その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

2018年07月

 亜夢はアキナから知った事情を、美優に小声で話した。
「かわいそう……」
「アキナ。けど、寮じゃ動物を飼えないよ」
「……」
 アキナはアスファルトをじっと見つめていた。
「清川さんか、中谷さんに言ってなんとかしてもらおうか…… あ、美優の家は?」
 亜夢が美優の方を見る。
「私の家なら…… って、そうだ。ママが動物だめなのよね」
 美優も手を広げて首を振った。
「やっぱり中谷さんか清川さんに頼んでみよう」
 ホテルに戻ってチェックアウトを済ませると、三人は警察署に行った。
 アキナが子猫を抱えていると、警察署の入口で|立哨(りっしょう)している警官に睨まれた。いや、睨んでいないのかも知れなかったが、アキナはそう感じて、身体をよじってカバンの中に子猫を入れた。
「(待っててね)」
 亜夢と美優が署に入ってから、アキナは遅れて署に入った。
 清川さんを呼び出して、取ってあった打ち合わせ室へ向かう。
 打ち合わせ室に入ると、中谷さんが一人奥に座っていてパソコンで何か仕事をしていた。
 清川さんが亜夢の腕をつつく。
 振り返ると、清川が手を後ろで組んで三人の方を見ている。
「それじゃ、ね」
「あれ、空港まで、車の運転するんじゃ?」
「私、別の仕事が入っちゃったの。中谷さんが送ってくれる」
「そうですか。今回もいろいろとありがとうございました」
 亜夢が深々と頭を下げると、美優もアキナも頭を下げた。
 礼を終えると、清川は亜夢のそでをつまんで言った。
「また機会があったら会いたいな」
「えっ、ええ。またいつか会えたらいいですね」
「うんと、そういうんじゃなくて。ほら、連休とかあるじゃん。休みをとって、ヒカジョまで遊びに行ってもいい?」
 亜夢は、一瞬、清川への疑惑が頭をよぎって、素直に返事が出来なかった。
「……あっ、と」
 アキナが右手を差し出して握手した。
「いいですよ。ただ、来る前に連絡くださいね」
「え、ほんと、じゃ、アキナちゃんの連絡先教えて」
 アキナと清川は何かのIDの交換をしている。
 亜夢は思い出したように言った。
「アキナ、そうだ。アレ、アレの事を清川さんに頼んでみたら?」
「……」
 アキナは首を振った。
 亜夢は、アレ、と言ったせいでアキナが気付かなかったと思い、猫のような手で顔を拭くようなしぐさをして見せた。
 それでもアキナは首を振った。
「(どうして?)」
「(もういいの)」
「?」
 アキナは上機嫌で去っていく清川に手を振っていた。
「(もういいって?)」
「……」
 アキナは亜夢の言うことを無視した。
 確かに、抱っこしていたはずの子猫がいない。
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 風呂に入って寝ようと思ったら、冴島さんが帰ってきた。
「おかえりなさい。いつも遅いですね」
「もう帰ってたのね。そうだ、あの事件、あなたのバイト先の近くでしょ?」
 冴島さんが指をさしてそう言った。
「警察協力で橋口さんが来てて」
「そうみたいね。ちょっと話しを聞いたわ。殺人犯だけど、あなたにお願いしている違法降霊師が|憑(つ)けた霊の可能性があるわ」
 ふと、俺は自分がコピーして警察に渡した映像が頭に浮かんだ。
 ハゲの常連さんと、その連れ。連れは、上下レザーを着ていたな…… 上下レザーの男? 筋肉とかのつきかたはまるで違うが、顔はもしかしたら……
「まさかミラーズの店内で降霊術は行わないと思うけど、近くで事件があったのなら、そういう可能性も否定できないわね」
「店内に、VIPルームっていうのがあるんです。外からは見えない部屋が」
 しかし、ハゲの常連さんがVIPを使っていたかどうかはわからない。もしかしたら、予約状況とか使用状況を書いている店のノートに何か書いてあるかもしれない、と俺は思った。
「ちょっと調べた方がいいかもね。現場を抑えれれば、その場で捕まえることも可能よ」
「わかりました」
 冴島さんが俺を睨んでいるのに気づいた。
「えっと…… どうかしましたか?」
「あなたどこまでついてくる気なの」
 気づくと、冴島さんはトイレの扉の前にいた。
「あっ、そんなつもりじゃ」
「……」
 冴島さんはこっちをじっと見ている。俺が充分に離れるまでは、トイレに入らないようだった。
 俺は居間のソファーに戻って考えた。
 どうやったら、監視カメラの映像を確認させてくれるだろう。今日は店長だったが、明日はきっとチーフが来ている。チーフは裏方が店の側に出ていくのを極端に嫌う。何か明確な理由を作らないと店の防犯映像をみることは出来ない。
「影山くん…… ちょっとじっとしてて」
「えっ、なんか霊でもいましたか?」
「違うわ…… 髪の毛。結構長い。あなたのじゃないわね」
 俺は風呂に入ってそういうものが一切ついていないはずだ、と思い考えられる髪の毛について言った。
「風呂入ったから、今髪の毛がついているとすれば、冴島さんのじゃないですか」
「……へぇ」
「なんですかその言い方」
 冴島さんはニヤリと笑った。
「ずばり、霊痕がついている、と言った方がよかったかしら?」
「れいこんですか?」
 冴島さんは俺に手をかざした。
「あなたの家族のこと、あなたの屋敷のことは言わないのよ」
「……」
「これで大丈夫かな。いい、その女の子、あなたが欲しいんじゃなくて、あなたの情報が欲しいのよ」
 突然『女の子』という単語が飛び出てきて、俺は焦った。
 俺にとって、今、女の子というのは井村さんしか考えられなかった。
