「俺の名前なんか憶えてないだろ?」
 なんかかなり自虐的な人だな。
「佐津間君、バスで学校行くんだ」
「?」
「あんまりバスで行く人いないから……」
「もしかして、お前、何も見ていないの?」
 ところどころ聞き取れない。
 ガラガラという音のせいで、私も佐津間も、お互い大きな声で言い合わなければならなかった。
「何のこと?」
「今朝の連絡メールだよ」
「えっ、なんて?」
「うるせーぞ!」
「うるさいから、話すなら隣にいけよ!」
 その声の方がうるさい、と思ったが、言い返さなかった。
 すると、佐津間は私の隣に移動してきた。
「ほら、見てみろ」
 タブレットを出すと、メールを表示して見せた。そういえば今朝は授業出る気がなかったからまだ見てなかったな……
 佐津間のメールには〈鳥の巣〉の事故の影響で、指示があるまで、歩きや自転車の登下校を禁止する、と書かれていた。
「これ、マジ?」
 昨日の〈転送者〉が現れる事故は、私と鬼塚刑事で片付けたんだけど、まだ影響があるんだろうか。
「部活でこのメールを見ずにチャリで行ったヤツが〈転送者〉が出るのを見たって」
「けど、これで移動したって出る時は出るんじゃない?」
「このバスは平気さ」
「何言ってるの。〈転送者〉が扉があれば……」
 佐津間は、待て、と言わんばかりに手を挙げた。
「なんで転校したての俺の方が良く知ってるんだ。このバスは対〈転送者〉装備しているんだぞ。それに……」
「お前ら仲いいな」
「木場田(こばた)」
「もう付き合っちゃってるのか?」
「鶴田までなに言ってるの? 名前すら……ごめん」
 後ろのシートから二人が顔をのぞかせていた。
 木場田と鶴田が揃っていることに気づき、マミが言っていたことを思い出した。
 隣の佐津間が言う。
「やっぱり憶えてなかったんだ…… 別にいいよ。転校したばかりだし」
 木場田が急に語り始めた。
「俺が代わりに言ってやろう。あの運転手さんは別名百葉の戦鬼(せんき)と呼ばれる方でな。某システムダウンの時にこのバスを作って〈転送者〉をバカスカやっつけたんだ」
「けれど、ある強力な〈転送者〉の集団に襲われ、このバスから放りだされた。その時の怪我で、少し足を引きずっているというわけ」
 と、鶴田が締めくくった。
 なるほど、あの時も運転手さん、なんかやけに落ち着いていた。百葉の戦鬼か、なるほど。
「信じたのか?」
 佐津間がボソリと言った。
「え? ウソなの?」
 信憑性があるのかないのか、微妙過ぎて分からない。
 木場田が言った。
「そういうウワサだよウワサ。それより、なんでお前の周りでばかり、〈転送者〉の事件が起きるんだ?」
「……」
 私にだってなぜだかは分からない。
「お前が何回もあったんなら、俺たちだって〈転送者〉と一回ぐらい会っても良さそうだもんだが」
 そうなのだ。理由がわからない。わかっていればそれを避けることだって出来た。マミを危険な目にあわせなくて済んだ。
「木場田、そのへんにしとけよ」
「なんだよ。鶴田。そうくるのかよ」
 木場田はつまらなそうな顔をしたが、何かを思い出したようにまた喋りはじめた。
「白井、そういえば良い情報があるぞ」
「また変なことじゃないの?」
「佐津間の女の好みだよ」
 ニヤついた木場田の顔をみると、げんなりする。佐津間? 私は全く興味ないんですけど。
「それがどうしたのよ」
「その話、やめろよ木場田」
 佐津間が立ち上がると、鶴田が佐津間の頭を抑えた。
「どうも年上というか、ババア好みなんだよ。だから、初日にお前の声ババア声だって言ったろ、あれ、どうやら」
「やめろって言ってんだろ。こいつは声だけババアなんだから違う、って」
 こ、声だけ。
 ってことは年増好みというところは認めるということなのか。
「ほら、白井が赤くなってる」
 アホらしい。
 見ると佐津間の顔は確かに少し、赤くなっている。完全に興味がないわけでもないんじゃないか。いやぁ、面倒くさいな。男、興味ないんだけど。