放課後、部活のために部室に行く途中、あかねは橋本部長達と一緒になった。
「岩波さん、川西先生のことって何か聞いた?」
「いえ。先輩は何かご存知ですか」
「ああ、あのあとね……」
 言いかけた部長は、他の先輩方と顔を見合わせてから、
「あのあと、実は、職員室に行ったの。顧問の先生が不在だと部活はできないんでしょうかって」
 あかねはつばを飲んだ。
「先生方の結論は、笹崎先生がいるからいいだろう、ということだった。そもそも先生方も川西の処分内容も、理由も、何も知らなさそうだった」
「言えないような理由だから、という感じではなかったですか」
「どう?」
 また、先輩方は互いに顔を見合わせた。
「知っていて言わないのか、本当にしらないのかは判断つかないわ。個人的には、あの感じは誰も知らないんじゃないかと」
「朝、来るなり校長が呼び出されて、ずっといないらしいから、きっと、今日、学校にいる先生は誰も川西の処分の内容をしらないのよ」
 あかねは先輩の顔を見ながらうなずいた。
 結局、処分の理由が私達のセクハラのせいなのか、それとも全く違う不祥事なのか、それが分からないと私が責められてしまう。昨日は笹崎先生が投票で処分の決定をすすめる、として、場が収まったたばかりなのに。
「岩波さんは心配しなくていいのよ」
「ですが……」
「笹崎先生がいる、という形で部活をしていいことになっているし、理由がわからないけれど、川西が処分されてしまえば、あの問題を考える必要はないでしょ」
「けれど一部の部員はセクハ(ん)」
「あ、ごめん」
 部長が、あかねの口に手を当てた。
 どうやら部員以外の生徒が周りにいたようだった。
「大丈夫。なんにせよ、岩波さんに責任はないから。可能性があるとすれば笹崎先生ね」
「え……」
「だって、川西を処分できる材料を持っているのは笹崎先生だけでしょ」
「昨日の感じだと、アノ問題はちゃんと目で見ないと、と言ってました。私達が書面で申し入れている訳でもないですし、勝手にあの問題で教育委員会に対応させるのは無理なんじゃないですか?」
「だから、笹崎先生が密告した、とは言ってないでしょ。可能性があるのが笹崎先生だけ、ということで、笹崎先生が犯人というわけじゃないわ」
 疑ってはいるが、確証は何もない、といったところだろうか。
「多分、なんにも関係ない話ですよ。単に川西が自爆したんです」
「何? 自爆って?」
「自業自得って感じで」
「あの事件以外にってこと?」
 あかねはうなずいた。
 ちょっと先生をつけたぐらいで…… あんなに怒るのだから、そういう感じに、あちこちで事件を起こしているに違いない。あかねはそう思っていた。
「例えば?」
「よくわからないですが、脅迫とか」
「何か根拠あるの?」
「いえ…… なんとなくです」
 なにか、呆れたような感じのしぐさをした。
「あまりそういうことを言って回らないほうがいいわ」
 あかねは、反省した。
 確かにひどいセクハラ男だが、他のことは本当に推測でしかない。
「はい」
 橋本部長に頭をポンと叩かれた。
 部室につくと、いつもより声は小さかったが、話し声は多かった。全ては川西絡みの話題で、なんの処分がされたとか、代わりの先生は誰なのかとか、そんなことばかりだった。
 部長が言った。
「ちょっと話を聞いてくれる」
 全体が静かになるまで、部長は間をとってから、
「川西先生の話だけど」
 部長は話し声のする方を向いて、口に指をたてて静かに、と合図した。
「川西先生の話だけど、他の人に聞かれても勝手な話をしないように。なんのきっかけでどういうことになっているのか、まだ誰も知りません。いいですか。特に学校外の人、父兄にはまだ何も話さないでください。こちらに連絡がありしだい、『リンク』等で連絡します。いいですか、まだ誰にも話さないでください。以上」
 しんとした部室で、一人が手を上げた。
「顧問いないのに部活はどうなるんですか?」
「笹崎先生がいますので、部活は続けていいそうです。他には何か質問はありますか?」
 麻子が手を上げた。
「笹崎先生は信用できるんですか」
 なんらか、アノ問題のリークがあったと考えるのが妥当だ。しかし部長は毅然としていた。
「それは個人で考えてください。部長が回答することではありません」
「それは信用できるということですか?」
 一年生が食い下がった。
「少なくとも現時点では信用できます。川西先生の処分と、バスケ部で以前から抱えていた問題は別と思っています」
「え? それマジ」
「そんなわけないでしょ」
 部室がざわついた。
「急に昨日の今日で笹崎先生が川西を処分に追い込むのは無理です。やはり何か違う理由があったと考えます。何か、確たる証拠の残ることで。たまたま処分が今日だったということです」
 あかねは部室の時計を見ると、もう部活が始まる時間を過ぎていた。
「さあ、川西先生のことはこれまで。今日も体育館を使えるから、さっさと部活を始めましょう」
 部長がパンパン、と手を叩いて部員を追い出した。もうこの話はおしまいという意味だった。
 あかねも着替え終わると、部室を出て体育館に向かった。



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