 なぜ、井村さんのことがバレている。井村さんは、俺の家族とか、屋敷のことを知りたがっているというのか。だが、彼女はまだそんなこと一つも言い出してない。
「なぜ女の子のことが……」
 冴島さんは、キッチンの方へ行くと全自動コーヒーメーカーに豆をセットした。
「……そうね。悪かったわ。今回のは良い訓練になると思うから、自分で考えてみなさい。なぜ私がさっきのようなことを言ったのか。答えがわかった時、あなたは確実に一つ成長しているわ」
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「……じゃないですよね」
「私は影山さんを待っていたんです。一緒に帰りましょう?」
「えっ……」
 自分の顔がニヤけていることがはっきりと分かった。わかっていたが、その顔を普通に戻すことが出来なかった。
 井村さんが微笑む。
「どうしたんですか? 私の顔に何かついてますか?」
 俺は首を振る。
「そんなことない、ないよ」
「良かった」
 俺たちはホームで電車を待っていた。
 井村さんが話しかけてきた。
「今日は、殺人犯がいることを知らせてくれて、ありがとうございました。あのままあそこで看板を拭いていたら、危ない目にあっていたかもしれない」
「ああ、本当によかったよ。何事もなくて」
「あの後、影山さんなかなか帰ってこないから…… 私……」
 井村さんが急に俺の手を引いてきた。
 やわらかくて、すべすべした指に触れて、気持ちが良くなった。
「えっ?」
「心配しました。店長が出てはいけない、と言うし。どんなことがあったんですか」
「えっと…… あの後だよね。俺はちょっと動けなくなっちゃってさ。だけど、警察に協力している除霊士の人がやってきて、犯人とあっさり捕まえてくれたから助かったよ」
 井村さんが、上目づかいで俺の方を見てくる。
「除霊士、ですか。なんて人ですか」
「あっ、いや、うん。よく知らない」
 俺の手を井村さんの頬に付けた。
「本当に?」
 俺のGLPから違和感が伝わってくる。
「……」
 俺は言葉には出さずに、うなずいた。
「じゃあ、犯人には霊がついていんですか?」
 GLPの違和感は続いている。
 井村さん、あなたがこの違和感の原因ですか。俺はそんなことを言いかけ、その言葉を飲み込んだ。
「じゃないかな。俺もよくわからないんだよ」
「……そうですよね」
 井村さんが、そう言って笑うと、急にGLPの違和感が消えた。
 同時に、俺の中にある警戒心も一緒に消えて行った。
「井村さん、明日も|仕事(バイト)入るんですか?」
「明日も同じ時間入りますよ。影山さんは?」
 迷いもなく、そう答えたように見える。
 俺は、それに対して戸惑いながら言った。
「俺も午後、店にはいります。よかったら…… 明日も一緒に帰りませんか?」
「……ええ、影山さんがよければ」
「良かった。明日が楽しみになってきました」
 また自分の顔がニヤけていることを抑えられなくなっていた。
 なんだろう、本当にモテ期がやってきたんじゃないか。
 明日も会話が弾めば、この|娘(こ)を彼女にできるんじゃないか、俺はそう思っていた。
 葵山で俺が下り、井村さんはずっと手を振っていた。
 駅から歩いて、下宿させてもらっている冴島さんの家に帰る。
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「あっ、あそこ? 今の時間なら、人通りもすくないから、アイドルとかモデルさんみたいな写真が撮れるよ。アキナも行こうよ」
「私はあんまり興味ないけど、二人が行きたいなら、行く」
「じゃ、決まりね」
 朝食を終えて、部屋に戻ると、持ってきた中で一番好きな服装に着替えて、通りにでた。
 スイーツのお店や、小物を売っているお店、有名な店がいっぱい並んでいる。そしてシャッターが閉まっていて、そのシャッターには全面、おしゃれに落書きがしてある。シャッターが閉まっている店のまえで、ポーズを取りながら、写真に撮ってもらう、ということを順番に繰り返していく。時に二人、三人で撮ったり。
「私、出会ったときからずっと思っていたの。美優はやっぱり精錬されてる。そこらのモデルよりもカッコいい」
 美優は周りを見渡し、口の前に指を立てる。
「亜夢、ここらへん、本当にモデルさんとかモデルになりたい娘(こ)とかが通ることがあるから、うかつにそういうこと言わないで」
「ご、ごめん」
「けど、本当に、すんごい綺麗な女(ひと)が通るね」
 とアキナが言う。
「あっ、ほら、あそこ。あそこって、撮影してるんじゃない?」
「亜夢、見に行ってみる?」
「!」
 アキナは何かを感じたようだった。
「亜夢、私は行かない。あと、キャンセラーいらないから、使っていいよ」
 アキナが赤いキャンセラーをはずすと、亜夢に放り投げた。
 亜夢は受け取って、それを頭につける。
「じゃ、ちょっと見に行ってくる」
 亜夢と美優はある店舗の前で撮影している一団の方へ向かっていった。
 アキナは、深刻な表情をして車通りのある道へと小走りで向かっていく。
「どうしたんだろう?」
「……」
 しばらく亜夢もアキナの後ろ姿を見つめていたが、手招きする美優の方へ走っていった。



 亜夢と美優が撮影風景を楽しんだ後、車通りのある方へ行くと、アキナが膝をついて座っているのに気付いた。
「あれ、アキナじゃない?」
「行ってみよう」
 二人が走って近づくと、アキナは何かを抱きかかえて泣いていた。
「アキナ……」
「どうしたの、アキナ」
「……」
 泣いているばかりで、状況が分からない。
「ミィ」
「?」
 亜夢がアキナの抱えているものをみると、それは子猫だった。
