真琴は脇腹を抑えながら訴えた。
 ぼんやりと膝を抱えたボクの姿が見えた。
 ヒカリだった。
 ヒカリはうつむいていて、まるで寝ているようだった。
『ヒカリ、やっと現れたね』
『何がどうなっているっていうの?』
『体が治っている。あなたは精神だけではなくて体を支配し始めているじゃないの?』
 真琴はいきなり核心をついた。
『もう…… 隠せないね……』
 ヒカリは顔だけ正面のボクを見つめた。
 廊下を進んでも、ヒカリとの距離は詰まらなかった。ヒカリはホログラフのように浮かんでいるだけだ。現実と夢が混じり合っている、不思議な光景だった。
『何よ、何を隠していたの?』
『ボクが体をコントロールして、真琴のほとんどありえないような筋力で、あんなに速く走れるわけないじゃん』
 ヒカリはまたうつむいてしまった。
 声がくぐもったように聞こえる。
『細胞レベルで入れ替わるのさ。ボクと真琴は。だから頭痛がする』
『え!』
 流れていく廊下の景色が止まった。
 いや、ボクが歩くのをやめたのだ。
『そんな馬鹿な…… まるで以前からずっとそうだったみたいに……』
『以前からだよ。何故接触して他人の夢に入れるんだい? 相手のエントーシアンと戦える能力は誰が与えるの? 考えてみれば分かるでしょ』
 下をむいたまま、ボソボソと話す内容は、聞き取りにくかったが、すんなりと頭に入ってきた。
 そう言われればそうだ。
 どうして触って相手の精神へ影響を与えられるというのだ。後頭部を触って人の意思をコントロールしてみたり、良く考えれば超人じゃないか。
 それは人間の肉体では出来ないことだ。
 頭にエントーシアンがいたとしてもだ。
『ちょっと待ってよ……』
『体育祭の練習の後にしてもらえる?』
 ヒカリは立ち上がって真琴に背を向けた。
『ほら、もう着替えたクラスメイトが出てきた……』
 廊下の向こうの更衣室から、何人かが体育着に着替えて出てきた。
『そんな、待ってよ!』
 ヒカリの姿が急に大きく近くなって、まるでボクに重なってくるようだった。
 完全にヒカリと真琴が重なり合うと、真琴は視覚を奪われ、うっすらと触覚だけが残された。
 音も光りもない世界で、肌の上をすべる布の感覚だけが微かにもたらされた。
 おそらく着替えているのだ、としかわからない。
 しかし、少しだけ感覚が残っていると、思考が続けられることが救いだった。
 あらゆる感覚の全部を遮断されてしまうと、突然睡魔のようなものが襲ってきて、思考も止まってしまう。真琴はこれまでそれを何度も経験してきた。
 おそらく、これはヒカリがボクに配慮してくれた結果だ。
 すべてを奪うことはしないという宣言なのかもしれない。
 確かにすべてを奪わないかもしれないが…… 徐々にヒカリの支配する細胞が増えれば、脇腹の痣がなくなるように、人間ではない生き物の体になっていくに違いない。
 精神を二つ持って入れ替わりながら生活する、新しい人類。
 真琴は恐ろしくなった。
 他人のエントーシアンを戦って破壊していった結果、自分の体はどっぷりエントーシアンに侵されているなど、笑い話にもならない。



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