その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

2018年06月

「六時ですね」
 俺は再生を行った。
 店のシャッターが映っている。通りにトラックが入り始めている。たまに人も通行しているが、画面の隅なので歪んでしまっている。そもそも、リアルタイムに映像を記録していないから、普通に再生しても一時間の流れが十分ぐらいで見れてしまう。
「……それでは、昨日の夕方ですね。ここは閉店何時ですか?」
「二十一時半です。人がいなくなるのはその一時間後ですけど」
「じゃあ、二十時半から一時間」
 俺は警察の人が言うままにセットして再生を行った。
 さっきの映像とは違って、かなり人通りがあって、いろんな人が流れていくのが映っている。
 髪を剃ったのか、抜けたのか、頭の地肌が見えている男性が店の前を行ったり来たりしている。スマフォで話をしながら、連れの男と入ってくる。連れの男は皮の上下を着ているが、体つきは随分スリムで、華奢な男だ。
「……」
 さらに映像が進むと、窓の外にたまり場として集まり、店内を覗き込む男が何度も映る。店員の質が売りの店だけあって、たまにチーフが出ていって人を散らすが、しばらくするとまた集まってくる。
「なんですか、このジェルでべったりした頭の男は」
「あっ、それは店のチーフなんです。店の前に男の人が溜られるとお客様が入ってこなくなっちゃうんで、追っ払っているんですよ」
「ここは良く通報いただきますよね」
 チーフが追っ払っても窓の外にしつこく覗き込む奴が居る時は、警察に電話をしているのだ。
「はい」
「あっ、そこで止めて」
 画面にまたさっきの髪のない男と、皮の上下を着た男が映っていた。ちょうど店を出るところだ。
「?」
 腕に違和感があった。GLPが何かを知らせようとしているのではないか、と思うのだが、それがどういう意味なのか、いつもわからない。
「……」
 警察官も二人でモニタをずっと見つめている。
「なんか変だ」
「……う〜ん。なんだろう。変だとは思うんだけど」
「すみません、映像のコピーを頂いていいですか昨日の夕方ぐらいから」
「えっと、店長に話してもらって良いですか?」
 俺はとりあえず言われた映像が消えないようにプロテクトの設定をする。
 そして、小部屋を出て店長のところへ行く。
「店長さん。映像のコピーを頂きたいんですが」
「ああ、良いですよ」
 店長は間髪入れずに俺の方を見て言う。
「コピーしといて。どれくらいかかる」
「コピーしたことないからわからないです」
 店長は警察に向かって肩をすぼめる。
「申し訳ない。とりあえず、午前中にはやっときますよ。午後になったら取りに来てください」
 店長が言うと、警官二人は店長に敬礼をした。
「お願いします。では失礼します」
「ご協力ありがとうございました。失礼します」
 俺は店長にトン、と手で押された。
「何が映ってた?」
「ハゲのおっさんと、その連れ? っぽい男です」
「ハゲのおっさん? ちょっと見せてみろ」
 店長が言うので、俺はまたさっきの小部屋に戻って店長に映像を見せる。
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 俺がバイト先の駅を降りると、通りは警察車両、と報道関係者らしいカメラやマイクを持った人間であふれていた。その人たちをかき分けながら進んでいき、バイト先のビルの扉から店のあるビルへ入った。
 裏口の扉の番号を入れて、厨房に入る。
 チーフの代わりで、今日は店長が入っているようだった。店長はパーマをかけた髪を肩まで伸ばしている男性だった。店長は大げさに弾くように指を動かし、スマフォ画面をスクロールさせていた。
「おはようございます」
「おう。そと、まだマスコミ連中いたか?」
「ああ、いっぱいいましたよ。何があったんですか?」
「殺人だよ。聞いた話だが、顔が真後ろ向いてたってさ」
 店長がスマフォから目を離さないので、何か書いてあるのかと思った。
「そこになんか書いてあるんですか?」
「いや、ついさっきの話だから、あんまし情報ないな」
「じゃ、それなにやってるんですか?」
 俺はかけてある自分の前掛けをとり、紐を結びながら店長に近づいた。
「おっ、見つけた。ほらっ」
 店長が見せた画面には、膝をついて胸を地面につけているのに、顔が空を向いている男の写真があった。
「こんなのすぐ消されちまうからな。保存保存」
「気持ち悪いっすね、消したほうがいいですよ」
 俺は店を開ける支度をしに店内に入った。
 そのシャッターを開け、入り口の自動ドアのカギを開け、電源を入れた。
 急に、自動ドアが開いた。
「すみません誰かいますか?」
 入ってきたのは警察官だった。
 俺はどうしよう、と悩んでから、何か勝手に話す前に店長を呼ぶべきと判断した。
「ちょっと待ってください。店長呼んできます」
 チーフがいなくて良かった、と俺は思った。チーフはだったらいきなり犯人にされそうだ。
 しかし、店長をしみじみと見た時、こっちもそれなりに怪しいと思った。
「店長さんですね。私は渋山署の佐々木というものですが。お話伺ってもよろしいですか」
「いいよ、いいよ。なんでも聞いてよ。ほら、立ち話もなんだからそこ座ってくださいな」
「そこの通りで殺人事件がありまして……」
 警官二人と店長で話を始めていた。
 端的に言えば、目撃情報を探しているようだった。
 目撃情報でなければ、不審者とか、このストリートでの情報。それもなければ、外の防犯カメラの映像の提出の話、と進んでいく。
「防犯カメラか…… そうだ、たしか一つだけ外が映るのがあったかな」
 店長が店内で机や椅子の準備をしている俺を見てきた。
「おい。お前防犯カメラの映像見る方法わかるか?」
 初日にいきなり説明された時、俺はなんのバイトをするためにやとわれたのか悩んだのを覚えている。
 まだ二日目だったが、それが役に立つとは思わなかった。
「昨日教わったので、分かると思います」
「あいつについて行ってください」
 俺は二人の警官の視線を同時に受け、すこしビビった。
 俺は店の隅にある小さい扉を道具を使って開け、小部屋に入った。警官もそれに続いて入ってくる。
 狭く、機械の熱気がこもっていた。
「これです。いつぐらいの映像を見ますか?」
 俺はリモコンを持って、画面を切り替えていた。
 外が取れるのは一台しか設置していない。暗視カメラではないから、外が暗くなれば、荒く、ぼやけた映像になってしまう。
「じゃあ、始めは今朝かな。日の出…… 六時くらいかな」
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「?」
 美優が、自身の不安を語る。
「えっとさ、浴衣って寝相が悪いと、|開(はだ)けそうじゃない?」
「美優、寝相の問題じゃなくない。旅館に行ったら100%朝|開(はだ)けてるんですけど」
「いや、やっぱりそれはアキナの寝相の問題」
 亜夢は二人の浴衣姿、しかも|開(はだ)けた状態のもの…… を想像して口元が緩んだ。
「亜夢?」
「Tシャツ持ってきてるから貸したげるよ。開けても問題ないでしょ?」
「わたし借りる!」
 アキナはTシャツで対策することに疑問を挟む。
「亜夢、それなら浴衣なくてもよくない?」
「足が寒いよ」
「足は…… そうだな、隣で寝てるんだから、くっつければ」
 アキナの言葉で、亜夢の想像はさらに加速した。
 まずい。ただでさえキャンセラーがないから、私だけ寝れそうにないのに…… と亜夢は思った。Tシャツに下は何もつけず、太ももをすり合わせる、なんてことをしたら、私は、イケないことをしてしまいそうだ。そもそもダブルベッドに三人寝るってだけで興奮気味だったのに。
「亜夢、エレベータ来てるよ?」
