その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

2018年05月

「確かにそのあたりに表札があった気がします」
 記憶の中ではハッキリと読むことが出来ていた。そこには『影山』と書いてあった。
「私も解析機の映像を見た時はちゃんと書いてあったと思ったんだけどなぁ」
 中島さんは諦めたようにこちらを振り向いた。
「どう? 何か思い出すことは?」
 あの時、俺が解析機にかけられていた時、この奥の建物を見て恐怖を感じた。
 しかし今、実物を目の前にしているのに、何も感じない。怖さも、懐かしさも。
「何かピンときませんね。あの時見たものとも違うものなんじゃないかって、そんな気すらします」
「もしかして君は、あの事件の『影山』とは関係ないってこと?」
 一家失踪したのだとしたら、確かにここにたち、その家を見れば何か恐ろしくも感じるだろうし、懐かしい気持ちも出るだろう。けれど今は何もない。何も感じないのだ。俺の一家がそんな事件と無縁であれば、何も感じないとしても、それが普通だろう。逆に何か関係があるのに何もないのだとしたら、この場所が間違っているのだ。
「俺に聞かないでください」
「入ってみますか?」
「いくらなんでも、それ、不法侵入ですよね?」
「あなたの家なんだから、まったく問題にならない」
 いや、記憶がないんだって、俺はそう言いたかった。
 けれど、自分自身でその言葉を飲み込んでいた。入って確かめたい好奇心が勝っていたのだ。
「……」
「決まりね? いくわよ。周り見ててね」
 中島さんが、大きな門の横の扉に針金を差し込む。金属がこすれるような音が何度かすると、カチャリ、と軽い音がした。
「ごめんくださ〜い」
 軽い調子で中島さんが言う。そして扉を開けると、俺に続くように合図する。
「失礼します」
 俺もそう言って中に入った。
 外から見られないよう、門からまっすぐ伸びた道ではなく、庭の中を通る道を歩きながら、奥へと進む。
 庭の木々の陰に、こちらを追うような影が動いている、そんな気がした。
「何かいる……」
 中島さんが俺の視線の先を追う。
 木々や草の葉が不自然に動いた気がするが、気配は感じない。
「ちょっと、脅かさないでよ」
 中島さんはそう言うと、屋敷に向かって歩き出そう、として立ち止まった。
 何かバッグの中をごそごそと探している。
「あった。これ、渡しとけって言われてたんだ」
「GLPですか」
 解析機にかけられる時に、外せといわれて外したままだった。
 俺がそれを受け取ると、俺と中島さんの間に、急に黒い影が現れた。
『くれよ、それくれよ』
「きゃっ!」
 中島さんは飛び退いた。
 黒い影は俺のGLPを狙っているようで、俺の腕に絡みついてきた。
「影山くんなにそれ、霊?」
「詳しくはないですけど、きっとそうだと思います」
『くれよ、その時計くれよ』
 俺は振り払うように、でたらめに腕を振る。
 黒い影は、木々の葉や、地面に叩きつけられる。
『はなせよ、おれんだ』
 巻きついた黒い影が、俺の腕を絞り上げてきた。
このエントリーをはてなブックマークに追加

「俺の記憶って、どこまで見たんですか?」
「えっと、由恵とかいうバイトの娘から、ゾンビが出て、さっきの門までね。直後に、あんた、縛り付けていた拘束帯を全部外し、生きのいい魚のように跳ねまわり始めてね…… 危ないから解析機は緊急停止したの」
 中島さんが言った。
「所長が言うから、もう一度縛り付けて、解析機に通したけど今度は全く反応しなかった」
「気が付くと、あんた呼吸してなかったから、慌てて胸部圧迫、人工呼吸って…… すぐ息を吹き返したから良かったけど。それですぐ、ここに運び込んだのよ」
 俺は死にかけたことより、誰が人工呼吸をしたのかが気になって、三人の顔を順番に見て行った。
「えっ、やめてください。なんで松岡さんが頬赤くするんですか? まさか、松岡さんがしたの?」
「命の恩人になんて口の利き方するの」
 いや、まあ、当然か。胸部圧迫もかなり力がいるときく。それにこっちの意識が無くなっているときのキスなんてありがたくもない。
「で、どうなの? 門は見たんでしょ? あなた、あそこに住んでたの?」
「ええ。見ましたが、記憶が戻った訳ではないんです」
 冴島さんが頭を振って、髪を手で後ろに流すと、言う。
「明日。とにかく行ってみましょう。行って目で見てみれば、霊が抑えていない記憶が反応するかもしれない。いいわね」
 すぐに答えられなかった。
 冴島さんがいつものように、俺が決断出来ないでいると手をかざしてくるかと思っていた。
「……」
「どうしたの?」
「いつものように、こうしないんですか」
 俺は冴島さんがよくやる、手をかざすしぐさをした。
「これはあなたの意志が重要だから」
「……ありがとうございます。行きます。思い出せるかは分かりませんけど」
「良かった」
 そう言うと、冴島さんがしずかに俺に手を差し伸べた。
 握手をすると、冴島さんがニッコリと微笑んだ。
「それじゃ、ゆっくり休んで」
 冴島さんがそう言うと、三人は病室を出て行った。



 退院の手続きをしていると、中島さんがやってきた。(普段着の描写)
「所長は来れないから、私と行きましょう」
 病院でタクシーに乗ると、そのまま例の住所を告げた。
「ここから行くんですか? タクシー代がもったいないんじゃ」
「あら、意外と近いわよ。それにタクシー代会社持ちだし」
「冴島さんがよく許可しましたね」
「……それだけあなたのことが気になる、って思ってればいいんじゃない?」
 中島さんはそう言って笑った。
 しばらくすると車通りの少ない田舎道になった。
 そして、タクシーが止まる。
「ここでいいですか?」
「あの門、あのあたりまで行ってもらえる?」
 中島さんが言うと、運転手はもう一度アクセルを踏んだ。
 タクシーから降りると、俺は手の平を空に向けた。
「まだ降ってはいないみたいですね」
 雨が落ちてきたような気がしたが、錯覚だったのだろう。空は降っていてもおかしくないほど暗く、低く雲が垂れ込めていた。
「ここ、確か表札が見えたわよね」
 中島さんが確かめるように門柱に近寄る。高いところに表札があるようだったが、そこはただくぼんでいるだけで何も文字は見えなかった。いや、そんなはずはない。
このエントリーをはてなブックマークに追加

