下肢の感覚はすべて奪われ、倒れ込んでくる上半身が融合していくと、ほとんどの感覚を奪われてしまった真琴は、完全な闇の中で思考だけが動いていた。
 人の中の時間、というものは、実は感覚から生まれているのではないか、と真琴は思った。この闇の中で、というか、闇という知覚すらないのだが、触れたり、見たり、聞いたり、嗅いだり、味わったりする感覚が無い状態では、思考が止まると時が止まり、考え始めると時が動いたように思える。
 常にそこで進んでいるように思えた時間が、実は肉体が感じることで作り出していたことを真琴は発見した。
 いや、あらためてそんなことに気づいた、というのはおかしい。
 熟睡している時は、時が流れているのかどうなのか、全く分かっていない。
 思考が止まった時は、寝ているのと同じだ。
 だから今は、寝たり起きたりを繰り返しているに過ぎない。それぞれの思考停止と思考再開の間が、何秒なのか、何十年なのかを確認出来ないだけだ。
 真琴はそう考えて恐怖した。
 今度は全くこの先のビジョンがないままこの場所にいる。
 全く敵だらけの状態で、単身敵地に乗り込んできている。
 そしてこの闇。
 目が覚めた時は遠い未来で、肉体が死ぬ時かもしれない。
 あまりに苦痛で、ヒカリが肉体を手放す時。
 あるいは、蟻地獄のような抜け出すことが出来ない病気にかかり、回復の見込みがなくなった時かもしれない。
 いや、もう目覚めないかもしれない。
 それは何年も先のことなのか、次に思考を止めてしまった時になるのか。
 気が付かないで済むならそれで良いような気もしてきた。
 今は確実に死の恐怖が感じられるが、思考と思考の途切れた間は、死と同じだ、と気づいて、何度もその間を経験している内に、肉体の死を伴わない死が怖くなくなるかもしれない。
 死の直接の恐怖はなくなるかもしれない。
 が、真琴は生きている間に表現すること、やりきっていないことを後悔した。
 簡単なことだった。
 今日の分の宿題を済ませていないこと。
 母に感謝の気持を伝え切れていないこと。
 薫ともっと楽しい時間を過ごしたかったこと。
 もっと一瞬を大切にすべきだった。
 全力を出し切るべきだった。
 休むことも当然ながら大切だが、死がすぐそこにあることを意識して休むことと、ただ無意識に過ごすことは違うような感じがしていた。
 もう戻れないかと思うと、余計に悔しかった。
 次の無意識状態が死かもしれない、と思うと、一度はなくなったはずの恐怖が、強烈な恐怖として膨れ上がってきた。
「!」
 ふと、何か頬に伝うものを感じた。
 感じた…… 確かに、今。
 悔しさ、恐怖、自らの死。
 ボクは今、それらの混じり合った感情の中で、泣いている。
 それが、顔の表面を伝っている。
 ヒカリが感覚を渡してきた理由はわからなかった。
 理由は知らないけれど、頬を伝う涙を感じることが出来た。
 もしかしたらボクは助かるのだろうか。
 視覚が戻ったのか、思考の中の映像なのか、目の前に緑髪の女の子が立っていた。
 それは鏡で見るボクと同じ。
 ただ違うのは、髪の色が緑だったことだ。


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