化粧室を出て通路を戻ると、入り口があった。防音の為か、大きく重い扉でそれを開けると、ものすごい大きな音が真琴を襲った。
 体がゆすられるような低い音。
 ノイズにしか聞こえない音楽。
 思い思いに体を動かしている人々。
 真琴には、初めて経験することばかりだった。
 何の予備知識もない真琴は、踊れるはずもなく、店のどこに立っていればいいかも分からなかった。だから、ただ、人の隙間をぬって歩いていた。
 ダンスのフロアを抜けると、高いスツールに腰掛けている人や、テーブルによりかかりながら飲んでいる人がいた。誰もいないテーブルを見つけ、とりあえずそこに寄りついた。
「ふぅ……」
 流れる音や光、見知らぬ世界の雰囲気に、お酒を飲んでいるわけでもないのに、酔ったような気分になった。真琴には、それが酔った状態に似ているのか、分からないはずなのに。
 そうだ、こんなことをしている場合ではない、と真琴は思った。田畑に見つかってはダメだし、田畑を見失ってもダメだった。まずは自分の位置を把握して、田畑がどこにいるのかを見つけなくては。
「あれ? 入れたんだ。IDどうしたの?」
 真琴が振り向くと、下見の時に店の前にいた、ロン毛の白シャツの男が立っていた。
「ID?」
「ん? 身分証見せたと思うけど」
 そういえば、ミツルに言われて古谷を待っている間、名越(なごや)が女性に身分証を見せてくれと言っていたのを思い出した。
「……」
「ふーん。まぁ、店の外で見かけた時より全然いい感じだから、そういうことなのかな」
 ロン毛は、真琴をぐるりと周り込みながらそう言った。
「そうだ。俺たちはあそこらへんにいるから。一緒に遊ぶ気があればおいでよ」
 そう言って男は指差した。
 真琴は指差した方向をさっと見て確認してから、顔をふせてテーブルの反対に回った。自分に感づかれないようにする為だ。
「? どうしたの?」
「なんでもいいでしょ。まぁ、気が向いたら行くわ」
「そんじゃ」
 男はどうやらドリンクをとりに行ったようだった。真琴も緊張感からか、喉が乾いた感じがした。
 ロン毛の男が持っていた飲み物は茶褐色のものと、黄色、赤、ブルーのものを運んで帰った。真琴は、その中の、カラフルなドリンクが飲みたくなった。
 真琴もカウンターに行くと、色のついた飲み物を頼んだ。
「あれ? 君、確か」
 真琴は音楽が大き過ぎて、何を言っているのか意味が分からなかった。何か料金を払う必要があるのか? そういえば、会計をした時に何か渡された。
「これですか?」
「いや、それもそうなんだけど」
 カウンターの男は受け取りながら、言葉をつないだ。
「そうじゃなくて、君、こっちから選んだら?」
「この色の飲み物が良いんです」
「……」
 カウンターの店員は困った顔をしながら、飲み物の用意をした。
「出来たよ」
「ありがとう」
 真琴はドリンクを受け取ると、さっきまでいたテーブルに戻った。
 喉が乾いていたせいか、黄色い飲み物を半分ほど一気に流し込んでしまった。
 真琴は少し落ちつくと、ロン毛の白シャツがいるテーブルを確認した。田畑はまだ特に目立った行動もなく、そこで談笑している。
 こちらに気づいていないと考えてよさそうだ。
 もう一度、ドリンクを口に含む。
 あれ? これ、ちょっと変な味がする。間違いなく、甘くない何かが混ぜ込まれている。
 真琴はもう一度、確認するように少しずつ口に含んで、飲み込んだ。
 そんなことはない。
 ただの甘いジュースのようだ。
 しかし、しばらく考えると、やっぱり変な感じがする。何か考えがまとまらない。後味に何か薬品のような感じが……
 まさか!?
 真琴は問題となっている薬が混ぜ込まれているのでは、と考えた。
 どうしよう。三分の二は飲んでしまった。この状態で戦えるのか? ヒカリがまた覚醒し、敵対してきたら……
 何か足に力が入っていないみたい。
 真琴はテーブルによりかかりながら、必死に考えていた。
「やっぱダメだったな」
「!」
 さっきのカウンターにいた店員が、真琴の前に立っていた。
「君がどうしても、っていうから出したけど」
「何のことですか? さっきのに薬を混ぜたの?」
 なんか声の大きさがコントロール出来ない。
 真琴は自分の声が、意識より妙に大きな声になっているのを感じた。
「は? フザケたとこ言うなら出てってもらうぞ」
 店員は急に怒ったような態度になった。
「君がこれ、というから出した飲み物のこと。アルコール入ってるんだよ。ヤな予感がしたから、ちょっぴりにしたんだけどね。やっぱりださなきゃ良かったよ」
「え?」
「ほら、立てないようなら、ちょっとこっちきて休みな」
 店員の肩を借りるようにして、真琴は小さな小部屋についた。
 店内と違って、音がしないせいか、全く別の世界についたようだった。
「ここでこれ飲んで休んでな」
 カウンターにいた店員は出て行ってしまった。
 水の入ったペットボトルを渡されて、真琴はフラフラとソファーに座った。まともに座ってられない。
 真琴はそのまま横になった。
「あら?」
 入れ替わりに真琴に化粧をした、古谷という店員が入ってきて、そう言った。
「私も休憩しようと思ったのに」
「すみません……」
 真琴は、ソファーに横になったまま謝った。
「アルコールは二十歳になってからね。て言うか、ここ、二十歳以降じゃないと入れないんだから」
「……」
「ああ、ごめん。いや、私は、あんたの年齢は知らないよ。それより、少しだけ座るとこ空けてくれないかな」
 真琴は上体を起こしてスペースを空けた。
「辛ければ寄りかかっていいよ。私もしばらく休憩だから」
「すみません。では遠慮なく」
 真琴は古谷の肩を借りて目を閉じた。
 見えている風景がやたら明るく思えて辛かった。見ていると、目がまわるというほどではないにしろ、軽いめまいがあったからだ。
「あんた、もしかして薬、探してるの?」
 真琴の体は電気が走ったように震えた。


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