 子猫が必死に何かを探していた。
「どうしたの? その子猫」
「……」
「話さないと分からないよ」
 アキナが道路の真ん中あたりを指さした。
 赤い染みが広がっていた。亜夢は、アキナの思念波(テレパシー)を聞いた。
『親猫が死んでしまったんだ。近くにこの子猫が一匹だけ残されていて』
『もしかして、さっきキャンセラーを外したのは?』
『そう。この子猫の声を聞きたかったから』
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 しつこい。これで十二、三度目ぐらいだろうか。店長はひたすら回数が多いとは聞いていた。逆にチーフの説教は、相当胆を冷やす代わりに回数がすくないらしい。もしかしたら、チーフの方が…… いや、どっちらもあまり変わらないか。
「聞いているか?」
「は、はい。すみません」
「急いで食器をそろえて。井村君のせいか店はかなり混んできている」
「え、また外の掃除をさせてるんですか?」
 この店では新入りの女の子に、わざと外の掃除させ、気を引かせて客を呼び込んでいる。
 掃除といっても、本当に汚れを落とすようなことではない。
 本日のメニューを書いた置き看板と、自動ドアのガラスを軽くふく程度。
 女の子の制服と、そのしぐさをアピールするのが目的なのだ。
「ほら、料理出来たからプレート頂戴」
 乾燥が終わったプレートを素早く差し出す。
「カップとソーサーも」
「はい」
 大体、他人が少なすぎるのだ。今日一日、朝から夜まで俺が入らなければ店は回らない。
 なのにも関わらずこの皿洗いに対して、店内のリスペクトはゼロだ。
 そりゃ、次から次に辞めていくだろう。無理もない。
 そんな風に、へとへとになりながらも、俺は仕事を終えた。
 後は店内の清掃をすれば上がり、というところで、店長が俺に言った。
「いや、今日は本当にありがとう。井村君が助かったのもそうだし、なにより今日君が入ってくれたおかげで、食器が早く準備出来て、いつもより客を回すとことが出来た。本当にありがとう」
「は、はい。どういたしまして」
 なんだろう、俺の心の声が聞こえたのだろうか。
 俺がいなければ回らない、ということを理解したような店長の発言だった。
「もう少しだから頑張って店内の掃除をしてもらえるかな」
「はい」
 俺は店内の掃除を始めた。
 店内の椅子やテーブルをすべて綺麗にし終えると、俺は厨房に戻った。
 前掛けを自分のところに引っかけて、厨房のゴミをまとめると店長に挨拶した。
「今日は、これであがります。お疲れさまでした」
「ああ、ありがとう。明日は午後からだったかな?」
 店を出よう、解放される、と思った瞬間、頭をハンマーで叩かれたような感覚になった。
「……俺、明日シフトは入っていないはずですが」
 店長は何かノートを広げてみている。
「大学の授業は午前中だときいていたから、入れると思って組んでしまったよ。お願いだ、入れないか?」
 そういえば時間割りを提出させられた。取っている授業にマーキングさせた上でだ。
「えっと……」
「決まりだな。頼んだよ。お疲れさま」
 俺が何か言い訳を言い出さないうちに帰らせ、シフトを確定しようということのようだ。
 店長に押し出されるように店を出て、明日の午後のバイトが確定した。
「……はあ。ブラックにもほどが」
 ビルのゴミ集積所に両手のゴミを叩きこむと、俺はビルを出た。駅の改札につくと、女の子がこっちをみているのに気付いた。
「あっ、井村さん」
「影山さん、待ってたの」
「えっ? 俺を」
 井村さんがうなずく。
 俺は除霊事務所のバイトを初めてから、何度も来たと思ったモテ期が、こんどこそ本当に来たのかも知れない。そう思ったが、過去の経験から疑り深くなっていた。
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「影山くん! 危ないんだケド!」
 橋口さんが上から飛び降りてきた。
「えっ、どこから?」
 そう思うと、上下レザーの男が飛び上がって、黒王号の上にいる俺の高さまで上がってくる。
 拳が打ち込まれる寸前、橋口さんが投げたコートが上下レザーの男に絡みつく。
「うぉっ!」
 上下レザーの男は顔をトレンチコートにくるまれて、道でのたうちまわっている。
 橋口さんは九字を切る。冴島さんがやっているところを見たことはあるが、橋口さんもするんだ、と俺は思った。
「えいっ!」
 橋口さんの手刀が振り下ろされると、バタバタと動いていたレザーの男の動きが止まった。
 光の粒が、パッと飛び散るように見えた。
「橋口さん」
 警察官が拳銃を向けながら近づいてくる。
「もう大丈夫。除霊は済んだわ。殺人容疑で取り押さえて」
 銃をしまうと、警官は一斉に飛びかかった。
 橋口さんは俺に近づいてくる。
「で、あんたはなにしてるのかな?」
「えっと…… この馬、黒王号っていうらしくて」
 俺はなんとなく腕の方を見た。
「ああ、GLPから出したってわけね? 選ぶにしても最悪のを選んだわね」
 確かに高いし、下りたくても下りれない。
「どういうことですか?」
「普通の霊なら、この馬の力で蹴散らしたり、追いかけたり、逃げたりできたでしょうけど」
 俺も実際のところ、そのつもりで呼び出していた。
「相手はケンシロウよ。つまりあなたはラオウ。黒王号ではケンシロウを蹴散らすことも出来ないし、ましてや逃げるなんて選択肢はないのよ」
「い、意味がわかりませんが」
「……はあ。まあ良いわ。上下レザーの男には注意するのね」
 橋口さんは踵を返して、後ろ姿のまま手を振った。
「あっ、えっと……」
