今、薫ともめたくない。ボクは母が見た事実を告げることで貫き通すことに決めた。
「メラニーのこととか、何か話してなかった」
 そっちのことが聞きたかったのだろうか。
「車の中で何かメラニーに何かたずねていたかな。けどそれだけだよ」
「そう。それだけだったのね」
 薫はずっとこっちを見ない。
 ボクは困惑していた。
 ボクが涼子としてしまったこと。薫が確かめたかったこと。
 似ているようで、少しずれている。
 メラニーとのことをはっきりさせるべきだったのか。
 ボクが涼子としたことを告げてしまうべきだったか。
 どちらにしても電車で言うことではない。
 電車の会話は、ただモヤモヤしただけで、後味の悪いものとなった。

 学校に着くと、人数が多くて更衣室が使えないので、着替えには指定の教室をつかうよう指示された。
 薫と一緒に教室を移動していると、廊下で涼子が待っていた。
「一緒に着替えよ」
「いいよ、行こうよ」
「涼子、真琴のところ泊まったんだって?」
 いきなりその話題なのか、と思ってドキッとした。
「泊まったよ。けどそれ誰から聞いたの」
「今朝、真琴から聞いたよ」
 薫は前を見て、ボクや涼子の方は向かない。もしかしたら、何か分かっていてきいているのかもしれない。
「そう。メラニーから聞いた訳じゃないんだ」
「確かに、メラニーが二人を同じ場所に下ろしたって言ってたけど」
 薫の表情は全く動揺した様子がない。
 涼子は後ろから、ボクの両肩に手をおいた。
「真琴の部屋に泊まったの。同じベッドでね」
 言った瞬間、涼子はくすぐるように指を動かしてきて、ボクが動揺したかのように肩を動かしてしまった。
「……」
 薫は急に振り返って、ボクの顔を見つめた。
「涼子がくすぐったんだよ」
「ほら、ここをこうすると」
 また涼子が肩から首筋にかけて、指を動かす。
「いやっ」
 同じようにボクは動揺したかのように、ビクッと身体が反応してしまった。
「薫だって知ってるでしょ?」
 薫の目は冷静そのものだったが、この場面でふざけた表情にならないのは、怒っているのに等しい。
「ちょっと、涼子」
「ごめんごめん」
 涼子は肩から手をどけて、着替えの為の教室へ先に入った。
「……」
 ボクは薫が何か言うかと思ってまっていたが、何も言わずに教室へ入った。強くはなかったが、薫はボクが入るのを待たず、扉を閉めた。
 どうしよう。
 ボクの意思とは無関係に涼子に巻き込まれ、問答無用に薫を怒らせてしまった。
 その時、何かの匂いを感じた。
 背後に人の気配を感じると、強い頭痛がした。
「新野さん。どうしたの? 入らないの?」
 それは田畑まさみの声だった。
 そう思った瞬間には、ヒカリに身体を奪われていた。
 ぼんやりと微かな感覚だけが感じられる。
「ヒカリよ」
 まるで自分の声が別人のように聞こえる。
「いつのまにヒカリになったの?」
「まさみさんを感じた時からよ」
「?」
「匂いとか、気配とか」
 後ろから何人かの女生徒がやってきて、ヒカリと田畑を大げさに避けながら教室へ入っていった。
「そ、そうなんだ…… とりあえず、ここにいると邪魔だから、教室に入って着替えましょうか」
 ヒカリはうなずいた。
 ボクはそんな嗅覚がどこで身に付いたのか知りたかった。自分自身の身体なのに、感覚を無視している部分がかなりあるということなのか。
 教室に入ると、涼子がボクを睨みつけていた。
 薫は冷ややかな目をしていた。
 ボクだけに向けられているのではなく、田畑まさみにも向けれられている、そんな感じがする。
「田畑さん? なんでこんなところに?」
「え? 北御堂さんの言ってる意味がわからないんだけど」
「真琴のそばに何で居るのか、ってこと」
 涼子が言った。