 ちょうど体温計から測り終わりの音が鳴った。
「ね?」
 看護婦さんはわざわざ顔を近づけてきて、俺の体温計を取り出す。
「それよそれ、なんでそんなに顔をくっつける必要があるの?」
 冴島さんが病室に入ってくる。続けて、中島さん、松岡さんが最後に入ってきて扉を閉めた。
「あっ、この人が録音の時の看護婦さん?」
 中島さんが言って、すぐ口を押さえた。冴島さんが中島さんを振り返る。
「えっ?」
「いえ……」
 中島さんが視線をそらした。
 看護婦さんは体温を記録すると体温計を布で拭ってケースに戻した。そして扉の方へ進み、出ていく直前に俺に微笑みかけた。
「また来ますね」
 扉が閉まるのを確認したように、
「二度と来るな」
 と、言って冴島さんが手ではらうような仕草をした。
「そんな言い方しなくても」
「あんたが隙を見せるからあんな態度になるんでしょ?」
「所長、あのそのくらいにして、本題にはいってください」
 割って入るように中島さんががそう言った。
「影山くん。明日、退院したら、一緒に来て見てほしい家があるのよ」
 そう言う中島さんは、タブレットを持って見せた。
「ここですか?」
 そこには地図が表示されていた。
 中島さんが操作すると、家の門が表示された。
「ここ、なんだけど」
「……」
 その映像に見覚えがあった。
 黙っていると、冴島さんが口を開いた。
「昨日の解析機に残っていた映像と似てる。ということは、影山くん。あんた見たってことだよね? これどこ?」
「……」
 また黙っていると、冴島さんが何か言いかけた。そこを中島さんが止める。
「所長、そんなに焦らないで。影山くんに説明しましょう。まずは住所。これは過去のある事件を伝えるネット記事から見つけたの。今はそのネット記事はなくなってるけどね」
 俺はうなずいた。
「だから、この門の映像は実際にこの住所にある風景よ。で、もう一つ。昨日の解析機で分かったこと。一つは影山くんには複数の霊が憑いていること。数もよくわからなった。多くは深いところにいるようで、解析機でしっかり判別できるほどの霊力が検出できなかったの。だからこれは推測ね。もう一つは、さっきの門の映像。あの機械は霊力を解析する機械であって、記憶を読み取るものじゃないの。けれどどうも影山くんの記憶らしいものが見えるわけ」
 冴島さんが中島さんの口を押える。
「あなたの記憶は予想だけど、霊が抑制してるみたいね。記憶消しの霊とでもいうべきもの」
「えっ、じゃあ、冴島さんがそれを除霊してくれれば、俺…… 俺記憶が……」
「ダメ。除霊したら記憶ごと消えてしまうわ。この問題の解決方法は、あなたが霊から奪い取るしかないの」
 そう言われて俺は少し考えた。
 俺の記憶を霊が抑制している。そのせいで、霊を解析する機械で俺の記憶が見えてしまった。
 と言うことは、ここにいる人たちは、俺の記憶を……
「冴島さん。ちょっといいですか」
「何よ?」
このエントリーをはてなブックマークに追加

 由恵ちゃんの後ろから、ショートカットの清掃員が近づいてくる。マスクを外すと、つややかな唇が見えた。
『美紅さん! 助けて』
 美紅さんはニヤリ、と笑い、掃除機を俺に向けた。床を濡らしていた赤い体液は吸い込まれ、俺の腹や手のひらに刺さっていた包丁も吸い込まれた。
『何をする』
 由恵ちゃんがそう言ったかと思うと、由恵ちゃんの肌が見る見る青く、黒くなり、目玉が落ちた。そうやってゾンビ化した由恵ちゃんが、俺の方に向き直った。
『お前をゾンビにしておこう』
 口を開いて近づいてくる。
『やめろぉ!』
 俺が言うと、美紅さんがゾンビもバラバラにして吸い込んでしまった。 
 どんどん吸い込むうち、美紅さん自身も吸い込まれていった。世界のすべてを吸い込んだ掃除機は、自身を吸い込んで止まった。
 俺の目の前にはただ何もない闇が広がっていた。
 いや、何か見える。
 俺はどうやっているのかわからなかったが、見えている何かに向かって進んでいく。
 見えていたものは、どこかの家にはいるための門だった。
『影山……』
 その門の先に、大きな屋敷が見えた。
『あれ? ここって……』
 全身に鳥肌がたった。恐怖の対象として、体が近づくのを拒んでいる。
 けれど、何か懐かしくも感じていた。
『えっと、ここって、あそこ、だよな?』
 突然、顔から壁に衝突したような、全身を打ちつけたような痛みが走り、五感が断ち切られた。



 目が覚めると、見覚えのある風景だった。
 以前、やはり除霊事務所で打ち合わせした時に気を失ってしまった時、連れてこられた病院の個室だった。
 ノックの音がすると、扉を開けて看護婦が入ってきた。
「起きたんですね…… 名前みてびっくりしちゃいました」
「……ああ、こんな短期間に入院するなんて、変ですよね」
「それもそうなんですけど、自分の勤務の時間に合わせるように入院なんて。ちょっと運命感じちゃうというか……」
 少し紅潮したような頬、視線をそらすような仕草。この看護婦さんが俺を。もしかしたら俺を好……
「たしかここよ。前もそうだったわ」
 廊下から、聴き覚えのある声が聞こえてきた。
「あら、もう御見舞にこられたようですね」
 看護婦さんは急に近づいてきて、俺に体温計を渡した。
「お熱だけ測りますので」
「?」
 正確な体温を測る場合は、舌下でという話を聞いたことがある。ここではどうするのが正しいのだろうか。
「脇のしたでいいですよ。私がやったほうが良ければそうしますけど」
 看護婦さんが俺の服の胸を開いて、体温計を脇に挟み込ませた。
「あっ!」
 と声がする方には、冴島さんがいて、俺を指差していた。
「また、こういうことするの?」
 俺は病衣の胸元を開けられ、顔を近づけられた状態で固まっている。
 看護婦さんがそのまま部屋の外を向く。
「べ、別にそういう訳じゃないんです」
「あんたに言ってんじゃないの。この看護士さんに言ってるのよ」
「体温を測っていただけですよ?」
このエントリーをはてなブックマークに追加

