美沙が先生の側でなければ……
 たった一つ残るはずだったものまで、あかねは、すべて失ってしまった。あかねは、笹崎の手を離した。
 壁に腕をついて、そこに頭をつけた。
 めまいがするようで、目を開けていられなかった。
 あかねは、色んなことを思い出していた。
「体育館でWiFi探すの手伝ってくれたじゃん」
 美沙が言った。
「私が誘導すれば、あかねにWiFi装置は見つけられないでしょう」
「尾行するの手伝ってくれたじゃん」
「タブレットであかねの位置をしる為よ」
 そうなのか、何もかも、笹崎の為だというのか……
「バカな女……」
 笹崎がそうつぶやいた。
 あかねは先生を引っ叩く衝動に駆られたが、笹崎先生も誰に向かっていったのでもないようだった。まるでここにいる全員に向かってそう言ったようにも聞こえた。
「私と寝たのも? それも笹崎先生の為なの?」
「そうよ……」
 そうだ、あの時、美沙の家でBITCHが表示されたのはどこかで検知されたのが残っていたのではない。あそこで検知されたのだ。
 あかねはその日、美沙のスマフォで見たことを思い出した。
「笹崎先生、スマフォ見せて、先生のスマフォ」
 笹崎が睨みながらスマフォのロックを解除すると、あかねは奪うように受け取り、アプリを探した。
「『ペアペア』やっぱりあった」
 地図にはピタッたり重なる相手のアイコンがあった。
「美沙と同じアプリ、なのね」
 何もここまで知る必要はなかった。
 もう帰ろう。
 知れば知るほど、自分が傷ついてしまう。
 ……いや。
 BITCHだけでも壊して。壊してから去りたい。
 二度とこんな被害を出したくない。
「BITCHを見せてよ」
 笹崎先生が、美沙のナイフを受け取ろうとしていた。
 美沙の手は、固まったようになっていて、なかなかナイフを手放せないようだった。それでも指を少しずつ引き剥がして、笹崎先生はナイフを手にした。
「BITCHを見せて、の答えがそれなの?」
「このままナイフを持っていたら、美沙が傷ついてしまうでしょ。それだけ」
 笹崎はそういうと、ナイフをもったまま部屋に引き返していった。
「BITCHを見せてよ。私それを見るまで帰れない」
「私が見せてあげる」
 美沙が言った。
「BITCH自体は、ただのスマフォのテザリング機能よ」
 美沙は出てきた部屋のドアを開けた。
 そこにはデスクトップのパソコンが置いてあった。誰も触っていないのに、やたらファンの音がうるさかった。
「私が作ったんだよ。このシステム」
 美沙が微笑むようにそう言った。
「これであかねのスマフォをハッキングして、変なメッセージを送りつけたりしたの」
 狂っている……
 興奮の度合いが大きすぎたのか、あかねは妙に冷静な自分を感じていた。
「そう、これなの……」
 あかねは、美沙を突き飛ばしてからパソコンを横倒しにした。
 飲みかけのペットボトルのキャップをはずし、そのパソコンにジュースをかけた。
 熱のせいか、ショートしたせいか、小さい火花が散って、シュウシュウと音と煙があがった。
「なんで! なんで壊してしまうの」
「もうこんなもの作らないで」
「……今度はクラウドサービスを使って作るわ」
「作らないでよ! もう嫌よ、こんなこと二度としないで!」
 あかねは叫んで、そして部屋を出た。
 開けっ放しのドアを抜けて、笹崎の家からでると、その後は良く分からない。ただ、何度も笹崎の言葉を思い出していた。
『あんたら皆へんなのよ。遠山先輩遠山先輩って。勝手に寄ってきて、知らないWiFiに接続してさ。だから利用してやったのよ』
 私たちは皆、バスワードを掛けていないネットに、勝手に近づいてしまった。だから罰を受けただけなのかもしれない。
 あかねはふと、コンビニにある青白い光を眺めていた。季節外れの虫が寄ってきて、パチッっと音を立てた。
 目を閉じると、涙が頬をつたった。



 終わり

 



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