 俺は…… どうしよう。下りたとして、この馬は消えるまでどこかにつなげておくべきなんだろうか。
 通行人の何人かがスマフォのカメラを向けて写真を取り始めた。
 撮るなと怒るわけにもいかず、曖昧な笑いで返していると、撮る人たちが増えていく。
「これ、いつ消えるんだろう……」
 とりあえず『鉄龍』と同じように霊力を使い果たせば消えるだろう。
 そう思い、俺は馬を走らせることにした。



 店に戻ると、店長から怒りをぶつけられた。
「なんでいなくなったんだ。そして、行ったっきりずっと帰ってこない。外には殺人犯。死んだかと思ったよ。そして、この食器や皿を見たまえ。君が怠った仕事の結果だ」
 俺は必死に食洗機を使いながら仕事を進めた。
 汚れが軽いものは、直接手洗いした。
 結局、あの馬はちょっと走るどころでは使いきれないぐらいの霊力をもっていたのだ。
 店の前の通りでは全く話にならなかった。だから車道に出て、自動車の後をついて行ったのだから、きっと六十キロ近くでていたろう。それくらいの速度で走り回って、一時間近くを費やした。自動車やバイクでの六十キロとは違い、初めての乗馬での六十キロは、生きた心地がしなかった。
 店に戻ってきた時は、桶には食器が山となっていて、店長はこんな感じだった。
「すみませんでした」
「井村くんが無事だったのは幸いだった。だが、君が働いていない一時間近くの間の賃金と罰金を給料から差っ引かせてもらうよ」
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 何も考えずに竜頭をクルクルと回していく。
 連動して変わっていく画面を見ていると、早すぎて見えなはずの文字が頭に浮かんだ。なんどか進めたり戻したりするうちにその文字で画面を止めた。
 『黒王号』と書かれていた。
「こくおうごう……」
 店長がGLPを覗き込んで、言った。
「ん、こくおうごうだろ? 確かものすごい大きい馬じゃなかったかな。乗っている奴がちょーつええんだ」
「店長、中国語得意なんですか?」
 店長が興味を持ったようで俺のGLPを触ってくる。竜頭をクルクル回したり、画面をタップしてきたりする。
「ん〜 見た感じ、これ、中国語じゃねーんじゃねぇかな」
「えっ……」
 GLPが中国製、ということで俺はこの画面の言語は中国語だと決めつけていた。
「中国語じゃないんだ……」
「確かに漢字がやたら多いがな」
 俺はその『黒王号』というのがやけに気になっていた。すごい大きい馬なら、逃げるにも追いかけるにも都合が良さそうだ。なんなら『助逃壁』の代わりに壁となってもらってもいい。
「店長! 井村さんがまだ外でした」
「何!」
 店長は慌ててレジのところへ行く。俺もこっそりと後ろをついていく。
 昨日入ったばかりの井村さんが、外の看板を拭いている。
「なんか様子が変だ!」
 店の前に止まったパトカーを盾にするように警官が銃を抜いた。
「井村さん……」
 俺は何も考えずに店の入口から外に出ていた。
 警官が銃を向けた先にさっきの上下レザーの男がいた。
 井村さんは何も見えてないのか、看板を拭いている。
「そんなに足を伸ばしたまま身体を曲げると…… パンツが見えちゃう」
 いや、そんなことを考えている場合ではない。助けないと。
 独り言のせいで警官の一人が俺に気づいたようだった。
「キミ、下がって」
「あれウチの店員なんです」
 俺は警官の制止を振り切ってパトカーの前に出た。
 そうして、急いで井村さんの手を引く。
 上下レザーの男、つまり殺人犯に聞こえないように、小さい声で言う。
「(危ないよ! 早く店に入って)」
 ようやく周りをみて状況が飲み込めたようだった。
「(影山さんはどうするの、ほら、一緒に……)」
 井村さんが手を引くが、それを振りほどく。
「(大丈夫、俺は大丈夫だから)」
 井村さんが店に駆け込むのを見て、俺も店からの死角へはいる。そして、GLPの竜頭を押し込む。
「いでよ『黒王号』!」
 俺の足元から、真っ黒い馬が浮かび上がってくる。
 そのまま俺を背に乗せ、『黒王号』が現れた。
 かなり、高い。
「えっ……」
 犯人が、こっちを向いた。
「ラオウ……」
 俺はラオウ、と言われて身体のなかのスイッチが入ったようだった。
「お前が見たのは死兆星。俺と戦う運命だったのだ」
 自分で言っている、その言葉の意味がわからなかった。
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「もちろんです」
 橋口かんなは警部とパトカーにのり、殺人現場のある通りにつく。
「犯人らしい人物が逃げているのね」
「向こうのビルの上に」
「じゃあ、私たちはこっちのビルから行きましょう」
「橋口さん、ここでは遠すぎませんか?」
 橋口はビルの上を眺め、言った。
「大丈夫。ここの方が見通しがいいから」
 警部は意図を理解したように、他の警官は別のビルの屋上に向かわせ、自らは橋口と一緒のビルに入る。
 屋上の鍵を預かって、外に出る。
 周囲のビルがほとんど見下ろせる位置に出た。
 橋口が手すりまで進み出ると、周囲のビルの屋上を眺める。
「あそこが発見したビルね?」
 警部はタブレットで地図を見ながら言う。
「そうですね」
 橋口はビルの屋上をじっと見つめている。
 何かを投げるように手を軽く振る。
 警部には何も見えない。
「あの、何か投げた、んですか?」
「しっ……」
 橋口は口に指をつけて黙るような仕草をする。
 警部も橋口が見ている方をながめるが、なにも見えてこない。
「警部。あそこ、三つめのあのビルの屋上」
「はい」
 警部はすぐに無線を使ってビルを指示する。
