その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

2018年07月

「かげやま、さん?」
 俺の名札を読んだらしい。
「はい」
「どこかでお会いしましたか?」
 俺は首をかしげながら言った。
「そういうことはないと思います。強いて言えば私がバイトを終えて帰る時にすれ違ったことが1回」
 女性は一点の曇りもない笑顔を見せた。
「そう、そうね。いちどここですれ違ったわ!」
 笑いをこらえるようにしばらく口を押えてから、
「ごめんなさい。私だけ名前を知ってしまって。えっと、私は上村杏といいます」
 すべてを袋に入れて、支払いをお願いするところだったが、俺はその名前を聞いて何かとつなげかけていた。
「うえむらあん、さんですか」
 女性はうなずく。俺は自然と顔がほころんでいた。
 その時、何か変な気配に気づいた。周りを見渡すと、店長が店の端から睨んでいる。俺は慌てて金額を告げた。
「千と五十八円になります」
「はい、ちょうどあります」
 商品の袋を渡す時、上村さんが俺の手に触れた。
 ハッとして、目を合わせてしまうと、上村さんは軽くウインクした。
「また来るわね」
 手を胸のあたりで小さく振り、そう言って店を出ていく。
 店長が睨んだまま、近づいてくる。
「ちょいちょい、何やってるの! まったく」
「はい?」
「はい、ぎもんけい、って、その言い方、私をなめてるの?」
 胸倉をつかまれるのか、と思うほど店長は顔を近づけてきた。
「いいえ、なめているとかそんなことはありません」
「いい。お客さまと親しくなるのはリスクがあるんだから、バイトとして、そういうことをやらないでください」
 そう言うと、バックヤードに戻りかけた。
「美人だったから?」
 店長が足を止めた。
「お客様が美人だったからなんですか?」
 こっちに振り返って、またズカズカと近づいてきた。
「そんなわけあるか。お前が客と仲良くなって、変な噂がたったり、お客と仲が悪くなった時どう責任とるんだよ。あの人、近所の客なんだぞ」
 店長もそれくらいのことは考えていたのか、と思い言い返すのを思いとどまった。
 俺は自分の制服をつまみ上げて揺らし、言った。
「バイトとしてじゃなければいいですね」
「ああ、その通りだ」
 店長はバックヤードに入ってしまった。
 俺はそれからしばらく無言で淡々と仕事をこなした。
 すると、またそとの駐車場が騒がしくなった。
 商品を整理するついでに、窓際を回って駐車場を確認する。一人、二人…… いや六人、七人。あ、またやってきた。
 さっきと同じ場所に不良のような男たちが集まって、踵をべったりつけて座っている。
 俺がのぞき込んでいることに気付くと、連中はぞろぞろと店内に入ってくる。
 俺はレジ側に急いで戻る。バックヤードの扉が少し開いた。店長が見ているようだ。
 店内を列をなしてぐるっと回っていくと、各々飲み物や食べ物を一つづつもって並んだ。
このエントリーをはてなブックマークに追加

「バイト中に怪我をされたら、私が困るんだよ。まったく」
「すみません」
 単純に、俺のことを心配しているのではないことを知り、ここのバイトが単純なものではなくてそれなりにブラックだったことを改めて思い出した。
 それでも店長の位置を確認しながら、外の連中を見ていた。
 連中のせいで、客が引き返してしまうようなら、追っ払う必要がある、と思っていた。
 しかし、人数が七、八人になった頃、ぞろぞろと駐車場の端へとあるき始めた。
「ん?」
 何か目的があるようには思えなかった。しかし、紐で引かれるように次々と去っていく。
「ちょっと影山くん。さっきも言ったろう、困るよ」
「いや、大丈夫ですよ。連中どっかに行くみたいですから」
 言っている間に、駐車場に残っているやつが去っていった。
「ほら」
「……」
 店長は少し喜んでいるようにも思えたが、クビを傾げていた。
 確かに去っていく理由がわからない。
「ちょっと駐車場掃除してきます」
 連中がたむろしていたところに、食べかすやゴミが散らばっている。それを片付けるふりをして、俺は連中がどこへ行くのか見極めようと思った。
 コンビニの外に出て、|箒(ほうき)とちりとりを取りに行く。
 横目で連中を見てみると、コンビニの駐車場のすぐ二メートルほど下にある畑にいた。駐車場の端まで行き、様子をみる。連中は畑と畑の間の小道を、一定の間隔を開けて一人ずつ歩いて行く。
「なんだろう」
 小道の先には軽トラが走れるような農道がある。そこに誰かいるようなのだが、遠すぎて見えない。
「ん〜」
 誰からも目撃されるような位置なのに、遠いというだけで見えない。
 鳥のように翼があれば行って見てくるのに……
「!」
 そうだ、式神だ。
「ほら、駐車場の掃除するんじゃないのか。まったく」
 店長に見つかって、俺は連中がたむろしていたところに戻り|箒(ほうき)で掃除した。
 掃除がおわり、道具を片付ける際に、畑の方を覗いた。
 列になって歩いていた連中はいなくなっていて、何かしたような跡もなかった。
「なんだったんだろう」
 裏のドアが開いて、店長に呼ばれた。
「ほら、お客さんだぞ」
 俺は急いで店内に戻って、手を洗って、ぬぐってレジにつく。
「あっ……」
 俺は思わず声を上げてしまった。
 女性の一重の瞳はすこし垂れ目で、唇は薄かった。顔はスッキリとほそい感じだ。あれ…… 知っている女性、と錯覚してしまうような雰囲気。作り出す表情や、それらの配置やバランスが良くて美人であるということだ。しっかりメイクもしていて、ドキッとさせられる。
 以前、ここですれ違った女性だ。
 コンビニという性質上、二度とこない客か、何度も来る客がはっきりしていた。つまり、この女性客は何度も来る、近所の女性に違いないと俺は判断した。
「どうかしました?」
 レジには商品がたくさん置かれていて、まだ一つとして俺はスキャンしていなかった。
「失礼しました」
 俺が商品のバーコードをスキャンしては袋に入れていくと、女性が言った。
「どこかで会ったかしら?」
 えっ、そのセリフをそっちから言うのか、俺はなんて返していいのか悩んだ。
このエントリーをはてなブックマークに追加

 俺は連絡をとると、冴島さんは式神について予習をしておけ、ということを言った。
 術を実際に使う練習は、冴島さんといる時にすることになっていた。自分ひとりでやるのは、必ず座学だけ、と決められていた。それは例えば霊弾を撃ったとして、目標もなくさまようようなものを撃った場合、俺が自分で始末をつけられるかわからないからだ。実地は必ず冴島さん監督の下で行う。これが決まりだった。
 そのまま大学の図書館へ行き、式神に関する本を読むことにした。
 パソコンで検索をかけると、かなりの数の本が出てきた。
 どこから読むか、と思って、目をつぶってから指さして数冊選んだ。
 棚から集めてきて机に置き、目を通していく。
 概要だけをかいつまんで呼んだ限りは、使役した神(鬼)ということのようだ。人間に使われるような神、というのだから、どちらかと言えば鬼、が正しいのではないかと俺は思った。そういう意味では、このGLPだって、式神をシステム化して使っていると言える。
 いろいろ読んでいく中で面白いのは、紙にさらさらと呪文を書き、それがあたかも生きているように動き出すものだった。
 そういえば、あの時の降霊師も紙を懐から取り出して使っていた。
「ん?」
 図書室の窓ガラスに気付かないのか、スズメほどの大きさの鳥が俺に向かって飛んできた。
 当たる、と思って目を閉じるが、ガッとも何も音がしなかった。
 目を開くと、俺が積んでいた本の上に止まって誇らしげに鳴いた。
「あれっ?」
 横に座っている人も、正面に座っている人も、周囲の人が誰一人このスズメを無視していることに気が付く。
 俺はじっとスズメ…… スズメの大きさの鳥…… 鳥のような何か…… をじっと見た。
 じっと見ていると、何かディテールが違う。何か雰囲気が鳥ではないのだ。
「これ、式神だ」
 鳥がそのガラスを抜けてくるわけがない。そして俺以外に気付くものがないとすれば、そう考えるのが自然だった。式神だとしたら、逆によくできている。こんなのを飛ばせれれば、誰にも気づかれずに探偵のようなことが出来る。何しろ、普通には見えないのだから、どこにでも入り放題だ。女湯だろうが、女子更衣室だろうが……
 俺は研究の為、その式神を捕まえてみようと思った。理屈が分かれば、俺にも出来るかもしれない。
 そのスズメに、手を伸ばした瞬間、パッと姿が消え、一枚の紙になった。
「!」
 無の空間から紙が出てきたのは、他人に見えたらしく、俺は不思議そうな目を向けられた。しかし、じっと動かず我慢していたら、全員自分の本や勉強に戻っていった。
 俺は本の上に乗った紙をそっと手に取った。なにか文字が書いてある。
「不純な動機の為には、式神は使えないわよ 冴島」
 冴島さんは初めからこのメッセージを書いておいて、俺に飛ばし、俺が欲を出して式神を取ろうとした時に術が解けるようにしておいたに違いない。俺は試されていた、ということだ。
 スマフォが鳴った。冴島さんからのメッセージだった。
『正しくないことの為に術を使ってはいけない。最初に約束した一番重要なことよ』
 俺はスマフォに向かって頭を下げた。



