「何? なんなの、どうしたの、なに、これ」
「気持ち悪(わる)」
 いや、本人が一番今気持ち悪いのだ、と真琴は思った。
 天井を見つめながら待っていると、バトンは垂直に下がってくる。
「インドの刀を飲み込む不思議な人みたい」
 散々言われて、真琴は目を手で覆った。
 逃げ出したいぐらいだったが、口や喉に当たって怖かった。じっとバトンが飲み込まれるまで待つしかない。
「うわうわうわ……」
 バトン、すべてが収まると、真琴は急いで洗面所に走った。
「うぇええ……」
 バトンは完全に真琴の体の中に消えていった。
 けれど、何かが喉の奥に詰まってとれないような、強烈な違和感のみが残っていた。うがいをしたり、水を飲んだり、指で口の奥を触ってみたりするが、何もとりだせない。
「うぇえええ……」
 ただ唾液が汚らしく洗面所に流れ落ちるだけだった。こんな太いものを飲み込むことは、普段の生活ではありえないことだった。
「大丈夫、真琴」
 涼子が心配してやってきてくれた。
 背中をさすってくれるが、吐きたい気持ちだけが助長されてしまった。
「えっ、本当、大丈夫なの?」
「大丈夫、何も残ってないし、引っかかってもいないから」
 喉に引っかかっているような気がするだけだ。
 だが、その違和感が気持ち悪い。
 真琴は水を含んで吐き出した。
「……」
「……大丈夫。とにかく、これで元に戻った。今日はもう帰ろう? 眠くなったよ」
「うん。そうだね、体育祭もあるし、体調壊したら大変だよ」
 もう一度だけうがいをして、真琴と涼子は居間に戻った。
 居間の方から、薫が大きな声で話しをしているのが聞こえた。扉が閉まっているから、何を言っているのかまではわからなかったが、怒りが感じられた。
 入るのがためらわれたが、思い切って扉を開けると、急に声が静かになった。
 ロズリーヌは頭を下げて、したを見つめていた。メラニーは深刻な表情だった。
 何か、今日の出来事で叱られていたのだろう、と真琴は思った。
「ごめん薫、今日は遅いから夢の中で見たことは別の機会に話してもらうことにするよ」
「そんなことで大丈夫なの? 危険な目には合わないの?」
「Tシャツの男と、スーツの男、そして薫にそっくりな女、それだけわかっていれば、今は大丈夫だよ。どこが居場所だとか、そんな情報まではないんだし」
「目の前の危険はそれで避けれるかもしれないけど、半端な知識だと、今度こそやられるわよ……」
 薫はこの食事会が中途半端に終わってしまうのが不満なようだった。
「悪いけど送って欲しいんだ」
「ええ、大丈夫よ。メラニー、用意して」
「はい、お嬢様」
 真琴はメラニーの表情をじっとみていた。
「どうしたのですか?」
 薫と話していた時の深刻さがなくなっていた。
「なんでもない」
「車を回してきますので、お待ちください」
 メラニーが出ていくと、薫が言った。
「私そっくりの女には気をつけて。出会ったら、すぐに私に連絡して。けど、つけたり追いかけ回すことはしないで、すぐ逃げるのよ」
 真琴はうなずいた。
 涼子は怖い目で睨みつけた。
「正体を知っているんでしょ?」
 薫は視線をそらした。
 薫はわざわざバレるような仕草はしないのだが、今回はもう隠してもしかたない、と思っているのだろうか。
「今はまだ言えない」
「もう何か関係あるのは分かっているし、危険な人物ならなおさら言ってほしいんだけど」
「よしなよ、涼子。危険なことが判れば十分だよ」
 涼子が頬を叩きかねない気がして、真琴は間に入って二人を引き離した。
「涼子様、真琴様、準備できました」
「ありがとう、今行くわ」
 二人はバッグを持って玄関に向かった。
「真琴、涼子、ごめん今日はここで」
 薫は玄関で手を振った。
「えっ、送ってくれないの」
「ほんとゴメン」
「じゃあ、明後日体育祭で」
「じゃあね」
「うん」
 三人は手を振って別れた。