「それと、周囲に逃げれないように周囲のビルの屋上にも」
「はい」
 同じように素早く人員をコントロールする。
「橋口さんはどうしますか?」
 橋口は、手すりを飛びこして、ビルの縁に立った。
「橋口さん?」
 トレンチコートを両手でもって掲げ、橋口は目的のビルへ飛び出した。
「!」
 警部がみると、橋口はトレンチコートをパラグライダーのように使って、下のビルの屋上へ滑空していた。
 警部は無言のまま無線のやり取りに戻った。



「どうした、まだ休憩が終わるには早いぞ」
「殺人犯がこのビルに……」
「えっ、どういうことだ」
 すると外にサイレンの音がして止まった。パトカーが来たのだろう。
「ん、なんだ」
 店長が言う。
「さっき警官がパトカー呼んでました」
「ちょっとまて、本当なのか?」
 俺はうなずいた。
 店長は慌てて店に入って、店の女子店員を集め、説明する。
「今、非常事態が発生した。殺人犯がビルの周囲にいるらしい。下手に逃げるよりはここにいた方が安全だ。店の外の掃除はいいからな」
『はい』
 全員の綺麗な声が返ってくる。
 俺はGLPを確認する。まだ『助逃壁』は復活していない。他のやり方を知っているのは『鉄龍』しかなく、果たして、さっきの拳法使いのような奴に通用するかどうか不安だった。
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「ん~」
 亜夢はアキナの手を少しずらそう、と考えた。もっと気持ちがいい位置に……
「あっ……」
 アキナが、急に亜夢の感じるポイントを探りあてるのと同時に、背中側に体をピッタリ押し付けてきた。
 亜夢は激しい鼓動に連動した自分の息づかいで、さらに自分が興奮していくのが分かった。
 もう、ダメだ…… 美優に気付かれてもいい。美優の胸を触ってしまおう……
 震える手を美優の胸のそばに持っていくと、いきなりその手を引き込まれた。
「えっ?」
 汗ふきタオルと勘違いした、としか思えないような手の動かし方だった。
 違うのは、それはタオルではなく亜夢の手であることだ。
 美優の体の、さわりたかった部分を、なでるように動いていく。
「あっ……」
 美優も自分で当てておきながら、感じてしまったような声を出す。
 亜夢は、いきなり冷静になった。
「もしかして、二人とも覚醒している?」
 亜夢は思念波世界にダイブした。
 かなりの干渉波があって、はっきりと二人を見つけられないが、覚醒していれば、覚醒している姿が見えるはずだった。
 アキナの中では、何かけむくじゃらの抱きまくらにしがみついているのが見えた。
 場所は寮のアキナの部屋、そのもののようにも見えるが、寮部屋にしてはすこし小さくなっている。亜夢はどこが違うかがすぐわかった。同部屋の娘(こ)の机やベッドが省略されているのだ。
 アキナは寝言をいいながら、その抱き枕を揉んだ。
「あん……」
 そうか、これが連動して私の胸に……
 アキナの世界を抜け、亜夢は美優の思念波世界に入っていく。
『ん?』
 美優が裸で寝ていた。
 全身に汗をかいていて、手に持ったタオルで身体をぬぐっていた。
『こっちも現実そのまま』
 美優はそのタオルを股間へと滑らせるところだった。
『えっ…… あの……』
 その後も、亜夢は眠れないようなことばかりが起こった。
 ようやく落ち着いたころ、外は明るくなりはじめていた。
 干渉波は強かったが、夜中じゅう起きていたせいか亜夢は少しの間眠ることが出来た。
 三人はホテルのレストランで朝食をとっていた。
「やっぱり寝相ひどかったね」
「うん、帯以外はズタズタだったけど、へたすると帯も解けそうだったよ。それにしても亜夢は綺麗に寝てたね」
 オレンジジュースを置くと、亜夢が言った。
「ま、私の場合は、あまり寝れてない、ってのもあるけど」
「やっぱり干渉波キャンセラーの外は駄目だった?」
「いや、まぁ、それだけじゃないんだけど」
 亜夢がそう言うと、美優は深刻な面持ちで視線を下げた。
 そして小さい声で言った。
「AKKだっけ。マスターをつぶさないと、またテロを起こされるかもしれないもんね」
 亜夢は、自分より美優の方が真剣に今回の件を考えている、と思って反省した。
 女の子同士とは言え、肌を合わせてしまったせいで興奮して寝れなかった、とは言えなかった。
「……そうだよね。マスターを倒さないと、また同じことが繰り返される訳だもんね」
「まあまあ。亜夢も美優も、食べてるときぐらい楽しく行こうよ」
 亜夢も美優もうなずいた。
 亜夢はのしいこと、で一つ言いたいことがあった。
「そうだ美優、せっかく都心に三人でいるからさ、あそこの通りで写真とろうよ」
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 その単語にピンと来たのか、警察官はすぐに外に出てきた。
「その男は今どこに」
「こっちのビルの廊下、だと思うんです」
 俺は警察官と一緒にビルへ戻る。
「ここです」
 中の様子を確認しながら、そっと扉を開けてビルに入る。
 ビルに入るなり、警察官はためらいもなく銃を抜いた。
「あなたは下がって」
 俺は警官の後ろについた。
 ずっと奥へ進んでいく。例の曲がり角につく。
「どっちですか?」
 警官は前方を警戒したまま言った。
「俺がいた時は、右側にいました」
 『助逃壁』を裂けるためにそこを曲がって行った。間違いない。
 警官は直進方向も警戒しながら、右側の通路を警戒する。
「この先はどうなっているか分かりますか?」
「こっちは店の厨房に……」
 えっ? まさか…… バイト先の店に入られた?