 俺は大学を出ると、昔住んでいた家の近くのコンビニに向かった。
 ちょっと前に店員を人質に立てこもり事件があったコンビニだった。さすがに直後は客も来なかったが、徐々に客がもどってきているようだった。客より問題なのはバイトが集まらないことにあった。
 俺は店長に挨拶をして奥に入ると、コンビニの制服を羽織った。
 商品を並べていると、外にかかとをべったり付けたまましゃがみ込む若者連中が増えてきた。リーゼントとか、角度を付けたサングラスとか、都心とは違う、郊外や地方によくいる不良のような連中だった。
 連中の方を見ていると、店長がやってきた。
「影山くん、あんまり連中の方をジロジロ見ない方が」
「大丈夫ですよ」
 あまりにビクビクしているので、俺は少し笑いながら言った。
このエントリーをはてなブックマークに追加

 俺は砂糖とミルクを入れてかき混ぜた。
「影山くん、あなた除霊士になりたいの?」
「えっ? なんでそうなるんですか?」
「井村さんとかを救いたかったんでしょう?」
 ん、俺はそのことを話していないはずだ。
「俺、なんか言いましたっけ?  
「足固められて動けなかった時、電話先で泣いてたし」
「な、泣いてませんよ」
 冴島さんは、スッとコーヒーを口に含んだ。
「……動機がなんであれ、除霊士を目指すなら手法は教えてあげる」
「うんと、俺、除霊士になりたいわけじゃ……」
 コーヒーを持った手をゆっくりと冴島さんの方に出して言った。
「同じことよ。正式じゃなければ、今回の違法降霊師と変わらないわ。除霊士になるためじゃなければ教えられない」
 冴島さんの表情は真剣そのものだった。
 半端な目的で、中途半端に除霊の術を知っている素人よりも、正しい目標に向かって勉強している者の方が術を正しいことにつかえるということだろうか。
 悩んだ末、ふと見るとコーヒーがなくなりかけていた。
 俺は決断した。
「……俺、除霊士を目指します」
 パチン、と冴島さんが手を叩いた。冴島さんが右手を差し出してくると、俺も右手を差し出して握手をした。
「これからは|弟子(でし)って呼ぶから」






「ほら、お客さん来てるじゃない」
 おにぎりを並べていたが、店長に言われてすぐにレジに戻る。
 接客をして、レジ打ちして、商品を渡す。
 おせぇんだよ、と言わんばかりに無言で睨んでいく客。
 それに対しては怒りの感情すら沸かなくなっていた。睨んだり、舌打ちするだけなら何も痛くない。そういうのには慣れてしまった。本当にイヤな客は、肉体的な接触がある。暴力、というやつだ。
「ほら、ぼーっとしてないで戻ってきて」
 俺はまた棚におにぎりをならべる作業に戻った。
 これが終われば、大学に行ける。
 そう思うと救われた。今の状況からすると、大学で勉強することが、肉体的、精神的にも楽だった。バイト先はこんな感じだし、家に帰れば冴島さんから除霊士のためのキツイ修行をさせられる。かと言って大学で寝ているわけではない。大学の勉強が新鮮で、楽しい、安らぐ、と心からそう思えていた。
 俺は服を着替えて、店長に声をかけて上がった。
 店を出て行く俺とすれ違うように、コンビニに女性客が入ってきた。
「ん?」
 振り返ると、女性も俺の方を見たような気がした。
 一重の瞳はすこし垂れ目で、唇も薄かった。顔はスッキリとほそい感じ。知っている女性、というわけではなかった。だが、間違いないのはバランスが良くて美人だということだ。しっかりメイクもしていて、ドキッとさせられる。
 しばらく入り口の端に避けて俺はその女性客の姿を目で追った。
 何度記憶にアクセスしてみても、知り合いではなかった。
「……」
 結局、俺が惚れっぽいだけなのだろうか、と思いながら大学へ向かった。
 午前の授業を受けて昼食を取って後、俺が受ける午後の授業が休講になっていたのに気づいた。
「どうしよう、時間が余った……」
 俺は冴島さんの言葉を思い出していた。『大学の勉強もあるでしょうから、少しでも時間のある時は私に連絡しなさい。そうしないと術は身につかない』そうだった。とにかく連絡をしないと。
このエントリーをはてなブックマークに追加

 中谷が扉を閉めると、三人は急いでヘリから離れた。
 三人は小さくなっていくヘリに手を振っていた。
 翌朝、アキナは寮監に呼び出された。
 学校で美優と亜夢がしつこくたずねると、やっとアキナが口を開いた。
「子猫、つれてきちゃったの」
「え~」
 亜夢はアキナのホームセンターでの行動からこんな事じゃないか思っていた。
 やっぱりホームセンターに寄りたがったのは、子猫の為だったのだ。
「けど、個人で飼ったら両側に違反するからダメだって。だから寮監のところで飼ってもらうことになった……」
「そっか。けど、離れ離れにならなくてよかったね」
「うん」
 アキナは笑った。
 学校につくと、クラスの中で人だかりができていた。
 亜夢が一人の肩を叩いてたずねる。
「新しい転校生だって」
「へぇ」
 亜夢がそう言うと、さっと人が捌けて亜夢と転校生の目があった。
「!」
 転校生はイスラムの女性のようで、黒い布を頭からかぶり、目だけが見えていた。
 亜夢はイヤな予感がした。
 テロに加担していた宮下加奈、三崎京子が『マスター』と呼んでいた目だけを見せている人物…… もしかして……
「……ニカーブっていうらしいよ」
「えっ?」
 亜夢は何を言われたか分からなかった。
「あの頭から被っている布のこと。イスラムの女性は外に出るときはあんな恰好なんだって」
 突然、その転校生と目があった。
『よろしく』
 思念波(テレパシー)でそう言われた。亜夢が思念波世界を覗くと、やはりそのニカーブを付けた姿が現れた。
『……』
 返事をしないでいると、思念波世界からはじき出された。
 転校生は亜夢を、じっと見つめていた。
 この娘(こ)がマスターだとしたら……
 亜夢も転校生をいつまでも見つめ返していた。