 なんだろう、亜夢は考えた。まるでここから逃げて行った、と言わんばかりだった。慌てて閉めて、締め切らなかったという演出めいた扉の様子を怪しんだ。
「……」
 しかしここを引くわけにはいかない。亜夢は扉に近づいていく。三崎のように反対側で罠を張っている場合がある。亜夢は取っ手ではなく、扉の真ん中を勢いよく押して扉を開いた。
「えっ?」
 開いた通路の奥に、ウエーブのかかった茶色い髪の女性が立っているのを見つけた。
「アキナ?」
 服装は間違いなくアキナで、髪型もそうだった。ただ、顔の前に髪がかかっていて、断言が出来なかった。
 押し開いた扉が、再び閉まっていく。
 アキナなら、思念波世界で確認できる。亜夢は|非科学的潜在力(ちから)を使って、扉の先にいる人物がアキナなのかを確認する。
『アキナ!』
 床に煙が待っていて、足元が見えない。
 低い天井から、いくつか柱が立っていて、周りには死角がたくさんあった。見える範囲にはアキナの姿は見えない。
『アキナ、いるの?』
 この思念波世界は間違いなくアキナのものだった。しかし、本人の姿がない。つまり、|精神制御(マインドコントロール)されているのだ。
『アキナ、そこにいるよね。私の目の前』
 さっきアキナが見た、少し顔をうつむけて、髪で顔が見えない姿が現れ、スッと亜夢の体を突き抜けて行った。
『えっ?』
 今のは、何? 亜夢は思念波世界から現実に視線を戻した。
 もう一度、扉を押し開いて、一歩中に踏み込む。
 今までの通路と違い、天井も横幅も、少しずつ狭い感じがした。
 奥に立っている女性が、顔を上げ、髪を後ろに流した。
「アキナ!」
 亜夢は近づこうとしたが、違和感で足を止めた。アキナにしか見えない女性は、亜夢の声にピクリとも反応しない。
「アキナ? だよね……」
 反応のない、うつろな目。アキナが|精神制御(マインドコントロール)されているのだとしたら、うかつに近づけばアキナの|非科学的潜在力(ちから)で倒されてしまう。
「……」
 アキナは頭を手で押さえ、苦しい表情に変わる。
「痛い…… 痛いよ、亜夢…… 助けて」
 亜夢は半歩踏み出すが、何かが歯止めをかけている。
「亜夢…… 来ちゃダメ」
「えっ? アキナ、今なんて」
「罠だよ…… もう私助からないから、亜夢だけでも引き返して……」
「アキナ、今助けるよ!」
 亜夢は気持ちを振り切って、アキナの方へ走った。
 通路の壁、床、天井に、電子回路のように青白い模様が光り、浮き出てきた。
「うわぁ あああああ」
 亜夢はアキナに近づく半ばで膝をついて倒れてしまった。
 頭を抱え、無意味に連呼した。
「くるなくるなくるな、くるなぁぁああ」



 何度も何度も体が揺すられている。
 足先や体は止まっているのに、頭だけがフラフラと安定しない。
 あっちからこっちから殴られているように、頭に痛みが走る。痛みの八割ぐらいは感じなくなっているけれど、それでも叩かれるたび、痛みはある。
このエントリーをはてなブックマークに追加

「動き的にはそうみたいね」
「で、これ何なんですか?」
「GPAって呼ばれているやつで、Ghost Phenomena Analyzer:幽霊現象解析機よ。身体から放射されている霊力を捉えて分析する機械ね。あ、言っておくけど。ここで暴れたりしないでね。この|機械(GPA)、かなり高額な代物なんだから」
 人差し指を立てて俺を見る冴島さんの目が、怒っていた。
「買ったんですか?」
「まさか。当然レンタルよ。ほら、腕のGLP外して。ここに寝なさい」
 冴島さんは言いながらも説明書に必死に目を通している。
 いや、何かこれ、失敗するフラグが立っている感じだ。
「あ、あの…… こういうのって、資格もった人が使わなくていいんですか?」
「必要な資格は除霊士だから私が使うことに何の問題もないわ。さっさと横になりなさい」
 諦めて、その板の上に横になると、松岡さんと中島さんがやってきて、機械についていたベルトで俺の体を縛り付けた。
「痛い痛い…… 中島さん、強すぎますよ」
「ごめんね。これ強く縛らないと、測定できないのよ」
「えっ、使ったことあるんですか?」
 小さくうなずいた。
 冴島さんが片手に説明書を持ちながら言った。
「何度か借りたことがあるってだけ。過去、縛り付けが甘くて、被験者が暴れたの。それで|機械(こいつ)を壊しかけたのよ。そん時は、それはものすごい金額を請求されたわ」
「松岡さんも、痛い、跡ついちゃいますよ」
「あんたは色んな霊がついてそうだから、厳重に縛っとかないとヤバいわね」
「あうあうあう……」
 俺は口のあたりも縛られてしまい、言葉が出せなくなった。
「よし準備はいいかしら」
 中島さんと松岡さんがうなずく。
 俺の頭の上あたりにある円筒状の内側が光り始めた。音を立てて暗い赤がクルクル回りはじめたかと思うと、あっという間にスピードが上がって青白い光になった。
「おおいあい、あいおううあんえすあ!」
「大丈夫よ。これで死んだ人はいないわ」
 冴島さんは機械の表示をじっと見つめた。
「オールレディ。スタート!」
 キュィィィィィンと音がなり、ゆっくりと縛り付けている板が動く。
 頭が青いリングの下の入り始めると、俺は怖くて目をつぶってしまった。



『影山くん!』
 俺はびっくりして目が覚めた。
 横になっていたはずだったのだが、しっかりと二本の足で立っていた。
『由恵ちゃん。どうしたの?』
『手、手、大丈夫?』
 言われて目の前に手を上げてみると、真っ赤に血塗られた手の甲から、包丁が飛び出していた。
『うわぁっ……』
 気分が悪くなり、何かが喉を上がってくる。由恵ちゃんの前なのに…… 俺は後ろを振り返って、吐いた。
 真っ赤な体液が床に飛び散る。
『うわっ、待って、こんなに血を吐いたら俺…… 死ぬ』
 前のめりになって俺は自分の腹にも包丁が刺さっていることに気付いた。
『大丈夫、影山くん?』
 由恵ちゃんの姿がブレる。いや、ブレているように見えるだけで、実際に三人、いや四人の由恵ちゃんが俺を囲んでいる。
『怖いよ、死にたくない!』 
このエントリーをはてなブックマークに追加

