薫も感情が高ぶってきたのか、声が大きくなり、涙ぐんでいる。再びクラス内の雑談が止み、ボク達の方に視線が集まってきた。
 ボクが薫の肩を抱き寄せると、薫は両手で顔を覆った。
「ご、ごめん、なんでもないから」
 ボクが泣かせてしまったのは間違いないが、集まる視線に耐えきれずにそう言った。
「真琴はどうしたら私の言うことを信じてくれるの?」
『またボクを消す相談をしているのか』
 ヒカリの顔が、薫との間に浮かんで見えた。
『何を聞いていたんだ』
『何も聞こえないようにしておいてなに言ってるんだ』
『ヒカリこそ、ボクの記憶を覗けるくせになにを言ってるんだ』
『フン』
 ヒカリはまた後ろに下がった。
「薫、ボクのお願いも考えてよ。ボクの中からヒカリを消すことは出来ない」
「……」
 薫はボクの顔をじっとみつめて、何か暗い表情になった。
 何かを言いかけたように唇が動いたが、言葉にはならなかった。
 担任がやってきて、入場の準備をするというので、皆と一緒に校庭の端へ移動した。
 まだ入場行進までには少しだけ時間があり、皆は騒いでいた。
「ほら、整列して〜」
 先生が呼びかけていた。
「薫、ほら、整列だって」
「真琴、ヒカリを削除しない方法で分離して、それでヒカリが真琴に迷惑をかけなくなるのなら、それはしてくれる?」
「削除しないってなんなの」
「また話す」
 薫は列の前の方へ移動してしまった。
 しばらくすると、ブラスバンドの演奏が始まり、体育祭の入場行進が始まった。
 後ろにいたヒカリを呼び出し、ボクとヒカリは一心同体となって体を動かしはじめた。
『削除しないなんてウソに決まってる』
 ヒカリがボソリと言う。
『話を聞いてみないとわからないじゃない』
 ヒカリの表情は見えないが、言葉をぶつけてみる。
『本当に削除されないなら』
 その後の言葉は言ったのか、言ってないのかわからなかった。
 行進が終わり、体育祭のプログラムは進んで行った。
 学年のダンスもボクの意識は殆どなかったが、無事にこなしたようだ。午前中の難関は後二つ。
 残るは徒競走と騎馬戦だった。
 学年の100メートル走があって、次が騎馬戦になっていた。徒競走も騎馬戦も男女別になっていて、先に男子戦、後が女子となっていた。
 徒競走はヒカリにお任せすればいいのだが、騎馬戦は完全にお任せ、というわけにはいかない。薫が上にのり、私は馬の先頭をやることになっていたが、人の名前と顔が一致しないと動けないし、ヒカリに任せてしまうと、運動能力としてはよくても、馬として上手く行かない可能性があったからだ。
 そんなことを考えているうちに、体育祭は進行し、徒競走が始まった。男子が走っている時に、客席をさがしていると、母を見つけた。母も、ボクの視線に気付いたようで、手を振ってきた。ボクも軽く手を振り返した。
「あれ、新野(にいの)のおかあさん?」
「うん」
「髪型カッコいいね」
「そう? ありがとう。実は、母、美容師なんだよね」
 話をしながら、父がいないせいかクラスメイトと親の話をしなかったことに気付いた。
 自分の番がくると、入れ替わるようにヒカリが入ってきて体を動かして行った。
 フワフワと浮いたような感覚だけがボクに送られてきて、気がつくと一着をとっていて、息が切れていた。
 母がものすごく喜んでいる様子が見えた。
 他人が取った一着で、ズルをした一着だったにも関わらず、その母の姿がすごく嬉しかった。
『真琴の体が走ったのには変わりないだろ』
『けど、ボクはこんなに上手に走れない』
『……そう思っているだけさ』
『どういうこと?』
『別に……』
 走り終わると、そんな会話をして、ヒカリはスッと消えてしまう。
 他の学年を応援している時は一切、出てこない。確かに生理痛の影響もあったのかもしれないが、少しヒカリの様子が気になった。
「真琴、そろそろ十一時半だから、薬を飲んでおけば?」
 薫が注意してくれた。
「あ、忘れてたよ」
 ボクはそう言って、バッグから痛み止めを取り出し、水筒の水でのみ込む。この感じなら、もしかして痛み止めがなくてもいいかも知れないが、万一ということがある。
 ボクが薬を飲み終えるまで、じっとみていた薫がニッコリ笑った。
「リレー頑張ってね」
 三年生のプログラムが始まり、そろそろ出番ということで並んでいると、担当の先生がやってきた。
「新野さん、鈴木さん、今日お休みじゃない。だから、ちょっとメンバーを入れ替えがあるの」