車の通った道を進んでいくと、滑走路が見え始めた。
 ようやくここまできた。
 道なりに進んで、滑走路を見下ろせる位置に立ち、跳んだ。
 暗闇への跳躍で、最初のころに感じた恐怖が蘇ったが、一瞬の後、何事もなく滑走路に降りていた。
 空港なのは間違いないが、空港の建物まではまだ遠い。
 もう誰も見ていない。
 思い切って何度か跳躍を行い、次第に空港施設が近づいてきた。
 どの建物だったのか、記憶にはない。
 順番に端から見て、思い出していくしかない。
 建物は扉という扉が壊れていた。
 某システムダウンの際に〈転送者〉が行ったものか、〈鳥の巣〉を維持するために、後から入った人が壊したのかそれは分からなかった。
 私は、ガラスが砕け散っている入り口から空港の建物内に入る。
 入るとすぐ横に、二十四番、と書かれた受付カウンターがあった。天井から下がっている表示用のディスプレイは、下半分が吹き飛んだように壊れている。受付カウンターは電気を入れれば動きそうなほど綺麗だったが、待合いの椅子は壊れ、つないでいた金属もねじ曲がっていた。
 どこかで小さなLEDが光った気がした。
 何者かがいるのか、と思って少し体をかがめ、辺りを見回すが何もない。
 慎重に階段を上がっていくと、長い通路が奥の建物へと繋がっている。ちいさな売店があったが、店員用のドア部分を中心に破壊されていた。
 通路にそって同じようにおみやげなどの店舗が並んでいた。やはりドア付近から壊されていて、一部の商品はそのまま床に転がっていた。
 最初は暗くてよく見えなかったが、何件か通り過ぎたところの店の床に、小さな帽子が落ちているのに気がついた。
 私は帽子に対して、何かモヤモヤと感じ始めて、足を止めた。
 もう一度その帽子を良く見て、手に取ってみる。
 店の売り物ではないようだ。
 帽子は黒いキャップで、つばの上の正面だけが白く、そこにピンク色の文字が書かれている。

『帽子、帽子落としちゃった』
『あっ、さっきのお店じゃない?』
『危ないから早く逃げるのよ』
 何もかもがぼんやりとした人物がそう言った。お友達の名前も、そのお母さんの顔も思い出せない。
『じゃあ、私が取ってくる!』
 長い廊下を走り出す。
 後ろから父がものすごい勢いで追ってくる。
『公子(きみこ)! ダメだ、公子! お前も言っちゃダメだ』
 腕をつかまれて、足が浮く勢いで引き戻される。
『さっきの化物がまだいるんだぞ』
 ものすごい形相の父。

 頭が痛い。
 そうか。多分、これが探していた友達の帽子。
 この廊下の先を進んでいった先に、私の求めている答えがあるに違いない。
 行けば五年前の記憶が蘇えってくるのだろうか。
 この先になにがあるのか、考えるのが怖くなっていた。
 暗闇に対しての恐怖ではない。恐らく、消えた記憶を取り戻すのが怖いのだ。怖くて忘れたんだ。
 自らその記憶に触れに行っても、再び記憶を失わないだろうか……
 ここまで来て、その先に踏み出す決心が出来ずに、私は通路の向こうを睨みつづけていた。
「誰だ!」
 どこかにセンサーか、あるいはカメラがあったらしい。私は誰かに誰何(すいか)された。
 背後から照らされた光りで、正面に自分の影が現われる。と同時に、廊下の先の様子が映しだされた。
 壁には弾痕や血の跡が、床にも同じように跡が複数ついている。
 あの時。
 某システムダウンの日。
 大量虐殺(ジェノサイド)がここであったのだ。
 床を直視して、息が止まりそうだった。
「手を上げろ」
 ゆっくりと手を上げてじっと待つ。
 不法侵入がバレてしまった。ああ、これで二度と〈鳥の巣〉の中には入れなくなってしまうだろう。どれだけ言い訳をしても、危険人物は二度とゲートをくぐれない。ならば、いっそこの先に踏み込んでおくべきだった。自分の覚悟のなさが悔しい。
「よーし、そのまま、ゆっくりと振り向け」
 男の声の方に、足先を少しずつ左へ回し、振り向いた。
「女の子じゃないか……」
 こちらを照らしているせいで、男たちの様子があまり見えない。
「ここでなにをしていた?」
 ライトを少し下げ気味にすると、迷彩服の男達が取り囲むように近づいてくる。
「IDを下げている。スキャンしろ」
「道に迷ってしまって」
「悪いがその言い訳は通用しないぞ。立ち入り可能区域から相当踏みこんだ場所だからな」
「何を持っている? 渡せ」
「大事な帽子なんです。これを探しに来たんです!」
「取り上げるわけじゃない」
 帽子をツバを後ろにして、私の頭にかぶせた。
 その後、腕を後ろに取られて、カチャリと音がして固定された。手錠のようなものだろう。
「すまんな、〈鳥の巣(ここ)〉を出るまで……」
「!」
 一人の男が手を横にして全員を制した。
 無線に何か情報が入ったようだった。
「近くで〈転送者〉が出たらしい。こんなに経っているのに。まだ空港施設内の扉が全部処理出来てないってことか」
「この娘(こ)はどうする」