気がつくと、真琴は薫の車に乗っていた。薫が運転している訳ではないし、薫が一緒にいる訳でもないから、正確には薫の家の車、に乗っていた。
 横にはたまちと涼子がいた。運転はいつものようにメラニーがしていた。色々と思い返そうとしても、あまり明確な記憶がなかった。かといって、全く意識がないということではない。おぼろげに記憶がつながっており、真琴達は残りの十数時間をもっとも安全、と思われる人と過ごそうということになり、薫の家に行くこと決まったのだった。
「真琴、少しは落ち着いた?」
「え、なんだっけ?」
「あれだけ騒いでいて、なんだっけはないでしょ?」
 左からたまちの、右から涼子の視線があって、真琴はどこを見ていいかわからなかった。
「撮影の時に変な歌をずっと歌ってたこと?」
 真琴が一人で撮影されることとなって、どんな感じでいていいか判らないから、ずっと自分の行動を歌っていたのだ。こんな調子に……
『右〜手をあげ〜て、左手〜ね・じ・る、膝は〜かるく曲げぇて前を見ぃぃる〜』
 どんな拍子で、どんなメロディだったかは全く覚えていないが……
「それもあるけど。その後よ」
 たまちが具体的に言った。
「薫の家に行く、って騒いだでしょ? 言われた通りに今、薫の家に向かってるよ? 気が済んだ?」
「う、うん」
 真琴はかなり迷惑をかけてしまったと思った。なんだろう、未成年の真琴はお酒に酔ったことはないが、もしかすると酔うとこんな状態になるのだろうか、と思った。自分の足が地についていないような感覚で、することはなんとなく覚えているが、どういう理屈で行動したのか、とか、細かい事が良くわからない。
「なんか、わからないんだけど、ボク、酔っ払ってる??」
 涼子がシートから上体を起こして言った。
「え? もしかしてスタジオで何か飲んだの? 確かに、スタッフの中には仕事終わりにそのまま飲めるようにアルコールを用意している人もいるのよ」
「そんな何か知らない誰かに飲み物もらったような様子はなかったけど。酔っ払ったような感じではあったわね」
「ボクが?」
「今はどうなのよ? 意識ハッキリしてるの?」
「うん。記憶が少しトンでるような感じもするけど」
 緑川に担がれて保健室に行った時に少し似ている気がする。なんだろう、この感じは……
「それじゃ、これのことも覚えてない?」
 涼子が封筒を取り出した。
「脅迫状?」
「脅迫状は紙で来たことないわ。真琴のバイト代よ」
「ちょっとは覚えてるよ。うん」
「じゃあ質問です。明日学校に行くんだっけ? 行かないんだっけ?」
 たまちが問題を出すようにそう言った。
「もしかして、それもボクが言ったの? 二十四時間経つまで学校には行かないよね。だって学校が一番危険だもん」
 たまちは呆れたような顔になった。
「学校に行く、って決めましたよ。真琴が絶対に守るから、って」
「どうしよう? 今から変えられない?」
「いいのよ。進学のこともあるし、変に学校休めないでしょ? 私も仕事で結構学校休んじゃってるから、脅迫ぐらいで学校休んでらんないよ」
 涼子はそう言って頭の後ろで腕を組んだ。今度はたまちが何か思いついたように言った。
「もしかして、真琴……」
「なに?」
 たまちは首を振った。
「そんなことないよね。何でもない」
「気になるよ、どういうこと」
「ありえないから…… とりあえず忘れて」
 そう言うたまちの、やけに暗い表情が非常に気がかかりだった。
「もうそろそろで家につきます。ご準備願います」
「ありがとうメラニー」
 涼子が言った。
 しばらくすると車はゆっくりと減速を始め、薫の家の前で止まった。


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