 亜夢はエレベータに乗っている美優から声を掛けられる。
「あ、ゴメン、ぼーっとしてた」
 美優が言う。
「やっぱり亜夢がキャンセラーつかいなよ」
「だ、大丈夫だよ、そのせいじゃないから」 
「そお…… 無理しないでね」
「うん」
 夜の街に出て、美優の下着を探した。
 下着のお店も何件かあったが、手持ちのお金では買えそうになかった。
「カードもってればなぁ」
「ハツエの家の近所じゃ、カード使える店なんてないもんね」
 美優が|精神制御(マインドコントロール)されたのは、超能力の合宿の為、にハツエを尋ねていた時だった。そこに行く時は、カードは使えないため、持っていなかったのだ。
「けどこんなのがこの金額なんて、ちょっとびっくり」
「ほら、これなんか真っ赤で、ここんとこスケスケだよ。びっくりしだよ。女子がこんなのはく時ってどんな気持ちなの」
「アキナ、ちょっと黙って」
「値段はびっくりじゃないけどさ……」
 美優は一人で残念そうだった。
 そもそも美優はここいらのハイブランドの店で普通に買い物をしている人だったのだ。それなのに|非科学的潜在力(ちから)がつかえるようになった為に、ヒカジョに移ってきたのだ。
「諦めて食事にしよ。食事」
 アキナと亜夢の意見が通って、分厚いステーキを出す店に入った。
 アキナと亜夢でビーフステーキー500gを分け合って平らげ、美優はチキンを食べた。
 三人は満足して、ホテルに戻った。
 順番にお風呂に入り、美優は最後にお風呂に入り、風呂場で肌着を洗ってフロアにある乾燥機を使った。
 美優は戻ってくるなり、亜夢たちに言った。
「なんか、このヘッドフォンと浴衣は似合わないよね」
「そんなことないよな、亜夢」
「うん、それなりに」
「そお?」
 自らの手で袖を引っ張って腕を伸ばし、くるっと回る。
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「シェアなんで」
 その言葉で、ちょっと印象が変わった。ただ、シェアと言っても、同性とのシェアハウス、なのか、同棲の言い換えなのか。その違いはかなり大きい。俺はそこまで突っ込んで聞く気にはなれなかった。
「そっかぁ、若いっていいね」
「えっと、そうだ。名前聞いてませんでしたね。私は井村って言います。お名前は?」
「へぇ、井村杏奈っていうんだ」
「あれ? 私、名前は言ってませんけど」
 井村さんは急に腕を身体にひきつけ、警戒した様子を見せる。
「あ、ごめん。俺、店で立ち聞きしちゃったんだ。本当にごめん…… 俺は影山醍醐」
「ああ。だから、『カゲ』って言われてたんですね。聞き間違えてて『ハゲ』って言ってるんだと思ってました。さっきから頭見て禿げてるのかなって」
 井村さんは無邪気に笑った。
「で、影山さんはどこまで行くんですか?」
「葵山だよ」
「えぇ…… そっちの方がびっくりです。葵山に住むって家賃いくらかかるんですか?」
「ああ、バイトの金じゃ住めないよね。……えっと、親戚の家に下宿してるんだよ」
 説明するつもりは端から無かったが、それでも冴島さんをどう説明していいか分からなかった。
 親戚、でウソを通せるだろうか。
「そうですよねぇ〜 いくらなんでもねぇ〜」
「まあ、お互い様ってことで」
 そんなことを話していると、葵山の駅についた。
 俺は降りると、電車が出発するのを見送った。
 井村さんは、扉のところに立って、ずっとこっちを見て手を振ってくれた。
「いい娘だなぁ……」
 電車が見えなくなると、俺はホームを離れた。



 多くの店が並ぶ通りに、たくさんのトラックが並ぶように止まっていた。
 朝のこの時間は、店のお客よりも店の商品を入れた段ボール箱の方が多い。
 トラックを降りるとせわしなく段ボールを台車に移し、それを店に運び入れる。
 通りに、また別のトラックがやってきて、店の前に止まった。
 トラックの運転手が降りてきて、荷物を入れる戸口に近づいた。
「ん? あんた、大丈夫かい?」
 戸口をふさぐように男が腰を下ろし、眠っていた。
 上半身裸に黒のレザーの袖なしジャケットをひっかけ、下も黒い皮のズボンだった。
「なあ、大丈夫なら、ちょっとどいてくれないか?」
 そう言って運転手が男の肩に触れると、急に立ち上がった。
「……」
 運転手も小さい男ではなかったが、立ち上がった上下レザーの男はもっと大きかった。
 二メートル、まではいかないが、それくらいの印象がある。精悍な顔立ちに、胸に七つの傷。
「おい。俺を起したのはお前か……」
 運転手は思わずバックステップして、何も言わず首を振った。
 あからさまに無視してやりすごそうとしていた。
「お前だなっ!」
 腕が動いたかどうか、はっきりしないほど早く、上下レザーの男は突きを繰り出していた。
 踏み出してとどくかどうか、という位置にいた運転手には何が起こったか分からなかった。
 当人からすれば、おそらく瞬間的に目の前にいた男が消えた、ように見えたろう。正確には後ろを向いているのだ。しかも、顔だけが。
 運転手が膝をついて前のめりに倒れたのに、顔は空を向いていた。
 運転手が死んでいることに、周りが気づいて救急や警察が呼ばれた時には、上下レザーの男の姿はなくなっていて、だれもその行先を知らなかった。





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 あの恰好の女の子が、店の外で、メニューとかを張ってある掲示板を拭いたり、ドアを拭いている。高いところを拭こうとすれば、足が伸びるし、低いところを拭こうとすれば、お辞儀するような恰好になったり、足を曲げねばならず、腰が落ちたりするだろう。色々と想像すると、突然『えげつなっ』と思った。
 おそらくこれは掃除させているのではない。単に掃除のフリをして、新人を外に向けてアピールしているのだ。客寄せだ。キャ〇クラの客引きと一緒なのだ。
 俺は自分の想像によって、よだれが出ていることに気付き、慌ててハンカチでぬぐった。
 俺は急いで残りの清掃を済ませた。
 VIPからチーフが出て来る時には、店内の清掃を終えていた。
「カゲ、ちょっと」
「はい」
 俺はさっきの杏奈とかいう娘が見れるかと思って急いでチーフのもとに走った。
 ちらっとみると、もうVIPには誰もいなかった。
「明日、午前中から入れるか?」
「えっ……」
 俺は今日も朝から入っている、と言いかけたが、冴島さんが手を横に振る動作が頭に浮かんだ。
「そっか。入れるよな。お前は優しい、良いやつだもんな」
「は、はい」
 チーフはジェルでべったり後ろに流している髪に触れた。
「俺はちょっと店来れないけど、女の子に話しかけたりするなよ。厨房の監視カメラちゃんと見てんだからな」
「えっ、音声も入るんですか」
 ぐいっと、胸ぐらを掴まれた。
「って、お前話す気満々じゃねぇか」
「いえ、違います。違います。普通監視カメラって音声抜いてあるんですけど、ここのは違うのかなって」
「音はねぇけど話しているのはすぐわかんだよ。黙って仕事してくれな。頼むよ」
「……はい」
 冴島さんに頼まれた仕事があるのだ、簡単にクビになるわけには行かなかった。
 明日も朝から入らなければならない、となると結構早く起きねばならない。早く起きるには早く寝ないと。もうこんな時間だ、俺はGLPを見て時間を確認すると、チーフに頭を下げた。
「では、お先に失礼します」
「おう。早く帰って身体を休めてくれ。おつかれさん」
 俺は前掛けを自分用のフックに掛けて戻すと、最後のゴミ袋を作ってゴミ置き場に持っていった。
 ビルのトイレによって手を洗い、ついでに顔を洗った。
 薄暗い通路を通って、ビルを出ると、駅に向かった。
 駅の改札にICカード乗車券をタッチしようとすると、背中を突かれた。
「いてっ」