 終わり

 
このエントリーをはてなブックマークに追加

「ありがとうございました」
 その時、派手な音の着信音がなって、橋口さんは手袋を外してスマフォを確認した。
「どうかしました?」
「注文していた鞭(むち)が入荷したみたいね」
 橋口さんが、ニヤリ、と笑った。
「ムチ?」
「黒い火狼(ほろう)に焼かれてしまったのよ。ムチがあれば今日だってこんなに遅くはならなかったし、逃した降霊師も捕まえられたかもしれないわね」
「そんなにすごいんですか」
 訝しげに俺を見てくる。
「勘違いしているかもしれないけど、もちろん、普通の|鞭(むち)じゃないわよ。呪術的な刻印がされている対霊体用の特殊|鞭(むち)なんだから」
「なるほど」
 カチャリ、とバイクのギアを変えると、クラッチを切ってハンドルを開け、ドルン、と大きな音を出した。
「じゃあね」
「おやすみなさい」
 俺は橋口さんが去っていくまでそこで手を振った。
 そして家に帰ると、寝間着にタオルをクビから掛けている冴島さんが迎えてくれた。
「お帰り」
「ただいま」
「……」
 俺がダイニングキッチンの方へ行くと、冴島さんがついてきた。
 椅子に座って、大きくため息をついた。
「お疲れのようね」
「ええ、少し疲れました」
「悪いけど、バイトが重なっちゃったの」
 俺は自分自身を指さした。
「俺のバイトが、ってことですか?」
 冴島さんが、首からかけていたタオルで自身の頭を少し拭った。
「当然でしょ。私はバイトする必要ないもん」
「重なるってことは、新しいバイトですね」
 今、俺は『ミラーズ』というアメリカン・パイレストランのバイトをしている。しかし、今日、追跡していた降霊師を逃してしまったため、近日中にこのバイトは終了せざるを得なかった。
「今度はコンビニね」
「コンビニ……」
 俺が疲れたような声でそう言ったせいか、冴島さんは食器棚のところに行ってカップを取り出そうとする。
「コーヒーのむ?」
「ありがとうございます。飲みます」
 冴島さんが豆をセットすると、コーヒーメーカーがうなりを上げて豆を粉砕し始めた。
「ミルクと砂糖は?」
「両方ください」
 テーブルに一通り準備すると、冴島さんが俺の正面にすわった。
 肘に顎をのせ、こっちを見ている。
「どうしたんですか?」
「コーヒーが入るのを待ってるのよ」
「バイトについて教えてくださいよ。今度はどんなことなんですか」
 冴島さんは話し始めない。
 しばらくすると、コーヒーの香りがしてきた。
 俺は、冴島さんの方は向いてはいたが、井村さんのことをずっと考えていた。
 力があればおっさんの魔の手から救えたに違いない。冴島さんや、橋口さんのように除霊能力を鍛えれば、俺だって井村さんを……
「コーヒー入ったわよ」
「ありがとうございます」
このエントリーをはてなブックマークに追加

 俺は駆け寄る。
 橋口さんがゆっくり近づいてきて、トレンチコートから|幣(ぬさ)を取り出すと、うつ伏せに倒れている男を祓う。
「多分、この人にはものすごい反動がくるわ」
「どういうことですか?」
 空を指差し、次に地面を指差す。
「憑いていた霊の力が強ければ強いほど、後遺症が残るわ。まるで空を飛んでいるような高揚感から泥沼を這うような感覚になるわけよ」
 俺は男に肩を貸して立ち上がらせる。
「降霊って、麻薬のようなものなんですね」
 自分で言っておきながら、俺はどうなるのだろう、と思う。
 俺の中にもいくつも霊がついている、と冴島さんが言っていた。
 記憶を封鎖している霊がいなくなって、記憶が戻ったとき、麻薬のように霊を欲しがっている俺がいるのだろうか。
「まあ、そんなところね。この男、昨日から何件か窃盗と傷害事件を起こしてるから、警察に連れて行って引き渡しましょう」
 橋口さんが近づいてきて、濡らしたタオルで俺の顔をぬぐった。
「?」
「気づいてないの? 顔、血だらけよ」
 橋口さんが見せたタオルを見て、顔の痛みが戻ってきた。



 暗い部屋の中で、真っ赤なジャケットの男がスキットルを口に運ぶ。
 ウイスキーの香りが部屋に広がる。
 部屋の中のソファーには、女が横になって寝ていた。女はウイスキーの香りに目が覚めたのか、姿勢を正して座り直した。女は長い髪に切れ長の瞳、白いキメの細かい肌。くびれと、出る所は出ているグラビア曲線の持ち主だった。
「すみません」
 赤いジャケットの男はその言葉に反応せず、じっと立ったままだった。
「私のせいで」
「もういい。今度はうまくやれよ」
 女の目が一重に変化して、大きく少し垂れ気味になった。唇も少し薄くなった。顔の輪郭も丸顔から、すこし細い感じに変わっていく。それだけ変っても、全体のバランスが保たれていて、美人には違いなかった。
「これなら見破られません」
 そう言う声も、さっきまでとは別人のようだった。
 男は突然女の正面に回り込み、女の眉間を指さした。
「外見はいい。お前の能力でいくらでも変えられるからな」
 男は次に自分のこめかみあたりを指さした。
「問題はお前の思考だ。気に入られ、取り入ろうとするのはいい。だが、気持ちを許してしまっていないか?」
「……」
「あんな降霊師に手玉に取られるというのは、お前から緊張感が抜けてしまったからだ」
「そんなことは……」
 女は頭を下げ、床を見つめる。
「あの男に対して油断することは今後二度とありません。次は必ず」
「ああ……」
 と言うと、男は目をつぶって腕を組んだ。
「次は頼むぞ」



 橋口さんがが運転するバイクで、送ってもらった。
「墓地の横は入りたくないから、ここで」
 橋口さんはそう言った。
 ここは冴島さんの家の近くの大通りだった。家は少し入って、墓地の裏手になる。
 俺はヘルメットを橋口さんに返し、頭を下げた。
このエントリーをはてなブックマークに追加

 亜夢が後ろを向いて、美優とアキナの周りの状況を思念波世界で送る。
『ありがと』
 二人も表情を変えずにフードコートの中へ入ってきた。
「ふう……」
「さあ、なに食べようか」
「ラーメンかなー、ヒカジョの周りっておいしいラーメン食べれないし」
「私はミスバーガーがいいな。県内に一軒も無くて泣いたもん」
 アキナがラーメン、美優がバーガー。亜夢もどちらかだとは思っていたのだが……
「じゃあ、私は両方食べる」
「えっ、結構量多いよ?」
 美優が言う。
「けど、ミスバーガーはヘルシーだし」
「じゃ、ラーメンどうすんの?」
 アキナの問いかけに、亜夢は固まる。
「いいの! 食べたいものを食べるの!」



 軍の飛行場につくと、強烈な超能力干渉波で亜夢の顔が歪む。
「あ、キャンセラーは車から出る前に外してね」
「はい」
 アキナも亜夢と同じぐらい、つらそうな顔になる。美優もはずすと、それなりに影響を受けたように目を閉じる。
 車を止めると、中谷が先導してヘリの方に連れていく。
 乗り込むと今度は、VRヘッドセットを着けさせられる。
「西園寺さんは初めてだっけ」
「?」
「えっと、航空機や相当の乗り物に超能力者を載せる場合、VRヘッドセットを着けてもらうことになっているんだ。航空法の……」
「わかりました」
 美優はさっさとVRヘッドセットを付けた。
 亜夢とアキナは、中谷に接続されないように余った接続端子に指を置くと、VRヘッドセットを着けた。
「あれ…… 俺、警戒されてるね」
 亜夢たちは干渉波のノイズで苦しみながらも、楽しいVRの世界に入った。
 そこは、いつもの何もない真夏の島、そして海だった。
 準備が出来ると、ヘリは離陸し、ヒカジョのある場所までの飛行を始めた。
 ヒカジョの校庭上空に来た時は、もう日が落ちていた。
 さすがにVRのなかでも動きつかれた三人は、肩を寄せ合って眠っていた。
「乱橋くん、西園寺くん、森くん! 起きて!」
 中谷が叫ぶ。
 ヘリはすぐ引き返すつもりでプロペラを回している。
「起きて! 起きないと……」
 その瞬間、電気が走ったように三人の体が震えて、ヘッドセットを外し始めた。
「?」
 中谷は不思議そうな顔をする。
 一番先にVR装置をはずした亜夢が言う。
「ダメですよ。変なこと考えたら。すぐわかりますからね」
「えっ、何もしてないよ?」
「しようとしたじゃないですか」
 中谷は顔を真っ赤にした。
 三人がヘリを降り、ヘリに残った中谷に手を振った。
「ありがとうございました」
「元気でね!」
このエントリーをはてなブックマークに追加