「!」
 俺は何かを感じて腰を落とした。
 ガツン、と壁が叩かれた。そこには何者かの拳がめり込んでいた。割れたコンクリートが崩れた。
「ほう…… よく避けたな」
 警察官が俺の方を振り返って、迷わず引き金を引く。
「フン」
 と声がした。
 俺はしゃがんだ状態から、上体をひねって後ろを見る。そこにいたのは、上下レザーの男だった。
 男は左の人差し指と中指で、警官の放った銃弾を挟んで止めている。 
「信じられん……」
 再び警官の手から火花が見えると、レザーの男は上体を振ってそれを避けた。
 三発目が発射される前に、レザーの男は廊下を走って逃げていく。
 銃を持つ手を伸ばしたまま、警官が追う。
 俺は足が恐怖に震えながらも立ち上げると、警官の後を追った。
 警官は足音を追って階段を登っていく。
 俺が追いかけていくと、警官が止めた。
「こっちに来てはダメです。あなたは安全なところへ」
 警官は持っている無線機で他の警官の応援を呼んでいる様子だった。
「本当に戻ってください。安全な場所に」
「はい」
 俺は諦めて階段を下りた。
「安全な場所って……」
 店の厨房へ入る扉は暗証番号が必要だから少しは安全だ。
 時間的には休憩時間ではあったが、俺は店に戻ることにした。



 交番の警官から緊急連絡が入ったらしく、周りがあわただしく動き出していた。
「橋口さん、一緒に来てもらえますか」 
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 昼の混雑が過ぎ、一通り食器を洗い終えた。十五時以降の混雑の前に、俺は休憩をもらった。
「休憩に行く途中で、ゴミ出ししてよ」
 店長もチーフ同様に容赦なかった。
 俺は前掛けを外してから、ゴミの袋を抱えて廊下にでて、集積所に突っ込んだ。
「ふぅ……」
 しばらくの休憩時間だ。ため息をついた瞬間、スマフォにメールが入った。
「冴島さんだ」
 俺はスマフォを開けてメールを読む。
 橋口さんからの情報で、殺人犯はまだそこらへんにいるから注意して、まあ出来ないだろうけど、何なら捕まえちゃって、という内容だった。
「はぁ……」
 別のため息をついてしまった。
 と同時に、俺は廊下の様子が変なことに気が付いた。そう思うと、GLPのあたりも何か変な感じがする。
 変に歩き回らず、この違和感はなんだろう、と意識を集中させる。
 影だ。自分の影。廊下の影が何か変なのだ。ということは……
 俺はゆっくりと廊下の天井を見た。正面側には何もない。ということは、後ろ。
 からだをひねりながら、後ろを向く。
「ほあたあ!」
 ほあたあ? 同時に何かが天井から降ってきた。避けるようにバックステップする。
「あんた誰?」
 あんた誰、というか、黒レザーの袖なしジャケットに、黒レザーのパンツ。
 上腕は盛り上がっていて、ジャケットの間から見える裸の胸には、やけどのようなものが七つついている。
 まさか、おまえはもう死んでいる、とか言わないだろうな。
「違う! そうだ。朝、店長が見せてくれた、殺人犯!?」
 言いながら俺は左右に体を振りながら廊下を後ずさりする。
 上下レザーの男は、ニヤリと笑いながら追いかけてくる。
「追いつかれる……」
 やれること、やれることと言えば……
 GLPの竜頭を回して『助逃壁』に合わせて、竜頭を押し込んだ。
「頼む!」
 GLPから放たれた光の壁が廊下いっぱいに広がり、上下レザーの男は光る壁をみるなり、踵を返して逃げ出した。
「えっ?」
 どう見ても人の姿だったが、光る壁を怖がるように逃げた。この光る壁の意味に気づき、逃げたのだとすると、上下レザーの男は人間ではないのか。
 男は『助逃壁』の進むスピードより早く廊下を戻り、曲がり角をまがる。
 この壁が直進するなら、壁が通りすぎた後、あの曲がり角からこっちに戻ってくるに違いない。
 俺は『助逃壁』の進行方向とは逆、ビルから出る方向へ廊下を走った。
 ビルから出て、人通りが多い場所に出れば、さっきの男とて、そう簡単に殺しに来ないだろう。今朝殺人があったばかりだし、もしかしたら警察が巡回しているかも知れない。
 ビルを飛び出るとあたりを確認した。
 警察…… 警察の人……
 そして出てきたビルの出入り口から、中をのぞき込む。上下レザーの男が出てくる様子はない。
「どうしよう……」
 このままじゃ、バイトに戻れない。運よくバイトに戻れても、ゴミ捨てに行く度に警戒する必要がある。
 どうしよう、とにかく警察を呼ぼう。そして警察の人と、一緒にこのビルを探せば、すくなくともしばらくの間の安全は確保される。
 俺はビルを離れて、交番に駆け込んだ。
「あの、上下レザーの怪しい男に追いかけられました」
「!」
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 亜夢はその仕草を見て、ぐぐっとくるものがあった。
 同じシャンプー、同じボディーソープを使って洗い、同じ浴衣を着ているのに、美優からはいい匂いがしてくるような気がする。
