板書する音が教室に響き渡っていた。
 それをノートに書き写す音も同じように聞こえてくる。
 優秀な生徒が多いのか、騒がせないほど教員が厳しいのかは判らないが、どちらにせよ国語の授業は静かに進んでいた。
「すみません」
 大きな声ではなかったが、静かに進んでいた授業の流れを断ち切った為、クラス中がその声の方向を振り向いた。声を出したのは真琴だった。
 真琴は、このクラス内の女子でただひとり、ボーイッシュな短かい髪型をしていた。本人は、中学の頃に自分で自分の髪を切り、ベリーショートにして以来、色々髪型を変えたりしているのだが、そのどれもが短い髪型だった。
「何、新野(にいの)さん」
「先生、ボク、今、頭痛が酷くなってしまって…」
 真琴は、目を隠すように指で額をゆっくりと撫でた。
「ああ…」
 教師は、何か思い出したようにそう言った。この生徒だったか。学年会議の時、幼い頃から原因不明の頭痛で悩んでいる生徒がいる、と言う話を聞いていたのだ。
 しかし、教師がよくそちらを見てみると、ただそれだけではないようだ
「あれ? そっちの席…品川さんも具合悪いのかしら?」
 品川も苦しいのか、具合が悪いらしく、黙ってうなずいた。それを見ていた隣の生徒が答えた。
「そうみたいです。さっきから顔色悪いし」
 真琴と比較してみると、品川の方が具合がより酷いらしく、唇も青くなっている。
「…私も少し休みます」
 教師も二人の様子を見ながら、救急車を呼ぶほど緊急ではないと判断したようで、うなずくと、
「そうね。少し休んでいてください。保健委員さんいるかしら?」
 そういいながら教室を見渡した。
「先生…お休みしている波崎さんが保健委員なんです」
「…なので、今日はわたしが」
 その生徒が静かに立ち上がると、クラスの男子の視線は一斉にそちらに向いた。
 北御堂薫。彼女は「女らしさ」と呼ばれる要素の中から、可憐さのみを純粋に取りだしたような美少女だった。
 黒く腰まである髪は綺麗に整っており、彼女の躾や立ち振る舞いの良さを体現しているかのようだ。
  高貴な家柄ではなかったが、彼女は所謂お金持ちの娘であった。県立のこんな一般人の高校に通う必要はなかったが、両親が本人の意思を尊重してくれたのだ。その為、親の住んでいるところからは通えず、彼女は家事使用人と暮している。
「北御堂さん、新野さんを保健室までお願いします。何かあったら直ぐ近くの先生を呼んで」
「…」
 教師のその含みのある言い方にクラスの何人かは反応し、何やらただ事ではないような、雰囲気になって少し騒ついた。が、大半はの生徒はそこまで意識していなかったようだった。
「新野さん、品川さん、本当に大丈夫?」
「少し休めば良くなると思うんだけど」
 品川は、そう返すと、
「ボクも、たぶん」
 新野は答えた。
 近寄ってきた北御堂に手を引かれ、品川は立ち上がろうとしながら言った。
「自分で歩けますから大丈夫」
 三人は、教室を後にした。
 無言で廊下をあるく彼女達の間には、緊張感があったが、それを作っているのは新野と北御堂で、品川ではなかった。
 品川にとっては、数日前のように頭が痛く、眠く、だるいだけだった。
 真琴は決意した気持から、薫は真琴のことを心配する気持ちから、張り詰めたように感じていた。平日の午前中だというのに人気のない廊下が、そんな雰囲気を高めているようだった。
 保健室まで歩きつくと、品川はふらふらとした足取りで先に入っていった。薫は続いて入ろうとした真琴の腕をとり引き止めた。
「真琴、ちょっと来て」
 薫は、少し保健室の扉から離れた所に引き寄せた。保健室からは、品川と保健の先生の問診する声が漏れている。
「真琴、本当に、その、『戦い』になるの?? やっぱり避けることは出来ないの?」
「ヒカリの言うことが正しければ」
 その人物の名を出すと、薫は納得したような顔になった。
 真琴がひたいを押さえるような仕草をすると、薫は考え直したように
「大丈夫? 真琴、頭痛の時って昔から動けないじゃない」
「体を動かして戦うわけじゃないから…」
「それはそうなんでしょうけど、でも…」
「寝ている間は凄くクリアなの。痛みはないの。だから大丈夫だと思う。本当に大丈夫だから」
「…負けたらどうなってしまうの」
 北御堂は負けたら真琴がどうなるのか、そのことが気掛りだった。
 けれど今まで怖くてその事をきけずにいた。真琴は答えなかった。
「…」
 それを感じとった北御堂は、急に怒ったような厳しい表情で、真琴に向き直った。
「真琴がいなくなるのなら、私は真琴を戦わせない」
「薫、大丈夫。絶対勝つから」
「そういう問題じゃ…」
 何か続けて言いかけた薫を真琴はぎゅっと抱きしめた。
「…信じて」
 近付けた顔を横に向け、耳元で囁くように言った。
 薫は、自身の中の何か、スイッチのようなものが入ったように急に態度を変えた。
「うん」
 薫の表情から緊張が薄れ、先ほどまでの厳しい態度はなくなっていた。
「勝つから」
 体を引き離し、顔を見合わせ真琴が言うと、薫はただうなずくしかなかった。