 急に暗くなった、と思って目を開けた。
 目が慣れてくると、状況が分かった。
 俺と橋口さんは結界の外出ていた。
 軍服の男は、顔を覆っていた腕を開いてこっちを見る。
「結界を壊したというのか」
「このこのエロパワーをなめないことね」
「えっ? エロパワー? なんかもっとカッコいい名前着けてくださいよ」
「じゃあ、スケベパワー」
 俺は項垂れた。
「ならば俺の霊弾を食らえ」
 軍服の男は、手袋をした手の人差し指を伸ばし、親指を立てて、銃のような形をつくる。
 そして、狙いをつけると、そこから光る霊弾が発射された。
「かげやまくん、トレンチコート!」
 俺は地面に落としていたトレンチコートに飛びつき、橋口さんに投げた。
 自然と広がったトレンチコートが男の放った霊弾を捉える。
 橋口さんが、トレンチコートのうしろから鉄拳を霊弾に向けて打ち込む。
 すると、霊弾は倍のスピードで男に返っていく。
「ぐはっ……」
「橋口さん、効いてますよ! もう一発」
「屋敷の時のようにここは霊圧高くないんだケド」
 霊を弾丸として打ち出す技だ。周りから取り込む霊力がないと、自分で振り絞るしかない。霊圧が高ければやりやすいということなのだろう。そして、ここは街中、霊圧は高くない。
 橋口さんは俺を手招きする。
「?」
 そして胸を手で持ち上げてみせる。
「ここに手を当てて」
「えっ!」
 俺は引いてしまった。しかし、橋口さんは俺の手を引いて胸に押し当てる。
「ほら、さっきみたいに後ろに回って」
「……」
「早く!」
「はい」
 俺はもうやけになって橋口さんの胸を触った。
 柔らかいし、後ろに回ると橋口さんの髪からほんのりいいにおいがする。
 自然と背中に体を押し付けてしまう。
 橋口さんもさっきの軍服男のように人差し指を伸ばし、親指を照準よろしく立て、狙いをつけた。
「霊力頂戴!」
「はいっ!」
 霊力なのか、精力なのか、頭のなかがぐっちゃぐちゃになってわからなかった。
 けれど橋口さんの大きな胸が光って、俺は目をつぶった。
 ドンっ、と大きな音がして、目を開くと、軍服の男は胸を抑えていた。
 苦しそうに、膝をつく。
「ぐぁ……」
 スッと、男の周囲の空気が歪む。
 何か、帽子、外套、軍服を着た男が抜けていくように思えた。
 男はみるみるうちにおっさんに金を渡す前の体格に戻っていく。
「霊が抜けた?」
「そ。成仏したってこと」
 男は、うつ伏せに倒れ込んだ。
「だ、大丈夫?」
このエントリーをはてなブックマークに追加

「橋口さん、この結界、どうすればいいですか? 『助逃壁』は効きますか? 『鉄龍』はどうですか?」
 橋口さんは、俺の言葉など聞こえていないようだった。
 軍服をきた長身痩躯の男が迫ってきているのだ。
「こんなに単純な結界に嵌るとはな…… ククッ」
 俺には男の目が光ったように思えた。
「とにかく『助逃壁』行け!」
 俺は竜頭を押し込んだ。
 放たれた光の壁は、橋口さんを押さえつけている結界をスルーして、軍服の男へと飛んでいく。
 男は、ひょい、と石垣に飛び上がると、さらに跳躍して俺の背後に降り立った。
「何度もそんなものを食らうか」
 一瞬で間を詰められ、正面へ突き出した右足が俺に飛んでくる。
 かわせ…… 心の中ではそう叫ぶが、間に合わない。
「うぉっ」
 体重差だろうか、筋力の違いだろうか、俺はカンタンに蹴り飛ばされた。橋口さんのいる結界にぶつかって、今度は地面に叩きつけられる。
「ぐっ……」
 自分の腕が胸と地面の間に挟まって、胸の一点を強打した。
 息が……
 うつ伏せから体をひねって空を見上げると、軍の帽子にこけた頬、軍服の男が視界入った。
「死ね虫けら」
 ブーツが顔に落とされる。
 瞬間に体をひねってかわす。
「避けるか、それなら」
 左足をひねるがわに突き立て、右足でボールをけるように振り込んでくる。
「あっ」
 激痛が顔面に広がる。ほとんどしびれているものの、口へ流れてくるものが感じられる。 
「ほら、逃げてみろよ」
 ガツン、と骨がぶつかる音がする。
 まずい、これをかわさないと、死ぬ……
「もういっちょ」
 大きく振り上げた時、一瞬体を九の字に曲げて、左足の抑えをかわす。
 俺は体をねじり、転がる。距離ができるまで、何回も転がった。
 そこで身体を起こすと、声が聞こえた。
「かげやま…… くん」
 橋口さんが四つん這いになって、俺を呼んでいる。
 涙をぬぐって、しっかりと目を開く。
 橋口さんの紫色のセーターの胸元から、大きな胸が…… 谷間というか、房の揺れが…… 魅力的な光景に、俺は頭がクラッとなった。
「あんッ!」
 橋口さんが、反射的にそう言う。
 俺はいつの間にか、橋口さんの背中に回っていた。
 そして俺の手は、橋口さんの胸の前に当たっていて、地面と胸に挟まれていた。
「ご、ごめんなさい。おれ、触るつもりじゃ……」
「ちょ、頂戴」
 俺の腰も橋口さんの柔らかいお尻のあたりにあたって、気持ち良くなっていた。
「ちょ、ちょうだいって?」
「結界を破る力!」
 と、突然、ぱあっ、と橋口さんの胸のあたりが光った。
 俺はまぶしさに目を閉じた。
「なんですか、この光?」
このエントリーをはてなブックマークに追加

「なに? 集中が必要なんだケド」
 立ち止まって振り向いた。
 ぶつからないように止まる。
「|霊痕(れいこん)とか見えたり感じたりするんですか?」
「普通の状態で人から霊痕がつくほどのこことはないわ。おそらくだけど、今は、霊痕はさっきの『助逃壁』を壊す時の霊的ダメージのせいで霊が漏れているのよ」
「なるほど」
 橋口さんが指差す。
「神社があるんですって?」
 橋口さんの指さす、その方向だったはずだ。
「ええ。ありました」
「御神体の影が出来る場所があるわ、おそらくそこだとおもう。私に何かあったら、フォローよろしく」
 橋口さんが自身の巨乳を持ち上げながら、ウィンクする。思わず|巨乳(そこ)に目がいく。
「えっ?」
「この前、私が気絶してたところを助けてくれたの、忘れた?」
 いや、あの時は、あの、その、橋口さんのおっぱいに夢中だったような……
「ま、あなたの本能の話だと思うから、大丈夫でしょ」
「?」
 すると橋口さんは、まるで行先をしっているかのようにまったく悩むことなく道を選択する。
「ちょっと待っ……」
 自然と足が止まった。
 まっすぐ見据えた先きには、おっさんと、おっさんに金を渡していた男がいた。
 金を渡して、霊を憑けられた男は、今、軍服を着ていた。
 長身痩躯。軍服に軍の帽子、上から|外套(マント)を羽織っている。
 こっちに気が付くと、男は|外套(マント)をはらった。その手には五芒星が書かれた手袋……
「しまった!」
 橋口さんが言うと、俺は目の前が真っ暗になった。
 布が顔に掛かったようで、もがいて手に取るとそれは橋口さんのトレンチコートだった。
「……くっ」
 目の前で橋口さんが倒れている。
 抱き起そうと近づくと磁石が反発するような力を受ける。
「うわっ!」
 強力な磁石で弾かれたようにしりもちをついてしまう。
「結界よ……」
「結界?」
「単純な結界だけど、単純な分、強力なの。普段なら引っ掛からないんだけど……」
「霊痕ばかりにきを取られているからだ……」
 ニヤリ、と笑った。そしてハゲのおっさんは、こっちに手を振る。
「じゃあな、除霊士さん」
 おっさんは懐から白い紙を取り出すと片手を顔の前に立てて祈る。
 すると、白い紙が空高く飛んで行きながら、大きくなり、色が黒くなった。
「アァーアァー」
「カラス?」
「しまった」
 橋口さんは立ち上がろうとするが、何か見えない力に押し付けらるかのように地面に押し付けられる。
 長身痩躯の男が関係しているようだった。
「じゃあな」
 カラスの足に綱を投げつけると、カラスがそれを掴んだ。
 ハゲのおっさんはそのまま空へ引っ張り上げられて、消えて行った。
「くっ、逃げられた」
このエントリーをはてなブックマークに追加

