「うん。割とついてないところ多いよね」
「そうじゃなくて」
「けど、トイレするのには関係ないじゃん」
「ここドアがないのよ?」
 私はつながりが分からなかった。
「丸聞こえになっちゃうじゃない」
「いいよ、あれ時々酷い音がするもん。あんな音を出してオシッコしてるって思われたらやだよ!、ってぐらいバッシャーって感じでさ。あと、擬音装置がないなら、本当に流せばいいじゃん」
「あ、そうか」
「何事も基本は大事ね」
「うん分かった」
 マミがジーンズを下げようと手を掛けて止まった。
「どうしたの。まだ何か足らないの?」
「あっちむいて」
 マミに押し戻され、外方向へ向き直った。
 とにかくドアやら蓋がないのは、大変だった。
 しかし、こうやって中では〈転送者〉から身を守っているのだ。かえって〈鳥の巣〉の外の方が、ドアや蓋が放置されていて危険かもしれない。
 マミはさっき言っていた通り、水を流しながらトイレをしていた。ただ、トイレの流れる音はそれほど大きくなく、小をしている音がしっかりと聞き取れてしまった。
 何か、その音を聞き分けてしまうことが申し訳ないような気持ちになってきた。
 水の流れがとまっても、まだ続いているようだった。慌ててもう一度水を流していた。まさかマミが泣きそうになっていないかしら、と少し心配になった。
 その水の流れの音が終わって、しばらくするとマミが言った。
「ありがとう、それじゃ交代ね」
 マミの表情は、あの音で他人には聞こえなかった、と信じているような風だった。
 自分が変わりにその便座に座る段になって、何か妙にその音に敏感になっていた。
 どうしよう。
 スカートを捲くってから下着を下ろし、便座に座ると、マミの温もりを感じた。
「あったかい……」
「しょうがないでしょっ!」
 少しこっちを向きかけたマミ。
「見てもいいよ」
「見ないっ!」
 マミはそう言うと、ぎゅっと手を結んで手足を伸ばす。絶対振り向くもんか、という気合が見えるかのようだ。
 しかし、出ない。
 おしっこの音に対して過剰に反応してしまっている。
 寸前まではしたかったのだから、絶対に出るはずたった。
「私も水流してみる」
「ほら、やっぱり」
 水が流れる音がすると、何か少し気持ちが楽になって、おしっこが出た。
 しかし、水がだいぶ流れた後から始まったせいか、次第に自分のしている音の方が大きくなってしまった。
「……もうヤダ。早く終わって」
 もう一度水を流そうとするが、なかなか流れ出ない。妙に自分のしている音が部屋に響きわたっている。
「ヤダヤダ…… これ、早く水流れてよ!」
 なんとかトイレを終わって、拭き終わったペーパーを流し終えると、涙がこぼれた。
 さっきまで平気だったはずなのに。
「マミ、聞こえた?」
 マミは首を振った。
 ウソだ。私はマミのが聞こえた。ということは変な感じにズレてしまった私の音は、聞こえたに違いない。
「本当?」
 マミは振り返った。
「うん。大丈夫だった。心配しないで」
 やさしい表情に救われた気がした。
 最初はあんなにトイレ用擬音装置をバカにしていたのに。本当に自分は弱いクセに意気がってバカみたいだ。
 トイレを出た後、マミに抱きしめられた。
 やさしくされると、よけいに涙が出てしまう。
 しばらくそうしていた後、私は考えていたことを実行することにした。
「マミ、私ちょっとやりたいことがある」
 マミと分れ、私は建物の外へでた。
 職員に見付からないように、走ってフェンスまで近付き、よじ登って乗り越えた。
 恐らく〈転送者〉がこないように監視しているカメラには自分の姿が映ってしまっているだろう。けれど、外に逃げてく奴をおうような事はしないはずだ。フェンスの外は〈転送者〉がいるかもしれない。その上、人の住まなくなった〈鳥の巣〉ではフェンスの外は野生動物の世界なのだから。
 くさむらをわけいるように入って、私は空港を目指した。
 さっき車からみた感じだと、歩いても十分、十五分あればつくだろう。
 建物の灯りが届かなくなると、途端に進むのが困難になった。道路沿いに進めば空港へ戻れると思っていたのに、どっちが道路の方向かわからなくなる。
 やぶをかき分けて、建物から十分遠ざかったところで、道に戻った。ここまで離れれば監視映像には映らないだろう。