あかね達がやまとのところへ戻ると、やまとは言った。
「あ、戻ってきたね。けど、もう約束の時間は過ぎたみたい。今日は特に何もなかったよ」
 やまとの後ろに、男性の影が見えた。
「君、誰のことを追い回してたんだ」
「え?」
 あかねは、やまとの背後にいたのが、川西だと気づいた。
「やまと! 逃げて」
 やまとは何のことか分からないうちに、川西に肩を掴まれてしまった。
「こら、君たち」
 あかねは美沙の手を引いて走った。
 川西はその場で、大きな声を出した。
「逃げてもダメだよ。証拠もあるし」
 角を曲がりかけた時、美沙が立ち止まった。あかねはそれ引っ張られるような形で止まった。
 何? 証拠? どういうこと?
 あかねは振り返って美沙の顔を見ると、小さく頭を縦に振った。
 何かあったらしい。
「あっ、ようやく分かってくれたのかな?」
 やまとは、子供の頃から変わらない、例の泣き出す前のムッとした表情になっていた。川西はやまとの肩を押しこみながら、少しずつあかね達のところへ歩いてきた。
「あのさぁ、今はストーカーの禁止とかがあってさぁ、こういうことしてると捕まっちゃうことになってんの。悪質だよ? おふざけじゃすまないんだよ」
 川西はポケットからスマフォを取り出して見せた。
「ほら、これ、君達だよね」
 確かに美沙とやまとが写っている。
「でも」
「十分でしょ、今だって自宅の前で待ってたんだし。このままじゃ納得行かないってんなら警察まで行って話したっていいよ」
 完全な失敗だった。
 川西に弱みを握られてしまった。
 せめて美沙だけでもなんとか助かって欲しかったのだが、自ら止まってしまっては助けようもない。
「ごめんなさい」
 美沙が言った。
 あかねも謝った。
「ごめんさい。ちょっと探偵ごっこしてて」
「はぁ? そんな風な言い訳するんだ。本当は違うんでしょ? 何か先生からお金をせびるようなネタを探してたんでしょ? 悪い子達だな」
「違います。そんなこと考えてません。ちょっと思いついた遊びだったんです。やまとも謝って」
「ごめんなさい」
「いいよ、いいよ。一回目だからね。一回目は大目にみることにしてる。ただ、これは犯罪行為で、次はないからな。当然学校にも知らせる」
 川西がやまとの肩を離し、手の甲で埃を払うような仕草をした。
「ほら、さっさと帰りな」
 あかねは、やまとの手も引き、
「ごめんなさい。本当にすみません」
 と言った。そして美沙とやまとに小声で話した。
「二人とも、あやまって」
「ごめんなさい、失礼します」
「すみませんでした」
 あかねが二人のお腹を押すようにして、その場を離れた。ちらりと後ろを振り向くと、川西はゆっくりと自宅マンションへ戻り始めていた。
「もう大丈夫」
「怖かったよぉ」
 美沙が泣いた。
 やまとは少し気持ちが落ち着いてきたようだったが、何もしゃべるようすはなかった。
「……」
「ごめんなさい、本当に私が悪いの。色々巻き込んじゃって」
「ううん、私が共生関係なんじゃないか、って言ったせいだよね。元はといえば私が悪いんだよ」
 あかねと美沙は、そうやってしばらく、どっちが悪かった、という話しを続けた。
 そんな終わらない話に終止符を打つ言葉を、美沙が言った。
「けど、まずいことになったよね」
「……」
 あかねには美沙のいう『まずいこと』の意味がよく分かっていなかった。
「あ、美沙は知らないかもしれないけど。川西がああ言った時は、素直に引き下がれば、後は何も言わないよ、いつもそうだもん」
「そうじゃないよ」
「?」
「今日はこれで済んでも、いざ先生のセクハラを訴えようとしたら」
 やまとや、駅のホームで電車を待っている人がこちらを向いたような気がした。
「美沙、(ちょっと声を小さく)」
「(訴えようとしたら、川西がこのことを学校に報告するってことになっちゃわない?)」
「けど、(川西が先に悪いことをしてきたんだよ、それくらいしょうがない……)」
 話している途中で、このことを学校に言われた時にまずいのは女バスや自分だけではなく、『美沙がまずい』ということ気付き、本当のヤバさを感じ取った。
「(美沙が巻き込まれちゃう)」
「(うん。最悪私はいいけど、やまとくんが)」
「(やまとは土屋高じゃないからいいよ。それより美沙だよ……どうしよう)」
 やまとが何か気づいたようにこっちに視線を向けている。あかねは指で『あっち向いてろ』と指示した。
「どうしよう、昨日の『まとめ』のままだと、川西の事は学校に言わなきゃならくなくなって、そうすると、もしかして美沙も巻き込まれちゃう」
「部員の人に見せる前に、先生か誰かに相談した方がいいかも」
 そう言って美沙は顎に手を当て、何か考えている風だった。
「けど、そんな先生…… 笹崎先生?」
 あかねが言うと、美沙は顎につけていた手を離して人差し指を立てた。
「それよ、顧問なんだし。元々相談する予定だったんだし。多少順番が入れ替わっても」
「……うん。部長に言ってそうしてみる」
「それが良いわ」
 そう言うと同時に、駅のホームに電車が入ってきた。急な圧力で巻き起こる風に、美沙の髪が舞った。
 あかねは、一瞬その姿を見て何か悪寒が走った。
「!」
 美沙は乱れた髪を懸命に梳かしながら、あかねに言った。
「どうしたの?」
 はっ、と気がついた時は、美沙はやっぱりいつもの美沙だった。
「良かった…… なんでもない」
 その電車に乗ると、三人は黙ったまま家路についた。


 ーーー
いつもありがとうございます。
お手間でなければクリックをお願いします→にほんブログ村