 俺はそれを止めに跳び出そう、とすると、
「待ちなさい」
 と言われ橋口さんに腕を掴まれる。
「もう間に合わない」
「けど……」
「あなたは他の客を避難させて」
「なんて言って説明すれば」
「そんなこと考えて」
 橋口さんはVIPルームへ近づく。俺はホールの真ん中で言う。
「VIPループで危険物が見つかりました。慌てないで、速やかに店の外に出てください。皆さん、慌てず、店の外へ出てください」
 夜も遅くなっていて、満員という状態ではなかったが、結構な数の客が出入り口に急ぐ。慌てて会計をする店員。
 会計を任せた客はどんどん出ていく。
 VIPの扉を少し開けて、橋口さんは中を覗く。
 客が出て行き静かになったホールで、突然俺のGLPが警告音を鳴らす。
「なんだ?」
 見ると『助逃壁』の表示がフラッシュしている。
 初めて見る表示に、どう対応していいのか慌てる。
 VIPルーム側を見ると、GLPの警告の意味が分かる。『助逃壁』が捉えた霊体が多すぎて、破裂しそうなのだ。
「橋口さん、伏せて!」
「?」
 俺はジェスチャー伝えようと、手を広げて床に伏せるような仕草をしてみせる。
 意味に気が付いて、橋口さんが床に伏せる。
 遅れて俺も伏せる。
 物理的にVIPルームの扉が破壊されて吹き飛ぶ、店内を仕切っているガラスとそのガラスが一斉に割れる。
「うわっ!」
 大きな音が終わって、俺は立ち上がる。橋口さんが伏せたままなのに気付いて、助けに行く。
「橋口さん」
「私は大丈夫よ、連中には逃げられちゃったケド」
「えっ?」
 俺は破壊されたVIPルームの扉から中を見る。チーフが倒れ込んでいる以外に、人影はいない。
「チーフっ!」
 ホールの端で騒いでいる女の子に救急車を呼ぶように言う。
「チーフが倒れてる、救急車を呼んで!」
「私は奴らを追うわ」
「俺も行きます」
 チーフに応急処置をしてから、俺は立ち上がる。
「……あなた、麗子に何か指示されているわね?」  
 俺は自分の体を見た。
「?」
「いいわ。やれる範囲で。ついてきなさい」
 そういうことか、と俺は持った。冴島さんからの指示、確かにあった。『これからさき、この男に近づかないこと』つまり俺はその範囲内でしか動けないということか。
「はい」
 橋口さんが何かを感じ取るように通りを右に左に進み、気配を感じるように視線を配る。
 俺は急に動き出す橋口さんに置いていかれないように後をついていく。
「橋口さん」
このエントリーをはてなブックマークに追加

 以前、亜夢が見た、超能力者だけに見える幻影を仕掛けて置き、カメラで反応を記録するのだ。非科学的潜在力があるかを知る手法であり、超能力者避けでもある。大型商業施設は干渉波だけではなく、そういう対策が併用されることが多いのだ。
「えっと……」
 亜夢が説明すると、半ば聞いた時にアキナはホームセンターへ入っていった。
「アキナ、話は終わってないんだけど!」
「あたし調べたことあるから。それより、おトイレまにあわないのっ!」
 あっという間に、アキナの姿が見えなくなってしまった。
 亜夢は不安になった。
 美優と亜夢もホームセンターに入り、ゆっくりと店内を回りながら、フードコートに近づくと、亜夢は天井からつるされている装置に気が付いた。
 カメラもその装置から少しずれた位置から同じ方向を向いていて、間違いない、と亜夢は思った。亜夢は思い出したように、化粧室へ行くような独り言を言って、美優の手を引いて戻る。
「あそこ、あそのの天井にある。フードコートに入る時に油断する、と思っているのかしら」
 亜夢は指を上に向けて美優に伝える。
「あれか…… 緊張する」
「問題は先に行っちゃったアキナよ。このことをアキナに伝えないと。アキナ、一番近いトイレににはいなかったし」
「メッセージ送っとく?」
「うん」
 美優がスマフォでアキナに幻影装置の位置を知らせた。
「あっ、既読になった」
「どこにいんのよ、あいつ」
 そのまま美優が入力して、アキナの居場所をといかける。
「1Fに降りるエスカレータだって。あそこじゃない?」
 見ていると、アキナが降りてくる。
 二人が駆け寄る。
「どうしたの? 亜夢も美優も」
 さわやかな笑顔でそう言った。
「アキナが心配だったんだよ」
「え~ 大丈夫だよ? 何が見えても、怖がらなければいいんでしょ?」
「……簡単に言えばそうだけど」
 亜夢は思念波世界を使って、以前見せられた足元がなくなるような幻影を、二人に伝えた。
「へぇ。こんなだったんだ」
「こわいね」
「まあ、何かくる、と思って準備しておくしかできないわ」
 三人は互いにうなずいた。
「手をつないでいれば、どうかな」
「感覚から思念波世界を共有するの?」
「うん」
 それなら矛盾した世界を送り込んでくれば互いに比較して、すぐわかるし、一人が実世界を認識できなくなっても、思念波世界で実際の風景を送って補完することも出来る。
「それ、いいね。やろう」
 亜夢が先頭になって三人が手をつないでフードコートの入り口を通過する。
 いきなり、亜夢にはホワイトアウトするようなブリザードが吹き始める。美優は、大きな隕石が正面衝突してくる状況に、アキナは床に大きな穴が開いてそこへ落ちていくイメージ……
『見えてる?』
『先進んで』
 亜夢が一歩、一歩、自然な雰囲気で入っていく。
 亜夢のブリザードはなくなって、クリアな世界が見え始めた。
このエントリーをはてなブックマークに追加

