「格闘技を習っていた男子(こ)なんだけど。その男子(こ)は少し記憶の混乱がみられるんだって。やっぱり戦ったとか、そういう記憶はないみたいだけど」
 当然だ、操られていたのだから、と思ったが、真琴は知らないフリをすることにした。
「そう。みんな記憶がないのね」
「体育祭、みんな出れると良いのだけれど」
 母は通りに出るとタクシーを止め、座席の奥へ座った。
 真琴もタクシーに乗り込んだが、体をかがめる時、体のあちこちに痛みがあって時間がかかってしまった。なんとか座席につくと、母が運転手に行き先を告げ、タクシーは動きだした。
「それにしても、まさか自分の娘が格闘技で男子をぶっ倒すとは思ってなかったわ」
「!」
 運転手とバックミラー越しに目があった。
 真琴も、運転手もどう言葉つないでいいか分からなかった。
「ちょっと! その話しはやめてよ」
「家の娘は、体育祭とかイヤで暗くなっていると思ってたのに、もしかして運動得意になったの?」
「全然だめだよ。ダメなまま。昨日はどうかしてたのよ。火事場のバカぢからみたいなものじゃないかな」
「そう? 体育祭でわかるけどね」
「もしかして見にくるの?」
「高校の間に一回は見に行こうと思ってたの」
 真琴は落ち込んだ。
「いいのよ。いつも転んだりビリだったりするのは知ってるんだから。それでいいの。あんたが頑張ってる様子を見に行くんだから」
 真琴は母の横顔を見つめた。
 体育祭に出ざるをえなくなった、と真琴は思った。そして、ヒカリに体を渡した状態を母にみせるべきなのか、ありのままの自分をみせるべきなのか、悩んだ。
 自分が体育をすれば、転んだり、ろくなことにならない。一人ドジを踏めば、周りに迷惑をかけてしまう。
 けれど、母には本当の自分を見て欲しい。
 一方で、母に格好良い自分を見せたい自分もいる。
 一度ヒカリになった自分を知るクラスや、学年のみんなは、もうドジな真琴に戻ることは許されないだろう。再び転ぶ、運動出来ない自分が体育祭にいたら、どんな非難をうけるだろう。
 どうすればいいんだろう。
 追い詰められてしまった。真琴はそう感じた。
 タクシーの窓に映る風景が、暗く淀んでいくような気がした。 
 真琴は家につくと、すぐに部屋入って寝てしまった。どれくらいベッドの上にいたのか、わからなくなったが、スマフォの振動に気づいて目が覚めた。
 手を伸ばしてスマフォを手にすると『リンク』にメッセージが来ていた。
 薫からだった。




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