 振り返ると、店の面接を受けていた女の子がそこにいた。
「帰るの一緒の方向ですね」
「ああ、うん……」
 なんだろう、この態度は。人なつっこいだけなのか、俺に気があるのか。しょっちゅう自分に気があるのでは、と思って失敗してきている割には、その考えを捨てられない自分がいて嫌だった。
 ホームで待っていると、電車が入ってきた。
「この時間の電車ってちょっと怖いから、一緒にいてくださいよ」
 車内にはそんなに人が居るわけではなかった。確かに日中に比べると乗客の質が違う。酔っぱらい、チンピラ風、女の子も居るんだが、優しい雰囲気はない。
「いいけど、キミ、どこまで行くの?」
「神宿までです」
 都庁のあるところだ。そんなところに若い女の子が一人で住めるのか。それとも、いいところのお嬢様なのだろうか。
「えっ、そんなところにすんでるの? 家賃高くない?」
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 キャンセラーをつけている人が、着けていない人のことを考えて心を痛めないように、そうしてもらった方がいいのかもしれない。亜夢はそう思った。
「そ、そうですね。そういうことできますか?」
「中谷さん、ちょっとホテルに電話してみて」
 中谷は不安げな顔をする。
「ダブルの部屋に3人の料金っていけるのかな」
 清川が怒ったように言う。
「出来るかどうかかけてみてから言ってください」
「は、はい」
 中谷がホテルに連絡を取ると部屋は空いていて、それでよければ構わないということだった。
 二人で使う部屋を三人入るため、かなり狭くなることが予想された。
 しかし、運転しながら清川が言う。
「いいなぁ」
 中谷がつまらなそうに答える。
「何が」
「中谷さんのことじゃないです。女子三人でお泊りのことですよ。ねぇ?」
「……」
「あれ?」
 清川がルームミラーを見ると、後ろの三人は寝てしまっていた。



 ホテルに着くと、中谷がホテル側に事情を話す。家出少女とかではない、とか料金は警察署が持つからという話を一通り話した。そして、部屋のキーを亜夢に渡した。
「チェックアウトは10時らしいから、それまでに署に来て俺か、清川くんを呼んで。チェックアウトしたら、ヘリが用意できるまでは署で待機かな」
「はい」
 亜夢の眉間にはしわが寄っていた。
 中谷はそれに気づいたようだった。
「つらい」
「ちょっとキャンセラーに慣れ過ぎた、っていうのもあるかもしれません」
「もう少し作れるように署長に掛け合ってみるよ」
「ありがとうございます」
 三人は手を振る中谷に頭を下げた。
 キーホルダーに刻印してある部屋番号を目指した。
 部屋のあるフロアでエレベータをおり、亜夢とアキナは荷物を抱えているのに、美優には何もなかった。
 アキナが言う。
「あっ、今気づいた、美優の着替え……」
「着替えは大丈夫だよ」
 美優は手を振ってそう答える。
「けど、下着は」
「……がまんするよ」
 以前泊まった時のことを思い出し、亜夢がフロア案内図を指さして言った。
「ほら洗濯は出来るよ。乾燥機も使えるからすぐ乾くし。それとも、今から買いに行く?」
「店開いてるの?」
「開いてるんじゃない? お腹も減ったし」
 亜夢はつらそうに頭に手を当てていたが、一方でお腹にも手を当て、言った。
「いってみるだけ行ってみようよ。高かったら買わなければいいだけだし」
「そうだね」
 部屋に荷物を置くと、三人はそのまま部屋を出た。
「亜夢、部屋着はあれつかうの? 浴衣」
「美優も思った? 浴衣って、ちょっと、あれだね。なんつーか」
 干渉波のせいか、二人の言っている意味がよく分からない亜夢は首をかしげた。
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 どうやら、その娘(こ)をVIPルームにに入れて話をしようとしているようだった。
「カゲ、VIP入っているからな。誰も入れるなよ」
「はい」
 俺は店内の床を拭き終えると、椅子とテーブルを拭いて回った。
 半分ほど終わった時に、VIPから袋を持って女の子が出てきた。
「あの、更衣室ってどこですか?」
 俺は無言で指を動かし、更衣室への道順を教えた。
 しかし女の子は理解できないようで、イラついた表情で言った。
「さっきからなんで黙ってるんですか?」
 VIPルームの扉は閉まっていて、チーフには聞こえないと考え、小さい声で言った。
「この店、女子店員と男子店員は口きけないんです。だから、店員候補のあなたとも話せないんです。更衣室はそこを左に言って突き当りです」
 女の子はニッコリと笑って会釈をした。そして更衣室の方へ入って行ってしまった。
 俺はとにかく部屋の掃除を進めた。正式採用までは女子店員ではないとはいえ、口をきいてはいけない規則だ。チーフが見ていたら首になってしまう。
 しかし、掃除をしていても着替え終わって出てくるだろう方向を、俺はチラチラと、いや、首がおかしくなるぐらいの頻度で見てしまっていた。あのグラビアラインの持ち主が、この店の制服をきたらどんな素敵な光景になるか、期待に胸が膨らむどころの話ではない。
 そして、現れた。
 生足、強調された胸、くびれた腰。
 そして、歩くたびに揺れるスカートのすそと、胸。
 俺は完全に仕事を忘れてしまった。
「似合うかしら」
 俺は話しかけられていることに気が付かなかった。
「……」
 VIPルームの扉が開いた。
 俺は反射的にテーブルを拭き始めた。
「杏奈くん、はやくこっちにきて」 
「は、はい」
 俺は必死に顔を上げないように耐えた。
 VIPの扉が閉まると、俺は大きくため息をついた。
「すげぇ。ここの制服、破壊力半端ねぇ」
 俺はVIPルームの扉を見つめていた。
 すると、聞こえないはずの声が聞こえた。
「いいね。制服姿みて、即決だ。採用だよ。で、いつから入れる?」
 チーフの声が漏れ出ている。
「えっと明日からでも」
 杏奈とか言った子の声だ。
「うんそうだな。明日から来てもらおうかな。明日はちょうどシフトが薄くて困ってたんだ。そうだ。聞いてないってことがないように、初めに言っておくとウチの店は、後から入った女子店員にやってもらうことがあるんだ」
「なんでしょう」
「掃除だよ。掃除といっても、さっきいた汚い男がやっているようなことじゃない。店のドアや外に出している掲示板を拭いてもらうんだ。制服でね」
 汚い男…… 俺は自分のことを頭に浮かべた。まあ、間違ってはいないか。
「仕事はウエイトレスなんでしょう? なんで『掃除』なんですか?」
「まあ、新入りの子にそういうことをさせる、って決まりなのさ。儀式というか」
 俺は想像した。
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「こんにちわ」
「おさきです」
 声に反応した俺は手を止め、振り返ったが、もうそこに女子店員の姿はなかった。
 一人帰って一人入った。まだ店内に行っていないから、着替えてここを通るはず。俺はそう思いながら、再び桶に手を突っ込む。桶の中の皿、フォーク、スプーンがなくなった。俺は何気ないふりをして、廊下の方を見つめた。
 再び別の音色のブザーがなった。
 食洗機が停止したのだ。取り出して、棚に並べなければならない。
 以外に思い食洗機を開けようと手をかけた瞬間、声がした。
「はいりま~す」
 何にも優先して、振り返った自分の全力のスピードで振り返ったはずだった。
 すでにそこには女子店員の姿はなく、チーフがガムを口に入れている姿があるだけだった。
「どした?」
「いえ、なんでもありません」
 このバイトを始めるときにがっつり言い聞かされたことがある。