 暗い、人のいない公園。
「なんだったんだ……」
 自分の声が虚しく消えていく。俺は自分の置かれている状況を再確認した。
「えっ? 俺、これどうしたらいいの」



 足に石を付けられた晩、俺は冴島さんに電話して、GLPを使って『鉄龍』という霊力のある杖を出した。『鉄龍』の杖によって足元の石を割って脱出が出来た。公園を出る際、入った時のような跳躍力もなく、全身をつかってなんとか塀をよじ登ってから、槍の間を抜けてこっそりと外に出た。店に戻る勇気はなかったから、そのまま駅に行って終電で家路についた。
 翌日、大学の授業が終わると、バイト先に電話を入れた。
 チーフが出て、ものすごい怒っていた。店の床掃除を全部チーフがやったこと、俺の前掛けを片付けたこと。それらを含めてペナルティを課す、ということだった。そして今からバイト先に来い、今日のホールの清掃はお前がやれ、とそういうことになった。
 俺はしかたなくバイト先に行った。
 それとなく調理師の人に井村さんのことを聞いた。
「チーフが一人辞めたって言ってたけど、もしかしたらその|娘(こ)のことかもな」
 やっぱり、あんなことがあったら普通辞めてしまうだろう。店からずっと追い掛け回されたわけだからな。心の傷は簡単には消えない。忘れるにはここに来てはダメだ。
 俺は残念だったが、井村さんのことを思うとその方法しかなかっただろう。それとあの時、井村さんを助けた、あの赤いジャケットの男とはどういう関係なんだ。井村さんの心に俺が入る隙間など、そもそもなかったのではないか、などと自虐的な考えが頭に浮かび、初めから井村さんと仲良くなろうなんて考えなければよかった、と思った。もう俺は誰かを好きになったりしない。自分が傷つくだけだから……
「カゲ、お前にお客さんだ」
 ホールから戻ってくるなり、チーフが言った。
 俺は前掛けをはずして、ホールに出た。客席で手を振る女性がいた。
「あの人だ」
 俺はその女性の向かいの席についた。
「どうしたんですか、橋口さん」
「しっ…… その名前は言わないで」
「……」
 橋口さんは、トレンチコートを席の背もたれに掛けていて、大きな胸をテーブルに載せるような格好で、俺に手招きした。椅子に座り直して、俺も橋口さんに顔を近づけるように体を寄せる。
「(例の降霊師と降霊を依頼した男の情報)」
「(えっ、どうしてそんなこと俺に?)」
「(そこ、そこに入った)」
 橋口さんの視線の先だとすれば、VIPルームだ。
「(えっ、どうすればいいんです?)」
「(GLPで……)」
「キャァー」
 VIPルームからの声だ。
 ホールの女の子がVIPから出てくる。
 チーフが目立たないように慌てて移動するのが見える。
「(ほら、早く、あの光の壁)」
「助逃壁」
 竜頭を回してセットする、チーフがVIPルームの扉をスッと開けて中を覗き込んでいる。
「いいから早く撃て!」
 橋口さんが俺の頭を叩く、そのまま竜頭を押し込むと、光の壁が飛び出し、VIPルームの方へ大きくなりながら進んでいく。ホールにいる多くはない客は、俺と橋口さんが立ち上がっているのを見るだけで『助逃壁』をみようとしない。
「(はしぐちさん、もしかして、『助逃壁』って霊感のない人には見えないんですか?)」
「(みえないでしょうね)」
 橋口さんは、椅子に掛けてあったトレンチコートに袖を通すとVIPルームの方へ近づく。
 チーフは中の様子を確認するために入ってしまう。
「チーフ!」
このエントリーをはてなブックマークに追加

「しつこい!」
 声が聞こえて、俺のやらねばならないことを思い出した。
 公園の林の中を走り抜けていく。
 と舗装した通路を、走っていく人影を見つける。
 俺はそれを追う。
「井村さん!」
 前方に人影が見えてきた。
「影山さん?」
「?」
 手前にいる、ハゲのおっさんが振り向いた。
「なんだお前は」
 おっさんは立ち止まって、俺を指さした。
「人の恋路をじゃまする奴は、こうだ」
 おっさんがポケットから出した白紙を広げ、懐から出したペンでさっと書きなぐる。それを弾くように俺に向けて飛ばしてきた。
 紙は不自然に飛行してくる。前に走りながら、身体をずらしてよけた。
「えっ?」
 バタバタ、と音がしたかと思うと紙は急カーブして俺の左足に絡みついてきた。そして、みるみるうちに粘つくようになり、重くなった。俺は手をついてしまった。
「い、岩?」
 左足が、黒光りする石の中に埋まっている。重すぎてビクともしない。
「影山さん!」
 井村さんが、俺に気付いてこっちに向かってくる。
 そこをおっさんが、抱きつくように捕まえる。
「やっと捕まえた」
 一瞬にして、井村さんの意識が飛んでしまった。
「やめろ、井村さんを離せ!」
 動く右足と両手をついて、前に進もうとするが、まったく動けない。
 おっさんに担がれて、井村さんの足が宙に浮いた。
「やめろぉ……」
 ハゲのおっさんがニヤリ、と笑って後ろを向き、公園の奥へ歩き始めた。
「ちきしょう……」
 その時、俺の視界の隅を、さっと、動く影が見えた。
 おっさんが立ち止まる。
「何者だ」
 おっさんと、おっさんが担いでいる井村さんのせいで、その先にいる者の姿は見えない。
「仲間を返してもらうか」
「仲間だって…… これは人じゃ…… まさか」
 可能なかぎり体をずらすと、おっさんの前にいる人物が、真っ赤なジャケットを着ているのが分かる。
「なんだ?」
 おっさんの前に立った真っ赤なジャケットの人物から、煙、いやオーラが発せられた。
 立ち上る煙のような、陽炎のような空気の動き。
 おっさんは怯えたように足が震えはじめ、肩に載せていた井村さんをゆっくりと、通路に寝かせる。
 暗くて遠くて良くは見えなかったが、真っ赤なジャケットの人物の顔がうっすらと見える。男だ。
「これでいいだろうぉ…… ゆるしてくれよぉ…… こっちはクライアントだぜぇ……」
 真っ赤なジャケットの男が、パッと手を払うような仕草をする。
「ひっ!」
 おっさんは一瞬にして、通路横の林に去って行ってしまった。
 赤いジャケットの男が、手をかざすと、井村さんの体が宙に浮かぶ。
 すーっと赤いジャケットの男の肩に引き寄せられるように移動していく。井村さんを担いで、赤いジャケットの男は公園の奥の方へと消えて行った。
このエントリーをはてなブックマークに追加

 子猫は逃げてしまったのだろうか。亜夢はしばらく考えていたが、干渉波が思考を妨げたせいで、それ以上考えることをやめてしまった。
 中谷のキーボードを叩く音が止まって、ピロリンと音がした。
「おっ、帰りのヘリの連絡がきたよ。お待たせ」
 中谷がパソコンを確認していると、また言った。
「もうこんな時間だ。途中で何か食べてく?」
 アキナがいきなり手を上げて言う。
「あっ、それじゃ、途中にあったホームセンター! 絶対そこがいい!」
 亜夢と美優は顔を見合わせた。
 アキナが同意を求めてくる。
「ね、亜夢も美優もいいでしょ? ね、お願い」
「う、うん」
 中谷は別に何でもいいといった感じで、立ち上がると言った。
「じゃ、さっそく出発しようか。ホームセンターのフードコートだと、混むかもしれないしね」
 署の建物を出て、中谷がどんどんと歩いていく。
 さすがにかなり歩いたので、亜夢が尋ねる。
「どこに行くんですか」
「ああ、ごめんね。清川くんが別の仕事が入ったせいで、私有車に乗ってくことになったんだ」
「中谷さんの車?」
「そうだよ。そこの駐車場」
 亜夢は、銀色の車にパステルカラーで絵が描かれた車を見つけた。その絵には見覚えがあった。
 立ち止まって、中谷に確認する。
「中谷さんの車って、あれですか?」
「そう! よくわかったね」
 いや、分かるよ、パソコンに似た感じシールは張ってあるし、PCの壁紙も、スマフォにもそんな絵があったじゃん。亜夢はあれに乗るとどういう風にみられるのかを考えてゾッとした。
「あの、私、痛車には……」
 美優が突然反応した。
「かわいい! 亜夢、かわいいよ、この車の絵。中谷さんのPCと同じ!」
「美優……」
 亜夢の不安げな表情をみてとったのか、中谷が言う。
「大丈夫、この絵の事が分かる人は同類だから、何も怖いことはないよ。この絵を知らない人が何を言おうが、別に気にならないし」
 亜夢はその考えもどうなの、と思った。大体、窓ガラスに絵がかかっていて、車検が通るのだろうか、しかも警察官が運転するのに…… とかそういう部分も気になった。
「とにかく! 早くホームセンター行こう」
 アキナは、なにか焦っているようだった。
 軍の空港へ行く途中の道で、大きなホームセンターに入った。中谷さんが駐車場所を探していると、アキナが言った。
「ちょっと先にいくから、車止めて」
「えっ?」
「いいから止めて」
 アキナは必死な表情で言った。
 中谷さんはホームセンターへの出入り口近くで車を止めて、アキナと亜夢、美優を降ろした。
「絶対フードコートに居てよ。あと非科学的潜在力の対策しているゲートがあるはずだから、絶対引っ掛からないで」
 中谷さんはすごく緊張した表情だった。
「?」
「乱橋くん、二人に説明しておいて」
「はい」
このエントリーをはてなブックマークに追加

