『ほら、もっと絞めてきなさい。ゆるく絞めても無駄よ』
 これだけきつく首をしめているはずなのに、神田は平然と言葉を発することができた。ボクは腕十字に交差させて、絞るように引っ張った。
『まだまだ。早く私に、苦しい、と言わせなさい』
『(真琴、手を離して)』
 なんだろう、とても小さな声で、誰なのか分からなかった。
 ボクは構わず絞め続けていた。
『離しなさい』
 ようやく、その声がヒカリのものだと分かり、手を離した。
『どこに行っていたの、ヒカリ!』
『それより、目を開けて現実を見なさい』
 ボクは目を開けた。神田さんの外れたブラと胸の膨らみがみえた。腹部は激しく上下している。首のところには赤く痕(あと)があった。
「!」
 気がつくと、エントーシアンの神田の気配はなかった。
『殺すところだったのよ』
 ヒカリの声が何度も繰り返された。
 このままボクが神田さんの首をしめ続けたら、神田さんも、エントーシアンの神田も、どちらも死んでしまうところだったのだ。
『何故? エントーシアンにも自殺願望とかあるの? 自分が死んでしまっては元も子もないでしょう?』
『おそらく、神田は自分一人じゃない、ということが分かっているんだ。だから、自分が犠牲になって、後のエントーシアンを救おうと考えた』
『けど自分が救えないじゃない』
『真琴が殺したことになるのよ。あなたは学校にいられる?』
『……捕まるよね。少年院なのか、本当の刑務所なのかは良く分からないけど』
『そういうこと。神田は人間社会を理解して、利用しようとしている』
『……他にエントーシアンが発生しているってこと? ヒカリ、それって以前聞いた話だと、かなりマズい状況じゃないの?』
『そうね』
『そうね、じゃ済まないわよ』
 倍々で増えてしまったら、こっちは勝てない。
 ただ、当初よりこちらの味方も多い。
 本当になんともならないのかは、これからボクらの反撃しだいだが。
 数が増えてしまっていたら、手の打ちようがない。
『神田はいないの』
『多分。かなり奥深く逃げてるよ。だから目の前の女の子は純粋な神田さんと思っていい』
 ボクはゆっくりと神田さんの体操着の中から出た。
「えっ、何やってるの?」
「やだ、真琴」
「女の子同士で変態行為」
「新野(にいの)さんよ、神田さんの体操着の中に顔突っ込んで……」
 ボクは臨時の更衣室で着替えていた同級生に一斉に口撃された。
「違うの、これには訳があるの」
 エントーシアンの説明が出来るのか。
 それをわかってくれるのか?
 ボクが人を操って見せたら?
 駄目だ。逆の立場だったら、信じないだろう。
 ボクが何を言っても、この場は収まらない。
「変態!」
「リレーで気分が高揚して、こんなことするのかしら」
「黙れ!」
 薫だった。
 おとなしい薫の、激しい声で、部屋の喧騒が急におさまった。
「真琴が好きでこんなことするわけないでしょ」
 今度は抑えたトーンでそう言う。
「説明出来ないけど、これは神田さんを助けるためなんだ」
 部屋の外から、教師数人の声がした。
「お前ら何やってる」
「あなた達、時間過ぎてるのよ、早く着替えなさい」
 部屋の雰囲気が一変した。
 皆はそれぞれに着替えの続きに戻り、着替え終わったものはそそくさと部屋を出て行った。
 ボクは仰向けになっている神田さんの手を取り、引き起こした。
「ごめんね。神田さん」
「……」
 ムッとした顔でこちらを睨みつけている。
「!」
 ボクは、頬を平手打ちされた。
 神田さんはそのまま自分の荷物のところに戻り、無言で着替え始めた。
「真琴。気にしない」
 そう言うと薫は、ボクのバッグを持ってきてくれた。