 基本的にバイトは女子店員への声かけ禁止。どうしてもしなければならない場合は、チーフから指示をもらう事、となっていた。女子店員にタレント志望の娘(こ)が増えてからそうしたようだった。当然、どこまでそのルールが厳しいか知らずに応募してくるから、男子の求人倍率は高い。しかしこの状態だと知るとすぐやめてしまうので、離職率も高い、という具合だ。
「不満があるなら辞めても良い。代わりはたくさんいるからな」
「不満はありません」
 俺はそう言った。
 結局、ちょっとも女の子の姿を見ることはできなかった。
 皿や食器を洗って、ヘトヘトになってから、女の子の帰った店内の掃除を言い渡される。
 店内に入ると『ミラーズ』という店名に違(たが)わず鏡が多いことに気付かされる。そうか、俺は思う普通に客としてくれば最高だ。店を取引の場として使っている連中を調べるのに、食器洗いの裏方のバイトをしても全く意味がない。俺は、なにか的はずれな調査をしている気がしてきた。
 その時、店の扉が開いて、女の子が入ってきた。
「こんばんわ……」
 閉店後の時間に入ってくる女子は、店の女の子だと思って、俺は口を開かなかった。
「?」
 かすかに手首に違和感があった。
 けれどそんなことはすぐに気にならなくなっていた。俺は我を忘れて女の子を見つめていた。長い髪に切れ長の瞳、白いキメの細かい肌。それに出る所は出ているグラビア曲線の持ち主だった。キラキラしている、そんな言葉がぴったり合うように思えた。
 思わずやっぱりこの店の女の子はすげぇ、と思ってしまった。しかし、口をきいてはいけない。目線を戻して、ひたすら床をモップで拭き続けた。
「あの…… チーフという方はどちらですか?」
 女の子の方から、俺に話しかけてくる。言っている言葉からすると、どうも店員ではないようだった。
 念のため話しかけないように、手を使った仕草で待つように伝えてから、俺は店の奥に向かって声を出した。
「チーフ、お客様がいらしてます」
「お客? ん…… ああ、そうだ。座って待っててもらえ」
 俺は掃除が終わった方の側の席へ案内して、その娘(こ)を座らせた。
 この女の子をチーフが呼んでいたならば、この娘(こ)は店員候補で、今から面接するんじゃないか、と思った。
 モップをかけながら、チラチラとその娘(こ)を見ていると、チーフがやってきた。
「カゲ、VIPは掃除したか?」
 VIPルームというのは一番奥にある個室のことだった。
「最初に終わってます」
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『だからバイト一人ねじ込むのがこんなに大変だったのね』
『すみません。俺の為に』
 冴島さんはキレ気味に指を立てた。
『あんたのためじゃない。クライアントの為よ。今回は全国降霊協会からの依頼で、違法降霊師が商談に利用していると思われるミラーズ虎島店の調査になったってわけ』
 俺は何のことか分からなかった。
『違法降霊師、ですか?』
『訳わかってなさそうだから説明すると、店員ではなくて店の客の中に違法降霊師がいるみたいね。どうもお気に入りの店らしくて、何度も利用されている。この店で張ってればそいつが捕まえられる、ってわけ』
 俺は素直に思った。
『俺、わざわざバイトする必要なくないですか?』
 冴島さんは再びキレ気味に指を立てて言う。
『客を装ったりするにはお金がかかりますね? あなたが張り込みが上手ならいいけれど? そんな技術あるんですか? どうなんですか?』
『ごめんなさい』
『よろしい』
 というワケで、半分ぐらいはおいしいバイト、という気持ちで入ったのだった。
 しかし、俺が入れられたのは裏方のバイトで、女子店員との接点などは全くない。
 モニタを見る限り、壁の反対側にはタレントのような若くてかわいい、美少女たちが胸を強調した制服を着て、短いスカートをフリフリしながら店内を歩き回っているのだ。しかし、モニタ越し以外に顔を合わせることはない。軽食の調理が出来れば、皿を渡す時にちらりと女子店員の顔を見ることが出来るだろうが、バイトにそのチャンスはない。
 ただ、店員をみることが完全にないわけでもない。
 店は制服で働く関係で、勤務の前後に更衣室へ行く。皿洗いのバイトが唯一見ることが許される場面だった。
「由恵くん、上がっていいよ」
 俺はその言葉に反応した。ほんの僅か、更衣室へつながる廊下に移動する、二三歩だけ、ここから見ることが出来るのだ。
 その時、職場のチーフが思いついたように言った。
「おいカゲ。ゴミ出しして来い」
 泣きたかった。この何時間がつまらない皿との格闘を耐えたのは、この由恵ちゃん、という女子店員がそこを通過する一瞬、その為だったのに。
「は、はい。ゴミ出しですよね」
 俺は一瞬でも遅らせれば、由恵ちゃんという店員が『制服姿で』そこを通過するのが拝める、そう思った。
「さっさと行け」
 ボン、とゴミ袋を投げ込まれた。俺は濡れた床にしりもちをついてしまった。
「おさきに失礼します」
 テーブルの下に倒れている間に、由恵ちゃんは通り過ぎてしまった。
 何てタイミングなんだ、転ばなければ見れたかもしれないのに……
「ご、ゴミ出ししてきます」
 俺は裏口を開けて、薄暗い通路を歩いてゴミの集積所にゴミを出した。
 そのまま通路を戻って厨房に戻った。
「おうカゲ、ありがとうな」
 俺はチーフに会釈した。
 そう、まだ多少だがチャンスはある。私服に着替えているが、タレント志望の女子だきっとそれなりに『見栄えのする』恰好だろう。それに、上がる由恵ちゃんがいるなら、入る別の女子店員がいるはずだ。
 その時、小さくブザーが鳴った。
 洗い桶に皿やフォーク、スプーンが入ったサインだった。
「おら、来たぞ」
 チーフに言われるまま、俺は桶に手を突っ込んで下洗いを始めた。
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 長い髪の女が、タブレットの画面を見ている。そこには少々間の抜けた顔で映った男が一人。どうやら、どこかのIDカードとして使うために撮った証明写真のようだった。
「この男が?」
 部屋にはそう問いかけた相手がいた。
 それはお笑い芸人しかきないような、真っ赤なスーツに黒いシャツ、そこに真っ赤なネクタイをしていた。
 暗い部屋にもかかわらず、サングラスをつけている。
 男は、チタンのスキットルからウイスキーを口に含んだ。
 蓋をして雑に机に投げると、言った。
「ああ、そうだ。黒い火狼はこいつに殺られた」
 またスキットルを手に取ると、ウイスキーを飲んだ。
「信じられません」
「……俺もだ」
 そう言って、まるで水でも飲むかのようにウイスキーを口に入れる。
「黒い火狼が知っていた、という情報はわからないのですか?」
「わからん。本人(やつ)は確かめるために屋敷に向かったんだろうが、そこで倒された」
「いっそ|殺(や)ってしまいましょうか」
「顔はま抜けかもしれんが、あの屋敷の住人だった男だ。どんな霊を、どれだけ取り込んでいるかはわからん。十分注意しろ。いいか、殺(や)ろうなんて考えるなよ。可能な限り近づいて、屋敷の情報を引き出すんだ」
 女は、少し前かがみになって、胸とお尻に手をあてた。
「そのために教祖様は、こんな私に霊を|憑(つ)けてくれたんですよね」
「……」
「お役に立ってみせます」
「ああ、頼んだぞ」



 俺はスマフォで撮った写真を見ていた。写真を撮った写真だった。俺と、妹かお姉さんか分からない女性が一人と、父と母だ。顔が似ているわけでもない。この一人ひとりの距離感が、家族なのか、他人なのかわからなかった。俺に記憶がないせいでそう思うだけなのかもしれない。
 写真を拡大してみた。合成かなにかで、継ぎ目や修正している箇所がないか探していた。
 まるでこの写真が本当でなければいいのに、と思っているようだった。
