初老に見えたとはいえ、現役の学校の教師であるから、定年前の年齢のはずだった。
「聞こえんか?」
 あかねと香坂が反応出来ずにいると、更に響くような声でそう言った。
 これは脅しだ、とあかねは思った。
「輪島先生。すみません。私の生徒が迷惑をかけてしまって」
「い、いや。笹崎先生、急に前を塞がれたもので。こちらこそ失礼した」
 あかねは、笹崎先生の言葉で、この初老の男が、朝理科準備室に声をかけてきた輪島先生であることを知った。
 輪島先生は、笹崎先生が話した途端、あかね達への態度を急に変えた。
 さすがに揉み手をするまでには行かなかったが、声の調子はそんな雰囲気だった。
「輪島先生、すみませんでした」
「いいんだよ。君たち、笹崎先生の知り合いだったんだよね」
「岩波さん。先生が通りますよ」
 そう言われて、あかねと香坂が慌てて輪島先生の前を空けると、笹崎先生が続けて言った。
「廊下では周りを良く見ていないとね。輪島先生、すみませんでした」
「いやいや、いいんだよ。今度から気をつけてくれれば」
 なんだろう。
「すみませんでした。笹崎先生」
 あかね達の前を通り過ぎる時、輪島先生がそう言った。
 なんか鳥肌がたった。
「ありがとうございました。笹崎先生」
 輪島先生は振り返ってそんなことを言っている。
 あかねは、輪島先生に狂気のようなものを感じた。
 笹崎先生教、とでも言うべきか。何か信者のような雰囲気だった。
 あるいは、強いリーダーの下で動く部下というか。
 それが笹崎先生が好き、という意味だとしたら、あかねも同じなのだが、そういうレベルのものではない、何か狂った印象を受けたのだ。
「失礼します」
 香坂はそう言って、自分の教室へ帰っていった。
 あかねは、輪島の後ろ姿を見ながら、笹崎先生の後について、理科準備室へと入っていった。
 朝と同じようにあかねが椅子に座り、笹崎先生は机の椅子に座った。
「休み時間とかでノートを一通り見させてもらったわ」
「先生、やっぱり、投票して決めてはダメでしょうか」
「知り合いの先生にも、相談したけれど…… もちろん、川西先生の名前は伏せて。けれど、同じような結論だったわ。ちゃんとその行為をこの目でみないとちょっと信じられない。この書き方だと、全員が被害を受けているようなことになるもの……」
「けど本当なんです」
 どう言えば真実が伝わるのだろう。あかねは頑張って、訴えるようにそう言ったが、先生は首を振った。
「今日、ちゃんと部活を見ます…… というか、最低でも今週は私も部活に行きます。ね? この感じだと、それくらい見れが、なんらか分かるんじゃないかと思うけど……」
 確かにあの川西が一週間何もなしで過ごせると思えない。あいつの変態性は手癖どころで収まる話しではない。
 確かにそれで良いような気もする。
 ただ、部員を納得させることが出来ない。
「そうなんですけど…… 部員が」
「そこは私が説明します」
 急に表情から優しさが消えた。
 大人の顔、とでも言うのだろうか。
 怒っている表情ではないのだが、あかねは少し怖くなった。
「……」
 あかねの表情がこわばったのか、急に笹崎先生は表情を崩して言い直した。
「ね。部員の皆には先生から説明します。納得できないのなら、何度でも、何人でも対応するから。岩波さん。心配しないで」
 先生があかねの頭を撫でててきたので、あかねは言葉の内容ではなく、その行為で何か気分が明るくなった。気持ちのなかではぐちゃぐちゃになりかけていたが、無理やり納得させようとする自分もいた。
 もう投票でなくともいい。
 先生が部活に来てくれて、先生が説明してくるんだから。
 この話をダシに、先生と近づけたんだから。



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