真琴はOrigamiで、たまちの横に座り、寄りかかるように座っていた。
 真琴は田畑のことをどうやって調べていいのか分からなかった。難しいことを考える時、いつも薫がいた。
 必死に何かをしている時には、薫のことを忘れていられる。
 だが、こういう風に立ち止まった時、分からなくなって悩む度、同じ悩みを聞いてくれたり、考えてくれたりした薫に気づいてしまう。
 本当に心に穴が開いたようだ。
 陳腐な表現だが、穴が開いてしまって、心が動かない。
 日々の瞬間瞬間に、薫に依存していたことに気付かされることが続いていた。
 友達がいない、という意味であれば今も隣には浜松がいる。
 ただ薫は友達という存在ではない。
 そうではなく、何か、指のような、歯のような、もっと日常的なものとか、腕や足のように無くては困るような、そんなものを失った感じがあった。それが真琴にとって、薫を失うということだった。その度を越した寂しさで、何もかもがダメなってしまう。
 ついさっきまでは緑川を追いかけていれば、答えが出るものだと思っていた。
 が、問題は緑川ではなかった。
 緑川という寂しさを紛らわせていた問題が、別のものに化けた。ふりだしに戻ってしまったのだ。目の前にはただ薫がいない、という寂しさが残ってしまった。これを再びポケットにしまって、遠くの目標へと歩き出すには、一人の力では無理だ。
 ボクは疲れきってしまった。
「たまちぃ、あのさぁ」
 真琴はたまちの肩に頭の乗せてそう言った。
「どうしたらいいと思う?」
「田畑さんのこと?」
「うん。薬のことを聞いただけであって、エントーシアンと決めつける訳にもいかないし。クラスも違うし、当然面識もないし」
 たまちは左手で真琴の手の甲から手を握ってきた。
「今、体育祭だからクラス間の協力とかあるじゃん。そこら辺でなんとかならない?」
「え? たまちなんか体育祭の仕事やってる?」
 真琴は言いながら、左手でたまちの太ももに手をやった。何かそういう肌の感触が欲しかった。まるで紛らわせる為のようだ、真琴はたまちにも、薫にもすまない気持ちになった。
「……そうだね。やってないね」
「生徒会の人に何か聞いてみる?」
 寂しいという理由を盾にして、欲望を満たそうとしている。冷静なもうひとりの真琴がそう言った。
「う……ん。そう……だね」
「分かったよ。聞いてみるね」
 たまちの左手が離れ、真琴の左手についた。右手はたまちの顔を引き寄せる為に肩を周り、左手は導かれるままにスカートの奥へ向かった。
 これはしかたない事なんだ。
 ボクがこういうことをしてしまうのはしかたないんだ、と思うことにした。薫がいなくなってしまうから。薫がいればこんなことは……
 大きな声が出ないように、真琴はたまちにキスした。
 それでも時折、息だけではない喘ぎ声のようなものが漏れてしまう。
 カウンターの奥の涼子のおじいさんに気づかれるかと思うと、真琴は気が気でなかったが、どうやらたまちはそういう状況を愉しんでいるようだった。
 たまちが真琴の奥へ手を伸ばした瞬間、キスをしたままの唇から、真琴の大きな声が店内に響いた。
「どうかいたしましたか」
 涼子のお祖父さんの声がした。緊迫した雰囲気だった。
 これは気づかれたか、と真琴は思った。完全にここがどんな場所であるか、という意識がトンでいた。いや、場所の感じだけではない。もしかすると、もっと違うなにかが変わったのかもしれない。
 真琴は考えを戻した。
 あまり沈黙を続けるとマスターがこちらに来てしまう。しかし真琴は言い訳を用意していなかった。
「マスター大丈夫です。真琴さん、どうやら学校に忘れ物をしたのを思い出したようで」
「そうでしたか」
 お祖父さんの声は普通のトーンに戻っていた。
「たまち」
 小さい声で呼びかけた。
「たまち、家に来ない?」
 たまちは頷いた。
 二人は支払いを済ませてOrigamiを出た。
 何事も話さないまま、駅のロータリーで待ち、バスに乗った。
 間中、ずっと手をつないでいた。
 傍からみると、仲の良い女の子、と見えたのだろうか。それともやはり、ちょっと異質な感じに映っただろうか。
 マンションにつくと、真琴は誰もいない室内に『ただいま』と言った。
「お母さんいらっしゃるの?」
 たまちが問いかけた。
「いや、いないよ。昼間は仕事だもん」
「いま、ただいまって」
「ボクはいつも言ってるけど」
「そう……」
「?」
「どうしたの?」
 真琴はお祖父さんが動いているサーバーの部屋のドアが少し空いているのに気づき、ゆっくり閉めた。
「ここ、大きなパソコンがあってうるさいんだよ」
「あ、山本昭二さんだっけ?」
「うん。『リンク』にたまに書き込んでるでしょ」
 真琴はたまちを奥へと案内した。
 真琴は母の部屋をノックして、母が居ないことを確認した。これで確実にたまちと二人きりだ、と真琴は思った。
 居間のソファーにたまちはちょこんと座って、上着を脱いでいた。
 真琴はソファーの後ろから抱きしめて、振り返るたまちにキスをした。唇が離れたりくっついたりする隙に、少しずつソファーをまたいで、たまちの方へと移動して行った。
 真琴が完全にたまちの上に覆いかぶさって、舌が絡み合うようなキスへと変わったころ、真琴は何か変な匂いに気がついた。
「?」
「どうしたの?」
 たまちも真琴もソファーに座りなおした。真琴はきょろきょろとその匂いの原因を探した。
「いや、なんか変な匂いが」
 真琴は上着を脱ぎ、無造作にテーブルに置くとキッチンの換気扇を回した。
「これで大丈夫」
 キッチン周りでその匂いの原因らしきものは見付けられなかった。
 真琴はたまちの横に座り直すと、シャツのボタンを胸の前の一つ分だけ開けて、そっと左手を差し込んだ。
 右の手で肩を抱き寄せると、吐息の漏れるたまちの唇に吸い寄せられるように唇を重ねていた。


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