「なら、早くつかまえてしまおう。教祖様の目的の為には、あの男を捕まえるのが手っ取り早い」
「ですが、冴島との契約があり……」
「自らこちらに来るようにすれば問題ない。美紅、お前の力があればやれるだろう?」
 美紅は、そう言われると体側に沿わせた指を震わせた。 
 スーツの男はそれに気づいたのか、言葉をつないだ。
「教祖様に救っていただいた恩を返すいいチャンスだ。そうは思わんか」
「……」
 火が進まないタバコを口にしてから、男は言った。
「やれるなら、どんな方法でも構わん。とにかくやるんだ」
「……はい」
 美紅は会釈をしてから部屋を出た。部屋の外にでると、そのまま壁にもたれ、深いため息をついた。



「あん、動いじゃダメ」
「それにしても…… こんなに濡れてるなんて」
「えっ、あっ、そこ、どうするの?」
「だって」
「そんなところ…… 吸わないで。汚いし……」
「じゃあ……」
「いやっ、ダメッ」
「ここは私の事務所だ! 神聖な除霊事務所で何をしてる!」
 扉が開くと、そう言いながら冴島さんが飛び込んできた。
 俺たちの様子を見て、キョトンとしている。
「どうしたんですか、あの、今大きい声出すと、こぼれちゃうんで、待ってくださいね」
「もうこぼれてるじゃない」
 中島さんは冷静にそう言った。
 机の上にはコーヒーがこぼれていた。何もない机の一面をほぼ覆っており、表面張力でギリギリ床にこぼれていなかった。
「コーヒー?」
「ええ、べちゃべちゃに濡らしちゃってすみません。床にシミを作ったら大変だから、さっき俺が机の上をすすっちゃおうとしたら、玲香さんに止められました」
 冴島さんは細かく何度かうなずいた。
「ちょっとまって、影山くん。あんたいつのまに中島のこと玲香なんて下の名前で呼んでるのよ」
「すみません」
 中島さんが手を激しく振りながら言った。
「所長ごめんなさい。私が玲香でいいから、って言ったものだから」
「……」
 とにかく急いで机の上のコーヒーを拭き終わると、俺たちは事務所の奥にある所長室へ移動した。
「玲香、予備計測はどうだった?」
「えっと、見てもらえるとわかるんですが、いろんな値がちょっとずつ、出てる感じです」
 俺は中島さんの後ろからのぞき込む。
「こら。あんたが見てどうする」
 冴島さんが手をかざすと、体が自然と後退していた。
「そう。やっぱりあれ借りてきて良かったわ」
 所長室の扉が開いていて、松岡さんが運送業者の人と一緒に、台車に載せた大きな機械を運んできた。
 機械は大きく長い板が立っていて、真ん中あたりにリング状のものがついていた。
 運び入れ終わると、業者は帰っていった。
 最初台車にあった形は、縦にして載せていたようで、
 機械は横に、大きな板が床に敷かれるような方向で置かれていた。
「MRIみたいなもんですか?」
 冴島さんがケーブルをつないで電源を入れる。何か説明書のようなものを読んでいる。
 電源を入れると円筒を突き抜けている大きな板が少し前後に動いた。
このエントリーをはてなブックマークに追加

 白いヘッドホン、おそらく中谷から借りた超能力キャンセラー、をした亜夢が、亜夢に向かってそう言った。
『三崎さんの持っている、私のイメージ?』
 そっちの亜夢は、ヘッドホンの上から耳をおおった。
『うるさい! あんたは誰なんだよ!』
『私は乱橋亜夢だよ。三崎さん。あなたの姿を私に見せて』
 ヘッドホンを押さえたまま、しゃがんで丸くなった。
 体を震わせると、もう一人の亜夢はブロックノイズのようになって空間に溶け込んでいってしまった。
 何もない空間……
『わかったよ……』
 亜夢も体をブロックノイズのように分解させ、空間に溶けていった。
『見つけた』
 何もない空間の何もない裏側で、息をひそめて立ち尽くしている三崎を見つけた。
 亜夢は裏側の平たい空間を横歩きしながら近づいていって、そっと手をつないだ。
『大丈夫。心配ないから』
 亜夢と三崎の間で、宮下加奈を救い出したことを共有した。
 宮下が流す涙をみて、三崎も涙した。
『さようなら、マスター』
 三崎がそういうと、遠くに小さな暗闇が出来た。そこにさらに小さく開いたところから、のぞき込む目があった。
『ふん。思念波世界ばかりで役に立たないお前なぞ、こちらからお断りだ』
 その小さな闇からたくさんの、先のとがった円錐が突き出して来た。
『あっ…… だめっ…… 逃げれない』
『諦めないで!』
 亜夢が三崎の背中に回り、三崎の手を取った。
 手首の内側同士を付けて、指先を開く。
『大きな光球を作ってあの針をすべて飛ばすの』
 三崎がうなずく。
 亜夢も祈るように力を注ぐと、三崎の手の中にエネルギーが集まってくる。
 円錐のとがった先が二人を貫こうとする瞬間、光球がその円錐を粉砕した。
 広がっていく光球の光が、ずっと先にあった闇を消し、世界を広げ、すべてを明るく照らした。
 光に包まれた世界で、三崎と亜夢は向き合っていた。
『ありがとう。これでマスターから解放されたわ』
 亜夢はうなずいた。差し出される手をとり、握手をかわした。
『まだ先があるから』
 亜夢は三崎に背を向けた。
『うん。気を付けてね』
 思念波世界を出ると、三崎は目を開けていた。
 亜夢が体を引き起こすと、三崎はすっと体を離した。
「もう大丈夫」
「場所……」
「わかるわ。亜夢の考えを読んでたから」
 そう言って、三崎は一人で梯子を下り、去っていった。



 梯子を下りて、亜夢は天井が高い通路を奥まで進んだ。
 その間に、三崎に操られていた人質に何人か出会った。三崎のコントロールからは外れていたが、ここがどこなのか、なぜここにいるのかが分からない様子だった。亜夢は三塁側ベンチへの行き方を案内した。
「もうこれで三崎さんに操られた人質は全員かしら……」
 そう言って周りを見渡し、シャッターで行き止まりになっている横の大きな扉を開いた。
 先には重機がいくつかおいてあって、さっきまでより室温が下がった気がした。
 角に非常口を示す灯りが光っていて、その下の扉から少し光が漏れていた。
このエントリーをはてなブックマークに追加