 亜夢がふと横をみると、アキナも目をつぶって鼻を近づけている。
 同じことを考えているのか、と思って笑った。
 ここへ来て、疲れが出ていた。キャンセラーをしていなかったせで、亜夢は干渉波の影響を受け疲れが溜まっていたのだ。
 帰りのパトカーでも目を閉じていただけで、亜夢は寝れなかった。
「お風呂も入ったし、ねる?」
 と亜夢が言うと、美優は机に置いてある目覚まし時計を指さす。
「見てよ、まだこんな時間」
「じゃさ、ババ抜きやろうか、ババ抜き」
 結局、亜夢も付き合って、トランプを夜中過ぎまでやってから、眠りについた。
 正確に言うと、美優とアキナは眠りについたのだった。亜夢は寝れなかった。
 間に挟まれていれば、少しは干渉波の影響はすくなくなる、という理屈だったが、亜夢には、その理論が全く当てはまらないほど干渉波の影響が強かった。以前、都心にいた時よりも痛みやノイズの度合いは高くなっているように感じる。
 天井を見つめながら、苦痛に耐えていた。
「うん……」
 声の方を見ると、美優がかけ布団をはいでいた。亜夢は上体を起こして、掛け直そうとした。
「あつい…… よ……」
 美優が布団を蹴ったらしく、白くてきれいな足が、浴衣からはみ出ていた。
 亜夢は美優を起こさないようにそっと浴衣の端をつまみ、足を隠すようにもどした。
 ふとんをもって、枕に頭を戻そうとすると、今度は美優の胸元が気になってしまった。
 もしかして、美優、ブラしてない? 亜夢は思った。もしかして、乾燥機にかけた時からずっと下着を着けていなかったのだろうか。
「ううん……」
 美優が寝返りを繰り返すと、再び亜夢の方を向いた時には胸が見えそうになっていた。
「み、美優って、こんなに寝相が悪かったの?」
 亜夢は美優の体を見ていてドキドキしてきた。
 触りたい、唇でその先端をいじってみたい。亜夢は超能力干渉波のノイズや痛みどころの騒ぎではなくなっていた。
「えっ……」
 布団のなかで、美優が足を絡めてきた。
 すべすべの柔らかい足が、からんで、こすれあった。
「あっ……」
 美優がまた寝返りをしようとして、ふとももが亜夢の方に強くあたってきた。
 勝手に息が荒くなって、亜夢は、それが美優やアキナに聞こえてしまうのが怖かった。自分の口を手で押さえるが、絡まる足の快感に、興奮が収まらなくなってきていた。
 亜夢は自らの足を積極的に動かし、美優のあそこを刺激するように動かした。
 キャンセラーを着けている美優とアキナは、小さい声なら聞こえないだろう、と判断して亜夢は快感に伴う吐息を隠す事をしなくなっていた。
「ああ…… はぁ、はぁ……」
 その時、急に後ろから手を回された。
 アキナの手が、亜夢の浴衣の中に入ってきた。亜夢は下着を着けていたが、アキナは大胆にもその上から揉んできた。
「ほにゃほにゃ…… どうにゃ……」
 亜夢はびっくりしてアキナの顔を見るが、目は閉じていて、寝ているようだった。話していることhばも、寝ぼけていてはっきりしない。
「(アキナ?)」
 亜夢は起きているのか確かめるように言った。アキナの反応はない。まだ亜夢の胸をふにゃふにゃと触っていた。
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「は、はい、今終わりました」
 悪いことは出来ない、と俺は思った。そのまま店長にUSBメモリを渡した。
「やっぱこれ、君が持っててよ」
 と手を押し返された。
「えっ…… いいですけど」
 俺はポケットにUSBメモリを入れた。
 楽しい時間はあっという間に終わり、俺は皿と食洗機とゴミ出しの繰り返し地獄に入った。
 それに、何故か今日は午前中からやたらに客が多い。
「殺人事件があった、ってなれば客が減るのかと思ったが……」
 店長がクビを傾げながら厨房にやてくる。
「返って映像が出回って、この街のことを思い出してくれるのかな」
 殺人のせいで客が増えている、としても一時的なものだろう。本当にこのあたりに殺人鬼が潜んでいるとしたら、最終的には客が減っていくはずだ。
「てんちょー、警察のひとが」
 厨房側に顔を出してきた。ピンクの制服に合わせて同じ色のヘッドドレスをつけている。こういうアレンジはありなのだろうか、と俺は思った。みんながしていないことをすることで、他人(ひと)の目を引こうということだろうか。
「あっ、影山くん、さっきの渡してきて」
 俺は慌ててタオルで手を拭いて、店側へ出ていった。
 警察官が入り口に来ていて、人目が集まっていた。
「?」
 いや、どうも違う。人目が集まっている理由は、その奥にいる、背の低い女性…… 背は低いが、胸が、胸が非常に大きい女性がいた。
「あれって橋口さんじゃ……」
 まずい。ここで俺と橋口さんが、つまり警察関係者と知り合いということになったら、店の客にバレてしまう。客の中にはターゲットの違法降霊師がいるかもしれない。こんな段階で、俺が内偵をしていることがばれてしまわけにはいかない。
