振り返って、山咲の顔をみると、ニヤリと笑みがこぼれた。
「本当にごめんね。別に何かしようとしたわけじゃないんだよ。すまなかった」
信じられない。
本当にすまない、と思っているのだろうか。
山咲は警察署のオートドアのところまで付いてきて、私達が出ていくところを見送った。
警察署を出て、棒を持って立っている警察官に会釈をすると、急に汗が出てきた。
「なんかすごい緊張した」
「そう? 最初に部屋に通された時はビックリしたけど。大声だして公務執行妨害だ〜とか怒られるのかと思ったから」
「いや、なんかあの山咲ってひとの雰囲気が怖い」
「別に普通だったけどなぁ。ずっと笑顔だったし。公子、気にしすぎだよ」
「けど、いきなり〈転送者〉の事件のこと聞いてくるしさ」
「ああ、鬼塚さんに口止めされてたことだもんね。あの時は少し思った」
二人でまた新交通の駅へ戻り、百葉行きの新交通に乗った。
乗った時は乗客が多かったのだが、やはり次第に人が降りて行き、残り二駅になると二人きりになっしまった。マミは手を握ってきた。
「また出たりしないよね」
「出ないよ」
手を包むように握り返す。
私だって確信なんてない。
昨日の今日で、同じように一人も乗っていない。この雰囲気はまた出るのではないか、というには十分なものだった。
いつもなら肩が触れ合い、手と手を握りあえば妄想が始まるのだが、緊張が強く、全くそういう気になれなかった。
触れている場所全てから、マミの怯えようが伝わってくる。
「大丈夫」
何度もそう言った。
今日こそは、無事に寮に帰って、外泊届けを出さなければならない。
外泊の学校側への申請は、以前からしていたのだが、昨日は事故でいけなかった。〈鳥の巣〉へ行く話のことだ。
今日の放課後、担任に外泊になる日付を更新した上で、承認してもらっている。
ただ、寮に帰るのは、それだけのためではない。
夜間作業になるため、仮眠を取る必要があるのだ。
普通、何も用のない人は〈鳥の巣〉内に立ち入ることは出来ない。
しかし、〈鳥の巣〉内に入る人間もいる。それは某システムダウンの復旧に関わる人だ。
現状、物理的な復旧も、ソフトウェアの復旧も、すべては〈鳥の巣〉の中で行われる。
物理的な復旧はともかく、ソフトウェアの復旧もなかでやらなければならいない理由は一つ。某システム内から、外部と接続出来ないためだ。これだけの時間が経っても、外部と接続出来ないというのは、よほど物理的な復旧が難しいか、迂闊に接続できないほど、内部システムの重要度が高いのだろう。
マミは昨日、事件の起きた区間を通り過ぎると、安心したのか横に座ったまま寝てしまった。
私も少し緊張がとけてきた。
まぶたを閉じて、手を椅子につけた。
日差しで暖めれたのか、椅子は温かくて気持ちが良かった。
『お客様、終点です』
新交通の車両から呼びだされた。
私もマミと一緒で、いつのまにか寝ていたようだ。
終点の百葉駅には、駅員がいない。
だからこの声は、車載のカメラで車内を確認し遠隔監視をしている人からの声だった。
どこか遠くになる監視施設からの音声が再び車内に流れた。
『お客様、終点です』
「マミ、起きて」
目を擦りながら、小さくあくびをした。寝ぼけた感じのマミがかわいい。
二人は駅を出ると、寮までの道を歩いてもどった。
寮監が外泊届をチェックすると、その用紙をタブレットで撮影した。
「けど〈鳥の巣〉へ入るなんて、あぶなくないのかい?」
「平気ですよ、何人も入っているじゃないですか」
「だいたいあんたら二人、昨日、〈転送者〉に襲われたんだろう。あれは同じ者を襲うっていうじゃないか」
「そんなことないですよ。昨日襲われたところを今日も通りましたけど、なんともなかったですから」
外泊届とタブレットを机の引き出しにしまうと、寮監はそこに鍵をかけた。
「そう…… とにかく気を付けてね」
「気をつけます」
会釈をすると、私達はそのまま部屋に戻った。
先にマミがベッドに横になると、灯りを消してベッドに戻ろうとする私の手をひっぱった。
「さっきみたいにして」
「?」
「公子が隣にいてくれないと、今日は寝れない」
新交通で寝たように、くっついて寝たいということらしい。
「うん、いいよ」
「実はね、さっき寮監が言ったことで怖くなっちゃった」
横に滑りこむとマミが布団をかけてくれた。
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