 ルームミラー越しに俺の顔を見たようだった。
「ああ、そんなに脅す必要もないわよね。あんたの場合は女ね。女で失敗するタイプ」
「そ、そんな。俺も生涯のなかでモテたことが……」
「電話で言ってることと違うじゃない」
「あの時はちょっと、気が動転してました」
 俺は自分の発言に対して何十回目かの後悔をした。
「ちょっと思うんだけど、影山くん、あんたについている霊を調べてみない?」
「えっ? どういうことですか、さっきは霊力がって」
「霊力がある原因として、霊がついている場合もあるわけよ。調べる準備しとくから今度、事務所来なさい」
 冴島さんがルームミラー越しに指さしてきた。断る返事が出来るわけがなかった。
「わかりました」



 3話 おわり




 俺は冴島さんに呼ばれ、大学の授業の後、除霊事務所に来ていた。
 扉のインターフォンを押すと、そのまま入り口から入ることが出来た。
 奥に落ち着いた木目調のカウンターがあり、そこに秘書兼受け付けの女性が座っていた。この前と同じ金属フレームのメガネをかえていて、髪はショートだった。グレーのスーツを着ていたが、今日は以前に比べてシャツの胸元が大きく開いているように思えた。
「どうかしました?」
 視線に気づいたか、と思ってとっさに視線をはずした。
「いえ」
「バイトくん、今日は保有霊の検査ですよね。まずは、こちらに記入しておいてください」
 問診票? 除霊事務所に来たはずだが? なんだろう、病院に来たような雰囲気になっている。
 俺は渡されたボードに挟んである紙を読み、はい、いいえ、に丸をいれていった。
「え?」
 受付の女性が俺の顔をのぞき込むように見てくる。
 自然と俺の視線が女性の胸元にいってしまう。下着が…… 黒。
「やっぱり普通の人じゃないわね」
 胸に気を取られていて、何を言われたのか意味が分からなかった。
「ご、ごめんさい。あの、ネームプレートを見てただけです」
「……あっ、そう。じゃあ、ちょっと読んでみて」
 女性は胸を突き出すようにして立った。
 俺は堂々とそこに視線を向けることが出来なかった。
「さっき読んで覚えてますよ。中島玲香さんでしょう?」
「正解。すごいわね。記入終わったなら、それ、ちょっと貸して」
 中島さんはそう言うと俺の持っていたボードを受け取り、紙をひっくり返して何か書き込んだ。
「冴島所長がくるまでにやれることやっときましょう」
 そう言って奥の扉にスタスタと歩いていく。
 俺は中島さんの魅力的な腰つきに見惚れていたが、扉を開けた時、ここが無人になることに気が付いた。
「えっ? 受付はいなくてもいいんですか?」
「大丈夫。今日はもうおしまい」
 そう言って中島さんが手招きした。
 目の前の魅力的な女性とイイことをする。そんな、ものすごい自分勝手な妄想をしながら、俺は中島さんのもとに駆け寄った。



 薄暗い部屋で、黒いスーツにサングラスをかけている男が、タバコを吸っていた。
 吸っているタバコは、赤く光っているが、一向に燃え進まず、同じところが光っている。
 部屋の扉開き、大きな茶封筒を持った女性が入ってくる。
「美紅か。どうだった」
 部屋を進んでくる女性はシャツにジーンズというカジュアルな恰好だった。
「戸籍を確認しましたが、あの影山家の家族構成と一致します。また、長男が通っていた大学と、冴島除霊事務所のバイトが通っている大学も一致しますから、間違いありません」
 そう言って女はスーツの男の前に茶封筒を置いた。
このエントリーをはてなブックマークに追加

「あ、そんなこと言っていましたよね。えっ?じゃあ、香川さんの話はなんなんです?」
「ついでね。ついで。私が依頼された事件とは無関係な、まったく別の事件。だから、後始末を警察にまかせちゃったけど」
「……なんか、話逆になってなってません?」
「ああ、最初の見当とは違ったわね。最初、データセンターの誰かが霊に取り憑かれているのだと予想した。それが最終的にサーバー利用会社の業績ダウンにつながっているハズ、そう思ったの。たまにはそういうこともあるわ」
 俺は思い出したことがあった。
「あの、ゾンビは俺にしか見えないのはなんでだったんですか?」
 ルームミラーの中に見える冴島さんがニヤリ、と笑った。
「聞きたい?」
「……ええ。もちろん」
「あなたに死が近づいているからよ。つまり、ゾンビはあなたの未来の姿」
「えっ……」
 冴島さんはまだニヤニヤしている。俺はその顔を見て安心した。
「ウソウソ。あれは完全霊体。だからあの壁で封鎖できなかったのよ。GLPはGLPを使う術者と霊体の区別が出来なかったって訳」
「完全霊体??」
「何か別のものに霊が宿っているわけじゃなく、何から何まで霊体という意味で『完全霊体』ね。けど、今回の件で言えば、あなたが作り出した、というのがポイントよ。だから区別ができなかったんだから」
「俺が作った……」
 どうやって、というか、いつの間に。俺にそんな力があるのか?
 冴島さんはペットボトルを取り出して少し水を口に含んだ。
「あなたがこのバイトをやることになった理由。説明してたわよね? あなたには霊感、というか霊力があるって」
「俺に霊力があるって……」
「契約の時最初に行ったはずだけど? 見えない看板に気づき、開けれない扉を開いた。あの場で契約し、夕飯をごちそうまでしたのは、それだけの価値があるからよ。手付金もそれだけ多く払った。わかるでしょ」
「……」
「ただ調子には乗らないことね」
「はい」
 そうは言ったが、能力を評価され悪い気はしなかった。
 調子に乗るな、と言われ、俺は、死んでしまった前任者がそうだったのか、と考えた。
「前任者のようにはならないようにってこと……」
 言いかけて殺気のようなものに気づいて話すのを止めた。
 冴島さんが話しだした。
「前任者が死んだ話しはしたけど、その話しは調子に乗ったとか乗らなかったとか、そんな単純なことではないのよ。あんたが軽々しく口にするようなことではない」
「その前任者の件って聞いてもいいですか」
 冴島さんは窓の外を向いて話し始めた。
「前任者という表現が正しいかは別にして、亡くなった私の助手は、除霊士の試験を受けている最中だったの。『除霊士』の話は知ってる? 『師匠』の『師』をつかうのは民間除霊師で、弁護士の『士』を使う方が国家認定の除霊士で、こっちは法人からの依頼を受けることが多いのね。その子は、冴島除霊事務所助手中のトップの能力を持っていて、除霊士の国家試験の筆記を一発合格して、最終試験として実地試験をしていたの。実地試験にうかれば一級除霊士よ。|冴島除霊事務所(うち)から独立して、自分の事務所を立ち上げる話も出ていた」
 声の調子に寂しさが現れていた。
「実地試験の最中、低級霊の襲撃にあったの。複数の試験官やら受験者が集う場に引き寄せられるように霊が集まることがある。その子の実力なら、低級霊にやられることはないはずだけど、その時は数を見誤った。低級霊とはいえ、数を増やし、群れをなせば上級霊にも匹敵することがある。けど、そんなことは理解しているはずなのに」
このエントリーをはてなブックマークに追加

