男はあえてゆっくりと追ってきているような気がする。ヒカリはそう思っているのかは疑問だった。ゆっくりやって追い詰めているのか、あるいは、大声で、姿を見せない他の二人に合図しているのかもしれない。
 エスカレータを下りていくと、下に黒スーツの男が見えた。Tシャツ男の後ろを追ってきた男だ。
 男は他の客などお構いなしにエスカレータの下に仁王立ちして待っている。行き場をなくした客は、縮こまるようにして黒スーツの脇をすりぬけていた。
 真琴は振り返って下りのエスカレータを逆に登っていた。下りてくる客を交わしながら、素早くエレベータをワンフロア戻った。
「きゃ!」
 避けきれなかった客にぶつかってしまって、謝りながらその女性を引き起こしていると、階段から下りてきたTシャツの男が近づいてきた。
「そこよそこ!」
 真琴はエスカレータと男を結ぶ線に対し、左の直角方向へ走りだした。
 そして、壁沿いを走って、非常階段への扉を見つけた。躊躇せずにそこに入り込むと、手すりを超えてきた人影が見えた。
 間に合わない。
 真琴にそう思えたが、ヒカリはそれをかわしていた。蹴り込まれた扉が、大きな音を立てた。
「薫?」
 人影は蹴り終わりから体勢を立て直すと、ひざ蹴りをかましてきた。
 真琴は両腕でそれをなんとか抑え込むと、階下へ飛び降りた。
「そうよ。薫よ。おどかしてごめんなさい」
 踊り場から階段を下って逃げようとする真琴は足を止めた。
 違う。これは薫じゃない。
「逃げなくていいじゃない。ほら、約束してたでしょ? ラボに行くって」
 人影は階段をゆっくり下りてくる。真琴は距離をとって踊り場を少しずつ先に回っていく。
 その時、予鈴がなった。
「はっ!」
 真琴は声が出ていることに気付いた。
 目の前には、保健室の天井が見えていた。
 奥で、椅子がガタガタ、と音を立てた。
「新野(にいの)さん、起きた?」
「……はい」
 ついたてを動かして、保健室の先生が入ってきた。
「ちょっと熱を測るわね。ちょっとこれくわえてて」
 規則では高熱の時は即時帰宅。連続で熱が高ければやはり同じ。大丈夫だとは思っているが、少し緊張した。
 体温計が計測終わりの音を立てた。
「ちょっと見せて…… うん。熱はないね」
「頭はまだ痛い感じです」
「私が見てもそんな感じね」
 掛け布団を整えると、先生はついたてから出て、それを戻した。
「寝てていいのよ」
「ありがとうございます」
 少しだけ上体を起こして、ついたての隙間から部屋にある時計を見た。
 まだ午後の授業までは二時間はある。
 ゆっくりと体を戻すと、再び眠りについてしまった。
 真琴は、後ろを振り返りながら、踊り場から一歩足を下ろした。
 それをきっかけに、薫が蹴りを繰り出してきた。のけぞって避けてしまい、階段を数段落ちてしまった。なんとか体勢はたもったが、相手の蹴りが顔面をかすめる状況が何度も起こった。
『これ、やばいよ……』



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