真琴は、母の若い頃の服を探していた。クラブの雰囲気にもよるだろうが、真琴が持っている服では、あのクラブに入れる気がしなかった。父が失踪して、自暴自棄になっていた頃の、荒れていた頃の母の服装は、色使いこそ地味だったが、足も背中も胸元も大胆にカットされた服を着ていた。
 真琴はクラブに行ったことなかったが、クラブに行くには、ぼんやりとだが、そういう服のイメージがあった。
「あった!」
 今見ると、さすがに中途半端に古いデザインで、これを着て歩くと、周りの人に笑われないか不安だったが、とりあえず着て、姿見の前にたった。
 着替えている時にうっすら気づいていたが、足腰はいいのだが、真琴は、母に比較して胸元が寂しい為に、体を屈めるとお腹まで丸見えになってしまう。
「パッドどこ?」
「こっちじゃ」
 真琴はその引き出しを開けると、様々な厚みのパッドが入っていた。
「何この数……」
「その服だとブラの肩紐が見えてしまうぞ、こっちにするのじゃ」
「なるほど」
 真琴はふとその話し相手のことを意識した。
「だっ…… 今の、誰?」
 そこには誰もいなかった。
「返事しなさいよ!」
「わしのことか!?」
 良く考えると、聞こえてきたのはキクちゃんの声だ。つまり…… そこに立っているくまの縫いぐるみが喋っているということだった。
「お祖父ちゃん?」
「どうした、急に」
「なんでそんなところに立ってるの?」
「いや、手伝ってやろうと思って」
 くまの縫いぐるみは、あまり関節が良く曲がらないらしい。仕草が一つ一つぎこちなかった。
「見えるの?」
「見えるぞ?」
「ボクの着替えを見たの?」
「見たぞ?」
「コノスケベジジイ!」
 真琴は言うなり、縫いぐるみを蹴った。
 簡単に吹き飛んで、部屋の扉にあたったが、布と綿で出来た縫いぐるみとしての音がしただけだった。
「……ご、ごめん!」
 真琴は動く縫いぐるみの仕組みを思い出し、焦って抱き上げた。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃ。中の電子機器を守る為の縫いぐるみスタイルでもある」
 真琴は縫いぐるみの手足がバタバタと動くのを、胸で感じた。
「あっ!」
 真琴は抱きかかえるのを止め、縫いぐるみのしっぽをつまんでぶら下げた。
「では、着替え終わるまでは外にいてください」
 そう言って真琴は、縫いぐるみを部屋の外に放り投げると、扉を閉めた。
「真琴はケチじゃの」
 扉の外からそんな声が聞こえた。
「スケベジジイの方が悪いでしょ」
 真琴は下着を替え、再び母の服に着替え終わり、部屋を出ると、そこに縫いぐるみはいなかった。
「あれ? お祖父ちゃん、どこ?」
「こっちじゃよ」
 声のする居間に戻ると、お祖父ちゃんはコンセントの近くで座っていた。縫いぐるみは、自ら充電ケーブルを繋いで充電を開始していたのだ。
「お祖父ちゃん。お母さんに話しかけないでよ」
「何故じゃ。わしの娘なんだし、問題あるまい」
「何も言わないでこの姿を見たら、母の事だから、ボクの蹴りより酷い目に会うよ?」
「真琴が説明すればよかろう」
「無理だよ。ボクこれから出かけるし」
「ではわしも出かける」
「どこに?」
「お前の出かける先に」
 真琴は縫いぐるみの耳を掴んで持ち上げた。
「はぁ? お祖父ちゃんはお留守番しててください」
「薫にお前の行動を見張れ、と言われている。危険な目に合わんように」
「だって、お祖父ちゃん縫いぐるみでしょ? 殴る蹴るってされたら手も足も出ないでしょ? 連れて行くだけ無駄よ」
「ぐっ……」
 くまは、手を手を合わせた。
 どうやら、手のひらをポン、と叩いた格好をしたかったようだ。
「そうじゃ。わしには携帯電話機能がある。しかし縫いぐるみの格好だから、携帯電話と思われず非常通報出来るぞ。分かったら連れて行くのだ」
「やだ。入れてくカバンもないし」
「まっとれ」
 縫いぐるみは充電ケーブルを外して、居間を出ていき、しばらくして戻ってきた。
「これでよかろう」
 小さくて、黒いエナメルのような素材で出来たバッグを持ってきた。そして、お祖父ちゃんは自ら入ってみせた。
「これなら財布を入れて、わしを入れても大きくならんし、格好も良い」
「……わかったよ」
 真琴は万一の連絡の為に、このくまの縫いぐるみを連れて行くことに決めた。


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