「おい、カゲ。スマフォ見てないで仕事しろ」
 そう言ったのは職場のチーフだった。黒い前掛けをしていて、髪をジェルでべっとり後ろに流している。ちょっと怖い、チンピラ風の男だった。
「あっ、す、すみません」
 スマフォを持っている手を引っ張られた。
「……家族の写真か。なんだ。田舎から出てきて寂しいか。まあ、いいぜ。それなら少しくらい」
「いえ。大丈夫です。仕事します」
 俺は持ち場に戻って、桶から取り出し皿洗い機に皿をセットする作業を続けた。
 皿洗い機から出てくる皿を今度は棚へ戻していく。桶の水を抜いてから、汚れを取って捨てたり、トイレや床の清掃も残っている。
 俺がこの店のバイトに入れられたのは、冴島除霊事務所からの斡旋(あっせん)によるものだ。
 つまりただのバイトではない。調査目的があるのだ。
『ミラーズって店知ってる?』
 俺は店の名前に反応した。なぜなら、香山ユキちゃんがスカウトのきっかけが、ミラーズのバイトで有名になったからだった。
『知ってますよ。甘いものと美味しいコーヒーを出す店ですよね』
『ずいぶんアバウトだけど、そうよ。フルーツケーキを得意としているチェーン店。そこの虎島店でバイトして欲しいの』
『やりますやります。その店こそ、香山ユキちゃんが勤めていた伝説の店舗じゃないですか。今はユキちゃんのおかげで有名になって、タレント志望の美少女ばかりが集まるという』
 冴島さんが不機嫌な顔になった。
 どうやら、香山ユキが嫌いなようだ。以前も加山ユキのサインの話をしたら、バイト代からめちゃくちゃ経費を取られたのだ。
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「以前、私がこっちにきて、アキナと|思念波(テレパシー)で話したことがあったでしょ? 何かズレはあるのよね。距離がどう関係したのかはわからないんだけど」
 亜夢はあごに指を置いてそう言った。
 腰に手をあてて、アキナが返す。
「そうなのか。そんな違和感、わからなかったぞ」
「何かが見えなくなっているのよ。重要ななにか。きっとそれが、|精神制御(マインドコントロール)には重要なファクターなんだわ」
 中谷と清川が、わざと亜夢の視線に入るように近づいてきた。
「お話し中すみませんが……」
「?」
 中谷が説明を始めた。
「ここを出ないといけないんだ。このドームスタジアムを所有者に返さなきゃいけないしね」
 亜夢たちは顔を見合わせた。
 清川が気持ちを察したように言う。
「えっと、あなたたち、今日はヒカジョには帰れないわ。ヘリの手配はしてるけど、早くても明日の午後になりそうよ」
「じゃあ、今日は……」
「みんな一緒の部屋ってわけにはいかないけど、署のホテルに泊まってもらうわ」
 亜夢は人差し指を立てて言った。
「私が泊まったあそこですか?」
「そうそう。あのホテル」
 中谷が手を叩いた。
「はいはい。そういう話は車の中でしようか。さあ、駐車場へいこう」
 亜夢たちは、バックネット近くの出入り口から入って、地下の駐車場へ向かう。
 パトカーにつくと、中谷が助手席に回った。
 美優の暗い表情に気付いたようだった。
「西園寺さん、苦しいかい?」
 テロリストが仕掛けた機械が止まり、超能力干渉波が全開で働きだしているはずだった。
 中谷が手を合わせて言う。
「キャンセラーなんだけど、二人の分で終わりなんだ」
「!」
 亜夢はそれを聞いて、急に白いキャンセラーを外した。
「美優、私の使っていいよ」
「亜夢、だって」
 亜夢は首を振った。
「きっと、美優は|精神制御(マインドコントロール)されているから、これをしていないとまた敵にに狙われるよ」
 それを見ていた中谷が言った。
「キャンセラーをした子が両端に座って、してない子が真ん中にすわると、してなくても多少は楽になると思うよ」
「そうなんですか?」
「じゃ、亜夢先に入って、アキナはそっちから」
 後部座席は運転席後ろにアキナ、真ん中に亜夢、助手席側に美優という順で座った。
 清川が運転席に座ってエンジンをかけると、助手席に座った中谷が聞いた。
 車は署に向かって出発した。
「どう乱橋くん?」
「多少…… は楽かも」
 本当はひどくつらかった。
 中谷は表情から気持ちを察した。
「二人とも、もっと頭を寄せてあげて」
 美優もアキナも亜夢と体を前後させて、耳と耳がつくように頭を寄せてみた。
「どお?」
 頭が痛いのは治らないけど、と亜夢は思った。別の部分がいろいろ触れられて、気持ちよくてうれしい。
 ハンドルを握る清川が提案する。
「ね、ホテルのへや、ダブルベッドの部屋1つにする? 三人で川の字になって寝れば真ん中のひとも寝れるんじゃない?」
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「あなたの家族のことがなくて、屋敷が、このバランスを保っていられるなら、探査しないで放っておきたいくらいよ」
「……」
 橋口さんが俺の肩を叩く。
「大丈夫。必ず調べに入ることになるわ」 
 隅々まで覚えるように俺は屋敷を見つめた。
 屋敷の門までくると、橋口さんが霊圧を計測した。
「問題ないわね」
 冴島さんが横の小さな扉を開け、橋口さんと俺が出るのを待った。最後に冴島さんが出てきて、言った。
「コウタケのお婆さんから受け取った鍵で、ここを締めるのよ」
 橋口さんがずっと霊圧を測っている。
「大丈夫、準備できてるわ」
 俺はポケットから鍵を取り出し、差し込み、回した。扉が動くか前後に押し引きして、完全にかかっているのを確認する。
「霊圧の上昇はなし。大丈夫みたい」
「ふぅ……」
 冴島さんが大きく息を吐いた。
「警察には私が報告するから、麗子たちはそのまま帰ったら」
「カンナ、悪いわね。そうさせてもらうわ」
 橋口さんは新しいトレンチコートを取り出し、それを羽織る。
 軽く手を振りながら去っていった。
 通りを少し歩くと、止めていた冴島さんの車から、中島さんと松岡さんが出てくる。
「お嬢様!」
「所長、無事でよかった」
 言うなり中島さんが冴島さんに抱きつく。
 冴島さんに頭を撫でられながら、中島さんが泣いている。二人を見つめている松岡さんの目元にも、光るものが見える。
 まさか、それほどヤバイ案件だったのだろうか。
 車に乗り込むと、冴島さんが松岡さんに指示する。
「家に帰りましょう」
 すると、中島さんが言う。
「あの除霊士さんに警察への報告を任せて良いんですか? 手柄全部取られてしまいますよ」
 そうか、だから先に帰らせたんだ。
「大丈夫。除霊士協会でチェックがはいるから」
「けど、細かいところまでは」
「良(い)いわ。今、お金が重要ではないから……」
「……」
 俺はちらっとルームミラーをみる。
 中島さんの肩に頭を乗せ、冴島さんは眠っていた。
 俺は、ふと車と逆側の通りに、業務用のような大きな掃除機を見つけた。美紅さん、と思って振り向くと、長い髪の女性がそれを引きずっていた。
「別人か、そうだよね……」
 もう美紅さんはいない。
 俺は美紅さんのことを思い浮かべながら目を閉じると、そのまま眠ってしまった。



 4話  終
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 表情のない、お面のような顔。
 口が開くと、声を上げた。
「うぉおおおお……」
 美紅さん、どうして……
 冴島さんが、指を組み合わせながら言う。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」
 前に伸ばした手を合わせ、手を左右に開くと、冴島さんは何もない空間から刀を引き出していた。
 ちょっと待ってくれ……
 俺は球体を回り込んで、冴島さんのところに走った。
