『じゃあ、ヒカリが食べたいものじゃないじゃない。いいの? それで』
『いいよ。ボクは真琴を通じて感じるからね』
 そういうことなのか。
 ボクは汗を拭って、上着を着た。トイレで鏡をみて、この格好で中居寺にいっても平気かどうか考えた。あまりいい格好ではないが、部活の行き帰りの学生はこんな格好で駅周辺をウロウロしている。問題ない。
 ヒカリが食べたいという中居寺の洋食屋さんで、オムライスを頼んだ。
 最初の何口かは、完全に寝た状態でヒカリに食べさせた。
『美味しい』
『ホント?』
『疑うの?』
『違うよ、そういう言い方をするのよ。それに、本当に自分は食べてないもの』
『いいよ、もういい。明日の為にボクは寝る』
 そう言って、ヒカリは寝てしまった。
『あっ、ちょっと……』
 ボクは残りのオムライスを食べた。良く食べるオムライスとは違って、卵にコクを感じた。普通にスーパーで売っているような卵ではないのかもしれない。
 ボクは家に戻るとシャワーを浴び、机に向かうわけでも、テレビをみるでもなく、そのままベッドに入って寝てしまった。
 夜に、一度母に起こされ、体育祭のプログラムをもう一度確認された。
 母に何を聞かれ、なんと答えたのか覚えていない。
 生理のせいなのか、腰も痛いし、体も酷く疲れていた。
 昨日、涼子と薫に言えないことをしてしまった事も、明日は忘れていよう。
 ぼんやりとした意識の中で、めざまし時計のアラームをセットした。

 お腹が空いて目が覚めた。
 母が朝食、いや体育祭ようのお弁当を作っているのだ。多分、同時に朝ごはんも作っている。
 小学校の運動会を思い出していた。
 少し、父のことも思い出す。
 もう顔とかも良くわからない。幼稚園の頃のことだろうか。
 あの白衣の男のような、違うような。
 スマフォがゆっくり点滅していて、ベッドの中から手を伸ばして見ると、『リンク』に薫からメッセージが入っていた。中身は朝の待ち合わせ時間。昨日の夕方のメッセージ。
 今から支度して、十分間に合う時間の設定だった。
 ボクは起きて、ご飯の匂いにつられたようにリビングに行った。
「おはよう」
「お弁当作っているの?」
「一緒に食べても良いんでしょ? 薫ちゃんもくるのかな? 涼子ちゃんも食べるかな、とか思って沢山作ってるんだけど」
「えぇ〜 そんな約束してないよ。なんで思い込みでそんなにつくるかな」
「食べきれなきゃ、晩ごはんもこれね」
 食べていないうちから、お腹がいっぱいになった気がした。
「一緒に食べようって誘ってみるね。けど、みんな作ってきちゃってるだろうし、自分の親と食べると思うよ」
「うん、誘うだけ誘ってみて」
 母は嬉しそうだった。
 料理が得意ではない母が、こんなに喜んでお弁当を作るのをみていると、嬉しい半面、少しプレッシャーを感じた。きっと期待してる。がんばらないと。
 ボクは食事を済ませると、行ってくると告げた。
「行ってらっしゃい。三十分もしたら学校行くから」
 バスに乗って中居寺の駅に出た。昨日寝るまでは強い筋肉痛があったのに、もう今日は体が軽くなっている。ただ、生理の痛みがあるだけだ。問題は、この痛みが出ると、ヒカリが体を完全にコントロール出来ないのだ。
 ヒカリがコントロールしない体は、運動が苦手な真琴のままだ。
 この前買った鎮痛薬を飲むか、悩んだ。
 飲むことは決まっている。今飲んで何時効くのか。効いたとして、運動ができるのか。
 瓶に書いてある用法を見ても、分からなかった。
 昨日の練習では、ヒカリがボクに意識を返してはこなかった。
 いっそ薬を飲まなくても……
 考えているうちに中居寺の駅についた。
 バスを降りて、電車の駅につくと、薫が待っていた。
「おはよう」
「おはよう、真琴」
「薫、突然だけど、今日お昼どうする? 薫のところ、誰か来る?」
「メラニーが来たら目立っちゃうし……」
「それじゃ、一緒に食べよう」
 薫は困った顔をした。
「真琴のところは、お母さんがいらっしゃるんでしょ?」
「大丈夫、今日張り切ってお弁当を作ってた。しかもいっぱい。食べきれないほど」
「家族じゃない私が入っていいのかしら」
「家族っていったって、ボクとお母さんだけだもん。とにかく決まりね」
 早速スマフォで母にメールした。
「涼子も一緒に食べれないかな。とにかくすごい量のお弁当を作ってたから、きっと三人じゃ食べきれないよ」
「持って帰ればいいじゃない」