ヒカリの嫉妬を感じた。
痛みに負けて、意識を奪えないでいるヒカリが、消えてしまいそうな姿をボクに見せようとしている。
『ヒカリ、その通りよ。ヒカリが頑張っただけ。ボクは何も出来なかった』
「どうしたの真琴? 泣いてるの?」
「うん、別に。大丈夫だよ」
『ごめんねヒカリ』
「嬉し泣き?」
「……」
『これは何なの? 真琴。この涙というものは』
「本当にどうしたの?」
『自分でどうすることも出来ない事実にぶつかった時に、人が流すものなの』
ボクらは着替えて下校の準備をすることになった。生徒は皆、ぞろぞろと校舎の方へ戻っていく。
つまずきそうになって、薫に支えられる。
「どうしたの真琴、前見えてる?」
「うん、ちょっと見えづらいけど」
「つかまっていいよ」
ボクは薫の肩に手をのせた。
しばらく構内を歩くと、急にヒカリが立ち上がった。
『真琴、その先にっ!』
『?』
同時に、薫が更衣室がわりの教室の扉を開けていた。ボクも続いて中に入った。
薫が振り向いて言った。
「なんか教室んなか暑くない?」
「薫、危ない!」
言った瞬間に、薫は数人の女生徒に担ぎ上げられてしまった。
「何をするの!」
ボクも薫もほぼ同時にそう言ったが、全く答えはなかった。それよりも、いつの間にか後ろに回り込まれて、ボクも退路をたたれてしまった。
「真琴!」
ボクも両腕を強く捕まれ、動きが取れなくなった。どのクラスの娘(こ)とかは関係ないようだし、着替え終わっている人もいれば、着替え途中の人もいた。しかし、明らかに正気の人間はボクと薫だけだった。
ボクの首筋に手をかけてくる者がいた。
「何!」
振り返ると、その人影は私の後ろに回り込む。
「誰?」
手の平が触れた首筋が熱く感じる。
『入ってくる気よ。受けて立てばいいじゃない』
ヒカリが正面に現れ、ボクの後ろを睨んでる。
ボクは腕を引っ張られ、振り返ることが出来ない。
『神田さん?』
ヒカリはうなずいた。
『こんなに優位に立っているなら、生物として消去してしまえば簡単なのにね』
『生物としてって、殺すってこと?』
『ハハ、そうか。気が付かなかったよ』
『誰?』
私の背後から声がした。
誰とは言ったものの、ボクでもヒカリでもない場合、この空間で残る選択肢は、神田しかいなかった。
『では、そうさせてもらってもいいかな』
『待って、この世界で人を殺したら、罪になるのよ。一生を無駄にするのよ』
エントーシアンに人生など関係ないだろう、とボクは思った。残りの時間等、どうでもいい。
『罪にはならない。正確に言えば、神田は罪に問われない。直接手を下すのは私にコントロールされた娘(こ)だからな』
『そんなことはない。この場の証言を追っていけば、犯人は捕まる』
誰かに操られる、なんてどこの警察が信用してくれるだろうか。神田に逃げられないようにする為の、ハッタリだった。
しばらく沈黙の後、神田が言った。
『まあいい、信じてやろう。この場でまずお前たちを身体から消去してしまえば、危険をおかして生物として殺す必要はないのだからな』
ボクは体重をかけ、右手を強引に引き下げた。
右腕を抑えていた生徒が、よろめく間にさらに腕を押し引きすると完全に右手が自由になった。
『騙したな』
神田の気配が、急に遠くなっていく。
ボクは本当の目で見ると、首の後ろに当てられていた手がなく、神田の姿が見えなかった。
「逃げられた?」
「いるよ、まだこの中だよ」
薫がそう言った。
「どこ?」
抑えられている左腕を、右手で引き離すと、腕を抑えていた生徒はフラフラ歩きながら床にしゃがみこんでしまった。
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