「ありがとう、公子。すっごく気持ちよかった。今すぐにでも美容師さんになれるよ」
「そう? そんなに上手かった?」
 頭や髪以外へ手を伸ばしたくなる欲求を抑えるので必死だったのが、逆に良かったのかもしれない。
 だが、今、ニヤけた顔になってしまっただろう。
 その後は、二人で湯船につかり、学校のことを話したり、今日の刑事のことを話したりした。他にも多少体が触れ合うことはあったが、そうやって楽しいお風呂の時間は終わった。
 着替え終わって、寮の廊下を歩いているとき、手提げの中に手を伸ばすと、さっきのカチューシャが手に触れた。
 これをどうするのか。
 学校で、私達が調べる?
 警察へ渡すのか。だとして、なんと言って渡す?
 マミが振り返った。
「どうしたの公子」
「え? 別に、なんでもないよ」
「そういえば、公子、ツインテールじゃない髪型も、似合うじゃない」
 髪型というものではない。梳かして、乾かしたまま、ただ垂らしていただけだった。
「……もしかして、さっきのカチューシャ? 気持ち悪いから捨てちゃって。そんなの置いてたら、盗撮されるかもしれないよ」
「けど、誰が何のために……」
「えっ、そのカチューシャ、まさか部屋の中に入れるつもり?」
「……」
「捨てないんだったら、どっか別のところにおいといてよ、私それに操られてたかも知れないんでしょ?」
 確かに気味悪がるのも無理のないことだった。
 私とマミが廊下で話し合った結果、寮監のところで保管してもらうようことにした。
 寮監は分かったような分からないような返事だったが、とりあえず預かってくれた。
 部屋に戻って、明日の学校の支度をすると、『今日はもう寝よう』ということになった。私が窓際のベッドで、マミは入り口側のベッド。
 灯りを消す役は、後で横になる方が消すことになっていたが、マミはすでにベッドの中に入って、目を閉じていた。入り口側へ戻って、スイッチを消した。
 自分のベッドに戻ろうとした時、マミに軽く足をつつかれた。
「どうしたの?」
「さっき、部屋の中で見つけたの」
 ベッドの中から、ごそごそと手を出してきた。手には、鳥の羽根を持っていた。
 部屋は入り口から漏れてくる微かな光りしかない。その羽根は黒く見えた。
「鳥、なんて入ってきてないよね?」
「……」
 私は無言でうなずいた。
「なんでこんなところにあるんだろう。公子持ってきた? それとも委員長が持ってきたかな?」
「私のじゃないし、神代さんもそんなもの持ってこないと思うけど。なんか、そとで服にくっついて、入ったんじゃない? そんなに気になる?」
「だって、この羽根、大きいじゃない」
「そ、そうだね」
 なんて言い訳すればいいんだろう。
「ま、いっか。ごめんね。寝よう」
「うん」
 ベッドに戻って私は口元まで布団をかけた。
 あの羽根は私の制服についたに違いない。
 病院からの帰り、二人で新交通に乗っていた時、〈転送者〉が襲ってきた、あの時。
 後方車両のドアから〈転送者〉が現れ、狭い車両の中を一気に跳躍する必要があった。

『マミ、目を閉じて、耳を塞いで!』
『なんで』
『いいから、お願い!』
『分かった』
 制服の上着から腕を抜き、背中の翼を広げた。そして、全力で最後部のドアへ跳んだ。
 と、同時に、全力で声を張り上げた。
 この羽ばたきの音が、マミに音が聞こえないように、ずっと声を出し続けた。
 転送されかけた、E体の半身に蹴りが突き刺さった。
 マミは耳を抑えて丸くなっている。
 そのまま、そのままでいて……
 さらに強く右足を突き刺す。
『ふぁ〜』
 通学路の時に聞いたような、やっぱり空気が抜けるような音がした。
 E体の腕がダラリとさがり、目の光りが消えた。
 足先に合った手応えがなくなった。

 この時、狭い車内で無理やり翼を広げた時に傷つけてしまったのだ。だから私の制服についていたに違いない。制服の上着を忘れていたのも、あの時翼をつかって、慌てて脱いだせいだった。羽根がどうやって部屋まで持ち込まれたのかは分からないが、大きさからしてあれは私のものだ。
 この能力は、まだ誰にも教えていない。