「待って、待って!」
 冴島さんは刀を顔の一つ一つに突き立てていく。
 刺された顔が悲鳴を上げる。
 刀が抜かれると、なかったかのように平坦に戻ってしまう。
 俺の様子に気づいた橋口さんに引き止められる。
「麗子の判断は正しいわ。もうさっきまでとは違うの。助からない……」
「冴島さん、やめてください!」
 橋口さんを引きずりながら、俺は進んだ。
「違うやり方が…… お願いです……」
 白い肌の球体は、転がりながら冴島さんに噛み付こうとする。
 両手に刀を持った冴島さんは下がったり、左右に回りながら、顔を見つけては刀を突き立てる。
「橋口さん、離して、冴島さんを止めないと」
「ダメ、助ける方法はないわ。やらなければ|殺(や)られるのよ」
 もう球に残る顔は一つしかない。
「美紅さん!」
 俺が叫んだ瞬間、肌色の球に残っていた顔が、美紅さんの顔になった。
 しかし、間髪を入れず、冴島さんの刀が突き刺さる。
 俺は橋口さんを振り切って、美紅さんの顔に近づく。
「美紅さん……」
 身体はこの大きな球になっていたが、顔は人の姿の時の美紅さんそのものだった。
「伝えなきゃいけないことがあるの…… 火狼が言ってたわ、キーはもうひとりの影山だって……」
「……美紅さん」
「ありがとう。あなたといた間、少しだけ人間に戻れた気がする……」
 虹彩の反応が止まった。
 口が引きつるように動いて止まる。
 冴島さんが刀を抜くと、顔は引き込まれるようにして平坦に戻っていった。
「ほら、早く離れて!」
 冴島さんに腕を引っ張られる。
 俺は走りながら、球体を見つめていた。
 一瞬、ぐっと小さくなったと思うと、また膨張し始めた。
「あっ……」
 美紅さんの身体だったものは、破裂した。
 散らばった肉片は、蒸気を発しながら消えていく。
「美紅さぁあああん!」
 冴島さんに手をひかれながら、叫んでいた。



「ここまできて、屋敷に入らないんですか」
 冴島さんがうなずく。
「霊力の消耗が激しすぎるわ。それに…… おそらく屋敷の中は、もっと霊圧が高い。この状態では危険よ」
「麗子の判断は正しいわ。外から測ってみたから誤差はあるでしょうけど。中は一つ桁が違う」
 俺は屋敷を見つめた。
 冴島さんが近づいてきて言った。
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 亜夢は必死に現実世界を見ようとするが、何も感じることが出来ない。
 ただ目の前にいる布をまとった人物を見つめることしかできない。
『その力を、なぜ良いことに使わないんだ』
 布の中に浮かぶ目が、細く疑うような目つきになる。
『では聞くが、お前の非科学的潜在力(ちから)の使い道が良いことなのか、考えたことはあるのか』
『……』
 布が波打ちながら、遠く、小さくなっていく。
『ま、待て!』
 意識を切り替えていないのに、思念波世界が見えなくなっていく。
「あっ!」
 バイクの轟音が聞こえてくる。
 意識がなくなっていたかに見えた七瀬がバイクにまたがっている。
 スタジアムのバックスクリーンにある大きな扉が開き、バイクはそこを走り抜けていった。
「まてっ」
 まるで床に靴が接着しているかのように足が動かない。
「まてっ!」
 バイクが通り過ぎると、扉はゆっくりと閉まっていった。
 完全に扉がしまり、バイクの音も聞こえなくなると、足が急に上がった。
 亜夢はどうしていいかわからず、ずっとバックスクリーンを見つめていた。



 亜夢とアキナはSATに人質全員解放までの話を伝えた。
 かなり長い拘束時間だった。すでに対テロ用情報統制(ICCT)は解けており、テロリスト側の超能力干渉波制御も崩壊していたため、二人は中谷の作ったキャンセラーをつけていた。
「ありがとう。これで報告書は作っておくよ」
「お世話になりました」
「誰も殺さずに済んで良かったよ」
「はい!」
 亜夢は二番目にうれしい言葉をかけられ、笑顔でそう返事をした。
 一番うれしいことは……
「乱橋くん」
 中谷と清川がやってきた。
 二人の後ろから、美優が言った。
「もうSATへの説明は終わったの?」
「美優!」
 中谷と清川の間をすり抜け、亜夢は美優に駆け寄った。
 |精神制御(マインドコントロール)され、ここまで連れてこられた美優を奪還した。亜夢はそれが一番うれしかった。
 抱きしめて、跳ねるように何度もジャンプした。
「ちょっと、亜夢……」
「良かったよ。本当に良かった」
「あの敵の、一瞬の隙をつけたのは本当にすごいよ」
「SATの人が、通信機を切ってくれたおかげだよ」
 美優は首を振る。
「スタジアムのカメラの映像は、ちょっとした補助にすぎないわ。あの一瞬の隙に取り返せるだけ、亜夢の力が上がったってことよ」
「そうなのかな」
 アキナが近づいてきて、言った。
「さっき自分で言ってたじゃない。相手は七瀬をバイクごと回収したんでしょ? それぐらい|精神制御(ちから)が強いってことじゃない」
「そう考えると、たかがカメラの映像を切ったがぐらいで奪い返せたのはすごい疑問だわ」
 アキナも美優も、真剣な顔をして黙ってしまった。
 亜夢はしかたなしに考えて言葉をつないだ。
「もしかすると、遠いところから|精神制御(マインドコントロール)するってことに、根本的な問題があるのかも」
 アキナが言う。
「思念波世界では距離がないんじゃんかったのか?」 
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「麗子、あれ、もしかして」
 橋口が言いかけると、冴島はその人の形の光の塊に向かって、走り出していた。
 冴島が行ってから橋口が言った。
「……それって果たして、人間(ひと)なの?」



 火狼に飲み込まれた、はずだった。
 俺は気が付くと、冴島さんに抱えられていた。
「良かった、生きてた、生きてたよ」
 冴島さんの涙が俺の顔に落ちてきた。
 横を向くと、男の姿があった。冴島さんはもとに戻れないと言っていたが、体から霊が抜けてしまった今、狼の姿ではいられなかったのだろう。火狼と思われる男は、立ち上がろうとして、血を吐いた。
 もう一度、膝が揺れながらも立ち上がると、俺を睨みつけた。
 血だらけの口を開け、倒れ込むように襲い掛かってくる。
 冴島さんが飛び退き、俺は転がりながら、男と交錯するように足元をすり抜けた。
 男が対象を失って地面に倒れ込むところを、抱き止めた者がいた。
「美紅さん!」
「もう戦うのは無理です。私と一緒に組織を抜けましょう……」
 美紅さんが男にそう言うと、男は俺の方を振り返った。
 男の血だらけの口がニヤリと笑った。
 男は美紅さんの方に向き直り、抱きつくようにして首筋を噛んだ。
「いやぁあああ」
 美紅さんが叫ぶと、男は破裂したようにバラバラになった。周囲に血が飛び散る。
 美紅さんは手で顔を覆っている。
「美紅さん?」
 俺は立ち上がりかけた。
 美紅さんの腕や足が風船が膨らむようにむくんでいく。
 指がわからなくなるほど手が膨らみ、着ていた服が切れて飛び散ってしまう。
 何もかも人としての形がなくなり白い肌の球体になった。直径で四メートルはあるだろうか。
 球体が完成すると、重力にまけて、丸くてい平たい、せんべい餅のように広がった。
 急激に地面に広がったその白い肌に弾き飛ばされ、俺は尻もちをついてしまった。
「美紅さん!」
 白い肌ののっぺりした物体が、俺の声に反応した。
 うねうねと一部が動き始めると、その縁に丸い輪郭が浮かび、横に並んだ切れ目と、縦に一つの突起、そのしたに横に開いた切れ目が現れた。
 三つの切れ目はただ暗く、穴が開いているように見える。
 俺はトンネルで見た、奇怪な顔の事を思い出していた。
 あの時、俺が見たのは、まさか、この美紅さんの姿?