 調理師の人も、帰り支度を済ませていて、嫌そうな顔を見せたが、ホールを覗いてみてくれた。
「……いないな。チーフはそこで寝てるけど」
「えっ!」
 しまった。降霊師に何か霊を憑けられたのかも知れない。
「だって、井村さん着替えてない」
「知らねぇよ。ホールに女の子は見えねぇぞ。チーフ寝てんだし、お前が確かめろ」
 俺はホールに出て、チーフが真ん中のテーブルに突っ伏して寝ている以外、他人がいないのが分かった。
 そのままVIPルームを開けたが、そこにも誰もいない。
 ホールから裏に戻ってきて、着替え終わった女の子に声をかける。
「井村さん。井村さんを知らない?」
 何人かは首を振る。
 一人が言う。
「チーフが寝ちゃった後、VIPから逃げ出したのを見たよ。制服のままじゃん! って思ったけど、それを追っておっさんが出てきたから、怖くて何も言えなくなっちゃった」
「ありがとう」
 前掛けをはずして、チーフの机に放り投げると、俺は店を飛び出した。
 どっちだ…… どっちに行った? 俺に霊感があれば……
 俺は天を仰いだ。夜の空には、雲が垂れこめていた。
 その時、雲の一部が明るく照らされた。
「ん?」
 あの下で何か雲が明るくなるほどの光が放たれた、ということだ。
 ビルか、車道か…… 俺は考えたがその雲の方向に、光を放つ人工物が思い当たらなかった。つまり、人工物の光ではない。何の光かは分からないが、不自然な光であるということだ。
「一か八か、あの雲の下に行ってみるしかない」
 俺は走った。
 電話番号を聞いておけば良かった。メアドでも、メッセージIDでも、なにか連絡方法を交換しておくべきだった。
 俺は普通の男女が、始めにすることをしていないことを悔やんだ。
 近づいていくと、そこはどうやら公園の中のあたりであることが分かった。
「あれっ?」
 公園は、鉄製の高い門があり、それは既に閉まっている。
 しかし、光は公園内でまだ光ったり、している。
 登れば上って入れないことはないが…… 監視カメラがある。
「もし井村さんとあのおやじだったとして、どうやって入ったんだ?」
 俺は塀沿いに走った。塀の上には鉄の槍のようにとがった先が並んでいる。
 どこかから入れる場所があるのかもしれない。
 しかし、入れる場所は見つからない。
 光は強く、もう、すぐそばで光っている。
「ほら、もう観念してこっちへおいで」
「やめて、近づかないで」
 井村さん、の声じゃないのか。俺は中を見つめる。暗くてよく分からない。
 塀の槍のような先端を飛び越えて、中ににはいるしかない。
「こうなりゃ、やけだ」
 勢いをつけて、走った。
 塀の前で、俺の体は自分の予想以上に跳ね上がった。
「えっ?」
 塀の槍のような部分を軽く超え、体をひねりながら着地する。
「俺、体操選手とかだったっけ?」
 俺は飛び越えた塀を見つめた。身長の倍、はないにせよ、この高さを飛び越えたことなどなかった。
 通りにはロイター板があるわけでもない。跳ねるように飛び越えられた理由がない。
このエントリーをはてなブックマークに追加

「お客様にそういう言い方をするな、髪の薄い方とか言い方があるだろう」
「薄いんじゃなくて一本も生えていないんです」
 チーフが俺の説教を諦めたのか、ホールの側に動き出す。
「ハゲがどうした」
「ホールにいる女の子を呼びつけているみたいで」
「わかったすぐ行く」
 俺も確認しに行きたかったが、調理師に止められた。
 チーフが低姿勢になって、やさしい言葉使いをしているのが聞こえてくる。
 何度か同じことを言っていると、客も態度を軟化させてきたようだ。
「どうですか」
 俺が聞くと調理師の人がちょっとホールを覗いてくれる。
「もう大丈夫だろう」
「良かった」
 チーフが戻ってきたが、俺の説教のことは忘れていた。
 ずっとその客の愚痴を聞かされたが、大して嫌ではなかった。それより皿を食洗機にセットしたり、食器を洗ったり乾かしたり拭ったり、いつもの単調で何度も繰り返される仕事が辛かった。
 俺は、ゴミ出しの合間に、スマフォで撮った映像を編集した。
「冴島さん」
 俺は電話をしていた。
「ということで、映像を確認して欲しいんですが」
「じゃあ、今事務所だから玲香のメアドに動画送って」
 玲香というのが、秘書の中島さんのことだと教えられ、俺はそのメールアドレス宛に動画を送った。俺がキッチンに戻った時に、メールが返信された。
 仕事の合間を見て確認すると、冴島さんの代わりに書いています、ということで中島さんから返信があった。
 この男は間違いなく降霊をしているが、映像が連続的に映っていないから証拠にはならない、ということだった。そして注意が付け加えられていた。これから先、この男に近づかないこと。
「……」
 完全にあのおっさんが降霊師だ、と分かればここで捕まえなくともいい、ということなのだろうか。
 けれどこの動画では証明できない、とも言った。証拠足り得ないのであれば警察はまだ動けない、ということだ。もし一昨日の映像にあったおっさんの連れ、が昨日の殺人犯だったらこれ以上野放しにしていると被害が広がってしまう。さっきも降霊していたわけだから、その男も何か犯罪を犯してしまうかもしれない。
 手の届くところにいる悪党に手出しできない歯がゆさで、俺はイライラしはじめていた。
 降霊師へのイライラと仕事のイライラが重なって、本当に俺は爆発寸前だった。たとえチーフと言えど、いま突っ込んできたら言い返してやるところだった。
 そんな雰囲気を察したのか、チーフは再びホールの方へ行ってしまった。
 俺は、どこにもぶつけることが出来ないまま、店の営業時間が終わった。
 一人一人、女の子は帰っていく。
「あれ、チーフ戻ってきました?」
 調理師は黙って俺の方を振り返り、「いいや」と言った。
 制服の女の子が立ち止まり、「井村さんとお客様がもめていて、チーフが中に入って収めようとしている」と言うだけ言って、更衣室へ行ってしまった。俺とホールの女の子は会話をしてはいけないのだから、一方的に情報を言うだけしかできないのだ。
「もめているって……」
 俺はイヤな予感がした。井村さんが美紅さんと同じように霊を集めている組織の手下だとしたら、井村さんにも何か霊がついているだろう。降霊師が|憑(つ)いている霊に興味を持ったのだとしたら……
 調理場を掃除しながら、井村さんが通ったら俺が帰るまで待ってくれ、という事に決めていた。今、まだそのハゲのおっさんがそこにいるなら、井村さんが一人で帰るのは危険だ。ここの規則をやぶってしまうことになるが、このさい仕方ないことだった。
 だが、いつまで経っても、チーフも井村さんも裏に戻ってこない。
「あの、ホール見てもらえますか?」
このエントリーをはてなブックマークに追加