「至急用意します」
 篠原さんが荷物の中からノートPCを取り出して、冴島さんのところに持ってくる。
「契約している清掃会社の顔写真付き一覧です」
 冴島さんは画像をめくりながら確認している。
「ほら、影山くん。あなたが一番多く見てるはずなんだから、一番真剣にみなさい」
「は、はい」
 何枚かめくっていると、テントにやってきたあの女性そっくりなひとがいた。
「これ、これです」
「|七尾(ななお)|美紅(みく)…… ふぅん。まあ、名前とかは当てにならないでしょうけど、この情報は控えさせてもらうわよ」
 篠原さんが首を横に振ろうとすると、冴島さんがまた手を横に払った。
「はい」
「けど、この前も『|美紅(みく)』って名乗ってました」
 冴島さんが俺の腹に拳を押し込んできた。
「いてっ」
「はい。ありがとう。じゃあ、電力設備の除霊だけするから案内してくれませんか」
 篠原さんがノートPCを閉じて、言った。
「わかりました。案内します。こちらへ」
 篠原さんを先頭に、冴島さんと俺と松岡さんがついて階段を下りて行った。
 地下二階まで降りると、配電盤とその奥には非常用電源設備があった。
「あれ? なんか歪んでる」
 俺は配電盤の一部が、有名なダリの絵のように、溶けたように歪んで見えた。
「歪んでいる…… とは?」
 篠原さんが不思議そうに言った。
「気にしないでください。この配電盤は香川さんの証言の通り、霊を撒かれていますね」
「そう…… なんですか」
「警察の現場検証もあるでしょうから」
 冴島さんはそう言うと、カバンから小さい短冊状の紙を取り出して、さっと筆で何かを書いた。
 そしてそのまま配電盤に付けた。
「あっ、歪みが……」
 俺はじっとその短冊を見た。そして上からそっと手を置いてみる。
「取ってみてもいいですか?」
「すぐ付けるならいいわよ」
 俺は紙を取ってみた。裏にノリがついているわけでもない。
 そして同じ場所に紙を付けてみた。紙が付けられ、配電盤のゆがみが正されることによって、その紙が接着しているようだった。紙がついている限りゆがみはないが、紙が取れればゆがみが戻る。
「へぇ」
「警察が調べるときまで、これははがさないでください」
「警察がきたらはがすんですか?」
「警察の人が剥がしてくれます。警察の調査が必要なんです」
「はあ」
 篠原さんは不安げな表情を見せた。
「お札が貼ってある間は霊による停電はありませんからご心配なく」



 俺は冴島さんの車で家まで送ってもらうことになった。
 今回の事件で疑問に思っていることをたずねた。
「結局、ゾンビは何だったんですか? 香川さんが持ち込んだわけではないんでしょう?」
窓の外を見ながら、俺は香川さんの顔を思い浮かべていた。
「そうね。香川じゃないとすれば、清掃員が持ち込んだ可能性が高いわ」
「……なんのために?」
「最初に話してなかったっけ? このデータセンターを使っている企業が業績が下がってるって。たぶんライバル会社がそれを目的にしかけたんじゃないかしら」
このエントリーをはてなブックマークに追加

「はい。電力設備に憑いていた霊は俺がやりました」
「停電があると、篠原さんがくるからね」
「!」
 松岡さんの後ろで聞いていた篠原さんが、ハッとこちらをみた。
 香川さんは気づいているのかいないのか、視線を動かさないまま言葉をつづけた。
「篠原さんが来て、怒られるのが嬉しかった」
「えっ?」
 思わずそう言っていた。俺は怒られるのが楽しい、という意味が理解できなかった。
「本当は楽しいことを語り合いたいけど、篠原さんの声を聴けるなら、近くにいれるならそれで良かった」
「ああ、なるほど」
 俺は香川さんが単なる『M』ではないと思って安心した。
「だから霊を買ってきて、電力設備のところに撒いた」
「それ、どういう意味?」
 俺は思わず聞き返していた。霊を買う、とか撒く、とか初めて聞くような内容だった。
 冴島さんは口に人差し指を当てた。
「影山くんは黙ってて」
「えっ?」
「後で説明する。はい、続けて」
 香川さんはまだ同じところを見ていた。
「それでこのデータセンターは何度も停電して、何度も篠原さんが来た、ということです」
「えっ、じゃあ、サーバールームのゾンビは?」
「?」
 すこし間をおいて何を言われたのかを理解したように香川さんは、慌てて手を振った。
「違います。サーバールームには何もしていません」
「……」
 冴島さんは何か考えているような表情で、香川さんを見つめる。
 香川さんはさらに慌てて立ち上がる。
「違います。何もやってません。信じてください。本当です」
「そんなに慌てなくてもいいのよ」
 冴島さんはそう言った。
「影山くん、例の清掃員、今回は見なかった?」
「えっ…… あ、ちらっと見かけたような見かけてないような」
 冴島さんが俺の胸倉をつかんでくる。
「何そのいい加減な発言。見たの? 見てないの?」
「見たんですが、見失いました」
「何で言わないの? それ、重要事項よ」
 俺は手を合わせて頭を下げた。
「ごめんなさい。追いかけたら消えたようにいなくなってしまって。自分の見たものが信じられなくなっちゃったんです」
「……そうか」
「どうしたんですか」
 冴島さんは俺を放すと、警察を呼ぶように言った。
 どうやら、香川さんを器物破損や傷害未遂で警察に引き渡すようだった。
「自白すれば罪は軽くなるから」
「篠原さんでしたっけ? このデータセンターの社員さんですよね」
「はい」
 松岡さんの後ろから返事が聞こえた。
「ここの清掃員の名簿、できれば顔写真入りのものを見せていただけませんか」
「えっとそれは個人情報保護……」
 冴島さんは何もない空間で、片手でカーテンを開けるように手を横に動かした。
このエントリーをはてなブックマークに追加

