ゾクっと背中に寒気を感じた。
 死、そんな言葉が脳裏をよぎる。
 映像の中のヒカリは、そんなことを微塵も感じていないかのように、バトンを右手に持ち替えてクルクルと回すと、また声を出した。
『マジックダイバー・エントリー』
 真琴も映像を見ながら小声で言っていた。
 まさか、これまでの映像は現実の出来事ではなかったのか、と真琴はこれまでの全てを再び疑い始めた。
 そう考えるのも無理はなかった。目の前の映像ではとうのたった魔法少女が、ステッキで作り出した羽根をつけて、明けかけた空を飛んでいるのだ。
 ここが夢の中だから、か?
 いやこれはヒカリが現実で行った映像だったはずだ。そのつもりで二人も確認している。
 朝気付いた制服の裾の汚れも、さっき入った下水管や公園で寝転がったせいだ、ということで結びついた。しかし、この空を飛んでいる映像は全く現実味が薄すぎる。
 百歩譲って、体の回復が早まったのはヒカリのせいだ、としよう。
 ではこの魔法はなんだ。何の根拠もない……
 これは夢だとすると、ボクはどこまで遡って、いくつ夢が重なっているのか考えなければならない。
 どうなっている?
 ボクはどこにいるんだ。
 頬に風を感じながら、飛行を続けたヒカリは、真琴のマンションの屋上に着地した。近隣の迷惑になる為と、自殺者が出ないよう、屋上から中へ入る鍵がかかっていた。ヒカリはバトンを回してノブを叩くと、ガチャリと鍵の開く音がした。
 とうがたった魔法少女の格好のまま、ドアを開けてマンションに入ると、自然と扉の鍵は閉まった。
 非常階段を抜けてボクの家があるフロアの扉を開けた。
 エレベータホールから家に続く廊下をチラリと覗くと、外から見えないように廊下にしゃがみこんでいる男がいた。
『待ち伏せされている……』
 ヒカリも同様に感じて、逃げようとした瞬間、エレベータのドアが開いた。
『!』
 現れたのは薫だった。
 薫の姿をした誰か。
 ヒカリはバトンを頭上にクルクルと螺旋を描くと『テレポート』と言った。
 描いた螺旋は、キラキラと空気を光らせ、一瞬で体を覆った。
 目の前のキラキラした空気が消え去ると、そこは四車線道路のど真ん中だった。何が起こったのか理解できなかったが、映像がゆらゆらとゆれていた。
 そのまま走ってきたトラックにとうがたった魔法少女は倒れ込んだ。
『死ぬ!』
 真琴は目をつぶった。
 しかしトラックは完全に停止していた。
 全くブレーキ痕も残さずに。
 そのまま、ヒカリはよろよろと歩道に抜けると、前のめりに倒れ込んだ。と同時に、トラックは止まっていたとは思えないスピードで、走り抜けていった。
 まるで時を止めたようだった。
 完全に夢だ、と真琴は思っていた。
 でなければ作られた映像だ。本当の記憶ではない、何かを象徴する形に再編されたもの、であれば納得がいく。
 全く動かなくなった映像は、昇ってくる朝日で急速に明るさを増していた。しかし、ヒカリは全くうごかない。
 いや動かないのは映像であって、体は動いていたのかもしれない。だが、与えられる感覚がない為、おそらくほとんど動いていないのは間違いなかった。



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