美沙の携帯がなった。
 やまとからだった。
「もしもし、どうかした?」
 かすかに漏れている音で、なんとなく事態が変化したことを知った。
「わかった。合流してから追いかけよう」
 美沙は携帯を切って、あかねに言った。
「川西が出るみたいだけど。一緒に行く?」
「さすがに三人でつけたらバレるんじゃないかな? 動きが止まったらまた合流するよ」
「……うん。その方がいいかもね」
 やまとがポケットに手を突っ込んで交差点を渡ってくるのが見えた。
「行ってきます」
「お願いね。気をつけて」
「うん」
 川西が校門から出てくるのが見えた。川西が駅方向へと去っていくと、あかねは、やまとと美沙が二人で川西を追っていくのを見送った。
 あかねは、誰も遊ばない公園で、小さな砂場を見つめていた。もう痛みはなかったが、神林に叩かれた頬を触った。意見のまとめを月曜日に発表して、そのまま投票という時に、神林をつけたことがバレるとおおごとになる、とあかねは思った。
 私を付け回すような奴がまとめた意見なんて無効だ、とか神林なら言いそうだ。その時にどうやって反論するか。どうせ他の目撃者がいないのだから、無視してしまうか。まとめと尾行は関係ない、と言い張るか。あかねは悩んだ。
「岩波さん?」
 突然呼びかけられ、返事が出来なかった。あかねは声のする方を向くと、そこにはバスケ部の顧問、笹崎翔子先生が立っていた。
「笹崎先生。どうなさったんですか?」
 確かに綺麗な人だ、とあかねは思った。
 先輩から笹崎先生の事を聞いているから、ここ数年の話ではない。バスケ部の顧問をずいぶんやっているはずだ。つまりそれだけ年齢がいっているはずなのに、十代のような肌に見える。化粧のテクニックなのか、本当に肌が綺麗なのか、あまり化粧を知らないあかねにはわからなかった。 
 笹崎は微笑みながら言った。
「私もあなたにそう聞くところだったの。さっき学校に入る時にあなた達を見かけて、なにやってるのかな、って。あれ、けれど、さっきはもう一人いなかった?」
 先生の言っている内容を良く把握していなかった。あかねは、笹崎の唇に見とれていた。
 あかねは、よく他人の『人中』のあたりを見つめてしまい、自分と同じ、濃い産毛を発見して幻滅してしまったりするのだが、先生にはそれがなかった。本当に透き通る肌という表現が似合うものを初めて見た気がした。
 先生が話し終えているのに気づくまで、あかねは間を開けてしまった。あかねは慌てた。
「……あ、あっ、さっきまでは、安村さんもいました」
「安村さん。そうだったの…… そういえば岩波さんって、家この辺だったっけ?」
「いえ、全然この辺ではないんですけど」
 あかねは少し戸惑っていた。
「岩波さん、バスケ部よね」
「はい」
 それを先生から聞くのは意外だった。
 笹崎先生が、バスケ部の部員のことを把握しているとは思ってもいなかったのだ。
「私も女子バスケ部の顧問だって知ってた?」
「はい」
「ごめんね。なんか部活に全然顔出ししてなくて。だからこんなに緊張させちゃっているのよね。ちょっとでもいいから時間作って部活に行っていれば良かったわ」
「いえ、緊張している訳ではないんです」
 あかねはそう言い切った。
「なんでも言ってね」
「……それでは、と言ってはなんなんですが、来週、少し部活にきていただけませんか」
 そうだ。今お願いしてしまおう。あかねはそう思ったのだった。
「え? 何かあるの?」
「ええ。ちょっと部で投票をするんです。笹崎先生に来てもらいたかったんです」
 先生は、かなり困った表情だった。迷惑そう、とも受け取れた。
「川西先生だけじゃダメなの?」
「そうなんです。川西先生じゃダメなんです。どこか一日だけでもいいんです」
 あかねは、どの意見になったとしても、まずは笹崎先生に伝えるべきだと思っていた。今話をしてしまえば、と思ったのだ。
「ちょっとスケジュールを調整してみるけど…… というか、今、今話せない」
「今は…… そうですね。やっぱり、ちょっと皆に話してからじゃないと」
「うん。わかった。じゃ、岩波さんの連絡方法教えてよ。携帯とかない?」
 先生はスマフォを出した。
「今、ないんです。なので、メールアドレスでもいいですか?」
 あかねは、今日使ったWEBメールのアドレスを教えた。先生は、素早くスマフォにアドレスを記録した。
「私からそこにメールする。それで私のメールアドレスも分かるでしょ? じゃ、そういう感じでいい?」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあね? 気をつけて帰ってね」
「さようなら」
 良かった、これでスムースに行く。
 神林さんが騒いで止めようとしても、とりあえず笹崎先生に言ってしまえば、事態は進展するだろう、とあかねは思っていた。
 美沙とやまとの方も、そろそろ何かあるかもしれない。あかねは笹崎先生が学校へ戻っていくのを見てから、駅へと歩きだした。


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