 指と指の間に輝く光が集まり始める。
 亜夢はその光を見つめた。
「まさかあなたも光球を投げれ……」
『死ねぇ!』
 手に収まらないほどの光球が形成され、放たれた。
 亜夢の体に高速で向かってくる。
『やっぱり』
 亜夢は光球を手のひらで叩いて落とした。
「光をつかって思念波世界とすり替えただけ。あなたの|非科学的潜在力(ちから)は実際に空間や物体に働きかけることはできないんだわ」
 三崎はすこしうつむいて、上目で睨んだ。
「そんなこと…… ない…… マスター!」
 さっきと同じように手首を付けて、手を開いたまま押し出した。
 三崎の手の中に、ゆっくりと小さな光が集まってくる。先ほどの勢いとは全く別ものだ。
 亜夢は、とっさに思念波世界を覗き見た。
 同じ格好をした三崎の姿。
 それをうしろから見ている闇と少しだけ見えている目があった。
 闇の中の目は亜夢の事に気付かない。後ろからサポートしているだけだ。
『あなたがマスターね。そろそろ目以外も見せてもらえないかしら』
『!』
 吸い込まれる煙のように闇が消え、必死に両手を突き出している三崎だけがそこに残った。
「あなたが光球をだせるなら、私だって出来る」
 三崎は顔を歪めながら力をこめるが、反対に光球は小さくなっていく。
 亜夢が同じように手首の内側を合わせてを開いた。
 一度腰のあたりに引いて、押し出す。
「ほらっ!」
 光る球状の物体が、亜夢の手から放たれる。それは片手に収まるほどの小さいものだったが、スピードを増しながら三崎の手の中に入った。
 消えかかっていた三崎の光球と、亜夢の繰り出した光球がぶつかると、割れたように光が飛び散った。
 両手が弾かれるとともに、三崎は仰向けに倒れてしまった。
「だ、大丈夫?」
 亜夢が三崎に駆け寄る。肩で呼吸している三崎は、ただ天井を見つめていた。
「マスター……」
 それを聞いて、亜夢は三崎の思念波世界に入った。
 亜夢の身長を超える大きな正六面体が組み合うようにそこにあった。
 六面体のひとつひとつの面から角のように円錐が張り出してきて、組み合っていた六面体が崩れ落ちた。
 崩れ落ちると、今度は円錐が引っ込んでいき、また六面体の山が作られた。
『三崎さん?』
 亜夢は声に出すが、それに答えてくるとは思っていない。
 けれど呼ばないとこの場所で三崎を探すこともできない気がしていた。
『三崎さん!』
 脈打つように円錐が飛び出しては引っ込む。山が崩れて、組み直る。
 正六面体の山はどんどん低くなっていくが、領域を広げていく。
『三崎…… さん……』
 とがった円錐が出てきて、亜夢の体を突き抜けるか、という瞬間、亜夢は空間に浮き上がっていた。
 足元には針が出てはひっこむサイコロが眼下に広がっている。
 奥の方で、吹き上がるように正六面体が飛び出てくる場所がある。
 亜夢は、グッと足に力を入れると、空間を移動した。
 真下の正六面体が吹き上がってくるところを真上からみると、そこは赤黒く、何かが違っていた。
 亜夢はゆっくりと空間を移動しながらそこへ近づく。
『三崎さん。返事して?』
 じっと下を見つめていると、突然すべての正六面体がなくなった。
『!』
 目の前に、白いヘッドホンをした亜夢の姿があった。
『あなた、だれ?』
このエントリーをはてなブックマークに追加

 冴島さんが俺の肩を、トン、と叩く。
 俺はまるで自分の意志でそうしているように両手を上げて、香川さんの方へ近づく。
「えっ?」
 冴島さんの霊力に従って、俺は香川さんの方へと歩く。
「こら、近づくんじゃねぇよ。篠原さんがどうなってもいいのか?」
「影山くん、ダメよ、身代わりになったらあなたが殺されちゃう」
 篠原さんが何か決意したような表情に変わる。
「……」
「何をする、篠原さん、やめて」
 香川さんが突然、声を裏返してそう言った。
 篠原さんが香川さんのナイフを持っている手を引っ張り、自らの喉に刺そうとしている。
「影山くん、それ以上近づいたら私刺されるから」
「篠原さん、やめて」
「影山くん引き返して」
 俺は香川さんたちを向いたまま後ろ歩きで戻った。
 冴島さんが耳元で言う。
「どうすればこんな短時間で女の人をその気にさせることができるのかしら。今度からこのサーバー管理のように毎日エクセルでレポート打ちさせようかしら」
「何もしていませんよ」
「そうか、本人にレポート書かせても嘘つくかもしれないわね。行動監視カメラをつけといてもらおうかしら」
 香川さんと篠原さんがこっちを睨みつける。
「無視するな」
「影山くん、その女は誰?」
 その時、小さな影が、監視室を走った。
 直後、金属が跳ねる音がした。香川さんの持っていたナイフがなくなっている。
「松岡さん!」
 篠原さんを引き離し、松岡さんが香川さんとの間に入った。
 松岡さんが一瞬目線を冴島さんに向ける。冴島さんはそれにうなづく。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」
 同時に指で印を結ぶ。
 香川さんが急に苦し見出して喉を押さえる。
 俺は香川さんの口から何かが出ていくのが見えた。何かというか、何が見えたわけではない。ただ陽炎のような空気の歪みだった。その歪みは、散らばって消えていった。
 香川さんが膝が折れたように倒れると、俺は駆け寄った。
「先輩、大丈夫ですか」
「……お前、さっきその女の人が言ってたことを聞いてなかったのか?」
「聞いてましたけど」
 俺は香川さんに肩を貸して立ち上がらせた。
「俺はお前のことを憎んでいるんだぞ。嫉妬しているんだ」
「?」
「何かされると思わないのか」
「思いません」
 とりあえず香川さんを椅子に座らせた。
 冴島さんが近づいてきて言った。
「あなた、このデータセンターの電力設備に悪霊を仕掛けたわね」
「……」
「冴島さんなんのことですか?」
「影山くんは黙ってて」
 香川さんは机の上の一点をじっと見つめて言った。
このエントリーをはてなブックマークに追加