「!」
 下の切れ目が動いて、声が出た。
「今度こそ、お前を食らう」
 美紅さんの声ではなかった。かといって、火狼だった男の声でもない。
「美紅さん…… 戻って、元に戻って!」
 人のような顔の横にもう一つ盛り上がりが出来、顔のような輪郭が浮かび上がる。切れ込んだだけの目と、突起した鼻、切れ込んだだけの口に、薄っすらと赤い紅が付いた。
「逃げ…… 逃げて…… 私…… 戻れない……」
 それはとても小さい声だったが、美紅さんの声だった。
 目の部分の切れ込みが閉じると、端から涙のようにしずくがこぼれた。
 白い肌の中に、輪郭ごと消えていく。
「逃げ…… て、おねが…… い」
 平たくなっていた白い肌の円盤が、再び球に戻った。
 すると、あらゆる場所を埋め尽くすように顔が現れた。
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「冴島さん、今です。霊弾を!」
 しばらくすると、輝く火の玉のような霊弾が飛び込んで来た。
 霊弾は、次々に火狼の喉の奥へ消えていく。
「避けて!」
 遠くで冴島さんの声が聞こえる。
 霊弾に当たるな、ということだろう。振り向きながら身体を動かし、霊弾を避ける。
 火狼は、顔を振って霊弾を俺に当てようとしているのだ。
 その間も、俺が突っ張る力を緩めれば口を閉じようとしてくるし、突っ張ればあごを開こうとする。
 火狼が嫌がっているなら、やっている意味がある。俺はそう思っていた。
「連続霊弾いくケド、いいわね?」
 橋口さんの声だ。
 青白い光りに包まれ、長い紐状の霊弾が、火狼の口に飛び込んでくる。
 うねりながら連続的に続く霊弾が、どんどん喉の奥へ入っていく。
 火狼は霊弾を俺に当てようとして、首を振り続ける。
「まずい!」
 火狼の霊力に対抗するため、『鉄龍』の力が使われていたのだ。
 霊力を使えば『鉄龍』は小さくなっていく。
 GLPは霊力のチャージが必要で、次の『鉄龍』を取り出すには時間がかかる。
 つまり、この『鉄龍』がなくなる前に、俺はこの火狼の口の中から逃げ出さなければならなかった。
 出来なければ…… 飲み込まれて死んでしまう。
「もっと、もっとたくさん霊弾を!」
「何いってんの、こっちも限界までやってんだケド」
「もう少し引きのばして!」
 口の中に居る俺には、火狼の様子がわからない。
 破裂しそうなのか、まだまだ余裕なのか……
 小さくなった『鉄龍』のせいで、火狼が大きくあごを開くと、身体を突っ張っても届かなくなってきた。
 ここで転んだら、そのまま飲み込まれてしまう。
「あっ……」
 そう言った時には『鉄龍』が消えていた。
 俺は火狼の舌に転がされ、喉へと落下していた。
「影山くん!」
 かすかに冴島さんの声が聞こえた。



「えっ? ……飲まれちゃったんだケド」
「……大丈夫、よ」
「何言ってんの麗子。現実を直視しないさいよ」
 冴島は首を振った。
 そして火狼を指さすと言った。
「カンナ、ほら、見て」
 火狼の膨らんだ腹が、青白く発光し始めた。
「限界が来たってこと?」
 冴島はうなずく。
 火狼は力なく横になると腹を上にした。
 腹の中からあふれる光は強くなり、光が弾けた。
 火狼の大きい身体が、急速に小さくなっていく。
 弾けた光に交じって、黒い霧のような、煙のようなものも抜け出ていく。
「麗子、黒いあれって浄化出来ない霊もいるってこと?」
 冴島は震えているばかりで、橋口に返事をしない。
「麗子? ねぇ、聞いてる?」
 火狼から抜け出た光が、意志を持っているかのように動き始める。
 集まる光が、人の形を作り出す。
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 霊弾が輝きながら火狼目がけて飛んでいき、すべてが到達した。
 同時に、火狼はまぶしい光に包まれる。
 光が収まると、そこにはかすり傷一つない火狼の姿があった。
「霊弾全部食われてるんだケド」
「く、食ったんですか?」
 橋口さんはうなずく。
「食ったというのはあれね。どっちかというと吸い込んだ、と言った方がいいかしら」
「あのくらいの大きさになれば、霊弾状態の霊を取り込むこともできるわね」
 突然、袖をひかれた俺は、後ろを振り返る。
 そこには、ショートカットで、つややかで真っ赤な唇の女性が立っていた。
 俺は思わず大声を出していた。
「美紅さん!」
「もう無理よ、あいつにはかなわないから、早く逃げて」
「この女、敵よ! さっき火狼と一緒にいた奴」
 橋口さんは至近距離から指を向け、霊弾を撃とうとする。
 俺は慌ててその手を跳ね上げる。
「橋口さん、やめてください。俺の知り合いなんです」
 美紅さんが言う。
「火狼(あいつ)はこの場の霊を吸い込めるだけ吸い込むつもりよ」
「吸い込めるだけって、この霊圧なのよ、全部なんか吸い込めるわけないじゃない……」
 冴島さんが呆れたように言う。
「そうか。そうですよね。じゃあ、おれがヤツの口をあけっぱなしにするから、冴島さんと橋口さんで霊弾をありたけぶち込んでください」
「だから、火狼(あいつ)は霊弾を取り込めるんだケド」
 俺は笑った。
「無限に食えるわけじゃないでしょう?」
「確かにどんどん霊を取り込んで、霊圧が高まれば体が破裂するわね。けど、どうやって口をあけっぱなしにするの?」
 俺は『鉄龍』を掲げた。
「これで」
「?」
「一か八かやってみましょう。行きます! 援護よろしくです」
 そう言って俺は火狼に向かって走った。
「待って、危険よ、待ちなさい!」
 そう叫ぶ冴島さんの声が聞こえる。
「指示が効かない……」
「無駄よ、麗子。さっき何か外れたように見えるケド」
「……」
「火狼! 俺を食らいやがれ」
 ニヤリ、と狼がまるで人のように笑って見えた。
 一瞬で間を詰められ、開いた口が上からかぶされた。
「うわっ!」
 上下に、牙がくると思って構えていたのに、かぶさるように襲い掛かられ、牙が前後になった。
 慌てて地面に倒れ込み、下あごに鉄龍を挿してそこに足をかけると、俺は上あごに両手をついた。
「これで口を閉じれないはずだ」
 火狼は強く下あごを押し上げてくるが『鉄龍』が刺さっていて閉じることが出来ない。
 慌てて、開こうとすると俺が身体を伸ばすから、やはり『鉄龍』は刺さったままだ。
「うわっ!」
 たまらず火狼は頭を振った。俺は火狼の口の中で激しく左右に振られる。
 強く腕と足を突っ張ることで、なんとか振り飛ばされるのを防いだ。
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 そして俺たちの位置を確認すると、大きな口を開けて走り出した。
「逃げて!」
 口を開けた火狼が、橋口さんに襲い掛かる。
 俺はしっかり橋口さんの身体を捕まえて、ぐるり、と回転した。
 火狼のあごが勢いよく閉じ、ガチッと、歯がぶつかる嫌な音がする。
 寸前で俺も橋口さんも、火狼にかみ砕かれずに済んだ。
 いや、そんなことよりも…… 俺の腕には橋口さんの柔らかい胸の感触が伝わってきていた。
 すると、俺が触っている橋口さんの胸から光があふれ始めた。
「えっ? 眩しい……」
 火狼は、光を恐れて飛び退く。
 そこに冴島さんが霊弾を浴びせ、火狼はじりじりと下がっていく。
 あふれだした光が収まると、まぶたを閉じていた橋口さんが目を覚まし、自らの足でしっかり立ち上がった。
「ふう…… おかげで、火狼の呪縛が解けたわ」
「……」
「ん…… いつまで触ってるの?」
 俺は慌てて手をひっこめた。
「その杖を貸して」
 GLPから出した『鉄龍』を橋口さんに渡す。
 火狼が再び俺たちの方へ走り出す。
 大きく開けた口に噛みつかれるか、と思ったタイミングで、橋口さんは杖を押し出すように霊弾を放った。
 杖は火狼の開いた口目がけて飛んでいく。
