「急に難しいこと言わないで」
だって一緒にいた。
毎朝同じ電車の同じ車両で、隣り合って学校に通っていた。
同じクラスで勉強し、同じ敵と戦っている。
薫のことを好きだといつも思っているし、薫もそう思っている…… はずだ。
「じゃあ言うよ。さっきのメラニーの『厳重注意』ってさ、あれ、薫からの合図だよ」
真琴は薫の姿をしている時に感じたことを思い出していた。
メラニーは薫に怒られたい、という感情を顕にして、迫っていた。実際は、その薫は、薫の姿をした真琴だったのだ。
確かにあれは単なる冗談だったのか、と言われると疑問が残る。けれど、真剣だとしたら、薫とメラニーは関係がある、ということになってしまう。涼子の言っていることを認めてしまうことになる。
「……どう、さっきのメラニーの様子。全部思い出してみてよ」
「どうしたらいいの…… ボク、どうしたら」
「私もわからない。けど、ここじゃ話せないから真琴のお家に入れてくれない?」
真琴はうなずいた。
母はもう帰っているはずだ。
入り口のインターフォンで母と話す。
もう、とにかく遅いから二人共お家に入りなさいという感じで、母は答えた。
玄関から上がると、涼子は母に挨拶した。
「ありがとう、真琴を送ってもらって。何もおもてなし出来ないけれど、真琴の部屋で良ければ泊まっていってね」
「すみません。お言葉に甘えさせていいただきます」
「えっ、本当に泊まるの?」
「何言ってるの。こんな時間なのよ、電車も何も動いてないわよ」
「すみません。お邪魔でしたら、帰ります」
「遠慮しないでいいのよ。若い女の子が夜中外を歩たら危険だわ」
母は真琴の方を見て、
「ほら、部屋に案内して」
「涼子、荷物持つわ」
二人で部屋に入った。
「どうしよ。このベッドで二人じゃ狭いでしょ?」
「大丈夫よ。寝相はいいの」
「後…… 本当に良かったの? 泊まるんで?」
「薫のことで相談があるんだし、こんな感じになるんじゃないか、と思ってたし」
「……」
母が声をかけて、シャワーでも浴びて寝間着に着替えたら、と言った。
「二人ではいる?」
涼子の言葉に、真琴は同意した。
着替えを持って母の前を通った。
何を言われたわけではないし、変な目で見られたわけでもない。けれど、真琴には何か悪い事をしているような、うしろめたさを感じた。
流石に深夜は寒かった。
シャワーを出しっぱなしにして、まず体をあたためる為、交互に浴びた。
浴室も温まってきたら、真琴がシャワーを浴び、涼子が体を洗いはじめた。
「普通は洗いっことかするのかな」
涼子は何かして欲しそうにそう言った。
「背中流そうか?」
「何か無理矢理お願いしたみたいで悪いけど」
「いいよ、ほらタオル貸して」
背中を洗っていると、涼子は暗いトーンで話し始めた。
「薫は絶対にメラニーと出来ている。それは間違いないの。吉方位(きっぽうい)温泉で薫達と出会ったころから、そんな感じだった。あの薫のお家の人たち、変だと思わない?」
「ボクにはわからないよ」
「真琴と薫は好き合っているのは知ってる。けど薫はその間もメラニーやロズリーヌ達とエッチな関係を続けていたってこと」
タオルを渡すと、涼子は立ち上がって『じゃあ交代ね』と言った。
「真琴はそれを許せるの」
「……」
背中を洗われながら、自分の中の暗くて嫌なものが湧き上がってくるような気がした。
無性に何かを破壊したいような、衝動的なもののようだった。
「頭も洗ってあげようか」
「ああ…… ありがとう」
顔を上に向けて、涼子に髪を洗ってもらった。
母の仕事場に行き、洗面台で仰向けになって洗ってもらったものだった。
髪が指の間をすり抜けていく感じとか、指の腹で洗ってもらう感じがとても気持ちよかった。
涼子のそれも母ほどは上手ではないものの、当時のそれを忘れかけているボクにとっては、同じくらい気持ちが良いものだった。
「なんか幸せ」
「えっ? 髪を洗っているだけだよ」
「他人に髪を洗ってもらうなんて、王女様みたいだよね」
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