 俺は取り出したUSBメモリをもう一度ポケットにしまって、店長に差し出した。
「店長から渡してください」
「なんでお前渡してこないんだよ」
「えっと……」
 何か気の利いた理由を考えておくべきだった。
 俺は必死に考えた。
「警察官の人がイケメン過ぎてはずかしい」
「バカ」
 重い、重いげんこつを頭に落とされた。
 俺は考えた末、マスクを付けてから入り口へ向かった。
「監視カメラの映像です」
 橋口さんは、店の外にいる人々の視線を集めていて、それを追い払うのに精一杯のようだった。
 気にしすぎたか、と俺は思った。
「確かに受け取りました。メモリはコピーしたら返しますね」
「はい。お願いします」
 警官が帰りかけた時、橋口さんが言った。
「あれ?」
 やばい、バレた? 俺は視線をそらした。
 帰りかけた警官が俺と橋口さんの方に向き直った。
「……」
 橋口さんがじっと見るせいで、更に警官がこっちに向かって戻ってくる。
「ごめんなさい。なんでもないわ」
 橋口さんはきびすを返して、警官を押し戻すようにして去っていった。
 俺はマスクの下で、静かに、大きなため息をついた。




 
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「ああ、この|人(はげ)、常連さんだよ。単価高いからいいお客さんなんだけど…… 女の子の評判は良くないんだけどな。目つきがエロいとか、この人に近くによると触ってもいないのに、身体に触れたような気がするとか言って。何度か俺も店内の監視カメラみて確認したけど触ってはいないんだよ。けどなんか変なことは変なんだ。まあ、そういう人もいるから我慢だ、とは言ってるんだけど」
 このおじさんは女の子から気持ち悪がられている、ということだろうか。
 監視カメラ装置のことで、俺は店長に伝えなければならないことを思い出した。
「そうだ、店長。あの、映像をコピーするメディアがないです」
「なんだメディアって?」
「USBメモリか、DVD−Rとかが必要ってことです」
「なんだ。ほら、金渡すからコンビニで好きなのかって来い」



 除霊士である橋口カンナは、朝、警察に呼び出され、殺人事件の現場に来ていた。
 死体は片付けられた後だったが、強力な霊痕が残っていて通常の犯罪ではないことは除霊士である橋口にとっては明らかだった。
「霊は関わっていますか?」
 鑑識の人がたずねると、橋口はうなずいた。
「やっぱり…… 来ていただいて良かった」
 警部がやってきて、橋口と話す。
「犯人の後を追えないものなのか。歩いたりする先に霊が残ったりしないのか」
 橋口は手を広げて言う。
「霊痕で追跡するようなことはないわ。それをしたいなら警察犬に匂いを覚えさせて、追わせる方が正しいわね」
 橋口は店の横の小さな入り口を指さした。
「あそこ、がどうかしたんですか」
「それこそ霊の痕がついているのよ。ずっとそこに居たんじゃないかしら。匂いもついているかも」
 その小さな入り口は、被害者が今朝、荷物を搬入しようとした入り口だった。
 犯人はそこにずっと座っていたのだ。
「わかった。警察犬を連れてこよう」
 橋口は通りを歩き始めた。
 殺人現場以外にも、通りのあちこちに霊痕が残っている。警部が言ったように霊痕で追いかけられるのではないか、と思うほどに存在する。普通、こんなことにはならない。
 あるとすれば…… 橋口は思った。強い霊力が、体から溢れている場合だ。ただ、溢れるということは、相当な強力な霊を持っているか、本人に保持する能力がない、つまり器以上に霊が降りてしまったか。
 橋口のスマフォが鳴った。
「カンナ、もしかしてあの殺人事件現場にいる?」
「何よ麗子。いきなりそんなこと聞いて」
「周囲の霊圧はどうなの? この前の屋敷のようなことになってない?」
 橋口は周りを見渡す。
「霊圧は測ってないけど、あちこちに霊痕があるんだケド」
「あの、そのあたりって実はね……」



 女子店員がやってきても、俺は店側の方にいることが許された。
 監視カメラ映像のコピーをとる、という重大な仕事があって、どちらかと言えば店側にある小部屋に出入りする必要があったからだ。
 初めて目の前で見るバイト先の女子店員。全員ではないにしろ、タレント志望の娘(こ)が多いせいで、容姿のレベルは非常に高い。俺は美しい女性を眺めることが出来る喜びに震えていた。
「今日、殺人事件あったって」
「知ってる、テレビでやってた」
「この近くだよ。首をぐるっと真後ろに回されて」
「なにそれ。怖いよ~」
 俺は、女子店員たちの話に加わろうと小部屋を出ると、店長とばったり顔を合わせてしまった。
 ルール上、俺は女子店員と会話をしてはいけないのだ。今日は店長だからいい、というわけではないのだ。
「コピー、終わった?」
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