「た、助け、て……」
 もう冴島さんの方を振り返ることも出来ない。自分が吸い込まれないようにするので必死だった。
「ええぃ…… これでも喰らえっ!」
 冴島さんがそう叫ぶと同時に、俺の腕スレスレに銀の剣が振り下ろされた。
「えっ……」
 後数センチズレていたら、俺が真っ二つ。
 冴島さんは、その後、何度も剣を振り上げては、大きな唇状の肉片に振り下ろした。
 いや、だから俺に当たりそうなんですって! 避けるのが精一杯で、声に出せなかった。
 俺は心の中で必死に叫んだ。そして当たらないことを神に祈った。
「うぉっ…… げふぉぉぉ」
 床に張り付いた唇が、そう言った。
 俺はそのままゲロと一緒に吐き出された。
 一帯に散らばっているゾンビの腐った肉片にまみれ、俺は床に転がり、横たわった。
 床に広がっていた唇と、集まり切れなかった肉片は、黒い霧として、まるで重さがないような黒い粒子として、分解されて、消えていく。俺の体にへばりついた肉片や赤黒い液体も同じ様子だった。
 泡がはじけて消えるように、黒い粒子が立ち上っては消えていく。
「勝った……」
 冴島さんが剣を突き立て、髪を後ろにはらってそう言った。
「影山くん、生きてる?」
「ええ…… (あなたに殺されそうでしたけど)」
 松岡さんが、冴島さんの剣を引き取ってサーバールームから出ていく。
 サーバールームの電源が回復し、白い照明に切り替わる。
 冴島さんが俺のところにやってきて、手を差し伸べた。
「仕上げといくわよ」
「仕上げ? 俺、この件まだ理解できてないんですけど」
 俺と冴島さんは爆破して開けた壁の穴から廊下に出た。  
「監視室に戻れば理解できるはずよ」
 俺たちはサーバールームを後にして、監視室へ戻った。
 監視室を開けると、バイトの先輩とスーツ姿の社員さんが見えた。
 先輩と二人の社員さんは縮こまるような感じに、両手を上げていた。
 その目線の先には、篠原さんと、そののど元にナイフを突きつけている…… 香川さんがいた。
「えっ?」
 冴島さんが俺の肩に手を置いて、言った。
「説明しましょう」
 監視室の雰囲気を無視して、机に座ってメモに何か書き始めた。
「これが篠原さん。これが影山くん。これが香川さん」
 篠原さんから俺に矢線が書かれ、香川さんから篠原さんに矢線が書かれた。
 そして今度は色を変えて、香川さんから俺と、篠原さんに別の矢線が書かれた。
「最初の黒い色の矢線は、誰が誰を好きか、ということを示すのね。見ればわかるように、あんたは篠原さんから好かれていた。そして香川さんはその篠原さんのことが好きだった」
 なぜ空気を読まずにこんなことをするのだろう。俺はそう思いながらも、二人の方を見た。
 ナイフを首元に突きつけられている篠原さんが、後ろにいる香川さんに視線をむけた。
「うるさい!」
 冴島さんは全く聞こえないような感じのまま、話を続ける。
「そして色を変えた赤い矢線は、二つの怒りの感情。自分を振り向いてくれない篠原さんへの恨み。影山くんの方には嫉妬の感情ね」
 ナイフを震わせながら、香川さんがまた叫んだ。
「うるさい! この女がどうなってもいいのか?」
 冴島さんは立ち上がった。
「好きな人を傷つけるなんてできないでしょう? ほら、こっちと交換して」
このエントリーをはてなブックマークに追加

 目的の高さに達した、と思った瞬間だった。
「読みが浅いわ」
 三崎が、両手で鉄パイプを振り上げていた。
 飛び出てくる杭を叩くように、タイミングを合わせて振り下ろす。
 亜夢は慌てて腕を交差させ、振り下ろされる鉄パイプを受け止める。
「うわっ……」
 寸前でパイプの勢いを殺して腕で受け止めた。
 しかし今度はこの高さから落ちていくことになる。
 全力で着地の為に、超能力で空気圧を高めてアシストする。
 着地の時にバランスを崩して、背中を打ってしまう。
「完全にやられた……」
 肉体的にやられたダメージよりも、読みが足りなかった自分が悔しかった。
 あの場所に立てこもられたら、こちらからしかける術がない。
 何か方法はないだろうか、亜夢は考えた。透視でも出来たら…… X線とかで見ている世界のように、この死角がなくなれば。
『何度も言っておろうが』
 後ろから金髪の少女が現れる。
『ハツエ……』
『常識を超える事ができるのが非科学的潜在力なんじゃ。それにやる前じゃ。やってみんうちから諦めんことじゃ』
『はい』
 亜夢は上の通路に隠れている三崎を見通すつもりでじっと見つめた。
 通路に上がるには垂直につけられた梯子をつかうしかない。さっきの扉のノブを触れたときのように、こちらが触れば思念波世界に引きずり込むつもりだろう。そして物理的に飛び上がってしまえばさっきの二の舞い。
 見つめたからといって、透視出来たり相手の考えが読めたりするわけじゃないのね。亜夢は見上げながら、そう思った。
「そうか……」
 亜夢はため息のような、小さい声でそう言った。
 梯子に近づき、それに触れた。
『!』
 亜夢が下を向くと、そこに深い穴が開いていた。
 見上げると、亜夢の指一本だけが梯子に掛かっていて、そこに全体重がかかっていた。
 ぶらり、と体が揺れた。掛かっている右の指が痛くなってくる。
 本当に全体重が指先に掛かっている……
 亜夢は非科学的潜在力を使って、下から風を吹かせ、指の負担を減らした。それどころか、腕を動かしていないにも関わらず、一つ一つ、梯子を上に移動していた。
『さあ、これどうなる』
 明らかにここは思念波世界だった。
 本当に風を吹かせているわけではなく、思念波世界の中で理屈が通ればいいのだ。
 亜夢はその思念波世界の中である人物を探していた。
『そんなペースでは永久に上がってこれないわ』
 三崎がそう言った。亜夢が瞬きすると、梯子の先がずっと先に延びていた。下の穴の大きさも広がり、より深くなっている。
『さあ、どうするの乱橋亜夢』
 亜夢は見える世界のなかに、人物の影を探していた。
 さらに何段か梯子を上がった時、亜夢は非科学的潜在力で勢いよく体を跳ね上げると、梯子の隙間を蹴り込んだ。
「痛い!」
 思念波世界が崩れ去ると、亜夢は梯子の上に達していた。そして、正面には三崎が額を押さえて倒れていた。
「思念波世界だけではなく、本当に梯子をのぼっていたというわけか」
「梯子の段数は数えてなかったけどね」
「何…… 失敗すればこの高さを落下することになるのにか」
 三崎はゆっくりと立ち上がった。
「私が思念波世界を使った攻撃だと思うなよ」
 そういうと、手首を合わせ、両手を開いた形で前に突き出した。
このエントリーをはてなブックマークに追加

↑このページのトップヘ