真琴と薫が保健室に入った時には、品川は既に横になっていた。
 真琴はさっき品川がされていたような問診を受け、もう一つある方がのベッドの側へ入った。
 薫は教室に戻って報告するため、保健室の先生の判断を聞いてから、教室に帰って行った。
 真琴は、これから始まる戦いのの為に、品川のベッドを自分が横になるベッドに引き寄せようとした。しかし、キャスターにロックがついてるのか、ベッドは動かず、更にはギッ!と音がした。
「!」
 保健の先生が、こちらを向いた様だが、仕切りを開けては来なかった。
 仕方ない、と真琴は思った。
作戦を変えて、品川のベッドにそのままスルリと忍び込んだ。幸い、品川は熟睡中なのか、一切気がつかないようだった。
 毛布に隠れるようにして横になり、品川と手をつないだ。
 瞬間に強くなる頭痛を感じた。
『ヒカリ?いるの?』
 目を閉じた真琴はそう問いかけた。
 ヒカリ、は頭痛の原因であり、この出来事の発端となった存在。
『ヒカリ?』
 覚醒状態ではヒカリと対話できない、今までもずっとそうだった。真琴は体の力を抜き、眠るように感情の高まりを押さえた。
 …静寂。
 しかし眠れなかった。
 頭痛は酷くなるのに、自分の鼓動が気になってしまって、つい目を開けてしまう。
 遠足の前日に、寝れなくなった時のようだ。
 何か興奮した状態にあるのだ。真琴は心を落ち着かせようとして、何か別の事を考えるようにした。
 品川さんの衣類についた、家の独特の香り。洗剤や柔軟剤の匂いだったり、台所や、近所に咲くの草木の花の匂い。そんな雑多なものが混ざって、その家の匂いのようなものになっている。
 真琴は、良くそんなことを考えていた。自分の衣類の匂いも、そうやって出来ているんだ、となんとなく思っていた。
 品川さんの匂い。保健室の匂い。布団の匂い。
 掛布団のから顔を出してしまうと、すぐにバレてしまうから、真琴はずっと掛布団の中にいた。なんとなく蒸してきて、頭痛だけではなく、ぼぉっとしてきた。
 しばらく目を閉じていると、品川の寝息が子守歌のように聞こえてきた。
 …真琴は、自分が暗闇で泣きながら体育座りをしていた。
『マコト、どうした?』
『!』
『マコト?!』
 真琴は、ようやく自分が夢を見ていることに気づいた。
『ヒカリ、どうしよう。このあとはどうすれば!!』
 そう言いながら顔を上げたが、ヒカリの姿は見えなかった。
『ヒカリ、ヒカリ!!』
 その声だけが空間に響きわたっていた。


 話は3日前に遡る。
 教室の掃除当番になっていた真琴と薫の班の5人は、床を拭き終わって最後の机を戻しかけていた。
「品川さん、今日はなんか疲れてた?居眠りしてた見たいだけど」
 薫が少し具合悪そうにしているようすを見て、そう切り出した。今日はどの授業でも品川は注意されていた。真琴も薫も、品川が露骨にあくびをしている姿を見ていたのだった。
「うん、疲れと言えば疲れなんだけど」
「どういうこと」
「頭痛がするの」
 あれ、と真琴は思った。
 ただ他の人が頭痛がする、と言ってもこんな感じはなかった。
 だが、何か予感がするのだ。頭痛。その言葉を聞いただけなのに。
 真琴は、自分の頭痛が始まった頃のことを思いだしていた。
「とにかく痛くて。寝てれば平気なんだけど、寝てると変な夢をずっとみてるの。もしかして、寝れてないのかな…」
 品川は話を続けようとしたが、ふっと目を閉じてしまった。
「あぶない!」
 薫が倒れそうになった品川の様子に気づき声を上げた。
「あっ!」
 と薫は再び声を上げた。
 真琴が倒れかかった品川を抱き止めていたからである。
「大丈夫? 品川さん」
 抱きとめていた品川が、立ち上がるのを助けながら、手から伝わる尋常でない体温を感じていた。
 真琴は、品川のひたいに手を当てた。
「かなり熱、あるね…(えっ)」
 真琴は別の変化を感じていた。
「もう掃除はいいから、お家の人に迎えに来てもらった方が良いよ」
「救急車呼ぶ?」
「どうしたの」
「それほど酷くないよ、眠いだけ」
 バケツや掃除道具を片付けていた他の二人も話題に加わってきた。
「でも、歩いて帰れないっしょ」
「英里んとこのお母さん車運転出来るから、呼んでさ、一緒に乗って帰ったら?」
「そうね、英里んとこから品川さんところ近いし。私、家の場所知ってるよ」
 どうやら隣のクラスの子も混じってきたようで、とにかく歩かせないようにして家に送ることとしたようだ。
「品川んとこの親に電話したの?
「先生がしたって」
「勤めてるんだよね。品川のお母さん」
 と廊下で色々と話が始まった。
「お母さん大丈夫だって。
「英里、じゃ、とりあえず品川をお願いね」
「なんか手伝えることある?」
「うん、大丈夫だと思う」
「じゃあ部活があるから、後、よろしく」
 あっという間に何をするかが決まり、なんとなく、各々が自身の放課後の活動に戻ろうとしていた。
 だが、真琴達には教室の掃除が残っていた。
「薫この後少し時間大丈夫? ちょっと手伝って」
「ええ、大丈夫ですわ」
「じゃ、ボクと薫で、机戻したりとか、教室の後片付けはしておくね」
「いいの? じゃ私ここで帰っちゃうね」
「じゃあね」
 真琴はクラスメイトにそう言って、薫と教室に戻ることにした。
 教室に戻ると、二人で残っていた机をすべて整列させた。
 その間中、一切話しをしない真琴を表情をみて、薫は状況を察していた。
「真琴、顔色が」
 真琴は無意識に自分の席に戻って座っていた。
「そうなの薫。ボクも頭が痛い」
 真琴の頭痛は小学校の5年生ごろから始まり、高校2年となった今でも同じように続いている。
 薫から医者を紹介してもらい、診察を受け、精密検査もしたのだが、至って健康であるとの診断しか得られなかった。
 その頃からずっと薫も真琴の頭痛に付き合ってきたのである。
 今からなにが起きるのか二人は良く知っていた。
「ごめん」
 言うや否や、真琴は机に突っ伏して寝てしまった。