああそうだ。それがどうした」
 俺はさらにおじいさんに近づいていった。
「山道を通ったら、どれくらいでつけますかね。かみくう村に行ってみようと思うんです」
 おじいさんは顔をしかめて言った。
「お前は、リニアの工事関係者だろう。そんなヤツが村に入れば『たたられる』ぞ。|祟(たた)られれば死ぬんだぞ」
「ちがいますよ。写真を撮りたかったんです。昔、カレンダーにかみくう村の写真があって。たしか、大きな水車が……」
 おじいさんの表情からは疑いが晴れていないようだった。
「今水車は止まっとる。あれは秋に動かす」
「そうなんですか。聞いてよかった。けど、綺麗な景色の村ですよね」
「……」
「行ってみたいんですが。どれくらいかかりますか?」
 おじいさんの表情が少し柔らかくなった。
「わしなら十分もあればつくが、都会もんなら倍はかかるじゃろうな。迷うからな。山道は目印の赤い布がつけてある。どこが道か分からんかったら、赤い布を探せ」
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「見えた? 何か見えたのね?」
「美紅さん?」
 柔らかいからだを押し付けてきた。しかし、トンネル内の闇で何もみえない。ただ柔らかくて、いい匂いがする、それだけだった。
「!」
 俺は自分だけが気持ちよくなっていることに気付いた。
 触れている体が、小刻みに震えている。美紅さんは恐怖を感じているのだ。
「助けて……」
「美紅さん、そこに何かいるんですか?」
「わからない、わからない、わからないの…… 助けて。ここから出して」
 俺は腕を伸ばし、トンネルの壁に手を触れた。
「今来た方に戻ればいいはずです」
「たすけて……」
 トンネルに触れている方とは逆の手を、美紅さんの肩に回す。
 すこしずつ、ゆっくりと壁を伝いながらもどる。すると、その明かりが見えてくる。
「ほら、出口ですよ」
 俺は美紅さんの方を振り返るが、美紅さんは両手で顔を押さえている。
「見えますか?」
「たすけて……」
 俺は美紅さんの様子が変だと思いながらも、そのまま壁伝いにトンネルを抜けた。
 一人で歩こうとしない美紅さんの肩に手をかけ、言った。
「ほら、もう外に出ましたよ?」
 ぶるっと体を震わせ、美紅さんは顔を覆っている手を下げる。透きとおるような白い肌に、真っ赤な口紅の唇。内向きに軽くカールしたショートボブ。
 美紅さんは自らの手をじっと見つめると、服の汚れでもきになるのか、腕や肩、胸、足を確認するように見回した。
「どうしたんです?」
「何かがかかったのかと思って」
「なんですかね?」
「蜘蛛の糸かなにかが……」
 美紅さんはスマフォを取り出して何かを確認していた。
「あっ、ごめんなさい。急用を思い出して。私帰らないと」
「えっ? 歩いていくんですか? タクシーでも呼ばないとどこへも行けないですよ」
「……だ、大丈夫よ。あっちの先の道で、車で待ち合わせてるの」
 美紅さんは、俺が冴島さんの車に乗せられてきた道の方をさす。
「せっかく車なら、こっちまで来てもらえば?」
 美紅さんは首を振る。
「本当にごめんなさい。泊まるなんて言ってたのに」
「……あっ、それ、あの、本気にしてよかったんですか? 今は俺もバイト中なんでここを動けないけど、街に帰ったら会えませんか? よければ連絡先を……」
 美紅さんは微笑みながら、手を振った。
「大丈夫。そんなことしなくても、また会える気がするわ」
「そ、そんな…… 俺がイケメンじゃないから教えたくないだけじゃ……」
 美紅さんは俺の手を取る。
「私達の縁を信じましょう? ね?」
 そして踵を返して、去っていく。
「さようなら」
 俺が手を振ると、振り返って手を振り返してくれる。
 俺は姿が見えなくなるまで見送った。
「はぁ…… なんだったんだ」
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