 とがった先がのどを貫くかに見えた瞬間、火狼は体をひねり、口の脇をかすかに切って鉄龍は飛んでいった。
 火狼の足が俺の頭に振り下ろされ、俺と橋口さんは火狼の体に押しつぶされた。
 右の拳を握りこんで、火狼のしたあごを突く。
 仰向けになった火狼の腹に、左の拳を打ち込むが、すぐに前足で反撃されてしまう。
「うわっ……」
 火狼も慌てて立ち上がって距離をとった。
 冴島さんが連続で霊弾を打ち出し、火狼はさらに後退する。
 俺は頭を切ったらしく、血が目にかかってくる。
「大丈夫?」
 橋口さんが俺の血を拭ってくれた。
「痛くは…… 痛いですけど、大丈夫です」
 すると、今度は火狼が冴島さんに向かって牙を向けた。
「麗子!」 
 橋口さんが霊弾を放つ。
 俺は『鉄龍』を回収するために走った。
 霊弾を次々と打ち込まれ、火狼は避ける一方だった。
 転がっている『鉄龍』を拾い上げると、火狼は再び遠吠えする。
「えっ? 大きくなってく」
「マズイ……」
 冴島さんがそう言ったのが聞こえた。
 俺は慌てて、二人の元に戻る。
「なんで大きくなったんです?」
「あたりにいた強力な霊を吸い込んだんだわ」
 橋口さんが言う。
「屋敷くらいに大きくなってる」
「こんなに大きい怪物、どうしたら……」
 冴島さんは無言で両手を振り上げ、同時に振り下ろした。両手の指の数、つまり十発の霊弾が同時に発射された。
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「そうじゃなきゃ、強力な超能力干渉波キャンセラーね。けど、このドームなら私達もキャンセラーなしのフルパワーだ」
「そもそも私が力を付けたとは思ってないんだな」
「こっちだって、修行してんだよ」
 七瀬はそう言って構えたアキナを挑発する。
「ほら、パーマ。かかってきな」
 クイっと指をまげて、呼び込むようなしぐさをする。
 アキナはそのまま七瀬に向かって走り出してしまった。
「ダメよ。バラバラに戦ったら不利……」
 亜夢が言うが、遅かった。
 拳がぶつかり合い、ヒカジョの力比べが始まっていた。
 大きな音がして、拳がぶつかる寸前で止まる。
 互いの|非科学的潜在力(ちから)をそこに出し切る。
「フン」
 七瀬は急に腕を引き、前のめりになったアキナを軸をずらしてかわす。
 振りかぶった拳を、態勢を崩して突っ込んだアキナの顎に振り下ろす。
 亜夢には、すべてがスローモーションのように見えた。
 が、実際は一瞬だった。
 アキナはスタジアムの人工芝の上に転がされた。
「アキナ!」
 死んではいない。
 思念波世界で覗き見る。アキナは気を失っているだけ、だけど、しばらく動けない。
「さて、あとはあんた一人だ」
『ちがうぞ。亜夢。思い出せ』
 七瀬の後ろにハツエが見えた。
「私の本当のちからかどうか確かめるといい」
 七瀬が走って亜夢へ向かってくる。単純に拳や肉体をアシストしただけでは負ける。亜夢はそう思った。
「ほら、どうした、手も足もでないのか!」
 七瀬は言葉を発しながらも、左、右ストレート、左ローキック、右の回し蹴り、と連続で攻撃を仕掛ける。
 亜夢は腕、足に|非科学的潜在力(ちから)で空気の層を作りながら、受け止める。それでも、ひとつひとつの打撃がおもく、反撃する隙がない。
「マスターのアシストなんて、はじめから……」
 話しながら攻めつける。
 亜夢は左右のフックをしゃがんで避けると七瀬の動きが鈍った。亜夢は立ち上がりざまにサマーソルトキックを狙う。
 亜夢の蹴りが空を切ると、間合いを詰めてきていた七瀬もサマーソルトキックを放つ。
 亜夢も、半身になって蹴りをかわす。
 私が何か七瀬美月より優っているもの。そこで勝負をしないといけない、と亜夢は考えた。けれど、ハツエはそんな事が言いたかったのだろうか……
 いやもしかして『あとはあんたひとり』に対して『違うぞ、亜夢。思い出せ』 と言ったのか?
「くらえっ!」
 亜夢はもう一人いる超能力者の力を借りる。
 次の瞬間、亜夢の指先から電荷が飛び出した。
 雷。
 一面白くなってしまうほど、まばゆい光が発せられた。
 七瀬がもし避けきれなければ…… どうなる? やってしまっておきながら、亜夢は自身の行為に恐怖した。
 主線となる稲妻を七瀬が避けると、スタジアムの人工芝へ落ちる。
 しかし、枝葉の雷が七瀬の腕から入って、足先へ抜ける。
「!」
 七瀬は目を見開いたまま、動きが止まった。
『乱橋亜夢!』
 突然、声が聞こえると亜夢には現実世界が見えなくなった。
 黒い布をまとい、目だけがこちらを睨んでいる。
『七瀬は返してもらう』
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 そんな様子を横目でみながら、俺はどうすることもできずに、あたふたと避けている。
 霊弾は地面に当たって消えてお終いなものもあれば、弾んで追いかけてくるものもある。
 腕についているGLPをのぞき込むが、『助逃壁』は表示がグレーで、まだ使えない。
「あのっ、俺はどうすれば!」
 冴島さんがちらっと振り返ると言う。
「あなたも霊力を集中すれば打ち消せるわ」
 俺は両手を伸ばし、霊弾を受け止めるつもりで精神を集中する。
 俺だって、霊力はあるんだ。集中、集中……
「うげっ!」
 広げた手のひらをよけて、霊弾が俺の腹の真ん中にぶち当たった。
 吹き飛ばされて、地面を転がり続けた。
 あちこちが擦り切れて血が出ている。
「……だめです」
「データセンターの時を思い出して!」
 そう、あの時俺はサーバーラックから出てくるゾンビを倒していた。
 アレが『霊力の集中』のヒントなのかもしれない。
 俺はGLPの竜頭をチリチリと回し、『鉄龍』に合わせた。
「出てこい鉄龍!」
 目の前に輝く杖が浮かび、その輝きが消えると、そこから金属でできた杖が落ちてきた。
 慌てて掴むと、俺はそれをバットのように構えて飛び込んでくる霊弾を打った。
「やった!」
 鉄の杖に弾かれた霊弾は、粉々の光の粒になって散り、そして消えていった。
 これなら、と思って俺はこっちに向かってくる霊弾に杖を振り続けた。
 火狼は橋口・冴島コンビが投げつける霊弾を避けたり処理したりしていたが、突然、手をついてしまった。
「ん?」
 俺は、スーツの男が両手をついて俯いているのを見て、違和感と不自然さを感じた。
 しかし、すぐにそれが間違えであることに気づいた。
 火狼は遠吠えをしたのだ。
「これが本来の火狼の姿ってことか」
 火狼の周囲の空気が陽炎のように揺れたかと思うと、着ていた服が燃え始めた。
 服が焼け落ちると、全身に毛が生え、身体全体が大きくなっていった。
「もう戻る気はなさそうね」
 そう言う冴島さんに俺はたずねる。
「どういうことですか?」
「火狼が狼の本体をさらけ出したら、誰かが封印するまで人の姿には戻れない」
「イコールヤバいってことよ」
 そう言って橋口さんが、闘牛士のようにトレンチコートを広げて持って火狼と俺たちの間に入った。
 完全に狼化した火狼。その怒り狂ったような咆哮が聞こえる。
 火狼が橋口さんのコートに突っ込んでくる。
 コートは火狼の頭に絡みついた。
 ダメージがなかったように見えた橋口さんが、よろける。
「大丈夫ですか」
 橋口さんの紫のセーターは胸元が開いていて、大きな胸の谷間が見えた。
 いや、なんで俺はそんなところを見ているんだ。
 コートを持っていた方の腕に軽く擦り傷がある。橋口さんは苦痛のせいか、まぶたを閉じる。
「橋口さん! 大丈夫ですか、気を確かに……」
 俺の腕のなかで身体をそらせると、さらに胸が強調される。
 触りたい、確かめたい、という気持ちが膨らんでいく。
「影山くん、何してんの? 火狼がっ」
 火狼は、顔を覆っていたコートを何とか燃やし尽くし、ぶるっと身体をねじった。
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