「!」
 あかねが逃げよう、と思った瞬間には愛理に羽交い締めにされていた。
 あかねは外そうと体を振るが、全く外れる感じがなかった。力で外れないのではない。愛理があかねの動きにあわせて機敏に動く為だった。
 町田はからかうように言った。
「遅いよ。あかね」
「美沙はどこなの?」
「ああ…… さっきの事? さあね」
 神林は右手にタオルを巻いて、殴る気まんまんであかねに近づいてきた。
「教えてよ。美沙は大丈夫なの?」
 神林が右手を腹に振り込んできた。
 避けようと体をひねろうとしたが、愛理が腕を絞ってきた。あかねは避けきれないまま、神林の拳を腹に受けてしまった。
「うっ……」
「本当は顔を殴ってやりたいんだけど」
 神林は、あかねの顎を両手で持ち上げた。
「誰に殴られたの、とかどうしたの、って騒ぎになっても困るから。気づかれないように腹に限定しとくわね」
「……だから、美沙は?」
 神林はあかねの顔から手を離した。
「愛理、さっきの説明してよ」
「適当に思いついたこと言っただけだもん」
「じゃあ、大丈夫なのね?」
 良かった。
 単なる出任せだったのか。
「良かった」
「何がよ!」
 あかねが痛くて体を曲げているところに、神林がさら深くステップして振り込んできた。
「!」
 あかねは腹の奥から食道を伝って胃液が上がってくるのを感じた。
「あんたさぁ、私達をつけてさぁ」
 また殴られた。
「私達のことを笑ってたんだろ」
 突き上げるように、下から上へ拳が振り込まれた。
「学校で先生に言ったり」
 愛理が腕を絞った。あかねは、その痛みを避ける為に無理に上体を起こした。
 神林は両拳であかねの顔を挟み、力を入れてねじった。
「親に言ったりしたら」
 顔から手が離れたかと思うと、再び拳が腹を襲った。
「今度は」
 左手であかねの首を締めるよう持ち上げて、神林が言う。
「今度は川だから。死体が上がらないように縛り上げて、川だから」
 町田が言った。
「川よ川。もう誰もあなたを見ることはないのよ」
 神林がさっと手を離し、あかねと距離を取った。
 すると、あかねは腹から上がってきた液体で口がいっぱいになった。耐えきれずに口から吐き出してしまった。
 昼に食べたものが、河原にぶちまけられた。
 離れて立っている神林は涼しい顔であかねを見ていた。町田は足に掛かった汚物に怒って、あかねの足を何度も蹴った。
「愛理、もう離しちゃっていいよ」
 あかねは腕を離された。
 しかし、あかねは逃げれなかった。痛みと、吐き出した液体が鼻や気管に入ってしまったことで咳き込み、汚物の上に手と膝をついてしまった。
 町田が言った。
「きったな〜い」
 あかねは口の中に残っていた汚物を吐いた。
「愛理も最後に一発やっときな」
「えぇ〜 汚いよ〜」
 そう言いながら、あかねの腹を蹴り込んできた。あかねは軸足を取ってやろうと思ったが、さっとそれを避けて、その手を踏みつけてしまった。
「だから遅いよ。あかね」
 その足で、あかねの手を二度三度とねじり込んだ。
「さあ、行くよ」
 二人は草っぱらを戻っていったが、ちょっとすると町田だけが戻ってきた。
「あかね、スマフォここ置くね〜」
 神林がもっていたあかねスマフォを、町田が置いて言った。
「じゃあね〜」
 そして来た道を走って帰ってしまった。
 あかねは我慢していたものを吐き出すように言った。
「ちくしょう」
 そして、汚物のない方へ、仰向けに寝転がってしまった。
 何度も何度も咳き込んで、何度も何度も怒りが湧いてきた。
 すべては自分が悪かったのかもしれないが…… こんなことされて黙っていていいのか、と思った。けれど、今度は本当に川に沈められてしまうかもしれない。あの神林の表情には狂気が浮かんでいた。
 怒りと恐怖が交互に繰り返し頭に浮かんで、涙が出てきた。
 河原の上に広がる空が、ただ青かった。


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