「遅いね」
「……」
 マミの方が頭一つ背が高い。
 そのせいか、左右を見渡すと、マミの肩が視界に入る。
 合わせた背中に、ジワリと汗が流れる。
 来ない。
 チラリ、と〈鳥の巣〉に視線をおく。
 某システムダウンの影響を、少しでも抑える為の壁。
 ガラクタを芯材に、即席で作ったコンクリート壁(へき)。
 本体を覆い隠す為の、一定の距離に建造した円形の壁だ。
 実際は、山がある所には、壁はない。
 百葉のあたりは平野部だから、この〈鳥の巣〉の壁があるのだ。
「少しずつ、学校の方へ移動しよう。このままじっと待ってると、遅刻しちゃう」
「そうだね」
 少し背中の間を開け、様子をうかがいながら学校の方へ歩き始めた。
 首を少し左右に振ると、マミが手にはめている、ナックルダスター(=メリケン・サック)が目に入る。
「さすがに、ここら辺は某システムダウンの影響が強いね」
「マミは結構慣れてきたね。それ、どう?」
 お互い、半身の姿勢で学校を向き、少し早歩きを始めた。
「結構重いのよね。もっと体を鍛えないと」
「効くの?」
「まだ〈転送者〉に使ったことはないの。公子(きみこ)で試させてくれる?」
 マミが拳を振り上げる。
「やっ、やめてよ……」
 恐怖に体が震える。
 それがバレたのか、マミがこっちを見て言う。
「かわいい」
「やめてよ」
「しないわよ」
 マミの笑顔、この屈託のない表情に、気持ちが高ぶる。
「泣いてるの?」
「泣いてないよ」
 マミとエッチしたい。
 何でこんなタイミングで、と自分でも思う。
 けれどマミを見ていると、突然抱きしめたいという強烈な感情が湧き上がってくる。
 付け加えて言えば、私自身、女性だし、マミも女性であることは理解している。そしてそう言う女性同士が求め合うのは、普通ではない、という認識はある。
 けれど友達以上の関係になりたい。
 男の人には抱いたことのない感情が、女性に対してあることに気付いたのは、実際、つい最近のことだ。
 感情が高ぶると、どうしても目に現れてしまうらしい。友達になってからのこの一週間で、もう何度かこの姿を見られてしまっている。
「ごめんね」
 マミが自然と私を抱き寄せる。
 スイッチが入ったように頭の中では妄想が暴走を始める。マミの息遣いを感じ、胸の感触を頭に叩き込む。首筋にキスをしそうになる自分を抑え、スカートの下に手を差し込もうとする欲求を投げ飛ばす。
 頭の中に快楽を促す物質が充満しはじめている気がする。
「公子(きみこ)!」
 甘くとろけるような、ここまでの流れを断ち切るような声。
 緊急を感じとった筋肉の緊張。
「出たの?」
 さっきと同じように背中を合わせた隊形に戻る。
 今度はマミが学校側を向き、私が寮側を向いている。
「マンホールは……」
「まさか、真下?」
「違う! 右の側溝の蓋から来た!」
 右足のかかとを上げ、すぐに蹴り出せるように準備する。
 側溝の蓋がゆっくりと持ち上がった。
 コンクリートと隙間の砂がこすれる音がする。
 黒いガス状のものが這い出てきて、中で小さい火花が散る。
 ゴォーっと音がしたかと思うと、広がったガス体が収束して首のない人型を作り出す。