「ごめんなさい。三十分遅れます」
 俺はチーフにあれこれ言う隙を与えずに、言って即、通話を切った。
 俺はおっさんの動きを追った。
 小道に入ると、急に木々が生い茂る場所に出た。鳥居が見えるから、神社だろう。
 スマフォで写真を撮っている観光客のふりをしながら、おっさんの視線の先をみると、前髪を降ろしてメガネをかけた男が立っていた。
 急にメガネの男が膝をつき、手を合わせておっさんに祈るような恰好をする。俺はスマフォで動画をとって、場所を動きながら、おっさんとメガネ男の様子を映した。
 おっさんが手を出すと、男がバックから封筒を渡す。おっさんは封筒の中身を確認したようだ。
 おそらく金を渡したのだろう。
 急にメガネ男の額に手を当てて、目をつぶらせると、おっさんは両手を広げて何か話し始めた。
 観光客は、神事かと思っておっさんのことを映したりしている。おっさんは神主ではないしこれは神事ではない。違法の降霊にちがいない。おっさんは観光客の目も気にせず、どうどうと呪文のように言葉を読み上げ、ポケットから出した白い紙を広げ、メガネ男の頭にのせた。
 気合の入った声が響くと、メガネ男は、背中に何か冷たいものでも入れられたかのようにブルブルと震えた。そして、立ち上がった。
「えっ?」
 なぜか、さっきまでいたはずの観光客らがいなくなっている。俺は慌てて、木の幹に隠れた。
 木の幹から、そっと顔を出してみると、メガネ男はおっさんよりはるかに背が高くなっている。メガネを外して、バックに無造作にしまう。おっさんと強く握手を交わして、立ち去っていく。おっさんはニヤリと笑いながら封筒を自分の懐にしまう。と、急におっさんが俺の方に走ってくる。
 まずい…… バレた。
 幹に隠れて、右に逃げるか、左の低木に隠れてしまうか考えた。
 物凄いスピードで足音がしてきて、低木に隠れる時間はないと判断した。GLPの竜頭を回して『黒王号』にセットする。これで逃げれば時間は稼げるはずだ。
「……」
 いつのまにか通りすぎて、おっさんは、鳥居の方にいた。
「えっ?」
 俺は『黒王号』を呼ぶのをやめ、慌てておっさんの後を追った。
 おっさんは鳥居を出たあたりで肩で息をしながら歩いていて、俺は容易に追いつくことができた。
 どこにいくのか追跡をつづけると、結局『ミラーズ』へ戻ってきた。
 するとおっさんは躊躇せずに店に入った。
 俺はGLPで時間を確認すると、チーフを怒らせるわけにもいかず、追跡をここで終了することにした。
 店の横のビルの入り口から入って、裏口の暗証番号で入る。
「こら、カゲ。なんですぐ切るんだよ」
「す、すみません」
 俺は頭を下げた。そしてすぐに前掛けを着けて準備をつづけた。
「すみませんじゃねぇんだよ。すぐに切らなきゃまだ説明できたんだが、説明聞かずに切ったからな。その罰金を給与から抜いとくからな」
「えっ、働いた時間が少なくなる分が減るだけじゃないってことですか?」
 チーフは机をたたく寸前だった。
 そして、叩いた。
「たりめーだろうが」
 チーフと俺と調理師の人しかいなかったが、場が凍りついように思えた。
「申し訳ありません」
「キャー」
 声がして、調理師の人がホールの様子を見る。
「チーフ、ハゲの変な客が」
 俺はその言葉でさっきのおっさんを思い出した。俺が入る前にここに入っていたはずだ。常連のハゲのおっさん。
このエントリーをはてなブックマークに追加

 俺は、駅のホーム、電車の中での彼女の笑顔が思い出した。そして、冴島さんの言葉で俺たち二人の時間のすべて否定されたような気がした。
 ……違う、俺はダメなヤツかもしれないけど、彼女を否定したらダメだ。
「いい子ですよ。俺の情報ってなんですか? 俺がなんだっていうんですか? それなら俺が欲しいのと違わないんじゃないですか? 会ったこともないのに、あの子のことを疑うのはやめてください」
「……ごめん。豆挽いてる音で聞こえなかった。もう一度言って」
「もういい!」
 俺は階段を登って中二階の納戸、俺の部屋に使わせてもらっているところ、に入って、敷きっぱなしの布団にくるまって、寝た。
 大学の授業が終わると、バイト先に向かいながら考えた。
 冴島さんが言いたかったことは、井村さんが|美紅(みく)さんと同じように俺に|憑(つ)いている霊や、あの屋敷に近づくための情報を集める為に近づいて行きた人物だ、という意味だろう。だが、美紅さんがそうだったように、俺には井村さんにも悪意があるように思えない。俺についている霊が落ちたり消えたりしても、記憶が戻るどころか、失われてしまうかもしれないと言っていたが、井村さんが欲しいといっても霊をあげることは出来ない。けれど俺に近づいてきて、害を与えるわけでもなくそこにいる人を、拒否したり排除することもなにか違う。
 バイト先の駅で降りると、反対側の通路から下りてくる一人に気づいた。
 髪の毛はなく、眼光するどいおじさんだった。
 他にも通路を下りてくる人はいて、なぜ俺はその人が凝視したのかを考えた。どこかで見たことがあるからだ…… そうだ。店の防犯カメラの映像だ。店の常連のはハゲのおっさん。
 俺は時間を見てまだ店のシフトまで間があることを確認し、そのおっさんをつけてみることにした。
 おっさんは駅から出ると、俺のバイト先の店の前で立ち止まった。
 俺はコンビニに入るフリをして角を曲がってそこからおっさんを見ている。
 おっさんは上体を右に左に動かしながら、店内の様子を確認している。俺は店の配置を頭に浮かべた。あの位置からなら、待機している|娘(こ)を確かめることが出来る。
 しばらくそうやって体を振りながらそこにいると、満足したのかお目当ての|娘(こ)がいなかったのか、通りを歩き始めた。俺もまた後をつけはじめた。
 おっさんは次にクレープの店に立ち止まると、若い女性観光客の後ろに並んだ。
 俺はそれを横目で見ながら通りすぎ、反対側の角に曲がったふりをして監視した。前にいる女性観光客はよその国からきたようで、よくわからない言語を話していた。
 おっさんはその観光客を後ろからジロジロみたり、クレープ屋の店員が顔をだすたびにチェックをしている様子だった。
「どんだけ若い女の子好きなんだ……」
 順番が来るとそのままクレープを注文して、店の女の子に話しかけたりしながら、出来上がるのを待っている。
 女の子見ていると、笑顔、笑顔、苦笑、笑顔、と、時折嫌ですよ、というアピールを入れている。
 気づかれないように、おっさんの視線が一瞬ずれた時を見計らっている。
 おっさんは出来上がったクレープと自分の顔を入れて自撮りして、周囲で食べている客に混じってウロウロしながらクレープを食べる。
 こんな人物が本当に『ヤミ降霊師』なのだろうか。
 冴島さんから聞いたヤミ降霊師、違法降霊師の話はこうだ。強くなりたい、金儲けしたい、気持ちよくなりたい…… そんな欲望だけが強くて満たされない人間を巧みに誘い込み、強くしてやる、金儲けが出来るように…… と持ち掛けて降霊する。降霊した霊もやがて昇天するし、取り憑く先に興味を失えば消えていく。だが、霊は憑りついて自我に直接働きかけるから、実際に効果があってもなくても、上手くいったような錯覚だけがのこり、しばらくするとまた降霊師に頼みに来る、ということだ。
 だから、もっとヤバい連中に囲まれ、顔を隠して歩いているのだと思っていた。こんなに堂々と、日中の大通りを歩いている人間とは思っていなかったのだ。
 その時、おっさんは突然スマフォを取り出して話し始めた。
 顔つきもガラッと変わって、厳しい表情になった。これなら『ヤミ』とか『違法』がつくような感じの人間に見える。俺は自分のスマフォをみて時間を確認した。そろそろシフトの時間だ。おっさんが早くことを起こしてくれることを祈ってチーフに連絡を入れる。
このエントリーをはてなブックマークに追加

↑このページのトップヘ